神戸学校

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「これからの私 ~こんな大人になりたい~」



<第1部>

生と死、人生と写真、花、わが陽子、父、母……
アラーキー

『こんな大人になりたい』っていうね……(タイトルを指して)。でも、大人になりたくないんだよね。大人自体になりたくない。
じゃあね、ヘアスタイルからね。ハハハ。これはね、朝早いの苦手でさ。いつもだと三面鏡に向かってやるんだよ、一生懸命一生懸命。ハハハ。今日は、神戸に着いたら、風でね……。(髪)立ってる?
大丈夫?
今日は人生の話みたいだね。最近、『色情花』というDVDと写真集を出したんだけど、その前に『花人生』という写真集も出したの。それはね、花を撮ることと私の人生とが並行していってる、というような感じ。
最初、私が花の写真を撮ったのは、彼岸花。私の生まれは、東京の三ノ輪っていう下町で、吉原、遊郭が近くて、その近くに浄閑寺ていう投げ込み寺があるわけ。そこへお彼岸に行って、その10日後くらいかな、お彼岸の花が枯れかかったとこを撮り始めたのが私の花の写真の始まりなの。撮り方は、バックは無地。白いボード持っていって、お墓の名前を隠して、花だけ撮って…… というようなことから始まったわけ。だから、そのころから「死」というのがくっついてきてるんだよね、生きることに。写真集は、撮った順に並べると、こう、自分の人生が出てくる。あの『アラキ・バイ・アラーキー』ていうのに出てくるから、今日はスライドを見ながら、ちょっとやりましょう。

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(スライド:荒木さんの掛け声でスライドがどんどん変わり、それを見ながら説明)

私が最初に写真に関わったのは、「さっちん」というこどもの写真を撮ったとき。これはね、まだ学生のころ、近所に戦前からの汚いアパートがあってね、そこで少年と出会ったわけです。で、さっちんていう少年の中に、自分を見たんだよね。これは、そういう始まりです。そのころから自分しか興味ないっていうかさ……。街撮ろうが空撮ろうが花撮ろうが、自分自身を撮ってるっていうことが、もう始まっちゃてるわけ。
で、少し経ってから、「私写真」ということを宣言すんだけど、これ、ハシリですね。でこうやってまとめてみて……。やっぱりね、このころの写真がいちばんいいな。何だろうって思ったら、やっぱり動くことだね。生きるっていうか、何かやることは、すごく動感にあふれてるんだよね。「生」は生きること、動くことっていうことね。そこから始まってるんです、私の場合。だからしょっちゅう動いたり、変わったりするっていう……。実際変わんないんだけどね。

いまこういうふうに(被写体に)近づいて撮りませんけどね。これはね、一緒にこう仲間に入って、向こうの世界に入って、こどもになって、撮る。一緒に遊ぶっていうかね、動く。これはね、残るの。だから、さっき大人になりたくないっていうのは、ずっとこういう感じのね、こどもの世界でいたいっていうような……。

私は電通っていう広告会社に入ったんですけどね。銀座にあって、銀座の昼休みとかね、昼下がりはね、こういう獰猛っていうか強い女性たちが歩いてるわけ(銀座の街で撮影した女性たちの作品を見せながら)。いまこういうのに会うの大変だよ。で、「女はこれだ」って思ってさ、そんときに撮ったの。銀座の昼下がりに。私の場合、天才だから、電通入ったときから仕事させてくんないんだよね。暇だから午後は銀ブラに出てくる女性を片っ端から撮ってたの。これね(作品を示しながら)、スタジオに引っ張って来て撮ったわけじゃなくて、撮ったのを切り抜いて白バックを貼って複写してんの。その頃から背景は無地であるってことだよね。要するにその場のことじゃなくて、時っていうか、過去、現在、そして未来を予感させるっていうか。それと「死」が絡まって来てんだよね。

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これがわが陽子、ちょうど夕方になるとね、仕事終わってね、スタジオが空くんですよ。それを私のスタジオと称して引っ張り込んで、そのころ、文書課にいた陽子をナンパしたんですけどね。そんでまぁ、美人に撮る方法ね、眼帯をするとこれはいいんですよ。とにかく眼帯させると女はきれいになる、ね。お股のとこにはユリの花ね。きれいな白い。そういう写真だね。

