神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「COLLECTION ~人は何故ものを集めたくなる?~」



<第1部>

コレクションについてお話します。
でも、僕はコレクターではありません。

簡単に自己紹介をします。本業は株式会社講談社に勤め、雑誌の編集をしています。入社以来、雑誌『HOTDOG PRESS』を8年間、それから女性誌『ソフィア』、『チェックメイト』をやって、『東京一週間』をやって、それからまた『HOTDOG PRESS』に……。去年、美術の部署に異動になりました。もともと美術の本を作りたくて入社し、いま『週刊 世界の美術館』の編集をしています。
そういう仕事をしながら、土曜、日曜、平日の晩にテレビに出ています。よく聞かれるのは「何でテレビに出はるようになったんですか?」って。[タモリ倶楽部]という番組の「今週の五つぼしり」というコーナーに出たのが最初やったんですよ。あれを僕が考えてやってると思われてるんですけど、実はあれは先にコーナーがあって、赤井 秀和さんがやってはったんですよ。で、赤井さんが降りることになり、「困った。誰かお尻について言ってくれる人はおらんやろうか」って構成作家さんが言うてて。何人か当たったけれどみんな忙しく、言うてる間に明日収録ってなってしまって。で、「お前やれ」ということで、出たのがきっかけで出てる、そんな状況です。
そういうわけでお尻のコーナーが最初にあったからやったんであって、個人的には手足の方が好きなんですよ(笑)。そこのところを誤解のないようにお願いします。

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今日はコレクションのことについて話してくれというお話をいただきました。でも、これテーマとして適切かなぁと思うんですよ。というのは、こちら、女性のお客さんの方が多いですよね。これは僕の個人的な意見なんですけども、コレクションにもいろいろありますけれど、いわゆる狭い意味でのコレクションっていうのは、僕はこれ男特有の病気やと思うんですよ。だから、女性に理解してもらいにくい分野だと思うんです。基本的に、男はどう女はどうっていうことは言いたくないし、大概のことはどっちでもできると思ってるんですけれど、1個だけ違って、男はこどもが産めないっていう……、これはもう厳然です。で、多分、それとコレクションっていうのは多少関係があるんじゃないかと思っています。だから女性のお客さんに話するのにどうかなっていうのはあるんですね。
もうひとつこれと関係あると思うんですが、コレクターというのは非常に女性に人気がないんです。『HOTDOG PRESS』をやってたとき、「嫌いなタイプの男性」に1位に“オタク”っていうのがずっと出てくるんです。これは“オタク”が暗いとかそういうイメージだけじゃないと思うんですよ。女性は本能的に「こりゃいかん」というのを感じてるんだと思います。これは理屈じゃなくて、生理的な理由だと思うんです。だから、今日の話を喜んでもらえるのかなぁっていうのが不安です。
それから3番目の理由として、意外に僕はコレクターじゃないんですよ。よく誤解されてるんですよ。やたらこういう取材多いんです。あと鉄道マニアと思われてんの、これも何の理由もなく……。
(会場:笑)
街でお酒飲んでると、鉄道マニアのおじさんにいきなり話しかけられて、ブルートレインの話されて、でも全然わからないんですよね。なんか、そういうイメージがあるみたいで、コレクターやと思われてるんですけど、コレクターじゃないんです。
確かに、集めるっていうか集まってるものはいくつかあるんですよ。古本とか、古い時計、化石鉱物、ドクログッズ、あとは科学機器。顕微鏡とか六分儀とか測量器とか、そういうレンズのついた科学機器が好きなんです。それは、人より多く持ってはいるんですけど、量的に全然コレクションの域に達してないんです。普通、一般に絞り込んだ分野で、最低100個以上はないとコレクションとは言わないって言われてるんです。まぁ本自体は何千冊もあるけれど、テーマで絞り込んでしまうと100冊以上ぎりぎりあるかないかっていうところなんですね。僕、韻文が好きなんで、世の東西問わず、詩集とかそういう本の、それも限定が好きなんで、そういうのを集めてると集まってるんですけど、それも100冊もないくらいなんですよ。時計も50個くらいしかないし、鉱物とかゴロゴロしてるけど、まぁ大した数ないし、顕微鏡は2個しかないし……。

