神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • マウリツィオ ガランテさん(ファッションデザイナー)
  • マウリツィオ ガランテさん(ファッションデザイナー)

プロフィールを読む

現在表示しているページ
フェリシモ
> 神戸学校
> マウリツィオ ガランテさん(ファッションデザイナー)レポート

「生活とデザイン~デザインは人をしあわせにするためにある~」



<第1部>

マウリツィオ ガランテさんの
ファッションデザイナーへの道

ガランテさん:
まず、デザイナーになったいきさつをお話します。いろいろな意味で少し私が変わっているかなと思うのは、私はイタリア人でイタリアでデザインも仕事のスタートをきったわけですが、現在はパリで生活をし、パリで発表をしています。イタリアではデザインではなく最初は建築の勉強をしました。どうして建築からモードに変わったかと言うと、やはりモード、ファッションの方が生活に身近なわけですし、そのクリエイションを自生しやすいわけです。ですから自然に建築からデザインの方に自分のクリエイションが移りました。当時、建築とモードはかけ離れていて、建築にはいろいろな規制とか制約がありました。それに比べてモードは非常に自由。その自由な部分に魅かれました。今考えてみると、その間に建築も非常に自由になったので、そういう意味では両者は近づいてきています。
兄が大学で経済を学んでいたので、自然に兄の方が経営を担当し、2人で仕事を始めました。私の両親はファッションに関わる仕事をしていなかったのでこれは兄と私の冒険でした。これはイタリアでは少し変わったことで、ファッションの世界は親から子へと引き継がれることが非常に多く、そういう意味では私と兄のしたことは大冒険でした。
加えて、どうしてモードが魅力的だったかというと、モードが何かを伝える手段だと思ったからです。その人の着方とか何を着るかを選ぶことで、その人の持っていること、あるいは感情を伝えられる媒体だと思ったからです。私は、当時自分が持っているビジョンとかクリエイティブな世界をどうやって社会の中に訴えていくかを模索していました。そういう意味でモードがいちばん適切な手段だったわけです。当時のことを振り返ってみると、自分のクリエイティブな世界を切り開く手口としてモードっていうのは非常によかったと思います。モードを追求することで、まず自分自身について学ぶことができました。高校を卒業して4年間ローマのモードアカデミーで勉強しました。23~24歳のころに大学を終え、すぐにロベルト カプッチというイタリアの非常に有名なオートクチュールのデザイナーのところで修行しました。しかし、カプッチ氏のところにいたのは、わずか1ヵ月で、実は師に追い出されてしまいました(笑)。普通修行に行くっていうと先生を仰いでするものですが、私は自分のやりたいことばかりをやっていたので追い出されてしまったわけです。大学を出て初めての現場でしたのでたった1ヶ月間でしたけれど、その時アトリエで感じた雰囲気、空気というのは今でも強く印象に残っています。すごく厳格なところもあったんですけれど、不思議な雰囲気がありました。例えば、カプッチ氏は絶対に従業員と直接話すことはありませんでした。まず最初に自分の直接なアシスタントたる女性に説明をしてそのアトリエを仕切っている女性が従業員に伝えるという非常に厳格なコミュニケーションでした。興味深かったのは、そのアシスタントの女性はカプッチ氏が言葉を発しなくても彼の視線、態度で彼が何を思っているかというのをすぐに察することができました。カプッチ氏は素晴らしい話し方をしていて、ある日の午後彼が私に東京で皇族の方を前にファッションショーをしたことを話してくれたのですが、それがとてもポエティックでまさに自分もその場にいたような感覚を覚えました。ただし私を追い出すことに関して説明はありませんで、直接私に言ったわけではなく、周りの人に研修は打ち切るように言ってくれと頼んだわけですけれど……。その後ジェニーという会社で修行、勉強しました。

