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神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「わたしの映画のつくり方」



映画は予算の厳しい環境なんだけれど、作家にはとても自由な場所

市川 準さん:
えー、緊張します。ほんとに。こういう講演って生まれて初めてって言っていいくらい。司会の方の、ちょっと仰々しいスピーチが余計緊張を強いるような……(笑)。しかも90分って……(苦笑)、どうしたものかと思っております。

フェリシモ:
監督は“異業種監督”として有名だと思いますが(お仕事の)スタートはCMからだったのですよね?

市川さん:
“異業種監督”という言葉もずいぶん懐かしい言葉です(笑)。僕が映画を撮り始めたのが20年前ですね。「BU・SU」というデビュー作がちょうど20年前。20年で20本なのでほぼ年に1本くらいで映画を作っていて……。生業としてはCMをいまだに続けていて、CMと映画を行ったり来たりというのは全然変わらないですね。
“異業種監督”と言われたのは20年前僕のデビュー映画の頃。CM演出家が映画をというのがあんまりなかったような覚えがあって。
(中略)
「楽しいCMヒットメーカーがどんなに楽しい映画か」と思っていたら、びっくりするくらい、すごいくらい青春映画だったというか……。(でも)最初から割と僕は映画志向でいたのかなという気はしています。

フェリシモ:
監督の中でCMと映画は全く別という感じでしょうか?

市川さん:
CMも映画の一場面を切り取ったようなCMを目指していたというか、そういう感じのCMの作り方が最初から好きでした。だからCMの演出家になれた頃から、いつも映画の一場面を切り取ったような、たった15秒なのに(映画の)2時間近い前後の時間を感じさせるようなドラマ的なCMっていうのを目指していたところがあり、そういうところで少し目立ってたのかもしれないです。
(中略)
ということでですね、最近作をつないだDVDがありまして13分ほど見てください。これで時間がつぶれると……(笑)。

最近作CMが流れる
「タンスにゴン」沢口 靖子
「  〃   」田中 裕子
「キンチョール」豊川 悦司
「マザーズオークション」美輪 明宏
「マザーズオークション」八千草 薫
「ジョージア」渡 哲也・木村 拓哉
「パンパース」
「ミドリ安全」
「タケダアリナミン」
「FANCL」
「サンドラッグ」吉岡 秀隆

市川さん:
最後の2本はまだできたてほやほやで、オンエアも(まだ)してないかもしれないんですけど、最後のCMは2分だったりして、ああいう「長物を作りませんか」って話がこのごろは多いんですけども。あれは30秒ごとに分けて、テレビで放送するんだと思います。「市川を雇うともれなく2分がついてくる」みたいな話が(笑)。このごろ、30秒のCMでも必ず1分2分のバージョンを作らせてもらうという傾向になってしまいました。CMではさまざまな要望に答えられるというのがひとつの信条です。お笑いからヒューマンなものからドラマ的なものから全部できたらいいなぁ、というのを信条にしているところがあるんですけど。

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フェリシモ:
映画とCMのお仕事を同時にされていると思うのですけれども、スイッチのような切り替えはあるのでしょうか?

市川さん:
映画を作っていた初めの頃は、CMの現場が日常だったから、映画の現場に行くと戦争のような(あわただしい)感じ。CMは極端に言うとワンカットを1日かけて撮るようなそういう余裕があったけれど、映画は1日に何シーン? 1シーンの中に10カット位あるのが3シーンぐらい撮らされたりとか。馴染むのが大変だったけど、いまは逆に映画のスピード感に魅力を感じるみたいなとこもあります。いまは映画の皆の判断、集中力とか気合の入り方が好きですね。CM(の撮影現場)に来るとあまりにもゆるいので。CMは時々たるんでるような感じでヤになる時があるくらい(笑)。

フェリシモ:
両方のバランスがあるから、両方にいいエネルギーが行ったりすることも?

市川さん:
CMと映画を交互にやれていることが、自分の中ではとてもいいバランスなんじゃないかと。CMばっかりやってるとすごく何か煮詰まっちゃうし。だからCMの演出家が映画を撮りたいと思う気持ちが出て来ているこのごろの傾向がものすごく良くわかるっていうか。(映画は)CMに比べたらとんでもなく貧しい(予算の限られた)世界なんだけど。やっぱり映画を作る、残るものとかそういうことも含めて映画っていうのは魅力があると思うんですよ。

フェリシモ:
CMは短い、映画だと長い、その違いで表現方法は変わりますか?

