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神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「引き出そうキレイ」



<第1部>

「キレイ」のテーマは無限大です。
織られた糸のように、
離れて観ると「キレイ」が見えてくるかもしれません。

今日は、テーマが「キレイを引き出そう」。何かやさしいようなむずかしいようなテーマをいただきました。みなさまの暮らしに役立つことをヒントになることがないかしらと思い、いろいろな分野からお話をしてみたいなと思います。「キレイ」という言葉を広辞苑で調べたら「綾のように麗しく」という意味だと書いてあるんですね。「綾」は織物からきていて、縦糸と横糸で斜めの文様を織り出すという「綾」ということですね。縦と横で縦と横のものを表すなら単純なことなんでしょうが、それで斜めの文様を織り出すということは技術も要するし、知恵も要するし、いろいろなことをしていかないとキレイな文様が出ないと思いますので「あっ、こういう語源だったのか」と思って納得して、今日はどんな縦糸と横糸にしようかなと思っています。
まず、キレイには見た目のキレイさがあります。ファッションですとか、メイク、行動、それから言葉……、いろいろありますね。それからからだの中がキレイかどうか。みなさん、おうちへ帰りましたらおうちの中がどうなっているか。それから、publicな場所がキレイかどうか、自然現象がどうなっているか、地球がキレイかどうか……。そこまでいくと、もう「キレイ」っていうのは、テーマは無限大にあるなあと、すごいなあと思います。

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私の父親は文楽の人形使いだったものですから、両親は1年365日着物を着ておりました。夏は浴衣になる。だいたい帰ってきたら浴衣に着替える。冬は浴衣の上に着物を重ねて、寒くなったらその上にはんてんを着て……、みたいな家だったんですね。だから着物、羽衣を畳めるのは当たり前、袴もたためるのが当たり前に育ちました。みんな誰でもできると思ってたんですけど、女優さんで袴を畳める人って、いまほんとにいないんですよ。唯一、樹木 希林さんは袴を畳みながらセリフを言えるんです。何やっても、ものすごい人ですね。すごいむずかしい本をいつも読んではるんですけど、読んだらすぐ頭の中にパッと入ってるんですね。私なんかむずかしい本は半分読んで、どんどん増えていって……。それを見て、もうストレスになってるんですけど。もう、えらい違いで。女優さんで、これくらいやれる人もいるなってぐらいの、すごい方です。それと彼女は動作もキレイですし。役が、ああいう役が多いですから、いつも変なことして、派手な服着てるような役が多いですからイメージがそうなんでしょうけど。お作法もきちっとなさってますし、すばらしい女性だと思ってます。
私の師匠は、いまは桂 米朝師匠です。最初の師匠は山田 五十鈴先生。お付きとして勉強させていただいてて、東京へ春休み、夏休み、冬休み上京して行ってたんですけど、山田先生は、ずっとホテル住まいです。一切家事もしなければ何もしないという。
もう自分の身を磨くだけという方でしたんで、女優さんというものはそういうものかなと……。で、たまに何か作るとか言うたら大変。何か作りたくなるんでしょうね。で、エビ買ってきて、何か買ってきてくれって言って……。舌が肥えてはるからおいしいもんをつくってくれはるんですけど、つくらはるまでが、もうそんなんやったら、こっちでつくった方が楽っていうぐらい大騒ぎ。そういうのがありましたけど、結構そういうときはおいしいものを食べさせていただきました。で、ものすごいキレイ好きの方ですから、キレイにしてキレイに飾っておられました。そういう芸能人は数少ないので、見ると両極端あるかしらって思っております。

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言葉遣いも「キレイ」に!