PHOTO

ひとつおもしろいエピソードをお話します。今でもイタリアのオートクチュールメゾンでやられていることですが、コレクションに向けてスケッチを描き終わり作品ができあがると、デザイン画を床の上に並べてデザイナーがその上を歩くんです。それはコレクションが成功するようにという願いを込めたものなんですけれど今でも行われているようです。
どうしてジェニーで仕事をしたかと言うとアメリカの記者で当時非常に有名だった方に見そめられ、ジェニーを紹介されて仕事を始めたわけです。その方は私がデザインした服を着た女性を見て「これは誰がつくったのか」と。で、それを当時のプラダのオーナーに見せたところ「これはジェニーで働くべきだ」と自分の知らないところで話がまとまり働くことになったわけです。ジェニーでも私はひとつ変わった経験をしました。当時のオーナーは、私がデザインしたものに全て手を加えてひとつとして私がやりたいようにやらせてくれなかったわけですね。それがきっかけになりジェニーを去ることになりました。
現実のところやはりモードは、いい服をつくるだけではないんですね、成功するためには、もしかしたら運というのがあるかも知れません。あとはいろいろな人を知るということが重要になります。そして自分がつくったものをどうPRしていくかもどういい服をつくっていくのかと同じぐらいに重要になってくるのが現実だと思います。これはもしかしたらモードに限ったことではなくほかの仕事でも共通だと思います。やはりその自分の専門のことだけをやっていくことではなくて、それをどう人に提案していくか、見せるかっていうことも同じぐらい重要なことではないでしょうか。
その後、いよいよ自分のブランドを出すということになって、兄と一緒にミラノでコンテンポラリーと言われる展示会に出品しました。コンテンポラリーという展示会は非常に選ばれたデザイナーだけに発表の機会が与えられているんですが、これもやはりあるジャーナリストの推薦がありまして参加することが可能になりました。その機会に初めてファッションショーなるものをしたんですが、それを見たイタリアモード協会の会長が推薦してくださいまして、ミラノコレクションに正式なメンバーとして発表することが可能になりました。ミラノでは結局3回コレクションを発表しました。これも私自身が突然ひとりで決めたんですけれども、どうしてミラノでのコレクションをやめたかというと、私自身があまりミラノという街が好きではなかったからです。やはり自分の好きな街で仕事をしたいと思いました。そしてパリに行きましたところ、パリのモード協会の方からパリコレのカレンダーで非常にいい時間帯をもらい、それ以来パリで発表をしております。

フェリシモ:
パリコレで発表するというのはどういうことなのか、そのためにはどういうことが必要なのかを説明してもらいたいと思います。

ガランテさん:
最初に申しあげたいのはイタリアとフランスというのはまったく違うコンセプションの国でして、フランスというのは中央にすべてが集約されてるんですね。つまりパリにすべてが集中しています。ですからフランスというのは、パリとそれ以外という表現がなされます。ところがイタリアは100年ちょっと前まで共和国ですので、街によって規則ですとか土壌がまったく違うわけですね。例えばイタリアの場合、政府と直接関係というのが持ちにくいですから何かしたけりゃ、お金も探してきて、いろいろなことを全部自分でやらなければならない。ですからイタリアのいろいろなファッションインダストリアルを見てみると、みなさん自分でどうにかしようとしているので、非常に独自のビジネス形態をつくり上げる結果になっています。一方、フランスは、モードなんかを見る限り何かするに対しても政府のサポートというのがあります。フランス人っていうのは非常にオープンで、例えば外から持ち込んでくるものが何かの形でフランスの文化なり、フランスにプラスになる点があると思うとどんどんその門を開いてくれます。そういう恩恵にあずかった日本のデザイナーの方も多いのではないでしょうか。もちろん受け入れられたからと言って、勝手にできるわけではなくて、やはりフランスでの慣行というものを尊重しなければなりませんけれど。

PHOTO

実際に審査というものがあるで、どういう審査がパリコレで発表するために必要なのかお話しします。私がまずパリに行った時は、もうミラノでコレクションを発表済みでしたので、そこは非常に考慮してもらった点です。そういう具合で協会の方に認めてもらって正式なカレンダーでショーを96年から97年まで発表して、97年からはもう自分の住まいを完全にパリに移して活動を続けています。それ以前はローマの郊外なんですが17世紀にできた古い館を借りて、そこをアトリエとしてデザインあるいは生産活動もすべて行っておりました。
モードをやっていくためにはモードが動いているところで仕事をすべきだということになり、パリに居を構えてパリで仕事をすることになったわけです。

フェリシモ:
パリに住まいを変えてから自分のクリエイティビティで変わってきたことはありますか?

