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「夏真っ盛り、ちょっと怖おもしろい話 ~夏にふさわしい伝統話芸を聞く~」



講談のはじまりは400年もの昔。
その歴史は落語のルーツでもあるのです。

フェリシモ:
本日は、怖(こわ)おもしろい講談、落語をありがとうございました。 さて、本日は旭堂 南鱗(きょくどう なんりん)さんに講談の歴史について、そして、桂 阿か枝(かつら あかし)さんにお囃子についてうかがいたいと思います。
講談というのは、いつごろ生まれたものなんでしょうか?

旭堂 南鱗さん:
いまの講談の形になったのが安土桃山時代です。赤松法印(あかまつほういん)という方が徳川 家康の前で太平記を読んだと言われています。これが講談の原型やと言われています。
400年の歴史があります。稗田阿礼までさかのぼるとも言われてるんですけれども、いまの形としてわかっているのが安土桃山時代。赤松法印が、南北朝の戦い「太平記」を読みましたんです。
江戸時代は、講釈師、講談師といわず、“太平記読み”と呼ばれておりました。
あのころは、講談というのは非常に良かったんですよ。我々講釈師は“天下のご記録読み”と(笑)。
講談というのは3つルーツがあるんです。
ひとつは大名のところにお伽衆(おとぎしゅう)というのがおります。侍、武家上がりのお伽衆が合戦話をおもしろおかしく聴かせたのが、これが軍団読みという講釈のひとつの流れですね。

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その中に滑稽話(こっけいばなし)をしたお伽衆もおるんです。豊臣 秀吉のお伽衆で有名なのが曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)という方。この方なんかが噺家のルーツやと言われてます。
そして講談の場合はあと、お説教。これは、仏教から来てますね。
もうひとつは、神さんの方、神道講釈(しんとうこうしゃく)というのがあるんです。
菅原天神記とか安倍晴明とかね、そういう話をしていた神道講釈(しんとうこうしゃく)。
大きく分けてこの3つ。流れとしていまの講談がね、あります。
講談と講釈、どこが違うかよく聞かれます。一緒なんです。
だいたい明治の初めくらいまでは“講釈師(こうしゃくし)”というふうに言うておりました。
「講釈師、見てきたような嘘をつき」
「講釈師、嘘を扇子で叩き出し」
「講釈師、ネタに詰まれば三つ打ち」
……あんまり、ろくな川柳残ってませんね。

(会場:笑)

フェリシモ:
本以前、南鱗さんにお会いしたときに、中国でも講談のようなものがあるとお うかがいしたんですが、中国と日本の講談は何か違いがありますか?

旭堂 南鱗さん:
あのね、わたしも全然違うものかなと思ってたんです。何年か前に中国に行きましてね、中国の寄席(よせ)があるんですよ、そこに中国の芸人さんと日本の芸人さん2組ずつくらいで一緒に、やらしていただいたんです。
僕と大阪から笑福亭 学光(しょうふくてい がっこう)さんという噺家さんとふたりで行きまして、中国の講談の方と手品師の方と一緒にやらせていただきました。北京に骨董街があるんですよね。古書と骨董の町の真ん中辺りに、京味茶館(当時)というお茶を飲みながら演芸を見ることができるところがあるんです。
夜は講談、昼は滑稽をやっている定席なんです。落語の中国版みたいなものもありますし、ふたりでしゃべる滑稽話もあるんです。漫才みたいなものも残ってます。

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北京と上海にはプロの講談師がおります。講談師というのは歴史の語り部です。中国にはぎょうさんの人がおるからね、いろんなタイプの講談師も残っていると思いますよ。
僕らが一緒に出していただいた中国の講談師が、どんな小道具を使っていうかというたら、これくらいの(旭堂 南鱗さんの扇子の1.5倍くらいの大きさの)扇子なんですよ。そして、僕がさっき持っていた木の小拍子、あれも持ってます。そして手拭いと いうかタオルというか、それも持ってるんです。持ってるもんは我々とまるっきり同じ。
噺はわかりません(笑)。豪傑と酒屋のおっさんが出てくるんです(笑)。見てたら、酒屋のおっさん、やっぱりこないして(両手をこすりながら)しゃべってまんねん(笑)、豪傑はこないしてね(ふんぞりかえって)。あー、一緒やなあと思いながら見てました。
違うのは、向こうのは高い台がありまして、そこに立って話をしてます。日本の浪曲みたいなスタイルです。
あと、(台の)右にこの拍子木を置くんですね。昔は、(その拍子木を)下の方に下げたら、同業者の人も「どうぞ見てください」(というサイン)、上に上げたら「すまんけど、今日は見んといて」(というサイン)ということだったんだそうです。
「自信がないねん」てなもんです。
しゃべっている若い噺家がひとつもおもしろない場合、お客さんの中に混じっている同業者が出てきて若い噺家に「お前、どけ」って言うんです。で、その同業者が代わりに一席しよるんです。怖いですよ、そんなんやられたらー(苦笑)。いまはそんなことないと言うてましたけど、そういう厳しい世界やったそうでございます。
中国行く機会があったら、そういうところで聞いていただくのもいいと思います。

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フェリシモ:
以前、繁昌亭(はんじょうてい)にうかがったときに、怖いお話をふたつ 聴かせていただきました。そのふたつともが、女の人が身投げをして……というくだりで始まったんですが、それは何かもとになるお話があるのでしょうか?

