神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「Gift For You ~自分を探す君へ言葉と勇気の贈り物~」



<第1部>

MAYA MAXXさん
ライブペインティング

まず、絵を描きたいんですけど。これにね、何か描いてほしいものがあれば言ってください。描けないものは断ります。みなさん知ってると思うんですけど、独学なんですよ。自分で描けるだけの範囲の中で描いて、いままでずっとやって来てるから、描けるものは描けるが描けないものは描けない。ずっとそれでいいと思ってるから。でも、なんだろう、描けないかもしれないけど、描いてみたかったら描く。そうですね。何か描いてほしいものありますか?
ある? あるだろう? だけどね、そんなに大きいサイズじゃないんで、そんなにいっぱいいろいろなことは描けないから。ない? ほんとにない? あるはずだよ。ていうか、名指しでいく? (指さして)君は何を描いてほしい?

お客さま:
オオカミ。

オオカミね。(首をかしげる)

(会場:笑)

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ちょっと自分の中ではむずかしいかなって思ったんだよ、いま。オオカミを描いたことないんじゃないんだけど。あのね、あんまり怖そうに見えないんだよね、なんかこうやさしい感じになっちゃうんだわ。だからね、だいたいね、攻撃的でね、怖い感じのものっていうのは向いてない。断る。だから、デザイナーの人とか「ここはなんか、ちょっとこうガッてこう強い感じのものがあるといいんじゃないですかね」とか言われても「あぁ、じゃあパンダにしましょうか」とか言って、さりげなく話をそらすのね。オオカミかぁ、ちょっと一応やってみるべきだよね。ここでできないとか言うのもなんかね、プロだしね、一応。
私は、ご存じだと思いますが、細かいことなんか一切しません。それは人のタイプによっていろいろな絵があって、もういろいろな絵があるからこそ世界は楽しいんで、みんなが同じような絵を描くようになったら終わりだと思うんで、そこは全然そのままで世の中続いてほしいと思うんですが、でも自分はめんどくさいこととかごちゃごちゃしたことがだいたい嫌いですね。だから、すぐできる(笑)。多分10分くらいだと思う。オス? メス? どっちにする? オス?で。子供? それとも大人? かっこいいの? それとも情けない感じ? オオカミだって情けないやつはいると思うよ。かっこいいの、多分無理。情けないのね。なんか寂しそうとかね、孤独な感じがする絵を描くとうまいんだよね。(絵を描き始める)
オオカミだから、とりあえずこんな感じでしょ。なんかさ、見てて「おれの方がうまいじゃん」て思うやつがいっぱいいると思うんだよ。だから、ライブペイントって嫌なんだよね(笑)。(どんどん描く)

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いま使ってるのはオイルバーという油絵の具が固まってクレヨンになったもの。『トンちゃんってそういうネコ』(角川書店)っていう絵本があって、それもこれで描いてるんですよ。あの、表面がつるつるの紙ってあるでしょ。ホワイトボードみたいな感じ。あれにこれで描くのね。それで指できれいにのばして、それで「ちょっと線が太すぎたな」ってところは、ティッシュで拭くんだよね。そうするとトンちゃんができるわけ。「画材とかどんなの使ってるんですか?」とか、いろいろ聞かれるんですけど、特殊なものなんか全然使ってないし、普通に画材屋で売っている物ばかり。貧乏が長かったんですよね、すごく。だから油絵の初心者セットに入ってるような絵具をいまでも買いますね。
これは耳だよ。オオカミ、多分うまく描けないな。もうなんとなく読めてきたもん、自分で。(絵を見ながら)なんかイノシシみたいだね。まぁでもね、こうやってみなさんの前で絵を描いていますけど、決して驚かせるようなうまい絵を描きたいとか思ってないから。「あんなん自分でもかけそうじゃん」で結構です。そしたらさ、みんなも「描いてみようかな」と思うじゃない。でもあれですよ、どんなときでもね、楽しいんですよ。でね、こういうふうにね、手でやるのはなんでかっていうと、気持ちいいからなんですよね。絵を描いてる人はわかると思うけど、絵具というものはだいたいぬるっとしたもので、その感覚が手に伝わったときに、ものすごく快感なんですよね。だからこの仕事が続けらえてるんですけど。