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(会場:笑)
そのテーマ自体の絞り込み自体も、非常に緩い。全然コレクターって言えないと思うんです。詩集とか好きで、限定本が好きって話しましたけど、その場合も、どっちかいうと内容よりも外側が好き。出版社に入った理由もそれなんですけど、紙そのものとか本そのものが好きなんです。だからなんで限定本集めてるかっていうと、レアだからというより紙自体がいいんですね、越前特漉和紙透かし入りとかそういうのを使ってるわけ。そこにちゃんと活字を拾った活版のきれいな明朝で擦ってあるわけです。そうすると、その和紙の艶とか手触りとか、そこに版で押したようなエッジの立った字が押してあるとか、そういうことが好きなんです。あと、外側が革の装丁になっていて非常にきれいになってるとか、あと宝石本っていう分野があるんですけれど、表紙にこう宝石をはめ込んでるとか、そういうものが好きなんです。だから詩集じゃなくてもそういう本があったら買ってしまうんです。触って気持ちいい本が好きなだけなんです。
鉱物でも、何かひとつって言われたら「水晶」。鉱物マニアにとって水晶は「水晶に始まり水晶に終わる」と言われてるほどのものなんです。普通鉱物は珍しいものの方が偉いという価値観なんですけど、僕の場合は見た目キレイっていうのを重視。それは邪道なんですよ。
ドクロも、単にドクロ好きなだけ。ドクロっていっても、ドクロとして独立したものって少なくて、ドクロのパイプとか、ステッキの柄がドクロになってるとか、ビールのジョッキがドクロになってるとかそういうやつなんです。
好きやから集まってるだけで、僕のはコレクションとは言わないと思うんです。

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コレクションの魅力、本質は数ではなくテーマである

コレクションというのは、はっきりした何らかのテーマを絞ってる。あるひとつのジャンル、例えば時計だったらクロノグラフの時計ばかり、ガレのガラスばかり、シャネルの靴ばかりとか……。ほかに、時代で区切ってる人もいて、戦国時代グッズばかり集めてるとか。それからタイタニック関係ばかり集めてるみたいな……。このマニアは多くて、オークションでタイタニック号のただの二等船室の切符が2000万くらいで落札されたりしてるんですよね、タイタニック号が最後に打った電報とかそういう、なんしかテーマを絞り込んでいる。
真のコレクターにとって数以上に重要なのは、そこだと思うんですよ。ただ単に集めることとか、そのもの自体よりか、集めて比較して分類して整理して体系をつくっていくという、この作業が狭い意味でのコレクションの本質やと思うんです。その意味ではもの自体はカスでもいいんです。例えば切手はコレクションの王道って言われてますが、正味ただの紙でしょ? 額面の値段しか使えない紙ですよね? だけどそれでいいんですよ。体系があるわけです。やっぱりこの切手のこの分野のこれを全部そろえるとか、それでまたそこに印刷ミスとかそういうレアものってものが生まれてきますよね。そしたらそれを集めなくちゃいけないっていうふうになってくる。
何でもいいんです。大事なことはそれを集めるとかそれを所有するとかっていうこと以上に、それに意味づけしていくということ。そっちに重きを置くことが、真のコレクションだと思うし、男の病としてのコレクションっていうのは、そこにあると思うんです。だから、僕みたいに単に好きやから買うてたら数が集まったっていうのは、結果としてのコレクション。女性の方のコレクションはどっちかというと僕に近いと思うんです。「かわいい」とか「好き」とか「使いやすいから」とかで、買うてたら結果として集まっていったってこと。
何が違うかというと、男の病気としてのコレクションの場合は、欲しくないものも買わないとだめなんです。例えばあるひとつの体系を目標と課しますよね? それで、それを100個そろえないかんと。100個そろえるうちの100個全部好きなことないわけ。別にたいして欲しくないやつもあるんですよ。そういうやつに限って値段が高かったりするんです。それをレアものと言うんやけど、ものとしては単なるミスプリントやったりとか、何かが抜けてるとか、欠陥商品やったりするわけです。そんなものの方が値段が高いんです。「欲しないのになぁ」って。でも買わないかんのですよ。これが、男のコレクションと女性のように普通にものを集めてる人との違いやと思うんですよね。でも、10個あるうち1個欠けてたら、そこを埋めんことには眠れなくなってくるんですよ。それをやっているとどんどん燃えてきて、で、買ってしまってから真っ青になるんですよ。
(会場:笑)

