神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 志村 季世恵さん(バースセラピスト/整体療術師)
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「産前産後の心のケア  ~素敵な「ママ」でいてほしい~」



<第1部>

生と死

いま妊娠していらっしゃる方は手を挙げてください。
(10名ぐらい挙手)
あー、何かうれしいですね。私、妊婦さんがすごく好きなんですよ。暑いですよね。ふたり分の体温で高くなって。来てくださってありがとうございます。 私はバースセラピストと言いまして、妊娠中の患者さんたちのケアをしているんですけど、この仕事をする前に末期ガンの方を看取る仕事をしていたんですね。私自身が21歳でこどもを産んだんですが、あるおじいちゃんから、半年ぐらいたって電話がかかって来たんですよ。「私はもうそろそろ死ぬから来てくれ」って言うんです。何で死ぬとわかるのかなあ? と思って聞いたら「あんたこどもを産んだでしょう。最後の質問と思って、ちょっと聞いてみたくって。自分が生まれて来る時のことを思い出した」って言うんですよ。「どういうふうだったんですか?」と聞くと「生まれた時に自分がぐるぐるっと回転しながら速いスピードで下へ落っこちるような感じがする。それを思い出したんだよね」と言うので、本当にそのとおりだと思いました。回転しながらぐるぐる頭から下向きに子宮を通り抜けて落ちて行く感じですね。「何でそんなことを思い出したんですか?」って聞いたら「いまはその反対だから死ぬような気がする。自分が寝ていても頭がぐるぐる回転しながら上の方に持ち上げられる感じがする」って言うんです。 その方は最期の時間をとても自然に暮らしたんです。最期は立ち会ってほしいって半年間ほとんど一緒にいたんです。最初は、自分がガンだとわかってから押し入れにとじこもっていたんですよ。私も一緒に入ってしばらく一緒にいたんです。しばらくしたら、ふたりともおなかがすいてきて「おなかすいたね、外へ出ようか?」って言って出たら、その方は「いままで自分の思いどおりに生きて来たから、この病気になったことに納得できない、許せない。最後の最後に自分の命さえ自由にできないことに対して憤りを感じている」と言うんですね。そうかーと思って話を聞いていって、だんだん落ち着いてくるうちに、まあ、最後ぐらい自分の思いどおりにならなくてもいいかとなってきたんです。だんだん自然な考えになってくるんですね。それは妊娠中の方とも共通性があって、ナチュラルでいたい、既製の物が嫌いになるという感覚が出てくるんです。

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私はセラピストなんで、セラピーというのはいろいろなパターンがあるんですけど、一週間に一度うかがって心の解放をしていくわけです。こどものうちは五感がとてもすぐれていても、そのうち感性が萎えてきますよね。ご飯を食べたって、おいしいと素直に思って食べていても、だんだん意味なく食べるようになって感謝を失っていく、それを少しずつ戻していこうというのがセラピストの仕事なんです。ある時、そのおじいさんが手付かずの山にどうしても行きたいというので先生に外出届を出して山へ行くと、木の葉を手でさわりながら涙をポロポロ流して「何で何にもしない山が美しいと思えなかったんだろう」と泣いたんです。「昔はゴルフ場の緑がいちばん美しいんじゃないか」と思ってたと言うんですね。
いちばん大変でいちばん印象に残っていることは、その人には腹違いのお子さんがたくさんいたんですよ。最後のお願いは何かと聞いたら「こどもたちに会いたい」と言い出して、こどもたちっていっても、ひとりの奥さんだけじゃないから探すのが大変なんですね。それにこどもたちも怒っているかもしれないですから。でも本人が「こどもたちに謝りたい、父親としての役目を果たさなくてごめんなさい、でも生まれて来てくれてありがとうと本当は言いたかった、最後にそれが言いたい」と言うので、それじゃあ探さなくっちゃいけないなと思って本気で探したんです。もうテレビに頼みたいなと思うぐらいに必死に探して、会ってもらったんです。最後にこどもたちが皆来てくれて、こどもたちの中で亡くなったんです。ものすごくいいこどもたちで、亡くなった後、今でも腹違いのこどもたちがちゃんと法事で集まって、皆でおじいさんの好きだった食べ物を食べて楽しく過ごして帰っていくんです。そういうことを見ていくうちに、いろいろな方から後悔っていうのをたくさん聞くんですね。後悔っていうのは初めからない方がいいな、あったって途中から改善ができるかもしれないけど、ないに越したことはない。特に親子、兄弟の関係のトラブルがすごく多いんですよ。親子から始めなくちゃだめかもと思って、そういうことを考えていた時にお産に立ち会うようになったんです。

