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神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「SWITCH!その瞬間にあるもの」



<第1部>

映画『スウィングガールズ』のモデルは
兵庫県立高砂高校ジャズバンド部

米田先生:
はじめまして。高砂高校ジャズバンド部顧問の米田 忠雄と申します。どうぞよろしくお願いします。

樋野さん:
米田先生のお相手をさせていただく樋野 かおりと申します。神戸アートビレッジセンターで、映画事業をやっております。

(会場:拍手)

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米田先生:
アートビレッジセンターへはクラブをさぼって、ちょくちょく行くんですよ。

樋野さん:
クラブ活動は、ほんと大変だということですけど……。高砂高校ジャズバンド部がモデルになった映画『スウィングガールズ』は、この間テレビ放映がありましたね。

米田先生:
職場の同僚には、地上波で初めて見たっていう不届き者が何人もいました(笑)。

樋野さん:
でも、大変人気の作品ですね。

米田先生:
矢口 史靖監督にお会いして、一緒に食事したときに「映画をご覧になってどうでした?」って聞かれたんですけど、本人を前にしたら「おもしろかったです」としか言えなかったです。監督は「みんなそうとしか言ってくれないんだよね」って……。いかがでしたか?

樋野さん:
矢口監督のスタイルが出ていました。エンターテイメントなんだけど、作家性がある珍しい監督ですよね。もともと手づくり感のある監督で、あとサービス精神が旺盛ですよね。

米田先生:
すみずみまで、すごいですよね。

樋野さん:
日本映画でも珍しいタイプの監督だと思います。『スウィングガールズ』は、デフォルメされているかもしれないけど、へたれな感じの映画(笑)。

米田先生:
あれだけ毎日ドラマチックだったら、おもしろいんですけどね。

樋野さん:
高校生ですもん、きっと毎日がドラマですよ。

米田先生:
試写会に呼んでいただいて、うちの生徒も初めて見たんです。でも、自分たちがモデルだって印象はないんですよね。監督が取材にいらしたのが3年前だから、いまの生徒とは接点がないし、女子高生がジャズやっているという雰囲気といい、セーラー服といいすごく似ているけど、場所は東北に変わったし……。だから、みんな他人ごとみたいに見てましたね。ただ、映画の後半で、生徒が泣いていたんですね。一所懸命ジャズバンドをがんばっている生徒の琴線に触れるようなものが随所にあったのかな…… と。

樋野さん:
笑わせるだけだと、ここまでの人気にはなってないと思うんですよね。矢口監督の一種独特の照れの感情だと思うんですけど、主人公が「本当はやりたくないんだけど」っていうスタンスでかかわっていく。でも、やりたいんだなっていうことはわかるように描かれていて、最後には華々しいステージで……。

米田先生:
ジャズそのものをあまり描いてないところがよかったのかなと思います。ジャズが好きな、ジャズのビッグバンドをやってる人からしたら、「あんなとこで絶対トランペットまわさないよ」とか、いろいろツッコミどころもあるんですけど、あえてマニアックにされなかったのがよかったのかなと。

樋野さん:
そうですよね。

米田先生:
ジャズそのものって映画音楽にはすごくかっこいいじゃないですか。マイルス・ディビスの『死刑台のエレベーター』とか、映画のシーンに合うんだけど、ジャズそのものってあんまり映画にならないような印象だったんですよね。だから、監督が3年前に取材に来られたときに、失礼だとは思ったんですけれど、「映画にはならないですよ」なんて言っていたんですよね。

樋野さん:
矢口監督の次の映画のモデルが、兵庫県の高校らしいといううわさを聞いて……。それが高砂高校だったんですよね。今回の映画は、女子高生がジャズをやるというインパクトはものすごく植えつけられたと思いますね。

米田先生:
監督が初めていらっしゃったとき、僕は『ウォーターボーイズ』もまだ見てなかったんです。しかも4,5人いらっしゃった中のどの方が監督かもわからなかったです。いちばん後ろにいた、お兄ちゃんって感じだったんで、ずっとお付きの人だと思っていたんです。

樋野さん:
ほんと普通のお兄ちゃんみたいな感じの方ですよね。

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米田先生:
で、「こんなの見てもしょうがないですよ」みたいな感じで部室にご案内しました。いつもどおりの練習を見てもらったんですが、寒い時期だったので生徒は、制服の下にセーターを着込んで、スカートはちょっとたくし上げて、下にジャージはいて……、あと長いマフラーを友だちと一緒に巻いてたり、むちゃくちゃな格好で練習してるんですよね。で、うつむいてサックス吹くから鼻水が出るんで、鼻にティッシュさしてる。監督が入ってきても、生徒は見向きもしないで勝手に演奏してるっていう……。

樋野さん:
監督にしたら「これだ!」っていう感じ?

