神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 向井 万起男さん
(医師 慶応義塾大学医学部助教授)
  • 向井 万起男さん
(医師 慶応義塾大学医学部助教授)

プロフィールを読む

現在表示しているページ
フェリシモ
> 神戸学校
> 向井 万起男さん (医師 慶応義塾大学医学部助教授)レポート

「確かなものとの出会い」



Flash content here


<第1部>

「以心伝心」なんて言うけど、本当に伝わってんの?

フェリシモ:
今日は向井さんの魅力に迫りたいと思います。まずは写真についてうかがいたいのですが、向井さんは写真を撮られる時にいつも意識していることがあるとうかがったんですけど。

向井さん:
基本的に写真を撮られるのは嫌いです。僕の笑顔って写真でご覧になった方はいらっしゃらないんじゃないですかね。理由は、写真映りが悪くて実物の方がいいから。 嘘ですよ(笑)。

(会場:笑)

フェリシモ:
神戸学校で撮らせてもらった写真はいかがですか?

向井さん:
やっぱり実物の方がいいと思いますよ。

(会場:笑)

PHOTO

向井さん:
なんかね、イヤなんですよ。今日もそうですが、慢性睡眠不足なんですよ。 今日も4時間ちょっとしか寝てないので。睡眠が足りてるのって日曜日くらいですね。まあ、睡眠が十分足りて、どれだけイイ男になるか分からないですけど(笑)。

フェリシモ:
あと印象的な髪型ですが、若いころからですか。

向井さん:
これは理由は簡単。床屋さんが嫌いなんですよ。笑い上戸なので。床屋さんに行って頭を触られたり肩もんだりされるとくすぐったくてたまらないんですよ。最後に床屋さんに行ったのは22歳の時だと思います。今年60ですから38年間床屋さんに行ってないんですね。自分でやるとなったら一番簡単なのがこのヘアスタイルなんです。後ろも手鏡で自分でやってるんですよ。

フェリシモ:
いまお話してても軽妙でとっても楽しいんですが、以前向井さんが「雄弁は金なり」っておっしゃってたことを聞いたことがあるんですけど。

向井さん:
「沈黙は金」「雄弁は銀」ってよく言うじゃないですか。おしゃべりせずに、 黙ってる方がいい。あんまり好きじゃないんですよね。 こういう言葉もあるんですよ。「沈黙は愚か者に残された唯一の武器である」。こっちはなぜそんなに有名にならないんでしょう。誰でも黙ってるとなんか博識があるんじゃないかなって思われるでしょう。だから自分に自信がなかったら黙っているに限りますよね。
しゃべりさえしなければ中身がないっていうのがバレないっていうのがあるじゃないですか。だけど、僕は「雄弁こそ金である」という考え方もあると思う。しゃべらないと伝わらないこともあるじゃないですか。「以心伝心」なんて言うけど、本当に伝わってんの?って思うわけ。「いまの伝わった?」と、確認した方がいいんじゃない?っていうのが僕の基本的スタンスですから。僕はすごいおしゃべりですよ。

ページのトップへ

恋心っていうよりは最高の友人だったんですよ。
私が唯一心を許せる友人。

フェリシモ:
向井さんの大切なパートナー向井千秋さんとのお話もおうかがいしたいと思います。

向井さん:
あのね、本当は今日のこの会、来たくなかったんですよね。こんなこと言ったら怒られちゃうけど。いまね、女房、日本に帰って来てるんですよ。一昨日帰って来たんですよ。だから、私こんなところに来てる場合じゃない。

(会場:笑)

でも、本当は東京にいても女房に会えないんです。10日ちょっと女房は日本にいますけど、女房は忙しくて、私が会えるのは一日だけ。明日だけなんです。明日だけ私の家に来ますから。ひどいでしょ?

(会場:笑)

フェリシモ:
1年に何日くらい会えるんですか。

向井さん:
今年(2007年3月31日現在)は、まだ一回も会ってないですよ。結婚して20年ですけど、同じ屋根の下で暮らしたのは、まあ二年半くらいですからね。

フェリシモ:
今年の最初に、向井さんご夫妻のことを描いたドラマがフジテレビで放送されましたが、ご覧になりましたか。

向井さん:
恥ずかしいから見てないです。

PHOTO

(会場:笑)

自分のことを誰かが演じているのを見るのは気味悪くありません? 石黒賢さんのことも菅野美穂さんのことも初めて知りましたから。石黒賢さんとはまったく会ってないし、菅野美穂さんとも会う予定もなかったんですけど……。実は先日、奇跡に近いなって思うことがあって……。女房のことを演じてくれた菅野美穂さんと町で偶然に会ったんです。
去年12月、その番組の制作発表記者会見の3日後、慶応病院で仕事をして、夕方うちに帰ろうと思って山手線に乗ったんですよ。代々木から池袋まで行く予定で電車に乗ったんですよ。そうしたら、突然女性に「失礼ですが向井さんですか」って言われて、「ええ、そうです」って言ったら「私、菅野です」って。「私あなたのこと知らないけどなー」って 思って見てたんですけど(笑)。しばらくして、気づいたんです。「ひょっとして菅野美穂さんですか」って聞いたら、「そうです」って……。そんなのあり?って思いません?

