神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「毎日の生活を楽しくする“服”とのつきあいかた」



<第1部>

「長距離ランナーが走り続けるように
ずっと終わらないものがいいな」
皆川明さんが「mina」を始めたきっかけは……。

ミナを1995年に始めたので7年半くらい経ちます。もともとひとりで始めました。始めたきっかけを最初にお話しようかなと思います。学生時代までは陸上競技をずっとやっていたので、そのまま体育大学に進み、長距離のランナーでやっていこうかな、なんて思ってたんです。でも、途中で怪我をしたので、その時点で長距離ランナーの夢を断念。体育大に行くのも辞めてしまい、ヨーロッパに数ヵ月旅に出ました。そのときにたまたまパリコレクションを手伝うアルバイトをする機会があって、洋服に出会いました。
そのとき「もしかしたら一生続けられるかもしれないな」と思って、帰国してから洋服の勉強を始めたんです。

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すごく偶然にこの仕事に出会いました。仕事を選ぶときに「ずっと終わらないものがいいな」と思っていたので「ものをつくるということは一生やり続けられそうだな」と。それで数年間は、オーダーの店で型紙をつくる仕事をしたりとか、小さな洋服屋さんで生地のデザインと型紙をつくる仕事をして、その後27歳のときに「mina」というブランドをひとりで始めました。ファッションブランドに勤めたことがなく、オーダーの店だったり、小さな洋服屋さんにいたので「どうやって自分の服を人に見せたらいいんだろう」って。全然わからなかったので。最初は一素材、素材をつくって、その素材で3枚洋服をつくって、前に勤めていた会社の入り口に並べて、友だちを呼んで見てもらった……、それが最初の「mina」の発表でした。「オリジナルで生地をつくろう」っていうのは、最初にブランドを始めるときに決めていたこと。なぜ、そうしたかったかというと、自分の中で「長い時間が経ったときにいつでも振り返れるんじゃないかな」っていうその楽しみがほしいなって思って、オリジナルのファブリックをつくっていこうと思ったんです。

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「mina」を始めたころは
魚市場でもアルバイトしていました(笑)。

東京の外れの方に八王子という、東京では布を織る産地になるんですけれども。そこに最初のアトリエを設けました。始めたときには洋服をつくる量も、もちろん少ないですし、お店に置くこともまだしていなかったので、アルバイトをしながら洋服をつくり始めたんです。僕が「mina」を始めて、最初にしたのは魚市場でマグロをさばくというアルバイト。なぜ魚市場だったかというと、そのころ染め屋さんに染めの方法を知りたかったので無償で手伝いに行ってたんですね。染料を量りにかけるときに、チラシを染料の下に敷く紙に使ってたんです。そのチラシに、魚市場の求人広告が載っていて「朝4時からお昼まで」って書いてあって……。「これだったら午後に洋服屋ができそう」と思って、染め屋の親父さんに「午前中だけ魚市場に行ってきます」って魚市場でのアルバイトを始めたんです。「mina」を始めて7年半で、最初の3年間は魚屋兼デザイナーをしてました(笑)。そんなふうに最初は洋服だけじゃなくて、いままで自分の中にはなかったおもしろい仕事も経験しながら「mina」をやり始めました。

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たくさんの羽の種類がある蝶々のように……
そんな思いを込めて「mina」から「mina perhonen」へ。

「mina」というのはフィンランド語です。「自分」という意味です。実は「mina perhonen」というなまえに次の春夏コレクションから変わります。「perhonen」というのはフィンランド語で「蝶々」という意味です。そのロゴの上に点々があるんですけれども、その中に込めた意味は「自分の中にあるたくさんの個性」。「ひとりの人に1個の個性じゃないな」となんとなく洋服をつくるときに思っていて。友人とか、仕事の人とか、職人さんとか、お客さまとかと会うときに、そのお客さまとの関係で自分が「変わっているな」というのをすごく感じます。そうやって相対的に人との関わりで自分がちょっとずつ変わっていくし、いろいろな自分があるなというのを感じたので「mina」の「自分」という意味の上にたくさんの個性があるという意味で不ぞろいの点々を入れています。「perhonen」にした理由は、素材が300種類を超えていったころ「蝶々ってものすごい羽の種類があるな」って思ったんですね。

