神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「森と心 ~サイエンスとアートをむすぶもの~」



<第1部>

なぜ森が大切なのか

人間にとって森林がいかに大切なものかということを理解してほしいと思います。人がひとり生きていくのに、呼吸をするだけで20本ぐらいの木が必要なんですね。人間は生きていくのにその他に電気とかのエネルギーを使うんです。そのエネルギーを木が出す酸素の量に換算すると、人が文明的な暮らしをするには300本の木が必要だと言えるんです。ぜいたくな生活をすればするほど木が大切になってくるんですが、今人間は反対のことをしているんですね。
人間が生きていくのに必要な水を確保するためにも木が大切な役割をしているんです。山に雨が降ってダムに水が貯まるのではなく、木が重要な役割をしているんです。木は水の柱と言えるんです。木の根っこにはその5倍の水を貯めることができるんですね。飛騨の老人が「昔は山に雨が1升降れば里には1合の水が出ていたんだが、最近は1升降ればすぐに里に1升の水が出る」と言うぐらいになったんですね。山に雨が降ってからその雨が里に着くのに数ヵ月かかるぐらい、ゆっくりと浄化することが大切なんです。木の根っこに貯まった水が時間をかけて地下水になる。それがいちばんきれいな水だと言えるんです。それを、ダムを造って水を貯めて、自然浄化の代わりに塩素で消毒するんですが、私はこれは消毒ではなくて、入毒だと言っているんです。ナチスが人を殺すために生まれたのが塩素なんです。だから塩素消毒というのは「人が死なない程度の量で、ほかのばい菌を殺す程度の毒を水の中に入れているのだ」と言えると思います。人間が生き残るためには森林を確保する必要があるんですが、日本は国土の67%が森林なんですね。森林の割合だけから言うと日本は世界で第3位の森林保有国なんです。

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「森の国」と言われているドイツで30%、フランス、イタリアは20%、イギリスは10%です。国全体が森のように思えるブラジルで57%、中国になると10数%です。
ただ森林面積の割合は多いけれども、日本には本当の原生林は3%しかないんですね。森林の97%に手を入れたんですね。これだけ木を切った民族もいないのではないかと言えます。切った後放置したかというと、その56%、約半分ちょっとに杉とか檜を植えたんです。世界の民族の中でいちばん杉と檜を植えたとも言えるんですが、今その時に植えた木は使われていません。木造建築を建てる人が少なくなって、建てる人も、安い外材を使うようになったんで、その結果、杉や檜は余ってきているんです。強い種類の杉の木を植えたので、強い木同士けんかして強い花粉を大量に出すようになって、1割くらいの人が花粉症になってしまったんです。
環境問題で「小さな日本ひとつぐらいだめになっても……」と考えていることは大きな間違いで「日本がだめになると、世界はだめになる」と言えるぐらい日本というのは環境を考える上で大切な役割の国であると思います。なぜなら「日本ほど環境のいい国になる可能性のある国はない」とも言えるんです。日本は森林面積が広いので、森林をよくすれば、空気や水を自給できる世界でもめずらしい国だと言えるのです。そのひとつの方法として、私が今している「木を植える」ということが大切になってくるんです。

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「木を植える運動」について

日本を環境のよい国にしたいと思い、私は今「ドングリの会」を作り、ドングリを拾って家庭で育て山に植林するという活動をしています。木を植えればいいからといっても、何でもかんでも木さえ植えればいいというのではなくて、広葉樹を植えることが必要なんです。広葉樹と言われる葉っぱの広い落葉樹が土を豊かにするんです。土が豊かになって微生物が増えてくると、昆虫や野生の小動物が増えてきて、その生態系の循環が森を育て、ますます森を豊かなものにしていくんです。ドングリを植えると言っても、どんなドングリでも育つかというとそうではなくて、そのまま植えると7割は育たなくて、土の中で死んでしまいます。なぜなら、虫がドングリの中に卵を産みつけているので、大きくなる前に虫に食べられてしまうからなんです。でもドングリを、流水に3日3晩つけると虫の卵だけが死ぬんです。それより長くなるとどんぐりも死んでしまうのでそこがむずかしいんですが、そうすると、発芽率は8割になるんです。必要な方はお配りしますので、申し込んでください。家のベランダなどで育ててもらうんです。芽が出て来るとかわいいものです。育てたものを苗床に持って行って、1~2m位にしてから山に植えるんです。あまり小さいと周りの雑草に負けて死んでしまいますので、人間の背ぐらいの大きさだと理解してください。理想的な街というのは歴史的に見ても「街の中に木が植えてある街」だと言えるのです。ソローという人が書いた『森の生活』を取材するためにアメリカのロサンゼルスの近くにあるコンコードと言う街に行ったのですが、その街には街の中に大木の並木があるんです。そしてコンコードの8割以上の家が木造なんです。17~18世紀に建てられたまま大切に使われているというコロニアルインというホテルも木造です。橋も木でできているんです。アメリカでも古い街では木が大切にされているんです。だから日本もどこか空き地があれば木を植えることから始めていくことが大切なんです。苗床なら屋上でもできるし、ベランダででも育てることができるのです。特に、駐車場の周りにはたくさんの木を植える必要があるんです。世界的にこの運動を広げていく必要があるんですね。アイドリングをして出た炭酸ガスをすぐ近くの木が吸収する役割をするからです。その上に駐車場の木陰が車を暖めないので、夏に必要以上の空調をしなくてよくなりエネルギーを節約できて、地球環境にいいといえるのです。

