神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 野中 ともよさん(ジャーナリスト)
  • 野中 ともよさん(ジャーナリスト)

プロフィールを読む

現在表示しているページ
フェリシモ
> 神戸学校
> 野中 ともよさん(ジャーナリスト)レポート

「欲張り人生楽~仕事も生活も楽しく、美しく~」



<第1部>

「欲張り」とは、よりしあわせになりたい
というポジティブな言葉です!

まず、みなさんに伺います。みなさんの中で「私は欲張りだ」と思ってる方、手を挙げてください。

(会場:挙手)

ありがとうございます。「私は謙虚で欲張りのよの字もございません」という方。

(会場:挙手)

単なる嘘つきかもしれませんね(笑)。ありがとうございます。多分今までの欲張りという単語が表していた意味は、今手を挙げていただいた方たちは知的好奇心とか、今の状況に甘んずることなく、さらに次を目指したい欲張りさんだと思います。
欲張りがいけないイメージの言葉として使われている実態がひとつだけあります。人の不幸の上に成り立って、自分の欲を張るという、この意味の欲張り、これをするといちばん損をするのは誰でもない自分自身だということを私たちがよくわかっていることです。その意味で人の不幸を当たり前にする欲張りはダメです。その欲張りの対局の言葉は謙虚。「どうぞ、召しあがってください。私のお饅頭。お腹空いとりますけど」内心ではクソーと思いながら「どうぞ」みたいな謙虚。「くれるんだったらもらってあげる」と思う欲張り。欲張り対謙虚。これを相対する言葉として使っている意味での欲張りはダメですが、人間というのは命の本質が欲張りにできているという意味での欲張りは大賛成。この欲は言い方を変えるとよりしあわせになりたいと思う気持ち。人類の仕様は欲張りにできてるんです。人を動物と分けるところは何か、考えてみてください。人はどこが動物と違うか。ある文化人類学者はこう表現しています。人はよりしあわせを求める動物である。イヌやネコを飼ってらっしゃる方いますか? 餌をやる時間になると彼らの方からワンワンとかニャーニャーとか言いますよね。イヌやネコはお腹が空くと食事がほしいわけです。ところが餌をもらったらどうしますか? 食べてお腹がいっぱいになると、コテッと寝るんですね。そこで満たされてOKになるわけです。
ところが私たちはどうでしょう? これが社会の状況の中でちょっと振り返ってみると焼け野原だった50数年前。敗戦国で食べるものさえなかった時に「銀シャリで炊いた握り飯をお腹いっぱい食べることができたら、俺は死んでもいい」と大の男が思ったのが日本の状況でした。その時に日本が目指したのは「ご飯がちょっとでも食べられて、お腹を満たすことができたらいいね」ということ。そして、お腹を満たすようになった。そしたら今度は「住むとこがあるといいね。一戸建てがいいね、庭や車庫があって、自動車があるといいね」という形で社会全体が同じ方向を目指しました。私たちはご飯を食べる。今どうです?「おにぎりお腹いっぱい食べさせてあげるから死んでちょうだい」と言わても「はい」という人はひとりもいないと思います。それどころかコンビニに行くと、ピュッとひくと瞬間にのりがパリパリになる仕掛けになったおにぎりがありますよ。つまり、第1次的生理的欲求としての空腹を満たせる社会になったら、今度はもっとおいしく食べたいと思い始めるわけです。もっとおいしく食べるためには「やっぱりお米は○○産ね」とお米ひとつにブランドを問うようになり、今度は一緒に食べる相手を選びたくなり、会話を楽しむことが食欲を満たすことの不可欠な要素になり、今度はインテリアにこだわり始めて、BGMがどうとか、そして「本当に身体によいものなの? 有機農法なの?」というところまできています。つまりこれはよりしあわせを求めることができるような脳細胞を我々は与えられたということでもあるわけです。さっきのイヌ、ネコたちはお腹が満たされる第1次的生理的欲求が満たされたらもうOKなんです。もう1回お腹が空くまでしあわせでいられて、またお腹が空くと満たしてくれる、それでOKなわけ。

