神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 川瀬 敏郎さん(花人)
  • 川瀬 敏郎さん(花人)

プロフィールを読む

現在表示しているページ
フェリシモ
> 神戸学校
> 川瀬 敏郎さん(花人)レポート

「心から心へ伝うる花 ~自分らしさの表現へ~」



<第1部>

“花をいける”は
日本ならではの表現方法

私は“花をいける”ことを仕事にしている人間です。考えたら“花をいける”ことが仕事というのは、わかったようでわからないようなもののひとつだとお思いになると思うんです。
みなさん何気なく思われるかもしれませんが、“花をいける”という言い方をするのは実は日本だけなんです。ほかの国は、“花を入れる”“アレンジメントする”とか、花を室内装飾するイメージ。そういう見せ方は例えば絵画とか彫刻とか、そのものがいつまでも残るようなモノで、世界各国どこにでもあると思うんです。だけど、個人の存在の在り方を花で表すのは、ある意味で言えば、すぐに枯れてしまう一瞬を、自分を常に表していくという方法で人生を形づくっていく方法は、実は日本というなかにだけ存在した方法論なんですね。例えば、フラワーショップを開いているとか、どこかの会場にいけに行っていれば、「そういうもんですね」というふうに理解していただけるんですけど、“花をいける”ことで自分の在り方を示すこと、それが仕事になることは、日本だけなんです。

PHOTO

今日は、下(のフロア)に、花をいけました。みなさんに、いちばん感じてほしいのは空気感が違うっていうことを思っていただくこと。花がある空気が清らかな、聖なる空間のようなところっていうのを感じていただけたら……。日本の花をいけるということがどういうものであるか、ということがメッセージになっていると思います。日本の花は、ある意味から言えば、清めていく行為にちかづいたものなんですね。例えば、お茶の行為でも実際に埃が積もっているわけではないけど、ふくさでひとつひとつ払っていきます。伊勢神宮も塵ひとつなく払われていて、大変聖なるところに身を置いたような気持ちになります。日本の花もそういう意味で自然というひとつのなかからあることを清めていく行為に近いものなんです。ですから、やっている人間としてみたら、戦後から、花やなにかがものすごくアーティスティックなものだと言われたり、芸術だとか言われていますが、私は、花自体を芸術だと思ったことはないんです。
例えば、ヨーロッパだとかは、“人間”という分母の上に“個人”が成り立った社会で、アーティスト、芸術家ってものが存在しうると思います。だけど、日本は、長い年月の間に“自然”という分母の上に“私”というものを築き上げてきた民族なんですね。いまのように非常に全部がこうフラットになってしまって世界各国どこだって、みんなただのひとつの一個人じゃないかという考え方もあるかもしれませんけど、やはり我々が持って生まれたひとつの分母っていうものがどういうものであったかということを、これからの時代は世界のなかで、きっといろんな形で日本は問われ続けていくと思いますね。例えばヨーロッパというものに、どれだけひとつの個が存在しているか。私も若いときにヨーロッパに住んでいた人間なので、そのことはそう、身にしみるほど、よく感じるんですけれど、やはりキリスト教的な絶対的な神なるものを求められた社会のなかに個が存在している。そのために一個人のなかに“公”って部分と“私“っていう、言ってみればオフィシャルとプライベート、同時に抱えている個人という存在が、ヨーロッパには存在しているわけですね。
ところが、日本という社会は、その“公”というようなものについては(天皇という存在が、自然を荘厳するお役目であるということは置いておいて)もうまったくひとつの私的なる個人というものが存在し続けている個人においては、その一個人のなかに“公”というものがどのようなものであるかということを掴むことがむずかしいものなんです。

PHOTO

下(のフロア)にある花は、基本的には“なげいれ”というスタイルです。いけてある花は、全部同じ大地に生まれ育った花なんですね。だから違和感がなく、ゆっくりしていて、なおかつ緊張感があるっていう感じになっていると思います。これが、違うものを組み合わせてしまうと、なかなか……。そういう空気を伝えていくことが、すごくむずかしいんです。