最近、「優雅」「エレガント」「気品がある」「品格がある」「お上品である」とか、そういう言葉はもう死語になってるんではないかって感じるんです。これはやっぱり死語にしてもらっては困る、大事にしてもらわないと困るなって思います。言葉遣いにしても「よろしかったでしょうか?」みたいな、変な接客用語がはやり出してきて……。「1万円の方からお預かりしてよろしかったでしょうか?」「お飲み物の方は結構ですか?」って、「どういうマニュアルですか? お宅の店」って思うような変な言葉遣いが増えていますね。昔はファミリーレストランとかコンビニだけだと思ってたんですけど。いま一流デパートでも、一流商店でもそういういう言葉遣いをなさるんですよ。
それから、特に大阪弁が崩れてるんです。で、大阪弁が崩れて変になってるということを大阪の子はどうしていいかわからないんですけど。それがわかってるというか、感じてるもんですから標準語使うんですよね。大阪はもう京都弁が入ってきて神戸弁が入ってきて吉本弁がはいってきて、もうぐっちゃぐっちゃになってしまってね。大阪の役者さんに方言指導が必要なぐらい崩れてきてます。だから大阪弁のキレイな言葉って、もう聞かれへんのと違うかなって……。それをいま、私は「おまはん、どこの人間や」と、桂 米朝師匠に注意されるんです。知らず知らずに、周りから聞いてるイントネーションとかアクセントを勝手にインプットしてるんですね、で、それを使ってしまうんですけど……。

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「そう言われたら昔はこう言ってたな」っていうことが多々ございまして気をつけなきゃいけないな。まあ、言ったら米朝師匠の年代の方からずっとその次の年代があって私らがその次ぐらいになるんですね。古典芸能というのは、その伝わっていく古典芸能が途中でこの時代になって変わるようなことになっては大変ですから、米長一門はものすごくきっちりなさってますから変わることないんだろうと思うんですけど。やはり時代という流れで少しずつ言い回しも変わってきておりますし、まず大阪弁の敬語が聞きにくくなってるなって思います。京都の子は「今日お父さん、はよ帰ってきはる?」「もうごはん食べはった?」って、ちゃんと敬語を使う子がいまでも多いんですよ。大阪弁で「お父さん帰ってきはる?」とか「ごはん食べはる?」というのはなかなか聞けなくなりました。下手したら「おとん、帰ってきよった?」「めし食いよった?」みたいになるんですよ。そういうぞんざいな言葉遣いでつっぱってやってる子もいてたけど、普通の子は普通の言葉を使ってたもんなんですよ。それがもう普通の子もみな、ええとこの子もみな同じような「おとん」「おかん」みたいな言葉を平気で使う。学生服を着たかわいらしい上品そうな子が「おかんがな」って言うてるんですよ。もうびっくり。「あんた、その顔とその服装と言葉遣いは絶対似合わへんからやめて」って言いたい子がいっぱいいてるんです。何かが狂ってきてるのがいまの大阪に感じますね。早く、もとの大阪っていうか、自信を持つ、大阪弁で堂々とどこでもしゃべれる、こどもが標準語使わない大阪にならないものかしらっていうふうに思ってるんです。

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マクロビオティックでからだの中から「キレイ」に!

キレイについての体験談をお話したいと思います。私がマクロビオティックをやったのは、アメリカで大成功なさった久司 道夫先生がきっかけ。レトルトに入った玄米、おかずと梅干とか、全部無農薬で添加物一切なし。それからお精進でかつおだしとかそういうのも入ってないっていうものを1週間分送ってくださって、それを食べて、あと8日間それに準ずる食事をして合計15日間で人間の細胞レベルが変わるっていうことで、きっちりやりました。2回やったんです。もう、それはそれは気持ちよかったです。それで20日経って大阪へ帰ってきました。大阪には家族がいましたから、つい食べてしまうからできないんです。帰ってきてお揚げの中にいろんなものが入っている関東炊きのネタがあるでしょ。これやったら大丈夫かなと思って食べたらお腹がゴロゴロいうんですね。何か入ってたんかしらと思ったら鶏肉が入ってたんです。20日目に初めて食べるその鶏肉ひと切れですよ。「いや~、すごいわ」こんだけ反応してるわって思ったんですよ。翌日知り合いの家に行って「私いまマクロビやってますから」って言ったら、それに近い野菜のメニューをつくってくださって呼ばれて、最後にミルクティを入れてくれはったんですよ。で、いただいて……。帰宅したら七転八倒。「これはミルクがいけなかったのかな」って思ったんですね。それから、また2週間ピシッとやったんです。