PHOTO

大脳の専門家・春山 茂雄さんが執筆した『脳内革命』という本が流行りました。彼は非常にわかりやすく脳のメカニズムを解いてベストセラーになりました。人間の脳は大きく3段階に分かれていて、首の上にある脳幹といういちばんプリミティブなところ。これは息を吸うとか食物を取り入れるとかそういうところですね。そこの上が爬虫類の脳と言ってたと思います。爬虫類の脳があって、その次がイヌ・ネコの脳だったと思います。そしていちばん上の層にサル・ヒトの脳と表現されていたと思います。まず爬虫類の脳が何かって言うと、例えばトカゲを思い浮かべてください。彼らは干からびちゃうから、いい天気になるとお日さまを感知して日陰に入るわけです。生きてくために反応する。お腹が空いた、餌を獲る。何も考えずに生命維持装置、本能みたいなものが中心になっています。ここからイヌ・ネコに発達していく時に何が行われているかというと「俺はお日さまが出て来たから日陰に入ったんだけど、よかったのかな?」というふうに自己を客体化して動いた反応に対して「あれ?」っていうことができるんだそうです。イヌたちは訓練できるんですが、トカゲやワニは訓練できないんですね。犬イヌ・ネコたちは自分が思わず尻尾を振っちゃったんだけど「あれっ、ここで尻尾振ると怒られるんだっけな?」ということがわかる。その上のサル・ヒトになると「ここで僕はこう動いた、それでよかったのかな?」「よかったんだ思うよ」と考えることができた。ここまでが第2層です。第3層になると「僕にとってはよかったけど、この村には? あるいは地球にとって、あるいは人生ってこれでいいのか」という自己を抽象概念の中で見ることができるんだそうです。
話がそれますが、人口知能の研究をなさった松本 元さんに17歳問題をクリアカットで説明していただきました。人間社会というか、とりわけ日本が高度経済成長の時に子育てをする。お腹がすくと「おっぱいが飲みたい」と言って赤ん坊は泣きます。その延長で離乳食を与えて次におやつをくれるようになる。そうすると誰の言うことを聞くと自分は食べていけるかというのがわかる。例えば自分が従う司令塔をお母さんだとするとお母さんのいうことを聞いていればおやつはゲットできる。テストでいい点を取ってくると「いい子ね。お小遣いいくらあげよう」と言ってもらえる。いい点数をとると自分のお小遣いアップになるという装置をゲットするわけです。そうして16、7歳になると「ちょっと待て、俺の人生は一体何なんだ。俺はあの女とデートをしたいんだ。だけどあいつとつきあうと母ちゃんがうるさい。俺の命を規制してるのはあいつだ」となり、そこを壊そうと全エネルギーがいき、家庭内暴力ということになる。そういう形で私たちの脳の発達部分を説明してくださいました。
つまり、よりしあわせを求めるということは、現状に甘んじないですむところに脳細胞が活性化するようになってきたので、何万年もの時代をかけて、私たちはここまで進んできたわけです。我々自身も常にある部分をゲットするとそれ以上のところをやっていきたいと思うようにできているんです。つまりそこを認めて新しいチャレンジを命が喜ぶ方向に解放していってあげることが命の大原則にのっとった生き方なんです。

ページのトップへ

「人生楽」
仕事も生活も楽しく、美しく

それは欲望のままに生きて来た人類がこんなめちゃめちゃな地球感をもたらしたんだと表現する方がいらっしゃいます。例えば植民地支配をして本国が儲かるという上で自分たちのしあわせ、欲を満たしたからいけない。だけど万国に共通な価値観は命です。ということは命が、それぞれひとりひとりが欲張りになってよりよい生活をしたいという時に、あなたにとってもしあわせで私にとってもしあわせなことは何なんだろうという、これが人間の知恵です。知恵を結べる頭を私たちはもらえているということからすると、21世紀はいろいろなところで危機だと言われています。環境もこのままじゃいけない。ということはダメだよっていうメッセージが出てきてるということは、言い換えれば新しいパラダイスのドアを開けることができるわけです。ということはこれをしあわせだねと思えるやり方でやっていくと人は力を出せるようにつくられてるんです。そこをお話したくて、こんなところからスタートしました。なので私は「人生楽」の「ガク」を楽しいという字に置き換えました。
挙手をお願いします。「しあわせなんてコリゴリだ、もういらない」と思っていらっしゃる方。

(会場:挙手)

「やっぱりもうちょっと楽しい人生を送りたい」と思っていらっしゃる方。

(会場:挙手)

ありがとうございます。「みなさんは何のために生きてます? 何のために生まれてきました?」、ご自分の答えを出してみてください。私自身はこう考えています「答えを考えるために生まれてきたんだ」。つまり答えは正解があって、それ以外は答えではないという問題ではなく、それぞれが与えられた場所で与えられた命の在り方で「一体何なんだろう、私の命は」ということを考えていくことが大切。プロセスそのものが人生なんだと思います。
ひとつだけ全員に共通していること、それは命はひとつだけということ。ふたつ命を持ってる人はいない。家族でおつきあいさせていただいた盛田 昭夫さんが闘病生活の時に「私が持っている財産を全部あげるから、20代の健康な身体がほしい」とおっしゃいました。どんなにお金持ちでも命を買い換えることができないんです。そして私たちの生命そのものを考えてみましょう。私には今11歳になる娘がいます。彼女を母乳で育てたんですけど、おっぱいをあげていると、どうしようもなくかわいいんです。でもときどき放り出したくなるぐらいめんどうなんです(笑)。おっぱいを30分ぐらい飲んで、そして1時間半後ぐらいに「オギャア、オギャア」と泣いて、オムツを替えて、ハッと見ると、お昼寝の間にここの頭蓋骨が伸びてるわけです。「この子は私のおっぱいだけで骨を伸ばして血液をつくり、内臓や肉体をつくっているんだ」と思った瞬間に「私のおっぱいが、もし発ガン物質とかに犯されていたら……。私が相当きちんとした形でゲートキープをして食べるもの、飲むものをチェックしなければ!」と思ったんです。そう思った途端、腕に抱いてる娘がズシンと重くなりました。「ちょっと待って、この命は私と彼だけじゃなくって、私をつくってくれた父と母がいて、それぞれに父と母がいてということを考えるとこの連綿と続く命のバトンタッチはどこまでいきます? 例えば、私の曾曾曾おじいさんが隣のお姉さんと結婚してたりすると、母はもちろん、私も娘もいない、その後の命がないわけです。そう思った時に、人の命、ちっぽけな存在なんだけれどこの重さ。その間の連綿としたバトンタッチの命の中でどんな時代があったんでしょうか。