日本人はみんな、花と言えばなんかわかっているような気持ちになっています。「花は日本の伝統です」って言ったりしますよね。
「じゃあ、日本人にとって、花ってどういうものですか?」と聞かれても、「さあ、何なのかしら?」というぐらいわかったようなわからないようなあいまいなものなんですね。
例えば、水盤に剣山を置いて、“天地人”みたいなものを習っていく、そういうものがいけ花なのか、日本人にとっての花なのかと問われたら、答えは「ノー」だと思うんです。あれは、ただのジャパニーズフラワーアレンジメントなんです。そのことをみなさんが理解していく日々がこれからやってくると思いますが、“花をいける”ということと“いけ花”とは、本当は同義語ではないんです。
ところが、日本の歴史のなかで江戸時代という、花をいけることが、即いけ花のような気持ちになってしまった時代を経ているがために、“天地人”みたいないけ方をすると、アーティスティックな気分になって、芸術家を気取ってしまうんですね。でも、“花をいける”ということは、そういうこととはまったく違うところに属することなんです。

私は、京都に生まれ育ちました。小さいときに一時期神戸に住んだこともあるので、関西っていう空気は、すごく好きです。なんかこう、空気が和らいでいるっていう感じ。東京は逆に空気が堅いという印象。どちらかと言うと、関西みたいな風土は、“なげいれ”に近い風土ですね。それで、東京は、どちらかというと“たてる”っていうオフィシャルに近いような空気感ですね。だから、関西の人は型にはめられるのが嫌な人って多いですよね。
ところが、関東の人は“私”を出す前にじーっと聞き続けた果てに最後、
“私”っていうものを出そうっていうタイプ。このふたつのタイプ、和らいだ自分たちの個人を主張していく部分とオフィシャルっていう部分、いけ花というのは、このふたつが折衷した形なんです。“私”という部分と“公”という部分、“私”とは、投げられたっていうか自由にものをやっていきたい考え方です。それが“なげいれ”って方法なんです。“公”は、しっかりものをたてて天を望むようにまっすぐたてるという方法。このふたつが、江戸時代の中期に折衷した形が実は今日言われている流派のいけ花を生んできたんですね。

それは、建築で考えたら、例えば法隆寺は奈良のああいうたたずまいをご覧になったら、京都だとか後の時代みたいに数寄屋建築のように材料がいっぱい混じってないんですね。全部同じ柱が整列して並んでいるので、非常に雰囲気は堅いんです。法隆寺などは今日で言えば東大とか京大などの大学のようなもの。そういう意味で言うと、オフィシャルな空間です。
人間でもオフィシャルっていうのは天皇家のお考えと同じですから、好き嫌いを永遠に言うことのできない立場の方っていうのは、あるところにしっかり止まって、絶対に倒れないようなスタイルを築きあげなきゃならないために
“花留め”っていう方法が必要なんですね。花で言えば、“こみわら”っていう稲藁を採って、この上に挿して絶対に動かないようにしてきたのです。それに対して“なげいれ“は、花が本体そのもので留まっています。“こみわら”などが何も使われてないわけです。

川端 康成さんがノーベル文学賞を受賞したとき、“美しい日本の私”という講演があったんです。“美しい日本の私”ということは、実はものすごくむずかしいんです。要するに「日本に生きている私たちは、自然のなかに美という点を永遠に打ち続けることを通して私たちである」ということなんですね。そのために、結局何が問題だったのか、さきほど言ったように“自然”を分母にして分子の“私”っていうのは、花をいけていくっていうことも、分子の個人的な個性がどうだとかっていうことが大事なのではないのです。それを永遠に抱えてた“自然”という分母を永遠にリフレッシュさせ、自然自体を創作していくことを通して自分たちの生きる証としてきた風土が、この日本という風土になかったら、花をいけるという行為は全然成り立たないんです。
だから、いまのように、例えば花を習っている方が、「先生、カーネーション3本、どうやっていけたらいいんですか?」って質問をします。「そんな質問するくらいだったら、もうあなたの顔でも突っ込んどきなさい」ということなんです。言ってみれば、人生で20年、30年、40年生きて来て、カーネーション3本をどういけるか、その程度に精出しているんだったら、いい男、いい女を見つけるために一所懸命頑張り通した人の方が、私は信用できるんです。要するに、生きることに対して、自分がどういう存在であるかということを思うものがなかったら、そんな3本くらい適当に入れておいたらいいんですよ。
花がどういうメッセージであったかということを、これからの日本の方は、さまざまななかで、もっと本当の意味で自分たちのものにしていく日々がなかったら、本当に寂しいですよ。だから我々が、その“いける”っていうことがどういうことかっていうことを何かひとつの点になったら自分たちの人生は有り難いけれども、そういうものがなかったら、なかなか……。

