神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 橋爪 紳也さん(大阪市立大学大学院文学研究科・アジア都市文化学 助教授)(当時)
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「まちの輝きを見つける」



<第1部>

はじめまして。私は、もともと建築とかまちづくりを専門にしています。特に人が集まる場所、空間を、ずっと勉強してきました。例えば遊園地とか野球場とか、ディスプレイデザインの歴史とこれからの計画を調べたりしています。



まちの輝きとは……
「観光」=光を観る 光を見せる

今回は、自分の専門で、ここ数年間申し上げていること、それが私なりの“まちの輝き”なのかなと思い、お話させていただきます。
私は、全国各地で話をさせていただいたり、まちづくりビジョンとか将来構想、プロジェクトを考える仕事をしています。観光に関する仕事が多いんですね。ただ、「旅館、ホテル、土産物屋、バス、タクシーの考えている観光というのは、私の仕事ではないよ」と、いつも申し上げています。
観光という言葉は、日本語です。旅行、物見遊山という意味合いで観光という言葉を使い始めたのは日本人が最初。明治のころに英語のサイトシーイングの翻訳語として当てはめたと言われています。最近中国人がまねして外来語みたいに使い始めています。日本人が観光という言葉を発明したとき、中国の古典の『易経』から取ったというのが定説になっています。「観光とは中国の古典の易経から取った言葉である。明治のころの日本人が翻訳語で使い始めた」って。観光の意味は、ふたつあります。ひとつは「光を観る」という意味。古代の中国の王が自分の息子に言うんですね。「将来君はこの地域の王になるんだ。自分が治める地域の隅々まで見て来い。各地の名産、地形とかすばらしいものを見て来い。わが領土の全体を知りなさい」と。そこでいう光は、地域の光り輝いているもののこと。名勝、美しい景色、おいしいもの、人情、すべて含めての光。光を見るのが観光である。そして、もうひとつの意味は「光を見せる」。将来の王さまがわが地域に来る。地域の人は出迎えて、最大限のもてなしをして、村の特産はこんなものだ、美しい風景はここだ、という光を見せるということ。このふたつの意味があるんだという説明になります。

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我々が考える観光、物見遊山は、そのうちの「光を観る」という意味が強くなるのかもしれません。もう一方のわが地域が誇りに思うことを見せるのも観光に含まれます。この後者の意味が大事かなと思うんですね。いまふうの言葉にすると、「地域ブランド」。ファッションブランドと同じように、「わがまちのブランドって何なの?」と考えることが各地で大事なことだと言われています。まさに観光、まちの輝きを示すということなのかなと思います。もうひとつは住んでいる人、市民が地域をいかに愛しているのかをどう語るのかということも、観光なんですね。
私は、まち中の盛り場で育った職人のせがれです。その目線から見て、地域の魅力、「まちの輝きって何なの?」と考えるわけなんです。そこから、人が集まる場所というのは、魅力的で都市的なんだと考えます。私が生まれ育った心斎橋だと、夜はほとんど誰も住んでなかったりするわけです。高度経済成長のときこどもだったので、年々どんどん友だちが減っていくんです。私が小学校のときは6年生で男10人、女8人とか。大都会のド真ん中なんですよ。統廃合されて、毎年何人も友だちが消えてなくなるんです。夜になったら誰も住んでないとこなのに、朝になると駅から仕事に行く人が何千人もわいてきて、夕方になったら飲みに行くおっさんらがわいてきて……。終電になったらみんな消えてってなくなって……、そういう場所に育ったんです。そういう場所って都市的な場所かなと思うんですね。