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こうなってくるとコレクションは楽しみじゃなくて、「道」になってくるんです。「蒐集」って言葉あるでしょ、くさかんむりに鬼って書く、まさにもう鬼になるんです。人はものを集め始めると、好きって以上に、その穴を埋めないかんという一種の脅迫観念に迫られるんです。ここがコレクター以外の方には理解していただけないところなんですよ。
コレクションというのは、いろいろ広い意味はあるけれど、僕が今日話そうと思ってるのは、男の病気としてのコレクション。ただものを集めることと何が違うかというと、集めること自体より、集めることによって何かをつくるんです。自分の世界をつくるっていうか、ものを所有することによって世界を理解しよう、世界を支配しようとしてる。自分のコレクションの中の世界っていうものをつくって、小さな秩序をつくって、一所懸命完璧な形に保管していこうって努力をしていく…… と。それができたらしあわせ。でも完成したら終わってしまうから、最後の1個っていうのは「欲しいけど、もう死ぬ前に取っときます」みたいなことを言って、いつまでもやってるみたいな、これがいわゆる男の病気としてのコレクションの正体やと思うんですよ。
これは、男の支配欲だと思うんです。支配欲は、独占欲とちょっと違います。支配欲はわりと男に強いです。女性の人は独占欲はあっても支配欲はあまりないと思うんです。独占欲というのは、要するに自分の目の届くところにあったらいいわけです。支配欲はそれだけじゃだめなんです。さらに、意味づけをして、理解して把握してコントロールできる状態にないと安心できないってことだから、ただ単にその自分ひとりのところにあってここに置いとくだけでは満足できない。集める人っていうのは必ず能書きをたれるわけですね。「これきれいでしょ?」では終わらないわけです。なぜきれいかとか、どういう意味があるのかとか、自分でつくった世界の中での意味づけが、コレクターには必ずあるんです。そこまでいかないと満足できない欲が、単なる独占欲とは違う支配欲やと思います。支配欲っていうと強そうな感じがするんですけれど、この支配欲は、実はある種の弱さの裏返しやと思っています。だから支配欲があるってことは、ものを通して意味づけしていかないと、世の中とうまいこと接することができない。要するに自分自身で自立してない、自足してない状態なんです。何かを所有したり、理解したり、支配したり、コントロールしたり、そういうことによってしか自分自身の存在意義を確認できないっていうような弱さの裏返し。満ち足りてる人は別に人のことを支配しようとか、人のものを盗ろうとか思わないでしょ?
何かを欲しいとか、意味をつけたいとか、自分の完全に理解できるものにしたいという欲望は、何か満ち足りない部分、不安な部分があることの裏返し。だから支配欲の強い人は、ほんまは弱い。わりと高圧的な人に限って寂しがりなんですよ。なんか自立してない部分がある。これ男子特有やと思いますよ。
ひとつの個人的な仮説として聞いてほしいんですけど。やっぱりこどもが産めないことが大きいと思うんですよ。生き物が生きて行く目的は自分を再生していくこと。要するに種を絶やさないように自己を再生していくっていう営み、女性はそれを自分自身のこととしてできるわけです。だけど男性はそれができない、要するにこどもが産めないんです。こどもという作品がつくれないから、コレクションという自分の世界をつくって、生きた証を残そうとしているっていう部分があると思うんです。生物学的にも、男は自分が何のためにいるかがよくわからなくなる弱ーい生き物なんです。