PHOTO

地球の上にはどんな時代があったかというと、例えばあの赤穂浪士。殿さまが江戸城でミスをしました。それで吉良のお殿さまに嫌味言われて、恥をかかされるわけです。そうすると「殿の恥は我らが恥」と言って江戸まで行って雪降る中、殿の仇を討ちましたって言ってお腹切るんですよ。今できます?「馬鹿野郎。こんな東京支社長の面倒を俺の命で払うわけ?」、多分そう思うと思います。ちょっと前で考えれば赤い紙が来て戦争に行って戦って来てくれと。みなさんのところにDMが来て、悪いけど戦ってきてほしいと言われて行きますか? 行きませんよね。だけどあの時代に生まれていたら、母親は息子を、喜ばしいことだって送らなければいけないという空気、モラルがあったわけです。
何が言いたいかというと、連綿と続く命というのはその時代を覆う価値観の中で閉じていかなければならない。それが命にとっておかしいよと思っても、それが許されない時代の方が長かったわけです。私の父は学徒世代、その世代をつくってくれたこどもがまだこんなふうに生きてる時代です。父がその時に命を落としていれば私はいないわけです。ということを考えると人の命のあるパワーが自分の欲や自分のシステムを強化するためにないがしろにする決まりというのはろくでもないということがおわかりいただけると思います。つまりこれは社会主義だとか、共産主義だとか、何がよい悪いという前に私たちひとりひとりの命はいちばん大事にしなければいけない。そして誰もつくることができない。何やら不思議な神秘の塊であるということを共通して意識にする社会というのは意外なことに38億年の中でまだあんまり時間が経ってないんですね。その時代に私たちが生まれたっていうことにまず感謝しなければいけないと思うんです。
で、欲張りによりしあわせを求めるということを遂行していくためにやっちゃいけないことは、冒頭で申しあげた謙虚な気持ち。これを欲張りといつも表裏一体で持っていなければいけないわけです。その謙虚さは何かって言うと、命に対する感謝です。「生まれたくて生まれてきたんじゃねぇよ」、だけど生まれたくても生まれてくることができなかった命がどれほどいますか。選べないけど選んでくれたということに対する感謝の気持ち。そして出会えたことを喜べる、そういう命の目線の本音ベース、そしてそれがいちばん大事だと思う価値観を自分の中につくり始めようとするとものすごくパワフルになるんです。
ひとりひとりの顔が違って考え方も違って生きざまも違う人と出会えるってものすごい大切なことですね。これを感謝するっていう気持ちを自分が生まれてきて、そして死んでいくまでのいちばん大事なことはより多くの人と出会ってより多くの自分と違うものと触れ合うことができることだというふうに置くんです。そうするとおもしろいですよ。みなさん、ご自分と同じ顔をした人に出会ったことはないと思います。兄弟でも全く顔が違うでしょ? 顔なんていうのは、髪の毛とか眉毛、目、瞳の色、口、お正月にする福笑いと同じでたいした要素ではないですよね。例えばパチッと私が指を鳴らすと「何するの。野中さん」っていう反応をする方「いい音。もう1回」と思う方。さまざまなリアクションがありますね。何かって言うと、耳の鼓膜を通じてパチッっていう音を感知して脳細胞の中で、「いい音」とか「嫌な音」とか「おかわり」という反応をしているわけです。大脳、脳、小脳、中脳、いろいろありますけど、脳の細胞の数ってどれくらいだかご存知ですか。いくつもの細胞が億、兆のシナプスが結んだり離れたり、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、その時の状態で反応してくれるわけです。この細胞の数が同じの人がいるわけがないんです、同じであることの方が気持ち悪いっていうぐらい。感性、考え方が違うからおもしろい。それなのに同じでないと、はみ出すとか規格製品でないと上手くいかないと思わされています。つまり違うからおもしろくて、それらがどうスパークするかが人間社会です。それぞれが欲張ってよりよい個体でいたいと思うわけですから。この時に「よし、みんなでよいことしようよ」というミッション、これを本当に正しいこと、本当にみんなが喜ぶことをやると、その社会というのは絶対よい方向に向くんです。私たちひとりひとりが共通項としてひとりでも多くの命が輝く社会にしようという規格をつくるより規格を外して、ぶつかった時に調整機能をつくったりすること、これが知恵でしょ? そういう方向に走ると楽しくなるんです。

ページのトップへ

人生は定期預金。
人生の満期は何ですか?