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(口を描いて)ここをシャープにするとさぁ、あぁ、ワニ。だめだね、ここシャープにしたらいけないんだ。それでね、体はね、私の画風で、小さいの。とにかく人間を描いたとき、手足が細いのね。友だちに「マヤちゃんの描く人間て、脱いだストッキングみたいな手足だよね」て言われるのね。で、動物描くと体がすごく小さいんです。これがポイント。こんな感じじゃない? これはいわゆる黒ジェッソっていうやつですね。(手につけて手のひらで描き始める)今日の板はかなり手応えがあって痛いよ(笑)。おもしろいのはいろいろな所に行ってね「ベニヤ板に白い下地を塗っといてください」ってお願いするんだけど、行くところでほんと違うんだよね、触ってみると。おもしろいですよ。今日のはすごくノリがいい感じじゃない。(どんどん描く)
ね、意外とよさげになってきたろ? 実はね、さっきまでは「困ったことになったな」と思ってたんだけど、いま自信をとり戻しつつあります。こういうのは、きれいに塗らなくていいんだよ。世界に存在するものできれいにはまってるものなんて意外にないんですよ。何かがちょとずつ欠けてる、そこが存在感になるんだと思うんだよね。たまには、筆なんか使ってみようかな。私は、基本的に線を描くときは左で描くんですよ、それで塗るときは右。なんでかっていうとね、早いじゃん?(両手で)こうやって線描きながら、塗ってくわけ。もたもたしたことが嫌いなんだな。よく「左利きですか?」って聞かれるけど、絵描きに左利きも右利きもないんだよ。そう思うよ、なんでもいいじゃんて。
いいと思うことをしてさ、だって絵なんか自由、何やってもいいから絵なんだし。こうしなきゃいけないとか、ああしなきゃいけないとかは全然ないです。あのね、写真と絵ってどこが違うかっていうと、写真はないと撮れないんだよ。そうでしょ。こうやってここにいないと撮れないじゃない? でも絵はね、ないものを描くことができるんだよね。それは、ものすごく自由なことですよ。だからカメラマンて、いろいろな所へ行くじゃない? 行かないと、撮れないんだもんね? こないだふっと思ったわけよ。カメラマンの知り合いがしょっちゅうどっか行ってるから、私もどっか行かなきゃいけないかなって思ったんだけど、よく考えたらこの仕事うちにいないとできないのね。だからこれでいいんだって思ったんだけど。
(塗りながら)だいぶいい感じになってきたね。う~ん、胴体は塗るべきかな。ちょっと塗っとこうかな。あのね、ちゃんと塗らない方が動きがあるんですよね。(下の方に描きながら)ここはね、地面ね。ほら、なんかさ絵の具が垂れるのってすごいきれいでしょ。これは、描けないんだよね。垂らすことはできるけど、これを描けって言われたらできない。そうするとこれを見てるとウットリするよね。ほら、こうやってさ、これが垂れてるじゃん。いいよね、すっごいいい感じだと思う。(激しく塗る)見た? 最後のこれがMAYA MAXXがMAYA MAXXでいるってことさ、なんちゃって。オオカミって、ここにいる人は知ってるけど、もしこの絵を違うところで違う人が見たときに絶対犬って思うじゃん。