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で、今度また20日目に「ごはんを食べましょう」と言われて「うわっ、また、せっかく20日目になったのに」と思ったけど「オーガニックレストランを予約しましたから」って言われて行きました。お肉もミルクも出てきました。「うわっ!」と思いましたけど、せっかくここまで言ってくれはるから「えい、これはちゃんといただきましょう」と思っていただきました。……何ともなかったんです。つまり、鶏肉に入ってる薬品、ミルクに入ってる薬品に私のからだが反応したんですね。これはびっくりしましたよ。本当に15日で細胞レベルでからだが変わるんです。やってみてください。
それから、食べるものに関しては、なるべくキレイなものを食べましょう。安いからという理由でものは買わない。少々高くても血がキレイになるもの、薬が少ないものを買おうって思いました。その2回の経験がなかったら食べることで、いちいち思ってなかったと思うんですけど……。おだしも昆布と椎茸ですよ。天然のものだけで無農薬野菜を買ってきて料理をして、それを20日続けて、水も塩素の入ってない水を飲むと、体の中がキレイになりますから。口に入れるものがどれだけ大切かっていうことが初めてわかりますから、これはぜひ、ご家族でやると大丈夫だと思います。もちろんいろいろなことが、非常に手間がかかると思います。その手間をおしまないでやっていただくと、ほんとにからだがキレイになるし、いろいろなことを感じられるかなって思います。断食より楽です。3食食べられるわけですから。

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「キレイ」の素は、自分の心。
小さな発見と感動を積み重ねて、心を磨きましょう。

いろいろな話をしましたが、いちばん大切なのは自分の心でしょうね。つまり心が変わらないと何も見えないし、何もわからないし、理解もできない。例えば、秋になったら、落ち葉がキレイですよね。誰もが「わあ、キレイ」って言うんですよ。近くの公園行っても「キレイやん」って言ってるんですね。ところが隣の家の落ち葉が自分とこの庭に落ちてきたら、即ごみなんですね。うちは住吉公園がすぐ近くなんですけど、イチョウがすごいキレイなんです。黄色のじゅうたんみたいにキレイだなって思いながら駅の方へ行くんですけど、そこに恐いおばあちゃんがいてはるんです。いつも鬼のような顔をして落ち葉を掃いてはるんですよ。ある日私が「キレイですね」って言ったんです。そしたら「毎日毎日たまりまへんがな。こんなん落ちてきて」ってものすごい怒られて……。「でもおばあちゃん、キレイやん」って言ったんですけど、おばあちゃんにとったら、住吉公園のきれいな落ち葉も自分とこの家の前に来るのはもうごみでしかないわけですよ。一度は「キレイやな」って思って、それから掃くなり、ほかすなりしたっていいじゃないですか。それをいきなりもう朝から眉間にしわ寄せてね「ギャー」って言うて掃いてはるんです。確かに、掃除をして落ち葉がないのもキレイですけどね(笑)。