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私が木を植えることを始めたのは、私は大学で物理学をやっていたんですが、いつも味気ない思いをしていたことに始まります。趣味で木彫りをしていたのですが、その時、何かを作るということはこんなにもおもしろいものなのかということに気付いて、岐阜に移り住むようになりました。でも、田舎に住むということは思っていたより大変なことで、所詮よそ者であるとなかなか受け入れてもらえないところがあるんですね。20年住んでやっとなじんできたというところがあります。私は大学で原子物理学の助手をしていたんですが、なぜ辞めて木のことに行ったかというと、その理由のひとつは、いくら原子力でがんばってみても、原子力というのは大きなエネルギーを出すだけで物づくりをすることはないんですね。大量の熱が出るだけなんです。
ふたつ目は無駄が多すぎるということが理由です。原子力が出す熱エネルギ-は数千~一万度なんですね。日常で使うエネルギーというのは20度~数十度で、300度もあれば充分なんですね。数千度まで熱くしたものを、冷やして低い温度で使う。ものすごく無駄が多いんですね。電気というものは、ないと困るんですが、無駄が多いんです。発電所で100のエネルギーを使うとすると熱効率は50なのです。それを送電すると7割になるんです。30%は送電のロスで50×30で35%が電気になるんです。それが光に変わる時の効率は半分で、結局は100のエネルギーを使ってその17.5が光になるんです。それを全部有効利用しているかというとそうではなくて、今の電気にはセンサーがついていないので無駄が多いんです。エスカレーターなども無駄が多くて、人が誰もいなくても動いている。あちこちにある自動販売機なども無駄の固まりのようなもので、一日に2~3本しか売れないような山奥にも自販機があって、ずっと冷やし続けて膨大な電力を使うというような無駄をしているんです。100の電気を作って8%ぐらいしか有効利用していないという無駄の固まりみたいな暮らしをしているので、一人で300本の木がいるようになってしまったんです。少し前まで日本人は無駄をしない民族だったんですが、戦後無駄が多くなったと言えるのです。そのことが今の環境破壊に拍車をかけていると言えるのです。完全に無駄だと思われるひとつの例として、TVの予備電源があります。ただ、スイッチを入れられるのを待っているだけのためのものなので、どうしても必要なものではないんですね。あれで電気の1割近くを使っているんです。木を植えるということと合わせて無駄の固まりみたいな生活を見直すことも大切なんです。無駄をなくすために『神戸憲章』みたいなものを作ればどうかと思います。震災はそういう意味で神戸が生まれ変わることのできる契機になれると思っています。

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自然環境と国のあり方について

私は世界中の森を見て歩いてコスタリカという国に行くことがあったのですが、人口300万人ほどで、四国と九州を合わせたぐらいの小さな国なのですが、永世中立を宣言して軍備を持たないので、余った税金を医療費と教育費と環境のために使って森林を保護しているんです。医療費は8ドルから80ドル出せば、どんな病気になっても助けてくれるんです。外国人に対しても同じ扱いなんです。国の最高の収入源は『エコツアー』と言って自然が豊かであることを利用して、その恵まれた自然の中を歩くことで世界中から年間700万人の観光客が来ることなんです。教育費は成績がいいと、ただで大学へ行けるんですね。
僕のガイドをしてくれた人もハーバード大学を国費で出た人で、植物の学名をすらすら言える人で、この国の母国語はスペイン語なんですが、英語も話せて、環境を守ることを仕事にしているんです。中米だから大きなビルはないし、少し山奥に行けば馬が移動の手段だったりするんです。どういう教育をしているか見学に行くと、こどもたちが野外に出てアカシアとアリを観察しているんです。「アカシアとアリは共存していますよ」と先生が言って、実際にアカシアのとげをナイフで切り開いて、その中にアリが巣を作っていることを見るんです。「アリはアカシアに家を貸してもらい、そのお礼にアカシアが他の虫に食べられることから守ってあげているので、このふたつは共生しているんです」と触れて、見てという生きた学問をしているんです。

