神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「自分だけのスタイル探し ~かっこよくなりたい!~」



<第1部>

こんにちは。僕のことを知らない人がいらっしゃると思うので、1年くらい前に上映したテレビ番組を見てください。

(番組の映像:『レトロブームの仕掛け人・ナガオカケンメイさん』)

これがいま現在やっていることの全貌です。いま「60VISION」を9社くらい進めています。そのしくみをひもといて、僕も今日は楽しい時間にできたらなと思っています。
(スライド)

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「デザイナーは消費の場を心配すべきだ」

僕は約20年間、グラフィックデザイナーをやってきました。最近だと「日本デザインセンター 」という会社で、アートディレクターの原 研哉さんと一緒に研究所をつくり、そこで4年間働いたのち、円満退社。自分の会社をつくりました。最初はグラフィックデザインをやっていました。
当時僕には「フライングロゴ収集」という妙な趣味がありました。フライングロゴというのは、コマーシャルの最後に流れる、ブランド名などの動くグラフィックデザイン。収集していた10年ちょっと前「この仕事は一体誰の仕事だろう。マークが動くんだから、グラフィックデザインの仕事だろう。今後ウェブデザイナーみたいなものが登場するだろう、そのときに画面上でグラフィックが動くだろう」ということを考えました。「グラフィックデザイナーとウェブデザイナー、どっちの仕事だろう」、それをはっきりさせようとやったのが「モーショングラフィックス 」という展覧会。自分の仕事を自分で開拓しないと、やっててもつまんないだろう、ということで4年間やりました。どちらかというと、ステージに立つアーティストとかデザイナーになりたいというよりも、ステージをつくりたいというのが僕の根底にありました。そのうちに今度は、ものを買うのが大好きなので、一消費者として消費の場を心配すべきだと思うようになりました。そのきっかけになったのは缶コーヒーのデザイン。デザインをしていたときに、いくら僕らが机の上でいいデザインをしても、それを決定する仕方なり、消費者の買われ方なりがすごいバラバラである。

PHOTO

ちなみにですけど、ある缶コーヒーのプレゼンのときには缶コーヒー1個だけを見せて「(これは)A案 」「(こっちが)B案 」って見せて「じゃあ、どれがいいですか?」っていう決め方をしなくて、コンビニのような大きな冷蔵庫があって、そこに競合の缶コーヒーが200種類くらい入ってて、その中にデザインした缶コーヒーを入れて「どうか」と。デザインで競争っていうのは、もちろん基本的には試されてるとは思うんですけど、そうじゃない競争も明らかに発生しているんです。とても純粋なデザイン、いいデザインということがしづらい。「この消費の現場は一体誰のものだろう」と思うようになりました。結局その缶コーヒーは、某大手スーパーみたいなところで「こういうふうにデザインを変えなさい。そうじゃないと売れません」と言われ、デザインを変えざるをえない。それで「これは誰がデザイナー?」と……。プロデザイナーとしてデザインしたつもりが、売り場の人たちがデザインを変えていくという現状を受けて「これは売り場をデザインしないと、デザイナーは食ってけない。デザイナーは消費の現場を心配すべきだ」というふうに思いました。それで「D&DEPARTMENT」をつくっちゃったんですよ。
東京の奥沢、環八通り沿いに、ビルの1、2階だけなんですけど400坪くらいのショップをつくりました。名前もたくさん考えまして、デザインのデパートメント。昔の百貨店っていうのは自分たちが選んだものをしっかりお客さまに売ろうという考えがありましたので、百貨店も問屋もちゃんと成立してました。けど、いまの百貨店ってテナントビル状態。売る姿勢みたいなものが崩れてきている。なのでデザインの百貨店をグラフィックデザイナーがつくろう、と思いました。

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「デザイナーはものをつくらないことも考えないといけない」