第2弾に移ります。みなさん具体的な人生で、これから何がおこると思います? 何のために生まれてきたか、何のために生きていくか、どんな人生を送ってみたいか、あと、これから漠然と思っていらっしゃる方「ガーデニングのプロになるわ」とか「営業成績上げたいわ」とか「玉の輿だわ」とか、いろいろな目標があると思います。これからのみなさんの人生ってどれぐらいあるか。私は人生は定期預金と同じだと思ってるんです。
どこが同じかというと満期があるんですね。3年後とか10年ものとかって言って、しめしめとか思ってるわけですが、人生の満期は何ですか? 人生の満期は死です。この満期には何かやりますね、お葬式です。それがみなさんの満期。みなさん、いずれあそこを迎えるわけです。満期はいつ来るかわからない。でも必ず来るんです。そうなるとなくなっていくものは確実になくなっていくものは時間です。平均寿命を基準にして「私はあと40ウン年だわ」とか思っていたりするんだけど、委員会に間に合わせようと「新神戸駅まで急いでください」って行ったら向こうから来るトラックと正面衝突ということで満期がくるわけです。あと40数年あるから、国債の何年もの、利回りして、それでこれローン払って、こんなもんかしら? みたいな設計をしたところで、わからないだけで、あと3時間の命かも知れない。「大変、刹那的だからもうちょっと楽しく生きましょ。失楽園もしたいし、ワインも飲みたいし、いろいろやっちゃいましょう」っていうのも生き方ですけど、別に焦ることない。どう逆立ちしたところであと100年ないんです。そうするとこの後どういう1年2年3年、そして平均寿命。
時というものは限られたものでしかない。しかも今というモーメントにこの元気な命。これは健常であるということではなくて、泣いた、笑った、滑った、転んだ、おいしい、まずいとか、そう言える命をいただいたことにまず感謝する。そして、このからだにありがとうを言いながら残された時間をどう生きるかということの主人公は自分なんだということに気づくことなんだと思います。ここまできてみなさんの定期は近づいてる方もいらっしゃるかもしれない。かなり先の人もいるかもしれない。そういうことで自分の命はどのモーメントでなくなっちゃうかわからないわけですね。ということは、今という時間と誠心誠意向き合うことがいちばん大事なことなんです。それをやっていくと人間は後ろをつくることができるんです。

PHOTO

あんな過去を持った女に生まれてみたかったわ。なんて思う方いますよね。ドラマなんか見てると、キャリアで、ひとり暮らしで、帰って来てブランデー飲んで、不倫相手に電話で「早く来て逢いたいわ」とか言って……。「ああいうのもいいわ」って思ったらおやりになればいいんです(笑)。まずどういう生活かを箇条書きにします。いろいろなことを書いていくとわかるんですね。根本はどんな家具そろえてみたところでマンション買って、けど自分がそういうモーメントを送っているかどうかでしょ?「亭主に飽きた」と思ってらっしゃる方がいたらその3倍旦那さまはご自分に飽きてらっしゃいますから(笑)。ドラマのような人生を送りたいと思ったら、まずブランデーを買うとか、マンション買ってひとりで自立した経済状態にあるかという生活を送っていることを確かめてください。亭主の文句を言ってるけど「稼いでくるのは亭主だわ」という形だったら、まずそこからやり直さないといけないですね。「でも私決めたんですもの、私の人生はドラマのアレよ」というのだったら、そのプロジェクトで、まず経済的自立を目指して求人欄を開ける。そこからドラマに入っていくわけです。
結果はどうであれ、その時間を自分は過ごしてますでしょ? で求人欄見て「そういえば結婚する前に宝石の鑑定士の勉強の途中で辞めちゃったの。もう1回勉強をし直そう」と、勉強してると自分の中ではドラマを目指している生活をするわけです。それを積み上げていくと、行く先は自分を叱咤激励して生きていくっていう生活。そうすると振り返った時に「あらっ、3合目まで来てたわ」という過去になるわけです。というふうに、人間は過去はつくれるんです。でも未来はつくれない。ということは人間には今しかないんです。答えが見えてきたと思います。みなさんのこれからの人生はやりたいと思ったことをやればいいんです。いつやるか、今やるんです。ところが漠然と夢を持っていたのではエネルギーに変わりません。エネルギーにする時「試験勉強が嫌だ」ってなると脳細胞が活性化しないんです。ところが「試験で資格をとると、例えば離婚できる」というところに持ってくると試験勉強が楽しくなるんです。「私25年も脳細胞使ってこなかったけど動かしてみましょうか、むずかしいわね」と思いながら辞書引くと、「こんな単語あったわよ。なるほどね」と、辞書引くのが楽しくなるんです。自分が知らなかったことを「へぇ~」と思うとそれだけでしあわせになれるんです。これしあわせでしょ?

