神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 増田 喜昭さん(子どもの本の専門店メリーゴーランド店主)  スペシャルゲスト:飯野 和好さん(イラストレーター)
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「物語の魔力~子どもが扉をひらくとき」



<第1部>

10歳までに見たこと、読んだことって
大人になっても体のどこかで覚えているんです。

こんにちは。今日は、子どもの本専門店を33年やってきて、大人の人にどうしても伝えたいことをお話したいと思います。みなさんも子どものころから持っていたけれど、もう忘れてしまっていて「あ、こんな気持ちあったかな」とどっかで、ひっかかっていただけたらと思います。
僕はわりと子どもたちの講演によく行くんですけど、初対面の子どもとまずコミュニケーションを保とうと思って、コレ(コマまわし)をやると、彼らはこんな表情になるんです。(増田さん、ポカーンとした表情をする)もうこれでオッケーなんです。あとは何を話しても信用してもらえるんです。それから、僕は、子どもと大人で違う話をするということをできるだけしないようにしています。小学校5年生に夢分析の話とか本の話を、真剣に話すために、まずコマをまわして……(笑)。コマまわしは僕が10歳の時にできて、いま58歳だけど、まだできるのはなぜだろうか? しかもこれ久しぶりでコマをまわしたの。40年ぶりぐらいにやったんです。ということは、みなさんもおそらく10代でやっていたことはいまでもできます。中学校の時に体操部だった人は、いまここで側転しろと言ったらできると思います。ブラスバンドの人は、いま「楽器持て」と言われたら、ぱっと構えができる。毎日のようにやっていたことっていうのは、そういうふうにその人の中にちゃんと入っていて、本人は忘れていても体は忘れていない……。
そういうふうなことと同じように、物語を読むとか、お話を体験することは入っているんですね。それは、大人になってから必死で子どもの本を読んでも実は手遅れなんです。『千と千尋の神隠し』という映画をご覧になったことあると思うんですが、女の子は橋を渡って、大きな銭湯で働く……。あの橋を渡るのが、今日僕がテーマにしている、子どもが扉を開くとき、絵本を読む、扉を開いて中に入るということを考えると、あの橋を渡って、あの温泉で働くあの瞬間が、10歳の主人公だから、できたんです。大人はできない。それが証拠に、あの両親はただ豚になって、橋のこちらで何か食べてましたよね。あれは、目の前に食べ物とかお金とかダイヤモンドに目がくらみ……。

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本の“扉”を開いて、物語の世界を旅しよう!

子どもたちに本の話をするときに、まずこう本を見せます。ここは、“表紙”ですね。これは“背表紙”でしょ。ここは? “裏表紙”。じゃあ、ここは? ここは、“見返し”っていうんですよ。お芝居で言うと幕が閉まっている状態。今回のフェリシモの小さい本は全部見返しのとこに、非常に凝ったことをしています。それは、ここからちゃんと物語が始まっているということなんです。
そして、次開けて、タイトルがのっているところ。
まあ、普通絵本なんかは、ここにも絵が入っていますけど、(略)ここのことを編集者たちは“扉”と呼びます。だから“扉”を開くとお話が始まるんです。そして、子どもたちに、「おそらく世界中の小学生で“扉”を知っているのは君たちだけだ」って、あらゆるところで言っているんです。ところが、こないだ5年生の女の子が僕にこう言ったんです。「ひげのおじさん、扉って言ったけど、じゃあ、本ってさあ、全部扉じゃないの?」って……。そうなんですよね。次に行きたきゃ、次の扉を開けないと、お話は読めないじゃないですか。ちょっとやられましたね。「おお、そうだ、君の言うとおりだ! 本というのは、扉の束なんだね」。いい話でしょ!?

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で、読み終えたら、最後の扉を閉めて、本棚へ……。またこのお話のところへ行きたくなったら、また本棚から出して扉を開くという……。そして僕は子どもたちに言います。
本では、君たちの行ったことのない町や知らない友だちと出会える、でももっと大事なものとも出会える、それは守護神です。君たちが本当に困った時とか、何かあった時に「あ~、またあの人のあの言葉が欲しいな」と思えば、本棚からその大好きな本を出せば10年経っても20年経っても100年経っても、そこには同じその人が同じ言葉を言っているんですよ。
うれしいでしょうね、10年ぶりに開いてもらった本の主人公は、「いや~もう10年間待ってましたよ~。久しぶり。大きくなりましたね。私はまだ12歳のままです」なんて……、当たり前ですけどね。まあ、そんなふうなことを子どもたちに話しながら、本というものはそういうものであるから、みんな自分の部屋の本棚には、自分のいちばん大事な本をひとつずつ並べるんですよ。守護神が入っているからね。「本棚は神棚です」とまで言います。「毎朝、起きたら本棚を拝みなさい」みたいなことまで言って、「人に本を読んでもらって喜んでいる場合じゃないぞ。自分で扉を開きなさい」と。最近、読み聞かせがはやっているけれど、僕は、自分で本を読む人になってほしい。本に手を伸ばす、呼んでいるってことあるでしょ、本屋さんへ行くと。なんだか分からないけれど、他の本を買いにきたのに、こっちの方から呼ぶ声がする、「あ、これ読みたかった」というのがあるんです。そういう運命の出会いみたいなことも結構あるんです。