「D&DEPARTMENT」で僕が学んだのは、「つくってる場合じゃない」ということ。世の中、こんなにものがいっぱいあふれているのに、デザイナーは次から次へとものをつくる。デザイナーがこだわればこだわるほど「サンプルだ 」「試作だ」とゴミが出る。例えば、ポスターは、無駄な印刷の試し刷りが山のように出ちゃうわけ。自分の満足を達成しようと思えば思うほど世の中にゴミをいっぱい出す。「デザイナーは、ものをつくらないことも考えるべきなんじゃないかなあ。ならばロングライフデザインのマーケットをつくろう」と思いつきました。

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「デザイナーって何?」

「デザイナーって一体何だろう」「ナガオカ、お前、何やってるんだよ 」「ちょっと気になるじゃねえかよ」「何考えてるんだよ」というところが今日のポイントだと思うので「デザイナーって一体何だろう」ということを考えてみたいと思います。

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「ナガオカの考え」

僕、建築家にあこがれちゃうんですよ。なぜなら、建築家は、例えば地域のこと、社会のことを考え、いろいろ提案し、問題意識を持って活動します。でも一方建築士っていう人もいます。図面を描けばみんな建築家かっていうと、そうじゃない。ただ図面を描いている、建築をしている、ビルを建てている、ただの建築をやっている人が、いわゆる建築士。建築士のことを悪く言うつもりはないんですが、こういう世界があります。例えば、コスト優先、商売優先、最新の素材テクニック、メーカーからすすめられるがままに素材を選んで建築を建てる、需要を優先してしまう。このように、建築家と建築士がいます。
同じく、デザイナーにも2種類あると思います。地域や社会、提案や問題意識を持っているデザイナーもいれば、コスト、商売とかただ単純に仕事をしているデザイナー、こういうデザイナーを僕は会社員デザイナーと呼んでいます。こういう会社員デザイナーも必要。でも「デザイナーっていうのは何か」って考えたら、僕は「両方とも無責任だろう」と。やっぱり日本のデザイナーは無責任すぎると思うんです。

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僕も一応デザイナー。で、工場に行くじゃないですか。行くと、煙たがられるわけです。「バブルのときにデザイナーっていう名前の人たちが来て、好き勝手いろんなことをやってひどい目にあったよ」「俺たちはもうデザイナーを信用していない」とはっきり言われたこともあります。デザイナーが全然信用されてないわけです。僕が感じたのは「デザイナーというのは、会社員デザイナーもフリーのデザイナーも無責任である」ということ。だから、反省しないといけないと思いました。
建築家のように意思を持ったデザイナーになりたい、というのがナガオカの考えです。僕は、デザイナーは会社のことばかり考えて社会のことなど考えない人が多いと思います。デザイナーという仕事の社会的な信頼が落ちている……。

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「コストとマーケットを押さえたコピーアイデアをつくらせる会社 」

「それをデザインする会社員デザイナー」、多分会場内にもいらっしゃると思います。で、「思い入れのない商品」ができあがっちゃうじゃないですか。そうすると「思い入れのないショップで販売される」わけですよ。そこで「悪い商品を消費者が買います」よね。そうすると「質の低い生活」がスタートします。そうすると「すぐ飽きる」じゃないですか。3500円とかでソファつくって売っている会社とかメーカーとかショップとかいっぱいあるわけですよ。そんな安価なソファ、ありえないですよね。すぐ飽きるじゃないですか、捨てますよね。自分が何も悪いことしてないような意識で「捨ててしまう」。そうすると「ゴミ」になります。ゴミになることは確かなんです。リサイクルショップに引き取ってもらっても、結局それに再販する価値がなければゴミとして捨ててしまいます。そうすると「環境が悪化」し「気分がすさむ悪い社会」になる。これの繰り返し。
こういう話をさせていただくと、「うちにも来て、言いたいことを言ってくれ 」と、よくメーカーに呼ばれます。その度に「会社員デザイナーの人たちが、いかに可哀想な境遇にいるか」っていう話もいっぱい聞きます。例えば「悪いものが(消費者に)うける」、そうすると売れるものを売る会社・メーカーで「売れるものをつくれ」と「会社が指示」を出すわけです。 で「会社員デザイナーがしょうがなく仕事としてデザインする」わけです。
一方は「悪いのもが氾濫する」と。そうすると「価格競争に巻き込まれます」よね、みんな同じことをやってるわけですから。そうすると「たたき売られます」。結局「何も育たない」と。これが会社員デザイナーの環境ではないかとナガオカ個人が思います。