旭堂 南鱗さん:
いや……、あの……、パターンなんです(苦笑)。
だいたい一緒なんですよ。

(会場:笑)

旭堂 南鱗さん:
女性が身投げをするという(シーン)は、よう出てくるんです。そして、それを止めるというのも(よく出てきます)。100キロあるような男が飛び込んでも助けないでしょ(笑)。きれいな女性が、なにか悩みごと、心配ごとがあって飛び込もうとするのを止める、ここから話が始まるんです。原型になるもんはないと思います。

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噺とともに太鼓や三味線が
落語の臨場感を演出してくれます。

フェリシモ:
お囃子(三味線と太鼓)についてうかがいたいと思います。 本日、三味線を演奏していただきました吉川 絹代(よしかわ きぬよ)さん、太鼓は央二(おうじ)さんです。解説は桂 阿か枝(かつら あかし)さん、よろしくお願いします。

桂 阿か枝さんさん:
こうやって今日も太鼓、三味線がしゃんしゃん鳴ってました。
こちらは大太鼓というんですが、どんな音が鳴るかというと、どしーんとした腹に響く音が鳴ります。そして三味線は、三本の弦だけで音を鳴らします。このような三味線、太鼓を用いまして噺家は出てくるときの、出囃子なんかをひいたりもします。
今日私がやらせていただいた落語の中にもいろんな場面を表す、そういう音が鳴っていました。「はめもの」というのですが、話の中にはめこんでいくので「はめもの」。
いろんな種類があります。今日は、南鱗先生も怪談噺をされておりましたので、幽霊の出てくるところをしゃべらしていただきたいと思います。そのときに、どんなふうにお囃子が入るかということをさせていただきます。
皿屋敷といいまして、姫路のお菊さん。そこに幽霊が出てくる場面がございまして、そこをやらせていただきます。

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(桂 阿か枝さん噺を始める。噺にあわせて三味線と太鼓の演奏)

桂 阿か枝さん:
三味線と太鼓があるから、こうして雰囲気も盛り上がるということですね。
やっぱり音がなかったらやりにくいですね。しゃべるだけではなかなかむずかしいです。
また演者とお囃子の息が合うてな、なかなかむずかしい……。
せっかくですんで、今日はこういった機会でもございますので、お越しのみなさんの中から、太鼓役の方と幽霊役の方出ていただきまして、実際に体験もしていだきたいなあーと思いますが、いかがでしょう。

(なかなか手があがらないが、1人の女性が挙手。幽霊役にチャレンジ)

お客さま:
お囃子が入ると気持ちも盛り上がりますね。

桂 阿か枝さん:
これを機会に落語、講談をよろしくお願いします。

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講談も落語もライブがいちばん!
構えず、気軽に聴きにきてください。

フェリシモ:
南鱗さんをはじめみなさんは、唯一無二の講談、落語を通してお客さまと唯一無二の関係を築いてこられていると思うのですが、そのひとつひとつの寄席、どのようなお考えでお話されているんですか?

旭堂 南鱗さん:
とにかくね、肩肘張らんと気軽に来ていただくのがいいと思います。
我々、落語も講談も、どちらもそうですが、あくまでも“大衆芸能”。お客さま=大衆と離れたら僕らはダメやと思います。能とか狂言になったらダメやと思うんです。聴きいていたただいて「あーよかったなあ」という気持ちでお帰りいただいたら、それがいちばんやと思います。どんな上手な方のCDを聴いていただくよりも、絶対に阿か枝くんのライブを聴く方が絶対いいと思うんです。若手は若手なりにがんばっています。
講談、落語、浪曲……全部なんでもライブが最高やと思います。ぜひとも、こういう機会がございましたら足を運んでいただきたい。大阪にも天満天神繁昌亭という噺家さんには素晴らしいホームグラウンドができました。生の落語聴いてあげてくださ い。前座さん、入って1年2年の子にはその子の良さがあります。トリをとられるベテランの方には円熟した芸もあります。気楽に遊びにきていただいて「あーおもしろかったな」と思ってもらえたら。それで僕はええと思います。

(旭堂 南鱗さんが隣の桂 阿か枝さんにマイクを渡すと)

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桂 阿か枝さん:
“以下同文”。

(会場:笑。そして阿か枝さん、左隣の南青さんにマイクを渡すと)

旭堂 南青(きょくどう なんせい)さん:
“右とおなじく”。

(会場:爆笑)

講談師、噺家さんにふさわしい結び方で、3人は今回の「神戸学校」をお開きにしてくださいました。

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Profile

旭堂 南鱗(きょくどう なんりん)さん<講談師>

旭堂 南鱗(きょくどう なんりん)さん
<講談師>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
昭和25年8月1日生まれ。高校卒業後、サラリーマン、自営業を経て昭和51年4月三代目旭堂南陵に入門、旭堂南幸の名を貰うが、すぐに南光と改名。 昭和59年6月、東京国立演芸場「第19回花形若手演芸会」新人賞銀賞を受賞。昭和63年5月、旭堂南鱗を襲名、真打に昇進。平成14年3月、平成13年度大阪舞台芸術奨励賞を受賞。芸能活動の傍ら、法務省の委嘱を受け、大阪刑務所・大阪医療刑務所・奈良少年院で篤志面接委員として、更生教育に携わる。大阪刑務所では月に一回、所内のラジオ放送を行い、塀の中のディスクジョッキーと人気を博す。師匠南陵の芸の伝承と後継者の育成、上方講談発展の為に尽力する。弟子に花鱗・水谷風鱗がいる。素人講談教室「講談道場」、道場長を勤める。趣味はスポーツ観戦(特に相撲・野球)阿波踊り。「ぼちぼちいこか、そのうち何とか成るやろ」がモットー。上方講談協会副会長。

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