神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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<第1部>

まず、私が何故ガーデデザインをやっているかということですが実は私は『庭のデザイン』に関する具体的な勉強はしていないんです。アメリカに留学しまして『アプライドアート (商業デザイン)』を学んでいました。昔から「空間に何かを形成したい」と思っていたんですが、とりあえず「行っちゃえ!」とアメリカに渡ったんです。私はアートとは縁遠い人間で、こういうことは感性の豊かな人間にしかできないことだとドキドキしていたのですが、そこで学んだことは「人のニーズに対して物を作って、それを買ってもらえて初めて価値が出る。買ってもらえなければひとりよがりだ」ということで、それはアーティストという特別なものではなくて、非常にビジネスに近いものだと感じ、そこから仕事に対する姿勢ができたように思います。

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私の好きでない言葉に「作品」という言葉があります。「庭」というのは施主がいて、住んでいる人がいて、その方のお金でつくらせてもらったという考え方があるので、住んでいるその人があって初めて価値があるものであって、それを「私の作品だ」と言ってしまうのは非常に嫌なんです。その考え方はアプライドアートの「ニ-ズがあって、買ってもらって、初めて価値があるんで、決して私のものではない」ということを学んだからだと思うんです。アメリカでもうひとつ学んだことは、買ってもらうためには自分のつくったものをなにかしらの方法で、人に「これはいいものですよ」「これにはお金を出すだけの価値のあるものなんですよ」と説明しなければならないということです。それは相手を騙すというような詭弁というものではなくて、きちんとした理論があって「なるほど、これはいいな」と思うものがあればお客さまはお金を出してくれる。売れると言うことなんですね。
それから、デザインを起こしていく時のテクニックなんですが、ネガティブスぺースという概念を習いました。「物の形というのは、その物の本体だけでできているものではなくて、その物によって切り取られた世界によってつくられている」という概念、物の形というのはそのものだけ見ていたのではわからない、その物以外とのバランスで考えるという発想なんですね。「どうしてそうなるの?」と自問自答して、なるほどという自分なりの結論を出してお客さまに説明する。そうすることによってわかっていただけるということがあるんですね。
私の庭づくりについて私が何故庭をつくっているかということは、別に庭を意識していたのではなくて「街の見え方」というものを意識していました。普通の住宅地を歩いていて、残念なことに日本の街並みというのはきれいではないんですね。ヨーロッパの街を歩いていると、何ということはない田舎の街でもすごくきれいなんです。「何で日本は汚いの?」と考えた時に、日本の建物が汚いと言うのではなくて、和風建築あり、洋風建築ありと非常に様々な顔を平気で見せている。その両方の調和というものを一切考えないで自己主張がされ過ぎているんですね。日本人には、周りに合わせるとか「出る杭は打たれる」というような周りを見て自分の立場を見極めるとか言って、悪く言うとズルイ習性というものがあるんですが、いざ自分の家やビルを建てたりする時には、そういう謙虚さが全くなくなるんですね。これはどういうことなんだろうかと思ってしまいます。