右の方、浴衣で寝てるのあるでしょ、死んでるんですけど、うちのお袋ね。よくね、「写真の撮り方教えてくれ」とか言われるんですけど、勉強しなくていいようです。身近なことが勉強させてくれる。どういうことかというと、母が死んで横たわってるわけですよ。その周りを私が、いちばん素敵に、凛々しくみえるようなアングルを探しながらね、ぐるぐるまわりながら探すわけ。で「ここだ」ってなるわけです。それはどういうことかと言うと、要するにね、見方、アングルだね。ここでアングルを教えられるわけですよ。相手のいちばん素敵なところを探せってことを無意識に教えられるわけ。だから例えば写真学校なんてのがあったとしても、そんなとこ行ったってダメなんだよ。経験が写真を教えてくれるわけ。私の場合は、写真を撮ることと、人生やること、同じだからね。それでそのアングル、相手の素敵なアングルをみつけなさいってことを覚えるでしょ。
この作品は、うちの親父が死んだときだけど、うん、親父はお祭り好きだったから、お祭りの浴衣着せてね、下町の風習でござの上にのせて……。それと下町だから銭湯によく行って、あの肩や腕出してんのは入れ墨をちょっとしてるわけだね。うちの親父は、入れ墨すりゃ不良になれると思ってね、入れたらしいんだ。ところが、腕やって痛いからあきらめたって、背中までいかなかったって……。そんな親父なんだけど、案外、私、その血をひいてるね。それでそのお化け提灯と入れ墨、両腕、親父が見せたいものを見せる。それと見せたくないものは切る。私が見たくない、彼も見せたくない、残したくないのは顔。親父の場合はね、長く入院したから、私が好きだった元気なときの顔じゃないわけですよ。このときに顔を撮ってると、それがずーっと残っちゃうから。だいたいね、忘れたければ、顔の写真を撮らなきゃいいんだよ。写真を撮るとどうしても思い出しちゃうから。で、顔をトリミング、切っちゃう、フレームアウトして。要するにフレーミングっていうことを教えられるわけだよ。
写真もそのぐらいだね。そのふたつあれば写真家になれちゃうね。だから息子を写真家にしたかったら早く死ぬってかさ……。愛する人の死ってのがいちばん勉強になるんだよ。

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カール・ドライヤーの『裁かるるジャンヌ』ていう映画に、そのころものすごく魅せられて、それを写真でやってみようと思ってね。スタジオという無の所で、ここで初めてね、ライティングを、こうしよう、こうしようてやってるうちにライティングを覚えた。写真は光で撮るもんだ、光が影を作るっていうかさ、そういうふうな感じのことをね、勉強したね。要するにね、私の電通時代というのは写真修行時代にあたるね。

そんで電通で知り会って陽子と結婚したの。これが私の写真家宣言、「センチメンタルな旅」とういう名作です。で、柳川に旅したの。こうやってみるとね、三途の川を渡ってるんだよね。で(陽子の)形が胎児みたいでしょ。こんなの無意識に撮ったのよ、新婚旅行だよ。実際はね、新婚旅行だから毎晩やっててさ、疲れちゃって寝てんだよね。昼間の川下りなんだよ。そうなんだけど、後で気がつくと、なんかあの世に行く、このときも死んでる、胎児の格好で。
新婚旅行の写真集なのに。庭のイスがお棺みたいに見えるとか、そういうの無意識に、それが何十年後に見て気づくっていう……。そのとき、それに気づいて撮ってるわけじゃないんだね。だからなんか、出会う女性、出会う場所、出会うときに教えられて、無意識に、なんか感じたら撮る。それがどういう意味かって後で気がつけばいいっていう感じで、写真を撮ることをやってきてる。写真を撮ることは生きることと同じだから。

このころ、ラーメン屋さんの壁で写真展をやったの。店の親父に頼んで、「食欲と性欲の写真展」と称してね、裸の写真並べて作品展をやったんだよね。それが、当時の『平凡パンチ』とかにどんどん書かれるわけ。「あの電通の女人カメラマン」とかさ。そうするとね、(上司に)呼ばれてさ、クビになったわけですね。ハハハ。それで退職金で「ペンタックス67」を買って街を歩いたの。東京、季節は秋。そんでたださまようの。だからスクラップブックのタイトルは『東京の秋』なんてついてるわけ。その後で写真集にしようと思ったときに、違うなこれ、『東京は秋』だなって。要するにフリーだなんて、アウトローとかって強がってたけど、寂しかったか、切なかったか知らないけど、そういうのが写っちゃってんだよ。だから東京の秋を撮ったんじゃなくて……。自分が東京をさまようことによって、寂しさを街にばらされっちゃってるわけ。そういう写真集だよね。だからね、撮ることと「生」は同じっていう感じだね。

