神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 大西 一平さん(元神戸製鋼ラグビー部キャプテン)
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「心のつながり ~ラグビーは子供を大人にし、大人を子供にする~」



<第1部>

最近こういう講演会でよく話す機会があるんですが、最初に質問することにしています。「この中で、ラグビーを知っている人見たことがある人、プレーをしている人はいますか?」と……。それらに該当する人は手を挙げてください。
以前、滋賀県の山奥の村で講演会をしたときに、前に20人ぐらいのおばあさんが座っていて、僕が話しているのに何も反応がなくてしばらくすると「落語はいつ始めてくれるの?」と言われたんです。「ラグビーのはなし」と「落語」を勘違いされて困ったことがあったんです。今日はほとんどの方がラグビーを知っておられるので話しやすいです。

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ラグビ-の歴史

ラグビーがどうして生まれたスポーツかというと1823年11月イギリスのラグビーというハイスクールでフットボールの試合中にエリス少年が、ボールを手で持って走り出したのが始まりと言われています。

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でも、いろいろ調べていると、イギリスにはその100年ぐらい前からフォークゲームというゲームがあって、これは町中の人がひとつのボールを持って、決められたゴールに向かうというゲームで、町中がフィールドで、ルールもなくて、殴り合いやけんかになって、けが人がたくさん出て各地で禁止になったんですが、それにルールができてラグビーになりました。日本で最初にラグビーを紹介したのは慶応大学で、来年(1999年)でちょうど100年になります。神戸には早くからラグビーが入っていて『KRAC』という外国人のクラブが居留地にありました。日本では関東の方がラグビーのレベルは高くて、明治と早稲田のいわゆる『早明戦』はいつも満席になっています。国立競技上の定員は6万人なんですが、我々がしているころは7万3千人入ったことがありました。昔は自由席だったので、陣取り合戦で、入場するために3日ぐらい前から並んだりします。僕が4年生のときにものすごく雪が降って、3人の凍死者が出たんですが、亡くなったのはみんな明治の学生でした。早稲田の学生は当日に来たんです。このふたつの学校はいろいろなことでも正反対で、ラグビー界でも対照的でした。

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北島監督と明治大学ラグビー

ラグビーには、僕のしているポジションで、相手からボールを奪い取る「フォワード」と「バックス」といってフォワードが相手から奪ったボールを持って走ってゴ-ルにトライするといういろいろなポジションがあります。バックスの方が華やかで華麗なので注目されるのですが「何でやねん! 血まみれになって命がけで相手からボ-ルを奪い取った僕らをどう考えとんのや!」なんて思ったりしますが、いろいろなポジションがひとつになっての連携プレ-で力が発揮できるんです。
明治はフォワードに大きな人が多かったです。早大はバックスが強かったですね。早大には大西 鉄之助、明治には北島 忠治という名物監督がいて、大西監督はトーナメント試合全部に勝つことを最重視していて、いかに勝つかを理論的に指導した人です。明治の北島監督は「勝つラグビーは社会人になってからでいい。学生の時は、ボールを持ったら勝ち負けは考えないで前に進み、自分の力がどれくらいあるか試しなさい。その結果試合に負けたとしても仕方がない。とにかく前に進め!」とその指導の仕方も対照的でした。相手にぶつかる前にボールを横にいる味方に回していても、ラグビーのグラウンドにはタッチラインがサイドにあって、左右に進もうと思っていると、いずれは相手のチームにボールを渡すことになってしまうんです。北島監督というのは人を育てようとする姿勢で、前進することで道は開けるんだから「前へ!」というのが監督のモットーでした。