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“集客都市”という発想

1990年代前半くらいに、“集客都市”という言葉を考えました。ビジターズ産業という言い方をしています。ビジターというのは、まちに来る人、来街者。こういう言葉でまちの魅力を語れるんじゃないかと思ったんですね。アメリカのまちって20、30年前から中心部が衰えています。日本のいまの空洞化はアメリカがはるか前に経験しているんですね。店がなくなって、郊外のショッピングセンターばかりになり、中心部は治安が悪くなったりして、問題になりました。それを活性化するのは、アメリカでいくつかの事例があります。有名なのは町をテーマパークみたいにしてしまうというもの。それを見て、もしかしたら日本でもこれからそういう状況になるんじゃないかと思ったんです。
大阪の盛り場で育った経験からすると、夜そこに住んでいる、家がある、住民票を置いている、という人だけではまちはもたない。多くの応援団というか、ファン、仲間というか……、多くの人が「わがまちを支えているんだ」というふうに考える視点が大事だろうと考えました。住民だけがまちの担い手ではない。なるべくいろんな目的で人が来てくれるように考えなければいけない。それで“集客都市”という言葉を考えて、お客さまを集める都市、お客さまが集まりたくなる都市、そういう人を集めるおもしろい場所、店、新しい仕事を増やすべきだと言ってたんですね。「市役所や県庁がそういうことを考えないと、まちの中は事務所になって、夜になったらシャッターになって誰もいなくなって、そんなことでいいのか?」と言ってたんです。当時は全然相手にされなくて、「そんなことは民間がやればいい」と言われた。けれど、大阪は意識を変えたのが早かったと思います。“国際集客都市”という言い方を始め、私はその考え方をつくるお手伝いをしました。そのあたりから観光や集客を考えるようになりました。
(中略)

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なぜ、日本中のまちが人を集めなければならないと言い出したのか。その理由のひとつは、人口が減るからなんです。ひょっとしたら50年後には日本の人口は7、8割減かもしれない。私もそのころにはいないから行く末を見れませんが、人が減ってもしあわせな国にしていかなければならないのは間違いありません。でも、我々は人口が増えていっている国しか経験していません。1億2000万人用につくった国を、8000万人、もしかしたら6000万人で使い続けなければならないんですね。都市計画の専門家は、「従来つくったまちをどんどん削って、ある場所に集中させましょう」とか「災害が多い所に人が住んでしまったけど、そこから撤退するのかが次世代の仕事だ」とおっしゃっています。私は、ニュータウンをなくしていくのはどうかなと思うんですが、人は減っていくけど、みんながそのまちを大事に使っていける状況をつくりたい。そういう考えがあったから思いついた概念が“集客都市”なんですね。
もうひとつの理由は、政府が急に“観光立国”ということを言っています。これから10年くらい、このまま中国が経済成長を続けていけば東アジアで大海外旅行ブームが起こるだろう。中国が、日本と同じように豊かになれば、これから10年間くらいで年間1億人が海外旅行をするようになるだろう。ちなみに、いま日本人は年間1600万人くらいですから……。そんな状態を受けて、各国は(これから大事なのは)観光だと言っています。
これは「国のブランドを考えよう」という都市のブランド構想にもなるんですが、「いかに我が国を魅力的に見せるのか」ということに各国が力を入れ始めています。そのひとつの視点が観光なんですね。いかに観光客を迎えようかと、本当にアジア中で大競争なんですよ。
例えば、話題になるのがマカオ。いま、一大カジノリゾートです。アメリカのラスベガスのカジノリゾートホテルがどんどん新しいホテルをつくっています。聞くところによると、中国人はお金を持つと賭博に使う人が多いらしい。すごい額をかける人が数多くいるので、アメリカのラスベガスよりもマカオの方がかける額が多くなるんじゃないかと言われているんですよ。日本はまだカジノの法律ができてなくてつくれませんけど、その間を抜いて、世界最大級のカジノリゾートができたりとか、まち同士でどれだけ人を集めるのか競争しています。
去年、私のアイデアで、上海・釜山・大阪の3都市が、一緒になって観光都市としてがんばっていきましょうという調印を交わしました。「これからは上海・釜山・大阪で観光とかビジネスパートナーとしてがんばっていくんだ。新三都物語だ」と私が言ったら「三都物語って何?」と言われて……(苦笑)。そりゃ知らないよなと思って……。向こうの方の提案でゴールデントライアングルという名前になり、これから上海・釜山・大阪でプロモーションが始まります。