ページのトップへ

楽しく死ぬために
楽しく生きていきましょう!

何のために生きているかというと答えがひとつあるんです。楽しく死にたいんです。楽しく死ぬために生きていこうと決めたんです。どうせ1回しか死ねないんですから、笑って死んでいこうと決めたんです。そのためにどうすればいいんだろうなって考えたら答えが出てきたんです。楽しく死ぬためには楽しく生きなきゃいけないんです。どうするかっていうと「おかしいぞ?」と思ったクエスチョンマークを「なるほど!」とエクスクラメーションマークにする。ここを直さないとムズムズして嫌なんですね。そうすると時間がいくらあっても足りない。勉強というのは、いい子になって勉強するんじゃないんですよ。それをやってきたのが私の学生時代。その結果としてオール5、オール優、オールAは当たり前(笑)。どうして自分がそうなったのかというと父母の育て方だったと思います。私は「勉強しろ」って言われたことが一度もないんです。常に言われていたのが「勉強するな」でした。勉強してると父が覗きに来て「まだ勉強してんのか、早く寝た方がいいぞ」と言うんです。確かにそうかも「じゃあ、寝よ」と思って書斎を覗くと父は勉強してるんです。それを見て「パパ、あんなこと言っといて自分は勉強してずるいな」って、私ももう1回勉強するんです。こどもはそうなるんです。「勉強しろ、漫画読むな」って言われたら「漫画読みたいよ」ってなるんです。例えば、母は「理科の勉強しなさい」なんて全然言わなかったんです。ところが私が小学校2、3年になるとダイニングの出窓のところにお日さまを向いて動いて行く、ひまわり系の小さい鉢を置くわけです。それを買ってきて「今日こんなお花、見つけちゃったのよ」って。それで2、3日そこへ置いとくとその花が窓の方を向くわけです。そうすると母は「あら、このお花の目はどこについてるのかしら? 何であっち向くんだろうね。葉っぱもお日さまの方を向くのかしら」なんて、おやつの時に話し始めます。私も単純ですから「本当だ。ママが向けたんじゃないの」「違うわよ。じゃあ印つけといてみようか」って言って、植木鉢に印つけておく。「調べてみようかなぁ」なんて自分で図鑑で調べるわけです。翌日学校に行くと習うわけです。先生に聞かれたら「はい」って答えて、ほめられると単純だからすぐ理科が得意になるんです。知ることのおもしろさを楽しい方向にもっていくとエネルギーが出るということを教えてもらったんです。

PHOTO

おさらいをします。欲張り人生楽。欲張らなくても人は欲張り仕様にできているということを確認する。その代わり欲張りというのは人の不幸の上に成り立っているものでは決してない。そして欲張るためには謙虚でなければいけない。等しくいただいてる命に感謝するという謙虚さ。何度でもいろいろなことができるけれど自分を大切にしなければいけない。1度しか死ねないからと自分が強く思えば思うほど、隣に座ってる方も思うわけです。ということはこれで利害がぶつかることもある。だけど自分がそうやっていきたいのであれば、隣の方もそう思う。その時に人間はコミュニケーションをとることができる。そして話し合いをすることができて、お互いに知恵をしぼることができる。その時に「儲かりまっか」「儲けまひょ」ということは大事だけれど、それを目標にすると貨幣価値がひっくり返る。だけど世界中どこへ行っても共通する価値観があるんです。それが命。命にとってよいことというのは全世界に共通するメッセージです。地球という生命共同体にとっては瞬きにもあたらないほどの存在だけれどもひとりひとりがしあわせになろうという共同社会をつくろうというのに気がつくと1粒1粒がしあわせで数全体のボリュームも厚くなる共同社会が営めるんです。今、平成不況、構造改革、全て、今までの当たり前が問い直されている時代に命を預けているということは大チャンス。私のいちばん大事にしている言葉は『ピンチこそチャンス』です。

ページのトップへ

<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
仕事と子育てでお忙しいですがどのように両立されていますか?

