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神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「ムットーニの世界~”自動からくりシアターの貴公子”~」



<第1部>

ムットーニの世界
~自動からくりシアターの貴公子~

どうも皆さまこんにちは。武藤 政彦です。よろしくお願いします。今日はたくさんのお客さまにお集まりいただいて、ひょっとすると遠くから来てくださった方もいらっしゃるかもしれませんね。今日はトラックで大型作品を4台持って来ました。今日はそれを順番に見ていただきたいんですけれども、最初に紹介したいのはこの作品です。おそらく初めてご覧になる方が多いと思うんですけれども、どんなものかを最初にご覧いただいた方がわかりやすいと思いますので、いちばん小さなトランク型の作品です。上にトサカのようなものがついていますけれども、もともとこれはなくって、把手がついていたんですね。かばんになっていたんです。旅人の予感が詰まったトランク、そんな意味合いがトランクにはあります。旅人にとっては夢を育み、そして思い出を育むタイムカプセルであったわけです。また、さすらい人にとっては、時にこのトランクを枕に一夜を過ごす、その枕にもなったりするトランク。また、自分が今日はひとりの旅人としてここに来たという思いを込めまして、このメランコリービーナスをご覧いただきます。本当は、生で見ていただくのがいいんですけれども、今日はわかりやすいようにビデオカメラをセットしますので、前の方はなるべく本物を、見えにくい方はスクリーンをご覧ください。

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メランコリービーナスを紹介
(小型の紫色の箱が開くと、明かりが灯り、まばゆい光の舞台のミラーボールの下にメランコリービーナスが登場、歌に合わせて手が動いて歌っているよう)

フェリシモ:
自動からくり箱というものはどういうものなのか、メランコリービーナスの説明を交えてお話いただきたいのと、なぜこのようなものを作ろうと思われたのか、初期の作品を含めてお話いただけますでしょうか。

武藤さん:
よく何でこんなものを作ったんだと言われるんですけども、実は最初私は、油絵をずっと描いていました。美術学校にいた時も油絵を描いていました。ほとんど僕の表現手段、それは世界をどういうふうにとらえて表現して作品にするかといった世界を認識する方法ですが、それを表す方法は全部油絵を通して考えています。例えばメランコリービーナスにしても、人形って言うイメージじゃなくって、むしろ一枚の絵として作っています。
15~6年前、油絵がつまらなくなってしまった時期があって、そのころはどんな油絵を描いていたのかというと、ひとつの作品の中でいろいろな人間がたくさんいろいろなことを同時にしている、風景の中でさまざまなことがおきている、そんな世界。例えばステージの上で何人もの人がいろいろなことを同時に演じている。今とそんなに変わらないですね。それで、ものを作るっていうことは圧倒的なオリジナリティーをやっぱり心掛けるものですよ。ところがある時、客観的に自分の作品を見た時に、圧倒的なオリジナリティーの部分に何か物足りない感じがしちゃったんですね。今その油絵を見ると非常におもしろいと思うんですけれども、その時は全然そんなふうに思えなかったんですね。
自分が描いた油絵にはさまざまなキャラクターたちが登場してくるんですけれど、例えば「いかさま天使ピエール」とか「詐欺師アンドレ」とか、ひとつの作品に50~60人のキャラクターが出てきて、ほとんど忘れてしまいましたけれども、すべてに名前をつけていて、中世風の様式を元にしながらも現代風で描いたその絵のキャラクターたちを、それだけではつまらないのである日お話をつけて紙芝居にしてみようと考えたんです。何かの形で絵画という枠組みの中で捕らわれている自分を解放したかったんですね。
絵画の歴史は古いですよ。僕は美術学校で教官たちに散々叩かれましたから、何かを描こうとすると、学校で教官たちに言われた言葉が脳裏をよぎるんですよ。描けなくなっちゃうんですよね。それで、勉強じゃない絵、紙芝居だったらいいだろうと思って、さすがに誰も文句は言いませんでしたね。6枚組の絵なんですけれども、そのうちの2枚をご紹介致します。実はこれはCDが入っていてですね、私のギターの演奏とナレーションが入っている、お話玉手箱になっているんですね。これが第1話の『イグレシアとグラシエ』、そしてもう1話『教会泥棒』と言うお話をちょっと聞いてみましょうか。

(作品紹介)