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「そんなに種類のある昆虫も珍しいな」と思いながら「自分たちもそういう蝶々の羽のようにたくさんのファブリックをこれからもつくっていきたいな」と思って……。自分ひとりのときに始めた「mina」から、いまは17名。そのみんなでこれからつくっていく「mina perhonen」というなまえで始めようと改めて思いました。なぜ、フィンランド語なのかというと、僕は19歳の時に初めて真冬にフィンランドに行きました。祖父母が輸入家具の仕事をしていて、フィンランドの家具やファブリックを少し仕入れてまして、僕も魅力を感じたんですね。それで「実際その国に行って、もう少し見てみたいな」と思って行ったのがきっかけです。僕がいまでも好きなのは北極圏。真冬の北極圏はマイナス30度くらいになることも結構ありますけれど、そういう日本の日常にない環境とか景色にすごく魅かれて、その19歳のときから毎年のように行っています。行き始めたころは1ヵ月、2ヵ月、電車でいろいろな所を回ってたんですけど、いまはそこまで長い時間は取れないので、1週間とか、毎年行っています。そんな、自分の愛着のある国の言葉でなまえをつけようと思ってつけました。

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「とりあえず100年」
僕は第一走者として、走り始めました。

僕は旅行に行くのが好きなんです。それも、北欧のようにあまりファッションの栄えていない国とか、そういう所の方がゆっくりできるし、何もない景色を持ってる国の方が魅力を感じるんですね。なので、北欧に行くことがすごく多いんです。
「mina」を始めるときに、やはり「陸上競技を辞めた」というのが自分の中ですごく大きな節目だったので「次にやる仕事はとにかく一生のこと」と思っていました。デザイナーという職業に最終的に就くかどうかっていうのは、そのときはあまり考えてなかったんですけど、洋服をつくるという仕事は、一生辞めないで続けようかなと思ったんです。なので「洋服をつくること」に出合ったことは自分にとってすごく大きくて「一生辞めない」って決めた途端に、すごい気持ちが軽くなりました。うまくいくも、いかないも、とにかく辞めなければいいと決めて始めたので、いまでもそうなんですけど続けてるっていうことが自分にとって大事なことになっています。「とりあえずは100年」と言っても自分の寿命がそこまではないので「バトンタッチしながら100年間は続くようなブランドにしたいな」と思って始めたんですね。それも自分を楽にしていて、100年というと自分の人生のスケールより長い時間なので、その中で「こういうふうにしたいな」と思うと「自分はここまでやればいいかな。最後のゴールまでしなくていい、そのバトンタッチまでのことをやろう」と思えて、いまでもすごい気持ちが楽です。
長距離ランナーをしていた僕にとっては、駅伝っていうのは長距離の中ではいちばんメインの競技。高校生のときは、駅伝の1区を走って「次の6区間にたすきを渡すために自分がどういうふうに走ればいいかな」ということを常に考えさせられるんです。自分のいまは、その駅伝の1区を任されてると思ってやっています。多分いま一緒に「mina」をやってる人は2区だったり、3区だったりするのかな。そういう気持ちでリレーションしていくようなブランドだといいなと思ってやってます。「100年経ったら「mina」はきっとこうなってるだろうな」と思っていま過ごしてるんですけど、一緒にものをつくってくれている産地というか、布をつくってくれる工場の職人さんの次の人にも「mina」の生地をつくってもらわなきゃいけないから、例えば息子さんが継いでたら、常に息子さんにも話に入ってもらったりとか、とにかく長い時間一緒にやるというスタンスでものをつくってます。そういう服が、まだ日本は洋服の歴史が始まって何十年だと思うので、ないと思うんですけれども、これから日本の中で「長い時間を持った洋服屋」というのが、その後に100年、200年続いて、日本の中にそういう洋服屋があるという状態があるといいな、と思っています。

