神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「志は大きく、でもとらわれない~自由、そして日々のしあわせ」



<第1部>

“書く”ということは、強い。
“書く”行為に人のとてつもない力が
潜んでいるのではないでしょうか?

さっき、スタッフのみなさんと食事をしながら話していたんですけど、「いただきます」「ごちそうさま」という文化は日本だけらしいんですよ。英語にはないらしいんですね。日本人は頭よくて「南無阿弥陀仏」も「南無妙法蓮華経」もそうなんですけど、言葉に出したり、お礼をしたり、手を合わせたり……。行為と言葉で気分や考え方を違うところへ持っていく術を、もう縄文時代からしていたわけですね。
で、フェリシモさんとコラボレーションがしたいっていう話が上がってきて、「何しましょうか?」って言ったら、お箸セットを提案してくれたんです。筆巻きをお箸巻きにして、僕の書が入っているランチョンマットがあってというような。でも、それだけじゃ物足りなくて、「『いただきます』の文化をちょっと発展させましょうか」と。“書く”という行為は強いんですね。しゃべるよりも、行動よりも。確かに面倒くさいことなんですけど。でも、自分の思考を具現化するわけですから、その自分の思考を書にまとめたときの力は強いんです。“書く”という行為は、誰もが認める思考コントロール術なんです。
それで、お箸セットに筆が一緒に入っていて、「食べる前に食べ物への感謝を必ず“書く”っていう行為をしましょう」みたいなのがいいかなと。で、さっきやってみたんですよ。食べる前に、紙に感謝の言葉を書くんです。例えば「美味しくいただきます」「ゆっくり噛みます」とか、「ありがたくいただきます」「お弁当屋さん、ありがとうございます」「牛さん、鳥さん、豚さんいまから食べますけど、本当にありがとう」ちょっとリアルですけどね。そういうことを好きなように楽しみながら書いていく…… と。

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僕らは毎日3食食べるわけですよね。例えば、1日3食食べた方が100歳まで生きたら、10万食以上食べるわけですよね。10万回とも感謝して食べられるかというと、なかなかそうはいかない。食べる時間が3分とか5分しかなくて、かっ食らうこともあるでしょう。でも時間は関係ないですよね。5分で食べるにしても多分何回か噛んでいるわけですから。感謝の気持ちは10秒にでも収められるわけですから。その忘れがちな感謝の気持ちを、“書く”という行為で習慣づけるのはとっても大事かなと思い、そんなアイデアを思いつきました。
今日はその“書く”という行為の凄まじさをみなさんに伝えられたらと思っています。別に書道家だとか芸術だとか、字がうまい下手というものではなく、“書く”という行為自体が、そもそも人間にとってとんでもない力を秘めているんではないかという僕の提案です。

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僕がなぜ「武田双雲」になったのか

僕がなぜ武田双雲になったかっていう経緯を、実際のエピソードを交えながら語りたいと思います。母親が書道の先生だったりして、僕は3歳くらいから書道を練習していたんです。そういう意味では環境が書道だったっていうのもあるんですけど……。
僕の名字は「武田」、で、本名が「だいち」なんで、「た」が名前の中に3回入ってるんです。だから、「た」にやたら意識が強いこどもだったんですね。それで、もう小学校入るころには、僕の中ではある程度「た」が完成していたんですね。最強の「た」を持って、小学校に入学したんです。そこで初めて隣の席になった男の子の「た」を見たんです。衝撃でした。いままで母ちゃんの字しか見たことなかったですから。
(ホワイトボードに書く。2画目の縦棒が1画目の横棒を突き抜けていない、3画目、4画目がずっと下の方にある。自由な「た」)
彼はもう縦長とか横長とか縦横無尽なんです。まず僕はそのうまいとか下手とか言う前に、彼の字で、自分の頭の中の字の構造というものがゲシュタルト崩壊したみたいな、なんかこう全ての常識がガラガラガラと崩れたんです。僕が好きだった、女の子の字を盗み見ると、
(ホワイトボードに書く。丸文字の「た」)