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ミヒャエル エンデというドイツの作家の書いた児童文学に『モモ』という本があります。その本の中に時間泥棒というのが出てくるんですよ。道路掃除をしているおじさんがいてるんですが、そのおじさん、道路掃除が楽しくて楽しくてしょうがないんです。いつの間にか時間が経つんですけど、時間泥棒が時間を取りにくるようになるんですね。そしたら何時までにこの道路を掃除しなければならないって、おじさんは忙しくなるわけですよ。それで、もう一所懸命、掃除しても掃除してもごみがあるわけです。で、おじさんは、すごく疲れて、ストレスがいっぱいたまってしまうんです。でも、モモっていう子が時間泥棒から時間を取り返してくれるんです。そしたらまた、おじさんは楽しんで好きなように道路掃除をするんですよ。これ、すごい社会風刺やと思うんですね。
「落ち葉、キレイやな。道路にそのまま、ちょっと置いといたろか」。そういうふうに楽しみながら道路を掃除してるっていう……。ほかにもいっぱい物語があるんですけど、私はなぜか、そこだけが「時間ってそんなもんやねんなあ」っていうふうに変な納得の仕方をして、その一節がとても好きなんです。で、いまだに何かあったら「アカン、せいたらアカン。もう道路掃除のおじさんにならんとアカン」と自分に言い聞かしているんです。遠回りしてもかめへんから、ちょっと楽しんで「あっ、キレイな」とかいろんなことを感じて人生送らないかんなって思っています。
やっぱり時間に対して、もうちょっと寄り道しようかなっていう楽しみ方、これがいまの私には向いているかしらって思います。
前日このフェリシモさんが京都の南座にお芝居を見に来てくださって「お芝居をご覧になってどのように感じました?」って質問しました。ちょうど花道を、三味線にのって走る場面がありまして、その三味線で「チン、チン、チン、チン」って、すそを帯の間に入れて走りやすくして、それで花道を行ったり来たりするという……、もう単純なお芝居なんですけど。それをご覧になって「すそを上げるところがとてもキレイで、走り姿がキレイで……」って言うてくれはったんですよ。「お姉ちゃん。三味線にのせてそういうことをやるっていうのは、これはもう役者のものが全部出ますね」って藤山 直美ちゃんが言いやったんです。これは、できる人とできない人がはっきり分かれるんです。踊りのお稽古をしてるかどうかって言うのは別として、三味線の音に耳がまず慣れてるかどうか、三味線にのっていけるかっていうことがひとつありますね。それにやっぱりキレイにそれを見せようとすると踊りのおけいこもしてなければならない。私はこどものころから義太夫を聞いて育ってますし、踊りのおけいこもしてます。もちろん米朝一門では太鼓も……。邦楽というものが日常にあるものですから、そんな、ことさらそんなやらなければいけないというふうに思ってなかったんですよ。出演者も演出家も、私のそういうのをご覧になったことないからできると思ってはれへんかったんです。

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私は「歌舞伎のあのときのあんな型もあったな」と思いながら、走るのに危ないから、日本髪の櫛をまずパッと取ってポッとこう懐に入れるっていうのを「やっぱり走るねんからくしもとった方がええかな」なんて思いながらやったりしたんですね。そしたら「あっ」ってなって……。代々いろいろな方がその役をやってはるんですけども、新たに三林 京子しかやってないというものも出たっていうことは、これは私だけじゃなくて周りのいろいろなお師匠さんたちの教えがここに集まったかなって思って……。だから、それを見て「キレイでした」って言うてくれたから「うれしかったなあ」って。それは、全部積み重ねですよね。こどものころからの積み重ねであったり、踊りのおけいことか、いまやってる落語の下座音楽であったりとか、しょっちゅう歌舞伎も見てますし、そういうことの積み重ねです。これは一朝一夕にはできないんですよ。日頃やってないと。何年もかかってそれを身につけて出していかないとキレイには見せられませんから。
そこへいきますと米朝一門は、全員着物がきちっと着られて、三味線習って、お囃子ができて、踊りが踊れて……。そういう修業を3年間内弟子時代やるんです。こういう役者は歌舞伎の人は別にして、いまいてません。私は米朝一門に入れてもらって「うわ~、えらいとこ入ってしまった」って思いました。こんなはずじゃなかった。ものすごくしんどいです。だけど一生かかってもできない、おもしろくむずかしい世界に触れられているだけでもしあわせかなと思います。落語ですから想像でしょ。聞いた人が100人いたら100通りの話になるわけです。人それぞれの想像力ですから、1対何百人のやりとりっていうのは、芝居とはまったく別のこと。これはこれで修行をいっぱいしていかないと……。
こういうふうにいろんなことを思いながら私も生きておりまして、最終的に心が変わればいろんなことが見えてくるかしらと。その心を変えるのは何かなって悩んでおりましたら、ここにものすごいいいキーワードがありました。どこかに書いてあると思いますわ“発見と感動のコレクション”。これです。これがないと心は変わりません。何か見てキレイやな、と感動して、小さな感動をして、小さな発見をして、そこら辺ふいて磨いて、ああ、キレイやな、ちょっと飾ろうかなって。毎日のそういう、小さな発見と小さな感動の積み重ね。自分からキレイを引き出すキーワードであることを言葉でいうとこれやなと思います。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
私はちょっと自分を変えたいと思い、いま注意してやっていて、だんだん自分の理想に近づいてきたんですが、その中でむずかしいのが上品さとかエレガントさだと思います。どのようにしたら自分を磨くことができるでしょうか?