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アンバランスな日本の国際観光交流・インバウンド

なぜ急に日本中の都市が観光と言いだしたかというと、日本は世界で見ると、魅力のない国なんですね。世界でどれだけの人が観光に来るのかという2002年のデータでは、日本は33位。韓国、シンガポールにも負け、香港の3分の1ほど。逆に年間1652万人の人が海外旅行に行っています。海外旅行をしている我々は裕福ですが、ただ海外から日本に来る人は、524万人で、魅力のない国であると。人口と比べると魅力のない国なんですね。これを変えようということで、いまの内閣が急に“観光立国”を言いだして2、3年目に入ったところなんですが、観光でがんばろうというのは、日本国史上、画期的なことなんですね。戦前に一度、国際観光局をつくり、各地に国際観光ホテルをつくった時期がありますが、それ以来、数十年ぶりに日本も観光に力を入れることになったんですね。

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「ビジット・ジャパン・キャンペーン」事業の主な取り組み

真ん中に小泉 純一郎総理大臣がいます。「日本に来てね」と富士山をバックに小泉さんがアメリカのテレビCMに出ています。こんなのもいままで誰もしてなかったんですが、アメリカだと常識なんですよね。何代か前の大統領も「アメリカに来てください」とテレビCMを。韓国の大統領も、日本向けに経済危機のときにプロモーションビデオに出ていました。これが従来は旅行業者・ホテル・土産物屋・バス・タクシーの業界だけの話だったんだけど、今回は違うんですね。まちづくりであろうが、ビジネスであろうが、すべてのことで人に来てもらうことが大事なんだよという視点がようやく入ったんです。それを「ビジット・ジャパン・キャンペーン」、業界では「VJC」と略してます。2005年、愛知万博があって少し増えました。これを2010年までに年間1000万人の外国人客に来ていただく、倍増するということを考えています。例えば台湾とか韓国とか中国からのビザを入国しやすい状況に、去年は万博のときだけしました。これを継続してくれと向こうの国から言われたりしています。国の考え方が急に舵を切ったんですね。

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こんな考え方が各都市に下りてきたときに、10年前から私が言っている“集客都市”という言葉で言えるんじゃないかと思いました。住んでいる人にとって地域の誇りを確認する。その人に対して、いかに魅力的かということを我々は説明することを、もっとできないといけない。例えば、大阪の人は海外旅行をしたら、まず美術館とか博物館に行くんですね。でも、大阪の博物館、美術館に行く人はあんまりいないんです。わがまちの博物館、美術館へ行かないで、海外に行ったら「行かなくちゃ」と思うのはよくわからないんですけどね。そういう観光って、外へ行って自分たちが行動するだけじゃなくて、自分たちのまちのことも何が素晴らしいのかというのを知っていないといけないし、観光に来た人に対してどれだけ説明できるのかというのも、まちの魅力だと思うんですね。
関西は外国人にとって好評です。「東京の人よりとてもやさしい」と留学生が言うんです。例えば留学生が初めて日本に来て、道を聞くと、東京だと無視されたり、適当にあしらわれる。大阪のおばちゃんに聞くと、言葉は通じないけど、なんとかしようという努力は感じられる。最終的に言葉で言えないので目的地まで連れていってくれる。「こんなやさしいのは世界中あんまりない」と、人気があります。大阪に限らず関西人のホスピタリティーは大事だと思います。そういうのもうまくつくっていってもいいのかなと思います。

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都市のブランディング
ライフスタイル・ディベロップメント(生活様式の開発)