米田先生:
それが気に入ったみたいなんですけど、僕は「しまったな」と思いました。

樋野さん:
映画でも、まさにそんな感じでしたもんね。

米田先生:
監督は何もおっしゃらず、生徒も「誰だろう?」みたいな感じでね。何曲か演奏を聴いてもらって、帰られました。

樋野さん:
それだけ?

米田先生:
はい。もうこれで話はないだろうみたいなね。そんな感じでした。翌年の7月の定期演奏会に、スタッフの方が、ハンディカメラを持っていらっしゃいました。そのときのスタッフの方が、演奏会が終わったあとに、ぼろぼろ泣きながら「よかった。素晴らしいコンサートだった」って言ってくださって……。「ひょっとしたらまだいけるかも」なんて思ったけど。でもね、それっきり、何にもなかったんですね。
そのころ、僕はようやく『ウォーターボーイズ』を見て、「しまったなあ」と思いました。あと映画会社の方から『shall we dance?』『がんばっていきまっしょい』とか手がけてる映画をいくつか送っていただきまして、「わ! そういう会社だったんだ」と思って……。
その年の冬休みに映画会社からミカンが1箱届いたんです。部員みんなで『ウォーターボーイズ』を見ながら、そのミカンを食べたんです。「おもろいよなぁ」「あたしらあかんよなぁ」とか言いながら、「このミカンは取材のお礼で、“これでこの話はなかったことに……”みたいな、そういうミカンかなぁ。まぁちょっとええ夢見られてよかったやん」と話してました。あとで知ったんですが、そのころにはクランクインしてたそうです。
そして、次の年の5月、「映画ができました」って電話があって、「えぇー!」ってなって。

樋野さん:
いきなり!?

米田先生:
はい。「試写会を見に来てください」と言われました。

樋野さん:
いかがでしたか?

米田先生:
実は竹中 直人さんの大ファンなんです。よく「あのモデルは米田先生なんですか?」と聞かれるのですが、「はい、そうです」と言ってます。矢口監督にその話をしたら、「あれ、モデルは僕だっていう先生が5人ぐらいいるんだよね」って……。

樋野さん:
最後のシーンでも、竹中 直人さんが、客席のいちばん後ろで「僕が教えたの! 僕が教えたの!」って言ってるんですけど、あぁいう気持ちにはなるもんですか?

米田先生:
ちょっとだけ……(笑)。

樋野さん:
映画の公開後、やっぱり部員は増えていますか?

米田先生:
年々部員は増えています。映画の影響もあると思うんですが、映画になる前から、結構あちこちで演奏したり、中学校の説明会でも演奏しているので、「ジャズバンド部目指して来ました」という生徒もいますね。

樋野さん:
そもそも矢口監督がいらしたきっかけは?

米田先生:
8年前くらいになるんですけど、高砂高校に赴任してジャズバンド部の顧問になったときに、ピアニストの小曽根 真さんにも転勤のごあいさつをしたんですね。そうしたら「先生、よかったやん。1回見に行くわ」なんて返事があって……。ある日、いつもどおり合奏してたら、ガラガラっと突然小曽根さんが入って来て、で、1曲聴いた途端に小曽根さんの表情が変わって、「これはすごい。こいつらの目は輝いとう こんな女子高生、東京にはおらん」と気に入ってくれて……。それから勝手に学校に来るようになって、ひどいときは僕が寝坊して遅れて行ったら、もう先に小曽根さんが来てて、「先生、おはよう」みたいなことも……。
そのとき、ドキュメンタリー番組でテレビ局が小曽根さんを追っかけてたんですね。1年から2年かけてずっと取材されて、合宿にも来られたり、演奏会にもついてきて、小曽根さんと一緒にコンサートも神戸でやりました。それが『ジャズを君たちへ』という番組になって、全国放送されました。それをたまたま矢口監督がご覧になったらしく……。で、1年後ぐらいに、矢口監督がいらっしゃったという。

樋野さん:
わらしべ長者じゃないですけど、すごいきっかけが映画になったんですね。

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「演奏するより、聴く方が好き」
米田先生のそんなスタンスが部員を
のびのびと育てているようです。

樋野さん:
先生はずっと楽器をされているのですか?

