神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 豊竹 咲甫大夫さん(人形浄瑠璃文楽座 太夫)
  • 豊竹 咲甫大夫さん(人形浄瑠璃文楽座 太夫)

プロフィールを読む

現在表示しているページ
フェリシモ
> 神戸学校
> 豊竹 咲甫大夫さん(人形浄瑠璃文楽座 太夫)レポート

「SWITCH!伝統が教えてくれたこと」



<第1部>

ご存じですか?
文楽とは? 太夫とは?

文楽というのは、物語を飾る「太夫」と物語の情景を弾く「三味線弾き」、あとは、人形を使う「人形遣い」、この3つが、一体となり演じています。私はその中の義太夫節を語る「太夫」という職業をしております。
「太夫」は、物語を語るときのナレーション。ニュースでいうと、情景を話しながら、出てくるおばちゃんやおっちゃんたちの会話までひとりで語るというのが義太夫節の「太夫」です。要するに役者さんとナレーターとをひとりでやっているのが義太夫節の「太夫」で、義太夫節では、お侍さんと公家など身分の高い人が出てくるものが「時代物」、そしていま言いましたニュース、三面記事など、その事件が起こった30日、40日後に芝居になってしまうものが、「世話物」です。みなさんも名前は聞いたことがある『曽根崎心中』『女殺油地獄』とか、ついそこで起こった事件を何ヵ月後かにお芝居にした作品なんです。作家の村上 春樹さんが事件のあった何ヵ月後かに書いた『アンダーグラウンド』(発行:講談社)という小説のようなものです。それが語り継がれて300年、400年、どんどん進化しながら続いています。演者がその時代というものをエッセンスとして残しつつ進化し続けている、それが文楽。「じゃあ、古いものをそのままやっているのか」というとそうではなくて、私たちがやっているもので、よく古いものをやる場合は、その時代の上下関係とか、その時代時代の言葉遣いというものを生かし、その時代の色を出す、これが私の課題であるとは思うのですが……。現代のナレーションにあたるものが義太夫節の「ト書き」という字の部分です。

PHOTO

ページのトップへ

三味線弾きの家に生まれ、
あこがれたのが竹本 津太夫さんでした。

なぜ私が義太夫節の「太夫」になったかという話をします。私の生まれは、文楽の三味線弾きの家でした。5代ほど前からずっと三味線弾きなんですけど、私も生まれながらにして三味線の音楽が身近にあり、4歳のときに舞台で初めて筝曲というお琴を弾いて舞台に出て、その後三味線弾きになるべくして、三味線を稽古していました。が、どうしても三味線が好きになれなかったんです。5歳のころでしょうか、土曜、日曜になると必ず祖父の舞台を観に行って、その後おいしいものを食べに行くというのがうちの家のパターンだったのですけれども、それを観に行ったときに、四世 竹本津太夫という方の舞台を観て、私は「この人のようになりたい」というあこがれを持ちまして……。よくテレビでウルトラマンを見て「大きくなったらウルトラマンになりたい」って言うこどもがいますが、「僕は大きくなったら津太夫さんになりたい」と。豪快な語りをされる方で、そういう豪快な部分は三段目語りという、格好のいいところをやっていたのですね。それを観て私は文楽の「太夫」になりたいと思いました。

PHOTO

これは去年、音舞台といいまして薬師寺で約5000人が入るホールに野外舞台を作り、真ん中にキャットウォークをつけて、そこで天理大学の伎楽部と、太夫である私のナレーションで、歌舞伎俳優の中村 勘太郎さんと一緒に、雅楽の『玄装三蔵仏法の旅』という演目をしました。初めての歌舞伎と文楽の語りを新しいジャンルということで挑戦しました。文楽の「太夫」が物語を進行させるということで、これは文楽の語りのままではなく、三味線は入りませんでした。文楽の基本というのは上方言葉で、大阪弁で話をするのが文楽の特徴なんです。その上方言葉を生かしつつナレーションをしたのでちょっと話題になりました。これを見ていただき、その後、私の素浄瑠璃を聞いていただきたいと思います。素浄瑠璃というのは「太夫」と「三味線」だけでやる演目です。