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で、さっきのデザイナー環境の繰り返しの中で「コストとマーケットを押さえてコピーアイデアをつくらせる会社」から「消費者が悪い商品を買う」までの流れは、何とかしなくちゃいけないだろう、と。
僕がいまやっていることは「コストとマーケットを押さえてコピーアイデアをつくらせる会社」から「消費者が悪い商品を買う」までの流れを何とかしない限り「飽きて」「捨てられて」「ゴミ」が出て「環境が悪化」して「気分がすさむ悪い社会」になっちゃうだろう、ということで、この「コストとマーケットを押さえてコピーアイデアをつくらせる会社」を、例えば「しっかりとした会社」に「しっかりとしたデザイナー」がいて「思い入れのある商品」をつくらせて「しっかり売るショップ」がサポートして「しっかり買う消費者」にすることなんです。

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「ナガオカの改善策」

まず「しっかりとしたデザイナー」、あと「思い入れのある売り場」です。これが僕にとっては「D&DEPARTMENT」。あと「しっかり買う消費者 」、僕も含めてみなさんもそうです。それと「自分たちをもって、ものをつくるメーカー」、これを「60VISION」と位置づけて、いまがんばってます。そんな仕事もデザイナーの重要なひとつであると考えました。

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「D&DEPARTMENT PROJECT」

「D&DEPARTMENT PROJECT」が何をしてるかとまとめます。まず「デザインものをしっかり買える場所」をつくろうとしています。デザインものって、もういっぱいあると思うんです。なかでも「デザインがんばってるよな」みたいなものは、売れないんですよ。例えば、Gマークを取ったもので、僕も気に入って家で使ってるものがあるんですが、秋葉原とかいわゆる電気街では全く売れないんです。売れないから「廃盤にします」。売れないから「これはデザインが悪いです」っていう図式がいま行われてますよね。電気街とか量販店で売れないと「いいデザインじゃない」と……。これに対して会社員デザイナーも、フリーのデザイナーも「仕方ないな」って言うしかない。それに我慢をしかねて会社を飛び出すデザイナーもいます。
それから「D&DEPARTMENT」としてはデザイナーの責任の可能性をプレゼンテーションする場所と、リサイクルというイメージをファッショナブルに考えようと、東京店と大阪店をつくりました。
(店内のスライド)

(スライド)
「60VISION」っていうのは「日本のものづくりの原点の企業をしっかりと応援しよう 」ということと「ロングライフな商品をしっかり売れるような仕組みをつくる」というのがコンセプト。ロングライフ商品って、売る仕組みがないと成立しませんし「普遍的な=変わらないデザイン」のものをずっと売り続けるって普通の店は嫌がります。なぜならば、変わらないから。変わらないものを売り続けるのは、店にすごい根性がないと無理。ロングライフ商品って、「デザインが良かったから売れました」っていうのは結果論。結果論だけだとこういうしくみは育たないんです。結果論じゃなく「売るしくみ自体がロングライフな売り方を考える」、そういう考えが「60VISION」です。
あとは「復刻商品の中でも意義のあるものはブランドとして保護する」「日本企業をメーカーからブランドに戻したい」など。いまの日本の企業ははっきり言って、つくってるだけの「メーカー」。昔は「ブランド」だったわけです。
いまは、家電屋さんに行って5メートル先からDVDプレーヤーの棚を見て「どれがどのメーカーのものか当ててごらん」って言っても、絶対に当たらないです。それくらい見た目のデザインは、完全にマーケット重視。どこのメーカーのものかわからない。中身の差別化もむずかしくなってきているんです。ちなみに「60VISION」、これは1960年から取ってるんです。たまたま「いいな」と思ったものが60年代に集中しているので……。

