神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • AHN MIKAさん(モデル)
  • AHN MIKAさん(モデル)

プロフィールを読む

現在表示しているページ
フェリシモ
> 神戸学校
> AHN MIKAさん(モデル)レポート

「変わらない美しさについて」



<第1部>

幼いころの怪我、リハビリ
母に教えてもらった“4つの魔法”

フェリシモ:
本日はアンさんに、変わらない美しさについてお話いただきます。そもそもアンさんがモデルになられたきっかけは?

アン・ミカさん:
モデルさんって、小さいときから背が高くて周りに「モデルになれば良いのに」って言われてなった方とか、背が高くてかわいいからみんなに言われてその気になってオーディションを受けたとか言う方が多いんですけど、私の場合はちょっと変わっています。

フェリシモ:
アンさん4歳のときのお写真がこちらですね。

(映像)

アンさん:
私は5人兄弟です。私はすごく背がちっちゃくって、太っていたんですよ。真ん中の後ろの、一番背がちっちゃい女の子ですね。けっこういま顔が面長なんで、「え!?」って言われるんですけど。

PHOTO

実は、3歳のころ、階段から落ちて、それで唇の中を切ってしまうという大けがをしたんですね。それで笑うと唇がめくれ上がるという障がいが残ってしまったんです。それを治すために、母と一緒にリハビリを始めたというのが、モデルになったきっかけです。普通3、4歳のころって、まだこどもらしさが残ってる年齢だと思うんですが、こどもって残酷なんで、「何でミカちゃん、歯茎が真っ黒なの?」とか「唇がめくれあがってるよ」とか結構ストレートに言うんですよ。それで容姿をすごく気にする性格になってしまったんです。私の母は、韓国から日本に来た在日韓国人、私は2世になります。両親は二十歳で日本に来て、一所懸命日本語を覚えて商売をしたんです。母は資生堂の美容部員で、花嫁さんのメイクとか、美しい所作を教える先生だったんですね。母は「目鼻立ちが整ってるのが何も美人なのではなくて、相手にとって心地が良いなと思う人がきれいだから、ミカちゃんは自信がないからといって下を向いてると印象が悪いので、相手に印象が良いなと思われるのが大事だよ」と教えてくれたんです。
それから「4つの魔法というの教えるね。美人になれるよ」と教えてくれました。いまもずっと実践してることなんですが、今日はそれをお教えします。
1つ目は、相手の目を見て話をするということ。これって自分に自信がなかったり、自意識過剰すぎると簡単にはできないですし、相手の目をじっと見るというのも怖いです。だから、たまに目をそらしてあげるということも大事。だから母はいつも六面鏡でメイクをしてたんですよ。母に「何でこんなたくさんの鏡でメイクしてるの」って聞いたら、「人っていうのは正面から自分の顔を見るっていうのは非常に少ないでしょ。いろんな角度から自分の顔を見ているよね。だからいろんなところから見て、化粧してるのよ。いろんな顔の角度を見てると、自分のいいところが分かってくるから」って。だからまず、相手の目を見て話をする、でも、たまにそらす。そらしたときには、今度は自分が見られてるから、伏せた目の美しさも意識するっていうことを教えてもらいました。
2つ目がおへその下に力を入れるということ。モデルが太りにくくなることの理由のひとつに、常におへその周りに力を入れているということがあります。そうすると、太りにくい体質になってくるんです。そして、新陳代謝が高まって、体が温まるので便秘になりにくく、肌が荒れにくくなります。一石二鳥なんですよ。でね、いま、みなさん、少しの間、椅子に浅めにかけてみてください。ちょうどお尻から5センチほど下で。それでおへその下に力を入れますと腰が立ちやすくなります。おへその下に力を入れていても深く腰をかけているとどうしても背もたれに甘えてくるんです。
だから、ちょっと浅めに腰をかける。これね、お尻の下から太ももの裏あたりの筋肉が非常に鍛えられるんです。もっと鍛えられたいなと思う方は、足を、内側ではなくちょっと外側に斜めにして置いてください。外側に置いた足をちょっと向こうの方に出して、手前の足を少し内側に斜めに引くんですね。すると、座っていても立ち上がった時に内側の足を引いて立ち上がると美しく見えますし、見た目にもきれいですし、非常に体力を使うんですよ。きついと思ったら足を左右に組みかえてみてください。