ガランテさん:
まず、24時間動くモードに接することができ、自分のつくっているものが生活の中の一部を意味しているんだということを強く感じるようになりました。これは私の強さでもあり一方では弱さでもあると思うんですが、私のクリエイションというのは常に自分の世界から生まれてきているものなのです。どうして私が強くなれるかというのは自分しかできないものと考えるものをつくっていますので、非常に自分に強い確信を持ってクリエイションをしていくことができるというのが強い点です。逆に弱いというのはどんな作品でも私自身につながっているものですので、非常に個人的な作品になってしまう可能性も当然あるわけです。
その当時フェリシモと出合ったんですが、その時に私が魅かれた点は通信販売という形態でありながら、夢を売っていることに魅力を感じました。一見すればオートクチュールの世界と比べるといちばん遠いところにあるような感じは受けますけれど、非常に独創的なコンセプトという点では身近なものを感じました。私自身の世界というのを申しあげましたけれど、私だけのユニバース、世界というものの追求っていうのはまだまだ続いているわけです。それ以降、モードから、いろいろな会社などとのコラボレーションという形で自分の世界観も広げています。こうして全然違う分野の人と仕事をするのは非常に楽しいし興味深いことです。まず私はその会社、あるいはデザイナーである場合が多いのですが、その人の世界観を知ろうと思います。その世界観を知った上で自分が持っているものをどう組み合わせていけるかという、そういうアプローチでコラボレーションをしています。新しいテクニックとか、それから新しい、特に人と出会っていくということは非常に私自身のクリエイティブにとっても重要なことです。
先月はパリ郊外の街のバラ園の設計を頼まれました。依頼を受け、これまでの公園の問題点、これからどうしたいかを聞いてから、自分がどういう形で対応できるかを考えました。私がこういう仕事の仕方に慣れている理由は、オートクチュールの経験からだと思います。この経験が、全然違う分野の方から相談を持ちかけられても答えが出せるんだと思います。
依頼を受けた時はバラというはどういう花なのかということについて調べました。で、それぞれのバラが持っている花の意味、それからにおい、それから色というものを、3つの要素を研究して配置などを考えたわけです。大きな公園っていうのは庭師の方が毎日来るわけではありませんので、選択する際にはバラがあまり手入れを必要としない丈夫な品種であるということも考慮しなければなりませんでした。そんな中でも特にこだわったのは、なるべく古い品種をおきたいということでした。例えば15世紀ですとかルネッサンス時代の絵画やあるいはフレスコ画なんかに使われているバラを選ぶようにしました。そのバラ園を歩いている中で、それぞれの花からにおってくるにおいとかを感じながらひとつの世界というものを訪れる人が感じてくれればなあと願ったわけです。私がいつも心がけているのは、自分でベストを尽くそうというふうに思っています。だからそれがいちばんいいかどうかわかりませんが、相談を受けた時には自分のいちばんのベストなアドバイスというか仕事ができたらと思っています。誰でも人生の中で出会う人は大切な人だと思います。私のものの見方というのは本能的、原始的なのかもしれません。非常に感情の部分に関連していることが多いです。ある意味では野蛮かもしれません。

PHOTO

また、おもしろいのは「デザイン21」というプロジェクトのアーティスティックディレクターとして取り組ませていただきました。コンティニアスコネクションというふうに題された今回の「デザイン21」というコンセプトですが、毎日の生活の中でオブジェというものは無数にあります。そうしたオブジェに新しい見方を与えていこうという試みでして、デザインというものがイメージだけでなくて、それを超えたその使い方、意味があるんだということを掘り起こそうとしたイベントです。3つあるサブテーマの中のひとつはインターアクションと言って、ものというものが何か感情であるとか何かを伝えるものの仲介役も果たすというものです。ふたつ目のサブテーマはプレイフル。遊び心があるそのものを使うこと自体非常に楽しみにつながっていくというテーマです。最後のテーマはセカンドチャンス。一度そのものの使命を過ぎたものにもう一回チャンスを与えてあげようというもの。そのチャンスを与えるためにいろいろ人間がイマジネーションをつくって、もう1回そのオブジェに命を吹き込もうといった試みがみっつ目のテーマです。こうしたテーマのもと、世界中から150~200ぐらいの著名なデザイナーの方から作品を寄せてもらいました。ファッション、家具、食べ物などいろいろなジャンルがありました。共通していることはすべてふだんの生活の中の私たちの生活を取り囲むものばかりです。今までファッションに関しては自分の世界の中で仕事をすることが多かったので、こうしてチームを組んで仕事をすることは非常におもしろくもありました。しかし、チームを組む中で、自分と同じ感覚を持った人を探すというのは非常にむずかしいことでもありました。あともうひとつは実際どんなに素晴らしいコンセプトをつくっても、それを今度はそのまま実現できるかが非常にむずかしいことだったわけです。置き方とか見せ方を間違えると、すっかりコンセプトというものを狂わせて間違って伝えることになってしまいます。例えばみなさんがお菓子をつくる時、分量が重要だと思うんですけれども、その分量を誤ってしまうのと同じぐらいです。そういう意味でも非常に大きな仕事でした。
私がいちばん楽しんだところはリサーチの部分です。どういうデザイナーがどういう作品をつくっているか、いろいろな人と出会い、リサーチをしたことがとても楽しかったです。150人の世界中のデザイナーが参加してくれました。むずかしかったのは、それぞれ著名で世界観を持ったデザイナーですから、私たちのコンセプトの中にどういうふうにほかのものと一緒に展示していくか……。
私自身のチャレンジはデザインという言葉、例えば80年代、90年代のデザインというのは美しいものというふうなイメージがあったと思うんですけれど、それをデザインというものは機能を持っているものだということを表現したかったわけです。機能があるということは美しいものだということを伝えたかったんです。美しさに機能が加わった時に、そこにひとつのポリシーが生まれると思います。