お話がたまたま好きで、お話をこじつけて変わった見せ方をしたいと思って、どんなやり方でもいいから、もっと自分の気持ちを新鮮にしながら絵を描き続けたいとそう思ったんですね。それでひとつの工夫としてこういう作品を作ったんです。それでも行き詰まるんですけれども、ある時このさまざまなキャラクターたちを人形に置き換えたんですね。素焼きのテラコッタで作るんですけれども、これがメチャクチャおもしろいんですよ。平面の中でしか見られないキャラクターですよね。絵の中では横向きのまんまのキャラクターでも、人間の手って不思議でね、横向きだけでも作れるんですよ。手の中で横顔を見ながら作っていって「ああ、似てるなあ」と思いながらぱっと前に向けると正面の顔ができているんですよ。こいつ正面を向くとこんな顔なんだって初めてわかったりするんです。それがおもしろくって、あの時は人間って何で眠たくなるのかなあ、なんでおなかが減るんだろうって思いましたね。ぶっ倒れる寸前まで作っていましたね。1日20体ぐらい作りました。作ると、自然乾燥してすぐセットするんです。最初に描いた油絵と同じようにセットして、ライティングを当てるんです。

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ご存じの方もたくさんいらっしゃると思いますが、油絵っていうのは光と影を描いているんですよね。ライティングがすべてなんです。ところが実際立体に起こしてみると、油絵のように絶対にライティングできないことがわかるんですね。実際人形を5~6体重ねるとすごく影ができちゃうんです。そこにライトを合わせて、影とか光の当たっている部分を調整しながら全体を構成するのはものすごくむずかしいんです。光をちょっと動かしたり、人形一体を動かすだけで、光や影が変わって同じキャラクターなのにしゃべっている声も変わって聞こえたり、キャラクター自身も変わったように自分にとって思えるんですね。ちょっと動かすだけで全く変わってしまう。例えば人形2体が向き合っているか離れているかということだけで全然違う。ステージを作って、小さいやぐらを組んで、ミニチュアを作るんですよ。豆電球をたくさん付けて、もう一日中やっていても全然飽きないですね。顔の方向をちょこっと変えるだけでストーリーがぜんぜん違っちゃうんです。見つめ合っているかと思うと、女の子の人形をちょっとそっぽ向けるだけで何かすごい深刻なシーンになるんですね。そうやって楽しんでいました。あの当時は200体くらい人形を作っていました。
でもその人形たちは、決して動いてはいけない人形たちでした。油絵から抜け出た人形、僕は油絵のままで作ろうと思ったんですね。動いちゃいけない人形、つまり動かないことの存在感ですよね。沈黙劇なんです。だから軽薄に動かすことで世界が崩れてしまう。人形が腰振るなんてとんでもないことです。あくまでも凍結した時間の中の沈黙が魅力なんです。

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人形たちのドラマ

でも、ある時ちょっとしたきっかけで一体の人形を33回転のターンテーブルの上に乗せてみたんです。後ろにスクリーンを作って、上からスポットを当てて、33回転ですからゆっくりなんですけれども、回ったとたんに影が動き始めるんですね。回っている人形の影が後ろのスクリーンに映るんですよね。人形がちょっとしたポーズをとっていると、複雑な影ができるんです。今まで凍りついていたものが雪解けのように、一瞬にして今まで失われていた感情が一気に巡り始めるような感じがあるんですよ。血が流れている感じがするんですよね。何回も回して、正面でぱっと止めると、違うものに見えるんですよ、同じ人形なのに。世界が一巡りしたんだなという印象があるんですよね。
その時自分は人形を回しながら一体何を見ているのか、実は世界を見ているんです。ひとつの世界が終わったなと思えるんですよ。1回転しただけで。これだなと思いましたね。回転と光、そして影、この3つの要素でおそらく自分が感じとっているすべてのことが見られちゃうんだって直感しましたね。そこでは光の中で例えばドラマがあるかもしれない。非常に哲学的な要素と非常に下世話な部分がどんどん浮かんでくるんですね。ところがそれだけでは伝わらないですよね。もしそれだけで僕の言いたいことが伝わるのならば、人形を1回転させれば終わりなんですけれど、いかんせん私はサービス精神が旺盛で、徐々に箱を作ってあげて、最初はオルゴールだったんですけれども、曲になってきて、ちょっとだけ人形たちが演じるようになったんですね。でもその間には10年くらい経っているんですね。最初に人形を作ってから。
最初に作った人形は、動いちゃいけないことを前提として作っていた人形なんで非常に無骨なんですけれど、それはそのまま動かすと、とんでもない変なことになってしまうんです。動かすことを前提として作った人形は段々シェイプアップされてくるんですね。人形一体だけでも、15年前作っていた人形と全然違う。素材も違うし色の塗り方も違う、表情も違う。そんな感じで、こんな短い時間で油絵からこうなるまでを話すのは非常にむずかしいんですけれども、大ざっぱに言うとこうなるんですね。そして、今皆さまの前で光を放っているということです。