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さて、『千と千尋と神隠し』の話ですが、あれはもちろん宮崎 駿さんという素晴らしい方がつくったものなんですが、実は原作があるんです。『霧のむこうのふしぎな町』っていう28年くらい前に講談社から柏葉 幸子という、その当時『誰も知らない小さな国』を書いた佐藤 さとるさんが「すごい書き手が現れた」という絶賛のもとに新人賞を受賞して、児童文学の世界に忽然と現れたのが、柏葉 幸子さんが書いた物語。僕も28年前に読んで感動したひとりだったんです。だから映画を観たとき「あぁ、盗作や」と思ったんです。それぐらい似ていました。女の子がある町に迷い込んで、そこで働きながら、どんどん逞しくなって戻ってくる、そういう話は同じじゃありませんか。ゆばーばのようなおばあちゃんもいるし、設定は似ているけれども、ただひとつだけ、書かれていないものが映画にはありました。それは、ハクです。龍になった……、あれは、僕は映画を見る限り、千尋の守護神だと思うんですね。(略)その守護神であるハクを描いた宮崎 駿さん。10歳の女の子に「あなたはあなたのままでいいんだよ」とパンフレットに書かれてありましたが、でも「あなたがあなたでいいんだよ」と言うためには、例えどんな物語の中にも彼女に「あなたを守るよ」という守護神が必要だったんです。目に見えない何かに守られているという実感を持っている子どもって少ないんです。目に見える成績とか、45分で100点取ることとか、何かを覚えることに必死になって、何かを感じたり怯えたり、泣きながらでもものを考えた時代から比べると、随分急ぎ足になっているような気がするんですね。そして本を読むとか、何か不思議な体験をする、例えば『千と千尋~』の千尋があの変な所で働くという寄り道は、実はまっすぐ進むよりも、もっとも大切なことだっていうことを宮崎駿は言いたかったんです。そして大人のみなさん、もうあなたたちは、あの橋を渡れませんよ。だから10歳の子どもが橋を渡るのを邪魔しないでほしい、そういう映画なんです。そういうことを、物語を読む子どもたちはいつも感じているはずです。そしてそれは決して物語が感動的なんじゃないんですよ。物語に感動したりおもしろいと思う、その子が生きて10歳でそこにいるからです。物語のせいなんかじゃないんです、読み手がおもしろいと思うから本はおもしろいんです。 本は、書いた人のものでも、つくった人のものでもなく、買って読んだ人のものです。
出版社はひとつ本が出ると次を出すことを考えます。でも、僕たちは出たこの本をどうやって手渡していくか……、もしくは手渡ったその人がどう読んだかのあとがいちばん大事なんです。要するに、そのあとどんなふうにこの本が、この本の人生を生きていくかが大事なんです。そして僕は出版社の人に「あんたたち産みっぱなしで知らん顔やけどね、僕はこう思いますよ」って、出版社に返し続けている、のも僕の仕事やとも思っています。
(中略)