フェリシモ:
今回神戸に来る前にニューヨークに寄って来ました。ご存知のように9月11日、惨事が起こったわけですけれどもデザイナーの中で、起こった惨事に対してデザイナーも何かできると思っている人たちが結構いまして、例えばクライスラーデザインアワーズという賞があるんですがその賞をとった11人の人たちが、みんなを元気づけるためにニューヨークタイムズに発表したり、デザインケアーズという、デザインをオークションにかけて、その販売できたものをファンドにして援助金にあてるとか、そういう中で今デザインというものが、ひとつのパワーというか、いろいろな可能性を持ってきていると感じます。デザイナーとしてものをつくる、デザインするだけではなくて、そのことについてガランテさん自身何ができるかを聞いてみたいと思います。

ガランテさん:
今回ニューヨークで起こったことは許しがたいことですが、それ以外も世の中には日々数え切れないほどのこどもたちが病気や飢えで亡くなっています。またアフリカでも年間何万人の人が亡くなっているかっていうことについてもあまり騒がれることもありません。今回メディアが取り上げているのはアメリカという非常に豊かな国で起こったので取り上げられているのですが、貧しい国、手段を持たない国で、こういうことは毎日のように起こっているということを忘れてはならないと思います。
デザイナーとして何か貢献できることがあるとすると、ポジティブな未来に向かっての新しいビジョンを世の中に発表していくことだと思います。私のショーのコレクションは、いつも一見この2つのものを合わせるとまったく合わないと見えるものを合わせていく、というそのチャレンジです。例えばものすごく最新の素材を古くからある伝統的な手法を使って組み立てていくとか、そういう2つ、一見相反するようなエレメントをかけ合わせていくというのが私の仕事です。私自身はデザインというか何か今まであるものを変えていくということではなくて、すでに存在しているものに新しい命を吹き込んでいくことだというふうに思っています。今まで存在している、周りに普通にあるものに命を吹き込むことによって、新しいビジョン持つことによって、2度目の命を吹き込んでいくことが私の仕事です。こうしたアプローチっていうのは、私は非常に日本の文化の中に感じます。古くからある伝統を新しいものとかけ合わせていく、融合させていくという試みを日本に来ると文化とか、そのものの中に感じることがあり非常に魅かれています。それはただ日本に来たら京都に行って古い街並などを見るということではなくて、普通の街の中でも人々の態度というか、しぐさの中からとか、普通の生活の中からも見出すことができるものです。今日、非常にめまぐるしく変わる世の中で重要だと思っているのは、常に自分がいるところに、しっかり足をすえて物事をとらえていくことだと思います。
毎回日本に来るたびに、いろいろな会社の方とお話をさせていただく機会があるんですが、そういうまったく違う畑の会社の方とも意見を交換することによって、私なりの新しいビジョンというものを感じてもらえればというふうに思って話をさせていただいています。物事としてその道を極めていらっしゃる方はいらっしゃいますけれど、その中にはたまに、その中の世界に閉じこもっていらっしゃる方もいます。そういう素晴らしいものを持っている方であればあるほどオープンでいてほしいというふうに思います。
モードを勉強されている学生に「成功のカギは何ですか」とよく聞かれるんですが、私自身はそれがはっきり答えられるものではないと思っています。私は成功というのはスパイラルを上がっていくような感じで最後に到達したっていうことを感じるものではないかと思っています。例えば、いっぱい服を売ることなのか、世界中に名を広めることなのか、どんなことをするにもそれに対して犠牲を払わなければいけませんので、成功っていうのは非常に個人的なものだと思います。確かに同じ業界で見ても成功している人はいますが、必ずしもみなさんしあわせとは限らないですし、いちばん重要なのはまず自分自身に満足するということが、いい状態でいるということが重要だと思います。特に学生の方の前では、これまでイタリアですとかパリですとか、日本でも何度か話をさせていただいていますが、それぞれみなさん非常に違う雰囲気があるので私自身も毎回楽しませていただいております。いつも思っているんですけれども、突然ドアをたたきに来たり、作品を送ってきたり、世界中のいろいろな学生の方から仕事をさせてほしいというふうに手紙が来るんですけれど、それぞれ国の空気も伝わってきて非常におもしろいです。