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この作品が最初に言った彼岸花。この枯れかかった花、これから始まっちゃったんだよね、浄閑寺ってのは遊女の霊がね、写ってるしねえ。「死」だね。

あれ(作品を示して)は新婚生活、陽子の(写真)。あんな感じの写真が実はいいんだよね。『センチメンタルな旅・冬の旅』続編なんだけど、土手をね、晴れた午後、彼女が自転車に乗って向ってくるわけだよ。それを1枚こっちから撮るわけ。そういうの、ほんの2.3秒かも知んないんだけど、永遠の長く感じさせる幸福の時間。そういうのが写ってんのをいい写真って言うんだよ。ああいうことが人生っていいんだよ、ていうふうな例ですね。

見てわかるね、花が変わってくわけですよ。これもいいんです。部屋にね、ファンが来るんですよ。私の誕生日を知ってて、30のときの誕生日、赤いバラ30本持って。ついでに「私の処女も……」って、こういう写真です。

女性を素敵に写真に撮る方法ね。まず、ホテルに入ったらすぐセックスするんだよね。そんで、4時とか5時ごろの黄昏時にね、ホテルの上の方の窓からくるやわらかーい日差しって、いちばん女性を官能的、素敵にライティングすんの。で、セックスした後でしょ。で、これからディナーを食べに行くって前に1枚。パッと、そうすっといい女に写るね。これがわが陽子がいちばんいい女に写ってるときだね。

いまの雲、布団干してる写真、よかったね。ほら、ああゆうんだよね。今日のテーマはああゆうんじゃないかな、違うのかな? まあね、あそこもろに出しちゃいけないっていうから、こんなことやってたんだね、やらしいね。しいて言えば、どんな大人になりたいっつったらね、ずーっとエロイ大人になりたいね。
(会場:笑)

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これは『~冬の旅』だな、死んだときの。これもね、さっき花の写真が出てきたけど、真ん中の影の写真があるでしょ、あれは、妻が危篤だっていって、急いで病院に駆けつけてって、いつも行く早い道の階段の前の角に、いつも買う花屋があって、なぜかこぶしの花のつぼみを買って、近道の階段を上がるとき、自分の影を見てね。冷静なわけじゃないんだけど、カメラ持ってると撮れるんだよね。これから死に向かってる妻に会いに行く階段だよ。そこでつぼみの花を撮るわけ。それから何時間後に陽子は死ぬんだけど、死んだときにそのこぶしのつぼみがぱーっと花開いたんだよ。
この後ね、切なくて侘びしくて悲しくなると、カラー写真を撮り出すんですよ。モノクロームの写真とカラー写真の繰り返しなのね。私の人生。

それが花のね、だからその『~冬の旅』で、陽子が死んで、チロちゃんが外に出る、あのバルコニーを見てるチロちゃんはもしかしたら私かも知んない。窓を開けるとね、チロちゃんが雪の中にね、ふっとんでいくわけだよ。それで跳ねてくれるわけ。励ましじゃないけど、パッと跳ねるの。尻尾が勃起してるようだね。それが私の『センチメンタルな旅・冬の旅』のラストシーンなの。これでもう終わったっていうかさ、私の写真人生、写真の頂点いったんじゃないかってゆいうくらいに思った写真集。

これはね、死んだ後、バルコニーで空ばっかり撮ったりとかね、彼女がバルコニーに残してった物を撮ってたときだね。真ん中あたりに腐ったテーブルに花瓶がのってるでしょ、ユリの花、あれが彼女が最後に活けたユリの花です。それが1ヵ月2ヵ月後に、もう枯れてこびりついてるんだね。バルコニーからの空ばかり撮ってたんだけど、それをね1周忌に写真展やって並べようと思った。そしたらね、真っ白な壁にモノクロームの写真を並べんのがね、ちょっと泣けちゃうんだよね。どうしてもやだっつんで、そのモノクロームの空に着色したの。