(映像)『玄装三蔵仏法の旅』
(実演)

ページのトップへ

太夫は息を見せてはなりません。
演じているときは太夫は太夫ではなく、
登場人物。登場人物の口を借りてでしか、
呼吸してはならないのです。

(実演が終わって羽織を脱ぎながら)
演じることは、全速力で50mを走るような勢いです。こういうふうにだんだん息が上がるんですね。いまの10数分でこんなハアハアいう私なんかは未熟でございます。昨日公演をされた81歳の竹本 津大夫さんは1時間半近く語って、終わった後、「じゃあ、いまから稽古したる」と言って2時間くらい稽古してくれるような元気の持ち主なんです。体力でいうと、私の方があるのですが、いわゆる体力と浄瑠璃の体力とは全然違うんです。浄瑠璃の体力はマラソンと同じで呼吸法が大事なんです。
呼吸を見せてもいいのは咳とか笑いのときだけ。「息を見せる」というのですが、息を見せてもいいのはこれだけ、あとは息を見せてはいけない。ダーっと語りこんでいくとお客さまはだんだん堅くなっていきますね。でも、私らは「かたなったらあかん」と言われています。で、何がいちばん大事かというと呼吸法なんですね。最近気づいたのですが、すべてにおいて呼吸法は大事なんじゃないかと思います。よくプレッシャーでドキドキしたり、あと緊張したり、肩に力が入ったりするときに「平常心、平常心……」と思いますが、思えば思うほど緊張してきます。そういうときには 呼吸法が大事と言えます。
簡単に言うと腹式呼吸と言います。インドの人の健康法を聞いてみますと、インドの方は体が悪くなったら空気のいいところに行くのだそうです。空気のいいところに行って、おいしい水を飲むそうです。そのような精神的な面でも息を吸うことはとても大事なことなんですね。
文楽では語りこんでいくと自分の息を吸えない、要するに登場人物の息を吸っているわけです。語っているときはその人の息なわけです。で、息を吸っていてもその登場人物の息でなければいけない。だから、語りこんでいくうちに自分の息が吸えなくなって、だんだん息が上がってくる……。余裕しゃくしゃくで汗もかかずにハアハアも言わなかったら、それはできていない証拠だとよく言われます。例えば、私らはいまは時代物で咳で息をする場合こうします。

(実演)

こういうふうにするのは息を見せていい場合、あと、大笑いというものがありまして……、

(実演)

PHOTO

この間に三味線が引っさげてくれる、その間に息をのみます。息を吸っているわけでなく、息を盗むというんですけれども、息を盗みながらやる……。こういうふうにして私らは息を見せずにやっております。
舞台に出る前に、緊張すると、あくびが出たりします。あくびが出るのは、単に眠いからではなく、脳が酸欠状態にあるというのをご存じですか? 体の中に酸素が入っていない状態、また酸素だけでなくて体内には、二酸化炭素を残しておかなければいけないそうなんです。
二酸化炭素と酸素のバランスが悪いとあくびが出ます。
みなさん、何かここ一発のプレゼンというときなどには、息を吐いてください。ゆ~っくり、入らないくらい、入らないくらい、入らないくらい……、はぁ~っと吐いて、息をすっと吸っちゃうんです。ゆっくり鼻から体内に自分のポンプ運動のように、下腹あたりからずっと、しっかり息を吸って、吐くときも同じです。ここまでしか吐けなかったら、次これだけ吸うときにここからひゃっとしか吸えないわけです。1分間に4回しか息をしないといわれている亀が長生きしているのは、ゆっくりと深い息をして、体内に酸素を吸収して、ゆっくり吐くから。私らみたいな商売をしたらあまり長生きできないと言われているくらい、ポンプ運動が激しいです。心臓に負担をかけないためにも、いつでも自分の平常心を保つためにも、こう鼻からゆっくり息を吸ってゆっくり出す。息が上がってるなと思ったら、吸うのではなく吐いてください。これが大事だと思います。