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今この講演会を聞いておられる方で英語がぺらぺらという人は手を挙げてください。いないですね? 日本人ぐらい英語がしゃべれない国民もいないんです。ガイドに言うと「日本人がばかなのか? 6年も英語を教えて、ほとんどの人がしゃべれないというのはもうマジックだ! 英語というのは簡単な言葉なので、3ヵ月すれば話せるようになるはずだ」とびっくりしていました。日本のほかの科目についても同じようなことが言えて、私が書いた『森の形』という本の中の白神について書いたことが高校入試に使われたことがあるんです。その問題を見たら僕は著者なのにその答えがわからないんです。「『空の色が変わり、森の色が変わり』という文は何語で書かれていますか?」という問題なので「日本語に決まっている」と思ったら「構成している言葉の数を答えなさい」という問題だったんです。友人の息子が受験していたので聞いてみると「どんな文だったか覚えていない……」と言うんです。「1問目の答えは?」と言うと「15」と正解を言うんですね。著者の私でさえ理解不可能なことを問題にして、クリエイティビティーとして学ばせていないということに今の日本の教育には大きな問題点があると言えます。
それと、日本にはまだ民主主義が根付いていないんですね。自分の意見を自由に言うという習慣がないんですね。多数決が民主主義だと勘違いされてしまっていますが、僕が住んでいる村では、選挙に行かないと誰が行っていないかすぐにわかるし、白紙で投票しても誰かということがわかるんです。こんなことでは民主主義であるなんて言えないと思います。その上、日本で何かの行為をする時に自由があるかというとないんですね。そのいい例が、日本では寄付をするという行為にさえ税金がかかるんです。アメリカなどでは寄付には税金はかかりません。NGO(非政府組織)などは税金がかからないので自由にお金を集めることができるんです。アメリカのお金持ちは、ガバメントが正しいと思うと政府に寄付をするんです。そう思わなければNGO(ノンガバメント)に寄付をするんです。今、世界でいちばんの経済力を持っているのはアメリカという国ですが、アメリカのNGOはいろいろな国も含めて、世界で6番目の経済力を持っているんです。それに比べて日本は世界で2番目の経済力を持っているんですが、森林を保護するためにほとんどお金が使われていません。環境庁の予算が800億円で、日本の国家予算が8兆円なので、環境のためには国家予算の0.1%しか使われないんです。しかもその内、水俣病患者とか四日市の公害病患者に400憶使うことが既に決まっているんです。環境保全のためには国家予算の数千分の一しか使われていないんです。それならNGOに出しているかというと出してはいない。結局日本人は環境保全のためには具体的には何もしていないと言えるのです。 もともとは日本というのは自然の豊かな国だったのですが、いつの間にか環境を壊してしまって、このままではだめになってしまうと思います。それを食い止めるために木を植えようと考えたんです。木を植えることには意外とお金がかからないんです。長良川河口堰や諫早湾の干拓に8千億円かかっているんですが、木を植えるのにはそんなにたくさんのお金はかからない。ボランティアならもっとかからないんです。

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「木を植える」ということについて

木を植えればいいからと日本の生態系を無視した植え方はだめだと思います。日本の環境や生態系にあった「適地・適木」ということが大切で、例えば乾燥した養分の少ない荒れた土地には松の木がよく育ちます。松というのは粗食の方がいいのです。昔は松の木の下を人が掃いたりしていて、木の根本に栄養がなくて粗食だったので松も育ったし、松茸もたくさんできていたんです。水辺の荒れ地には柳がいいのです。山の方の荒れ地には樺の木や紅葉がいいのです。ある程度豊かな土地で日当たりがいい場所にはどんぐりができる楢、橡、栗という木がいいのです、これらの木はパイオニアの木と言われるんですが、初めにそれらの木を植えて土地を豊かなものにしていくのです。その後、山桜、枋、樫、椎の木を植えていくんです。水分が多くなってますます土地が豊かになってきたら、栃、椨の木を植えます。最後に植えるのがアンカーの木といえる椈のような落葉樹。樫のような木が出て来ると「この森は豊かになったなあ」と思います。