フェリシモ:
キャラクターについてちょっとお話を伺いたいのですが。

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武藤さん:
私の作品にはレギュラーメンバーがいるんですね。それは最初から決めていたわけではなくて、段々作っていくうちに決まってきちゃうんですけれども、例えばアンドロイドがよく出てくるんですけれども、アンドロイドは作り物ですよね。基本的に自分のこの世界は作り物だという前提があるのです。僕の作品の中では歌姫とか天使、様々な登場人物がいるんですが、実は作り物のアンドロイドが、僕の世界の作り物の中ではいちばんリアリティがある存在です。それと相対をなすのは天使ですね。大体僕の作品に出てくる天使は、天使の役を単に演じている天使か、いわゆる本当の天使なんですけれども、あくまでも作り物の世界であるにもかかわらず、架空の天使が飛んでいるっていうのは、どう見ても冗談でしかないと思うんですね。そこで彼がたとえばさまざまな思いにまなざしを投げかけたとしても、それは所詮作り物の世界の中でのひとつの役割でしかない存在なんですね。

フェリシモ:
武藤さんの作品のキャラクターっていうのは、何かちょっと寂しそうというか、哀愁があり人間が本来孤独であるということをよく表していると思うんですが。

武藤さん:
僕は人形師と自分で言っていますけれども、油絵を描いてたもんで、人形を作ったことがなかったんですね。今でも自分のこと人形作家だと思っていないので、逆に人形っていうものを客観的に見ることができるんですけれども、それは人形自身が持ってる哀愁でしょうね。自分の作ったキャラクターは1匹2匹と数えるんですが、おおむね僕の作品に出てくる登場人物は皆旅人で、自分のありかを探し求めている、そんな人たちなんです。そういうところから哀愁が漂っているのかもしれませんね。

フェリシモ:
それではこの辺りで、他のキャラクターを見ていただくためにビデオを見ていただきます。

(ビデオ上映)

作品ができるとうれしくて友人を呼んで見せるんですが「どんなの?」と言われて「こんなふうに展開するんだよ」と言っていたのが、いつのまにか口上になってきたんですね、説明が。大きいグリーンの作品これ以上大きいのを作っちゃうと、家から出なくなっちゃうんですね。本当はこのサイズでも2人ぐらいで見るのが理想なんです。
展覧会になると見えない人も出てくるので、なんとか見えにくい方にも楽しんでいただくように、しゃべくりでつなぐという必然性があったんですよ。それでしゃべり出すと、ちゃんと話せと言うことになって、いつのまにか口上になってしまったんですね。
僕の作品でも、たまたま僕がお話を語っているのは、実は後からこじつけているんですね。最初は演出家の頭なんですよ。段取りを考えて、どういう感じで展開していって、最後はどういう感じのオチになるか、その間照明はどうするのか、舞台の演出家が全体を組み立てる感じで作っていくんですよ。そういう時に具体的なお話を最初に設定しちゃうと、逆に捕らわれていっちゃうので、非常に大ざっぱな枠組を作ってから最後にこんなお話かな? とお話を作っていくんです。
僕が言った物語というのは、あるひとつの解釈でしかないわけです。ショーとして成り立ってしまうと、こういう感じになってしまいますけども、実際に個人でお持ちの方には個人のお話があり、見る人の数だけお話が成り立っていくおもしろさがある。人形が実際にしゃべったり巧妙な演技はしないわけですね。暗示的な余白がたくさんあるんです。だから感情移入する自分の体験を投影できる部分がたくさんある作品にしてあるんです。

(『クリスタルキャバレー』作品上映)
(『トップ・オブ・キャバレー』作品上映)

フェリシモ:
人形の動きとお話のタイミングがうまく合っているんですが、練習をされているんですか?