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だから、そういう場合はここにオオカミって書いとく。ね、これがポイントなんだよ。あの、知ってる人は知ってると思うけど、私はだいたい都合が悪くなると矢印でこれは何って書くんですよ。ほんとね、真面目な本の装丁のときとかでも書いちゃうのね。物の形っていうのは、結局さ、これを物の形として絵に描いて、いうよりも字で見た方が早いでしょ。「あぁそうか」と思うじゃない。「絵と字を両方書くのはなぜですか?」て言われるんですけど、字で書いても表現できないことがあるんですよ。それは絵の方がいいのね。でも絵に描くより字で見た方が、よっぽどはっきり伝わることもあるから、それは字で書くんですけどね。どう? いい感じじゃん。で、ここでサインをね、入れる。私はね、個人的にサインを入れるのがすごい好きなんだよ。なぜかというと、サイン入れることによって「終わりました」って自分の中ではっきりするのね。絵ってね、いつまで描いててもいいんだよ。でね、気になってしょうがないもんです。「あそこもうちょっとあぁした方がいいかなぁ、こうした方がいいかなぁ」って延々思うの。長い間やってて思うことが、やめどきってのがむずかしいですよ。どこでやめるかっていうのは、ほんとにむずかしくて、去年くらいにやっとわかってんですけど、疲れたって思ったときにやめるのね。それがいちばん。その証拠に自分がサインをしちゃうの。この絵はサインをした以上は、自分であっても触っちゃいけないと決めちゃうのね。その方がいいんです。なぜかっていうと、いつまでもひとつのことにこだわって右往左往してても、結局はろくなことにならないんだよね。絵ができました。

(会場:拍手)

この絵ってどうすんの? ほしい子がいたらあげたら?

フェリシモ:
そういう方いらっしゃいますか? おっ、いますね。では、のちほど抽選させていただきます。

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MAYA MAXXさんが
絵をはじめたきっかけは……

フェリシモ:
いまからMAYA MAXXさんが絵と出合ったきっかけなどを伺いたいと思います。

MAYA MAXXさん:
私は絵を描き始めたのが26歳くらいなんですよ。それまではほんとに馬鹿な大学生。とにかく、大学行きたいのはなぜかというと、東京に行きたかったのね。東京に行ったら、東京がおもしろくて楽しくて、ふらふらしてて、就職するって考えはなかったんですよ。それはなぜかっていうと、うちがパチンコ屋なんですよ。だからサラリーマンって見たことなかったね。毎日どっか働きに行くってのが平たく言えば就職じゃない?それは全然考えてなかった。でも、ボーっとしてたら、自動的に卒業しちゃって「どうしましょう」って思ったのね。いま考えたらすごく若かったから、自分には何かあるって思ってて。「何が?」って言われたら何にもないんだよ。でも「自分には何かがある」って思ってて、で、一生これから仕事っていうものをしていかなきゃいけないと。でも、とりあえず制約があるわけじゃないわけよ。帰って家業を告げとか、親の面倒みなきゃいけないとか、そういうのもなくて、何してたってよかったんですよね。で、若かったから、自分の人生っていうものを一生やっても答えの出ないような仕事、そういうものをやってつぶしたいな、と思ったんだよね。いま思えば、仕事っていうのは全部そういうもので、ほんとに若かったなと思うんですけどね。それで「何か」ってなったときに何にもないわけよ。何をしたらいいのかわからない。本当にそうでした。それで、2年間くらいアルバイトして「自分は何ができるのか? 何をしたいのか」っていうのを探していました。