ページのトップへ

師匠の言葉「稽古は花鳥風月にある」
いろいろな経験がすべて稽古になる

そんなふうに、義太夫節では非常に呼吸が大事になるのですが、義太夫節が残した言葉の中に「浄瑠璃に師匠なし。ただ謡を元に思うべし」という言葉があります。義太夫節というのは先ほど言ったようにこうしなければならないというのがありません。先人たちの歌舞伎の型というのは「風」と書いて「ふう」といいます。私の大師匠である豊竹 山城少掾(とよたけやましろのしょうじょう)藤原重房が言った「口伝は師匠にあり、稽古は花鳥風月にあり」という言葉があります。
(本を出して)これは山城少掾の床本なんですが、文楽の本はこんなふうなんです。こんなん、私ら3歳4歳のこどもには読めないわけです。読めないから口移しで教えてもらうのです。前で師匠が言ったことに対しておうむ返しで返すんです。そこから「風」というのを知らず知らずに教えられているんです。けれどもその「風」というのは、口伝に関しては師匠に教えてもらうように、料理で言ったら「ここに大さじ1杯の醤油を入れて、ここに大さじ3杯の酒を入れて……」というふうな作り方を教えてもらうけれども、いい材料をそろえるとか悪い材料でもおいしいものを作れるというのは料理人と同じ。いい材料をそろえたからといっておいしいものがつくれるといったらそうでもないのです。それと一緒で「稽古は花鳥風月にあり」という、師匠との対面だけの稽古だけが稽古ではなくて、すべて何をやっていても稽古になるからいろいろなことを見聞きして、いろいろなものを見て、いろいろなことを経験しなさいというのが師匠の教えだと私は解釈をしております。

PHOTO

その先人たちに起こしていただいた「風(ふう)」というのは「型」ともいいますが、これは、呼吸法の中で釈迦も、常に呼吸を意識することで悟りが開けるなどといったのもそうなんです。みなさん、仏像をご覧になったことありますか?
仏さまは、座っておられたら上半身はとてもリラックスしているのです。へそから上はやわらかく、へそから下は力を入れる、これがいちばんいいらしいです。
文楽でも語っているときは、力を入れられるようにわざわざこの「しきり」というのを敷いて足を立てることによって、ぐっと下腹に力を入れる状態になっているのです。仏像をよくご覧になってください。おへその上にしわがある、でもリラックスしても下半身というのはどしっと見えますよね。木とかでも幹が太く、根がしっかりしていると、丈夫じゃないですか。でも枝は葉があったりして、これが風に揺れますよね。上はリラックスしているのです。
呼吸も同じで上半身に力が入っていると深い息が吸えない、上半身はすごく楽な状態にしながら下半身に力を入れて呼吸する……。みなさんも呼吸に意識を持つ、吐く息 吸う息に意識を持つだけで生活がぐっと変わるかと思います。がんばってやってみてください。

ページのトップへ

文楽を伝承するために……
こどもたちに教えることが
いまの咲甫大夫さんのライフスタイルに

私のライフスタイルの中で重要な位置を占めているのが、大阪の公立高津小学校のこどもたちに授業で文楽を教えることです。「太夫」は私が教えに行っておりまして、「三味線」は私の弟の鶴沢清馗(つるさわせいき)が教えていまして、「人形」は桐竹 勘十郎さんが教えに行っています。こういうふうな講師陣というのはなかなか珍しく、全員ボランティアティーチャーとして行っています。またこどもたちの教育ということでは、NHKの教育番組『日本語であそぼ』というのがございます。そこからお話がありまして、今年から週に2回、月曜日と金曜日に出ています。このあいだは、野村 萬斎さんと「解体新書」という会をしていたのですが、「これからの日本語教育は大事だと思うんだ」と話をしていました。いま文楽に来られる50代、60代の方には、「40代くらいのころにおやじとかおじいさんと浄瑠璃を語って、あの文句は知ってまんねんけど、あれなんちゅう題目でしたかな?」とかいう方がたくさんいらっしゃいます。要するに「フレーズは知っているけれども、物語の内容も知らなければ、議題も知らない」という方が結構いらっしゃるんです。で、そういうのが大事ではないのかということでこの『日本語であそぼ』に、今年4月から野村 萬斎さんの「萬斎俳句」というものもやって、いろいろな俳句を狂言ふうに読んだりしています。私も、今年1年間は文楽をそのままをやっていますが、来年からは「文学文楽」というコーナーができ、坪内 逍遥の『ロミオとジュリエット』とか、カール ブッセの『山のあなた』を文楽の義太夫節にしたりしていますので見てくださいね。