PHOTO

3つ目は、お腹から声を出して、相手に聞き取りやすい声で話すということ。私は自信がなくて小声だったんです。相手の人に、「ごめん、もう一度言っていただける?」って言わせてしまうことは不親切だし、話の腰を折ってしまうのでよくないんです。だから、相手に聞き取りやすい声で話すということ。
そして、最後は口角。口の両端を上げる。ピエロスマイルとも言いますけれど、ピエロのように口角を上げる。下がっていると目の下にどんどん肉がついていきます。そして口角が上がりにくくなっていきます。だから余計に口角が下がってきます。口角が下がっていると悪循環。最近、顔筋肉トレーニングというのが流行っていますけれども日本に持ってこられた神戸の先生が発祥らしいですね。口角を上げるようにしていると、顔面が痛くなってきます(笑)。これってすごく効くんですよ。どんどん、顔の肉が落ちてきますし、顔筋トレーニングっていうのはだいたい目を垂れさせて口を上げさせて頬の筋肉を挟む運動をして顔を痩せさせていくんですけれども、普段から口元が笑っていると目元も自然と笑うようになってくるんですよ。よく目が笑ってない人がいるって言いますけれども、そういう方は意外と口も笑ってないんですね。これは相手に良い印象になりますのでぜひ試してみてください。
私は歯茎が見えてしまうという傷が残ってしまったので口角に力を入れないとどうしても唇がめくれてしまうということで一所懸命トレーニングして、手術もせず、歯の矯正もせずに治したんです。

ページのトップへ

“4つの魔法”で自信を持てるように。
母が亡くなるまでに、モデルになりたいという思いが……

いまの4つの魔法をずっと母とトレーニングして、5歳のころにやっと、人前で堂々と振舞えるっていう自信を持つことができました。

フェリシモ:
もう1枚、小さいころのお写真があります。

アンさん:
これはめずらしい笑顔の貴重なショットです。

フェリシモ:
笑顔がめずらしかったんですか。

アンさん:
口元に傷が残っているので笑顔が少なかったんですよ。

フェリシモ:
お母さまの影響で、小さいころからモデルを目指されてたんですよね。

アンさん:
自信がついてきてからはシュークリームを食べるときもそのCMの真似をしながら食べたり、ポテトチップスとかもCMに出るつもりで練習しながら食べたりね。ナルシスト度が高まっていきました(笑)。中学のときに、励まし続けてくれた母が急に病気になり、意識不明になってしまったんですね。母の意識があるうちにモデルになったという報告がしたいと思い、受験シーズンだったんですけれど、オーディションを受けまくったんですよ。とある事務所に集中的に書類を送ったんですけれども、5回送って5回とも返ってきたんですよ。
「おかしいな」と思いまして。きっと私の写真写りが悪かったんだって思いました。なので、私、電話をしまして、「写真写りが悪いかもしれないので、実物を見てはいかがでしょうか」と……(笑)。

PHOTO

フェリシモ:
すごい、積極的!

アンさん:
売り込みをしまして、「そんなに言うなら来てください」ということで行ったんですけれど、結局実物もあんまりということで(笑)、落ちたんですね。でも、そのときに社長さんが、「梅田に来たら、事務所に遊びにおいで」って言ってくださったんです。で、毎週のようにその事務所に遊びに行きましたね。いま考えたら、若いからできたんだなと思うんですけど……。2、3ヵ月たったころに、レッスン生で欠員が出まして、「最終選考のレッスンを受けてみるか」というお話があり、レッスンを受けて、最後はエージェンシーに入ることができました。