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それにはおもしろい話があって、ある時高速道路を走っていたときに、いつも学生に言うように「車の能力いっぱいの力を出せ! アクセルをいっぱいに踏め! 全速力で前へ進め!」と監督に怒鳴られたマネージャーが猛スピードで車を走らせてパトカーに捕まったことがあったんです。しかし、この北島監督というのは警視庁のラグビー部を作った人なので警官に「明治の北島だ!」と怒鳴ると、そのパトカーの警官が恐れて帰ったことがあったというのです。とにかくすごい人で、80歳の時に100キロのバーベルを軽々と持ちあげて「どうだ!」と言って、ガハハッと笑って帰るという方で、一昨年に90歳で亡くなられるまで周りの人に恐れられていた人なんです。合宿所の前にひとりで一軒家に住んでいたんですが、どういうわけか僕はよくかわいがっていただいて「カレー食っていくか?」と誘われて家に行くと、台所から煙が出ているんです。「監督、カレーってこれですか?」と聞くと「そうだ」と焦げたカレーを出すんです。ひとり住まいなので、外を歩いている人を呼び止めてこき使うのです。洗濯屋さんに「マネージャー呼んで来てくれ!」と言ったり、牛乳屋さんにたばこを買いに行かせたりと、誰彼お構いなしなんです、だから近所では恐れられていたみたいでした。でも、毎年100人程入って来る新入部員の名前や、それぞれの特徴を3日ぐらいで全部覚えてしまうという人なんです。怖いというのとスゴイというのとその両方のイメージを持った人なんですが、僕が入部して3日目に牛乳を飲みながら「お前が大西か」と言われたときに、口から牛乳がダーッと流れ出すという一面も持っているという、不思議な人でした。とにかく明治大学のラグビーと言えば北島ラグビーであると言えるんです。

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ラグビーの特色

ラグビーは日本で100年、世界で170年ぐらいの歴史を持つスポーツなんですが、いま世界中にまんべんなく広がっているスポ-ツだと言えます。ラグビーは、紳士のスポーツというか、上流階級の人がしていたスポーツなのですが、どういうわけか日本に入ってきたときに「紳士的なスポーツ」と訳されたのですが、決して紳士的なスポーツではありません。「倒れている人は芝生だと思え!」と平気で踏んずけたりするんです。ニュージーランドに1年ほど留学していた時に、だんご状態になって顔を殴られたのですが、レフェリーは見ていても知らん顔をしているんです。1試合に5~6発は殴られるんです。味方は14人、敵は15人。日本人1人対ニュージーランド人29人なんです。何回か試合をしていると、状況を見る余裕が出て来るんですね。
殴り合いは日常茶飯事で、よく見ていると相手に殴られるときというのは相手が嫌がることをしているときだということがわかってきたんです。自分の体力を失わせるようなことをして来た人間には、相手にも体力を失うようにさせるプレイをするというふうに、闘いを楽しむことがわかってきたんです。勝つためには手段は選ばないという決して紳士的ではないスポーツです。あまりに力の差がありすぎる相手とする試合は、していてもおもしろくありません。ラグビーで何がいちばんおもしろいかというと「恐怖感を克服しながら進んでいくこと」なんです。勇気を奮い起こして相手と闘うことにそのおもしろさがあるといえるのです。実際、その人間がどんな人間で、勇気があるかないかということをラグビーをすることにより知ることができる。
また、その人が思いやりのある人かどうかということも知ることができるスポーツなんです。そして試合の後に飲みながら話し合いをすることによって、より深くその人を知ることができる。身分とか家柄とかに関係なく、丸裸のままの人間丸出しになってぶつかり合うことができるということで、上流階級の紳士が好んで愛したスポーツなんです。ラグビーが「グレート・コミュニケーション・スポーツ」と言われるゆえんなんです。いま僕は、近畿大学のラグビー部を指導しているんですが、AリーグとBリーグを行ったり来たりしているチームなんです。ラグビーは技術を教えるだけでは強くはなれません。コミュニケーションをとらなければならないんです。教えるものが勇気を示さなければならないというような大切なことがあるんです。