PHOTO

私はいけているときは、実に楽しいので、本当に夢中になってやっていて、パッといけ終わって、終わったとしたら自分の人生が終わったような気持ちになっちゃうんですね。ところが不思議なことに、食事と同じで、またお腹がすいてきて、また花をいけて……。で、このようにして、永遠に生きていくことを通じてずっと変化していくわけですね。
だから当然、“なげいれ”って花は、80年生きてきた人には80年生きてきた人なりの自然への感じ方、見方、どういうところにその人が想い続けたものかっていうのが出てなかったら、花なんて見たって、ほとんど意味がないと思うんですね。

例えば、いま、下(のフロア)にいけてる花は、ちょうどいま季節が、四季で言えばまだ20歳くらいの時期なんですよ。流派の人がやるみたいにこう「かーっ」とか「パーン」と切ったりとかって、いろんなのが出てきてしまうと、もう若いときから、みんなもうちょん切られたようなものができてしまって、何かこう、秋みたいな花になってしまって……。やっぱり、この5月、まだまだ新芽が一人前にならないときっていうのは、やっぱりそこまでいろんな人間でも、「あなたそこ間違ってますよ」とか切らなきゃいけないとかってことをやり続けていくうちに、ひとつの型に入ってしまって……。結局、みんな死んでしまうんですね。例えば春の花っていうのは、小学校と同じですから。そんなにまだ差がないんです。4月とか、みんな同じような花ですから。ところが、秋になってくると、これが同じ子が進んでいったとしても、やっぱりどんな男に嫁いで、やっぱこれも騙されてまた、その騙されたことを通じて思い定めてきて、また良くなる場合もあるし、うまくいってたなと思った人生でも何かパーンとダメになったけれども、1枚残った虫食い葉がものすごく魅力的だったとか。やっぱり人っていうのは、その年とともにいろんなものが、ちょん切られたりしていって秋の花はもう思いがけない線になっていったり魅力的な実になったり、色付きがあったりとかします。例えば秋の花の組み合わせは、なんか合わないような色がよく合う、それが秋なんです。
夫婦で言えば、まだこの季節のものは、合わないものを取り合わせたら、もうすごい変です。ところが、秋は不思議なことに合わないものを取り入れても合うものが秋の花なんです。
それはまあ、ちょうどみなさんが夫婦やっててそういうもんだと思うんです。もう全然合わない夫婦が晩年になって、よく合うってことがありますよね。夫婦でも若いときは、そうたいして合わなかったなと思っても、年取ってから突然やっぱり逆にそのことが合ってくるってことがあるように、秋は取り合わせでも千変万化していくものです。けれども、春はやっぱり同じような質の人が同じような形で、こういう気持ちよくあり続けてる花がそういうもんなんですよ。

ページのトップへ

春夏秋冬、四季の花を
人の一生に例えて

ちょっと解説していきながら、具体的な花を解説させていただきます。

“四季一生” (スライド)