カジョウと称して……。いっぱいの過剰と花の情を混ぜてね、こういうようにグワーっと近づいて撮った写真。花を混ぜこぜにギュウギュウにやったときに生まれる、何かっていうのを感じてるときね。いまもやってんだけど。そうすっとね、非常に嫌ってたカサブランカとバラが、すごく仲良く絡まって枯れていくとか……。そういうのがすんごくおもしろいんだよね、だから花は死が近くなるとより色っぽくなる、それに魅かれてまだ撮ってるね。

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これもずーっと続いてやったのが、今日2回目の最初に見てもらう「バルコニーの空に色情花」。バルコニーというのはさっき言った私の家のバルコニーです。

ぱーって最後の色気ムンムン出して、っていう写真撮り続けてるとね、今度「死」が見えてくるわけ。そうすると、モノクロームで、要するにリングストロボで撮るとね、輪郭みたい影ができるんですよ。それがどうも「死」を感じさせるのね。要するに手術台のライティング、ムケイトウってやつだね。そういうのをやりだすわけ。街に出ても生と死と行ったり来たりしてる……。

それでついに今度「死」の花から花自体に色を塗りたくなっちゃう。あんまり説明はできないんだけど。このころから始まったの。モノクロームが「死」だからってね、それに色を塗って「生」になるって思ってたんだけど、色に変わっていくとモノクロよりカラーの方が「死」を感じさせるようになってきたんだよね、最近。特にこの「色情花」がそうだね。これは、やっぱりいつも空を撮ってんだ、空を。バルコニーからの空を。

バルコニーの空なんですけど、白い雲、何にもないときの空にまた魅かれるわけだよ。曇りの。それを撮る。その写真を伸ばしてどうしても、なんか花を描きたくなっちゃって、こんな花描いたの。で花を描いたのかなと思ったんだけど、後で気がつくとね、花火だね。ていうのはこどものころはね、私は隅田川の花火がよく見えたわけよ、うちから。それが残ってるの。だから結局、5歳か10歳くらいまでかなぁー、その間にだいたい人生決められちゃうね、うん。それが残って無意識に出ちゃって花火になってんの。だからこういうの見るとね、また最初に言ったように確信持てんだよ。大人になりたくないってのが。もういいんだよ。少年でいいっていうような感じがこう無意識に出てんじゃないかな。

あれがバルコニーで私のいまの相棒のチロちゃんです。で何年か終わったんだね。あそこのグレーバックのとこに最後に私が立つと終わるんだけど、ちょっと立てないのでここで終わります。ここまで。名作だった。疲れちゃった。

(会場:拍手)

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<第2部>

『アラキネマ~バルコニーの空に色情花~』

彼岸花から始まって、ああなっちゃったんだよな。ほんで白バックっていうのは白いバルコニーの空なんだよ。繋がってるわけ。
妻亡きあと、空ばっかり見てたっていうのがずっと残ってるわけです。そこに花を捧げるっていうのをずっと引きずってる。それを何度も繰り返し繰り返しやってる。ここんとこ花自体をぎんぎら色に塗っちゃったけどね、それが逆に「死」に近づいてるように感じてる。みなさんがどう思うかわかんないけど……。まぁともかく名作だね、ハハハ。泣けた? だめ? 泣かなかったって。いまいちだな(笑)。

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お客さまとのQ&A

お客さま:
実は知り合いの芸術家から「ヌードの絵を描かせて欲しい」って言われてるんですけれども、自分のからだに自信がないので、もう2年くらい断り続けています。荒木さんの写真にはヌードの女性が非常に多いんですけれども、どのように女性に自信を持たせるように口説いてらっしゃるのかお聞きしたいです。

荒木さん:
言葉だろうな、言葉で愛撫すんだな。何言ってんだか、ハハハ。要するにうまいこと言えってだけでさ。それか目つぶってボタン押すとかさ、ちょっと違うか、ハハハ。まーあ、愛してるっていうより恋してるっつった方が効き目があるな。

お客さま:
写真を撮っているとき、撮られてる側というのは擬似恋愛みたいな感じになるんですか?