PHOTO

で「成功のカギ」なのですが、ひと言では簡単に言えません。けれどもいちばん重要だと思っているのは、常に世の中で何が起こっているか、情報について学んでください。やはりファッションっていうのは傾向というのが結びついていますが、世の中で何が起こっているのかという情報を常に追っていただきたいのです。それから売れているデザイナーとかトレンドとか、なぜそのブランドがほかのブランドよりもいいのか、そういうふうに情報を取り入れて自分で分析をしてみると、いろいろなカギ、アイデアが得られるのではないかと思います。情報というのは、当然取り入れるだけではなくて、そこでこれはうまくいった、これはなぜうまくいかなかったというふるいをかけて自分で分析して結果というものを身につけて、生かせていけたらいいのではないかと思います。ふだん私は、ほかの人のショーをあまり見ることはありませんが、前回、今月の初めにやりましたパリのプレタポルテのコレクションでほかのデザイナーのファッションショーを見に行きました。おもしろかったのは、いつも私はバックステージのなかにいますので、ショーの雰囲気とかは映像ですとか音とかで想像しているだけなんですね。ところが自分を客席においてみると違った角度からショーというものを感じることができておもしろかったです。よかったか、よくなかったかっていうのはショーが終わった後バックステージにお祝いに来てくれるその中から判断するわけです。ところが実際のショー自身っていうのは正面で見ることはありませんので、ほかのデザイナーのショーですが客席で見ておもしろい感情がわきました。あとは仕事なんですが、クリエイションの方は自分の世界からということですが、実際ファッションはチームワークになってくるわけです。ですから自分の世界をわかってくれて、自分の世界を追及させてくれる人と一緒に組んでできれば、それも「成功のカギ」じゃないですか。いつも私にやりたいことがわかってないって、いろいろ言い合いになるとで、半分私へのメッセージということで受け取りたいと思います……。実際リサーチですとか、自分のクリエイトの世界を表現するということにおいて、やっぱりいろいろな人と仕事をしていかないと実現しないわけですから、そういうチームワークは重要だと思います。

(略)

ページのトップへ

パリで発表した2001年の
春夏のコレクションをご紹介します。

(映像)
ファッションショーっていうのはただ作品を作るだけではなく、そこに音楽があり、メーキャップですとか、ヘアですとかすべての演出があります。
このスカートは日本の帯の生地を使ったスカートです。この古い日本の帯に、私が絵本のために作ったキャラクターをのせることによって、古いものに現代の感覚が加えられ、現代のものに生まれ変わります。スカートはスポンジのような生地なんですけれども非常に新しい素材でして、やはりリコラボレーションしているイタリアのマイクロファイバーの世界的な会社でミリスター社の生地を使いました。

(映像)
今、ご覧になっていただいている花のアップリケ。約12層のモチーフが重ねづけられています。

(映像)
これは450本ぐらいのシルクオーガンジーのリボンを重ねづけているもので、私はマッシュルーム効果といいます。

フェリシモ:
キノコの内側のヒダですね。

ガランテさん:
もうお気づきかと思いますけれど、私がつくる作品は非常にシンプルなモチーフを何回も何回も繰り返すことによって生まれるものが多いです。私自身、自然のものからインスピレーションを受けることが多いんですが、非常にシンプルなものを繰り返していくことによって、それがひとつのテクスチャーを生み出します。で、余計自然なものになっていくってことですね。

(映像)
これはエナメルの革の生地の四角いチップをプラスチックチューブで立体的につなぎ合わせたものです。

(映像)
これは3色の革が使われていて、それに切込みを入れることによって幾何学的なモチーフを出しています。それぞれのストッキングなんですけれど、立体に浮き上がるペイントを使ってモチーフをほどこしました。