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(スライド)
ちょっと分析してみます。1940年代、戦後っていうのは何もない焼け野原。「何かつくんないといけない」。1950年代になると「生活を便利にしたい」ということで、ちょっと技術を駆使しよう。1960年代っていうのは「生活水準を世界的にしたい」と。「デザインだ 」ということで、いわゆる日本の家電メーカーなり自動車メーカーが、このへんから盛り上がってくるんですよね。1970年代になると「生活を豊かにしたい」ということで「経済」。1980年代は「自由になりたい」ということで「ヒット商品」をたくさん売って……。1990年代は「日本が世界に行くにはどうしたらいいか」ってことで「マーケティング理論」。アメリカの大企業の考え方をどんどん日本の大企業が取り入れて、このへんからおかしくなっちゃうんですよ。2000年「何でもつくれる。でも何をつくっていいのかわからない」。「ネットワーク」、買い方もどんどんおかしくなっていく。2000年はもう「はちゃめちゃだなあ」みたいな……。すごく大雑把ですけど、何となくこういう流れなんだと思います。

(スライド)
で、1960年代と2000年の違いを出してみましょう。1960年代は「企業がつくりたかったものをつくっていた 」時代。でも2000年は「お客さまが買ってくれるものをつくる 」。こんなに違いがある。60年代は企業のものづくりは熱かったんですよ。でも、2000年、企業はデータによってものをつくるようになってしまったんです。60年代は理想的な創業者がいました。でも、2000年には合理的経営者がはびこっちゃう。60年代にはビジョンがありました。でも、2000年にあるのはマーケティング。60年代は「日本のものづくりを何とかしたい」という創業者の熱い思いがありました。2000年の企業は「安いものは外国のある地域でものをつくる」と……。
あとは「ロングライフ思考」が60年代はありました。丈夫で長く使ってもらえるもの、修理できるものという発想でした。2000年は「モデルチェンジ型」の消費「新しいものを買う」のが消費という傾向にあるようです。

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「Long Lifeを買おう。60VISION」

理屈っぽい話をします。消費には「流行」という町と小さい「ロングライフ」という町があるとイメージしてください。で、商品を用意しました。大きく分けて「流行型の商品」と「ロングライフ型の商品」とあります。基本的に世の中の消費は「流行」という町の中で行われます。「流行」という町の中では「ブームを起こして商品を売る」という売り方をしています。で、ブームがきました。ブームの中にAという商品を入れる。売ります。そうするとみんな買います。いいんですけど、ブームは去るじゃないですか。そうすると商品を買う人が、みんないなくなっちゃうわけです。商品も当然なくなる。で、Aという商品が消えました。そして、またブームがくるわけです。そうすると、Bという商品をブームの中に入れて「売る」「買う」をやります。ブームが去った、売る人がいなくなった、買う人が消えた。当然、商品は消えますよね。
「ブームがきた → 売る → 買う → (ブームが)消える → 売る(人)が消える →買う(人)が消える → (商品が)消えた」。何も残らない。またブームがくる。これが繰り返されるわけですよね。
ロングライフ商品がブームになることもあるんですよ。ブームがきたところに、ロングライフ商品Aというのを(ブームの中に)入れるじゃないですか。そうすると売り買いが行われますよね、当然、ブーム去るじゃないですか。そうすると売る人、買う人がやっぱり、みんないなくなるんですよ。そうすると、どういうことが起こるかというとロングライフ商品Aが消えるんですよ。世の中には何もない。