(映像『日本語であそぼ』)

PHOTO

こういうことをやっています。『菅原伝授手習鑑』です。4段目、寺入りの段をやっているのですが、ここの段がどうとかいうのではなく、これを3年間流し続けるのです。
そうすると1日に1字学んだら1年に365字覚えていける。これを寺入りの段というのがわかっていなくても、こどもたちがこういうフレーズを覚える、口ずさむことになるという……。継続は力なりだと思います。

(映像『日本語であそぼ』)

この番組の最後に「雨ニモ負ケズ……」という宮沢 賢治さんの詩を朗読しています。これは、その土地、その土地の言葉、昔は上下関係だけでなく身分に応じたしゃべり方がありまして、その職業によったしゃべり方があり、いまでもそれがあるわけです。その土地、その土地のなまりがあったりもします。それをひとつにするのではなく自分たちの言葉を大切にしようじゃないかというところからやっているんですけれども、「雨ニモ負ケズ……」を47都道府県があったらその土地、土地の人が方言でしゃべっています。その「雨ニモ負ケズ……」を、この間、「萬斎解体新書」でお題を出してやりましょうかとなりまして、義太夫節と狂言でやりました。今日は浄瑠璃でやってみたいと思います。

(映像『日本語であそぼ』映像を流しながら話す)
「文楽の今日の名文」というコーナーで、最近は「半七つぁん、どこにどうしてござろうぞ」という酒屋の段の文句をやったりしています。その中でも作者が豊竹 豊橋だとか竹松 三郎兵衛だとか、そういう作者の名前を出すことによって「雨ニモ負ケズ……」が宮沢 賢治だとか言うのをみなさんご存じだというように、新しい日本語教育をしようじゃないかということをしています。この回は最初から最後まで「どこにどうしてござろうぞ」と洗脳的にどこもかしこも言ってますね。

(会場:笑)

義太夫バージョンの「雨ニモ負ケズ……」は、文章一文字も変えずに もともとある義太夫節のあるてかずを用いてやっております。

(実演)

PHOTO

(会場 拍手)

いかがでしたか? こういうふうなものをたくさんつくっていこうかと思っています。約300年間の歴史の中、江戸中期から明治前、文明開化までの間に約250~300できていまして、演目もそれくらいあります。なのに明治期以降からの演目が少ない、全部の指で数えて足りるくらいしかないのではないかと思っています。

ページのトップへ

「太夫」として、伝統を守りつつ
新しい挑戦にもアグレッシブに!

萬斎さんは、自分の演技に関して父親のものは中世の匂いがするけれど、自分にはその匂いがしない、これが萬斎さんの悩み。私は大阪育ちで大阪弁はしゃべっているつもりであるのですが、なかなか「そうでんな」とか「何とかでっか、でんねん……」とかは使いません。浄瑠璃に出てくるかというと出てきませんが、そういう上方の古い匂いが出てこないというのが私の課題でもあるのです。そんな萬斉さんが、中島 敦の『山月記』を現代におけるところの狂言というスタイルで世田谷パブリックシアターでやりました。
私も同じ時期に、古くからある『伊曾保物語』という、日本に初めて西洋から入ってきた寓話集を文楽、浄瑠璃にしてみました。私が構成の段階からつくり、清介さんに作曲をしてもらい、現代流の義太夫節にしたんですね。
浄瑠璃というのは竹本 義太夫の時代から演出家兼演者なんです。料理人みたいなもんですね。そして、義太夫節とよく言われますが義太夫という曲がないんです。例えば清元、新内節もあります、常盤津節もあります。「では文楽の義太夫節ってどんなんですか」と言われたらないんです。義太夫節だけ家元がないんです。家元制度がないんです。じゃあどんなふうに歴史ができたのかというと、いろいろな節を取り入れてきたんです。それこそ「宮薗」と書いたら「宮薗節」そのまま手がついていたり、道行物でも「うたい」と書いていればそのまま「うたい」ですし、狂言だったら狂言、そのまま「三番叟」も「寿式三番叟」という文楽のものがありますが、もともと「おのおの翁」というものと狂言の「もみの段、すずの段」というのを文楽ふうにアレンジしているものなんです。その中にも「トウトウタラリタラリヤタラリ……」とよくわからない呪文のようなものがあります。これは、何かというと、日本に稲作が伝わったのと同じくらいの時期に日本に入ってきたのですが、「三番叟」というのは五穀豊穣という収穫祭のお祭りの歌なんです。これは、チベットの梵語・サンスクリット語なんです。「トウトウタラリタラリ、穀物は輝き、輝きと喜びありや。ありや」収穫祭のお祭りのサンスクリット語がそのまま日本に入ってきてそのまま文楽の「三番叟」の中に入っているのです。
天ぷら、カステラなどもそう。そのまま日本語になっているのも多くあります。いまの義太夫節の演目のつくり方というのも、その時代の人たちがその地に伝わる説話や神話を現代にあった事件を合わせて物語をつくっていったのです。いろいろなものを足して、足して、足して、足して、こんなんしたらおもしろいやろなと思って、文楽にしていったら最初から最後まで10時間くらいかかって、ひとつの演目が始まってから終わりまで、通し狂言になったら10時間から11時間かかるのではないか……。開演10時から始まって9時過ぎまでやってますからこれはひとつの演目なんですよ。