(映像)
これはひとつひとつのモチーフが、それぞれ12層のシルクオーガンジーを重ね合わせてできています。ですから非常に重いです。

(映像)
これは同じテクニックのコートです。ひとつの四角のモチーフは、12層のシルクオーガンジーのスクエアーでつなげられているんですが、それぞれのシルクオーガンジーの間をビーズでとめていますので、四方をとめるということで合計48個のビーズ、それから12層のシルクオーガンジーでひとつのモチーフができていて、今何個モチーフがあるかわかりませんが、その色の具合を変えることによって、印象の違う色合いの作品になるのです。ひとつひとつのカットというのは非常にシンプルでして、みんな四角です。

PHOTO

(映像)
シルクオーガンジーの生地を簡単に切っただけのトップです。

(映像)
これは白のレザーのワンピースにシルクオーガンジーのスカーフを合わせたものです。

(映像)
これも500ぐらいのシルクオーガンジーのドレス、リボンを重ね合わせたものですが、上の方は5㎝下の方は12㎝というふうに広がっていきますので、動くたびにおもしろいというか、ドレープができます。

(映像)
ポリウレタンの生地でできているコートです。現在パリのデパート・プランタンで展示されています。3つのストールが重なっています。

(映像)
3種類の生地が重なっているものです。ちょっと日本の十二単衣のようですが。

(映像)
これは30枚ぐらい着ているんじゃないですかね。

ショーをする場合、実際はその作品をつくる以外に、だいたい6ヵ月ぐらいの仕事があります。作品のほかにどこでショーをやるのか、音楽、メーキャップ、ヘアですね。それから招待状、私どものショーでも1500人ぐらいに配るんですが、そのあと私が担当して非常にややこしいのは、シッティング。いわゆるVIPの方は正面に置かないと、いろいろ問題が起こりますので、誰をどこに置くかで頭を悩ませます。あと靴もあります。実際バックステージにはいろいろスタッフがいるわけですが、今回ヘアだけでも15人ぐらいのスタッフが担当してやっています。メーキャップだけに8人かかります。ドレッサーといっていますがショーの間に服を脱いだり、着せたりという人が、それぞれモデルに1人ついています。だからこのようなショーを1つするだけでもスタッフが60人以上必要なわけです。こういうショーを見るのもおもしろいですが、裏というかバックステージから見ても独特の雰囲気があって楽しいです。1つのスペクタルをするようなものです。ショーっていうのは20分ぐらいですので非常に短いものなんですけれども、その前にVIPの人に来てもらうように連絡したりですとか、その前後の広報ってものが重要です。ショーが成功するかしないかについて。ただPRをしすぎても興ざめさせてしまいますのでなかなかむずかしいです。同じジャーナリストの方でもお国によってカルチャーが違いますので、彼自身もイタリアのジャーナリストには自分でコンタクトすることがあります。ただショーの前後だけコンタクトするだけではなくて常に情報を伝えておくというのが重要です。ですからショーというのはその日の20分だけではなくて1年間を通じた仕事でもあります。

ページのトップへ

<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
これからの夢はありますか?

ガランテさん:
夢というより、いろいろなプロジェクトがいっぱいあります。その中で非常にやる気になっているのは、パリにあるモード美術館のディレクターと一緒にこれからのモードについての展示会を行おうとして、一緒に取り組んでまして、どういうものができるか楽しみに思っているところです。個人的にも興味を持ってやっていることなんですけれどファッションショーだけじゃなくて、今ファッションっていうものを囲むには、みなさんのうちに家具があったり、いろいろなものがあるわけですね。その生活の中でどういうふうにファッションに関わっていくのか、そういった総合的な意味でファッションについて、もう1回とらえなおしていこうということで、その中から自分も学べるんじゃないかと思って楽しみにしています。で、あといま取り組んでいるのは、その生活の中でということでホームウェアについて、まだまだ開発できるというか、つくっていける余地というか、つくっていかなきゃいけない、いろいろデザインしていかなきゃいけないと思っているので、イタリアの大きな会社とともにホームウェアについて新しい素材を使ったりとか、ホームウェアというものを開発しようと思ってやっています。ですから領域を広げていくとファッションはどんどん生活のいろいろなものにつなげていこうという、これが夢というか仕事です。

