神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 永田 俊也さん(作家)  笑福亭 純瓶さん(落語家)
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「落語に見出す未来」



<第1部>

フェリシモ:
まずはおふたりに自己紹介をお願いします。

永田 俊也さん:
こんにちは。初めまして。本日はお暑い中、星野ジャパンの3位決定戦にも目にくれずおいでださいまして、誠にありがとうございます。私は昭和38年に神奈川県横浜で生まれました。大学を出まして、そのまま母校に職員として就職いたしまして、16年7ヵ月の間、ごくごくまじめに勤めていたんですが、どうした気の迷いか、あるいはたまたまその時に食べたものがいけなかったんでしょうか? そちらを退職いたしまして、現在に至っております。

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本日は、関西落語会の若き柱でいらっしゃる笑福亭 純瓶さんとご一緒できるということで、大変楽しみにしてまいりました。(略)私もみなさんと同じ落語ファンとして、いろいろと師匠から落語の世界のことをお聞きしたいと思います。
それからもうひとつだけ、今日おいでのみなさんの中には13年前の阪神淡路大震災で大変な被害をお受けになった方が大勢いらっしゃると思います。(略)私も自戒しなければならないのですが、震災の当事者ではなかった者の悪いところとして、その当初は支援活動だとか義援金だとかいろいろとやりますが、それが時が経つごとに起きたこと自体を少しずつ忘れていってしまう、ということがあると思います。こうしてあのできごとを風化させずに、ずっと助け合いの気持ちを持ち続けているみなさん、そしてそれに賛同して、こうして集まってくださったみなさんのお気持ちに大変深く感動いたしております。

フェリシモ:
では続いて純瓶さん、お願いいたします。

笑福亭 純瓶さん:
笑福亭 純瓶でございます。(略)。私の師匠、笑福亭 鶴瓶の一門も、私が3番目の弟子なんですけど、全部で13人に増えまして……。私ちょうど3番目なんですよ。で、あの、13人の弟子といいますと、ちょうどキリストさんの弟子の数と同じで、3番目の弟子というとユダというですね(キリストを裏切った弟子です)……。どうもうちも師匠から信用されていないのはここらあたりが理由なのかなと思うわけでございますが……。

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今日は一所懸命落語の方、がんばらしていただきますし、また落語に関するお話もさしていただけるということでございますんで、どうぞ楽しんでいただきたいと思います。

フェリシモ:
まず永田さんに、永田さんの作品観について、また『落語娘』について、そのあとに純瓶さんに落語の世界について語っていただき、最後におふたりの仕事観、生活観から落語が今後どのような方向になっていってほしいかということを語っていただきます。では、まずはじめに永田さんにおうかがいしたいのですが、自己紹介にもあったように慶応義塾大学の職員を辞めて、フリーの作家という安定している世界から、不安定な世界へ入られたというわけですけど、その最も大きなきっかけになったものは何でしょうか?

永田さん:
はい。これはもう単純な言葉しか言えないんですが、いちばんそれが好きだったからということに尽きると思います。

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こどものころからワクワクするような物語や小説を読むのが好きでして、いつか自分も楽しませる側にまわってみたいなと思うようになっていました。1日も早く経済的に自立したかったので普通に就職しまして、根がまじめなものですから、脇目も振らず働いてきて、ある時ふと、赤塚 不二夫先生じゃないんですけど、「これでいいのだろうか?」とちょっと思いまして……。預金通帳の残高はどんどん上がっていくけれども、人生の残り時間は少しずつ少なくなっていく。で、こどものころに思った夢というのは心のどこかに置きっぱなしにしていたんです。じゃあ、ここらでひとつ失敗しても後悔しても挫折してもいいから、いちばんやりたかったことをやってみようかなーと考えて、この無謀な道に踏み出した次第でございます。

フェリシモ:
ありがとうございます。すごく勇気づけられるお言葉だと思いました。永田さんの作品では、今回は落語を題材にされているんですけど、前の作品ではプロレス、高校教師、新作では兵士、さまざまな題材をテーマにされていますが、なぜ、その題材をテーマにあげてこられたのでしょうか?