ページのトップへ

刹那的な花、季節の花を
その年齢でしかでき得ないいけ方で表現

花って言葉だけで説明し続けても、なかなかわからないものです。こういうフィルムで見ていただくと、日本の花が抱えているある全容みたいなものがわかっていただけるんですね。それと同時に、ご覧になるとわかるように、花は花だけで独立したものではないんです。だから全部、(スライドのように)あの空間から、何かそういうものに、その持ってる工芸品から人から何からすべてのものが花にならなかったら花とは言えないって思うほど、日本の花ってものが持つ深さというのは、そういうもんだと思うんですね。だから、今日我々が花を植物だと思うようになったのは、近代の考え方ですけれど、私はあんまり花ってものを植物だと感じたことがないんです。
花っていうのは、いのちだと思うことはあるんですが、植物だと思ったことはないので、常に自分にとってみて語りかけてくる花っていうものにだけ対応したいけれども、ただ花を全部オールマイティに何から何まで上手にいける人になりたいと思っていないんです。自分にとって限られた時間で、自分が欲するものだけで向き合っていきたいんです。20代、30代でいけてきた花は、さきほど言ったみたいに、もういまの年代になったらいけることはないと思いますね。たまたましあわせなことに雑誌に発表してきたり、自分で撮影して残ってますけれど、ほかの芸術みたいに20代で描いて60代で認められたりというのとは違い、花というのは自分が20歳のときに考えた花を60歳でいけても、もうそれは全然意味がないんです。やっぱり、この60年という年月、わたしは52歳ですけれど、この年齢までの間をどのように経てきて、どういうことを考え続けてたかとなると、いける花が20代と同じではダメなんです。

PHOTO

私は、池坊に関わる家に生まれ育ったので、しあわせなことに4歳くらいから、お家元のさまざまなトップの方たちに指導していただきながらやってきたわけです。好きで好きで好きで始めた道なので、あんまり苦労を感じたことはないんですね。逆にこの歳になって初めて、本当のむずかしさを感じるようになったんです。というのは、やはり若いときっていうのは、まあ、私はこういう“たてはな”とかああいうものをやっていても、だいたい室町時代の花とか習う機会をたまたま持ったので、今日まで自由にこういう花ができてきたんですけど、このときにやはりなんて言うんでしょうか、習うことができてきた時代があった時代は本当にまだしあわせな時代なんですね。いまになってみると、もう習うべき花というものは全然違うところに自分たちがいきついてしまっていますので、逆に言えば、自分たちそのものが問われていく年代に、本当にこれからあたっていくので……。
花やなにかでもただ天地人が上手になったとか楽しむくらいはまあそんなにむずかしい時代じゃありません。それはもう学んだらできますので。
ところが、やはり、本当のものというのは、最終的に言えば自分自身なんですね。やっぱり自分自身がどういう存在であったかというところに、花が関わってなかったら花はメッセンジャーにはなれないんです。例えば、枯れ蓮に寒牡丹を一輪ポンっと入れたものを、すごい濃い化粧のおばさんが「私がいけたんですよ」と言われたら、きっとそれは説得力がなくなると思うんですね。ある意味から言えば、「あ、なるほど、こんな人生を経てきた人だからこそ、できてきたある世界なのかな」と、「こういう人が見つめてきた自然ってどんなものだったのか」……、きっと花というものは個人を語っていくものであったら、個人がどういう生き方をしていくかってということは問われ続けていくわけですね。ちょうどいくつかの竹を……。

PHOTO

(川瀬さん実演)

ちょうどみなさんを待っているように、大山蓮華が咲きました。本当に清らかな花ですけれど、私はいつもこの花を見るたびに、ものすごい深い山なかにこういう人生を開かせた人のような気持ちになって……。私は花やなにかでそのような思いっていうか、日本人が花をいけていくということは、鎮魂ということが大きい役割なんです。結局、こう自然をご覧になったとしても我々がずっと自然を眺めていると、自然から呼び止められるような気持ちになることが、しょっちゅうあるんですね。例えば枝なんかでもヒューっと出てると、なんか「こっち来て!」という感じ。ひとつ間違えたら危ないところなんです。でも、そのように呼び止められていくというか、語りかけられている……、そのようにして生まれていった日本の花の在り方というのは、きっとあると思うんです。

日本の花は、露を打たないと拝見しないのが習いなんです。
というのは、最後にいのちというか、言ってみれば血を通わせるってことが大きいもとにあたりますので、大抵花っていうのは、原理から言えばこういう花の原理なんですね。あの一本の松の枝とか檜だとか、そういうものを水に浸して、それで露を打ちます。