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それをやっているといけないので「ロングライフ」の町にロングライフ商品Aを移そうしました。それでまた「流行」という町にブームがくる、と。それでまたロングライフ商品をブームの中に入れた。売る、買う。このときに「流行の町で売ってもいいですから、ロングライフの町でもちゃんと売ってくださいよ」ということをしようと。売り買いが行われて、一方「流行」の町では普通にブームが消えますよね。そうすると売る人と買う人が消えて。やっぱりここで「流行」の町の商品は消える、と。でも「ロングライフ」の町に商品を移したことで、商品は売り続けられる。もう1回またブームくるじゃないですか。そうすると、このCという商品をブームの中に入れる、と。このときにもう既に、流行が始まってCという商品を投下した瞬間に「ロングライフ 」の町にも同時に売りましょう、という売り方。ブームが去っても「流行」の町でこの商品が消えても「ロングライフ」の町には残る。この仕組みを「60VISION」と呼ぼうということをいまやってます。

(スライドによるデザイン、販売している商品の説明)

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「ブランドとは?」

「ブランド」。デザイナーだったらみんなブランドの話に興味があるし、ブランドという本はみんな読んでいると思うんですが「ブランドとは一体何か」と。
ブランドとは「原点が消費者にいつの日も見えやすくあり、それを生かしながら新しさを生み出しているもの」。

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「ブランドとメーカーの違い」

ブランドというのは「原点の上に新しさが立ってる」。海外の有名なブランドを思い浮かべたらわかりやすいですよね。原点のデザインがあるからこそ、新しいデザインができる。じゃあ日本のメーカーがブランドにならない理由は、このスライドの図に日本のメーカーを当てはめてみればわかります。古いものを生かして新しいものをやってるメーカーがどれだけあるか……。日本のメーカーは、原点が地中に埋まってるわけですよね。これを掘り起こすことをみんな「復刻」って呼びますけど、僕はそれは違うと思います。この原点が地中に埋まった状態を掘り起こすわけですね、で人目にさらす。その原点を「新しさ」まで持ち上げる。ひとりじゃとてもできませんが「原点」 を「新しさ」まで持ち上げることを「60VISION」としています。

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「ナガオカケンメイが考えるデザイナーとは」

「くだらないオーダーに対してノーと言い、正しく導いてあげられる、社会的視野とセンスがある人をデザイナーと呼びましょう。それ以外はデザイナーじゃない」と言いたい。希望!

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「ナガオカケンメイが考える、いいデザインとは」

私どもの出版した本の表紙にも書いてあります「Only honest design can be recyclable」どういう意味かというと「いいデザインだけがリサイクルされる。

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いいデザインだけがリサイクルされる価値がある」ということ。簡単に言ってしまうと、僕らがやっていることはリサイクル価値のないものはいいデザインではない、ということ。「それは違うよ」って言うかもしれないですけど「いいじゃんか」っていうのが僕ら「D&DEPARTMENT PROJECT」です。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
自分が気に入って使っていた商品のブームが去ってしまったときに、その後も使っていたら時代遅れに見られてしまうことに腹が立つことがあります。ナガオカさんはそういう経験はありますか?

ナガオカさん:
デザイナーなのでよくイメージをするんですけど、自分の家の玄関を口に例えるんです。人間って自分のからだのことに関しては大事にしたいから、悪いものを口から入れたくないと思うじゃないですか。実は家はからだにたとえると、玄関からものを入れるとかなりそこで停滞しますよね。椅子買って玄関から入ってどこかに置かれても、ずっとそこに残りますし。コンビニのビニール袋を持ち込んでしまったらゴミになるし、持ち込まなかったらゴミじゃない。全部をそういうふうに考えると、部屋の中が素敵になる。それを第3者が「時代遅れだなんだ」って言うのは、どうだっていいと思うんですよ。
例えば引越しをして何もない状態で、バケツを買わないといけない。「こだわったバケツを買おう」っていうわけにいかないじゃないですか。いますぐ雑巾がけをしないといけないから。だから商店街の金物屋に行って、機能だけするものを買ってしまって家に入れた瞬間に、そのバケツは壊れないから、ずっとそこで機能するわけですよね。
だから、引越しの前にいいものをそろえるとか、とにかく妥協しないで1個1個を自分の納得のいくものを玄関から入れていくと「とてもいい部屋 」になってることに気がつくんです。僕も実際そういう体験をしたことがあって。ブーム関係なく自分が「これは長く使える」というものを1個1個確実に入れていくのが大切なんじゃないかなと思います。