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いまも神戸は年に数回、京都には月1回くらいは来ています。京都には染め屋さんとか機屋さんがあるので、月に1回くらい来て工場の職人さんと一緒に「次何しようか」とか、長いスパンのものは再来年のための準備ももう始まっていたりします。そうやっていく中、思うのは、京都も100年続いてる染め屋さん、機屋さんっていうのは結構あって、明治時代の資料とかを見せていただいたりすると、結構いまの方が技術的に退化してるんですよね。「昔はできたんだけど、いまはもうできない」っていうことの方が多いんですね。そしたらいま何がよくなったかっていうと、唯一早くできることだけなんです。でも、「mina」にとっては、早くできることはあまり意味を持たないんです。いいものがつくりたいと思うだけなので、早くたくさんできるっていうのにはあまり意味がないんです。洋服をつくる上では、時間の短縮はすごく進んだんですけど、できなくなったことがすごく多くなってきているなと思います。僕は、もう一度、もっと過去にさかのぼったところからいまのものをつくりたいな、と思い始めていて……。「mina」がいまやっていることは、明治時代の機械を改めてつくってみて、その技術をもう一度やれるようにするっていうのをやってます。京都には職人さんがまだ残ってまして、でももう70何歳。その職人さんにも「自分が動けるうちにしてくれ」って言われています。いまは、明治時代の機械を再来年の秋冬のコレクションのために組み直しています。それによって当時のすごく緻密な織りが、再現できると思うんです。そういうものをつくっていって、そういうものと全く新しいいまのものを併せていきたいなと思っています。そういうふうに「mina」も100年続けるという意味では、100年経ったときにいま「mina」がやっていることが100年後もできているように、また「mina」ができる前にあった技術も100年後にできているようにしたいな、と思います。
「mina」の中で僕はデザイナーというセクションを担当してますけど「mina」がオリジナルファブリックを今後つくっていく上で、日本でずっと続いてるものとか、または世界も含めて、いろいろ素晴らしい生地があることを「mina」の服として表現したいな、と思ってます。次の秋冬コレクションで言うと、スコットランドでタータンチェックの生地を織ってます。世界中でタータンチェックが織られてるのはスコットランドだけです。ずっと百何十年つくり続けている工場があってそこで織っています。また、手縫いのシャツをつくりたいんですけど、日本には技術者がいないんですね。いろいろ調べたらナポリにいました。そしてナポリに行ってきて、その方と話をして「じゃあ、ナポリで縫いましょう」ってなったり……。いまは世界中の技術を持った人とか、機械。いろいろ見つけては出かけていって、話をして布をつくり始めています。

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着てくれるみなさんにも
「mina」をずっとずっと
愛してもらえますように……。

今日、アンケート用紙をいただいたときに「mina」がつくった洋服を大事にしてくださってるのがわかったりとか、その洋服を発表したシーズンだけじゃなくてずっと愛着を持って着てくださってるという言葉をいただいて、すごくうれしかったです。「洋服って発表したそのシーズンに着るだけじゃない」と自分は思っています。実は着ていくと、その人になじんでその人の服になるんです。もちろん新品の服の魅力もあるんですけど、自分の中ではその着てる人になじんでる服っていうのはいちばんその服がいい状態だなと思います。それには何年間、何十年間と時間がかかると思うんですよね。そういうふうに「mina」を着てもらいたいなと思ってつくっています。だから「mina」の洋服はシーズンごとに発表しますが、ずっとその人にとってのワードローブのひとつになっていってほしい。「いついつの柄の洋服を大事に着ています」っていう言葉をいただくと「自分たちのつくっている服がそういうふうに着てもらえててよかったな」と。それが100年とかもっとそれ以上の時間の中で、過去を常にふり返れたり、そのときだけじゃないものとして愛着を持って着てもらえるっていうのが服にとっていい状態だなと思っています。