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コレクションと性的なことの関係というのは、フロイト以降延々と言われています。フランスの社会学者ジャン・ボードリヤールの『物の体系』という本の中には、発達心理学的に見てコレクション熱が高まる時期が2回あると書かれています。7歳から12歳くらいまでの思春期前期の潜伏期間みたいな時期、それから40代以降です。要するに、思春期のちょうど手前か、40代やって言うんですよ。これはどういう時期かというと、一種の性的危機の時期なんです。そろそろ、性を意識し始めるんだけれど、まだ具体的な性行為はできない7歳から12歳くらいまでと、そろそろそっちがやばくなってくる40代以降。何かやろうとしてんのにうまくいかない、そんな男としてやばい状態のときに、人はコレクションに走りがちだと……。その間、15歳から40歳くらいというのは確かにいちばん男が雄としての役割が果たせてるときなんです。必ずしも性的なことだけじゃなく、父親としての威厳がある程度保てている時期なんですよね。確かに40歳くらいになって、ものを集めだす男ってすごい多いんですよ。かなり性的なことではしんどくなってきている上に、こどもももう言うこと聞いてくれなくなって、要は男としても父親としても何かやばいぞという年ごろ。だからこの時期にはまりやすい。これは、女性はやっぱり本能的に避けると思うんですよ。単に暗いから、気色悪いもの集めてるから嫌われてるとかいうことやなしに、男としてのアカンさ加減が臭ってくるんやと思うんですね。
彼らをそこに駆り立てる理由は、男っていうのが非常に不安定で、寂しがり屋で、何かをしてないと、常に何かをがんばってないと自分の存在理由が示せないっていうのが理由にあると思うんです。
そういうふうに言うと、コレクションって悪いことばかり。女にはもてないし、家庭は圧迫するしね、「きしょいだけや」って言われてしまうかもしれないんですけれど、でも悪いことじゃない、むしろいいことやと思うんです。さっきも言うたように、ただものを集めてるくらいのことに、うじゃうじゃ言うことないと思うんです。欲しくもないものを、どうしても買わないと夜も眠れんようになって、金借りてまで買ってしまうような状態は、ちょっと病的。これはもう趣味の領域を越えた一種の病気、生物学的な雄としての黄信号が点ったときの特有の病気なんです。だから、これは禁止してはだめです。禁止したら他のものに走るんですよ。これは補完行為だから、女か賭け事か酒か犯罪に走るんですよ、絶対。
(会場:笑)
本人は自覚していなくても、そのくらい切羽詰った思いになってるんです。それがせっかくコレクションという趣味を見つけたんだから、ものを盗んでこない限りは許してやってほしいんです。そうしないと、若い女のとこ行って「俺もまだまだ男としてやれる」みたいなこと示そうとしてみたり、賭け事のスリルに代戦行為求めてみたり、あと単に酔っ払って忘れてみたりしますんで。コレクションには“ろくでもないこと防止効果”があると思うんです。ご理解を切に望みたいところです。

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コレクションをして
自立心と価値観を養いましょう

もうひとつコレクションのいいところは、自立心が養われるところ。少なくとも、自分の価値観っていうのが生まれます。さっきも言うたようにコレクションというのは、単にものを集めるだけとは違います。テーマ自体を自分で設定し、その中の体系づくりとか、意味づけも自分でやっていくでしょ。だから独自の価値観ができるんですよ。例えしょうもないものでも、自分だけの価値観がよきにつけ悪しきにつけできるし、また体系づけていこうっていう訓練も積んでいくわけです。何もない人よりも強いです。僕は、それを「文科系的男気」って言うてるんですけど。いま文科系のオッサンが熱いんですよ!
(会場:笑)

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僕らは、“オタク”と呼ばれるような人種が生まれた第一世代だと思うんです。もう思春期はずっとモテずにきたんですよ。「暗い」「きっしょい」って言われてね。
(会場:笑)
そういうことをバネにして、怪獣のこととか、ロックのこととか、つまらんことを一所懸命やってきたわけです。自分で目的意識を持ってやってきたわけじゃなくて、やらざるを得なくてやってたし、いまほど“オタク”というものに理解なかったですから、もうボロッカスに言われながら……。僕は、親や祖母に「なんであんたはそうやねん」ってよく泣かれたんですけれど。
(会場:笑)
それだけの思いしてやってるから、自分なりの価値観っていうのはありますよ。だから会社勤めしてても、「やっぱこれだけは譲れん」っていう部分があるんです。それは、「体育会系的な男気」より強いんじゃないかっていうのがいま囁かれてることですよね。「体育会系的な男気」っていうのは「先輩に言われたら何でも我慢してやります」みたいなことでしょ。それはやっぱり奴隷の男気だと。「文科系的な男気」は、パッと見かっこ悪いけど、のらりくらりと嫌なことはね、絶対せえへんもん。
(会場:笑)
だから、最終的にはやっぱりこっちの方が強いんじゃないかって気がしますよ。40過ぎて、もうモテなくていいでしょ。これまたね、団塊の世代と違うとこなんですけどね。団塊世代の人らはいつまでもモテたいらしいんだけど、俺らもういいよと。で、開き直ってしまったときに、「もしかして俺らイケてる?」っていう気になってきたんです。で、飲み屋で話をしてると若者にまたリスペクトしてもらえるでしょ? 妙に自信持って熱くなってるんですけども。なんか「そんなのこどものするもんや」とか言われた漫画とか怪獣とか、そういう分野を自分なりに意味づけをして、そこに価値を求めて体系づけてみたいなことやってきたんですよね。