お客さま:
私は「企業の中でデザインをしているデザイナー」です。会社に入る前は私が好きな車の広告物の仕事が8割だと聞いて入社をしたのですが、実際入ってみるとなかなか自分の案を通せないんです。自分の実力不足だな、と最近思うようになりました。将来的に自分の思いを伝えられるようになるためのヒントをいただけるとうれしいです。

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ナガオカさん:
企業はある商品を「売れ」と。企業の財布があって、これを売るために「これくらいのお金を使っていいよ」というのが「広告宣伝費」という名前で出てきて。それが1000万円ありました、と。1000万円を 担当している人が預かって、商品を売りたいがためにデザイナーに広告をつくってもらって、商品を売ろう、と。商品を担当している人が広告に興味があれば、デザイナーはハッピーなんですよ。世の中にはそうやって出てきた、おもしろい、素晴らしい、効果のある、それでいて斬新な広告はいっぱいあります。でも、世の中の広告宣伝部の担当者、予算を預かった人たちは、とにかく商品を売らないといけないじゃないですか。そうすると、いかに自分が商品を売るために活躍している、しかも「売りたい」っていうことを優先して、通訳して、デザインに落としてくれるデザイナーを探すわけです。そうすると自分の意思が伝わりやすいとか、世の中のマーケットのことをどれだけ知ってるとか、要は商品担当の人の中にあるポイント「こういうデザイナーに頼みたい」という人になればいいんですよ(笑)。
最終的にデザインは「デザインはデザインだ」と思っている人が多いと思うんですけど「デザインは結果」。結果として自分がやりたい表現が、商品担当者の求めているデザインの上に乗ればいいわけです。でも、その上に乗せるのは結果で、自分がやりたい表現を乗せるための下積みの部分は、企業の商品担当者が持っている悩みや目的だったりするわけですよ。そこをデザイナーがクリアしてあげないと、その上に自分のやりたい表現が乗っからない。自分のやりたい表現をやりたいと思ったら、この下の部分、つまり商品担当者の求めているデザインを、猛烈に勉強する必要があるんです。
だからデザイナーって、最新のデザイン動向とか、自分が最終的な表現に持っていくための説得としてのプロとしてのデザインの動向も必要ですけど、自分がやりたい表現を乗せるためのもとにある「何でそのデザインなのか」っていうことを説明できないと、通らないんです。予算を預かってる人がデザインに対して「うん」と言うのは、そこのポイント。そうすると やっぱりデザインは結果で、そのデザインに行き着くまでの説明を、商品担当者の悩みを、デザイナーっていうのが説明できるかどうか、っていうことなんです。
僕も若いころはかなり感覚的なデザインをしていました。説明じゃないんです、感覚。「かっこいい」か「かっこ悪い」かっていう世界でやってきたような気がします。でも そのデザインを説得するときには、そんなの通用しない。そこで、この担当者が求めているデザインの上に乗っける自分の持っていきたい表現に導く実力が、必要だと思う。それが、デザイナーの実力だと思うんですよね。だから、20代後半は、感覚的なデザイン誌は一切読まなくなっちゃいました。新聞を読み、株価の動向を読み、クライアントが自動車会社だったら新聞の自動車欄を読み、競合企業の雑誌広告を切り抜きファイルして「A社はこういう表現をしている」とか、そういうのをプレゼンのトークの中に入れていく。結果的にやりたいのは、自分のやりたい表現なんですけど。そこにどんどんクライアントを導いていく。僕はそうやってきました。
結果的なデザインとしての表現は10年後くらいにはやりたいですけど、自分がやりたい表現をするための土壌っていうのがまだできてないから、いくら「こんなデザインがいい 」「あんなデザインがいい」って言っても通らない。下積みの部分を、いまつくっている状態。そこが重要なんじゃないかなと思います。