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私は三次元の空間をつくりたいと思って、建築家になりたいなとイージーに考えていたんですが、頭の方がついていかなくて建築家になれなかったんです。ではどうするかと考えた時、建物に文句を言ってもしょうがない。では「外構」という建物と建物の間の空間を何とか整えることによって、少しでもいい街並みができるんじゃないかということに気がついたんです。建物と建物の間の空間というのはエクステリアと言われているところなんですが、そこを少し考えてみようという気持ちが生まれたんです。それと同時にこれは私の幼児期からの体験からなんですが、庭とか外で過ごすことがとても好きだったんですね。私が3~4歳のころ、父がよくガーデンパーティーをやりました。緑の芝生の中で、白いテーブルクロスをかけたテーブルの上にいっぱいごちそうが並んでいて、いつも家の中でする大人たちの集まりはこどもは騒いではいけないんですが、庭でする時には少しぐらいはしゃいでも許されるという、私にとってはいい思い出になっているんですね。今も鎌倉に住んでいるんですが、実家でしていたようなイベントではなくて、普通の生活の中で「庭でご飯を食べる」という生活をしてきました。外でご飯を食べたりする時に「いま自分のいる空間を心地いい物にしよう。カッコいいものにしたい」ということで、庭のデザインを考えたのと、先程の街並みに対する不平不満が重なって「これをやってみよう」と思ったのがきっかけだったように思います。
「庭」という空間を私なりにどう考えるかというと、エクステリアとかフロントヤードという家の外回り、つまり家の額縁になる道に面した部分と、プライベートエリアの庭という部分のふたつに分けて考えることができると思います。道に面した家の額縁になる部分が街並みをつくっていくいちばん小さな単位になると言えます。自分の土地という私的空間なんですが、それが街並みづくりに参加できるいちばん小さな単位ということではかなり公共性の高いものだと言えると思います。
ところが家を建てる時に非常に自分勝手になって、周りを見ないということがあって、残念に思っています。「今ガーデニング・ブームで追い風でしょう」とよく人からは言われるんですが、私にとってはアゲインストな「逆風」になっています。というのは、今ヨーロピアンスタイルが主流になっていて、イングリッシュガーデンをつくることがいいことであるかのごとくになってしまっています。消費者の二ーズがこれだけ大きくなってくると当然企業も目をつけますから、ヨーロッパ風の建物が増えてきて、私が街並みとか周りの建物との調和とか考えていても、和風建築の家の隣に突然ピンクの家が建ってしまうということがあるんです。家のエクステリアを考える時に、自分の家だけのことではないんですね。当然隣の家とか周りの建物とかが写り込んでくるんですが、こういうことで、今の建築のブーム、ガーデンブームは私にとってはアゲインストなものになっています。でも既に建ってしまった建物をどうすることもできませんので、せめてエクステリアの部分で、既にあるものの中に自分が後から入り込む時に多少の「見え方の遠慮」をするべきではないか、そこで街並みという周りとの調和を考える事が大事だと思います。

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その分、もうひとつのエリアの庭と呼ばれる「バックヤード」という部分では街並とかを考えないで、自分の好きなように遊んでもいいのではないかと思います。ただ、何も考えないでヨーロッパ風のアメリカ風のという庭をつくってしまうと「そこにいる自分がいちばん似合わない」というようなことが起こってきたりするんですね。自分にあった庭というのは、生活の延長線上にあるので、やはりプライベートなエリアでも街とか生活のエッセンスは引きずってしまうと思います。
今のガーデンブームに対してマイナス点ばかり言ってきましたが期待することもあります。というのは今までの家というのは土地に対して目一杯の建物を建てていたんですが、庭という空間が生活を豊かにすることに皆が気づき始めた。大きな家だが窓を開けると隣の家というのではあまりにも悲しい。少し小さくなっても土地に対してバランスのよい家に住む。そこに庭というものを取り入れて豊かな生活がしたいという人が増えてきて「大きな空間のある豊かな生活がしたい!」と言う消費者の声が大きくなれば、住宅メーカーも、そういうものを売るようになるだろうから、街並みも豊かになるかもしれないという小さな期待はあります。

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ガーデンデザインの大切な要素

私がガーデンデザインを考える時、外の空間を考える要素として3つの物があります。

1、花・木・草・風という「自然」という要素。
2、レンガ・石・土・水という「素材」という要素。
3、住んでいる「人」という要素。

この3つが集まってきてバランスよく組み合わさった時にひとつの空間が生まれるんです。ガーデンデザイナーとしてこの3つの要素を組み立てる時に、誰を主役にするのかを施主のライフスタイルからヒアリングをして決めていくのです。ガーデンデザインの仕事をする時に絶対に曲げないポリシーみたいなものがあるんですが、それは「自然も人も時が流れていくと変化するものなので、素材も時が流れると年をとるものを使う」これだけは絶対に曲げたくないんです。表面加工された物は避ける。コンクリートの擬木は年をとらない。嘘をついている素材は時が流れてもやさしくならないで自然には受け入れてもらえないんです。「庭」というのは自然をモチーフにした人工の空間であって、本当の自然ではないんです。自然のパワーというものは偉大で、人間が自然にかなうわけがないのですが、自然っぽい庭にするためにはかなりの努力と知恵を出さなければいけないと思います。