野中さん:
私の中では生きていくということは仕事も家庭も全部が私の人生。分かれてないんです。両親には「社会人というのは大学終わって社会に就職する時になるのではない。あなたはどんなに小さくても社会の中のメンバーだから社会人。あなたの生きていくということは、みんなのためになって、みんなが『うれしいな』と言ってくださるというように、これが社会とあなたのつながりだ」と小さいころから言われていました。ですから私は、食事の後片づけは全部自分で持って行って、兄の分もやりました。「女の子だからやるんだ」って母に言われるわけです。でも父には「女の子である前に君はひとりの人間でしょ? パパは君がひとりの人間として生きていけるような大人になってほしいと思うんだ。例えばパパとママが飛行機事故に遭うかもしれない。その時に死んじゃって泣いて、次の人が来てくれるまで生きられないんじゃ困るんだよな。君が大きくなって結婚するだろう。その時はきっと旦那さまという男の人と一緒に生活するだろ。旦那さまが働いてくれないと君は食べていけない。旦那さまが仕事を辞めたら君は食べていけない。そんな人生じゃ困るよな。ひとりの人間として自分の面倒は自分でみられるようになってくれ」と、小学校5年生の時の夕飯後の団欒の時に言われたんですね。そしたらママが「パパの言う通り。だけどあなたは女の子。ママは女の先輩として全部教えてあげるわ。でもね、生きて行くのはあなただから、馬鹿馬鹿しいと思ったら全部蹴飛ばしなさい。だけどパパがおっしゃったように結婚する相手の人はあなたのことを大好きでいてくれる人だから、何をやっても許してくれると思うけど、旦那さまのお父さま、お母さまはあなたを男だと思ってないわよ。あなたはお嫁さん」。母にはすごいお舅さんとお姑さんがいたんです。大きくなって「細腕繁盛記」読みましたけれど、それよりすごい人たちに仕えたんですよ(笑)。大変な封建制度の真っ只中みたいな。苦労した母は「きっとあなたのことお嫁さんだと思う。その時あなたが『嫁のくせに何もできない』って言われてもつまんないから、こういうことするとお姑さんは喜んでくれるんだということを全部知ってたら損はしないから」って。私は「なるほど」と素直に思うんですね。
だから私の中においては「キャリアウーマンが別個にあって、それは結婚生活を選択しない上で成り立つもんだ」なんて、鼻から思ってなかったんですね。自分自身の人生を構築するためには自分に力がなければならないと……。飛行機の中でタイプライター叩いて、仕事の指示して、ミーティングして、帰って来るなんていうのを1週間に何度もやるみたいな、父はそういう生活をしていました。「女性だってアメリカではそういうのは当たり前なんだよ。女性だから男性だからって言って差別する社会は男性にとっても不幸な社会だから。君自身の力があればどんなふうにでも生きていける」。私たちこどもは朝起きて学校行く前にプロジェクトがあって働かされました。玄関の掃除とか、お茶は温度で淹れるんじゃなくて心で淹れるんだ、耳たぶで温度を測れとか。だからお茶淹れるは得意。父の方のお祖父さまお祖母さまと一緒に住んでましたし、母は7人兄弟ですから全員集まると、長いテーブルにおじさまたちが上座に座るわけです。こっち側にお手伝いさんたちがいるんですが私たち女の孫はおじさまたちの食事が終わりかけるとパッと立ってお茶を淹れてさし上げるんです。おしょうゆを探す感じがあれば何だろうって動く。腰の重たい女は最悪。人に喜ばれることをして上げられるしあわせ。働くというのは傍を楽にするんだっていうことを小さいころから言われてました。小学校5年生の時の将来の夢に「お手伝いさんになりたい」って書いたのが私です。

お客さま:
ジャーナリストを選んだのは何故ですか?

野中さん:
ジャーナリズムと出合う前、私はフォトジャーナリズムだったんです。アメリカの大学院に行きながらアメリカの新聞社で働いて写真を撮って記事を書いていました。それで特ダネを地元紙に掲載されないと単位がもらえないという、学業と実業がミックスしたところでトレーニングされるんです。その期間を評価する外部評価機関が論文とか働き具合でジャーナリストを目指すんだったらどこ行けっていうランキングが出るんです。
私が行ったミズーリコロンビアは毎年報道写真展をやってる大学院だったんですけど、それで飯を食っていこうとフォトブックを持って就職活動してみたら「いい写真撮るね。すごいね、英語ができて、文章書けて、大学院出てて、しかも女。最悪だ」って言われたんです(笑)。目が点になりましてね。それで「どういう方をお雇いになるんですか?」と聞くと「最近のカメラは押す指さえあればいいんだよ。体育系の大学でも何でもいいの。ガッチリできた男。2年もあれば社魂仕込むことができる」って言われたんです。それが最初。その時はやっぱりうな垂れました。当時は女性の新聞部員はひとりもいませんでしたから私が経営者だったら「もったいない。私を雇えばオリンピック選手の女子ロッカー室とか男では入れないところへ行ってフォトストーリー撮ってくるのにな。看護婦さん物語とかもできるのに」と思ったんです。でもどの新聞社も、全部同じリアクション。一流新聞社はそういうことかと思いました。でもここが入れてくれないということは次の可能性がある、能天気でしょ? そう思いながら帰ったら父が、開口一番「おめでとう。君みたいな女性を雇えない会社の未来はないよ」って。父も能天気でしょ。「それはね、10年後に君を雇わないで損しちゃったなぁって会社が思うような人間になんなさいって言ってくれてるようなもんだからがっかりすることないよ。よかった」って。父は『ピンチこそチャンス』という言葉をくれました。