フェリシモ:
お店に置いて、売れなかったものはありますか? そういうものは置き続けますか?

ナガオカさん:
ありますね。お店に行って「1年前に買ったコレください」って言って「ごめんなさい。廃盤になってないんです」ってことあるじゃないですか。そうすると「メーカー品=ずっと同じ商品がある」っていうイメージがあるから、同じメーカーの商品で部屋をそろえているのに、足りなくなって、買いに行ったらなかった。「どうしてくれるんだ」と思いません? いままでそろえたものが台無しになるんですよ。うちもメーカーが倒産したとかで、どうしても扱えないものが当然あって……。 でも、必死で売ってます(笑)。要するに売れないものは悪いものだというふうに考えちゃうといけないんです。自分たちがチョイスしたんだったら、売れなかったら、もっとがんばって売る。それでも売れなかったら、もっともっとがんばって売る。それが売り場の責任だと思ってやってます。なので、廃盤じゃない限り、僕らは1回扱ったものに関してはずっと取り扱っていこうと思っています。だから大変なんですよ、1個の商品を選ぶのに、扱うか扱わないかですごく討論します。

お客さま:
審美眼を養うことについてどうお考えですか。

ナガオカさん:
むずかしい……。「ホンモノ」と「ニセモノ」ってあるんですよ。百貨店に行って、例えば和食器の「ホンモノ」と「ニセモノ」を見分けよう、ということをします。和食器って大抵棚の上の方に平場があって、下にブランド品の「ホンモノ」コーナーがあるんです。例えば「そばちょこが欲しい」、で棚の上の方に行ってそばちょこを見る。それから棚の下に行ってそばちょこを見る。「何が違うんだろう」……。値段が高いから「ホンモノ」っていうんじゃなく「違いがあるな」っていうことを言いたいんです。最近「値段当て」っていうのをやってるんですよ。「高い理由は何だろう」「安い理由は何だろう」っていうのを結構おもしろくやってますね。そういうことをやって、自分の店に帰って、扱っている商品が適正価格かどうか考えています。

フェリシモ:
商品を決定する基準、決め手はどんなところでしょうか?

ナガオカさん:
まず企業姿勢。まずどんな企業か、その企業がどれぐらいの歴史があって、その商品がどれくらいのタイミングで生まれたものかっていうのは、すごく気になりますよね。必ずその会社に行って工場を見学します。そして、その商品をそのメーカーがつくり続けるかどうか、つくり続ける気配を感じるかどうか。「これはつくり続けられる」と判断したときに、初めてサンプルを見せてもらい、取り扱います。そうしないとお客さんに説明できないじゃないですか。

フェリシモ:
さきほどの車のCMで「物語(ストーリー)に乗ろう」っていう一文がありました。「D&DEPARTMENT」の店頭でも商品のひとつひとつに手書きの説明文があり、ものの後ろにある物語をすごく大事にされているのかな、という感じを受けました。

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ナガオカさん:
そうですね。さっきの自分が家の中に玄関から入れたいものって、必ず「何か」あるもの。何かないものは、もう買いたくないですよね。ストーリーがあればいいのかっていう話になっちゃいますけど、僕はストーリーがない商品は駄目だ、と思ってるんですよ。例えば骨董市に行って、すごくきれいなガラスの花器を見つけたら「これはどうしたんだ」とか、売っている人に聞くじゃないですか。僕はガラスの花器を、その売っているおじさんと話をしながら買うんですよ。そうすると、相当飽きないですよ。このような買い方をしない買い物以外は玄関から入れない、というようにしてるんです。だから1個1個にストーリーがある。

フェリシモ:
ロングライフのデザインというのも、最初に買ったときよりも、長く使えば使うほど味わいが出てくる、ということとも繋がってくるんですかね?