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ある日「佐賀町エキシビットスペース」っていうのがオープンして、それが始まったとき、そこで運よくバイトすることができたんですよ。で、コムデギャルソンの川久保さん展覧会をやったんですよね。すごい立派なポスターをつくって、それをいろいろなギャラリーとかに貼ってもらうために配るっていうバイトをしてたんですよ。銀座とかチャリンコで1日中うろうろしてたわけ。銀座って、画廊だらけの街なのね。あちこちに本当のピカソとか本当のミロとかいっぱいあるわけ。そんな中、そこだけが自分の感覚に引っかかった場所があったの。「何だろう」と思って、自転車を止め、降り、行ってみた。そしたらそれは、弥生画廊という所で……。横に長ーいウィンドウがあって、そこに木の人形が2体あったの。それが有本 利夫さんていう人の作品。なんとも言えない感じだったんだよね。やよい画廊は、すごい立派なギャラリー。普段だったらそんな所に足を踏み入れる勇気なかったのに、そのときはもうそんなことどうでもよかったのね。とにかく入って2時間くらいかけて全部観ました。それまでも絵とか演劇とか映画とか好きでいろいろなもの観に行きました。だけど、あれが自分が絵を描こうと思ったきっかけになったし、いまでも忘れられないくらい本当に美しかった。瀬戸内海の街で生まれ育って、毎日毎日絵葉書みたいな景色を見て過ごし、美しいっていうことに対して、飽和状態だったんですよ。旅行嫌いなのは、どこ行っても、瀬戸内海の景色の方が美しいと思っちゃうから。
だけど、そのときはほんとに美しい、素晴らしいと思ったの。それで、出てきたときに「絵を描こうかな」と思ったんですよ。なぜだかわからないけど。絵を描いたこともない、特に小さいときから絵が嫌いで、絵はめんどくさいから嫌い、いまでもめんどくさいから嫌いなんだけど。有本さんの絵を見たらわかると思うけど、こんなんじゃないもん(自分の絵を指して)本当に。素晴らしい、本当に素晴らしい絵なんですよ。あれを見てね、絵を描こうなんて思う方がね、おかしいと思うしね、だけど、そのとき、ほんとに真面目にそう思って、それでバイトを終えて、バイト代6000円もらって、そのお金を握りしめて画材屋へ行って、初めてアクリル絵具を買って、その晩から今日まで、本当にずっと絵を描き続けています。最初に描いたのはリンゴ。この話はね、いろいろな所で言ってるから聞いたことある人いっぱいいると思うから、なんとなく照れくさいですね。
質問に答えましょうか。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
もし画家になっていなかったら何のお仕事をしていたと思われますか?

MAYA MAXXさん:
いま言ったみたいなことでね、うっかり始めたんですけどね、私はこんな絵だけど、絵を描くことがすごい好きなんですよ。美術とか、アートって大きな世界があるじゃない? 私はその中で絵がとにかく好きなのね。本当に絵を描くことを自分の人生で見つけだすことができ、それを一所懸命やり続けることができて、それを人が評価してくれるようになってきて、仕事が来たり、展覧会をやれるようになったり、それでご飯も食べられるでしょ。だから、ものすごいしあわせなのね。21歳ごろの自分はものすごくナイーブで人見知りで、すごく自己顕示欲が強くて「自分は特別なんだ」ぐらいの勢いだったしね。外へ出ていく力がないくせに、自分の中で自分てすごいからみたいな、そういう若者だったんですよ。だけど、絵を描くことによって、自分が変われたのね。それはなぜかというと、絵っていうのは描いたものがどんなものであれ、自分で見ることができるのね。これが自分なんだよ、よくも悪くも。毎日毎日とにかく一所懸命絵を描いて、毎日毎日自分の絵を見るんだよね。それによって、どんどん自分が変わってきたのね。いまこのように、どんなところに行っても緊張もしないし。そのかわりどんな人とも同じように話す。
だから本当に自分が自分に自信を持って、自分の体験から人は変わるなって言えるのはそこなのね。だから、ほかの仕事は考えられない。天職だもん。天職いうものを口にできる人間になれるって思ってなかった、しあわせだよ。だって楽しそうでしょ、すごく。

お客さま:
こどもに絵のセンスを学ばせるのにいいと思うことを教えてください。

MAYA MAXXさん:
こどもには好きにやらせてあげてください。ポンキッキでこどもといろいろな所に絵を描きに行っていちばん思ったのは、集中力。私たちにはあんな集中力はもうない。ずーっとできるんだよ。こどもと遊ぶじゃない? 同じこと何回も何回もやるでしょ。おとなって嫌になるんだよ、もううるさいって思うんだけど、あれがこどもなんだよね。そういうものっていうのは親がどうこうしなくても、社会とか学校とか通わせてるうちにどんどんスポイルされていきます。だから、親はほっといてあげた方がいい。こどもが集中してやってるときに、なんだかんだ言わないこと。こどもが一所懸命になってるときはそっとしといてやる。ほっとくに限る。

お客さま:
自分の力を信じられなくなったとき、どうしますか?