永田さん:
題材をこういうふうにしようとか、ふだん考えているわけではなくて、僕は、起伏のある話が好きなんですよ。何かとんでもない事件が起きて、すったもんだがあって、一度か二度どんでん返しとか大逆転があって、最後に落ちがあって大団円となるという、今の日本の小説界ではまったく受け入れられていないパターンなんですけど(笑)、ともかくそれが好きなもので、好きなことやるんだから、好きなやり方でやろうということで、そういうふうになっております。

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フェリシモ:
本日から映画が公開される『落語娘』についてお聞きしたいんですけど、まずあらすじについて説明させていただきます。

“女落語家である主人公の香須美は幼少の頃、おじさんに連れられ落語の寄席に行きます。そこで三松家 柿紅(みまつや にう)の落語に出会います。若手落語家として次代の落語界を背負って立つ柿紅に香須美は惚れ込んでいきます。そんな中、落語と香須美を引き合わせたおじさんが病を患ってしまいます。日に日に元気をなくしていくおじさんを楽しませるために香須美は病室で落語を演じます。

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おじさんのための落語がいつしか自分を魅了していることに気づいた香須美は「落語家になる」という明確な目標ができます。高校、大学と落語研究会がある学校を選び、男や遊びなどには目もくれず落語を研究する毎日。さまざまな落語コンクールでは賞を取り、大学卒業後には憧れの三松家 柿紅のもとに弟子入りするための試験を受けに行きます。柿紅の前ですべてを出し尽くした香須美ですが、「女性に落語は無理だ」と弟子入りを断られてしまいます。そんな香須美を拾ってくれたのが試験の一部始終を聞いていた落語家の異端児、三々亭 平佐(さんざんてい へいざ)だったというわけです。映画の中では津川 雅彦さんが演じていらっしゃいます。この落語界に入ったまではよかったんですけど、やはり伝統芸能の男社会、セクハラ、いやがらせに耐える毎日。

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また師匠である三々亭 平佐も、これまた落語界の異端児とされています。みんなからさげすまれる存在だから大変。伝統芸の重圧、男社会の壁、そして破天荒な師匠、そんな中でも前向きに芸に励む香須美ですが、ある日師匠である平佐が禁断の噺「緋扇長屋(ひおうぎながや)」に挑むと宣言します。演じた者の命を奪うと言われている「緋扇長屋」は、長い間封印されていました。落語界、テレビ界から世間までを巻き込んだ一世一代の大勝負がここから始まります。若き女落語家と異端の師匠は一体どうなってしまうのでしょうか?”

というのが『落語娘』のあらすじです。『落語娘』のダイジェストビデオをご用意しておりますので、ご覧ください。

(ビデオ映像)

フェリシモ:
とても気になる最後になってしまいましたね(笑)。今日から、いちばん近いところでは三宮の「シネ・リーブル神戸」で上映していますので、これ(講演会)が終わったらすぐに足を運んでいただけたらと思います。では、おふたりに映画のご感想をうかがいたいと思います。純瓶さんからお願いします。

純瓶さん:
最近は落語ブームと言われましてね。津川さんご自身が『寝ずの番』をお撮りになって……。『しゃべれどもしゃべれども』があったりとか、テレビでも『タイガー&ドラゴン』『ちりとてちん』とかもありましたし、満を持して『落語娘』も今日から上映です。

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だいぶ、落語を生で見たことがなくても落語の作品、映画であるとかドラマであるとかで、結構好きになっていただいている方も多くなってきているところで、この作品はすごく見ていただきやすいんじゃないかなというふうな感じがあります。ベースになっているものが「怪談」なんで、それが劇中では、単なる空想の話ではなく身に迫った危機感というものとの戦いというのが見どころではないかなと思います。今のVTRには私は一切出てなかったですけど(笑)、非常に「重要な役(純瓶さん、声を大にして」で出ています。(略)「緋扇長屋」というのはどういう噺なのかというのを伝える役になっています。(略)楽しみにしていただきたいと思います。