荒木さん:
私は世間でいう恋愛なんてしたような気がしないね。写真を撮ってるときが恋愛だから。擬似恋愛じゃないんだよ。写真を撮ることが恋愛だから。「絵を描く事が恋愛だ」って言われればいいでしょ? ね、誰が言ってんの、それ。連れて来い。ハハハ。その前に私が自信つけてあげる、ね。ハハハ。大丈夫だって。レンズで愛撫してあげっから。シャッター音でいい気持ちにさせてあげる。
やっぱりね、受けて立つべきだよ。ちょっと躊躇してんのは、その人に才能が無いと思ってんだよ。本当にあると思えばさー、できるじゃない。よく考えてみたら、どっかその人の絵、見せられても唸ったことないでしょ?

お客さま:
私的にはその方の芸術性を尊敬してるんで……。

荒木さん:
じゃ、もうすぐじゃない、ハハハ。受けて立たなくちゃダメだよ。だって周りの人がその人の絵をどう評価しようが、あなたがその人を素敵と思って、絵がいけてると思ったら、もうそれだけでいいんだから。絵はね、セックスが絡むからな、覚悟して。流れだから、流れ。ハハハ。

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お客さま:
『東京物語』『車窓~くるまど~』が好き。そこにふだんあるものを切り取った感じの荒木さんの写真が好きです。こどもができて、その子を撮っていきたいけれども、どうやって写真の中にしあわせが溢れるようになりますか?

荒木さん:
おおもとがしあわせじゃないとダメなんだよ。写真は正直だから。それに対して気持ちも正直だから、やっぱり生まれたばかりの赤ちゃんをしあわせにしようじゃなくて、そのふたりでしあわせな時間を作ることが先でしょ?

お客さま:
そうして、いつも写真を撮るのを忘れて日々過ごしてしまってるんですね。

荒木さん:
正しい。そのくらい素敵なんだからいいじゃない。撮らなくても。写真を超えてるんだもん。



お客さま:
荒木さんはどんなお母さんに育てられたのか興味があります。

荒木さん:
上州の女だね、気が強くてね、泣き言を言わなかった、ていうかすごくがまん強い。泣いたとこ見せなかったけどね、1回号泣してんのを見たの。親父が先に死んで、その後、初めてひとりで泣いちゃってんのを見ちゃったことあるね。ちびでね、小さい女でよかったね。だから死んだときにね、素敵に撮ろうと。誰もいないとき、おっぱい触ったりとかさ。ほんとだよ。泣けるんだ。母の死、父の死、妻の死、この3人死んでもらえれば写真の天才なれるよ。そういうもんなんだよ。涙出てきちゃった……。

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お客さま:
映像を見て、悲しく寂しくなって、これ以上見たくないってくらいです。「死」を受け入れたとき、天才になるっておっしゃってましたけど、ベランダからの風景は、「死」を受け入れてあの作品になっていったんでしょうか。

荒木さん:
単純に言うとそうだね。今日見ててもさ、バルコニー、空とかさ、身近な天、空ね、そればっかりな感じでしょ。ともかく私は絵描きに言わせると、バルコニー、空がキャンバスっていうとこだよね。これからもどんどん撮って、まだね、あそこのマンション、ぼろぼろ崩れそうなんだけど、ずーっといて、きっとあそこで撮り続ける。最後まで撮り続けてんのはあそこだろうと。
昔、妻と昼下がりの夏の日差しを受けながら食べたスパゲティ、赤ワインがのってた真白いテーブルが、いま朽ちてるわけよ。それも朽ちていくまで、壊れるまで撮るんだけど……。要するに楽園が廃墟になっても、そのあたりもまた1種の「死」のエロティシズムっていう、なんか感じんのよ。だからずっと見つめてるっていうか撮り続けてるっていうか、その中にいるっていうかさ。本人としては「死」に関しては主観的になりたくないね。「死」に主観的になるっていうのは自分が死ぬことだからって感じだよね。なんとなくうまくいったね!

フェリシモ:
最後にお客さまにメッセージをお願いします。

荒木さん:
大人にならないように! じゃなくて大人しくならないように!!

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Profile

荒木 経惟(あらき のぶよし)さん<写真家>

荒木 経惟(あらき のぶよし)さん
<写真家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1940年、東京三ノ輪生まれ、「天才」の称号を持つ写真家。
現在「写狂」から「写神」へと進化中。

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