三林さん:
そんなんわかったらねえ…私が先になってると思いますけど。よく、お金で買われへんものは何かっていうと「気品」であると言います。教えて教えられへんものは何か。これも「気品」です。ある程度は持って生まれたものもあるでしょうけど、努力してれば近づけるであろうという希望は私も捨ててはおりません。その「気品」は何かっていうと、やさしさ、思いやりですかね。何かそういうようなものが心の中にたくさんあるほど、かもし出されるのではないかなと近ごろはそういうふうに思います。
やさしさとそういうものだけではだめなのか、その辺がちょっとわかりませんけど。やさしさ、思いやりをたくさん持てば、持つほどね、近づくんではないかなって。私、いまはそう思ってるんです。

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お客さま:
女優と落語家をされてますが、演じる上で共通する部分はありますか?

三林さん:
やっぱり人物描写の間ですね。それは同じだと思うんですよ。女優は一役ですよね。一役を演じればそれでいいんですけど、落語家の場合は登場人物全部を演じなければいけない。でも、ひとり芝居ではないんですよ。師匠から「芝居やないねんからな」って言われるんです。「えっ」って。噺と芝居の境目が、まだ私にはわからないんですけど。何か私がやってると「う~ん、違うな」って思わはるらしいんですね。だからといって登場人物全部、声も変えないでやったらわかれへんわけでしょ。で、声変えて雰囲気も変えてやろうと思えば思うほど違うって言われるわけでしょ。だから、一役やってる方が楽ですね(笑)。

フェリシモ:
落語の練習をされていて、演技の方で生かされたことはございますか?

三林さん:
それは、客観的に見てもらわないとわからないんですけど……。ものすごく変わったことは、相手がどんな台詞を言っても「あなたがいるから私が楽できるんだ」って心から思えるようになったことですね。落語はひとりですから。それまでは「もうちょっとちゃんと台詞言ってよ」って、どっかで思いながら芝居をしてるわけですけど、それがなくなったんです。自分も下手なのに何を思てんねんという感じですが、それがまったくなくなって、相手に感謝できるようになりました。

お客さま:
自分で自分がわからなくなることがあるのですが、20歳前後で三林さんがぶつかってきた壁はありますか?

三林さん:
そんなん壁だらけですよ。もう。しょっちゅう壁。もう壁ばっかり。でもね、壁がある方がいいでしょ。その立ちふさがった壁をカッと破る、飛び越える。そんなんなかったら人生、何もおもしろくないですよ。それが大きければ大きいほど。私もいつも「あー、この仕事終わったらやめよ。私には向いてない」って、いまでも1年に1回ぐらい思っています。「やっぱりアカン。絶対アカンわ」って思いながら「でも決められた仕事はちゃんとやろう。これはもう最後の仕事やから。よ~し」と思ってがんばります。そうしたら、思わぬ評価が出るんですね。「もうちょっとやってみようかな」って。
だから壁に向かって「だ~んと来たな。苦労よ。ど~んといらっしゃい」って、いつも私は立ち向かっております。

お客さま:
女優でありながら落語家を始められたきっかけは?