お客さま:
既製服とオートクチュールの違いは何ですか。

ガランテさん:
まずオートクチュールというのはクリエイティブな面からいえばイマジネーションですとか夢に結びついたものです。既製服、プレタポルテと言ってますけれど、その夢やイマジネーションを現実のものに訳す、変化させる、結果させたものだと思います。オートクチュールというものは、クラシックな訳ですと、非常にパーソナルなアプローチでして、まずお客さまが作品を見てショーなりメゾンにいらっしゃいます。そこで話が始まり、その人がどういうものがほしいのか、あるいは実際モデルが決まると2回3回と採寸、補正などが行われるという、お客さまの顔が目の前にあって直接コンタクトがあります。
現実のところを申しますと今日、オートクチュールの持つ意味あいっていうのは、イメージをプロモーションする場ということです。で、多くのメゾンではクチュールのショーを行うのは、みなさんもこんな服が着れるのかしらと思われる方が多いと思うのですが、それが化粧品とかあるいは香水を売るためのパブリシティーというふうになっているわけです。既製服は、こうした採寸などはありません。もう6ヵ月前には服をつくってしまっているわけです。目的はイメージを売るわけではなくて、既製服自体を売るということです。ただしショー自体は完全にPRの場になっているのでバイヤーを呼ぶというよりジャーナリストを呼ぶ場合が多いです。そういう意味でショーの演出として、プレタポルテのショーでもふだんはちょっと着られないのではないかというような服のアレンジをされる方は多いです。それはスペクタクルを加えるためです。

PHOTO

お客さま:
ファッションもデザインも芸術と称されますがガランテさんにとっての芸術とはどういった存在ですか? また芸術というものに対してどういった考えをお持ちですか?

ガランテさん:
アート、芸術ということは非常に複雑な言葉でして、またその意味あいというものは変わってきている言葉だと思います。今日の芸術と、一昔前とは違うんではないかと思っています。私自身、芸術についてはそれが何かを人に伝えることができるもの、その作品に意味が感じられるものだったら、それは芸術だというふうに思ってます。私が何かあるものを見て、それを芸術だというふうに思うのは、それが私に対して何かを語りかけてくるものがあるからだって、もしかしたらその同じオブジェというものがほかの人にとっては芸術じゃないかもしれません。ですから私にとって、芸術というものは非常に複雑なものです。芸術というものは今日ですね、ビジネスにかかわりがありまして、芸術であれば売れる、そういう商業的な価値もなきゃいけないというような考え方もあるわけです。ですから市場ですとか、現実から離れたものを作ってらっしゃる方は、コミュニケーションができない、売れないということは人に伝えることができないということにもなるわけです。今芸術家といわれるミケランジェロとかガラバッチョは、実際は当時、お金のために作品をつくったわけですね。彼らはお客がいた場合、より多くお金を自分に払ってくれる人のために作品をつくったわけです。当然ファッションというものも芸術と同じで、やっぱりコミュニケート、何か伝えるものがなきゃいけないと思うんですけれども、やはりビジネスとの関係においてはシビアで売れないということはよい、悪いという評価につながってくると思います。

お客さま:
ガランテさんはモードはコミュニケーションであるというふうにおっしゃっていましたが、実際デザインする人と身につける人との間でどういう働きがありますか?

ガランテさん:
人は自分に合った服装をする、あるいはTPOがあると思います。その服装によって自分が何を伝えたいか、そういうことによってみなさんが服を選ばれると思います。もちろん、生活様式の違いとか、さまざまな文化とか、バックグランドがあるにせよ、その中で同じジャケットでも、同じシャツでもどういうふうに着るか、例えば全部ボタンをとめるのか、上はあけておくのか、あるいはネクタイでもどういうしめ方をするのかによって、メッセージというものがあるわけです。そういった服装はその人の状態とか、どういうふうに見てほしいかというようなメッセージが潜んでいると思います。私自身のマウリツィオ ガランテというラインで表現する時、どういう女性をイメージされるかって聞かれるのですが、基本的にはないんですね。ひとつひとつ作品を提供して、それを着てくださる方が自分のスタイルに合ったように着こなしていただく、あるいはほかのパーツと合わせていただく、そういうような着こなしをしてほしいと思って私自身のラインをつくっています。

お客さま:
バラ園のデザインをされていましたが、花の色はどうやって選ばれますか?