3つのことを申し上げます。ひとつは、まちのブランドを高めるべきだということ。もうひとつは新しい文化をつくるような、創造都市、ライフスタイル・ディベロップメント、生活提案という意味です。あと、戦略的イベントポリシー。
ブランディングというのは、ブランドをもう一度つくり直すということなんですね。そもそもブランドって何なのか。シャネルだろうが何だろうが、高級ブランド品、付加価値があると、原価はわからないけど、ブランドに対してすごいお金を支払います。ブランドってそもそも何なのかというと、ヨーロッパで牧畜している人が自分の牧場の牛をきちんと識別できるように焼印を押して「うちは違うんだ」と見極めることができるようにする、その焼印からきてるんだという人もいます。いかに他と違うのか。原価から積み上げて、適正な利潤をのせて、それで商品の単価が決まるんではなくて、先にイメージを膨らませて単価が決まって。そういうのがブランドだと思うんですね。
それを各国、あるいは各まちが競い合うように展開しています。1996年に韓国が文化CIというのをつくり、1998年イギリスがクールブリタニアという活動をしました。これが大成功だったんですね。従来のイギリスって元気がなくてどうかなというのを、イギリスの中でクール、かっこいいものを見つけましょうと。デザインとかファッションとかが、これからイギリスを支える大事なものだとして、わずか数年でイメージが変わりました。あまり魅力的じゃない地域のイメージをひっくり返す作戦に出たんです。同じように韓国も成功したので、いま、各都市が競い合っています。日本も各都市がブランドをつくろうとしています。大阪も大阪ブランドコミッティというブランド作戦を考えているんです。
京都のブランドというのはすごいんですね。京都市の資料で驚いたのが、10年くらい前から、京都市のパンフレットを見ると「京都は日本人の心のふるさとである」と書いてあるんですよ。誰が決めたのかって感じです。言ったもん勝ちなんですよ。京都は歴史があって古い都だとみんな思っていますが、実はそれは大きな誤解なんですね。京都のいちばん大事な工業は実は製造業なんです。全国の工業出荷額でもベスト10くらいに入るんですよ。ある人は「西陣焼きと清水焼がありますね」と言うけど、そんなもんじゃないんです。「島津製作所」「オムロン」「ローム」「キョーセラ」「任天堂」「三菱自動車」「ワコール」「第一工業製薬」「日本写真印刷」とかありとあらゆる分野のハイテク、ブランド力の高い工業がすごい数あるんですね。京都駅に降りて南へ行ったら一大工業地帯があるんですが、京都に来た人は、早く嵐山や東山、祇園に行きたいと思っていて、それらが見えてない。これが京都のいいところで、実際は工業で金儲けをしているけど、対外的には歴史と文化と大学だけの古い都、和菓子がおいしくて、舞妓さんがいたるところを歩いているみたいな誤解をふりまいているんですね。京都の場合は作戦ではなくて、結果的にそうなったというのがあるんですけど……。こういう話を東京ですると、「君の話はわかった。だけど私の京都の思い出はそっとしといてくれ」と。修学旅行で行った清水寺とか、恋に破れて歩いた三千院とか、歌の通りにみんな京都に行きはるんですわ。JR東海の宣伝に連れられて「そうだ京都、行こう」って……(笑)。そういう人たちの幻想があるんですね。これが地域のブランドなんです。
(中略)