フェリシモ:
粘り勝ちですね。

アンさん:
粘り勝ちです。粘り勝ちだったんですが、当時は身長が160センチ、陸上競技部で色が真っ黒でしたから、「いますぐ仕事はできないので高校3年間、経験のために入ってもいいけれど、高校卒業したら違う道を見つけてください」と言われました。それで、中学、高校と陸上に明け暮れていました。大学推薦で陸上の話があったんですが、身体検査に引っかかってしまい、取り消しになったんですね。急遽進路がなくなってしまったんですね。親と相談した結果、モデルに非常に未練がある。せっかく母が亡くなる前にモデル事務所に入るという報告はできたけれど、仕事を1本もできないっていうのが、納得できなかったんです。どうしてもモデルをしたいという思いが募っていました。
父が「もしモデルをするのであれば3つ条件がある。ひとつはまず、高校卒業してひとり暮らしをすること。そしてもうひとつは、一流になるまで帰ってこないこと。3つめは、社会に役に立つ資格を持つこと。モデルというのは、顔に怪我をしたり足が骨折したら、できなくなる仕事なので、いつも新聞を読んで、社会がどんな方向に動いているかっていうのをきっちり見定めて、自分がどういうふうに、社会の役に立っていくことができるのかっていうことを冷静に見ること。」この3つが条件だったんです。

フェリシモ:
お父さまは厳しく努力をさせてくださったんですね。

ページのトップへ

5万円を握りしめてパリへ!
門前払いの苦い思い出。

アンさん:
結局、高校のときに入っていた事務所も条件通り辞めて、フリーランスになったんです。東京に行くお金がまだなかったので、まず、3ヵ月アルバイトをして、お金を貯めました。それで、5万円だけ持ってパリへ行ったんです。南半球周りの25時間かかるシンガポールエアラインという飛行機に乗って、(写真を見ながら)これ初めてのパリですね。それが大変勉強になりまして。

フェリシモ:
どうでしたか。

アンさん:
厳しかったですね。でもちゃんと厚かましさも持ち備えていまして、まず電話帳を開いてモデル事務所を30社ほど見つけ出したんですね。やっぱり世界中からモデルが集まってくるので、モデル事務所もたくさんあるんですけど、この当時アジア人の需要が少なかったんですね。だから、「日本から来た、AHN MIKAです」って言っても、「あぁ、うちはアジア人は必要ない」。それでも30社の中から3社だけが面接をしてくれるということになりまして……。
もう、パリだけが望みと思って行ったんですけれども。エージェンシーを受けたんですが、まずアポイントメントを取って、玄関で「アロー。AHN MIKAです」って言って。「約束してるんで、ヘレンさんを」って言ったら、秘書のような方が私の下から上までをじーっと見て「Merci, Au Revoir」って帰されるんですよ。会わせてもらえないんですね。「なんでかな」と思って、1週目は言葉もよく分からなかったので帰ってきたんですけど3軒それが続いたんですよね。「どういうことかな」と思って、3軒目では「困ります、このまま帰ることができない」と。

PHOTO

聞くと、私が来ていた白いチャイナカフスのサテンのベストが私の体型を致命傷に見せる服装だったらしいんですね。私はそれまで、流行ものをアジア人っぽく着こなして世界の舞台で挑戦しようと思ってたんです。やっぱり、自分に似合ってて、自分らしい洋服で勝負しないと、世界中からモデルが集まってくるんで話にならないということで、自分を知るっていうことが大事なんだよっていうふうに教えられたんです。私は特に、首の真ん中で切れてピチっとしたものを着ると顔が乗ったように見えるんですね。私の場合、タートルだったら、ふんわりして肌見せの感覚を足した方が顔が小さく見えるとか、Vネックが深いほうがすっきり見えるとか、見え方があるんですね。それを教えていただいて、もっと自分を知ってからもう一度挑戦しなさいと……。

フェリシモ:
一度帰国されたんですよね。

アンさん:
そうです。それから、自分を知るために、まず色の勉強しようと思ったんです。例えば、黒色だけでも300種類ぐらいあると言われています。本当の黒っていうのは意外とないんですね。黒って実は赤を濃くしていったり、グリーンを濃くしていったりすることで黒になるので、黒も青みがかっている黒とか、黄色がかっている黒ってありますよね。この黒私に似合うけどこの黒は、似合わないとか。モデルになると私たちよく勉強させられるんですが、「高級ブティックに行って、身の丈に合わない服をどんどん着なさい」と。そういう洋服をどんどん着て、「自分が良い服を着たときどう写るかっていうのをしっかり見なさい」と言われるんですけれども、そういうことを勉強しました。それから、自分の見え方ということでウォーキングとか、姿勢だとかも特訓して、でもう一度、挑戦しようと思ったときにチャンスが訪れたんですね。