MAYA MAXXさん:
大事なことは、まずは生きてるだけで十分ということ。生きてるだけで素晴らしいよ。その上で、人間というのは何か自分の心が震えるようなこととか、感動するようなこととか、達成感がほしいんだよね。私はノイローゼになったりして、本当にドロドロだった。とにかくどうやって世の中に出ていいのかもわからなかったし、世の中が怖かった。自分がこの先どうしたらいいのかわからないわけ。そしたら、どんどん落ち込むでしょ。そしたら、具合が悪くなってくるんだよね。具合が悪くなってくると余計に外に出なくなる。外に出なくなって人とも会わなくなる。何にもしなくなる。で、いつも横になっている状態になるんだよね。私の場合、貧乏だったし、誰も今日私が朝起きなくても困らないという状態だったんだよね。で、どんどん悪くなっていきました。そこからどうやって抜け出したかっていうのは、本当にいろいろありました。それを印象的なエピソードとかで言えればかっこいいんだけどね、そんなことはない。あるわけない。悟りとかいうでしょ、みんな。そんなことはない。少しずつ毎日毎日闘ってつかんでいかないと、大きなものがいきなり自分に来るなんてことはないと思う。自分がほんとにわかったっていうことだけが、自分を動かすのね。

お客さま:
仕事や私生活でつらいとき、どうやってがんばることができましたか。

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MAYA MAXXさん:
仕事が好きなんですよね。とにかくモノをつくるのが好きなんだよね。休みもないし、みんなが休むようなときに休めないし、純粋に1日中何にも仕事をしなかったっていう日はないですね。なぜかというと、私はこういう勝手に描く作品も好きだけど、頼まれて人のためにいろいろ描くのも好きなんですよ。毎日毎日なんかしないとおっつかないくらいいろいろやってんですよ。それは全然つらくなく、とりあえずハッピーなんです。ただ現実を生きていれば、自分以外の人がいっぱいいて、いっぱい人がいるっていうことはいろいろな人がいて、いろいろなことが起こって、仕事をしているっていうことは組織っていうのがそこにはあったりして、本当にうまくいかないこともあるし、もめごとも起こってくるし、自分がこうだって思ってたことが、全然受け入れられなかったりとか、うまくいってたのにぽしゃっちゃたりとか、もういろいろな目に遭っています。だけど、現実で起こってることっていうのでは、悩まないんです。なぜかっていうと現実は処理すればいいと思ってるんです。対処の仕方が必ずあるはずなんだよ。例えば、自分がすごくやりたいことがあって、うまくいってるとする。だけど、不意に上の人が「あれはだめだ」って言うことで、仕事がぽしゃっちゃったとする。でも、それでも「私はこうしたい」って相手に訴えることもできるし「自分に足りなかったものがいろいろあったな」って反省することもできるし、ぽしゃっちゃったていう事実を受け入れることもできるんだよ。それが処理。
処理できないことっていうのは人の気持ちなのね。例えば人と人が好きになったりとか、どうしても好きなんだけど受け入れてもらえないとか、そういうことはいっぱい起きますよね。これが世の中でいちばんむずかしいと思う。人の気持ちがいちばんむずかしい。そういうときはどうやってつらさを乗り越えるかっていうと、私は自分を強くするという方向で乗り越えます。相手があって起こるできごと、それは友だちでも恋人でも親でも何でもいいんですけど、しかもその相手のことが自分が根本的に好きで愛していると、そこで起こった問題については、自分が強くなることで対処するしかないなあと。ただそれしかないなあと思うんですよ。だって相手に強くなれって言ったって、相手がいつ強くなってくれるかわからない。そんなのを待ってるよりは、やっぱり相手に求めるよりは自分が変わった方が早いと思います。生きてる限り、いろいろなことがあるさ。