三林さん:
話せば長いんですが、芝居や落語はやりたいなと、なんとなく若いときから思っておりましたけれども。落語は女はダメだと……。
うちの父親が文楽の人形使いだったことで、米朝師匠ともご縁があって、私も小さいときから本名の「カヨちゃん」って呼んでもらってかわいがってもらっていたんです。
あるときに、京都の南座で一門が全員で芝居をしはったんです。米朝師匠だけがちょっと体の具合が悪いから南座へ通われへんからいうのでやめはったんですけど、ほかの全員出はったんです。米朝師匠は、暇やから毎日来てはったんですけどね。一門の皆さんは、全員着物ちゃんと着られます。ビシッと着物着て立ち居振舞いもビシッとしています。できないことはメーキャップとかつら被ることぐらい。びっくりしました。その辺の役者より、皆ちゃんとしてはるんです。毎日着物着て仕事してるわけですから、着物姿も板についています。そんな皆さんが芝居をしているのを見て、落語家が芝居するのに女優が落語でけへんのん、くやしいでしょ。「よし!」と思って、師匠に「落語やりたいんですけど」って言うたら、そしたらお師匠はん「タタキというものするねん」と小拍子とハリ用木と持って叩きながら、だーっと15分ぐらい、私の机でやりはったんです。ついてきたお弟子さん、そんなん師匠ができると思てへんから皆ビックリして聞いてはりました。それは、前座のときにやるもんなんですって。で「これをやれ。これをやらんとアカン」て言われて「そうですか」って言うて、ざこば兄ちゃんに「師匠にタタキをやれて言われてますねん」って言うたら「そら、音をあげさせようとしてんねん」って言うから「音をあげてなるものか!」と思って、それでぐわーっと書いて覚えて……。

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で、お師匠はんに「タタキ覚えましたよ」って言って、尼崎の家に行ってやったんですよ。お師匠はん、みんなに電話して「カヨちゃんがタタキやるねん、来い来い!」言うて呼び集められて聞かされて……。翌月の一門会があるからって言われて「うわー、やります!」って恐いもの知らずやから言ったんです。それで、3日間やらしてもらって。で「噺家になりたい」言うたら、ざこば兄ちゃんが「なりたい言うてまんねん。名前を考えといておくんなはれ」って。それで打上げのとき、ワーワー言うて、お師匠はんが「“すずめ”はどうやろな~」って言わはったんですよ。私も「“すずめ”ですか~?」とか言うて。それでまあ、そのままになってたんです。
ほな、吉朝さんが自分の勉強会で「タタキやる?」って電話かかってきたから「やります」って言うて「ほしたら、チラシに名前入れとくで」って、チラシ見たら「三林 京子こと桂 すずめ」って書いてあるんですね。で、電話して「あの、私、桂 すずめになったんですか?」って聞いたら「ええっ、ちゃうのん?ボクそない聞いたよ」って言うから、お師匠はんに電話したんですよ。それで慌てて師匠の家に行って、お扇子いただいて……。「お師匠はん。すいません。私がお師匠はんの弟子になった言うても誰も信用してくれませんから、あいさつ状を書いてください」って頼んだんです。そしたら「三林 京子くんが勉強したいと来て、タタキをやれって言ったら見事やってのけました。で、落語の修業は彼女の本業にとってもプラスになると思いますから、私は晩節を汚してこの人を一門に加えます」と……、何という書き方やと思たけど、そういう皮肉なというか、しゃれのきついというか、ユーモアたっぷりのあいさつ状を書いていただいてみんなに送ったんですよ。それでまんまと弟子入りをしたというのが本当でございます。
私が、お弟子にして欲しかったのはなぜかと言いますと、三林 京子でおけいこ行ったら、ニコニコ笑うて「ああ、結構結構。それでじゅうぶん結構」と何も言うてもらえません。ところが“すずめ”やったら「ガーッ」と怒られます。このおけいこをして欲しいから弟子になりたかったんです。望みがかなったんです。これからがんばらないといけませんけど、まあ覚えられませんから(苦笑)。みなさんも40歳過ぎてから、20分も30分もあるものを、覚えるだけでも大変。覚えたなあと思うて高座かけて3日経ったら忘れてますからね。今後もがんばっていきたいなあとは思っております。