フェリシモ:
永田さんはご自身の作品が映画化ということで、映画のご感想をお願いします。

永田さん:
一昨年の3月に制作会社から出版社を通じて、「これを映画にしたいんだけど」というお話をいただきまして、何度かお会いして打ち合わせをしたんですが、正直、きっと途中でこの話はだめになるだろうなと思っていました。

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いくら他人を演じるのが仕事の役者さんでも、落語界というのは実際何百年にわたって築かれてきた伝統芸能の世界で、師匠のような匠(たくみ)が何人もいらっしゃるプロの世界です。それを演じるのは並大抵のことではないだろうと思っていたんですが、できたものを見ますと、津川さん、ミムラさんが本当にスクリーンの中で見事に噺家さんになっていらっしゃる! ただそんなことよりも何よりも、この映画のいちばんの肝というのは、笑福亭 純瓶師匠がご出演してくださっているところでして、(純瓶さん:笑)詳しくは言えませんが、本当にあの……、

永田さん&純瓶さん:
「重要な」

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(会場:笑)

永田さん:
役を……、で、迫真の演技で熱演されています。ここさえ見ていただければ、もう劇場を去ってもいいというぐらいでして……。(笑)。そんなことはございません。最後までゆくっくりとご覧いただきたいと思います。

フェリシモ:
落語の作品ということですが、永田さんご自身は、落語は昔からお好きだったんでしょうか?

永田さん:
僕はこどものころからラジオで演芸番組を聞くのが好きだったんです。関西の漫才でしたら、ぼやきの人生行路さんとか、海原千里万里さん、そういう漫才が好きでよく聞いていました。

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(略)落語もラジオから入りまして、最初に聞いたのが、五代目古今亭志ん生さんの「火焔太鼓(かえんだいこ)」という話でした。有名な噺ですのでご存じの方も多いと思います。それで、あの噺の中にちりばめられていたギャグと言うんでしょうか、くすぐりというんでしょうか、それがとにかくおもしろくていっぺんでファンになりました。話のおもしろさだけではなくて、それを我々に伝えてくださる噺家さんという職業の素晴らしさも感じていまして、それが何十年もして『落語娘』という話になったんだと思っています。

フェリシモ:
純瓶さんに、落語の世界についておうかがいしたいと思います。

永田さん:
純瓶さんが、噺家を志したきっかけというのをお聞かせいただけますか?

純瓶さん:
僕は永田さんと同じ昭和38年生まれですから、物心ついたときが、大阪は空前の落語ブームだったんです。当たり前のようにテレビでも落語番組があって、スターたちがタレントさんとしてどんどん出てきたんです。その中で、いちばん影響を受けたのが笑福亭 仁鶴師匠。「七度狐(しちどぎつね)」「青菜(あおな)」というものを聞いて衝撃を受けるわけなんですね。で、ずっと落語が好きなまま来まして、中学に入ったときに、笑福亭 鶴瓶という人が出てくるわけなんです。もう異端児ですね、本当に。いちばん多感なときですから、「鶴瓶教」と言いますか、とてもカリスマを感じまして……。

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で、中学のときからずっと追いかけていた落語をしない落語家、笑福亭 鶴瓶という人に魅力を……。あのころ、明石家 さんまさんと鶴瓶さんが若手の2大勢力だったんです。「(弟子になるのは)さんまさんじゃなくて、鶴瓶さんだ」と。21歳になったときに恐る恐る行ったら「明日から来い」言われましてね。幸か不幸か、そのときが人生のターニングポイントです。

フェリシモ:
純瓶さんは落語の世界の中で、永田さんは落語の世界を外側から描きだしていると思うのですが、そこで、落語の素晴らしさ、魅力と落語が今後どうなっていってほしいのかをお聞かせいただけたらと思います。

純瓶さん:
落語の素晴らしさを噺家が言うのもなんですけども……(笑)。言うたら、いちばん手軽な芝居ですよね。ひとり芝居を聞いていただくわけですから。そして、できたらテレビではなく、生で見ていただくのが、いちばん、如実におもしろさがわかると思います。
落語の楽しみ方というのは、同じ噺でも、演じ手が変わると、さっき言ったようにキャストが全部変わりますので、演出が全部変わるのでそれを楽しんでほしいなと思うんですよね。(略)同じ演じ手でもその日によってやり方が全然違うので、あるいは、年代によって全然やり方を変えていかはるので、その時その時の生の落語を楽しんでいただくというのが落語の醍醐味なんですね。