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「mina」の生地は
こんなふうにつくられています。

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「yuki no hi」という柄。「mina」はエンブロイダリーレースという刺しゅうの柄の生地を毎シーズン何種類かつくってます。いつもデザインをするときに思うのは、習慣になってしまっていることに気づいたときに、逆に「こういうこともできるんだろうな 」と思うことがあるんですね。この刺しゅうの柄もそのひとつ。レースというと花柄とか水玉とかそういう柄が多いんです。でも女性らしさっていうのは花柄だけじゃないんだろうなと思って。もっと違う側面からも女性らしさとか、その刺しゅうのよさが表現できるんだろうなと思って。そのときは花柄とまったく反対の景色で刺しゅうの図案を考えたいと思い、それで、電柱を描いてみようと思ったんです。自宅からアトリエに向かうまでの間に電柱がたくさん立ってて、空を見ると、電線が空を分割してるのがおもしろいなと思ってて「そっか。電柱もずいぶん変わったな、昔は木だったっけ」とか思い出して、その木の電柱に鳥がとまってて、雪が降ってるっていう景色で服をつくってみようかな、なんて思ってやったものです。

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「bird」という柄。空に鳥が、渡り鳥なのか、一列に飛んでいくじゃないですか。全部同じ種類の鳥が一列に並んで飛んでいくんですけど。だいたいそうですよね、多分(笑)。違う鳥同士が一列に並んで飛んでいるのを見たことがないので。これは違う鳥同士です。違う個性を持っている鳥が、同じ方向に飛んでいくっていうのを表現したかったんです。それは自分のアトリエを見回して「みんな違う個性を持った人だな。でも同じ「mina」の服をつくろうとしているのがおもしろいな」と思って、違う個性が同じ目的地に向かってる様子を柄にしました。

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「tambourine」と言います。コーデュロイっていう生地はよくご存知だと思います。綿のコーデュロイっていうのは多いんですが、これはウールのコーデュロイ。日本の場合産地がいろいろ分かれていて、ウールは備州、岐阜県とか愛知県で織ってるんです。綿のコーデュロイは浜松、静岡県で織ってるんです。コーデュロイは1回フラットな生地を織ってから溝を切っていくんですよね。なので、岐阜県でまずベースのウールの生地を織ってから、浜松に持っていってコーデュロイになる溝を切って、刺しゅうは神奈川県で刺すんです。布が何ヵ月間か旅をして最終的に「mina」に着きます。この布は旅する布なんです。

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僕はコンピューターとか使えないので、全部手描きで図案を描きます。かすれてたり、塗りつぶされてなかったり、はみ出したりっていう線は、フリーハンドのせい。「sunnyrain」という柄です。「お天気雨」ですよね。この図案を何度か描いてるとき、最後「清書しようかな」と思ったんですけど「清書したらだめだな」と気づきました。その「お天気雨を描こう」と思って描いてるときと「清書しよう」と思ってるときとは、もう気分が変わってしまってると言うか……。清書するときにはもう「お天気雨」っていう気持ちじゃなくなってるだろう、ラフスケッチを描いてるときの高揚した気持ちが残ってないとおもしろくないというか、魅力がないなと思ったんですね。このとき僕が気づいたのは「未完成」が自分にとっては「完成」かな、と。そう気づかせてくれた生地だったんです。ものとして「未完成」に見えるものなんですけど、気持ちの状態で「完成」してるということが自分の中ですごく大事にしたい、と思ったこと。この技法はプリントです。

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黄色とブルーとベージュがランダムに織られています。ちょっと手品みたいなんですけど、裏は3色が同じ幅の繰り返しになっているんです。裏と表、同じ3色が違うリズムになっています。裏は洋服を着てる人しかわからない、そういう着てる人にしかわからない服の魅力をどこかに込めたいなっていつも思っています。着てる人だけが知ってるから、着てる人はその服に愛着を持てたりとかっていう事もあるのかな、とか。洋服は自分の為にあるっていうところで言うと、外から見えないところに魅力を込めたいな、と思ってつくった布です。