ページのトップへ

チャンスは突然、
たまたま行った京都のクラブで……

マネージャーさんがたまたま、「京都の地下街のクラブでプロのデザイナーになる前の方々がファッションショーをしていて、おもしろいから見に行かない?」って誘ってくれたんですね。そしたらそこにたまたま京都の舞妓さんを撮影に来ていたドイツ人カメラマンがいらしていて……。そこにビューティー&ビーストというブランドで仕事をされている山下 隆生さんの洋服をカメラマンさんが気に入ったから、その洋服を使った撮影をしたい、誰かモデルを……と探されていたらしく声をかけていただいたんですよ。で、「明日僕竹藪で撮影するんだけど来ない?」って言われて。それで撮影をしたのがこの『FACE』っていうロンドンの有名な雑誌、あと『ID』というファッション雑誌。その雑誌の中表紙、表紙をしまして、その写真がその年の世界の広告賞を受賞することになりました。
この写真をきっかけに、あの山下 隆生さんもロンドンでデザイナーとしてデビューすることになって、日本でデビューの前にパリでコレクションをされることになったんです。彼もそれまで外国人のモデルしか使ったことがなかったので、ありがたく私がパリコレクションに連れて行っていただけることになりました。

フェリシモ:
かなったんですよね。

アンさん:
ひょんなことから。京都の竹藪に行かなければパリへの道はなかったんです。で、2回目の挑戦はラッキーなことにパリコレクションに参加ができたということから始まって、それからこの写真を持って、同じ事務所の門をたたいて、やっと何かが変わったよという感じでした。

フェリシモ:
パリコレクションの楽屋口の写真ですね。こちらすごくリラックスした表情ですね。

アンさん:
これは、荒川 眞一郎さんという、この当時鯉のぼりとかモチーフでおもしろい作品をパリで発表されていた方のコレクションです。

フェリシモ:
パリコレにご出演され、帰国されて、それからもうほんとに、たくさん仕事が順調に?

アンさん:
帰国後、いまのエージェンシーがやっと認めてくださって、エージェンシーに入ることができて、モデルの活動が始まりました。大阪からパリに行った人がいなかったので仕事が増えました。初めてのお仕事がコマーシャルだったんですね。ちょうどヴィダルサスーンというシャンプー&リンスのオーディションがきました。
母の言いつけがありまして、韓国では成人式を向かえるときにチョゴリを着ますので、髪の毛が3つ編みで長く結べる長さっていうのが必要なんですね。だから絶対にパーマや毛染めをしてはいけないと言われていて、実はまだ未だにしたことがないんですよ。ずーっと生まれたときから。ほんとそれを守っていてよかったって、母からのプレゼントだなって思うお仕事でした。
非常に髪質を評価していただいて、6年ほど使っていただいたんですね。特別な髪の毛の手入れ方がありましてね。それのおかげで髪質を保てたなと思うんですけれども、韓国って各家庭に、家庭直伝の美容法があるんですね。特に食べ物やフルーツをよく使うんです。実はね、市販のトリートメントにとある物を混ぜて、これからの寒い季節、静電気を防ぎながら、髪のつやを保つ方法がありまして、私の家はバナナ。これを3分の1本ほどまず練りまして、それに卵白をちょっと入れて、でレモンを軽くしぼるんです。レモンの酸でバナナの香りが消されて、でこれ軽くやわらかく泡立つんです。それと一般のトリートメントと混ぜたものを、週1回髪の毛に塗布してるんですよ。で、蒸して……。ほんとにツルッツルになるんですよ。髪ってこちらから(頭のてっぺんから)とかしますけれども、逆さの方向にとかす方って少ないですね。これ、男性もするだけで髪の毛の退化速度が違います。はい。

PHOTO

(会場:笑)
頭の血行っていうのはやっぱり、一方方向に髪をとかしているとそちらの方向にひっぱられていって抜けやすくなるので、朝起きたとき、女性は、化粧のりが悪いときとかむくむときに逆さに髪をとかすとすごくいいんですね。自然と血行がよくなって。で埃を取ったあと、シャンプーをして、頭皮をゆすぎますよね。で1度タオルで拭いて、まずトリートメントを毛先からします。で、しっかりゆすぎます。その後、リンスでコーティングをするんですね。トリートメントで栄養分を中に入れて、リンスでコーティングをする。量はちょっとずつでいいんです。正しい使い方で髪の美しさがぜんぜん違う。で髪の毛は乾かさずに寝たら水分がたくさん蒸発して、クセ毛がたくさん出てくる。だから必ず、ブラッシングでとかしながら。で、最後動物の毛でできたブラシで髪の毛をあてがって、直角に熱を当てると艶が出るんです、ぴかっと。つやっつやになるんですよ。
(略)