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無理やりつくったシンボルでいうと、シンガポールのマーライオン。あれを見たら我々はシンガポールってわかるんですよね。シンガポールは貿易立国なので、観光に力を入れ始めてまだ30、40年くらいですが、その間に何にいちばん投資したのかをシンガポールの観光代表の方に聞いてみたんです。すると、「シンガポール政府はマーライオンに何億円かけてきたかわからない」とおっしゃいました。世界中のありとあらゆる、テレビ、写真、広告、シンガポールという文字が出るときには必ずマーライオンの写真をつけておく。言い方は悪いけですけど、世界中の人を洗脳したんです。だから、「シンガポール=マーライオン」と、頭の中ですぐ思いつく。世界の魅力的なまちって必ずそんなのがあるんですよ。エッフェル塔を見たらパリ、自由の女神を見たらニューヨーク、オペラハウスを見たらシドニー。あれは我々が洗脳されているんです。マーライオンを見たらシンガポールだと思う。シンガポールは、そこに毎年すごい金を広報、宣伝にかけ、ひとつのイメージ・シンボルでそのまちを売っています。それで行ってがっかりするのは仕方ないと思います。マーライオンには私もがっかりしました。どっかの人魚姫と、どっかの小便小僧と、マーライオンはがっかりするんですが、それはそれでまちのブランドだと思います。
もう一点、生活様式の開発。「ライフスタイル・ディベロップメント」と言います。そこに行かないと経験できないことを我々は楽しみに旅行に行くんですね。わがまちの魅力を説明するときに、「この都市のこの時間にここに来たら、とても感動的な経験ができる」という紹介のされ方って魅力的だと思うんですね。そういう場所とか時間をつくらないといけない。私は今年の正月はアンコールワットから初日の出を見ようと旅行しました。あそこは早朝、早く起きて行くのが売りなんです。そのときにそこに行かないと経験できないというのもまちの魅力のひとつだと思うんですね。それを意図的につくってる場合もあります。
シンガポールの場合だと、ライフスタイル・ディベロップメント、生活様式の開発だということで、政府の観光局がつくっているんですね。新しいまちだから、歴史、伝統をもとに、おもしろい場所、時間をつくっています。勉強になったのが、夜をどれだけ魅力的にするのかということ。1990年代後半ぐらいから力を入れてて有名になりましたけども、夕方からしか営業しない夜の動物園。真っ暗な中をライドに乗って動物を見てまわれるんです。あとまち中のクリスマスイルミネーションと中国の旧正月とを連続するようなものをつくって、アジア最大のイルミネーションの美しいまちにしてしまいました。いま、日本中の動物園がその後を追ってるんですね。夜だけ入れますとか、動物と触れあえる動物園とか。あと夜景。シンガポールの発想は、夜に魅力をつくることで、もう1泊してもらおうと考えています。ホテルで晩ごはんを食べて夜の飛行機が11時とかになると3時間くらい時間が空く。そこに何かまちの中にアトラクションを…… と、イルミネーションを考えたんです。
そういう話を各地でしていて、もうひとつ空いている時間があるよということに気づきました。海外旅行をしたら時差ぼけで朝早く目覚めてしまって、ついついホテルの周辺を歩いた経験ありませんか? そこで、朝が魅力的な観光地をつくったらどうかと、大阪の中央卸売市場の人と話をしました。そうしたら、市場では、月に1回くらいアメリカの団体客を受け入れていました。朝の3時くらいからマグロの解体をして、そこに来てもらうんだそうです。朝3時ですよ。「観光客は、眠くないの」って聞いたんです。そうしたら市場の方が「時差ぼけの勢いで来てるから大丈夫や」と……(笑)。そういう朝の魅力づくりをしたらどうかと、福岡の人と話をしたら、朝だけ営業のカフェを実験的に始められました。多分継続されると思いますが、そういうのもひとつの観光ではないでしょうか。
(中略)

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私がプロデューサーとして携わった仕事のひとつで、2001年に滋賀県が行った「夢~舞めんと滋賀」というイベントがあります。半年間地域のNPOの方とかいろんな方が滋賀県下で活動するプログラムを支援しました。多くの人たちの活動が地域で広がるような、それで観光客の人も来てもらえて、地域の人たちも元気になる。滋賀県の英断は、滋賀県でおもしろいことをするプログラムだったら、東京の人だろうが海外の人だろうがサポートしますというものです。大体行政がやることって自分のまちの人にだけお金を出しますけど、そうじゃなくて滋賀県下でやってくれることにはサポートしましょうということなりました。
最近そういうタイプのまち全体が博覧会場とかイベント会場で、「観光客どんどん来てください」というのが成功しています。「えひめの町並み博覧会」、日本で初めての町並みをテーマとした広域連携の観光の博覧会も成功しました。今年は長崎の「さるく博覧会」があります。「さるく」というのは向こうの方言で「歩く」という意味で、日本で初めての歩き博覧会。市民ボランティアのカリスマタウンガイドみたいな人が、まちを紹介してくれるのがメインのアトラクションです。
そういうイベントは、もともとそこに歴史があるから、伝統があるからつくられるというのではないということを申し上げたいのです。タイの世界遺産にスコタイというのがあります。いまのバンコクにある王朝の前の古い王朝で、古い遺跡がありまして、世界遺産になったんです。それが、世界遺産になっても全然観光客が来なかったんですね。そこで、彼らが考えたのが「スコタイ・ナイト」というイベント。花火と音のショーで、それを見ながら観光客が食事も取れるというものです。スコタイの場合周りが池になっているので、灯篭流しをショウアップして見せています。こういうイベントをつくって世界遺産を守りながら観光地として整備しようとしたんですね。これが大成功しているんです。タイでは各世界遺産で毎月どこかでショーをやっています。ダンスとか衣装を見ていると誤解するんですけど、現地で聞くと、滅びた王朝なのでダンスも衣装も残ってなかったそうです。ダンスも衣装も30年ほど前に新しくつくったそうなんですね。仏像の服をまねして衣装をつくり、いまの王朝のダンスをもとにして創作ダンスをつくったんだそうです。それを地域のこどもたちに踊ってもらって、歴史的な伝統と文化があるように見せたそうです。こんなふうに伝統と歴史が新たに生み出す事例があるんです。なぜ始めたのか。「観光客に来て欲しかっただけではない」と現地の専門家は言います。始められた方は「これは教育だ」と言います。タイの遺跡って、日本と違って廃墟になっているんですね。仏像も屋根もなくて雨ざらしで朽ち果てていて、レンガと壁しか残ってなかったりします。こどもたちは世界遺産だと習うんだけど、行って見たら「我々の郷土の誇りは朽ち果てた石でしかない」とがっかりするんだそうです。「世界遺産が魅力的ではない」とこどもたちが認識することに対して専門家が「これでは次世代に何も伝わらない」と嘆き、それでこういうイベントをつくったのだそうです。「新たに遺跡を見せるために、擬似的な伝統を描きなおしたんだと。これは次世代に我々の文化を伝えるためなんだ」と……。そういう意識は本当に大事だと思っています。