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―自然なお産をすること―

私たちっていうのは生まれることと死ぬことはどこかに置いて来ちゃっているんですよね。自分が生まれるっていうのと死ぬっていうのは病院任せになっちゃっていて、お産をするんだって、自分がああしたいこうしたいと言うのじゃなくて、受け身ですよね。例えば病院の都合で土日とかを外すために促進剤を使って人工的に不自然な出産をしてしまったり、それでは自然な状態でお産ができないですよね。 お産を体験したとき、お産をする20~30分前に一瞬眠くなる時間があるんです。なんとなく眠たくなっちゃう。3分ぐらいきついんですけど、その3分と3分の間に深い休み時間があって、ホームバースっていう家での出産に立ち会った時も、立ち会っている皆が一瞬眠くなっちゃう時間があるんです。

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すごく不思議な、凪の時間と言うのか、あと20~30分で生まれて来るのがわかるんです。その時間がすごく気持ちがいいんですね。私自身も4人のこどもがいて、4人とも病院で産んだんですけど、促進剤を使わずに自分で自然な時間を作っていくと、気持ちいい時間があって、これは自分が自然と一体化してないとできないことだとわかったんですね。苦しいお産だったら、子育てをするバイタリティーがなくなっちゃうんです。自然な時間が持てていいお産ができると、意外に人生いけるかも、って思えるんです。 私はお産に立ち会う時、その2~3分の休憩の間にお母さんに、赤ちゃんに酸素をあげよう、深呼吸してって言うんです。陣痛のときはお母さんは息苦しいんですよ。
赤ちゃんも障害物競走をしているから、酸素が栄養だってわかったら「そうか、忘れてた、酸素をあげるね」って深呼吸して、いい呼吸が赤ちゃんに届く、そういうことをしていくと「なかなか私っていいお母さんじゃない」って思えるようになるんですね。どうしてかというと「早く出て来て!」とかだと、わが子と私は別々のものになっているでしょう。だけど一体感で一緒にがんばっているんだもんね、赤ちゃんも苦しいし、私も苦しいけどがんばるのよ、なんていうと、自分はすごくいいお母さんじゃないかって自信がついてきて、それでいいお母さんを続けていけるんですね。自然っていうことに気がつくと楽になれるんです。
今日のテーマの素敵なお母さんになるには、楽な状態にならないと素敵になれないんですよ。考え方ひとつで楽になっちゃうことがあるんです。たとえば妊娠後期から眠れなくなって、なんか目が覚めちゃう。9ヵ月以降になるとなかなか眠れないんです。これはなぜかと言うと、オッパイの3時間リズムが始まるんですよ。これはホルモンが作用しているんです。赤ちゃんが2時間から3時間置きに目が覚めるように体が慣れて来るんです。そして、赤ちゃんが産まれたら「パパに似てる似てる」って言いまくるんです。似ていなくても、まつげの生え方が似てるとかいろいろあるんですよ。