PHOTO

もう就職していた同期が「野球のドキュメンタリーをつくるので帰って来てるんだったら手伝って」って声をかけてくれました。テロップをつくったり、訳をつくったり、電話インタビューしたり、そのお手伝いがきっかけでNHKとの仕事が始まりました。これは、私にとってはおもしろい。無責任に聞こえるかもしれませんが、自分がおもしろいなということを懸命にやってると人は周波数を出すんです。その周波数は周波数を出してる人を呼ぶんです。当時、プロ野球ニュースしかなかったんですけどNHKで初めてメインキャスターが女性の「サンデースポーツスペシャル」という番組が始まりました。今では当たり前になりましたが、パリ・ダカール・ラリー、トゥール・ドゥ・フランスという自転車競技など、どうして取り上げられないんだろうと思っていたスポーツも「おもしろいやろう」ということで広げていくきっかけになりました。
NHKで仕事をしているうちに、自分が思っていた子育てのモーメント、たくさん生もうと思うと仕事ができないというので20代に悩むわけです。私と主人はアメリカの大学院で出会いました。彼はそのまま残って勉強を続けて、私は帰って来てNHKの仕事が始まったので結婚まで11年かかりました。今ここで仕事を辞めると私はもう1回帰ってくるのが当たり前ですから。つまり女に生まれて家庭生活にソケット入れて、そこから電気もらって光って養ってもらって、それで大学卒業して会社にソケット入れて給料もらって光ってて、それで今度は旦那にソケット入れて、それで光るという、そういうロジックというかとらえ方がなかったですから。常に自分が主体でどういう仲間とどういう生活をしていくかということでしたから、父も母も。父と母は年齢で女性の生き方が決められているなんていう日本の社会はもったいないと言います。「愉快よね。年齢で決まっちゃうなんて。1回しかない人生でね」ぐらいまでは言うんですね。それでも「どうする?」「うん、今全然」「そうだよね、私たちが結婚するんじゃないし、私たちがこどもつくるんじゃないしね、パパ」とか言っちゃうわけです。私が大学院を出てNHKで仕事してるころなんて夜中まで勉強したりなんなりで。例えば休日朝起きるとメモがあって「じゃあね、バイバイ」って、ふたりでゴルフ行っちゃうんです。それから結婚記念日だ、ママの誕生日なんていうとバラの花束を両手いっぱいに抱えて帰ってくるパパがいるわけです。そんなのをずっと見てるから夫婦生活が素敵で楽しそうで……。それを見てたので私自身も結婚はすごくいいことだし、早くこども欲しいし、で34歳の時に結婚しました。結婚して翌年にこどもに恵まれたのでやっぱり楽しかったですね。大変だけれども、本当におもしろかったですね。
その時に教えられたのは、さきほど申しあげた「命」ということ。これまでブラッシュアップしていく生き方をしてきたので命をいただいたというのがわかった時によいママプロジェクトだと思うわけです。まず栄養のこと、妊娠何ヵ月に何する、胎教がどうとか、育児書を40冊以上読みました。読むうちに、アトピー、いろいろなアレルギーというのが問題になり始めて、ある本を開けると3大悪食品、卵、大豆、乳製品と出てるわけです。でもちょっと古い年代のところを読むと3優良食品、全く同じものが出てるわけです。40冊ぐらい読むと大体2山に分かれるんですね。抱くな、抱け、泣かせろ、泣かせるな、胎教やれ、無駄な抵抗だ……だいたいこう分かれてくる。要するに定まってないんだということぐらいはわかるんですね。でも実際出てきたものを見ると、その物体は全てを拒否するわけです。「ちょっと待てよ、何時間後にどうするって書いてあったじゃない」って言いながら、でも全然あてはまらない。しかも当時大学で教えていて電話授業をやっていたんです。学生から質問を電話で受けて、おっぱいやりなから授業をやったことがあって、その時に授業が始まるからおっぱいはその時間から1時間はずらしたいとか、あるいは翻訳をしていて「締め切りが近づいてくるから早く泣き止んでちょうだい」って、思えば思うほど絶対泣き止まない。「しょうがない、もういいよ。翻訳なんかできる人いっぱいいるでしょ。ママの代わりはないもんね、遊んじゃえ」って言うとコテッと寝るんですよ。これはノンバーバルコミュニケーション。こどもはポワンっとしてて、まわりがいい気持ちになって、しあわせでゆったりしてるとよい子に育つんです。それもやっぱりこどもと出会えて教えてもらえたことです。そういう形で子育てのスタートを切りましたも。
それが2歳半の時に「『ワールドビジネスサテライト』という番組のキャスターをやりませんか?」というお話をいただきました。困ったわけです。迷ったわけです。その時澤地 久枝さんにお会いして「ベロベロに育てたいし、今離れたらもったいないし、でも社会とのコミュニケーションがほしいという気持ちも正直あります」みたいなことを言ったら、澤地さんが「ともよちゃん。お譲ちゃんに相談してごらんなさい」って。「えっ、まだ2歳半ですよ」って話があるんです。私は結局仕事を始めました。夜の番組と言いながら2時から局に入って12時近くに終わる生番組です。私は食生活をいちばん命つくりの基本だと思ってますから「この小さい命の間、一緒に食事をすることができる時間帯ならお受けします」とお願いしました。7時からだからお風呂に入れてごはんを食べさせてから出るという形にしてもらって、それまではFAXのやりとりにしてもらいました。だから迎えに来たハイヤーの中でもうヨレヨレ。ハイヤーの中でジギルからハイドになって頭の中で経済新聞読んでミーティングに出て、それで「今日のストラクチュアは?」とか頭に入れて、9時半に着替えてメイクをしながら、キャスターの顔にだんだん変わってくるわけです。それで「よし」と思って、それで10時半にスタジオに入って行くとピシンとなって、11時に「こんばんは、野中 ともよです」と始めるわけです。終わったら反省会やって家へ帰って2時ぐらいになっても眠れないので、アイロンがけしたり掃除機かけたり翌日の娘の名札つくったりして、寝るのが3時か3時半ぐらい。そうすると6時に「マミー、お腹すいた」って娘が起こしに来てくれてベッドから這っていって、コーヒー飲んで、お弁当つくって、朝食つくって、主人を起こして、幼稚園に娘を送って、お家へ帰って来て新聞読んでるうちに寝て、そういうの4年間やってる間に流産したんです。言ってることとやってることが違う、私はうそつきがいちばん嫌いなので、命よりも仕事を優先した自分を反省して番組を辞めさせてもらいました。