(会場:笑)

「奇遇ですねー」って菅野さんと握手しちゃって、「どこで降りるんですか」って聞くと、「新宿です」って言うから僕も一緒に降りちゃった(笑)。で、新宿のプラットホームでしばらくお話。気がついたら約5分間、私ず~っと菅野さんの手を握っていたんです。でも菅野美穂さんはえらい。その間ずーっとニコニコしてた。ずっと握り合っていた。(なぜなら)私が離さなかったから(笑)。
この話、笑われちゃいますよね。嘘っぽくて。でも本当の話ですから。これが私からフジテレビに、菅野美穂さんからもフジテレビに伝わって、フジテレビのプロデューサーからスタッフ以下みんなひっくり返ってましたよ。そんなことってあるのかって(笑)。

フェリシモ:
向井さんが、千秋さんとの結婚を意識するようになったのはどんなときでしたか。

向井さん:
えーっと。(結婚するまで)6年間付き合ってましたからね。
当時私は大学の病理医で、寝食忘れて研究に没頭していました。あのころって病理学の研究しかしなかったよなーっていう6年間です。仕事で3日間家に帰れなかったりして、両親に迷惑がかかるから33歳の時にマンションに引っ越しました。それで、毎日マンションにこもって英語の論文書きまくってましたよ。
そのころの唯一のやすらぎが女房とのつきあいだったんです。疲れたとき、誰かと話をしたいなーってとき、電話をかけてたのが(旧姓)内藤千秋です。気分転換にちょっと電話で話をしたり、エアーポケットみたいに時間ができたらふたりで飯を食いに行く。これが6年間続いたんですよ。だから、恋心っていうよりは最高の友人だったんですよ。私が唯一心を許せる友人。そういう関係でした。
なんとなく、結婚するなら40歳くらいかなーとか思っていました。39歳になってふと考えたら相手は千秋しかいないじゃんみたいな(笑)。

ページのトップへ

女房は全く変わってませんよ。何ひとつ。

フェリシモ:
ご結婚の直後、千秋さんは宇宙飛行士としてアメリカに行かれることに?

向井さん:
女房が宇宙飛行士に選ばれちゃったので、当初結婚は女房の宇宙飛行が終わってからっていう気持ちもあったんです。ところが1986年1月28日にチャレンジャー事故が起こって、スペースシャトルの飛行再開がいつになるか分からなくなった。ということは、このままだといつ結婚できるか分からないというんで、これはもう、とりあえず結婚しちゃおう!成り行きにまかせようということで、チャレンジャー事故が起こった年の12月に結婚したんです。そして、半年後に女房はアメリカに行くことになりました。

フェリシモ:
千秋さんが宇宙に行かれた時はどんな気持ちで待ってらっしゃいましたか?

向井さん:
これはね、「女房が宇宙を飛んだ」(講談社)って本にも書いてあるんですけど。なかなか言葉や文字で言い表せないものがあって……。多分、みなさんが思っているほどは、心配してませんでした。なぜかっていうと前から覚悟を決めていたから。
「何か起こるかもしれない」、宇宙飛行士の家族ってそのくらいの覚悟はできているもんですよ。みなさんもお気づきと思いますけど、チャレンジャー事故やコロンビア号事故で、ご遺族が誰1人、NASAを訴えてないですよね。誰も訴えない。誰かの何かの間違えがはっきり証明されても、その人を訴えませんよ。みんな「そのくらいのことは覚悟してる。」って言います。打ち上げ前にそれくらいの覚悟は決めてるってことですね。こういうことです「人間は必ずいつか死ぬから」。

PHOTO

怒られちゃうかもしれないけど、人間の寿命なんて、たかだか80歳でしょ。普通に生きていれば80くらいで死ぬわけでしょ。だったら「自分が本当に行きたかったらどうぞ」っていうのが私の基本的スタンスです。これが平均寿命200歳なら絶対行かせない。やっぱり200年生きて欲しいから。