市川さん:
変わりますよ。CMでは間なんてのはあんまり楽しめない。本当は間がいっぱい欲しかったのに、商品カットに何秒も取らなくてはいけないから、間が取れなかったり。映画は間を楽しめるっていうか、時間の豊かさにいつも喜びを感じますよね。映画っていうのは、ある種、無制限だからうれしいです(笑)。掘り下げられるというか、映画はやっぱり自由なんだと思う。予算の厳しい環境なんだけれど、作家にはとても自由な場所なんだと思うんですよね。いろんなことが試せるというか……。うん。

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映画を観て、自分に自信を持ったり、元気に生きていってくれればいいな

フェリシモ:
原作のある映画をよく撮られている印象があるのですけれども、選ばれるポイントはあるのでしょうか?

市川さん:
そんなに自分から言い出したものはなくて……(苦笑)。自分に主体性がないようなんだけれども。まず一番印象に残っているのが『つぐみ』っていうよしもとばななさんのものが。ばなな(さん)が、僕の「BU・SU」っていうデビュー作のすごいファンだったらしくて『つぐみ』っていう本を送ってきたんですね。で、読んで、すごいいい本だし「映画にしたいです」って言って、2人だけで映画化がもう決まってみたいなことがあって(笑)。そういうこととか、送られてきたものがちょっと良かったみたいなことが多いです。
自分からっていうのはそうだな……、「トキワ荘の青春」と「トニー滝谷」くらいじゃないのかな。あんまり自分からはないですね。 「ノーライフキング」なんていうのは“映画化決定”なんてスポーツ紙に出てて。「誰がやるんだろ? 近未来ものだし自分には向いてないな」なんて思ってたら、次の日電話がかかってきて(笑)。
「病院で死ぬということ」も、すごいタイトルでびっくりして原作を読んだんだけれど、その延命治療の現場のドキュメンタリーというか、とても辛い話がいっぱい書いてあって……。(略)だから、僕はすぐに断ろうと思ったんですね。それが家内に「あなたがこれと格闘したら、いい映画になると思う」って。あまり言わない奴なのにそういうことを言ったもので、気になってもう1回読み直してみて。原作には書かれていないもの、つまり人間の死というものについて考えてみたら、風景を撮りたいと思い出しちゃって、半分以上風景の映画になっちゃったんですけど。結局、人の生を応援することで死を描きたいみたいなこと、いまここに生きていることはかけがえがないということを、なんか歳時記的な風景とかの、息の繰り返しのような日々の営みみたいなものを16ミリで40時間くらい延々撮り続けちゃったんですね。編集するのが大変だったんですけど。それが一番賞を取りましたね。そういう風に自分がちょっとしんどいと思ったものにぶつかっていったり、格闘したりすると意外と面白いものになるってことが、経験上あったような気がします。(略)

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フェリシモ:
最近では「トニー滝谷」がトリプル受賞で話題に! こちらは何か転機になった作品ですか?

市川さん:
村上 春樹はずっと気になっていた作家で、映画化の許可がほとんど出ない人だという評判があったりして、ほとんど諦めていたんですね。仕事で知り合ったCMプロデューサーの方が村上 春樹と親友で、「口きいてみてあげる」なんて言ってくれて、そしたら、なんか許可が出まして。あまりにも地味だしこんな本が映画になるのかって、ほとんどのプロデューサーが食いついてこなかったんですけど、ある不思議な人がひとり登場しまして……。その人のお陰で、お金はないんだけれどとにかく自分の思い描いたままにできたという。(略)宮沢 りえやイッセー尾形がほとんど手弁当で参加してくれたり……、しあわせな現場でしたね。もちろん、ものすごい辛かったり大変だったけど、あれほど自由だった現場はないんじゃないかと思います。

フェリシモ:
「あしたの私のつくり方」を拝見した時、学生の中にある独特の空気が描かれているのが印象的だったんですけれど、ご自身と年齢差のある主人公の話を撮る時、監督が気をつけられていることは?