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ガーデンデザインという私の仕事を少し説明しますと、1メートルが2センチになるという50分の1の図面の中にデザインしていきます。ランドスケ-プというのは500分の1とか300分の1とかの世界になるんですが、そうなるとデザインすることはむずかしくなってきます。私の仕事は個人住宅をひとつつくってそこの庭をデザインするという細かいものです。今私は23階のビルに事務所があるんですが、そこから見る景色は「鳥の目」の感覚で全体が見えるんですが、個が集まって全体ができるのであって、作っているものは小さな個であっても、全体が見えなくなるととても危険で、その両方の意識がないといけないということを感じています。ネガティブスペースの練習として、四角形の中に3つの四角形をいれてその間を見ていくということを繰り返して、今この会場にいるみなさまの頭で切り取られた形を見る事ができるぐらいまで練習しました。これは建物の配置図を見てガーデンデザインする時に大切になってきます。
次にお客さまとヒアリングをする時に、出されたお茶のカップの雰囲気であるとか、どういう考え方をしているのかというところからお客さまのライフスタイルを把握していきます。次にゾーニングをします。動線とか視線とか、何となくという心理的なものでゾーンを分けていきます。左右に見てほしくないものがある時は直線を使い、ゆっくり見てほしい時には方向性のないものを使用します。階段は視線が追って行くので矢印の役割をするということを覚えていてください。早く通り過ぎてほしい場所はタイルなどを直線に置くゆっくり歩いてほしいところは方向性のない置き方をすると自然と歩調がゆるやかになるという心理的なことも利用します。何か隠したいものなどの近くには、少し強めの物を置いてそこに視線が行くように工夫します。視線の集まるフォーカルポイントは複数つくるべきではないと思います。そんなことを考えながらデザインしていきます。デザインの最初の線はきっちり引いて、植栽を描きます。植栽によって切り取られた壁(ネガティブスぺース)がどう見えてくるかを意識すると全体が見えてきます。新聞の記事というのはギザギザになっていて、横に一直線に並ぶ「腹切り」ということをしないんですが、それは自然に目が次の記事に写っていくという効果の他に、限られたスペ-スをできるだけ広く見せるという効果があるんです。同じことがガーデンデザインにも利用できて、日本の住宅は道路から60~80cmしかないので、 大きな木は植えることはできませんが、そんな時には木の高さを不揃いにすることによって建物のネガティブスペースを広く見せて圧迫感を少なくするように工夫します。隣家の2階の窓がどうしても気になるとか、見てほしくないものがある時は、別の場所にフォーカルポイントを作るようにします。
ガーデンデザイナーをしていますと色んな企業からの依頼もあって、一時期「マンションを花でいっぱいにしましょう」というのが流行ったことがあるんですが、花をいつもきれいに保つというのは大変時間のかかる作業で、忙しい人や子育て中の主婦も住んでいたりするのですから、住んでいる住民にそのような負担を強いることは関心できないと思います。庭が荒れてくると誰かいちばんストレスを感じるかというと、住んでいるその人なのです。「自分のせいでこんなに荒れて……」と責任を感じるんですね。努力しないと美しさを保てない空間はストレスがたまります。
ガーデンデザインの大切なポイントであり、庭造りで大切なことは、なにも努力しない時にゼロの状態で、努力すれば必ずプラスの成果が感じられるような庭にすることだと思っています。見るためだけの空間にしたいからと人間が行かないと、その空間と言うのは死んでしまいます。そんな時はガーデンファニチュアーを置いたりすると、そこに座ってお茶を飲みたくなって庭に出ていくようになり、庭という空間との関係が近くなって、いい関係が続くということがありました。芝生の上にテーブルを置くと落ち着かないということがありますので、そこは板を敷くというような少しの工夫で周りに調和して落ち着いた雰囲気になることがあります。