フェリシモ:
で、あとほかに作品がビデオであるので、そちらもご覧ください。

ページのトップへ

仕事は順調に。でも次第に違和感を感じるように……
アン・ミカにしかできない仕事って何?

フェリシモ:
このように順調にお仕事が入ってこられたんですが、ふと、何か自分に違和感を持った時期があったんですね。

アンさん:
そうですね、ちょうど親にも認めてもらって、実家にも顔を出すようになって……。あまりにも仕事が忙しくなってきて、そのうちに言葉を使った仕事をしてみないかという相談もありまして、モデルっていうのは実は言葉を使わずに表現する仕事です。たまにコマーシャルで台詞があっても、その企業のイメージになりきってしゃべるので自分はいつも透明感を維持していなきゃいけないので、生活感が出せない。だから、テレビで自分の発言をするとか、人の相談に乗るとか、そういうことはできないんですね。人の相談に乗るっていうのは自分の経験をしゃべらないと説得力がないので。じゃあ経験を喋ると生活感が出てしまう。この当時はまだモデルさんが、前に出てテレビでしゃべるっていうのが、いまほど認知されてない時代だったんですが、たまたま人生相談の番組のオファーがありまして。深夜番組だったんですけれども、でそれにちょっと挑戦してみようと思って、一度してみたんです。私が1時間、相手の話をゆっくり聞いた後、最後にひとこと、「でもね、あなたそれ甘いんじゃない」て言ったら、テレビはそこを何回も使うわけですよ。じゃあ私はものすごく言葉が厳しいモデルとして放送されるんですよ。で、そういうことで結構、その番組で、私はあまり見え方を気にせずに、一所懸命に相談に乗った結果、非常に手ごわい、厳しい、辛口の印象というのができ上がって、それでテレビでイメージが定着したんですね。でもそのお陰でお仕事がたくさん来たんです。

PHOTO

仕事がなかったころに比べたら毎日毎日仕事があって、忙しくなったんですけど、ほんとに仕事をこなすようになっちゃったんですよ。毎日同じ現場に行って、服を着て、はい、はい、はいってこなすようになってしまって……。何をやっても達成感が得られない。いままで楽しいと思ってたことが全く楽しくなくなった時期があったんですね。そうこうしているうちに、ふとモデルという仕事っていうのは入れ替わりが早いですから、この仕事いくつまでやっていけるんだろう。私じゃなくても代わりという人がたくさんいる。もっと私ならではの社会の役に立つお仕事がしたいなっていうふうに考えるようになっていました。
そのころちょうどですね、2002年のワールドカップが差し迫っていまして、丁度私がAHN MIKAという名前、そのときはAHNという名前でやってたんです。本名がAHNと書いてアンというんですね。これは韓国にしかないAHNなんです。
「何でアンさんなんですか? 外見がアジア人なのに」ってよく聞かれ、「韓国で、安全の安でアンて言うんです」ていつもどこでも言ってたので、クライアントさんが覚えてくださってて、ワールドカップの前に、これから時代はワールドカップだから韓国に行ってお仕事をしないかってたくさんオファーをいただいたんですよ。これこそ私がやりたかった仕事だって思ったんですけど、韓国語が喋れなかったんです。
韓国語を覚える機会が全くなかったんですね。それで、ちょっとわがままを言って、どうしても留学したい。で、お休みをいただいて行かせていただいたんです。