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これもこんな丸くていいのかと。小学校の僕は、うまいとか下手を超えて、人の字が全員違うことに感動した覚えがあるんです。ものすごい衝撃。そこが「武田双雲」の始まりなんです。第2の人生なんです。
それで、人の字をまねするようになったんですね。「これは先生の字」とか「これは何とか君の字そっくりじゃない?」みたいな、ものまねから始まったのが、僕のその最初の字の始まりだったんです。で、やっぱり母親の字はうまい。絶対勝てないくらいうまいし、担任の先生の字もめちゃくちゃうまかったんです、うちの母ちゃんが絶賛するくらい。個性と同時に、きれいな字っていうものの追求っていうのもやってきたわけです。
僕、男3兄弟の長男で、あの、こう見えてですね、自分から何かをやったことがなかったんです。習い事もいっぱいやったけど、全部母親から言われてやったし、勉強も部活も人に言われてやったし、監督に怒られるからやってた。全部そうなんです。モチベーションが上がったことがなかったんです。明るいし、そこそこ成績もよさそうだし、運動神経もよさそうだし……。体もでかいんで、部活は野球部とかハンドボール部とか、入ると監督がいっつも期待するわけです、勝手に。「こいつはリーダーシップがあるんじゃないか」「エースになるんじゃないか」って期待を掛けてくれるんですけど、大人っていうのは僕に勝手に期待して、勝手に失望していく生き物だっていうふうにしか思ってなくて。失望された人生だったんですね、ずっと。だから僕は努力をしてなかったんです。

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大学卒業して、NTTに就職しました。あの……、話したい事いっぱいあるなぁ。一気に飛ばしましたけど、いきなりもう独立の話にいきましょうかね。
25歳まで会社にいて。その20代前後にはいろいろなことが起きました。実際就職して初めて、やる気っていうのが出てきたんです。NTTに入ったときに、僕が担当したのは「川崎運送」っていう300人くらいの伝統のある会社でした。実際にお客さんのところへ行くと倉庫を見せられて、「こうやって物流って成り立ってるんだ」、「こうやってパソコンって運ばれるんだ」とか、流通システムみたいなものを知ります。
このとき、初めてこっちから勉強したくなって、突然本を読みあさったんです。それが「集団心理学」だったり、「組織学」、「経済学」、あと「資本主義の歴史」とか。「資本主義の歴史」を学んでいくと「産業革命」だったり「フランス革命」にぶち当たるんですけど、「こうやって戦争が起きたんだ」とか……。本で初めて学ぶこと、勉強したことが生でお客さんのところで見えるのも楽しくて、終電忘れるくらい本を読んでいたり……。いままであんなに勉強嫌いで本読むのも嫌で、8時間以上寝ないとだめだった男が、2、3時間でも全然大丈夫になったの。22年目にして初めてモチベーションが吹き出たって感じだったんですよね。

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独立のきっかけは、ほめられたこと

モチベーションが上がって、それで、その勢いで会社を辞めちゃうんです。会社を辞めた経緯はすごく単純。たまたま先輩が僕の字を見ていて「お前、字うまくねぇ?」って言って、「お習字やってたんですよ」みたいな。それで先輩が「俺、実は資格取ったんで名刺作りたいんだよ。そこでさ、お前、筆文字で書いてくんないかな」って言われたんですよ。「あ、わかりました」って。そこで初めてフォトショップっていうのを知ったんです。フォトショップっていうのは、画像処理ソフトなんだけど、先輩に借りて、先輩に教えてもらいながら、楽しみながらレイアウトをして、印刷屋さんに持っていって。印刷は感動でしたね。「できました」と先輩に見せて、「うわーっ」ってなったんです。「かっけー」みたいな。それで、うれしくて会社辞めちゃったんです。
(会場:笑)

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僕、ずっと怒られ続けてきたわけですよ。技術と家庭も「2」。いすがひとりだけ作れなくて居残りさせられりとか。家庭科の時間は玉結び、いまだにできないし。それくらい不器用だった。まぁ、お習字はほめられてきたかな。でも、自分とものづくりとか、自分とアートとか芸術っていうのは、全く興味がないものだったんですね。もうコンプレックスの塊っていうか、なんにも「全くできません」みたいな拒否反応を起こしてた。それが、自分が作ったものに、みんなが「うわーっ」ってなったんです。あの表情が忘れられない。いいものを見たときのあの表情ね、感動したときの人間の表情、もうたまらない。「よし、これでいこう」と思いました。
それで会社辞めようってなったんです。で、「オーダーメイドで名刺を作ります」とか「表札を作ります」とか。考えていくとお墓もあるじゃん。あ、これええぞ、と。書がからむことっていろいろあったんですよね。もうスイッチが入ってしまったんですね。