お客さま:
4月から看護学校へ通うのですが、9つ歳下の人たちに溶け込んでいけるか心配です。

MAYA MAXXさん:
大事なのは最初の第一発目。わかりやすい例でいうと「しゃべり場」っていうテレビ番組にときどき出てるんですよ。10人ぐらい若い人がいるところへ、ゲストの大人がひとり入っていくわけ。そこで大事なのは最初に入って行ったときの、なんというか「ふざけんなよ、てめぇら」っていう押し。「今日はお話しさせていただきます」なんて感じではだめなんだよ。一所懸命おとなとしてがんばってるという自分の自信みたいなのをがっつり見せないと、ものすごいなめられるのね。だけど、根本的には10代後半とか20代初めのやつらばっかりでしょ。でも全然別にどうってことないんですよね。自分がいくつであるとか、あんまり考えてないから。自分が意識してると相手が意識しちゃうから、そうするとまた自分が意識するじゃん。最初から自分が別になんでもいいやっと思ってたらね、向こうも「あの人事実としては9つ歳上かもしれないけど、別にそんなことないね」って感じになるじゃん。まずは自分の気持ちの出し方。大したことではないと思うよ。

お客さま:
ある文に「孤独を愛せる人は人をほんとに愛せる人だ」って書いてありました。MAYA MAXXさんは孤独というのをどう捉えていますか? 孤独って感じます?

MAYA MAXXさん:
本当の意味でわかってるとも思わないし、自分なりの形でわかってるだけと思う。だけど、例えばこうやって真っ白の画面に絵を描かなきゃいけない。これね、誰も手伝えないのね、ひとりでやらなきゃいけないんですよ。気分がよかろうが悪かろうが、何したってこの絵を描く作業を手伝える人は誰もいないんですよ。それは、岩の上にひとりで立たされているように感じるときがあるのね。いいと言ってくれる人もいれば、ふざけんなっていう人もいっぱいいる。そういう仕事だから、人がどう思ってくれるかについてそんなに真剣に考えても仕方がないんですよ。結局は自分のやりたいことをやりたいように、やるっていうことがいちばん大事でベーシックなことだと思うのね。ただ私は、ただ人に受け入れてもらいたいとか、個人的に好きな絵だけを描いてて、それでいいとは思ってない。なぜかというと趣味じゃなくて、仕事だから。ただ描いてるだけじゃなくて見てもらうんだよ。見てもらう以上は、なるべくたくさんの人が「またあの絵をみたいなあ」と思う絵を描きたいのね。絵を見なくても、死にゃあしないじゃん。ご飯食べないと死ぬんだけどさ、絵なんか別に見なくてもいいんだよ。それなんだけど、人って、遠くでもわざわざ足を運んで、それでも見たいと思うわけよ。そこには何かがあって、その何かっていうのはそんじょそこらに散らばってないから、だから見たいんだと思う。そうことがある絵をできるだけ描きたいなと思ってんのね。
話がそれたけど、孤独ね。孤独ってことがわかってんだけど、わかんないやぁくらいのちょっと甘えん坊くらいの感じの方が、人間としていいかなあと最近思ってます。

お客さま:
好きな色は何色ですか?

MAYA MAXXさん:
赤。ちっちゃいときから親に「赤が似合う」って言われたんだよね。「そっかぁあ」って思って、ずっと赤が好きでね。赤は、やっぱり血の色だからね。血の色って赤じゃなくてもいいのに赤なんだよね。赤っていうのには何かあるんだよね。

お客さま:
絵のテーマはどのように浮かぶのですか?