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これは「tanpopo」という柄。僕ひとりでデザインしたのではありません。2年くらい前にドイツからテキスタイルの研修に2人の女性が2週間来ました。家に泊まってもらってずっと過ごしてたんですけど、彼女たちに朝「今日は一緒に布の柄をつくろう」と言って、僕はこの「tanpop」のひとつのモチーフをつくって、それを彼女たちに渡しました。それで「下から上にたんぽぽの羽が舞い上がってる図案を夕方までに見たい」って言って、そのまま出かけ、帰ってきたら彼女たちがこの状態にしていたっていう柄です。大事なのは「tanpopo」の図案じゃなく、ふわーっとたんぽぽの羽を浮かばせる風が洋服の中に入ってる状態を伝えたかったので、そんなふうに共同制作したときに「形よりも、こういう空気感をつくっていくと楽しいな」と思いました。これは京都でプリントしてます。

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これは「zoo」。よく電話してると落書きしちゃうじゃないですか。それの集大成みたいな感じ(笑)。何だかわかんないモチーフ、実際いないものたちばかり集めてます。いつも僕は鳥とか花とか描くときは何かをスケッチすることはなく、想像して描いてるんです。なぜ想像してるかというと、どちらにしても僕が知らない花や動物の方がきっとこの地球にはたくさんいるんだろうなと思ったら、だったら想像して描いたものもいるかもしれないということと「実際にいるのもが洋服にある」というよりは「想像力が洋服にある」ことの方が僕にとっては魅力的なんです。

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ボタンも「mina」のオリジナル。前からつきあいのある工場でつくってもらいます。ボタンって、昔はもう少し洋服の中で大事だったんです。装飾的だったり、その洋服に合わせてボタンがつくられてたりしたと思うんです。だから自分もいつも生地ができあがるのと同時に工場へ行って新しいボタンをつくります。

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言葉で表現できないことも
洋服でなら……。

僕は、自分たちがつくる服は、すごく時間をかけて特別なものをつくりたいんです。その特別な服をどう着て欲しいかっていうと、やっぱり日常着てほしい。特別につくったものが日常に着てもらえるというのが僕は理想的だなと思っています。何となく「特別なある日 」「今日は普段の日」って分けてしまいがちなんですけど、やっぱりそのどちらも自分の「日常」だし、時間が繋がってるなと思うと、一見「普段の日」って思ってしまうときにも自分の大事な服を着ていることだったり、服に限らず自分の好きなものを食べてることだったり、そういうことがすごい大事だなと思います。「mina」が始まったときも、とにかく「日常の服」をつくっていこう、と。その洋服によって、ヨーロッパにあるクラス(階級)を表したり、ステータスを表したりっていうよりも、その人個人の思考、好きなものとして自分たちの服が着てもらえたらいいなと思ってます。なので「日常の時間」というのは、いちばんたくさんあっていちばん大事な時間。だから、そのときに好きなものを着てるっていうのは気持ちも高揚するし、やっぱりその人を表してるし、そういう人を見るのもすごい好きですし、そうしているのもすごい好きです。僕はなかなか自分の服をうまく説明できないんですね。なぜかというと、ひとつの理由からじゃなくできてしまうんです、大概は。いろいろな気持ちだったり、いろいろな想いが足されて1着の服になってたりするので。なかなか一言で表せません。
今日も洋服についてどんなお話ができるかなと思うと、僕は言葉がないんです。でもそれはすごく自分にとっていいこと。言葉でうまく言えないことだから洋服になってる、と思ってるんです。言葉っていうのは、すごくシンプルに伝えやすいんですけれど、伝えきれないものはたくさんあるんですよね。だから洋服も自分を表現するものとして「言葉では言えないけど自分の好きなもの」「どうしてもいつも選んでしまうもの」、そういう本質的な自分の「好き」を表すツールだなと思っています。洋服についてうまく説明できないんですけど、きっとそれは着るひとりひとりの中でそれぞれ違った解釈で着てもらえてればいいのかなと思っています。
と言いつつ、デザインするとき、言葉の限界を知りながらも、言葉から入ることが多くて……。ノートに、毎シーズンつくり始めるときに、最初にテーマになる言葉を書いているんです。次の春夏コレクションは「何の変哲もない画期的なこと」っていうのがテーマ。言葉で言うと矛盾してるけど、形にすると思い浮かぶものがあるんじゃないかなと思います。できあがった形自体は「何の変哲のないもの」に見えて、でも「いままで見たことがなかった」っていうものになるようにしたいなと思ったのが次のコレクションです。言葉で矛盾して形では理解できることっていうのは、洋服の中で表現できることだなと思っています。「こんな衿にしよう」とか「こんな柄にしよう」というよりも大事にしたい部分は、言葉で表せない、けれども形になって共感できるもの、というか……。そういうものをつくれると、デザイナーとして喜びがあるなと思います。