独立するとき、別にアーティストになろうとか、書道家になろうとか一切思ってないんですよ。本当に天然で、バイトもしたことないし、空気読めない人だから、自分が何者かわからないまま会社辞めちゃったんですよ。ほめられたくて辞めちゃったわけだから、戦略も戦術もないわけ。名刺、表札を作っていれば、もう1回人が「わー!」となってくれるかなとか、儲かるんじゃねぇかとか、そういうことを勢いだけで浅はかに思っていただけだったんです。
あるとき、横浜駅を歩いていたら、大阪弁の怖いおっちゃんがいてね。
(写真:SAXを吹くストリートミュージシャンの男性)
ビリージョエルの「オネスティ」を吹いてたんです。終わったら僕、泣いてたんですよね。それで「僕はこれから書道家でいくんですけど、あんたは何なんですか」と話しかけていました。「なんで、そんなに人を泣かせとっとや」と。で、「話を聞かせてください」と言ったら……、
(次の写真:先ほどの男性の横でゴザを敷いて筆を握る武田さん)

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もうこんな感じですよ。
(会場:笑)
もう一緒にするしかないです。だって、泣かせたいじゃないですか。だからビジネスで儲かるとか、書道家として何とかっていうよりも、今度は泣かせたくなったんですよ。「名刺をただで作りますんで、チラシもただです。ホームページも作ってあげます。だから一緒に教えてください、ストリートで人を泣かせる術を」と、おっちゃんに頼みました。そしたら大阪弁で「何言ってんの? 出たらええやん。やりゃええやん」って言われて。「じゃ、やります」と……。
で、(ストリートで)「あなたの言葉書きます」って看板を出したんですよね。いちばん最初は酔っ払いのおじさんが、「『松田聖子』って書いてくれ」って。
(会場:笑)
「言葉か?」みたいな。で、『松田聖子』って書いたらそのまま喜んで、お金も払わずに帰っていきました。そこからいろいろ、失恋の相談、遺産相続とか、嫁姑、介護問題……、もういっぱい、いろいろな人の悩みを聞きました。書かずに帰って行った人もいっぱいいます。
(会場:笑)
もういいやって思って。人の話を聞いて「書いて欲しい」って人だけ書いてたら、泣いてくれたりね。あんまりこう焦る必要なかったんですよね、待ってりゃ結構自然に書を書くタイミングが来ました。
このストリートのときに感じたことは、結局、うまい字を書いても人は感動しないってこと。うまさというのは確かに感動するけど、ただ「うまい」で終わっちゃう。うまさっていうのはもちろん大事な要素ではあるけれども。結局何が人を感動させるかというと「人の話を聞く」とか「人の思いを知る」とか、そういう当たり前のこと。だから人が何に苦しみ、何に悲しみ、何に喜びっていうのに、強烈に興味を持ったときから人が泣くようになってきたんです。
(写真 墨で塗りつぶされた中に白い「生」の字)
それで、2003年にこの『人生』っていう作品ができました。まだ仕事もそんなになく、時間もたっぷりあるころ、たまたま江の島を、「そろそろ作品とか書いてみようかなあ」、「アーティストってかっこいいな」みたいなことを考えて散歩していました。ちょうどそのころ「ゴッホ、50億」とか「村上隆、何千万」みたいなのが出てきて、「作家っていう職業があるんだ。ストリートで得た…… 作品、俺からのメッセージもそろそろ書きたいな」みたいなところで、それであの「生」という字を書きたくていっぱい書いてたんです。
で、全然上手くいかなくて、海に散歩に出たら、たまたま分厚い雲がぶあーっとあって、昼間なのに、真っ暗で誰もいないんですよ、「怖ーっ」と思ってたら、太陽がばかーんと一直線に、一筋の光が暗い海のところに差したんです。感動屋の僕はまた泣いてたんです「なんて世の中は素晴らしい現象があるんだ」と。いま思うと苦しかったのかも知れないんですが、まあ、感動したんです。