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まちの「輝き」を伝える

最後、今日のテーマ「まちの輝きを見つける」ということ。私なりの答えは、そのまちで、ある時間しか経験できないことは何かということです。それはある人と触れ合うことかもしれないし、画期的なイベントで感動を得ることかもしれないし、それはひとりひとり違います。だけどまちをよくするという立場から考えたときに、それはできるだけ多くの外の人、住んでいる以外の人と感動とか輝きを分かち合える、そういう経験をどんどん用意するということが大事なんじゃなかろうか。輝きというのはそこにあるというのはなく、輝き、魅力をいかに多くの人に伝えるのか、伝え方というのが大事なことだと思います。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
マーライオンのシンボルの話がおもしろかったのですが、橋爪さんが思われる大阪のシンボルをひとつ決めて売り出していくなら、何を選ばれますか。

橋爪さん:
世界でほかにない何かなら、大阪の場合、御堂筋です。なぜかと言うと、イチョウ並木があれだけの距離あるのは世界ではほかにないから。御堂筋をつくったときの経緯、受益者負担といって市民が負担しながらつくった道だというのも大阪らしいと思うんです。当時の大阪市の計画ならプラタナスとかを植えるのが当たり前でした。パリとか見て、ヨーロッパふうの街路樹を植えるべきだと。ところが、当時の大阪市のなかに見識ある人、「ヨーロッパのモノマネだけは絶対に嫌だ。アジア原産のイチョウを植えよう」とおっしゃったんです。これは当時としては常識外れなんですよ。秋になったら葉っぱが落ちて、しかも銀杏がなって臭い匂いが1週間くらい続いて、それが何キロにも渡って続くんですよ。ありえないんですよね。あの景色は世界どこ探してもない景色なんです。だけど、大阪の人も神戸の人もあれが世界にないって思ってないんですよ。外国の人は秋に見せたら驚くんですよ。
世界遺産の中には、文化的景観というジャンルがあります。熊野古道とか四国の札所、棚田などがそうです。また日本には、国宝・重要文化財で史跡、名勝、天然記念物というジャンルがあります。これは日本独自の制度で、名勝って世界基準じゃないんです。それを文化的景観というのに組み替えようとしていて、棚田を文化財にするというのが数年前に始まったんですね。それは農家の人の仕事も含めて、我々の国の宝だというスタンス。去年調査したのが京都の北山杉。あれは人工で植えた植林した風景だけど、あれも文化的景観というジャンルで文化財になるんですね。
次にあるのは都市の景観で、文化的景観として国の文化財にするのはどこかよいかという調査が今年から始まっていて、私は文化庁の委員をしています。例えば事例で挙がっているのが、御堂筋とか、仙台の魅力的な通り。御堂筋もすでにイチョウ並木の方は大阪市の登録文化財なんです。木の方はね。けれど、私は、通りも含めて日本の宝なんだと言っています。本当は道頓堀のネオンも文化財にしたいと言っているのですが……。