PHOTO

さきほどの『伊曾保物語』もただ義太夫節でやるのではなく、新しい科学の分野の方と新しい試みをしています。あとで、映像を見ていただいたらわかると思うのですが、両耳にピアスのようなものをつけて、後ろから通してコンピュータにつなげているんです。耳から脳波をスクリーンに映しているんです。それから、胸に何をつけているのかというと、横隔膜センサーをつけて胸に包帯を巻いてるんです。太夫が語っている間の脳波の動きを測ったり、脈拍数を、横隔膜の動きというのをグラフに表して太夫を分解して解体してしまいましょうということをやりました。ニューヨークのギャラリーでもモダンバレエの人たちがセンサーをつけて筋力や心肺がどうだとかと動きを調べたりしていました。
日本の伝統芸能というのは全部正座してますよね。正座したまま1歩も動いていないのに脈が早くなったり遅くなったり脳波が動くことはあるのでしょうが、1歩も動かずに汗だくになるわけです。普通では考えられないことが体の中でどういうふうになっていることを調べるために実験的にやったというわけです。
そしてスクリーンを設置し、私たちの語る物語に合わせて映像をつくっています。主人公の鷹が紀州山奥から大阪の天王寺まで走っていくという設定なのですが、ヘリコプターを使い空撮で鳥の目線から、天王寺の町を撮影しています。なかなかおもしろいのでご覧ください。『現代草子 伊曾保物語』でございます。

(映像)

これは特別に7分間に編集したのですが、本当は1時間あります。現代語での義太夫節、手前味噌ですがうまくできているのではないかと思っています。ありがとうございました。

(会場:拍手)

ページのトップへ

<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
地方公演では師匠との掛け合いで弁慶、迫力ある掛け合いだったのですが、1ヵ月近くふだんと違った舞台で師匠との掛け合いを続けて、どういう成果がありましたか?

咲甫大夫さん:
文楽のお客さまの前で師匠との掛け合いというのは初めてでした。師匠の中で、例えば私がどんどん立て続けに語っていたら息が上がりすぎて早くなってきたら、師匠が私に合図を送るために自分がゆっくり語ったりするんです。物言わずしてバランスをとるという、そういう面ではすごく勉強になりました。

フェリシモ:
言葉以上のコミュニケーションが必要なんですね。

咲甫大夫さん:
空気を読むといいますよね。いろいろなところの空気を読む。今回の舞台ではそういうのが気になりました。

お客さま:
3つ質問します。ひとつはやってみたい演目、好きな演目は何ですか? ふたつ目は配役はどうやって決まりますか? 3つ目めは男性の役をするときと女性の役をするときの違いはありますか?