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それなりに練習は一所懸命にするし、学生に「ラグビーが好きか?」と聞くと「大好きです」と答えます。しかし「本当に好きなものは何か?」というとひとりひとりの価値観が違うのです。スゴイ敵に対してひとりが「絶対こいつに勝ってやる!」とタックルしているときに、他の人が「今夜のおかずは何かな」なんて考えていると敵にボールを取られてしまうんです。ラグビーをすることによって何を得たいのかという全員のコンセンサスを探り、ラグビーが自分にとってどれほど大切な物なのかを自覚させる。するといままでの足りないものが見えてくるんです。こうなると、いちいち言わなくても、強くなるためには何をすればいいかがわかり、1週間のうち絶対にしなければいけない練習が決まってくる。それが決まると練習量を自分で設定できるんです。まず、課題を与える。選手の中でラグビーをふくらませる。そしてチームが目標を持つ。チームが個人に対して5つの課題を与える。「5つのE」です。

 EXERCISE
 ENJOY
 EXPERT
 EXCITING
 EPOCH-MAKING

ニュージーランドには17万人のラグビー人口がいます。日本はどうかというと15万人いるんです。2万人の差しかないのに試合をすると140点の差がついてしまう。この差を埋めるためにはどうすればいいかというと、勝つことによって日本全体のレベルを上げていくしかありません。神戸製鋼は勝つことによって時代を作り、日本全体のレベルを上げていこうという目標を持っています。そのために大切なのは「5つのC」です。

 CONTROL
 COMBINATION
 COMMUNICATION
 CONCENTRATION
 CONFIDENCE

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チームづくりと選手の選び方

神戸製鋼には45名の部員がいます。近畿大学には80名の部員がいます。しかし15人しか試合には出られません。ここで人の和というものが大切になってきます。日本人の場合よく「角が取れて丸くなった」という言い方をします。三角形があって、角を削ると内接する円ができますが、これが日本的な『和』の考え方です。飛び出している個性を削って人に合わせていくことで和を保とうとするんです。しかし、欧米諸国はそれとは反対の考え方をしているんです。個性を出すことによって和を保とうとする。三角の外側に個性というとんがりをいっぱい出していくと、そこに三角形に外接する円ができます。個性が強いので当然ぶつかり合いが起こります。そこでリーダーが必要になってきます。そのリーダーにはある種のカリスマ性が必要になって来ます。

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それぞれの個性を見極めてうまくぶつかり合う場所を与える抱容力が必要になってきます。僕はキャプテンになった途端にB型肝炎になったんです。一緒に針治療に行った仲間と3人同時にかかったのですが、2人はすぐに治り自分だけがなかなか治らなかったんです。3ヵ月ぐらいかかって、ドクターに「明日数値が下がらなかったらインターフェロンを注射する」と言われたんですが、次の日に劇的に数値が下がりました。医者には「1年間ラグビーはできない」と言われたんですが、1ヵ月ぐらいで試合に出たんです。自分の命とラグビーを天秤にかけて、そのときに命よりラグビーを選んだのです。それを見てチームメイトの僕に対する評価が違ってきたんです。病気がなかったらキャプテン続けていられなかったかもしれない。ラグビーの選手で、日本代表の中には飛び抜けた個性の持ち主はいないんです。いわゆるバランスのいい選手がそろっているんですが、それぞれが90点なんです。だから走ることにかけては抜群だとか、ぶつかる力は相撲取り級だという120点の選手のいるチームに会うと負けてしまうのです。80点のチームにしか勝つことができない。それぞれのいちばんすぐれているところを相手にぶつけていくように考えていかないとだめだと思います。神戸製鋼の場合、各ポジションに個性的な選手を選びました。ひとつやふたつ欠点があっても何か120点のものを持っている人を選んで来たことで勝ち続けることができたのだと思います。