フェリシモ:
いままで当たり前だったまち並みが、新鮮に思える技を見出せたと思います。今日皆さまが見つけたまちの輝きは、遠い昔の人がつくったもの、もしかしたらいまできたばかりのものかもしれません。そんな輝きは、大事に守られてきたからこそ、いまここにあると考えます。いまある輝きを守り、明日へつなげ、いまはない輝きをつくり、これからも輝きであり続けるためには、橋爪さんは、何が必要だと思われますか。

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橋爪さん:
すごくむずかしい……。私がいつも思っているのは、いまの自分中心に考えるのはやめようということ。私は100年か200年かわからないけど、何世代かの中の何年かだけ生きているんです。よく言われる言い方では、いまは未来から借りているんです。その長いスパンの中で、何が大事かということを考えていかないとだめだと思います。いま我々が判断を間違うと困るのは50年後なんです。逆に我々は前の世代の人が間違った判断をしたから困っているのかもしれない。さっきも言いましたが、人口がこれから減少するのは予測がつかなかった。いまは、未来は人が減る可能性が高い。アメリカやドイツなど外国だと移民を受け入れて、人口修正をしたんです。いまの日本政府は移民を受け入れる政策は考えていないから、移民を受け入れない限り、人口が6000万人とか8000万人とかになるかもしれません。1億2000万人用に戦後復興でつくってきた国土を、50年後に8000万人用に快適な国にする間を私は担っている、という発想にすぐ立つんですよ。だから、どこまでも私は橋渡しなんです。未来の人たちにとって大事な輝いているものを用意するために、過去から渡された大事なもの伝える。これが、大事なことだと思っています。
自分の生きている時間の感覚を、どう見るのか。いま我々が何をすべきかというのを考えなければならない。これまでの時間感覚を変えなければいけないことが、いくつかの分野であるのではないでしょうか。まちづくりとか景観とかでは、特に。早く決断して変えなければいけないことも確かに出てきています。だけど従来の発想で常識だったものをやめて、もっと長いスパンでまちをつくり変えていくというのも大事だと思います。
今日申し上げたかったのは、住んでいる人だけでまちを考えるのではないということ。外からどう見えているのか、外から来た人たちもまちの担い手になる、という発想に立つと変わってくるでしょう。住民票を置いたからそのまちの市民なのかといえば、そうじゃないのかもしれない。学生の方も4年間だけ神戸に滞在して、神戸がとても大好きで人生にわたって関わる人もいるだろうし、4年で東京に就職する人もいる。住民票を置いていれば等しく市民というのは間違いないけど、大事にすべきなのは、神戸にしばらくいて、そのあと他のまちに暮らしてるけど、気持ちはいつも神戸にあって、「もうひとつのふるさとは神戸だ」とずっと思ってくれる人も大事な神戸市民だと、私は思うんですね。そういう人たちの思いを受け入れていくというまちづくりとは何なのか、ということを申し上げたいなと思います。

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Profile

橋爪 紳也(はしづめ しんや)さん<大阪市立大学大学院文学研究科・アジア都市文化学教室 助教授>

橋爪 紳也(はしづめ しんや)さん
<大阪市立大学大学院文学研究科・アジア都市文化学教室 助教授>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1960年、大阪市生まれ。84年京都大学工学部建築学科卒業。86年、同大学院工学研究科博士課程修了。90年に大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。
工学博士、イベント学会副会長、(社)日本ディスプレイ業団体連合会理事、(社)現代風俗研究会理事、(社)生活文化研究所理事兼副所長、(財)大阪21世紀協会企画委員、(財)大阪都市協会季刊誌『大阪人』編集委員、関西国際観光推進センターアドバイザー、NPO法人 水辺のまち再生プロジェクトスーパーバイザー他、公職多数兼務。国立民族学博物館共同研究員を兼務。
都市計画や都市の環境認知構造に関する研究、近代建築史・産業技術史・イベント史・ディスプレイ史に関する研究、建築企画・施設計画に関する基礎調査・研究、都市観光研究、環境計画学領域における研究など。
最近の著書に『集客都市 文化の「仕掛け」が人を呼ぶ』(日本経済新聞社)『モダン都市の誕生』(吉川弘文館)『大阪新・長屋暮らしのすすめ』(創元社)『飛田百番遊郭の残照』(創元社)『飛行機と想像力翼へのパッション』(青土社)など。

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