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泣いてすっきりして帰ってきて、また「生」という字をいっぱい書いてたら、なんかたまたま書き損じた物がさっきの太陽に見えたんですよ。「生」と書いてないところが光に見えて、書いてるとこが雲に見えたんですね。それで、それがばーっと出てきて書きたくなって、何日も何日も「生」という字を書いてこの作品が出来たんです。だからこれ黒いところ全部いろんな「生」っていう字が埋まってるんですね、全部吐き出してみようと思って。やる気のない「生」とかあるんですよ、正座して黙祷して着物を着て「書かせていただきます」みたいな感じで書いてる「生」もあるし、何か食べながら書いてるときもあるし、ほんとにひどい自分、高い自分、浅はかな自分、全部入ってるわけです。
これがたまたまメディアに取り上げられ、転換期になりました。これをやってみてわかったことは、人の思いが入ってきてるわけだから、素直に迷いも含めて自分をさらけ出していいんだって思ったこと。そのときに制作意欲が出てきて、そこが武田双雲としてのスタートみたいな感じ。自分をみんな出してみりゃいいや、というところにいったんです。

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「志」ひとつで、生活が変わります。
みなさんも「志」を書いてみてください。

僕がここまで来た理由は、「志」だったんです。ばたばた来てるようですが、でも僕は1本「志」を持ったんですよね。夢や志って、定義はいろいろあって、ヴィジョンとか、言い方もいろいろあるけど。将来像の描き方も、彫刻とか書と一緒でいきなりできるものじゃないんです。まず欲望っていう、幼稚なものが出てくるんですね。「みんなに誉められたいな」「認められたいな」「モテたいな」っていう、浅はかなところから始まっていいんですけど、そこからずーっと掘っていくと、「じゃあこういう人と付き合って」「こういう街に住みたいな」「こういう時代を作っていきたいな」「こういう社会を作りたいな」っていうふうになってくると、ヴィジョンになってくるわけですね。そういう社会づくり、人づくりから始まって、そこの中で自分がこうやってイキイキと生きてる姿を想像するわけです。
(略)
それ毎日、お風呂とかで僕やってるんです。ちょっと妻に引かれるんですけど……。BBCから取材がきたっていう妄想をするわけですね。
(会場:笑)

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質問されると考えるじゃないですか。みなさんも、自分に質問をして自分で答える練習っていうのを書を使ってすると、すごくいいです。質問で答えって変わってきますから。理想の人間像でもいいし、ヴィジョンでもなんでもいいから、自分で質問をして、自分で答えていってください。それで人生は相当変わります! その答えを絞ってこれだっていうものを家に貼っとくんです。僕は「志」とは別にもうひとつ、かれこれ4年くらい教室に貼ってる言葉があるんです。「聞き上手」って書いてるんですけどね。
(会場:笑)
僕、しゃべるの好きなんですけど、聞くの下手なんで。「聞き上手」っていう言葉貼ったら、ラス効果っていう脳科学で……。例えば僕がNTTに入ったとき、いきなり視界に電柱と電線が増えたんです。妻が妊娠すると視界に妊婦ばっかり増える。そういうことないですか? あるとこにはまったら、そればっかりの情報引っ張ってくる。そういう脳科学で、引っ張り出し効果っていうのがあるんですけど。「志」をぱっと貼っとくと、それにまつわる情報しか潜在意識が引き出さなくなるんです。すると生きてるだけ、食べてるだけ、人と会うだけで、ここに貼ったものの情報が入ってくるんですね。「志」1個、いっぱいあるとむちゃくちゃになるんで、一個に絞って、できれば短い文章で。それをずっと神様のように奉っとくだけ、ただ貼っとくだけでいいです。ちょっと騙されたと思って今日やってみてください。「志」が変わると、行動が変わります。当たり前ですよね。「志」を持つ持たないで、そりゃ人生変わるに決まってるんです。

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<ワークショップの時間>

最後に空海さんの言葉を伝えて終わりたいと思います。「志」というのは未来ですよね。時間軸が、こう瞬間が積み重なって瞬間々々に生きてるんだけど、常に過去への反省とか未来への不安に意識を取られてしまいます。で、「志」って確かにヴィジョンが未来にありそうな気がしますよね。でも、これ空海さんもよく言ってるんですけど、っていうか空海だけじゃなくていろいろなところで言葉を変えて使われている言葉なんです。
「志」の持ち方なんですけど、先ほどいつかっていう言葉になりましたね、someday。
(ホワイトボードにsomeday=now notと書く)
somedayっていうのはいまではないって事ですよね。ということはいつかって言っている時点でいまはないっていうことを言い続けるから、いつかっていうのは実はいつまでも来ないんです、理論的に。常にいまが未来を作っているわけですから。Somedayという言葉をまず消すことですね。