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月に1週間くらいは、イタリアに行ったり、スコットランドへ行ったり、ロンドンへ行ったり、海外でものづくりをしています。違う文化圏で生活してると、またその文化圏の日常を肌で感じて、おもしろいですよね。カフェに入ってキョロキョロ周りの人を見たり「この角砂糖かわいいな」とか「このカップ、きれいだな」とかって思ってるんですけど、周りの人は無頓着にそれを日々使っていて「ああ、きっと日常なんだな」って思うんです。同じ空間にいながら自分の「非日常」と、その人の「日常」が合わさってる、それが旅のおもしろさだな、と思ってます。

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雑誌の連載で、旅のことを書いてるんですけど。自分のデザインの源っていうのは意外とそういう違う国の日常だったり、時間の流れ方だったり、環境というか景色とかがすごく基になってるんじゃないかな。それと自分の昔からの記憶が頭の中でコラージュされて生まれてきてるような気がします。

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僕はツアーコンダクター
旗を振りながら、職人さんに
織ってもらったり、縫ってもらったり……

学校でときどき授業をします。「布のつくり方」とか「デザイナーになるには」みたいな話をしてくださいとか頼まれます。「布のつくり方」はすごく説明しやすい、ですけど「デザイナーになるには」は、どういう状態がデザイナーかってのが本当に100通りもあるんでしょうからうまく説明できない。自分はものをつくってはいるけど、それが世の中でみなさんがイメージするデザイナーなのかどうかは自分でもわからないです。結局は「mina」らしいことを形にするための、ツアーコンダクター的なイメージがあります。旗を振りながら、工場の人に布を織ってもらったりとか、縫ってもらったりとか、型紙を一緒につくったりとかっていうのがデザイナーの仕事だなって思っています。ファッションは共同作業なんですね。彫刻家のようにひとりで全部つくり上げたりできないので。その共同作業の行き先を示すためのツアーコンダクターかな、なんていつも思ってやっています。だから、なるべく行き先が楽しいようにとか、行く途中が楽しいようにしたいなと思っています。(中略)

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
「日本人」っていうことも服づくりにおいてアイデンティティーの一部を占めているんですか?

皆川さん:
僕は日本人以外をまだ経験していないので……、多分、そうだと思います。日本のことをヨーロッパや違う地域の方に比べると、表面よりもうちょっと中のところまで理解できるんじゃないかなと思います。ものをつくるときに、例えば自分たちもヨーロッパに輸出することもしてますけれども、大事なのは「ナショナルなこと」。自分たちの国だったり、文化を理解して、それについてきちんと自分なりの考えが持てることが結果的にインターナショナルなことだと思っています。だから日本について、すごく興味がありますし、日本のものづくりを絶対に守りたいと思うんです。日本で過ごしているので、きっと「日本人らしさ」っていうのは自分ではわからないですけど。例えば海外の方と会えば、その方は自分に日本人らしい要素があると感じてるのかなと思います。海外で素材をつくっていると「日本人らしい」と言われることがあります。「mina」のファブリックは日本らしさを意識してつくったことは一度もありませんけれども「日本的だね」って言われることもあります。なぜか日本では「北欧っぽいね」って(笑)。そういう日本の文化に対しての理解は、やはりほかの国の方よりはあると思いますし、これからもより深く知りたいなと思ってます。