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わが家なんて4人いて、たぶん夫の方がかなり育てていると思うんです。上のふたりは前の夫の子で、下のふたりは今の夫の子ですが、それでも褒めまくるんですよ。さすがに似てるとは言えませんよ。顔は全然違いますから。だけど、性質が似て来た、性格がそっくりになってきたなんて言ってました。夫にはお風呂にも入れさせました。再婚したその日から「お風呂はお父さんが入れるものなの」ってこどもたちをガンガン入れさせていたんです。とにかくスキンシップさせて、最初は「えっ? 君と結婚することはこういうことだったの?」って言われて「そうよ、最初からわかっていたじゃない」なんていいました。不服だったかなあと思っていましたけど、慣れちゃうとしあわせなんですよね。そうやってしあわせをつくっていくんです。で、自分は何をするかっていうと、自分は夫の相手をちゃんとしてあげて、アフターケアをしてあげるんです。じゃないとずるいですよね。私はあなたのことを見ているから、あなたはこどものことを見ていてねというシフトができあがっていけば、絶対にしあわせな家庭になれるんです。もし、だんなさまが単身赴任の場合は友だちをいっぱい作るんです。その友だちと一緒になって育てるっていうことをしていく。親御さんでもいいんですが、親御さんもやっぱり疲れますから、友だちにも預けたり預かったりしてネットワークを作って協力しあってこどもを育てればいいと思います。自分だけでがんばろうっていうのは捨ててしまってください。

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―自閉症のこどもを通して見える家族の姿―

お父さんの心が家にないときはとても不幸な家庭になります。私は自閉症のこどもをたくさん診ているんですけど、自閉症のこどもっていうのは、3~4歳ごろに気がつくんですね。すごく楽なこどもで泣かないし、静かにしていて自分で遊んでくれるし、だからラッキーなんて思っちゃって、この子楽だわーなんて言うんですけど、ちょっと危険なんです。カーテンみたいな「物」を見て笑うんですね。そのうちお話できないことに気がついて、3歳児検診でだいたいわかるんです。
自閉症のこどもをたくさん診て来て、その子たちみんなお話ができるようになるんですよ。奇跡じゃないかと言われているんですけど、簡単なことなんです。お父さんが帰って来てくれたらいいんです。
どうするかっていうと、私は夜の往診に行くんですね。自閉症のこどもってからだを動かさないから11時ごろしか寝ないんです。11時ごろにその子の寝室に行って、寝入りばなにお話するんです。何を話すかというと「空って何色だったっけ?」「木は何色だったっけ?」ってあえて聞くんです。「今日は気持ちいい風が吹いてたね」ってその時のことを伝えるんです。そしてもうちょっとすると「何で生まれて来たの? 本当はお父さんお母さんとたくさんお話したいなと思って生まれて来たんじゃなかったの?」って言うんです。そうすると、え?っていう感じになるんですね。だんだん、生まれてきた存在価値の話をするんです。「あなたはすごく大切な子だからこの家に生まれて来たんだよ」っていうと、えっ? という顔をするんです。なぜかと言うとお父さんを知らないんですよ。

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私が言ったことが絶対っていうわけじゃないですが、でもだいたいにして自閉症のこどもの家のパターンっていうのがあって、パパが忙しいのです。でもそれはどこの家庭でも一緒ですよね。シフトができあがっているんです。おじいちゃんとおばあちゃんが、ママのおじいちゃんとおばあちゃんなんです。こどもを3人で育てるチームができているんです。お姑さんじゃないから、もっとかっちりとしたチームで、パパは居場所がないんですね。だからパパは、いなくてもいいや、金さえ持ってくればいいんだろってそういうふうな感じになっちゃって、だんだんずれてきちゃうんです。だからパパっていうと、え? っていう顔をするんですね。ある時に、特に症状がひどかった子がいて、幼稚園では鏡の部屋にばかり2時間も3時間もおとなしくいて、おうちに帰ったら鏡と大好きなお兄ちゃんが写っているアルバムを見て自分の世界に入るこどもだったんです。お父さんはエリートで、海外出張でアリゾナに家族を連れて3年くらい行ったんですけど、お母さんはパニックになって、こどもの不調に気づかなかったんですね。日本に帰って来てから「おかしいんじゃないの?」って言われて、私の所に来たんですけど、日本に帰って来てから母方のご両親と一緒に暮らし始めたんですね。でも本当は、ずっとそうなんですって。結婚していてもだんなさまはほとんど家にいなくて、私がカウンセリングに行き出して話を聞いても、お父さんの話が出て来ないな、おかしいな、と思ったんです。やっぱりその子はお父さんのことがわからないんですね。ある時に、お父さんにアリゾナから帰って来てもらったんですけど、その子に「ママだけじゃなくって、あなたのことをつくったもうひとりの人が帰って来るから、その人は『パパ』っていうのよ。パパに会いに行ってごらんなさい」って言ったんです。成田に迎えに行って、初めてその子が「パパ」と言って自閉症が治ったんです。本当にお父さんは大事な存在だなあって思いました。お父さんだけじゃなくて、こどもにとって家庭にいる人たちは皆大事な人たちなんですね。こどもは決して自分だけじゃなくって、お父さんお母さんだけじゃなくって、いろいろな人たちと大事に育てていってもらいたいなあ、そして自分も楽になってもらいたいな、と思います。