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よくいろんな人から「なぜ子どもの本屋を始めたんですか?」って聞かれるんです。僕は、就職活動をしない変な大学生でした。みんなが就職活動をしているときに少林寺拳法を習っていました。その話をすると長くなるのでやめておきますが……。貿易会社に勤めていて、その頃よく本屋さんに行って本を買っていたんです。当時、最初に買ったのが『あおくんときいろちゃん』、『リトルブルー&イエロー』という洋書でした。見ると、青色と黄色がひっつくと緑になるという……「わ! 僕と彼女だ」と思って、早速その本を購入して当時つきあっていた彼女にプレゼントしたんです。要するに「あおくんときいろちゃん」という本が子どもの本であるとことを知らなかったんです。“子どもの本”などと、外国の絵本はあまり決めつけてないんです。日本だけですよ、何歳から何歳までなんていうのは。失礼な話ですよね。ひとりで読むなら何歳から、読んでもらうなら何歳から……。だったら大人の本も書いたらどうですか? ひとりで読むなら40歳以上……。
(会場:笑)
そうしたら、電車で読んでいる人を見て「あ~あの人40歳過ぎてんねやー。わりと若く見えるなあ」とかなるでしょ。嫌でしょ、それは子どももまったく同じです。
僕はこの世の中に子ども向けのものなんてないと思っています。もちろん体が小さいから、小さい子用の三輪車とかちっちゃい靴下とかそれは必要です。でも、山で「今日の夕焼けは5歳児向けですよ」とかないでしょ? いつだったか子どもたちとキャンプに行って、幼稚園の子どもから高校生まで連れて滋賀県の山に登ったら、向こうから滋賀の中学生の団体を先生が引率してやってきました。ちっちゃいこんな子がいるもんだから「どっからみえましたか?」と尋ねられ、「三重から」と答えたら、「ええ~!三重県から? この山はね、中学生以上のコースですよ」と言われ、
(会場:笑)
山に中学生以上の山なんてあるのかって、その時びっくりしました。
(中略)
ここに『ポケットに砂と雪』があります。これがフェリシモの30冊目です。昨日、できたの。ほっとしております。10ヵ月で30冊ということは、月3冊。普通ね、不可能ですよ。しかも僕は子どもの本屋であって、本をつくるプロではありません。でも、本屋が売りたくなるような本をつくりたい、それだけでつくりました。恐ろしい人たちに声をかけましたが、全員断らずに描いてくれました。ラストは和田 誠です。
(増田 喜昭さん:ざっくりと朗読)
(中略)
素晴らしいでしょ。子どもの本というものには、大人のひそかな思いが、こっそり隠されていることが多いんです。

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「おまえはなんじゃ?」「僕は誰?」
まどみちおの『くまさん』は、永遠のアンソロジー

僕たちが本をおもしろいと思うのは、僕たちが生きてその本に向かっているからであって、本だけが一方的におもしろいわけじゃないんです。それはこの『子どもの本屋はメリー・メリーゴーランド』(晶文社)に詳しく書いてありますが、僕は実は京都の大学に入った18歳の時、「お前は悪い子だから」とお寺に入れられたんです。お寺で朝4時半に起きて、拭き掃除、お経、そういうことを18歳の時に経験して、全然楽しくありませんでした。京都の冬は寒かった。まるで北国みたいに……。朝は自分の托鉢でごはんを食べて、ゆすいで布巾を乗せて、布巾が汚れると鍋で炊いて、その汁は庭に撒くという、非常にすごい生活をしている中で、たまに管長が茶室に呼んでくれて、おうすをたててくれて……。「それでは行って参ります」と言って、学校に行ってたんです。長いんですよ、4時半から学校へ行くまでの時間。ほとんど半日終わってる感じしますよ。
最近40年ぶりにそのお寺を訪ねて、その庭を眺めたら涙が出てくるくらい感動しました。あの庭は国宝だそうです。そんな所に住んでたんかい!って思いました。18歳の時には、その庭がなんたるかなんて全然分からなかった。40年経っても何も変わってないんです。もちろん変わっているとは思うんですが、僕の中ではおんなじだ、そのことに感動しました。要するに、同じ風景がそのまま残っているということが、どれくらい人間に必要かということなんです。
(中略)
僕のいた寺は、滋済院といいます。嵐山でいちばん古いお寺です。その時の管長は、富山県の国泰寺というお寺の管長も兼ねている偉い人だったらしいです。
僕がひとりでいる時、管長が帰ってきて、「おうすをたててやろうか」って言われたんです。「はい」って言って、茶室でたててもらいました。
その時、「あれはなんじゃ?」って茶室のにじり口から見えるものをさして管長が言ったんです。こんな小さな梅の木に花がぽっと咲いていたんです。
生意気盛りの僕は「梅」って答えたんです。

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「あれが梅なら、おまえはなんじゃ?」
「人間」
「人間のなんじゃ?」
「オス」
「お前は自分の顔を見たことあるのか?」
「あります。鏡で」
「鏡に映った顔は左右反対じゃろう」
「いや、もう1枚鏡持ってきてこうやってやったら……」
「お前は理屈が好きじゃのう。ところでお前は本をよく読んでいるようじゃが、本の中に自分が見えるかな」
とかなんとか言われたんですね。
「見えません。いま読んでいるのはアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』という本で、そこに自分が見えたらえらいことです」
(会場:笑)
「それでなくても犯人が誰か分からなくていま大変なんですから」
って言ったら、
「なんぼ読んでも無駄じゃのう」って言ったんです。
なんじゃ、このじじぃ、と思いました。
ところが、それから30年近く経って、僕が子どもの本屋をやって、まどみちおさんの詩を……
“ぞうさん、ぞうさん、お鼻が長いのね”って読んでいる横に、おなじく昭和20年代に書かれた『くまさん』(童話屋)という詩があったんです。あまりよかったので、僕はいまでも覚えています。

『くまさん』
春がきて、くまさんぼんやり考えた。
咲いているのはたんぽぽだが、
えーと、僕は誰だっけ? 誰だっけ?