お客さま:
最近、刺激を受けたり、おもしろいと感じたことを教えてください。

皆川さん:
先々週ナポリに、シャツをつくっているブランドの人に会いに行ったんです。日本でその人のシャツを知って、その人の縫製を見て「ああ、素晴らしいな」と思って「もうこの人につくってもらうしかないな」と思って行ったんです。行ってみたら、アトリエは、ナポリの海岸線沿いにあるアパートメントのひとつの部屋だったんです。縫ってる人もそこには5人くらいしかいなくて、思ったより小さくて……。でも「この人が自分が思う世界一のシャツを縫ってるんだな」と思ったら、すごく共感できて。それこそ怖い職人気質な人が出てくるのかな、と思ってたら、おばさんがすごい笑顔で迎えてくれました。自分もどんなものをつくってるか見せて話をしてるうちに、本当に「今日知り合ったんだっけ」っていうような感じになって「一緒にものをつくろうね」っていう話を帰るまでにできたんですけど。本当にいいものをつくるのって規模とかじゃないんだな、と。「mina」もあまり洋服屋さんがないような場所、しかもビルの3階にあって目立たないんです。行きやすい場所だったり、規模が大きかったりっていうことよりも、つくることにすごい情熱が注がれてるってことが大事だなと改めて思いました。そしたら自分だってナポリから遠く離れたところで見たものをそこのアパートメントまで訪ねて行きたくなるし、そういうふうに人と人は繋がるんだな、というのを体験して、自分の方向性を改めて確信しました。僕はイタリア語を話せるわけじゃないですけど、絵とそのときの表情で話してて、話してないけど「話した記憶」になってるくらいコミュニケーションがとれてるので「言葉よりもやってることで十分気持ちは通じるな」と思って、そういう出会いを「mina」を通してできるといいなと思いました。それが最近印象に残ってることですね。

お客さま:
皆川さんの中で「終わらないもの」とか「永遠に続くもの」っていうのがポイントになっていらっしゃることを知りました。初めてパリコレクションを見たときに、どこを見て「洋服をつくる」ということが「終わらない」と感じたのですか?

皆川さん:
形をつくるっていうことは無数に表現があるなと思ったのと、その可能性と……。実は僕すごく不器用なんですね。なので、やることがなかなか覚えられないんです。何かをやるごとに時間がかかって、人よりも作業が遅いんです。でも、その自分の不器用さを含めて、服づくりは「じっくりやれと思ったんです。器用にすぐできてしまうことだったりするよりも、不器用だから、いろいろ失敗するんだけど、その方が新しい方法が見えたりとかして、いいなって思うんですよね。
学生のときは全然授業についていけなかったんです(苦笑)。部分縫いっていう、ポケットの作り方なんて、手品みたいに思えちゃって……。縫うのもあんまり上手じゃなくて、そして旅行ばっかり行ってたので、留年したんですね、ファッションスクールで(笑)。本当に授業についていけなかったんです。だけど、昼間はオーダーメイドの服をつくる仕事で「人の体ってみんな違うんだな」とか思いながらひとりで仮縫いしてるんですよ。で、学校に行くと「こういう線にしなさい」とかって画一的。ますます答えが見つからないのと、自分の不器用さが重なって授業についていけなくて、旅行から帰ってきたら「あなたはもう除籍よ」なんて言われてしまって(笑)。「将来はあるんだろうか」と本当に思ってたんですけど、服への興味はずっと続いてたし、とにかく服づくりを辞めないことだけ決めてやってたので、どんなに成績が悪くても服づくりは辞めないと思ってやってました。
そして、自分ができないことをライフワークにするのは意外にいいことだなと思いました。できる喜びが些細なことから生まれる、というか……(笑)。何でもできちゃう人だと、できる満足感っていうのはレベルの高いところから始まるかもしれないですけど、不器用だと些細なことができたりするだけでうれしくて……。その「うれしい」が継続に繋がってたりするなと思ってます。

お客さま:
「mina」を着られる方の年齢というのは何かお考えの上でつくられていますか。

皆川さん:
まるで考えてないんです。年齢は、生まれてからの時間にすぎないと思っているので。洋服は、洋服と自分の共感する部分があったら「着たいな」と思うでしょうし。

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お客さま:
「mina」の洋服にはたくさんの色が使われていますが、皆川さんの好きな色は何色ですか? あと、ご自分を色で例えると何色ですか?