市川さん:
うまく言えるかなー(笑)。今日はこれがメインの質問ということで、ちょっと考えてきたんですけれども(笑)。“今日ヤなことがあっても明日はいいことがあるかもしれないから”って言葉がキーワードみたいな映画なんです。実は3年前に孫ができまして、女の子なんですけど、その子がかわいいんですね。その3歳の孫が14歳になったときに、「おじいちゃんいい映画作ったんだね」って言ってもらえるような映画を作ろうという思いがありました。この歳になって青春映画はかなり疲れたんだけれど、「よし頑張ろう!」と思えたのは孫の笑顔のおかげでしたね。孫が遠くからでも僕を見ると笑うんですよね(笑)。それがたまらないんですよね……(愛おしそうに)。
原作者の思いも強くて、オ―ディションしながらも随分いろんなこどもたちに聞いたんだけれども、いじめられた経験のある子はいじめた経験がある。必ず両方の経験があるみたいなことがいまの空気なんだな、とか。私の孫もきっと嫌な時代をいっぱい生きてくんじゃないかとか、いっぱい(嫌な)物を見るだろうなと……。そういうときにこの映画を観て、自分に自信を持ったり、元気に生きていってくれればいいなって……。
それと、僕はどっちかというと“昭和”っぽいし、「3丁目の夕日」とか、「トキワ荘の青春」とか、そっちのタイプに志向しているように思われていたと思うんだけども。携帯電話だとかメールだか、しかも中高生、女の子たちを素材として、ほんとに普遍的ないつの時代にも通じる青春映画を撮ってやる!というこれこそ冒険というか、挑戦でしたね。

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映画っていうのは孤独な人の味方

フェリシモ:
映画は誰かに伝えたいという思いで作られるのですか?

市川さん:
最初の頃から言ってたんですけど、映画っていうのは孤独な人の味方だっていうようなことをいつも思いますね。“ひとり”に届くみたいな気持ちで作っています。良い映画の構造を読み解くと、いつも“ひとり”を応援しているっていうか、孤立している人間を励ますようなところがあって、それがいい映画のひとつの要素なんですね。「アパートの鍵貸します」みたいな喜劇もそうだし、「真昼の決闘」っていう西部劇もそうだし。ひとりぼっちだったり、孤立したりする人間が再生していくみたいな、なんかそういう映画が名画になってるような気がします。
僕の最初の頃の映画を「うつむき加減のプライド」って呼んでた人がいるけど。なんかこう、孤高でいつも自分の誇りだけをもって生きてたりする人が意外に好きでしたね。最初の何本かはそういう映画になっているような気がします。そういう人間が人との繋がりみたいなものを回復していくっていうような映画を、繰り返し作っていたような気がします。

フェリシモ:
最後には絆を取り戻す?

市川さん:
人に対する期待を感じて終わるみたいなこと。コミュニケーションが成立して、めでたし、めでたしということではないんだけど、そういう予感で終わるみたいなことが好きですね。
「トニー滝谷」もそう、電話をかけて切ってしまいますよね。切るんだけども、またかけるかもしれないっていう気がする。そういうつもりであそこで切ってみたんですけど。切っても温かいものが残る、そういう感じが好きですね。都会で育った人間の気分なのかもしれないけど、あんまりベタベタするのはヤだ、でも何か人恋しかったり、コミュニケーションをいつも望んでいる。殺伐しているこの世の中、最後はコミュニケーションに期待したい、みたいなとこで終わりたい……。「ちょっと甘い」と言われたりしますけども。これも、僕の映画のひとつの特徴かなって。

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その人の生地みたいなものが滲んでくる瞬間を見たい

フェリシモ:
映画を撮る上で役者さんとはどのようなコミュニケーションをとられていますか?

市川さん:
主演の人とは一対一で話しますね。部屋にこもったりしてとつとつと話したり……。

フェリシモ:
今回の主役の「あしたの私のつくり方」のおふたりとも?

市川さん:
今回はふたり一緒に、話しました。前田敦子が映画が初出演で、とにかく怖くて仕方ないっていうか、震えてるような子でした。それに比べて成海璃子は、4、5歳から子役をずっとやってきている、すごいキャリア。素朴な子と器用な子が並んでるんですね。で、器用な子に埋没しがちなことをやらせなくてはいけない。で、素朴な子に教室の一番ヒロインみたいな輝いてる子をさせなくちゃいけないっていう……。「君達は逆を演じるんだよ」っていうことを何度か注入しました。(中略)すごく難しかったです。

フェリシモ:
何回もディスカッションを?