武藤さん:
ギャラリーの展覧会や大きなイベント会場ですと、一日やっていて、実は『トップ・オブ・キャバレー』が登場するのが1年半振りぐらいでちょっとね、自分でやってて、なんかいつもと言ってることが違うかなと思うんですけど、感覚は慣れているんですね。練習はしないんですけど、その時のお客さまのノリとかで言うことが変わったりして、ここに立っている自分は、アーティストとしてではなく完全に芸人としてここにいるんですね(笑)。私がなぜこのようなことをやりだしたのかというと、基本的にサービス精神が旺盛だったということですね。お客さまに喜んでいただくというのが好きなんだと思います。だから疲れることがないんですね。それよりもむしろ喜んでくれたかな? というのが気になるんです。

フェリシモ:
何を求めて作品を製作されているのかをお聞かせください。

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武藤さん:
芸人から突然アーティストになるんですが(笑)、なぜ作らなくちゃいけないのか? とよく言われたりしますが、不思議なもので、私は物心付いた時には何か作ろうと思う自分がいたんです。こどものころに粘土作ったり絵を描いたりするのは、誰でもすることじゃないですか。誰でもすることが、たまたまある何かのきっかけで、遊びでもないし、お勉強でもないし、ただ好きって言うだけじゃなくって、非常に自分に身近なものに思えてくるんですね。何がいちばんのきっかけかは覚えてないんですけれども、ただ自分は単純に物を作っていたいかなって思い出したんですね。
ところが、自分は何をやっていいのかわかんないんですよ。ものを表現するのは小説家でもミュージシャンでもそうですからね。その時にいちばん僕の中で興味を引いたのは絵だったんですよね。だから好きで絵を描いてきたんです。中学校、高校と非常に変な生徒でした。高校の時にブラスバンドに入っていたんですけど、油絵が好きで描いていたんですね。絵が描き上がるじゃないですか。すると朝、非常に早く起きてですね、黒板に飾っておくんですよ(笑)。そうすると、ホームルームの時、先生が批評会をしてくれる。不思議なクラスだったんですよ。そういう感覚の中に育っちゃったものだから、自分が絵を描いてみんなに見せて批評されるっていうのが当たり前になっちゃったんですね。ちょっと俺がそうしてしまったのかもしれないですけど。その時には自分が絵を描くことになるとは全然思っていなかったですね。
で、大学受験の時期が巡って来まして、非常に大きなそこで自分の人生が決まっちゃうんじゃないかと思っちゃうわけですよ。その時にまず真剣に考えた時に、何もなかったんで、絵がいいかなと思っちゃったんですね。進路指導の先生に「僕は絵かきになりたいんですけれど」と言うと「お前、それだったら美大を受けなくっちゃいけない」「美大を受けても大丈夫でしょうか」「石膏デッサンをしなさい」と言われたんですが、石膏デッサンを一回ぐらいしかやったことがないんですよ。当然落ちますよね。浪人をしたんですけれども、その時は親族一同にぼろくそに言われたんですよね。焦る思いもあって、一般の予備校に通ったんですけれども、6月ぐらいから通って、予備校には200~300人座ってるんですよ。後ろの方に座って、全然予備校の授業がつまんなくなっちゃって、ある時駅を降りると予備校の方に歩けないんですよ。神田川がそばに流れてて、気が付くと神田川にいるんです。あ、ちょっとこれはまずいぞと思って、そういうのが1週間続くんです。高校の時の美術部の友人がいるんですが、「僕は絵かきになりたいんだけど、どうしたらいいかなぁ」って、彼が行ってる予備校を紹介してくれないかなって言ったら「言っとくがな、絵は遊びじゃないんだ」って言われたんですよ。これは今も忘れないです。7月末ぐらいから予備校に通って、小さい予備校なんですけど、今思えばそれが非常に僕にとってはよかったんですね。まず美術大学の受験っていうものの洗礼を受けてないんですよ。大きな予備校で、あるカリキュラムにのっとって受験というものの先入観がなくシスティマチックなあるパターンを作って、こうやったら受かりますよっていう授業を受けたことがないんですよ。絵かきさんがやっている予備校で、僕がデッサンを描くでしょう、へたくそだと思ったら、もうデッサンは描かなくていいっていうんですよね。受からなかったんですけれども、たまたま造形美術学校という専門学校がおもしろいって拾ってくれたんですね。