MAYA MAXXさん:
最初絵を描き始めたころは、有本さんみたいなのが絵で、こんなん(オオカミの絵)は絵じゃないと、がちがちの固定観念があったんです。それがあったため苦しみました。「自分が描きたい絵はこういう絵、でもこれは絵じゃない」って思ってたら、何もできない。それですごく自分を苦しめました。そこから自分が抜け出して、自分でもバカっぽいなと思う、でもこれが私の絵。だから、どうなってもこれで行こうと、いう覚悟ができたのね。それでMAYA MAXXという名前になって10年、ずっと絵を描いてきて、テーマを自分であまり決めたことはないですね。それはどういうことかというと、ひとつ描くでしょ、ひとつ描くとそこから何かがもうひとつ繋がっていくの。物事ってそういうもんだと思うのね。ふたつ描くと3つ目が、4つ目が5つ目が……。その流れの中で自然にやって来てるのね。最初のころは構成したりとか、いろいろ考えたりもしてました。でもここ何年かは下絵とか構想とかは全然してないです。今日はなんとなくキャンバスに描きたいなとか、紙に描きたいなとかそのぐらいはあるんだけど、そこにとりあえず何でもいいから目を描く。私は、抽象画ってものに対していずれそういう方向に行きたいな、行くんじゃないかなって思ってるけれど、今自分が抽象画ってのを描けると思ってないのね。物の形のあるものをまだ描こうと思っています。とりあえず目のあるもの、っていうものがいま描きたいから、目を描きます。目はふたつある、だいたい。ふたつ描きます。そしたらそれが何なのかってそのとき決まるのね。それが人のときもあればパンダだったり、ゾウだったりとか。目を1個しか描きたくないときがあんのよ。そうするとそれは横向きの顔なんだよね。そういう目になってんよね。横向きだったら横向きに、ゾウだったらゾウを描くんですよ。そういうふうにして、ひとつひとつそのときそのときに探りながら描いてくのね。で、できあがって見たときに「ゾウだ」とかね、自分で驚いたりするわけ。目の位置がここっていうのがね、最初からないのね。目を「ここだ!」ってところに最初に描いちゃうわけよ。そうすると、だいたい(おでこあたりに手をやる)こっから下とか、おでこから上に手をやり)ここはもう髪がないんだよね。だから切れてる絵が多いんですよ。でも、それでいいと思ってる。

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よくインタビューで聞かれるのが「なぜMAYA MAXXという名前なんですか?」というのと「インスピレーションはどこから来るんですか?」ということ。インスピレーションは(客席を指し)そこかしこ。例えばこうやって彼がここにいるじゃん。この子がここにいるっていうのは、もう偶然でも何でもなくて、ここにいるわけよ。こういうことだと思うんだよ。絵を描くっていうことは、何かをしたから、何かを見たから、何かを聞いたから、どこかに行ったから、できるもんじゃないと思うのね。たくさんの物を見たり聞いたり、いろいろな経験は大事なことだと思うんですよ。でも、それを直接絵を描くことに生かそうなんてみみっちいことを考えないで、なんでも見ときゃいいんだよ、聞いときゃいいんだよ。経験しときゃいいんだよ。で、ずーっと貯めとくの。それがあるときに何とも言えないひとつの形になるんだよ。それには少し年月がかかると思う。だけど、何とも言えない形になったときに、そこから自然に絵っていうものがでてくれば、それでいいんだと思うんだ。

お客さま:
ご自分がこれから先どう変わっていくと期待しておられますか? 先に何を見つめてますか?