咲甫大夫さん:
好きな役というのはたくさんあります。やりたいのは基本的にこどものときから、師匠の父上である八世 竹本綱太夫師匠がされたもの。200本はされていると思います。残っている録音の本数だけでも100何十本あります。でも、先代がやった演目はすべてやりたい。ここ5年くらいにやりたいのは、『忠臣蔵の一力茶屋の平右衛門』とか『夏祭浪花鑑の団七六兵衛』だとか。
配役は、だいたい演目が決まるのが3ヵ月前か2ヵ月前。配役は、仮チラシができた段階で自分の立場から行くと「あの人がこの役、あの人はこの役」と、だいたい上から順番に行くわけですよ。僕は下の方ですから、「だいたいこれやろ」という予測がつきます。抜擢があればラッキーと思うくらいですね。
3つ目は男性と女性ですね。男性を語るというにも男性もいろいろあるんですよ。それこそ「かしら」(浄瑠璃の人形の首のこと)というものがたくさんあります。肌の色が肌色の人があればピンクの人もありますし、例えば目が動かない「かしら」と目が動く「かしら」、口が開くのと開かないのがございます。これ、語っている間で人形の目が開いていない、演奏している舞台の上で目が開いていない「かしら」から目が閉じる「かしら」に変わっているのがあるのをご存じですか? 変わったりするんです。例えば「○○の段から○○は書き眉で書き目ですが、ここから後というのは『かしら』が差し換わっていて眉毛も目も動く『かしら』です」というのがあるのです。そういうのは、私らの本なんかは細かく書いています。ここから目が閉じるとしたら書き眉毛の語り方と動き眉毛の語り方は違うわけです。師匠に稽古をしてもらっていましても「お前、これ『かしら』書き目で書き眉やのに、なんでお前の眉と目は動いてんねん!」と言われるわけですよ。眉を動かさず言わなければいけないわけです。女性にしても「それは振袖やで、お前の袖あれへんで」と言われたり「なんとやらしてかんとやらして……」とやると、「それやったら町娘やんか。これいくつやねん」とか言われたり……。そういうふうな細かいところでの計算はあります。
話す相手によっても違うんです。相手が自分より身分が上なのか下なのか年が同じ年であっても武家育ちか町人育ちかによっても言葉が違ってきます。そういうのもありますし、例えば3人女で出てくる芝居で、同じ「かしら」が3人、同じ顔で同じ舞台の上でしゃべるとなったら、どうするかということ、「3おんな1なまり」と言ってですね、ひとりは言葉を訛らせるんです。大変ですよ(笑)、頭の中で3人女の人がしゃべっているんですから。

PHOTO

フェリシモ:
何人もの役を数分間でこなしていると思うのですが、俳優さんが役に感情移入するようにその感情が何回も何回も義太夫節の中でスイッチしているということですか?

咲甫大夫さん:
感情移入というのはほとんどないんです。ナルシスト的につくり上げるものではないと思っているんですね。
私、いろんな師匠さんにかわいがっていただいて、自分の師匠じゃないのに、師匠からもいろんなことを教わっております。ある師匠が、「そう言わんでいいねん、そう聞こえたらいいねん」とおっしゃいました。これって、14、5歳のこどもの頭は「?」になりますよ(笑)。なかなかほとんど文楽の稽古は、禅問答と呼ばれる世界です。
感情移入ということに関しては、「そういうふうにやったらそういうふうに聞こえる」というのが先人たちのものがあるので、「そういうもの」を使うようにしています。でも、そこに自分の感情を入れてしまうと、次の登場人物のときに変わらないんですよ。いちいち登場人物全員の感情を移入しているとできません。
今回も濡衣という役をやっているのですが登場人物がひとりだと感情移入して語っても大丈夫です。あと、端役というあまり重要でない役というのは、さらさらと語ってしまう、片付けてしまいます。
お客さまにお土産を持たせるというのでしょうか。お客さまの心に残してもらうために、どこのどの部分を聞いてもらいたいかというのを自分の中でつくるんです。「このシーン、後でこいつは重要な役目を持つから、ここはちょっと印象に残る語りを残しておこう」とか……。義太夫節という面で、「この段はこれを中心に!」というふうに考えて語っています。

お客さま:
生まれたときから芸能に触れる環境にいると舞台に出るということは、どういう感覚になるのでしょうか? 文楽の世界に入るのに迷いを感じたことはありますか?