フェリシモ:
韓国留学のお写真がちょっとありますので、見てみましょうか。

アンさん:
もう、いろんな価値観が変わったというか、すっごく勉強させていただきました。留学するのにすごく不安だったのは、実はこの年で30歳だったんですよ。
18歳の子にね、韓国に行って自己紹介をするときに、「私はAHN MIKAです」って言って「日本から来ました」って言ったら、「あ、じゃあミカリンって呼ぶね」って言われたんですよね。新鮮でした(笑)。あの、そうなんですよね、学生ですから私は。日本では、ずっと裸の大様だったんですよ。モデルでキャリアを積んでいた私は、仕事をしててミカリンって呼ばれることがなかったんですね。で特にそういう年下の方から、カジュアルな、タメ口で話しかけられたり、突然後ろから肩をたたかれることもなかったんですよ。はじめ私は、すごくカッカしてたんです。何でこの子たちにミカリンて呼ばれるんだろうって。でも、よく考えたら、学生なんですね、私は。ここで韓国語という言葉を共通の目的で勉強しに来ている学生なんだということを忘れて、すごくプライドが高かった。
であるとき、クラスにいた銀座のクラブのママに、「あなた、すごくプライドが高く見えるんだけど同じクラスで同じ韓国語を勉強しに来てるのに、あなたがモデルであろうとここでは全く関係がない」っていうふうにずばっと指摘していただいて目が覚めまして、それからこのクラスメートっていうのは一生の大親友。また、自分のアイデンティティがこう変わるきっかけがありました。例えば数字の呼び方の授業がありまして、先生が、「このクラスに韓国人は何人居いますか?」と聞くんです。私が「私と○○くんと○○ちゃんは在日韓国人で……、5人います」と答えたら、「違いますよ、先生ひとりです」て言うんですよ。先生に悪気はないんですけれど、すごくショックで……。「どういうことですか」って大討論になってしまったんです。私たち在日韓国人が、日本でどういう問題を抱えているのかっていうのを韓国では全然知られていないんですね。「あなたたちは、国の言葉が喋れないんだから日本人なんだ」っていうふうに言い切られてしまって。すごくそれが考えさせられることになりました。日本にいると、韓国人っていうことになって住みにくい部分があって、でも、韓国に来てもこう言われてしまうと、自分の居場所がなくなった気がする。これを否定すると私は日本に来た両親を否定することになってしまうんですね。だから、これをポジティブに考えたらどうだろうということで話し合いをしたんですよ。

PHOTO

韓国の学生さんていうのは非常に積極的で、私たちが韓国語を一年で覚えようと思うのが、彼らたちは半年ぐらいで覚えるんです。なぜかというと、間違えることが恥ずかしくないんですよ。間違えたらどうしようって思わない。積極的に喋りかけてきますし、意外と、海外の方たちにオープン。だから、授業中に突然、韓国の大学の人が、扉を開けて入ってきて「すいません、君たちは日本人で集まる悪い癖があるから僕たちとランゲージエクスチェンジをしよう!」って言って授業の途中で黒板に書いたりして、先生もそれ良いよって授業を明け渡すんですね。だから、韓国の大学の男の子たちと女の子たちとで、価値観とか、日本で知られてないこと、韓国で知られてないこと、たくさん話しました。
結局1年間留学し、日本に帰ってきて自分ができることを見つけました。学生さんたちに見つけていただきました。

フェリシモ:
で日本に帰られてきてまた活動を再開されたんですか?

アンさん:
言葉を使う仕事をしようと決めました。自分が持ってるものに目を向けたとき私は、在日韓国人っていうのは両方の血と文化を持っている。両方の言い分っていうのがニュースを読んでいても、文化面で分かりやすいですね。だから、そういう役に立ち方ができるかなって。そして私が売れたら“韓国人モデルのAHN MIKA”って言われるんだ。それはやっぱり両親の血が入っていることを認めていただけるってこと。韓国から帰ってきて初めて、スカイパーフェクトTVで、韓国語講座を持たせていただきました。自分の生い立ちを生かした初めての仕事ですね。旅をしながら女性がひとりで簡単な韓国語を覚えたら身近な国を楽しめるんだよっていうことで、この仕事はほんとにやりがいがあって、楽しかった仕事でした。

ページのトップへ

<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
数多くの女性がアンさんにあこがれを抱いているかと思うんですが、ご自身があこがれている女性の方は誰でしょうか?