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で、wantってありますよね。「歌手になりたい」「モテたい」「星になりたい」……。
(ホワイトボードにwant=now notと書く)
これもnow notなんです。「~したい」っていうことは「いまはそうではない」ってこと。つまり潜在意識の部分でsomedayとかwantって言ってるときは、「いまは私は星ではありません」「いまは私は師ではありません」と言い続けるわけですから、「いつか私は歌手になりたいです」イコール「私は歌手ではありません」って言い続けていることと同じです。何をするかっていうとそのvisionとかfutureっていうのをいまに持ってくるだけなんです。
空海さんは何て言ったかっていうと、修行しているお坊さんたちを見て「ハッハッハ。馬鹿だな」と。なんでバカだなって言ったかというと、「仏にならせてください。私はまだまだ浅い人間です」って思いながらやってる修行を続けたって、いつまでたっても仏にならないわけです。「だったら仏になったつもりで、俗世間にまみれなさい」って言ったのが空海なんです。これは僕が言ってることと全く同じ。常に自分が理想とする人間像を描きながら、それの演技をするわけです。
僕は世界中に感動を作り出しているアーティストのつもりで作品を書くから、ただの「一」を書いてもみんな「おおーっ」ってなるわけですよね。その、僕がうまいとか下手とか実力があるとかないとかは、実はあんまり関係ないんですよ。努力ももちろん関係してくるんだろうけども、そのヴィジョンがどれだけいまに落とし込めてるかっていうことが大事。ぜひみなさんのなかの「志」をいまに持ってきて生活をしていってください。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
生きているといろいろな言葉に出会うと思うんですが、衝撃を受けた言葉とか、自分が何か特別思い入れがあるような言葉はありますか。

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武田 双雲さん:
いま、ポッと出てきた。最近衝撃を受けた言葉ですね。対談させてもらった、今年97歳になったばっかりの聖路加(病院)の院長の日野原 重明先生。97歳ですよ、97歳なのに階段二段飛びなんです。歯も全部自分の歯です。耳もびんびん聞こえているし、しゃべりも達者です。見た感じはね、ちっちゃくて「おじいちゃんだな」とは思うけど、しゃべると「この人何歳かな」っていうくらいわかんないです。いちばんびっくりしたのがお姉さんがいるっていうことがびっくりしましたね。(会場笑)
104歳までスケジュールが埋まっているという、それくらい人気で。先生との対談の最後に「これから僕が生きていく上で何かアドバイスをいただけますでしょうか」って言ったら、一言「悲しみに寄り添いなさい」と。よい言葉をいただきました。涙が出ちゃったんですけど。その「悲しみに寄り添う」っていうことの意味が最初はよくわかんなかったんですよね。簡単に言うと悲しみに寄り添うっていうのは答えがないんで、それぞれやっぱり考えて欲しいんですけど。
ここに来られているみなさんは、だいたい元気な方が多いと思います。でも元気なときほど、苦しい人たちだったり、悲しい人たちだったりの気持ちを考えるということ、人の気持ちに寄り添うっていうことをするだけで、実は自分のためになるんですね。あらゆる人の立場に立って、そっと寄り添える人は、困難が来ても自分が病気になったとしても強いらしいです。精神的に折れないらしいです。
その言葉を、33歳にして聞けたっていうのはすごく大きかったのかなぁと思います。

フェリシモ:
それでは最後に神戸学校を代表して質問させていただきます。武田さんのお考えになる日本の宝物とは何でしょうか。

武田さん:
やっぱり書いたほうがいいかもしれない、書道家だから。
(半紙に「和」と書く。会場から拍手。)