市川さん:
(フィルムを)長回しして、成海がかったるくなるまで回してるとか。(会場:笑)疲れるまで何かをさせるとか、いっぱい食べさせるとかですね、なんかそういう素のものが出るしかけをいっぱい作ったような気がします。
見たこともないような顔を見たい、みたいな。(笑)無防備になるというか、演技じゃない瞬間になるまで回し続けるみたいな。「何でそんなに回すの?」とみんなビックリしているカットがいくつかありましたね。(略)みんな「ほんと、回ってるのか?回ってないのか?」なんて気持ちだったと思うんですけど、そういう時に成海が演技を超えた、かったるさをだすんですよね。(会場:笑)それが、ちゃんと編集に生きていますね。

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フェリシモ:
そういう素の部分を引き出すのが監督の作戦ですか?

市川さん:
引き出すというか、非常にだらしない方法です(笑)。ただ何かその役者の計算ずくでない瞬間っていう、その人の生地みたいなものが滲んでくる瞬間を見たいというのがいつもあるんです。
CMでも同じ。リハーサルをしないで、回し出しちゃったり。あまりカメラを意識しない場所にカメラが入っていたり、こういうライトとかマイクとか、なるべく意識させないように……、その人を無防備にさせるというか、撮られてることを忘れるような気分にさせるというのが好きですね。(略)空気を作るみたいな……。

フェリシモ:
役者さんとは近づく感じですか? それともちょっと離れて見守っている感じ?

市川さん:
どちらかというと、距離を置いて見ているんでしょうね。その人の見たことのないような顔が、市川の映画だと見れるみたいな感じがあるといいな、なんて思いますけどね。どんなベテランの人も、初めて映画に出たような顔で登場をしてくれるとうれしいみたいな。そんな感じがいつもあります。

フェリシモ:
役者さんを選ばれる時は、そういう顔が出そうな人を?

市川さん:
そうですね。直感で選ぶ感じですね。掘っていくといい鉱脈がある、みたいな感じ。(略)

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名もない人たちの話を撮っていこう

フェリシモ:
次回作のご予定はありますか?

市川さん:
いろいろ画策はしているんだけど、少し撮りすぎているので(笑)。少し休んでもいいかなと(笑)。
(中略)
ただ、ひとついま、倉庫が舞台のお話があって……。「泣かない女はいない」っていうね、ボブマリーのレゲエの名曲があるんですけど、同じタイトルで、芥川賞作家の長嶋 有さんの小説があるんです。倉庫に勤めてる泣いたことのない女の子の話で。お涙頂戴の映画がいまものすごく多くて、宣伝文句も「あたたかい涙で」とか「泣けます」とかいう映画ばっかりだから、泣かない女の話というのがすごく新鮮で……。なぜ自分は泣けないんだろうと思っている、そんな子がどっかにいるような気がして。イメージですけど、深津 絵里さんにちょっとやってもらおかなぁとプロデューサーと言っているとこなんです。実はさっきまでフェリシモの社長と倉庫を見て回ったんですけど。あの人がここの倉庫で働いていたらいいと思うんですけど(笑)。

フェリシモ:
ぜひお越しいただいて(撮影を!)(笑)。

市川さん:
倉庫の、ある男性社員との恋のようなものになって、その人はカラオケに行くと必ず「泣かない女はいない」ってレゲエを歌うんですけど、歌詞がよくわからないんでCDを買って聴いてみると、それが自分のことを言っているような歌詞なので、ますますその男の人を好きになっちゃう。その男の人がその倉庫を去っていく時にほんのちょっと涙が出そうになった……、ってとこで終わるんです。涙がこぼれる寸前で映画が終わるみたいな。
そういう映画ちょっといいなぁなんて。だからそういう涙ものに対する逆行というか反動みたいな映画ができるといいな。
(略)
(会場の)お客さまからの質問に「映画を通じて何を表現したいか、伝えたいか。何のために映画を撮るのか。」なんてすごい質問が書いてあるんですけど(笑)。
昨日東京もすごい雨が降ってまして、僕は都立大と自由が丘の間に住んでるんですけど。都立大は古い町で、そこの都立大があった周辺というのは、都立大も移転しちゃったし、もう何も残ってない。変な多目的なホールがあったり、変な広場になったり。そこに現代的なものがいっぱいあってつまらない風景になってて。でもその一角に、昔から変わらないちいちゃな肉屋さんでコロッケを揚げているおじいちゃん、おばあちゃんがいるんですね。いることは(前々から)知ってたけど、昨日帰り際にそのふたりが店じまいをしている姿を見かけて、そのシルエットの映像がものすごい良くて。やっぱりこういうことが一番かっこいい……というとおかしいけど、こういうことを描いていけばいいんだみたいなことを思いましたね。(僕の思いは)いつもそんなふうに落ち着いてしまうんだけれども。そういうときに何か元気が出るんですね!