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でも、これが、いまのわが国に求められているものじゃないかと思うんです。日本は基本的に、自分独自のその価値基準をつくったり、体系をつくるってことが苦手。だからコレクターも、既存の体系に乗っかって、みんなお金で解決しようとするんです。すでにあるジャンルのでいいとされているものを買うっていう……。小さいころから親の言う通りにいい学校行って、いい会社入って、で、上司の言うこと聞いて出世していったら、それでしあわせになるというようなのと同じで。要するにお上が決めた価値観に従っとればいいっていうことで、ずっとやってきたから。だから、日本人はもの買うの下手ですよね。高度成長期もさることながら、バブル期にあれだけ経済栄えたのに、ろくな博物館ができなかった国っていうのは日本くらいなもんですよ。アメリカは第1次世界大戦の後20年代くらいの景気よかったときに、がんばって買いましたよ。例えば、メトロポリタン美術館とかにしてもそれなりのコレクションがあるし。それでまたそれ個人で儲けた人が自分のコレクションを提供する、あるいは自分でそれだけの美術館を建てるとか……、ポール・ゲッティ美術館なんかそうです。全部が全部そうじゃないけど、単に自分自身の価値観で選んでるんです。日本の場合は「ゴッホがいい」とかいうとゴッホばっかり買って、ゴッホの値段がボンボン上がって、それ1枚だけ買って……。日本中に立派な美術館はできたけど、中身がないんですよ。自分の価値観でものを集めることがいままで苦手だったんです。でも、昔に比べると、望むと望まざるとに関わらずひとりで生きていくっていうか、会社に頼らず生きていくっていうことを考える機会が多くなってると思うんですよ。そういうこともコレクションブームと無関係ではないのかなという気がしています。
コレクションの社会的な価値の第1には、「犯罪防止効果」というか「ろくでもないこと防止効果」があると言いましたが、もうひとつ「個性創造性育成効果」もあると思います。だから「コレクションの時間」というのを学校教育に取り入れるべきだと思うんです。
(会場:笑)

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さっきも言うたように病的なコレクションっていうのは欲しくないものも買わないかんから、我慢するんですね。
(会場:笑)
我慢ということも覚えるんです。「なんでこんなことせないかんねん」って思うんだけども、我慢! こどもの小遣いで無理やりそれさせたらいいと思うんです。最初のテーマの設定を間違ってしまったこどもは、大変な目に遭うわけ。飲まず食わずで小遣い貯めて、それを買わなければ単位がもらえない、成績が悪くなるっていう状態にしておくと、するんです。これが生きた教育だと思うんです。
(会場:笑)
いま、コレクション的によくないことは、簡単に手に入ること。もう泣けるほど簡単に手に入るんですよ。インターネットもよし悪し。かわいそうです。探す喜び、ある程度不自由にしといてやらないかんなって……。「子孫に美田を残さず」って言うか、あんまりこどもにいい環境与えたらだめやっていう気がするんですよね。
(中略)
コレクション(コレクター)は、女性から見ると気持ち悪いかもしれません。それは、さっきも言ったように男としての危機感の代戦行為をそこに求めてるということのが、無意識のうちにあるからだと思うんです。でも、それで家族が食えなくなるっていうとこまではいかない限りは、温かく見守ってやった方が、今後の社会のためになるんじゃないかと思うんですよね。コレクションは退屈しのぎの趣味で、家族苦しめてるわけじゃない。いろいろな社会的な理由、社会的な効果もある。みんなで温かく見守ってコレクター社会を育てていってほしいと思います。この願いをもって結びの言葉と代えさせていただきます。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
山田 五郎さんの髪型ってかわいらしいですね。その髪型って自分で考えられたのですか? また、いつからされているのですか? その髪型になったきっかけや、エピソードなどをお聞かせください。