ガランテさん:
バラ園には青緑のような変わった色の葉を持った木が植えてあったんです。非常に特殊な色だったので、バラの色はその色をうまく中和する色を選びました。ほかの色とのハーモニーを考えて色を選びました。色というものは重要で、色はある意味ではいちばん強く空気を伝えるものです。私どもがショーをする時にも必ずテーマになる色があるんですけれど、その色が伝える雰囲気を重視してデザインと合わせて選ぶようにしています。

お客さま:
ガランテさんの考えているオリジナルを教えてください。

ガランテさん:
オリジナルということは、その人自身であるということです。そういう意味では、ここにいらっしゃるみなさん全員がオリジナルになることができると思います。自分自身を100%表しているものであれば、それがオリジナルということです。オリジナリティーというのは表面に出さなければ、当然伝わってこないわけですから、内面に持っているオリジナルを表面に出した時に、みなさんそれぞれオリジナルになることができるわけです。でも、自分自身をうまく表現できない方もいらっしゃるわけですね。勇気がいることですから自分自身を100%表現するには。そういう場合、既に存在するものや周りにあるもののコピーをすることになります。ところがおもしろいのは、今度はコピーの中にも、モードの世界でもそうですが、オリジナルなコピーっていうのもあるわけです。それはコピーの仕方によって、直接まねをしたりとかいうわけではなくて、ちょっとコピーの仕方を変えると見たことがあるようでも新しいような。ですから方法ということになります。

PHOTO

お客さま:
ガランテさんのようなユーモアがあって素晴らしいデザインを生み出すにはどうすればいいですか?

ガランテさん:
こうしたらいいデザインができるようになりますというレシピはないと思います。わかりやすく説明すると、例えば音楽を勉強する方は、最初はクラシックを勉強される方が多い。そのクラシックを勉強する中で、まず音楽が基本的に何かということを学び、そこに自身の感覚を加えることによって、その人なりの音楽っていうものができていくと思います。いろいろなことを勉強なさった上で、それに自分の感覚を加えていくというのがひとつの手がかりかもしれません。人によっては同じことを何回も何回も繰り返して追求することによって頂点を極められると思っている人もいます。全然そういった苦労をせずに、跳躍してしまったところから成功への道を模索する人もいます。重要なことは自分自身に対して満足した状況にいられるということが幸運なことであって、ほかのことは二次的なことだと思います。

お客さま:
クリエイティブな発想は日常のどのような時に生まれるのですか?

ガランテさん:
その場合によりけりで、いつでも何にでもインスピレーションを受けます。逆にいうとどんな時でもインスピレーションはわいてきます。早いですね、デザインは。やる気になればパーッとやってしまいます。

フェリシモ:
非常に早いと思います。電話をしながら描かれている時があって、それでコレクションができてしまった時もあります。

(会場:笑)

お客さま:
日本の着物についてどう思われますか?

ガランテさん:
私にとって着物は、日本の文化というかモードを伝えるものだと思います。色とか柄とかによってメッセージが現れているものですから、着物というのは日本のモードだと思います。

お客さま:
「デザインは人をしあわせにするためにある」、この言葉はデザインの仕事に携わる私にとって、とても勇気づけられるステキな言葉だと思います。ガランテさんにとって、この言葉がどういう意味を持つのか、またどういった経験で実感されていますか?

ガランテさん:
ファションデザイナーだけでなく、アーティストでも詩人でも自分の作品が受け入れられたり、あるいはほかの人をしあわせにするということは、非常に勇気づけられるもの。私自身もそれは大きなエネルギーになります。浮き沈みの激しいファッション業界の中で続けていこうという、エネルギーにつながっていきます。続ければ続けるほど、人をしあわせにできるということです。

*「デザイン21」とは
「デザイン21」は1995年国連の創立50周年を記念してパリにあるユネスコ本部とフェリシモが共催でスタートした交際デザインコンテスト。デザインという世界共通言語を通じて、1つの地球を目指そうと若手デザイナーの育成と新しい文化の創造を願ってスタート。

ページのトップへ

Profile

マウリツィオ ガランテさん<ファッションデザイナー>

マウリツィオ ガランテさん
<ファッションデザイナー>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1963年イタリアのラティナ生れ。ローマのアカデミア・ディ・コストゥーメ&モーダで学び、21歳でアトリエ設立。1988年、ミラノにて、若手最優秀デザイナー“オッキオリーノ・ドーロ賞”を受賞。1993年30歳という当時最年少の若さでパリ・オートクチュールコレクションにデビュー。以来、“マウリツィオ・ガランテ”の名前でパリ・プレタポルテ・コレクション、パリ・オートクチュールコレクションを舞台に活躍。世界各国(これまでフランス以外に日本、中国、イタリア、ベネズエラ、スコットランド、ニジェール)に招待されショーを行っている他その崇高な職人技が織りなすオート・クチュール作品はロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアム、パリの装飾芸術博物館などに展示されるなど世界的な支持を受け続ける。

ページのトップへ

その他のゲスト

ページのトップへ