皆川さん:
僕、今日服装が真っ黒なんですけど、普段はほとんど黒い服は着ないんです。みなさんおっしゃるように、いままでは色がすごく多いんですけれど、もちろん次の春夏のコレクションも多いんですけれど、黒への考え方を先シーズンくらいから自分なりに納得し始めた、というか……。絵の具はいろいろな色を混ぜると最終的に黒へ近づいていくじゃないですか。黒は黒っていう単色という考え方じゃなくて、たくさんの色が混ざった状態を黒っていうふうに思ってみようと思って。黒い洋服をコレクションで出してみようと思ったんです。黒って、僕の中ではトランプのジョーカーみたいにとにかく強い印象があるんです。だから黒を使ってしまうと、ルールも何もなく「勝ち」みたいな印象があって、あまり使わなかったんですよね。「調和」というよりも「制してしまう」感じがあって使わなかったんです。でも色がたくさん集まったのが黒って思ったら、すごく気持ちが軽くなって、考え方が変わって、黒の中にもいろいろな黒があることに、どんどん気づき始めて……。自分の中にも少し取り入れてみてます。好きな色はほとんど「全部」。というか嫌いな色は思いつかないんですね。ただ単色で考えることがあまりないので、色の調和の仕方は毎シーズン「こういう調和の仕方がいいな」っていうのは、自然な要求として少しずつ変わっていきます。
自分を色で例えると、なんでしょう。よく選ぶのは青い色。青も、少しグレーがかった青が好き。自分がいちばん好きな色というわけじゃないんですけど、ついつい毎シーズン登場してくるのは、グレーがかったブルーが多いんじゃないかな。

お客さま:
皆川さんにとっておしゃれと感じる人はどのような人でしょうか?

皆川さん:
おしゃれだと思うのは、内面と外の見え方がギャップがある人。パンクな服装をしてるけど、クラシックに造詣が深いとか、古典的なことについての知識が豊かだったり、またはその逆ですごくシンプルな見え方をする方の中にいろいろなジャンルの幅を持った趣味があったりとか。ギャップがあるって感じるのは最初だけで、実はその人にそういう幅があったって後から気づくんですけど。そういう幅のある人に、すごい魅力を感じてます。

フェリシモ:
私たちが自分らしく生活をデザインし毎日を素敵にするには何が大切だと思われますか?

皆川さん:
僕はいちばん大事にしているのは、先入観とか既成概念を持たないっていうこと。先入観とか既成概念っていうのは、自分の基準とはまた違う、たまたま多数の意見であるだけにすぎないと思っています。いちばん楽しいと感じられるのは「自分の価値観で生きる」ということかなと思ってますし、そのために「生きてる」っていうことも言えると思うのです。日常を楽しくするには、自分の大事な考え方に沿って生きていくっていうのがいちばんいいのかなと思います。もちろんその中で周りとズレがあることはありますし、それにズレがあるからといって周りと接触を持たないということもつまらないことだと思います。周りと接触を持ちながら、変わっていく自分、変わらない自分、どちらとも受け入れて……。価値観が自分じゃないところから来て、それを受け入れていくっていうのは、どこかで違和感を感じるんじゃないかなと思いますし、長く自分の中に残らないと思うので……。もちろん人が思うことを感じることも楽しいことですけど、自分が感じることっていうのが「まず何だろう」っていうのを大事にしたいなと思います。

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Profile

皆川 明(みながわ あきら)さん<ファッションデザイナー>

皆川 明(みながわ あきら)さん
<ファッションデザイナー>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1967年東京生まれ。文化服装学院夜間部卒業。テキスタイルデザイナーを経、1995年『mina』スタート。2000年 白金台にアトリエ兼ショップをオープン。
以来、レディースの服や鞄、小物、インテリアなどを発表し、豊かなイメージを内包する物語性とクオリティをあわせもったファッションブランドとして注目を集める。
特に素材となる生地は当初よりオリジナルで作られており、現在では色展開を含め350種を超えるファブリックを展開。
2001年フェリシモニューヨークで行われた展覧会「DESIGN21/CONTINUOUS CONNECTION」にオリジナルファブリックによる椅子“giraffe”洋服、クッションを出展。

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