MAYA MAXXさん:
86歳はいけると思うんだよね。なんとなく漠然と。90歳には自信がないです(笑)。いま41歳じゃない? あと45年くらいあるわけよ。やっぱり絵を描いていて、描けば描くほど少しでも長生きしたいなと思う。1年間に仕事で出さなきゃいけない絵も含めて400枚くらい描くのね。それでも、絵が目の前を通り過ぎてる気がして、もうつかまなきゃつかまなきゃって感じ。少しでもたくさんつかんで、それを画面に定着しておきたいのね、自分のとこだけに来てる絵ってのがあるわけよ。これは私しかつかめないのね。だから、なるべくたくさんつかみたい。絵がどんどん来るから、その絵をいつでも一所懸命キャッチできるように、自分を整えていきたい。それにはもちろん健康が大きいし、自分の精神状態も大きい。それらを全部整えて、どんどん絵についていきたいと思ってんの。最終的に自分がどんな絵を描いて、最後どこまでいけて死ぬのかっていうのが、楽しみです。

お客さま:
心の支えになっている言葉はありますか?

MAYA MAXXさん:
いろいろな言葉があります。ひとつ、会田 綱雄という人の『遺言』という詩集があって、その中に「世界が明日終わるとしても、自分はご飯を炊いて布団を干す」っていうのがあります。若いときはわからなかったけど、いまはすごくそうだなあと思うんですよ。もし明日世界が終るとしたら、布団干したってしょうがないんだよね、終わるんだから。ご飯を炊いて食べても明日死ぬんだよ。でも、明日どうなろうが、自分は自分の生き様を、つまり日常を今日もちゃんとやると、それしかないと最近思うんですよ。個人的には、世界が明日終わろうと、今日やれることを一所懸命今日やって「明日死ぬのか」と思ってればいいんじゃないかなと思うんですよね。明日死ぬって思ってても、今日ご飯食べた方がいいもんね。ご飯食べないで死ぬより、食べて死ぬ方がいいじゃん。布団も干してさ、ふかふかとしたところで寝て明日を迎えた方がいいよね。全てがそうであってほしいと思います。

フェリシモ:
今日の締めくくりとして一言何か贈るメッセージをお願いします。

MAYA MAXXさん:
ギフトというのはプレゼントじゃないんですよね、神から贈られるものをまずギフトといったんだよね。人間同士が贈るものをプレゼントという、語源というかいきさつみたいなものがあったらしいんだけど。私は、自分自身が贈り物だと思ってるんですよ。いままでに私がいちばん何かをもらってうれしかったのは、自分の命ですよね。自分がこの世に生まれて来て、命っていうものをもらえた。小さいときにわりと過酷な家庭環境で育ったので、自分が生まれてこなきゃよかったんじゃないかなみたいなことも思ったりしました。でも、いまは本当にひとりひとり、人生を歩むっていうのが、例えだと思うんだよね。例えばこの親とこの親を組み合わせてこどもをつくって、こんなような環境でこう育てたらこういうおとなになって、こうなっていってこうなっていって死ぬっていうのは、ひとりひとり違うでしょ。これひとりひとりが、例えばこういう人生って試してみてるひとりひとりじゃないかと思うんですよ。漠然とした言い方だけど、そのお試しってのが人生で、その人生全体がやっぱり贈り物なんだと思うんですよ。そうすると自分も大事にするし、人も大事にするし、ひとつひとつのことを簡単に考えなくなるんじゃないでしょうか。

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Profile

MAYA MAXXさん<画家>

MAYA MAXXさん
<画家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1961年愛媛県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。卒業後、独学で絵を描き始める。
1993年初めての個展「COMING AND GOING」を行う。以後、毎年個展を行う。
画家としての活動のほか、よしもとばなな、北川悦史子、夢枕漠などの本の装丁、CHARA、ピロウズ、EPOなどのCDジャケット、TOKYO-FMのキャラクター、企業TVCMなどのアニメの制作など幅広く活動。
また、フジTV系「ポンキッキーズ」NHK教育TV「真剣十代しゃべり場」などに出演。
若い世代からの支持も高い。

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