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いままた落語ブームの再来だとかなんとか言われてますけど、実はそうじゃなくて、これが普通なんですよ。(略)普通にみなさんが落語を楽しんでいただけることが、ごく普通に、歌を聴きにいくのとかと同じように、落語というものを娯楽のひとつにおいていただけたらなと思います。ごく一般的に「趣味は落語を聞くことです」と言うようになってほしいなと思います。

フェリシモ:
永田さんはいかがでしょうか?

永田さん:
古典落語の中に好きな言葉がふたつあります。ひとつは、「火焔太鼓」の最後のところで、奥さんが亭主に向かって「お前さんは人と違うんだよ。血のめぐりが悪いんだよ。『俺は人より馬鹿だ』と思ってなきゃいけないよ」と言うんです。ちょっと聞くと、身も蓋もないような言い方に聞こえるかもしれませんが、ただ少し視点を変えてみますと、この奥さんの言葉は、ものすごく思いやりのある優しい言葉に聞こえるんですね。人間なんてどんなに威張ってみたところで、もともと大したことのないものなんだと、だから時には失敗するのも仕方ない、でも、少なくても自分は万全じゃないんだよということだけは、心のどこかに置いておきなさいよ。そうしないともっとひどい失敗をしちゃうよと、この奥さんは言っているような、そんな気がするんです。

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(略)
もうひとつ「黄金餅」という噺でして、下谷(しもたや)に西念(さんねん)さんというお坊さんが住んでいて、自分がいままで貯めたお金が気になって病気になっても死に切れない。で、あんころ餅の中にお金を詰めまして、それを全部飲みこんでしまう。で、死んでしまう。それを、隣の長屋で見ていた金兵衛さんという貧乏な人が「よし、あのお宝を自分のものにしてやろう」と考えて、で、お金もありませんので棺桶代わりにの菜漬けの樽に仏さんを入れて、菩提寺にいい加減なお経を読んでもらって焼き場へ持っていきます。で、その時に金兵衛さんがこんなことを言うんですね。「ああ、この仏さまの中には結構なお宝が入っているんだよ。あれを取り出して、あんな小汚い長屋を這い出してえなあ。人間らしい日々を送りたいなあ」そんなことを言うんです。どうしてここが好きかと言いますと、ここで、書かれているのは、死体からお金を取り出すというものすごく陰惨な話には違いないんですけれども、でも、そこで言っているのは、決して絶望ではなくて希望なんですね。人間というのはどんなにどん底に沈んでも、諦めさえしなければ、きっといつか浮かび上がるときが来るというのをこの噺はしっかりと語っています。人間はもともとそんなに大したものじゃない、だけど、いくら失敗しても諦めさえしなければ必ずいい日は来る。 このふたつのことを僕はふだんから心にとめて、生活していきたいなあと思っています。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

フェリシモ:
神戸学校を代表して、おふたりに質問をします。おふたりが考える日本の宝物とは、いったいなんでしょうか?

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純瓶さん:
日本の宝物というのは日本の精神です。オリンピック400メートルリレーでなんと銅メダルを獲得することができた。あれでも、如実に表れてますけど、リレーの時にバトンの受け渡しの練習、日本人は必ずしますよね。逆にバトンの受け渡しの練習だけやってたという話で、走りはそれぞれ個人でやってますから。アメリカは逆に個人の走りばかり練習してて、バトンの受け渡しの練習をしていないから、よう落としますよね、今回もそうですけど。あれが、やっぱり、まったく正反対というか……。日本人の気質というのは、そういう生真面目さで、そこにいかにバトンの受け渡しをどうしたら……という研究までしますよね。
そういう日本人気質というものが、最近ちょっと崩れてきているのかなあと思います。日本気質の中のひとつに、侘寂(わびさび)というものを楽しむという気質もあるわけですから、それが、ちょっと欧米化というのか、失われているような気がしてきているので、日本の宝、日本の精神というものを大事にしてほしいなというふうに思います。