フェリシモ:
宇宙から帰ってこられた後は、ご夫妻で宇宙のことについてお話されましたか。例えば宇宙飛行士の人とかは「考え方が変わりましたか」とかよく聞かれると思うんですけど。そんなお話をされましたか。

向井さん:
これは、私の予想通りでした。女房が宇宙に行く前から分かりきってるなーって感じもしたんですけど、女房は全く変わってませんよ。何ひとつ。予想通りなので驚きもしないんです。だって女房の1回目の宇宙飛行期間は、たった15日間ですよ。15日間の経験がそれまでの人生を上回っちゃうっていうのは、それまでの人生がいい加減だったという風に僕は考えてますけどね。女房が飛んだ時42歳です。たった15日間がいままでの42年間を上回るなんて、そんな馬鹿な! それは日々の積み重ねがなかった証拠なんじゃないの?って。
女房も言ってますよ、「私の人生観が宇宙飛行で変わったとしたら打ち上げまでに変わってる」と。「あとの15日間はついで」だって。

フェリシモ:
千秋さんは帰って来られてから、重力を感じることがすごく不思議そうだったというエピソードを聞いたことがありますが……。

向井さん:
私が『君について行こう』という最初の本を出した時に、読んでくださった方は覚えてらっしゃると思いますけど。打ち上がったところで終わってるんですよ。
なんでやめちゃったかというと、後は私が分からないから。だから続きを、書く気はなかったんです。「続編を書きませんか」と言われても断り続けてたんです。
(続編を)書こうと思った最大のきっかけは、女房が、自分の宇宙飛行が終わって1年後に「自分の15日間の宇宙飛行で最高に興奮したのは無重力でもなんでもない。地球に帰ってきて重力を初めて感じたことだ」って教えてくれたことなんです。
わずか15日間で体が完全に無重力に慣れちゃって、地球に帰ってきたら、自分の体が地球の中心に向かってものすごく引っ張られるのを感じるわけです。そうなるということを、想像もしていなかった。
いままで40数年間地球で生きてきて、重力なんて感じたことないわけですよ。モノをこうやれば(向井さん、手元にあるおしぼりを落とす)落ちるけど、確かに重力のせいなんですけどね。でも、重力だなんて普通思わないじゃないですか。でも、女房は「落ちるのが不思議でしょうがない」と。だから「宇宙飛行をして一番面白かったのは、宇宙にいた時ではなくて帰ってきてからだ」と。これを言った宇宙飛行士っていまだかつてひとりもいないの。これには「へぇー」って思って。この話がなかったら続編書かなかったですよね。

ページのトップへ

「マキオちゃんより大事なものがある」って言ってくれるとより嬉しい。

フェリシモ:
奥様が2度も宇宙に行かれたり、いまもフランスと日本で離れて暮らして いらっしゃいますが、離れて暮らすことに不満はないですか。

向井さん:
それは全然ないですね。お互いに、そんなこと言ってる暇がない。僕は本業が忙しい。メジャーリーグの分析に忙しいし、それからDVDも見なきゃいけない。やることがたくさんあるんですよ。寂しがってる暇がないくらいです。
もうひとつは晩婚だったせいでしょうね。私39歳、女房34歳で結婚してますからね。世の中のことは多少分かる年齢でしょう。20代よりは。男女の中についてもある程度わかるわけですよ。例えば僕の例でいけば、女性に対する幻想なんてほとんどないですから。まぁこんなもんだろーみたいな。過度の期待、幻想を抱いていないので、これ相当大きいと思いますよ。だから私絶対浮気していないので。ばかばかしくて。女房以外の女と浮気する気なんてさらさらない。

PHOTO PHOTO

あと、女房が私と結婚してくれたのは嬉しいけど、自分の人生まるごと私に掛けてくれたら気味悪い。自分の人生をまるごと私なんかにかけないでって言いたいの。俺ってそんな男じゃないよって。そういう感じなので、好きなことをやってるんで助かってますね。「マキオちゃんより大事なものがある」って言ってくれるとより嬉しい。

フェリシモ:
これからご夫妻でやってみたいことは。

向井さん:
女房は本当にポジティブ、前向き、明るいの。私の60年間の人生でこれほど好奇心が旺盛な人間っていないんですよ。一緒にいるとすごく楽しいの。最高に!
  もうふたりで決めてるんですけど、これまで一緒に過ごさなかった分、リタイヤ後は、ふたりで北米大陸、主にアメリカ合衆国をドライブしようって。これは絶対実現させる夢。女房も楽しみにしているし、私も楽しみ。私にとっては楽しみ以上に、ラッキーだと思ってますね。なぜかって言うと、女房は史上最強のアメリカ旅行ツアーガイドですから。女房はアメリカ生活が長いので、私よりもはるかに英語はうまくなっちゃって、アメリカの社会システムだとかいろんなことを知り尽くしているので、史上最強ですよ!車の運転は私よりもうまい、難所にきたら女房にタッチするんです。

フェリシモ:
『君についていこう~』そのまま(笑)?