PHOTO

NHKでやってた時はひとりでしたから家庭生活で自分がやっていかなきゃいけない部分の責任感はさほどなかったんですけれど、私の生き方は自分のやりたいことを生かせる働き方っていうのが自分で選べるような自分づくりをしていれば大丈夫だという、能天気なところがありますから、それをおすすめしたいと思います。
今まで日本の高度経済成長の時は就職じゃなく就社だったわけです。何の仕事をしているかを問うことよりもどこの会社のサラリーマンかということが問われていた、でもその時代は終わりました。学校偏差値で大学名をこどもたちに刷り込んで、ピッとやったら「はい、東京大学法学部」「はい、東海大学」「はい、6大学」って選択して男の人生が決まった、それが効率的だったから。そんなことで人生がしあわせになれるようなものが見えていたから少しでも有名なバーコードを刷り込んでもらえるようにお母さんたちはこどもを幼稚園の時から塾へ通わせるわけです。何学部で何をしたかということは関係ない。どこの大学に入ることができたか、4年間モラトリアムで馬鹿でも就職ができたんです。誰もやったことのないことをスパークできる人間が人材です。日本は今まで馬がいればよかったわけです。だけど今は馬力が問われる。これは馬車を引いてなんぼでしょ? 2頭の馬で引く馬車を2馬力というわけです。人材は材料でそこにいればいい話ではなくって財産としてその人しかできないような人材を集めることが会社にとっては大事だということで、仕事と家庭のバランスは会社に要求するものではなく、自分が決めるものです。
笑って死んでいくためには毎日より多く笑った人の勝ちです。これは長く生きるよりも人に感謝される時間を多く持った人が勝ちです。そのためにどうしたらいいか、ひとつだけ秘訣を教えましょう。両手を出してください。人差し指を立てて唇の両端に「ニィ」って引っ張ります。ニコニコしてる人がひとりでも増えると楽しくなります。

お客さま:
仕事、人間関係、何もうまくいかない。そんな経験おありですか?

野中さん:
ありますよ。でもその時はありがたい。こんな馬鹿と出会えたから私は馬鹿にならないんで済むんだ、と思うとニコニコできるんです(笑)。

お客さま:
漠然とした夢はエネルギーには変わらないという言葉、さすがと思いました。でも成功率0.01%ぐらいの夢の場合は動き始めるのに勇気がいると思いますが、それでもやってみるべきでしょうか?

野中さん:
やりたけりゃおやんなさい。みなさん知ってます? どういう時に失敗が失敗になるか。自分が失敗だと思った時に失敗が失敗になるんです。どういうことかというと、うまくいかないな、どうした? と思うとそれは教えてくれてるんです。「何だ、私が馬鹿だったからだ」って気がつくだけでもいいじゃありませんか。そしたら成功させるために、「カルチャーセンターに通おう」「本を読もう」と具体的に見えてきます。

お客さま:
常に精神面及び体力面においてタフでいられる秘訣があったら教えてください。

野中さん:
よく寝ることです。新幹線でも寝る。立ってでも寝る。寝る子は育つんです。

ページのトップへ

Profile

野中 ともよ(のなか ともよ)さん<ジャーナリスト>

野中 ともよ(のなか ともよ)さん
<ジャーナリスト>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
上智大学大学院文学研究科でフォトジャーナリズムを専攻。コロンビア大学大学院に留学。帰国後は通訳・リポーター・キャスターとして活躍。NHK「海外ウイークリー」「サンデー・スポーツ・スペシャル」「スポーツニュース」などに出演。昭和62年春から中京女子大学の客員教授となる。平成8年9月から執筆活動に従事。平成10年日本体育協会理事に。趣味は乗馬・スキー・テニス・水泳・ゴルフ・陶芸。一児の母でもある。

ページのトップへ

その他のゲスト

ページのトップへ