アンさん:
たくさんいます。全体的にやっぱりイキイキと輝いている人にあこがれます。私はほんとにすごく母への理想が高すぎて。すごくきれいな人だったので。母は一生抜けないなという気持ちはしますけれども。あと、ユマ・サーマンがすごく好きです。きれいでいながらちょっとユーモアのある、スパイスの効いた女性が好きなので、あの方が選ぶ映画とかってちょっとシュールなイメージがあるじゃないですか? そういうのもこなされて、ヴィトンとか王道ファッションというものも着こなされて、お子さまもいて生活もあってっていう方を見ると、すごいなってあこがれます。

お客さま:
いままで、アンさんの人生に影響を与えた本とか映画があれば教えてください。

アンさん:
たくさん、ありますね。影響はされやすいんです。ものすごく。いまとっさに浮かばないんですけれども本も映画も、そうですね、電車の吊り広告でさえ、自分がそのとき持っているテーマで何か自分がアンテナを発して探したいと思っているときって目が合うものっていうのは全て自分にすごく強い影響だなと思うんですね。

フェリシモ:
悩み事やストレスで心が弱くなってしまったときに、アンさんはどういうふうに対処されていますか。

PHOTO

アンさん:
悩み事を夜考えるとマイナス思考になって、つい今日1日のうちにすませてしまおうと思っちゃうんですよ。だから夜はなるべく考えないで明日の朝考えようっていうふうに、考え事を1日持ち越すようにはしています。
それに私、意外と、カッとなりやすいんですよ(笑)。思ったことをはっきりと言うんですね。それで後悔することが多くて……。言葉の刃って、自分はすっきりするけれど相手には一生残るんだなって。だから言葉は1回飲み込まなくちゃいけないんだっていうことを勉強させていただきました。
あとね、私クリスチャンなんですけれども、ふとしたことから神社、仏閣巡りが趣味になりまして……。で、おみくじがすっごく好きなんです。おみくじの裏に書いてる言葉ってすごく良いですよね。“1日自分が生きているってことに感謝しなさい”って大好きな文言があって、そのおみくじを持ち歩いてるんですよ。何か悩み事や願い事があったらまず神社に行って、おみくじ引くんです。「いまの私にふさわしいお言葉をください」って言って。だいたい自分が「あ!」って思うことが書いてあるんです。私影響されるのって映画や本じゃなくておみくじかもしれませんね(笑)。

フェリシモ:
最後に神戸学校事務局からの質問です。アンさんのように素敵な人生を送るためにはどうすればいいか、これまでの人生で学ばれたことのなかから、現代に生きる女性に向けてメッセージをお願い致します。

アンさん:
まわりの人に心地良い印象を与えること、この人といると何だか楽しいっていう空気をつくる。例えば、いつも落ちてるものをさりげなく拾う人とか、そういう小さいことでもいいと思います。また最低限周りの嫌がることをしないとか、ほんの些細なことを実行することで人って、誰かの役に立つことができると思うんです。その能力を社会に役立てるかって外に向けたときに、初めて向こうも答えてくれて、そこでコミュニケーションが広がっていく。私はできるだけ小さいことでも人の役に立つように、その人が喜ぶように話をしたり、そばにいられたらいいなって心がけています。女性には豊かな母性本能があると思うので、そういうこまやかな気配りができると思うんです。楽しく明るく心地よく感じる人になっていけばみんなから必要とされて明るく過ごせるんじゃないかなと思います。

ページのトップへ

Profile

AHN MIKA(アン ミカ)さん<モデル>

AHN MIKA(アン ミカ)さん
<モデル>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
大阪府出身。18歳の時、東京のクラブで出会ったドイツ人カメラマンにモデルを頼まれ、それがロンドンの雑誌「I・D」に掲載される。その後、パリコレなど世界の舞台に立つアジア人モデルとして開花。モデルだけでなく、雑誌でのエッセイ執筆、テレビ映画出演もこなす。
代表作は、MAZDA“PREMACY”、ユニクロ“ストレッチパンツ”TVコマーシャル、NIKE WOMEN’Sキャンペーン雑誌広告、矢沢永吉“The Truth”ビデオクリップ、’03 Canonアジアキャンペーン スチールall媒体ほか。特に、NHK『ぐるっと関西』などのテレビ番組で、在日韓国人という立場を活かし、レポーターとして韓国文化を独自の視点で紹介。

ページのトップへ

その他のゲスト

ページのトップへ