山田 五郎さん:
この髪型は、東京の東武東上線の東武練馬駅の近くの床屋のオッサンが考えました。
(会場:笑)
いきさつは、僕ここ(後頭部)がやばくなってきてて……。ある日、結婚式でスピーチしたあとにね、トイレ行って3面鏡を覗いたら、ここ(後頭部)が見えて「うわぁ、やばーい」と思って。「さっきあれみんな笑ろてたん、俺のスピーチ受がけたんと違ってて、これが笑われれたんかなぁ」とかって。そいで、スキンヘッドにしようと思って、ガーッて刈ってもらってたんですけど、床屋のオッサンが「やめといた方がいいですよ。まともな勤めしてるんでしょ?」ってあんまり言うから、「止めたほうがいいのかな」って。オッサンが「上のほうだけでもちょっと残しといたら?」って言って、ここらへん(前頭部)だけ残したんですよ。そしたらオッサンがシャレで、「じゃあちょっと尖らしてみようか」って。これ天パで、自動的にこうなるんです。「お、きれいになるねぇ」なんつって、それでこの髪型になったんです。

お客さま:
うちの父(47歳)は数年前からバンドを結成したり、わけのわからない仏像を買ってきたりしています。これはやばいですか。

山田さん:
やばいんだけど、ちゃんと生きがい見つけてるからいいんだよ、そのお父さんは。応援してあげて。ただあんまり調子に乗らせるとダメだけど。黙って見守ってあげて。

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お客さま:
お話の中にあったように、これからどんどん欲しいものが手に入りやすくなっていったら、コレクションの持つ意義、効果が薄れていってるように思いますが、いかがでしょうか。

山田さん:
それはそうですね。だからあんまり手に入れやすいようにせんといてくれよって言いたいですよね。でも、コレクションは何でもできるから。さっきも言ったようにお金とかじゃない、やくみつるさんみたいに人のタバコの吸殻とか、タダでできるコレクションもあるし。要するに商業化せえへんコレクションを作ったらいいわけだから。自分でテーマ見つけていくっていうのは可能やと思います。商売にならない以上は手に入りやすくならないから。自分で作っていけるところがコレクションのいいところ。

フェリシモ:
「若者に伝えたいこと、求めたいこと」について、コメントいただけますか。

山田さん:
若者? 若者は若者で楽しくやってよって。
(会場:笑)
俺ら自分のことで精一杯や(笑)。大事なんは僕らやと思うよ。あのなんかやっぱり日本の大きな問題っていうのは、やっぱり僕らぐらいの年の大人の男が金と時間がないことやと思うんですよね。それがいろいろな原因になってると思うんです。で、若い人が大人になりたくないでしょ? 疲れたおっさんばっかり見てて500円亭主とかになりたくないじゃないですか。結婚しようとも思わないしね、パラサイトシングルやってる方が絶対楽しいよ。それはいかんと思うので、僕らもっとばりばり遊んで、「大人になったらこんないいことできるぞ」っていうことを一所懸命見せていきたいと思うんですよ。そうしないことには、大人の男が遊べる場所が全然ないんです。そっちの方が問題。若者は若者でなんぼでも楽しいところあるねんから、存分に楽しんでよ(笑)。
僕らこどものころ、「大人って好き勝手なことばっかりやって」なんか言うと「お父さんは大人だからいいんだ」って何でもそれで済ますでしょ。で、あんなふうになりたいと思えるような大人になろうと僕らも無理して老体に鞭打ってがんばりますんで、みなさんも楽しんでください。それぞれの年齢の人生を楽しんでほしいと思います。

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Profile

山田 五郎(やまだ ごろう)さん<編集者・評論家>

山田 五郎(やまだ ごろう)さん
<編集者・評論家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1958年12月5日東京生まれ。上智大学文学部卒。1982年、株式会社講談社入社。
『Hot Dog PRESS』編集長を経て、現在総合編集局担当部長。本業の編集のかたわら、さまざまな分野で評論活動を行い、テレビのコメンテイターなども務める。

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