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さまざまな流れの中で、何回も挫折感を味わっているんですよ。その度に、かなり真剣に自分自身に問いかけざるを得ない側面がいくつもあって、何のために続けて来たのか、辞めたいなあ、才能がないんじゃないかとしょっちゅう思う。その度にどういう形で、その時解決してきたのか覚えていませんけれども、その都度解決して来た自分が今いるんだなということだけでそれで続けてやっているということは、とりあえず作品ができてるってこと。だから迷ったときには、まず才能があるとかないとかを考える以前に、自分は絶対続けるんだ、そうやって今まで続けて来て、作品ができてきたっていうことの事実の方が大事なんだっていうふうに自分自身に言うんですね。だからなぜ作品を作るんですか? と聞かれると「作り続けなきゃならないんです」と答えるんです。
僕は絵はへたくそですけれども、色彩とか、バランス、全体を把握する力って言うのが結構あるんですね。色感、トーンっていうんですけど、色っていうことに対して、単に青とかではなくって、色感を同時に読み取ることができるんですよ。色を見ただけでお話ができるっていうか、例えばつるつるのグリーンと、ベルベットのグリーンとは全然違うじゃないですか。全然色感の違う色を見たときに、そこで思い出されるものも違いますよね。古びた少し黄色いベルベットを見た時に、なんか懐かしい思い出につながったりするようなこともあるわけです。色によってお話がひとつできちゃうぐらいのことは実際にあるわけです。単に何色じゃなくて、それぞれ生活の中で自分に書き込まれているんです。だからその人が感じ取っている感覚と、自分で感じ取った感覚とは絶対に違うんですね。そういうものが僕はごく自然に身についてたんでしょうね。
ところがセンスがいいって言われるんですね。感覚とかセンスがいいって言葉がありますが、これは嘘ですよ。センスって何? どこの部分? と明確に言える人はいないんですよね。吹けば飛ぶようなものです。自分でも気づいてないんですよ。だから形にならない。自分のものにならない。僕はもう100台ぐらい作っているんですが、50台作ったころから、自分で振り返るとなんかある傾向があるんですよ。自分なりに様式というか傾向がある。しかも50台という物質になっているわけじゃないですか。そうすると確かにあるセンスとか感覚っていうのが僕の感覚なのかな。昔から作ってみて、自分でも確かに感覚があるんですよって言えるものですよね。そうじゃないとなかなか自分でも確立することはできない。そんなものだと思いますよ。継続は力っていうんですけれども、そう言うのは非常に嫌いだったんですけれども、なんかそれは当たっているかもしれないですね。

フェリシモ:
武藤さんの作品には独特の空気がありますが、そのルーツはどこから来ているんでしょうか。

武藤さん:
実は私はお話小僧だったんですね。家の中でひとり言をすぐ言っちゃう子っているじゃないですか。それが小学校高学年になってもそうだったですね。物を見たりとか、人に聞いたりとかすると、すぐにお話にしちゃうんですね。そして人に話すのが好きなんですよ。ちゃんとしたストーリーとして、自分の中に記憶として残っているので、はっきり覚えているんですよ。物事を実際にお話として焼き直す癖がついてたんですね。お話っていうのがそんなに不自然じゃない状態がいつでも身近にあったんですね。

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Profile

武藤 政彦(むとう まさひこ)さん<アーティスト>

武藤 政彦(むとう まさひこ)さん
<アーティスト>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1956年横浜生まれ。造形美術学校研究家終了後、国立市をアトリエにタブロー作品を中心に活動を始める。78年横浜美術協会展大賞、79年第一美術協会展大賞2席、81年神奈川県展特別奨励賞、日本ブラジル展、82年日本国際現代美術展、84年安田火災美術財団奨励賞展、86年ピース・ビデオフェスティバル銀賞受賞。80年代後半には、キネトスコープ・オートマタ(自動からくり箱)を中心に創作する。世田谷文学館や、牧野富太郎記念館などの常設展示作品を手掛けるほか、毎年ロゴスギャラリーで定期上演会を開催。作品集『ムットーニの不思議人形館』(工作社)、ビデオ作品集『MTTONI WORLD』(リングワールド)作品のメモやタイムテーブルを収録した『MTTONISMO』(牛若丸)などがある。

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