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やっぱりもう日本人のダントツのオンリー……。こんだけ人に気使う人種いないんじゃないんですか? 海外行くと「俺が俺が」でびっくりしますよね。日本人っていうのは最後まで話聞くのが当たり前じゃないですか。外国人って自己主張がまずあって、主張をぶつけ合って、「じゃああなたのアイデンティティはどう?」っていうのが向こうですけど。自己主張がゼロに近い人種って、多分世界中で日本だけだと思いますよね。「忍耐」とかね、「押し殺す」とか、そういった文化があるのは日本だけで、ま、これはマイナスのときもあると思うんですけど、そんな言葉にならない柔らかさというか優しさっていうか、全体を考えられる力を、もっと世界中に広めたいなぁっていうのがあります。だってすごいクリエイティヴィティーじゃないですか!? 自分の意見を主張することよりも、全体を見ながらそれに自分を合わせていくことほどのクリエイティヴィティーはないわけですよね。だから常に、自分の自己の意識と他人の全体の流れ、時代の流れだったり、組織の流れだったり、するものに対しての帳尻合わせみたいなのが非常にうまい人種なわけですから、そういうものがもっと世界にこう、いい意味で加工され、展開されるといい世の中になるんじゃないかなとすごく思います。

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最後に……

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書道家だから字のこと最後に言います。これから年賀状シーズンで、みなさん年賀状書くことがあると思います。みんな字が下手だからっていうじゃないですか。でも、年賀状書くときだけは諦めてください、自分の字ですから、もうそれが集大成ですから、下手だろうがうまかろうが、「これは私の字だ」と認めてください。そして、書くときは必ず相手のことを思いやってください。「どうやったら、相手は喜ぶだろう」「どうやったら自分の気持ちが伝わるんだろう」、自分の感謝の気持ちとかね、お世話になった気持ちとか、「これからもよろしく」みたいなのでいいんですけど。相手に合わせて、自己表現を自分らしくやって。下手な人は下手なりに、うまい人はうまいなりに、デザイナーさんはデザイナーさんなりに、自分らしい字で、必ず手書きで書いてください。義務で出す人は一切、切っていいです。年賀状を出さないからって折れるような関係は切りゃいいんです。本当に大切に、書きたくてしょうがないという人だけに出すっていうのを実践すると、義務にならないから、出したくなる。そうしたら素敵な年賀状交流ができます。年賀状の、本当の意味っていうのはそっちですからね。本当の心の交流ですから。

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神戸学校の舞台裏 2008年11月

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双雲さんが書かれたお箸袋の字。
「神戸、サイコーです。」とも書かれています。

ご講演の前の打ち合わせを兼ねたゲストとスタッフとのお食事の時間の話。
「『いただきます』と声に出し、手を合わせることは、日本人の美しい文化ですね」という話になりました。そこで、双雲さんは、書道家ならではの新しい食前の習慣をご提案くださいました。
それは……「食べる前に書く!」ということ。そして双雲さんとスタッフのメンバーひとりひとりは筆ペンで、それぞれにお箸の袋に「食べるまえのひとこと」を書きました。
「ありがたくいただきます」「よく噛んで、ゆっくり食べます」「美味しいお弁当 ありがとう」などなど。
「書くという行為によって、『食べる』という行為をとらえなおす」そのことで、改めて食事をいただくことへの感謝の心が深まり、また、言葉を通じて、一緒に食事をする人とのコミュニケーションが広がりそうな素敵な提案だと感じました。
そもそも「いただきます」と手を合わせる行為自体、昔に誰かが考えたことですが、何百年後かに双雲さんが考えたこの習慣が「当たり前のことになっているかもしれない!?」としばし盛り上がったお昼時でした。



Profile

武田 双雲(たけだ そううん)さん<書道家>

武田 双雲(たけだ そううん)さん
<書道家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1975年、熊本市生まれ。東京理科大学卒業後、NTTに勤務。2001年書道家として独立。B'z、野村萬斎など様々なアーティストとの共演や斬新な個展などを通して創作活動を展開。約300名の門下生を持つ書道教室(2005年末より満席)においては、オリジナルの講義が話題を呼び、NHK「課外授業ようこそ先輩」日本テレビ「世界一受けたい授業」などの数々のメディアに出演。アーティストとしても注目を集め、NHK国際放送「ニッポン先端人」やテレビ東京系列「ソロモン流」などのドキュメンタリー番組で紹介される。また、吉永小百合主演映画「北の零年」、三島由紀夫原作映画「春の雪」、TBS 50周年記念ドラマ「里見八犬伝」などの題字を手掛ける。「龍華翠褒賞」「コスタンツァ・メディチ家芸術褒賞」受賞。著書に『たのしか』(ダイヤモンド社)『「書」を書く愉しみ』(光文社)『書愉道』(池田書店)初の言葉集『ひらく言葉』などがある。

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その他のゲスト

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