ナガオカさん:
「15年間販売してます」というものと「その商品を真似て昨年つくりました」というものって、一目瞭然なんですよ。そういうものなんじゃないかなって思いますけどね。会社でもあるんですよ。「伝統を重ねてきた会社にあこがれて、昨年の春に立ち上げました」みたいな会社。表面的には似てるんです。ビジョンとかもすごく似てて……。でもやっぱり、そこの中にいる人たちのかっこよさが全然違うんですよね。社員がかっこいい。スタイルがあるんですよね。

お客さま:
モノに対する思いやこだわりと、生き方に対する思いやこだわり、その繋がりをお聞かせください。

ナガオカさん:
僕の場合、生きるということはモノとの出合いのような気がします。買い物って楽しいじゃないですか。どんな衝動買いでも楽しい。その買い物を「ホンモノ」にしていくこと、モノと出会ってそれを身につけたり、乗ってみたり、使ってみたり……、そんな行動そのものが生き方のような気もします。振り返ったときに、そのモノにその時代がこもってるじゃないですか。曲などもそうですよね。曲を聴いた瞬間に、その時代を懐かしむみたいな……。そういう買い物をしてるから、1個1個のものに対して時間軸がちゃんとそこにある。モノの積み重ねが、ある意味人生の縮図のようなところがあるんじゃないかな。だからモノとの出会いは楽しいですよね。

フェリシモ:
最後に神戸学校事務局からの質問です。自分だけのスタイルを確立するために私たちが日々の積み重ねでできることは何でしょうか。

ナガオカさん:
むずかしいな……。いいモノを見極めるのは非常にむずかしいんですよ。だからそれはちょっと置いといて。悪いものを見極める。これは悪いものかどうか、っていう。悪いものは大体わかりやすくなってるんで。それじゃないかな。
いいものを見極めて、かっこよくなろうっていうのは ちょっと置いといて。悪いものをまず見極めて勉強しよう、と。多分「 悪いもの」の中に「いいもの」の要素があるんですよ。だから悪いものを見て「何でこんなものつくっちゃったんだよ」と言いながら、いいものを探すみたいな。いいものには答えはないと思いますよ。お店の「PROJECT」という名前も、当分外れないだろうと思います。「D&DEPARTMENT」というショップを目指して、プロジェクトとして「お客さん、一緒に勉強しましょう」という姿勢は当分続くと思います。

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Profile

ナガオカケンメイさん<D&DEPARTMENTプロジェクト代表取締役>

ナガオカケンメイさん
<D&DEPARTMENTプロジェクト代表取締役>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1965年北海道生まれ。1989年朝日広告賞、日本デザインセンターへ入社。翌年原 研哉と日本デザインセンター原デザイン研究室を設立。グラフィックプランナーへとマルチな活動へと移行すると同時にデザイン雑誌などへの連載を開始。フリーランスを経て1997年、ドローイングアンドマニュアルを設立。同年より毎年、動くグラフィックデザインの展覧会「モーショングラフィックス展」を企画プロデュース。2000年11月、これまでのデザインワークの集大成として「D&DEPARTMENT PROJECT」を開始。普遍性をテーマに活動を行い、普遍的なデザイン価値を持つ中古家具、雑貨をセレクトし販売するとともに商品企画、プロデュースまでを行う。カフェ、ギャラリーを併設したデザインリサイクルショップも運営。2003年5月、世界的に活躍する作り手達の声を収めたCDレーベル「VISION‘D VOICE」を立ち上げ、現在に至る。

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