米田先生:
僕とジャズとの出合いは中学校。僕はもともと本ばっかり読んでる少年だったんです。そのころちょうどSFブームで、筒井 康隆の小説にはまっていました。筒井 康隆のエッセイに山下 洋輔さんというピアニストが登場していたんです。山下 洋輔さんがピアノを肘で弾いたり、げんこつで弾くのがすごく刺激的で、それから山下 洋輔さんのピアノを聞くようになりました。フリージャズですね。あの人はね、ガソリン掛けて燃やしながらピアノを弾いてたんですね。

樋野さん:
中学生で、そんな前衛的なところへいきなり?

米田先生:
僕はこれがジャズだと思って、入っちゃったんですね。ピアノの弦がほとんど切れてたり、ピアノの鍵盤が折れてたり、「ジャズってなんてすごいんだ、なんて自由なんだ」と……。中学校の3年間はずっと家で山下 洋輔さんばかり、部屋の隅で膝を抱えてヘッドフォンで聴いていました。そして高校時代、だんだんそれ以外のジャズも聴くようになったんですが、後期のジョン・コルトレーンとかを聴いていました。大学に入って聴く範囲がだんだん広くなり、スタンダードジャズから、マイルス・デイビス、チャーリー・パーカーなんかを聴くようになりました。「チャーリー・パーカーのアルトサックスがかっこいい、これがジャズだ」と思うようになり、大学時代にアルバイトをしてお金をためて、アルトサックスを買いました。
で、大学を出て教師になり、初任で行ったのが兵庫県北部にある香住高校。漁業科のある田舎の小さな学校です。そのころサックスを吹くのが楽しくてしょうがなかったんで、吹奏楽の顧問になって、毎日クラブで練習と称して、放課後サックスを吹いて毎日暮らそうと思ったんです。きっと部員もいなくて暇だろうと思ったら、なんと香住町は町をあげての吹奏楽の町。小学校、中学校、高校、社会人とみんなバンドがあるんですよね。年間すごい回数の演奏会やっていて……。

樋野さん:
すごいところに行かれましたね(笑)。

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米田先生:
結局は香住町に8年間いたんですけど、ほとんど指揮棒振ってました。で、次にやってきたのが高砂高校です。

樋野さん:
高砂高校のジャズバンド部はいつからありますか?

米田先生:
僕がジャズバンド部の顧問して9年目です。ジャズバンド部になる前、いまから40年くらい前は吹奏楽だったそうです。あるとき乱暴な先輩が「今日からお前たちはジャズバンドだ」みたいな。当時そういうブームがあったみたい。

樋野さん:
高砂高校ジャズバンド部の顧問っていうと、バリバリ音楽をやっているイメージですが……。

米田先生:
そういう誤解を招くことが多いですけれど……。僕はジャズバンド部の顧問ですが、吹奏楽の経験がないんです。ジャズもそう。音大で専門的に勉強したわけでもないし、親が音楽に熱心で、小学校、中学校ぐらいのときにいやいやピアノを習わせられたり、クラリネットを買ってきたり……。でもほとんどやらなかったです。ただ、ジャズが好きで、ジャズの評論家になりたいと思って、専門書だけはやたら買って、やらないのに読んでるという、変な子でした。

樋野さん:
練習はスパルタなイメージを持たれがちじゃないですか?

米田先生:
「練習きびしいでしょう?」とか、「米田先生怖いでしょう」とかね(苦笑)。そういうふうに思われがちですが、実はそうでもないんです。香住で8年間吹奏楽部の顧問をしてきたんで、最初は、同じようにやろうかなと思いました。かなり無理をして曲の指導とか楽譜を前もって読んで、いろいろ言ったりしてたんですけど、途中からやめました。で、僕からあんまり言わなくなると、生徒同士で相談し始めて、それからメキメキと上達してきました。

樋野さん:
ガンガン引っ張るだけが指導、教育ではないんですもんね。

米田先生:
正直、すごく悩んだんです。「一応は顧問だけど、別に音楽の専門家でもないし、ジャズプレーヤーでもない。ジャズバンド部が元気に活動している中で僕は何をやってるんだろう」とか。何にも役に立たないけれどもクラブはすごいっていうのはかっこいいなぁっていうイメージをつくりたかったのもあったんです。けれど、ほんとに何にもやらなくなったら不安になって、僕はいてもいなくてもいいのかなぁみたいな、気にもなったんですよね。そんな中で考えたのは、自分が生徒とか他の人から見えないところでジャズバンド部を変えていこうという、そういうことを心掛けるようになったんです。これが秘かな楽しみみたいになりました。

樋野さん:
見えないところっていうのは?