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ラグビーから学んだ生き方

ラグビーというのは人生と同じで、いつもいつも好プレイはできないのが当たり前なんです。そのときどのように取り組んだかが大切になってくるんです。その姿勢と反省が大切なんです。あとはアクシデントがあります。ミスをしたときにちゃんと精神が入っていたかどうかと反省する。日本代表の選手によく言うんですが「自分の中の怠慢でミスをして簡単にボ-ルを落としてしまうということは許されないことだ」と。よく自滅型のミスをして負けてしまうということがあるんです。以前、伊集院 静さんと朝の4時ごろまでラグビーの話をしていたんですが「ラグビーの基本というのは、与えられたボールを慈しんで抱き、運んで行くことですね。ものすごい体力と精神力で血まみれになって取ってくるボール。それを受け止めて走る」とおっしゃっていました。その言葉を聞いて目から鱗が落ちたような気持ちになりました。ラグビーをすることによって人間について深く立ち入ることができるんです。そういう意味で僕は着飾った面だけを見てその人間を判断するということに抵抗を感じます。ラグビーは、人間の本当の部分を知ることができる格闘技だと思っています。最近、笹川スポーツ財団の手伝いのようなことをしているんですが、人生80年生きるとして、70万時間あるんです。その中で寝たり、食事をしたり、生きるのに絶対必要な時間というのが35万時間で、仕事をする時間が8万時間、残りの27万時間が自由な時間だと言えます。笹川スポーツ財団はその自由な時間の中で、ライフスタイルにいかにスポーツを取り入れていくかということと、スポーツを通じて人のリラクゼーションを完成させようということに取り組んでいます。僕の場合、その自由な27万時間の大部分を自分の好きなラグビーに関わっていることができるので、しあわせな人間だと思います。
ラグビーの練習をしているときに風を感じることがあります。六甲山と海と工場にはさまれたグラウンドに出ると季節によって吹く風が違うんです。10月の風はニュージーランドの風と同じ風だと感じるときがあります。その風のにおいで昔の試合の全内容を思い出します。五感を研ぎ澄ますことによって体を鍛えることができるんです。

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ラグビーで一流と二流と三流の差はなぜできるかというと、最初はみんな怖くて目をつぶって相手に飛び込むんですが、二回目に二流の人は薄目を開けて飛び込んで行くんです。すると自分の横で目をつぶっている人が見えるんです。そのまま薄目を開けていると二流のままなんですが、一流になる人というのは、勇気をふりしぼって怖いのを我慢してカッと目を開いて相手にぶつかるんです。すると、ボールがコロッと転がっているのが見えるので、それを拾って走ることができる。ただそれだけの差だと言えるのです。「目をしっかり開けて飛び込めるかどうか」これが一流という人にはできる。この積み重ねが、いいタックルとなり、10万回タックルを受けている人がいい判断ができるようになるし、10万1回目にはチームが要求しているいいプレイができるようになるのだと思います。来たボールに対して、しっかりと目を見据えて前を見て進むことが大切だと思います。

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神戸へのメッセージ

神戸は僕の好きな街です。1月15日に7年連続優勝してその2日後にあの大震災があった。その時は神戸にいなくて東京にいたんですが、日本のテレビの情報はまちまちであいまいでしたが、CNNの情報はとても早くて、僕の住んでいる芦屋の方は、高速道路が倒れたり死者が5千人規模の地震だとすぐに報道されていました。その日の夕方の飛行機で帰り、大阪から車で帰ってその惨状を見てびっくりしました。
美しい神戸の海も山も緑も人もすべてを失ってしまったという気持ちでした。久しぶりに三宮を見たんですが、息を吹き返したように復興しているのを見てうれしかったです。神戸製鋼も今年はいけそうです。一緒にがんばりましょう。

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Profile

大西 一平(おおにし いっぺい)さん<元神戸製鋼ラグビー部キャプテン・プロフェッショナルラグビーコーチ>

大西 一平(おおにし いっぺい)さん
<元神戸製鋼ラグビー部キャプテン・プロフェッショナルラグビーコーチ>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1964年生まれ。大阪工大高2年で花園優勝。高校卒業後1年間ニュージーランドへラグビー留学。神戸製鋼ラグビー部の中心選手として活躍。チ-ムはラグビー日本選手権の7連覇を達成。V4、V5、V6時は主将。V7達成後に引退。現在は、日本初のプロコーチとして活躍。ラグビー界を活性化させるために奔走。著書に『戦闘集団の人間学』(クレスト社)がある昨年は、震災から立ち直る姿を描いた神鋼ラグビー部演劇班の野外劇の演出も。

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