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―子育てのイメージと現実―

お母さんはこどもの育て方についてイメージがあると思うんですが、私も男の子は、外でどろどろになって遊んで帰って来ると思っていたんですが、長男は外で遊んでもちっともどろどろに汚さない。わんぱくに育てようと思っていたのにと悩んで、砂場に連れて行ったら、ほかに遊んでいる友だちの手をハンカチでふいてあげているんです。なんで? じゃあ何が好きなんだろうと見ていたら、自分が遊ぶんじゃなくて、物を観察するのが好きなんですね。 早いうちから自分の望むように育てようとすると個性を摘まれてしまいます。

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例えばママは松の木が好きだからといって、こどもも松の形にしようって剪定しても、その子が松の木だったらいいですけど、杉の木だったら大変ですよね。早いうちから剪定しようとすると、へんてこになっちゃうんです。実験的になった長男なんかは、ちょっといびつになったなと思うんですけど、もう3~4番目なんかは伸ばしたい放題で、いまどきのこどもじゃなくって、昔のこどもなんです。褒められているのか、けなされているのかわからないんですけど、学校の先生が「お子さんは、私が教員になったころのこどもです。30年ぐらい前に見ました」っておっしゃるんです。喜んでいいのかわからないんですけど。でもそれはすごくいいなあと思っています。

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―判断の大変な過ち―

みなさまはどんなお子さんに育てたいですか? ってよく私は聞くんだけど、やさしいとか思いやりとか自分で生きられる力を持ってほしいとか言うんですね。そのとおりだよねって思うんですけど、ある時に、うちは夜7時が受け付け最終なんですけど、7時に電話がかかってきて「すいません、事故になっちゃって、私が運転してて後ろから追突されてこどもがムチウチっぽくなっているみたいで気分が悪いって言ってるんですけど、いますぐ行っていいですか」って言うので来てもらって「何時に事故に遭われましたか?」って聞くと、朝の10時だって言うんですよ。

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じゃあ「それから今まで何をしていたんですか?」と聞くと「ピアノです」って言うんで、事故にあってもそんなこと考えるなんて言うのは、一瞬、発表会だったのか、と思ったんですね。でもおけいこだったんですよ。ピアノでできないところがあって、こどもを2週間、殴るようにして教えたんだそうです。2週間後に、うまく弾けるようになって、よかったーって達成感に浸っておけいこの当日に事故になっちゃった時「この2週間の私の努力が水の泡?」ってふっと思っちゃったんですって。「まだ大丈夫よね、そんなにひどい事故じゃないし」と思ってピアノのおけいこに行ってそれから来たって言うんですね。 その人は、こどもには自分で生きる力をつけてもらい、やさしい子に育ってほしいと思っているみたいなんですよ。その時に「悪いけど、この子はあなたの思いどおりにならない」って言ったんです。「なんでですか?」って言うので「そういうふうに育てたいのなら、この判断は大事だよ」って言ったんです。もしも、これを受けて、事故よりも2週間がんばったおけいこの方が大事よって言う判断を、こどもが素直にそうかって受け止めたら、例えばその子が高校生になった時、事故が目の前で起きました。「あ、事故だわ。でも私模擬試験があるのよね。一年間勉強してきたのに、どうなっちゃうわけ?」「大事な試験なのに119番に電話していたりしたらめんどうくさいだろうな、時間かかっちゃうもんね」と。「それがあなたの思うとおりのこどもですか?」と聞いたら「それは困ります。私は何の用事を捨てても、大丈夫ですかって言ってあげられるこどもに育てたいんです」って言うので「それじゃあ、命がいちばん大事だよってことをまず教えてあげて」って言ったんです。