米田先生:
いろんなタイミングでいろんな人に引き合わせたりとか、いろんな人をバンドの中に無理やり入れて演奏してもらったりしています。すごいプロのミュージシャンもいれば、昔ちょっとジャズをやっていたなんて人もいて、とにかくどんな人とでも一緒にセッションができる、そういう機会をどんどんつくっています。演奏会が増えれば増えるほど経験が積めて、得るものが増える感じがしますね。今日リハーサルで聴いていただいたと思うんですが、いかがですか?

樋野さん:
イメージとしてはのびのびしているな、という感じ。それ以前に、ビジュアルがセーラー服でビッグバンドっていうところで圧倒されますね。

米田先生:
「人前に出る以上、ちゃんとしなきゃ」という部分と、「あんまりかちっとしてしまうとおもしろくないっていう、生身の女子高生らしい、自由奔放なところを残しておきたい」っていう……。その辺のジレンマは大きいんですよ。

樋野さん:
ふだんのクラブ活動で先生が気をつけていらっしゃることはありますか?

米田先生:
当たり前だけど、とにかく生徒を早く帰らせることです。女の子ばかりのクラブで、ほおっておいたらいつまでも練習してるんですね。自転車で1時間くらいかけて来てるような生徒もいるんですよ。だから、とにかく早く終わって追い返すのが毎日大変ですね。

樋野さん:
みんな、上手くなりたい、練習したいっていう気持ちが先に立っちゃいますもんね。

米田先生:
極力、「練習しろ」って言わないようにしてます。顧問の立場で言うとほとんどずるいのひとことですね。例えば入部したての1年生って人数多くて邪魔じゃないですか。だから「土曜日と日曜日は勉強あるからこなくていいよ」とか「ゴールデンウィークは勉強あるから1年生休みでいいよ」とか言って、どんどん休みにするんですよ。で、1年生たちも「練習楽だな」と思って、最初は土曜も日曜も休んでるんだけど、だいたい5、6月で勘づいてくるんです。「このまま休んでたらいけないんじゃないかな」みたいになって、「先輩、今日私たち練習して残っていいですか?」と言う子が出てくるんですよね。そうなったら、だんだん帰らなくなってくるんですね。

樋野さん:
勉強にしろ、クラブ活動にしろ、普通「やれやれ」と言う方が多いんじゃないですか? 

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米田先生:
僕ね、「休もう」ってずっと言ってるんです。「土曜とか日曜は家にいて、家の手伝いをしよう」とか「お盆くらい休まないと世間体があるやろう」って言うんだけど、「先生だけ休んでいいですよ」とか言われて……(苦笑)。だからずっと練習してますね。一緒に練習したり、お弁当食べたりとか、とにかく一緒にずっといるのが楽しいみたい。こちらとしては付き合うのがつらいときがあります。
でも、自分が先頭に立って「やれー!」みたいに入れ込まないのがいい付き合い方なのかなと思います。

樋野さん:
まさに矢口監督の映画みたい。

米田先生:
『ウォーターボーイズ』の竹中 直人さんという感じですね。常にちょっと遠巻きにしながら相手にしてるのが、続いている秘訣かなと思うんです。僕が3度の飯よりジャズが好きとか、クラブ命みたいな人間だったら、生徒が逃げてっちゃうのかなと。あとはコンサートのお客さまが育ててくれてるところがあります。お客さまの反応とか、お客さまに言われたこととか、客席からどう見られてるかということを意識するようになると自然に変わっていきますよね。

樋野さん:
いろいろおうかがいして、先生は自分の思っていたのと違う方向に進んでしまったというようなお話がありましたが、それが生かされてるみたいなことはありますか?