フェリシモ:
最後に神戸学校事務局より質問させていただきます。本日のテーマは「引き出そうキレイ」ですがお客さまが生活の中でキレイになっていくためのアドバイスをお願いいたします。

三林さん:
私たちは演じるというのが仕事。つまり、嘘をついてるわけですね。嘘力の世界です。嘘が大きければ大きいほど演技力、想像力が大きいと思います。それが日常にも生かされると、いいかなって。例えば、ご主人が帰ってきはってね「お帰んなさい。お疲れさま」ってにっこり笑って「お食事ですか? お風呂も沸いてますよ」みたいな、昔のいい主婦ドラマがありますよね。「そんなん言うかいな~」って思って見んと、それをやってください。ご主人は、そう言われると悪い気しないんです。
実家に帰ってきたら、母が迎えてくれるんですけど、まあめったに「お帰り。お疲れさん」って迎えてくれません。母の中にきっと段取りとか、いろいろあるんでしょうね。でも東京から何日かぶりで大阪の家に帰ってきたのに、いきなり「あんた、いつ帰んの?」なんですよ。「お帰り。お疲れさんやったね」って言うてから、しばらくたって「いつまでいてられんのん?」って言われたら気持ちええのに、いきなり「いつ帰えんのん?」って(苦笑)「帰ってきたらいかんのかしら?」って思うわけですよ。父もよく言ってました。地方公演とか東京でもいいから帰ってくるでしょ。公演終わってひと月ぶりぐらいに帰ってきたら「今度、いつ行きなはんの?」って言われるって。「いま帰ってきたんや。わしは!」ってよう怒ってましたわ。
そういうのがね……。やっぱりニコッと笑ってもらえると「あっ、待っててくれてんな」って。嘘でも思えるんですよ。それがね、何か「また、もう帰ってきたわ」とかね。ほんとに腹立ちますよ。やっぱり主婦は「太陽」でいてなければいけないと思いますよ。私は、主婦は失格やったからあんまり偉そうなこと言えないんですけど(笑)。そういうこと、些細なことだと思うんですけど、ちょっと演じてみてください。そしたらもう、絶対バラ色になれると思います。

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Profile

三林 京子(みつばやし きょうこ)さん<女優・落語家>

三林 京子(みつばやし きょうこ)さん
<女優・落語家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
大阪生まれ。1965年から山田 五十鈴のもとで付き人修行を始める。70年東宝演劇部と専属契約を結び芸術座「女坂」瑠璃子役で初舞台を踏む。75年NHK大河ドラマ「元禄太平記」のおとき役でテレビデビュー。同年ゴールデンアロー新人賞、日本映画・テレビ製作者協会賞受賞。78年フリーに。97年、桂 米朝に師事、「桂 すずめ」の名前を許される。98年執筆「お先にどうぞ」出版。生涯学習のための大阪市いちょう大学初代学長をつとめるなど大阪を中心とした社会活動はもとより近年は文化庁の文化審議会国語分科会委員も果たす。父は重要無形文化財で文楽人形遣いの(故)二世桐竹勘十郎氏。

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