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小津 安二郎とか、黒澤 明とか、成瀬 巳喜男とか、自分は表現者にばっかり思い入れをしていたけど、なんか何十年ああやって生きて淡々とコロッケを揚げてる人の方が何倍もかっこいいというか尊敬に値するみたいなことで、ああいうことと渡り合えるくらい、良い映画を作んなくちゃいけないっていう風に思いましたね。やっぱり名もない人たちの話を撮っていこうって思って。そんなことはしょっちゅう思ってるんだけど。
淡々と生きて、それであの夫婦にこどもがいて、独立して、いまどうしてるか知らないけど、こどもを育てることも大仕事だっただろうし、コロッケの同じ味を続けることもすごい大変なことだっただろうし、っていうようなそのふたりのドラマがきっとあるに違いないんですね。重いっていうか、尊敬に値するドラマなんで、どんなに切符が売れなくてもそういうものを描いていこうってやっぱり思いましたね。そこで少し元気になったみたいなことがあって。それを言おうかなってちょっとメモしてきたので、それだけ言いました。

フェリシモ:
いまの監督を元気にするのはそういう日常ですか?

市川さん:
息の繰り返しのような日常に出会ったとき、淡々と生きてきた人たちが、老いていったりするんだけど、そういう人たちがやっぱりいちばんかっこよかったり、尊敬に値する人ですよね、多分。大仕事をいっぱいしてきた人たちってそういう人たちだと思うんですよね。戦争も知ってるだろうし。僕らが、大人になりきれないっていうのは、多分戦争を知らないということが、僕らがいつもこどもだということの要因で……。小津 安二郎の中にも戦争っていうのがあると思うんですよね。あの人は何度も戦地に行ってるし、だからいくら平和を謳歌して、ああいうふうに綺麗な箇条書きみたいな映画を撮っても、裏に悲しみみたいなものがちゃんとあるんだと思うんですよね。
「東京物語」も、家の中の額には戦地に行って、戦死の報告がまだ来ない夫の写真がずっと飾ってあったりっていうのが、何の説明もされないけど傷跡として残ってる、みたいなことが、「あぁ大人の映画を見てたんだな」なんて感覚にしてたのかもしれない。戦争があればいいなんてことじゃ全然ないんだけど、大人になりきるためには、何かああいうでっかいものを体験した人にはかなわないって感じでね。
(略)
多分そういうものを忘れないようにしたいっていうかね。見たときの思いみたいなものを大事にして映画を作りたい!みたいなことはありますね。

フェリシモ:
映画とはその主人公の人生、あるいは人生の一部を私たちが見たり、体験したりできるものだと思います。そんな人生を寄り添うようにとらえ続けてきた監督にとって、人生を過ごしてゆくこと、生きてゆくことの喜びとはなんでしょうか。

市川さん:
やっぱりさっき言ったようなことなんだろうな。さっきの肉屋さんの夫婦に会ったりすると得したと思うんですよね。ある「映像」に惹きつけられることがあるんですね。不思議ですね。言葉じゃなくて絵だったりする。だからやっぱり引きこもってないで、外へ出て色んな映像に出会うべきだと思うんですけど。外に出ていろんなものに出会ったり、見たり。やっぱり見ることが好きなんでしょうね。あとは孫ですね(笑)。遠くから笑うんですよね……。

     

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Profile

市川 準(いちかわ じゅん)さん<映画監督・CM演出家>

市川 準(いちかわ じゅん)さん
<映画監督・CM演出家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1948年東京生まれ。75年CF制作会社(株)キャップに入社後、81年にフリーとなり、83年市川準事務所を設立する。CM演出家として数多くのヒットCMを手掛け、85年にはカンヌ国際広告映画祭で金賞を受賞する。87年に映画監督としての第一作「BU・SU」を発表。以降、「会社物語」「病院で死ぬということ」「東京夜曲」などを手掛け、05年「トニー滝谷」ではロカルノ国際映画祭審査員特別賞をはじめとする多くの賞を受賞。最新作は07年4月GW全国順次公開「あしたの私のつくり方」。

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