“たてる”ということは、会社で言えば上下関係というか、こういうものから一歩はみ出すことのできないところにいるのが、たてる花なんです。まっすぐ天に向かって、天との交信を目指したものです。ところが“なげいれ”という花はそれとは、やり方自体がちょっと違うんですね。もっと自由に、いっぱい考えることのできる世界なんです。これ(たてはな)はもうこれ(こみ藁)があるために、絶対自由になれない。だから、松であるとか、ああいう永遠を願ったものでなかったら、“たてる”という世界が行われなかったように、これら(なげいれ)は、一瞬という、まあ茶花やなにかが、朝顔に代表されるように一瞬の命をとらえたもんですので……。一瞬というのは、瞬発力がなかったらダメなんです。

同じ花の方が分かりやすいので、ちょっと取らせていただきます。

(川瀬さん実演)

こういうように、そのさきほどみたいな真っ直ぐたてたものが、もう自由自在にいろんなところに片々されていく世界っていうものが“数寄(好き)”っていう美学、“なげいれ”なんですね。だから“数寄(好き)”っていうのは、本当は「好き」「好む」と書いて、後には“数寄”という美学を生むんですけども、こうして全部バランスを崩していきながら、なおかつ「自分」、「私」っていうバランスでみんな持ってるわけです。これは、こういろんないけ方の方法がたくさん生まれていくことができるほど、その人がどういうところに自分をかけてきたかということが問われていく……。その見方というのは、本当にさまざまな表現ができていってしまうのが“数寄(好き)”と言われる部分なんです。いまの子にも私たちはよく言うんですが、この“数寄(好き)”は誰でも入っていけるんですね。“たてる”という世界は誰でも入っていけるわけではないんです。ところが、この数寄(数寄)という花をやろうと思ったら、この世界が実現しているおおもとを体のなかに知った人でなければ、この“数寄(好き)”はもうただの自由勝手っていうものになってしまうんです。
どういうことか、さきほど言ったように“公”と“数寄(好き)”って言われるものからいうと、これは全部の自然という大地が集約された方法論がこのなかに隠されているんですね。“なげいれ”の花はガラスにちょっと入れても“なげいれ”なんです。そのそれぞれのその人の人生のほどあいに応じて楽しんでいけるのが“なげいれ”っていうんですね。
本当にひとつの竹に見えてたよって言われるものは、このように全部自分の身の丈に合ったさまざまな“数寄(好き)”を生んでいくわけですね。こうして。で、これがもちろん、こちらが生えてる方向だとか、そんなことも最終的に関係なく。こっち(上)だってどっちだって(下)もうみんな真実なんです。裏も表も横も。縦だからどうだとか……。ところが“たてはな”というものは絶対的にここに帰ってこなかったらもうたてることができない花なんですね。いまの日本の方のすべてのものは、これがどういうことを集約したものであるかっていうことが忘れられてるようなものかもしれません。これは藁ですけれど、藁自体に全部藁の、要するに俗なものが全部とられて藁の芯だけが残ってますから、これの約5倍分くらいのものからこれだけしかできないんですね。要するにこれが全部清らかな藁でできてるってことなんです。そのようにして自然というものを集約し続けながらできてきたものは、最後にこういうところに帰っていても、どんな方法をとっていても、本当に自由自在なんですね。ポーンとこういう所に行こうが……。
このようにさまざまなことができてしまう花って言われるものの究極的な点を押さえたのが千利休の侘び茶の湯なんですね。こういうひとつの世界からうまれていった究極の1点であるっていうところをとったものが茶の湯の花ってものです。

PHOTO

利休は、みんな茶の湯の人だとお思いになるかもしれませんけれども、利休は言ってみればものすごい革命家なんです。例えば、竹ベラ1枚と、今日侘び茶の湯で、我々が普通に思っている茶杓1枚って、これが「千利休のものですから1億円です」とこう言われますと「え? これが? ガレやピカソでもないのに? どうして? こんな竹ベラ1枚が? 」ってことになりますけど、それは結局、その竹ベラ自体がその人の人格そのものになったからこそ、もう値が付けられないって言えば永遠に付けられない、1億でも、10億でもダメ。それほどひとつのものっていうものが、判断するにはその人が絶対的にその人を好きであり続けたら、全部の価値は成立しますけれど、好きでなかったら、ただのもう竹ベラ1枚です。でも、そのようにして生まれていったものすごい危ういひとつのところに成り立ったことの中心点、ちょうど日本の大地のおへそのような1点を押さえた花が侘び茶の湯と花なんですね。