向井さん:
そう、そのまま!
女房も野球は嫌いじゃないので、メジャーリーグ30球団を回るのもいいし、マイナーリーグの試合を見るのもいい。マイナーも私結構好きなの。マイナーはメジャーリーグの6倍あるので、これを全部見るっていうのもいいなあ。

     

ページのトップへ

<第2部>

Q&A

お客さま:
千秋さんとご結婚される前と後で恋愛観や人生観、結婚観は変わりましたか。

向井さん:
結婚しても、結婚観、恋愛観は何も変わっていません。過度の期待を持たないから。そんなもんだよねーって結婚前から思っているので。若いころは違ったんですけど年を経るごとにだんだん分かってきた感じです。
次は人生観。広い意味での人生観は多少変わりましたよね。なぜかっていうと、私の女房ってものすごく明るくて、前向きで、好奇心旺盛で、なんにでも興味を持つので。結婚するまでは、私は自分のことを結構明るい方だと思ってました、話好きだし。こんなに話好きの私なのに、国際電話だと、8割女房がしゃべってるんです。彼女は、僕のすごい上を行ってるわけですよ。「マキオちゃん、なんでそんなにしゃべんないの?」って言われるんですよ(笑)。女房と一緒にいると気分が高揚しますよね。生きてるって本当にいいな~って思います。この世に生を受けたありがたみを実感できるというか……。掛け値なしに私は女房と結婚できたことをハッピーだと思っています。最高にしあわせです。今度生まれ変わっても女房と結婚したい。本当に。

PHOTO

お客さま:
興味のないことはしないということですが、今日はどうして神戸学校に来たんですか。(会場:笑)

向井さん:
私は人前で話すのが大好きなんですよ。言ってるじゃないですか「雄弁は金」って。自分の話を聞いてくれる人がいるっていうのはとても有難いと思ってますね。今日はフェリシモの方(司会者)と対談でしたけどね、ひとりでしゃべれっていえば私6時間でもがんがんいけますよ(笑)。そのくらい好きなので、話すことは好きなことに入ってるわけです。
自分の書いた本を読んでくれる人がいることもとても嬉しいです。それにしてもみなさん、こんな天気のいい土曜日にこんな会に来ちゃって、本当にいいの?とか思いません? ほかに楽しもうと思えば楽しめるのに、こんな長時間にわたって私のために来ちゃってくれて……。有難いです。

ページのトップへ

最後に

フェリシモ:
今日はいかがでしたでしょうか。

向井さん:
こんなんで本当にいい?って感じもしますけど、来た甲斐はあったと思いますね。自分では思う存分しゃべったんですけど。本当だと、もう2時間くらいあればいいな。しゃべり足りないなっていうのがちょっとありますけど。悔いになることではないので。よかったな~って。

PHOTO

フェリシモ:
ありがとうございました。向井さんご自身に興味を持たれた方は、『ハードボイルドに生きるのだ』(講談社)と『愛人の数と本妻の立場』(講談社)がお勧めです。千秋さんとのエピソードに興味をもたれた方は、『君についてい行こう』『続・君について行こう』(ともに講談社)という本がおすすめです。

ページのトップへ

Profile

向井 万起男さん<医師 慶応義塾大学医学部助教授>

向井 万起男(むかい まきお)さん
<医師 慶応義塾大学医学部助教授>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
慶応義塾大学医学部専任講師を経て助教授。一方、少年時代から宇宙に熱中。 昭和61年同大学院心臓外科医から宇宙飛行士に転進した向井千秋さんと結婚。 平成6年米国に留学。平成6年と平成10年、2度のスペースシャトルで宇宙 に飛び立つ妻を見守った。その経験を綴ったエッセイ「君について行こう~女房は宇宙を目指した」「君について行こう 女房が宇宙を飛んだ」を出版。14年妻と共同で「ザ・ウイッシュ・リスト」という本を翻訳、原書にある6000の願いから3801を選び、夫婦の願いをそれぞれ100ずつ足して「4001の願い」として出版。日本病理学会(評議員)日本臨床細胞学会(評議員)日本婦人科腫瘍学会(理事)

ページのトップへ

その他のゲスト

ページのトップへ