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「ピアノなんかいいよ、ママはあなたがいちばん大事なんだから」って言うと、やっぱり母親はいいもんだなあってこどもは思いますよね。そういう思いや言葉をアクションにちゃんと起こしてほしいなって思います。

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―心に感動を取り戻すこと―

北海道の釧路へ自閉症のこどもたちと、肉体的に障がいのあるこどもたちとまぜまぜで、お父さんやお母さんたちも一緒に行ったんですけど、自閉症のこどもを持つお母さんが「中学生になるこの子が生まれてから14年間、ご飯をおいしいな、と思ったことが一瞬もなかった」って言うんですよ。どうしてなんだろう、どうなるんだろうと思ううちに14年間たっちゃって、食べてもおいしいと思えなくなったって言うんです。ご飯がおいしくないなんて私にとってみれば大変なことなんですね。ご飯がおいしくなるようなところへ行こうということで釧路湿原に行って遊んできたんです。すごく印象的な言葉があって、お母さんが飛行場から牧場に着いたときに「写真みたいね」「絵みたいね」って言うんですよ。「わー気持ちいい!」っていうふうに思わないのかな?と思って聞いてみると「からだはここに来ているのに心は家にいるんです」って言うんです。空があんなに青い! というような感動がないんですね。これは大変なことなんです。感動がないと生きていてもつまんないですよね。急きょ感動を取り戻す場を持ちましょうということになって、こどもたちを山荘で預かってもらって、お母さんとお父さんを別々にして、目を閉じてもらって、鳥の声を聞いてもらったり、風の音を聞いてもらったり空の色は何色?って、いろいろなことを聞いていって、外に出て裸足になってもらったんです。

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草が生えている所と、馬が歩く小道と、アスファルトの道があって、交互に歩いてもらったんですね。するとアスファルトの道を歩いた瞬間、石をよけるんです。だけど、草の上や土の上だと石をよけないんです。草や土の上では何ともなかった石が、アスファルトになった瞬間、痛くなって異物感があるんです。「この石が、日常に起こるできごとで、心が地面だと考えてみて」って言ったら「あ、私の心はアスファルトだった」ってお母さんが言ったんですね。「だから、どんなできごとでも、全部排除したくなってしまって、あっちに行けこっちに行けって思ってしまう」と言って涙をぽろぽろこぼして、ご飯の時間になったとき、ただのインスタントカレーなんですけど「すっごくおいしい」って言ってご飯を3杯もおかわりしていたんですね。心が変わってくると、おいしいって感じられるんです。

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―神戸へのメッセージ―

神戸は初めてなんですけど、すごく大変なんだろうけどいい形にできあがったんだなあって感じます。いい方向に変えていけるパワーってすごいですよね。海と山と自然に恵まれていて、もう一度ちゃんと来てちゃんと見てみたいです。

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Profile

志村 季世恵(しむら きよえ)さん<バースセラピスト/整体療術師>

志村 季世恵(しむら きよえ)さん
<バースセラピスト/整体療術師>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1962年生まれ。東京・自由が丘の「癒しの森治療院」で、妊婦や小さなこどもを持つ親、こども、そしてトラブルを抱える人々の治療を担当している。月に一度、子育て中の親を対象としたワークショップ「マザーズクラブ」を開催しているほか、出産や子育てなどの講演やワークショップなどを各地で行っている。またセラピストとしてターミナルケアにもかかわり、人間の誕生から臨終までを見つめたセラピーに携わっている。

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