“たてはな”と“いけ花”、このふたつが折衷した形が今日の“いけ花”っていう江戸時代以降、はやっていってああいう形になったんですけれど、それまでの時代は、例えば書院だとか、紺碧の障壁画とか、ああいう世界がこちらの世界。土壁の世界がこちらの数寄屋建築になっていたように、ただの茶室だけじゃない。ただのオフィシャルな書院だけじゃない。このふたつがある個人の好みでデザインされ続けて意匠になった世界が、まあ言ってみれば“数寄(好き)”っていう世界の究極点ですね。それが今日我々が日本的だと思っている美学のおおもとになっているわけなんです。日本の花自体が、大地を荘厳するっていう大きな役回りを担っていたっていうことをみなさんには知っていただきたいと思います。

PHOTO

ページのトップへ

<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
これから夏に向かって、水が痛みやすくなります。どうすれば花の形を壊すことなく水の入れ替えができるでしょうか? 私は水を入れ替えると、花の形が一度目に比べて悪くなるような気がするのですが、二度目はまったく違ったものとして入れるとよいのでしょうか?

川瀬さん:
おっしゃる通り、花なんて毎日替えるのがいちばんいいです。人間でもこんな姿のままじっとしていろって言われたらしんどいですよね。花を持たせようと考えるよりも、常に清らかにしておこうと考えましょう。そうすれば、水を替えるのも苦にならないです。

お客さま:
川瀬さんは花が枯れたあと、それをどのようにされますか? 私は、たまにゴミ箱に捨ててある花を見て胸が痛みます。

川瀬さん:
大いに痛んでください。でも、捨てなきゃならないときはバーンと捨てたらいいんです。本当のいのちなんて、残酷なもんですよ。花をいけるっていうのは、そりゃ殺すという力を自分のなかに持たない限り、ものすごくむずかしいことです。でも、残酷なようでも捨てるべきものは捨てなきゃならないんです。そういうことを経て、花一輪の有り難さを思うものなんです。

PHOTO

お客さま:
花というのは、例えていうなら女性ですか? 男性ですか?

川瀬さん:
女性だと思われる方もいらっしゃるけれど、花は女形みたいなものだと思います。正確に言えば、女性でも男性でもない。“たてる”という意味から言えば、男根のような感覚。男性の原理を持った女の形。姿は女だけど、中心を走っている原理が男。仏像も、男なのか女なのか分かりませんよね。女形なんですよ。

お客さま:
川瀬さんのこれからの夢、または目指すものを教えてください。

川瀬さん:
話がちょっとずれるかも知れませんが、からっぽになるっていうことの大切さを思うようになりました。モノを習い抜いてきた年代から考えると、やっぱり最後は全部自分が築き上げていかなければならないんですね。そういう意味から言えば、花をいけ続けることで生きることをメッセージにしていきたいなと思います。

ページのトップへ

Profile

川瀬 敏郎(かわせ としろう)さん<花人>

川瀬 敏郎(かわせ としろう)さん
<花人>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1948年京都生まれ。幼少の頃から池坊の花を学ぶ。
日本大学芸術学部卒業後、パリ大学に留学。演劇、映画を学ぶかたわら、2年半にわたってヨーロッパ各地を巡る。
帰国後、最初の生け花である「たてはな」と千利休が大成したといわれる個人の自由な意匠としての「なげいれ」を自身の「花」の創作の根本に据えて活動。
著書に『花会記』(淡交社)『Inspired Flower Arrangements』(講談社インターナショナル)『川瀬敏郎 私の花』(講談社)など。

ページのトップへ

その他のゲスト

ページのトップへ