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建築家と同時進行でガーデンデザインをする時には、完璧に近いものができるのですが、家ができた後でガ-デンデザインを依頼されるということの方が多いようです。その時に問題になるのが、玄関のたたきの素材です。タイルというものは古くなりません。時間軸のないものとあるものでは、完全に時間軸のある方が勝つんです。玄関はアプローチの素材につながるということもありますので、少し工夫して、お金もかけていただきたいと思います。水道のメーターの蓋も以前は鉄でできていて、何年かすると錆びて来て周りの自然と溶け込んでマッチするようになったんですが、最近のプラスチックという時間軸を持たない素材でできた水色のふたなどは、ものすごく悩みの種です。真っ白とか水色とか、自然界に存在しない色というのは周りの景色とミスマッチングしてとても目立ちます。そういうものは、お金がかからないように要壁を少しずらしたりして隠すような工夫をしています。私の鎌倉の家ですが、土地から木が生えるように見える家を建てたいと言う思いを込め、2年かけて家を建てました。崖地に建っているため基礎がしっかりしているので、シンボルツリーとしてケヤキを植えました。庭をライトアップすると、夜に家の中が丸見えになるのを隠してくれるし、見た感じもとてもきれいに見えるし、防犯上も役に立って住んでいる人に安心感を与えるという効果もあります。品川の23階のオフィスのベランダは幅が1.9mなんですが、これを庭にしたいと考えて、ピンクの壁を隠すのによしずを使いました。マンションは外から見た時にそれなりの外観というものがありますので、外から見える手すりの上にははみ出さないということも大切です。床のタイルの上には市販のデッキパネルを敷きつめていきました。自分のいるところと、そうでないところとを分けるのに植栽をして、全体は同じ色調にして、強い素材を置くとそこに目が行く事を利用して、非難梯子をフェンスで隠しました。1980円ぐらいで売っているスポットライトを置くと23階なので夜景がすごくきれいで、殺風景なベランダがかっこいいものに生まれ変わりました。
去年の3月に銀座の小松ストアーで個展をしたのですが、窓のないアーティスティックな空間に庭をつくりました。「その場の感覚」というのは足の裏と接触しています。例えば枯れ葉の上を歩くとカサカサとしたイメージが足の裏から伝わってきます。このように閉じ込められた空間ではその場の感覚を足の裏からキャッチするしかないと思い、床にビニールを敷いてジャリを入れて飛び石を置いていきました。この時にうれしかったのは、長年イギリスに住んでいる友人が「日本の和を感じることのできる空間でした」という感想を残してくれたことです。
日本人というのは「間」をとるのがとても上手な国民性を持っています。日本人という、我々の文化とか知恵というものを忘れたくないというのも私の庭づくりの大切なポイントです。庭というものは自然をモチーフにしているので、あまりにデザインし過ぎると自然が暴れられなくなってしまいます。少し力を控えて、後は自然に「よろしく」とバトンタッチするぐらいにした方がいいと思っています。
最後に、神戸だけでなく日本のいろいろな街に行くことがあるんですが、残念なことにどこへ行っても「その街の顔」というものがないんですね。東京から時間をかけてやって来ても東京と同じ雰囲気の街並みがあって、今自分がどこにきたのかというような実感がないんですね。今後の庭づくり、街並みづくりのテ-マとして、神戸には「神戸ガーデン」沖縄なら「沖縄ガーデン」というものがあるという街並みづくりをしていくということが大切なのではないかと思います。3年前の震災で、街が一瞬に壊れてしまったことは大変残念なことですが、そこからをゼロとして何かを作り出して行こうとする時に「神戸人」とか「神戸らしさ」ということを大切にしてほしいと思います。

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Profile

とよだ みきさん<ガーデンデザイナー>

とよだ みきさん
<ガーデンデザイナー>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1962年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、カリフォルニア州立大学にてアプライドアート専攻。帰国後空間プロデュ-スの企画営業を経験。90年造園会社『バウムスタンフ』に参加。現在、ガーデンデザイン施行管理、インテリアプランツコーデネイトを手がける。著書は『ガーデンデザインの本』『スモールガーデンの本』ほか。

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