米田先生:
演奏に関しては、ちょっとうらやましかったりするんですよね、生徒が楽器がバリバリ吹けたりしているのを見ると「自分の高校時代はこんなんじゃなかったなぁ」って。みんな、僕よりもずっと、一所懸命、精一杯毎日を生きてるなぁと思うときがありますね。「僕も、もうちょっと毎日一所懸命生きなきゃいけないかなぁ」と思います。10代ってほんとにタフだし、僕の1日と彼女たちの1日は同じに感じられないときがありますね。なんかすごく密度が濃い。うらやましいけど、ちょっともう一緒にはできないなぁって。もし僕が部員だったら、辞めてると思います(笑)。だから、かえって苦手なこととか、自分が無理して付き合っていることの方がうまくいってるんじゃないかなぁっていう。

樋野さん:
自分が好きなことが自分の仕事にできるわけではないですよね。

米田先生:
進路指導してても「これが好きだからこういう仕事に就きたい」っていうふうになるけど、「やめた方がいいよ」と言うこともあります。ケーキが好きだからパティシエになった子がいたんですが、甘いケーキの匂いに耐えられなくて辞めちゃったんです。しかも、辞めてからケーキが食べられなくなってしまって……。
ほんとに好きなのと、趣味とは違うんだと思います。僕は、ジャズが趣味みたいなところがあって、だからジャズの理論とか好きなプレーヤーとかジャズの歴史とか、ジャズの精神的な部分を生徒と一緒に話したら、生徒をダメにしちゃうかもしれないです。だから、そういう接点は持たないままで、のびのびというかほったらかしでやっています。

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<第2部>

高砂高校ジャズバンド部・ビッグフレンドリージャズオーケストラのみなさんの演奏

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『バットバット リロイブラウン』
『オータムリーブス』
『オレンジシャーベット』
『ジングルベル』
『サミーズグルーブ』
『A列車でいこう』
『ザ・チキン』(アンコール)

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お客さまとのQ&A

お客さま:
ジャズバンド部に入りたいと思って、高砂高校を選ばれた部員さんはどれくらいいらっしゃいますか?

(多くの部員が手をあげる)

米田先生:
知らなかった……。

(会場:笑)

米田先生:
いちばん遠くから通ってる人、どれくらい?

部員:
自転車で1時間。

米田先生:
ちなみにいちばん家が近い人は高校からどれくらい?

部員:
歩いて3分。

米田先生:
部室から見えてるもんね、家がね。

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お客さま:
米田先生をいつも常に信頼してやっていますか?

部員:
正直にですか? まぁまぁしてます。

米田先生:
えらい!

別の部員:
してます。

米田先生:
すいません、これちょっとちゃんとした答え返ってこないと思います(苦笑)。

フェリシモ:
本日は、映画の話も交えつつ、先生とジャズバンド部についてご講演をいただきました。スイッチを入れるということは、人を動かすとか、人を育てるということに共通してくるのではないかと思います。そういう意味で先生は人にスイッチが入る瞬間をたくさん目撃されていると思うのですが、その瞬間にあるものは一体何だと思われますか?

米田先生:
生徒を前にしてなかなか言いにくいんですが、確かに生徒が変わる瞬間というのは、特にジャズバンド部の部員ではよく目にします。あるときに姿勢が違ってきたり、練習やステージの様子が変わってきたり、その瞬間は見ていてしあわせだし、うれしいですね。
本人たちも何かを得た瞬間というのはすごくイキイキとしてますしね。その瞬間を得るのがステージだと思います。ステージに上がって、演奏する中で、何かそういうスイッチが入るんだろうと思います。それがお客さまとか、あるいは部員同士とかとのコミュニケーションの接点ができた瞬間ではないかなと思いますね。ちょっとうまく言葉にしにくいところなんですけれども、誰かとつながっていると実感したときにすごく、特に高校生は変わるような気がするんですよね。

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Profile

兵庫県立高砂高校ジャズバンド部と米田忠雄先生

兵庫県立高砂高校ジャズバンド部と米田忠雄先生
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
大編成のジャズ・ビッグバンドを結成する女子高生たちをコミカルに描いた矢口史靖監督による映画「スウィングガールズ」のモデル校。1965年に吹奏楽部として発足したが、十数人しか部員が集まらない時期が続いた。1975年、当時のOB部員が「この人数でもできるビッグバンドをやろう」と提案し、全員がジャズに転向。それ以来、着実に力をつけ、神戸市文化振興財団などが主催する「神戸中・高生ビッグバンドフェスティバル」の最優秀賞を2002年から3年連続で受賞している。

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その他のゲスト

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