咲甫大夫さん:
これよく言われるんですが ある意味こどものときから快速急行に飛び乗ってそのまま来ているというふうな感覚なんです。けれども、いまごろになって大きいのがドカンと来たかなという感じです。それは自分と同じようなタイプの方たちと食事したり遊んだり交流するようになって、結局、自分が置かれている立場というのがわかってきてからです。いまのドラマに出ているような俳優さんと話をすると「自由にできるからいいな」と思ったりします。私たちは「それをそうしなければいけない」というそれを守ったうえで、お客さまにどう見せるのかを考えなければいけないんです。また、いまのまま守って死ぬのかとか……。いろいろなことをシミュレーションしているのですが、自分というものをこれからどういうふうに出していくのかを今すごく考えています。
ただ単なる表現者というのではダメだと思うんです。芸能に仕えているというだけではなく、いろいろなものの影響を受けてきた、与えてきた文楽ですから、それを知ることも必要です。ただ単にテープ聞いて浄瑠璃の節を覚えて芝居するだけでなく、その物語に伝わる歴史観とかその時代背景も知っておかないといけない。恥ずかしいくらい知らないことがあって、いまになって興味を持ったことはすぐに調べなあかんと思っています。知らないところはとにかく 徹底的に調べ上げるというのが僕のこれからのスタイルになるんじゃないかと思います。

お客さま:
文楽が時代のエッセンスを残しつつ進化してきたというお話がありましたが、私たちも日々進化する生活の中で失ってはいけないものがあるでしょうか。

咲甫大夫さん:
自分の生まれ育ったところの言葉で話すのは恥ずかしいことではないというところで自分の話してきた言葉に自信をもって話をしてもらうというのは、私はいちばん重要なのではないかと思います。私なんか、特に言葉を商売にしているわけですからそう思います。
神戸に来るととても標準語に近いのでわかりはいいのですが、でも神戸は播磨の方に近いですからこういう本もあるんですよ。『はりまのことば』とか、この本に書かれている言葉を使われている方がまだ神戸にいるのかなー。自分のネイティブな言葉を大事にしていただきたいと思います。また、自分たちの住んでいる町や、祭りでも結構ですし……。例えばお祭りに行くのにゆかたを着る方は雰囲気あるじゃないですか、そういうふうな年に1回のイベントというものも大切にしてはどうでしょうか。
進化するというのは、他のいらないものを切るのではなくて、もっとゆっくり生活を楽しむ、楽しめる何かを見つけたらいいのではないかと思います。

ページのトップへ

Profile

豊竹 咲甫大夫(とよたけ さきほだゆう)さん<人形浄瑠璃文楽座 太夫>

豊竹 咲甫大夫(とよたけ さきほだゆう)さん
<人形浄瑠璃文楽座 太夫>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
二世・鶴澤道八の孫として生まれ、8歳で豊竹咲大夫に入門、咲甫大夫を名乗る。11歳の時『傾城阿波の鳴門』で素浄瑠璃の初舞台。以来文楽座の太夫として、東京・大阪両国立劇場をはじめ、全国的な舞台活動を展開している。また従来の「太夫」の枠にとらわれず、各界の若手表現者達とのコラボレーションや大学での講演、小学校でのワークショップ、海外公演、テレビ出演、執筆活動などを通して人形浄瑠璃や地域文化の伝承・啓蒙活動につとめる。
主な舞台に2001年明治座特別公演「伝統芸能の若き獅子たち」(監修:梅若六郎)、2002年サントリーホール「旬 翔ける」、2003年アートスフィア東京「傅~未来へ」、2004年JAL音舞台「薬師寺」ナレーション。2002年より集英社「月刊すばる」に「サキホ風」を連載。東京音楽大学特別講師。大阪成蹊大学非常勤講師。大阪市立高津小学校にて文楽教室をもち、大阪市立南小学校にて「地域文化」ボランティアティーチャーなどを努める。最近の講演に中西玲人総合演出「伊曾保物語」がある。

ページのトップへ

その他のゲスト

ページのトップへ