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白神山地は椈林なので土地が豊かだし、水が豊かです。白神にはお水を持って行く必要がないんです。椈林の根本からいつでもおいしい水を飲むことができるからです。この木は蔭樹といって日があまり当たらない土地の方がよく育つ木なんです。大きな森ができあがって、その下の暗い日当たりの悪いよく肥えた土地にしか育ちません。モンゴルの東北部とアメリカの五大湖周辺にも椈の森が多かったのですが中国の森は今は砂漠になってしまっています。「白神山地」は5000~8000年前からの椈林のまま残っている、世界的にもめずらしい生態系が変わらず落ち着いている極層林だと言えるのです。
日本に椈林が増えないといけないと思います。白神山地や縄文杉の屋久島の自然が世界遺産になったおかげで、かえってその自然が壊れることがあるのでは? と質問されることがありますが、私は自然遺産にした方がいいと思っています。白神山地は椈林ですが、屋久島は縄文杉だけではなくて、海辺はウミガメが産卵しに来て、マングローブの森があり、真ん中には針葉樹の森があり、縄文杉があるという、日本の西表島から北海道まで、亜熱帯から亜寒帯までがひとつの島に圧縮して存在するというめずらしい生態系を持った島なので、世界遺産にした方がいいと思います。ただ、その管理上には問題があって、一日に山に入れる人数の制限をするとか、ちゃんとした知識のある人をガイドにするということや、ルールさえ守れば問題はないのですが、日本は縦割り行政で、その上横同士の連絡が密でないので、そのルールが作りにくいのですが、それは政治を変えていけばよくなることだと思っています。

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日本の環境を守るためには日本がどうすればいいのか。日本が世界第2位の経済大国になったことが、まずはいちばんの間違いだったのではと私は思っています。こんなに小さい国なので、材料を海外から仕入れなければなりません。どんなに上手にしても、物を作るためにはその6割ぐらいしか有効利用できなくて、4割はごみになるのです。その出たごみが環境を破壊するのです。客観的に見ると英国とイタリアとスイスを足して3で割ったぐらいの国になるのがいちばんいいと思います。日本には一見、物はいっぱいあるけれど本当の豊かさがあるかといえば無きに等しいんですね。
21世紀のキ-ワ-ドは環境と情報だと思います。その情報もものの情報ではなくて、考え方とか精神面の情報が大切になってきます。ここらで、環境と情報にシフトして、今までの物に走りすぎた生活を見直して精神面を豊かにするように、生活方針を変えていくようにすることが大切だと思います。最近ではどの企業も急速に時代に対応して、環境問題を考えるようになってきています。環境を考えない企業は一流とは言えないという考えが根づいてきて、その会社の環境に対する意識が国際社会で問われ出したので、会社案内にも社会貢献の内容が書かれ出しました。政府の政策は変わりにくいが、企業はハンドルが切りやすいということで、いい傾向だと感じています。
消費者側も、何か物を買う時に、その企業が環境保護にどのくらい貢献しているかを比較して物を購入するぐらいの態度になれば、いい企業が生き残ることになって結局は自分のためにもなってくるんです。物事を見極める目というものを持たなくてはならないと思っています。
私もオ-クビレッジの家具に5年前まではウレタン化学塗料を使っていたんですが、環境ホルモンのことがあり、使用するのは止めました。今は漆と植物オイルを使っています。何でも100%完全にはできませんが、努力している会社の製品を選んでいくということが大切だと思います。
余談になりますが、漆というのは数千年持つ塗料で、酸にもアルカリにもフッ化水素にも黄水にも大丈夫で、しかも体には害がないという、塗料としては最高のものであると言えます。神戸の人たちは震災で大変な思いをしたと思いますが、だからこそ再出発ができるのだということにプライドと自信を持って取り組んでいただきたいと思います。何よりも「木を植えてください」というのが私の思いです。20年前に荒れ地だった「オ-クビレッジ」のあった場所に木を植えたら、今は立派な森に育っています。2020年が人類にとって危ないかどうかの瀬戸際だと言われています。それをひとりでも多くの人が「木を植える」ことを始めることによって乗り越えることができると思っています。

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Profile

稲本 正(いなもと ただし)さん<オークビレッジ代表・木工作家>

稲本 正(いなもと ただし)さん
<オークビレッジ代表・木工作家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1954年富山県生まれ。立教原子物理学を専攻し大学で、理学部助手になるが、1976年高山市郊外の栃木県清見村に緑の工芸村『オークビレッジ』の建設を開始。人と自然、道具、暮らしの調和をもとめて物造を始める。1981年新宿紀伊國屋書店にショースペース、オークビレッジ東京開設。1987年東京、原宿にオーク・パーツを開設し総合プロデュース活動を開始。1991年『森林たくみ塾』を開校する。現在は、漆仕上げを中心とした家具、設計から施工までの木造建築、文具、玩具などの木の小物などの作品の制作活動、木の職人養成のたくみ塾主宰、CCC(自然・文化創造会議/工場)議員など様々な文化活動を行っている。著書に『木は生きている』『森の博物館』『森の心』『木の聲』『森の自然学校』『森の形森の仕事』『シルヴァンの秘密』など。

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