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永田さん:
今月のメインテーマは“日本のクリエイティビティ”ということだそうですけれども、クリエイティビティという言葉を日本語に訳すと、ものを創りだすこと、創造性とか創造力とか、という意味になるそうです。
これは何も新作落語を作ったりとか、小説を書いたりとか、っていうことではなくて、みなさんが普段普通にされていること、家族のために働くとか家事をするとか自分以外の誰かのことを一所懸命思いやるとか、そういうことがすべて、二度とない今日一日の生活を作り出すという、まさにクリエイティビティ、創造性なんだと思います。こうして13年前の阪神淡路大震災を忘れずに、ずっと助け合いの気持ちを持ち続けるというのもまさに立派な創造力のなせるわざだと思います。

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僕は今回『落語娘』という話で落語の世界のことを書きました。落語の噺の根底に流れているのは、切り捨てではなくて受け入れの精神だと思います。落語の噺では、粗忽な与太郎さんや世間知らずの若旦那の失敗を笑いますけれども、それは決して笑いモノにするということではない、あんな仕方ないヤツだけど、こうやって縁あって知り合ったんだから、ひとつ見守ってやろうじゃないかという精神がそこにはあると思います。小説の中に書きましたが、落語は人間の弱さや醜さを決して切り捨てにはしない、ということを僕は思っています。
実はこのことは、日本人が生まれながらにして持っているいちばんの宝物ではないかと思います。日本人は他人の言葉をきちんと理解できる、人の気持ちをきちんと思いやれる
人の立場というものをおもんばかれる、もっとも世界に誇るべき気質というのが備わっていると思います。そんな心の創造性、心のクリエイティビティが生きつづける限り、日本も日本人もきっと大丈夫なんじゃないかなと思います。

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神戸学校の舞台裏 2008年8月

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「人生は娯楽 楽も苦も、楽なり」。

これは、控え室にて、ゲストの笑福亭純瓶さんが、おっしゃったひとことです。そこには、神戸学校で永田さんがお話くださった「落語の魅力」に通じる精神が宿っているように思えます。

昔の人たちの生活には、会社組織や年金もなく、毎日を保証されて生きている人は少なかったでしょう。例えば、「夢八」に登場した八っあんが「昨日は1日何も食べていない」と言うシーン、そんな境遇の人は昔はごく普通にいて、そして、それを温かく見守る周囲の人たちがいた。そんな人々には、「人生は楽も苦もすべて含めて「楽」なんだ」という心の余裕があったのかもしれません。落語を通じて、そんな人たちの生き様を感じると、現代に生きる私たちも心が自由になるような気がしませんか?
落語の世界の中に生きる人と、外からその世界を見事に描ききった永田さん。おふたりの神戸学校を経て、また違った深い落語の楽しみ方を教わることができました。

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当日は落語の小道具について
純瓶さんに紹介いただくひとこまもありました。



Profile

永田 俊也(ながた としや)さん<作家>・笑福亭 純瓶(しょうふくてい じゅんぺい)さん<落語家>

永田 俊也(ながた としや)さん
<作家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1963年神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。慶應義塾職員として16年間勤め、2003年退職、フリーに。2004年、第84回オール讀物新人賞を「ええから加減」で受賞。著書に『シネマ・フェスティバル』『カウント19』(ともに講談社)がある。1999年、落語原作『人情ラーメン―夢屋』が第5回チキンラーメン夢大賞創作落語(吉本興業主催)で大賞を受賞。CD『桂三枝大全集~創作落語125撰~』に収録されている。


笑福亭 純瓶(しょうふくてい じゅんぺい)さん
<落語家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1963年大阪府生まれ。1984年笑福亭 鶴瓶に入門。大阪を中心に落語・テレビ・ラジオと精力的に活動を行う。月2回、京都・大阪にて怪談ライブを行うなど、怪談噺や怪談にまつわる落語に造詣が深い。映画『落語娘』では、上方落語家・幸助を熱演する。

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その他のゲスト

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