春がきて、くまさんぼんやり川にきた。
水に映ったいい顔見て、
そうだ、僕はくまだった。よかったな。

という詩なんです。いい詩でしょ。それを読んだ瞬間、ああ、30年ぶりに暗い記憶の中にしまい込まれていた、「あれが梅ならお前はなんじゃ?」が蘇るわけです。本人は忘れているつもりでも、何かスイッチさえ入れば全部どっかに入っていくんです。「そういえば、あの管長があんなこと言ってたなー」と。「本の中に自分が見えるか?」……、既に、その時僕は、本の中に自分が見えることがもう理解できていたんです。「そうだ、本がおもろいんと違う、自分がこの本がおもしろいんやということに、なんで僕は気づかへんかったんやろ」と思っていた時に、この詩を読んだもんだから、バチバチバチッとその話が一致したんです。
だから、相手がどんなに幼かろうが、わけがわからないであろうが、大人の思いは子どもに言いつづけるべきなんです。喜んでくれるからその本ばかり読むというものじゃないんです。「あんたにはわからんと思うけど、僕は読むからね」と言うのもありなんです。
その、『くまさん』を読んだ1週間後、京都の大学の同窓会があって帰る時に、友達と名古屋駅にいました。そこで、管長とそっくりの頭の人をみかけました。よせばいいのに、前にまわって、見てみたら、管長だったんです。それで「管長、久しぶりです」って。これが『くまさん』の詩を読んだ1週間後ですよ。「おお、君か。元気でやっとるか。新聞に載ってたね」なんて言ってくれて。(中略)
それが彼との今生の別れになるんですけど。その何ヵ月かあとに亡くなられたんです。そういう運命ってあるんですね。
何が言いたいかっていうと、結局、仏教の内観みたいな相対するものに自分を見る。その話から、考えてみると、生まれた赤ちゃんはお母さんを見るでしょ? 赤ちゃんのここにあるお母さんの顔は、私(赤ちゃん)の命を支える顔なんです。生まれて2~3ヵ月の赤ん坊は自分の顔見たことないですよね。ということは、生まれてこの方、自分の顔を見たこともないのに、お母さんの顔は見ているんです。たまにしかやってこないお父さんの顔にはあまりなつかないんです。要するに、この顔が消えるから「いないいないばあ」はおもしろいんですよ。あの頃から、すでに人間は目の前にあるものを見て生きる。何を見て生きてきたか、ものすごく重要なんです。

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学校の帰り道にあった大きな1本の木だって、どれくらいその人を支えていたか……、みなさんもっと歳を取ったら気づくでしょう。そういうものの中に、自分というものがしまい込まれているんです。木はただ立っているだけなんです、でもある時切り倒されたらわかります。なんか寂しいんですよね、心に穴が空いたような……、何だろうと思ってよく考えたら、いつもあるはずの大きな木が切り倒されていたんです。これはすごく大きなことなんです。そんな感じと同じように、子どもは自分の目の前にいる人、自分の仲良しとかに影響を受けながら大きくなっていくんです。例えば、大学生だったら同級生、僕は増田ですけど、隣の松田くんと仲良しになるというのは、偶然のように見えてすごいことなんです。「そのズボンどこで買ったん? 俺も買おうやー」とか言って……。
(中略)
そういうことを感じることが、子どもの本を読み始めて、どんどん多くなってきたんです。もちろん僕は子どものころから、子どもの本が好きだったわけではないんです。子どものころは本を読んでいる暇があったら走りまわってましたから……。中学校の時、かよこちゃんという憧れの女の子がいて、交換日記したくらい仲良しの彼女が、本が好きで、休憩時間に彼女を探すと、いつも図書館で本を読んでいる子だったんです。「へー、そんなに本っておもろいの?」と思って僕が読んだのは、『秘密の花園』、『小公女』、『フランダースの犬』……、なんかもう涙ボロボロ出るようなやつばっかりを読んで、僕はいじめっこでしたから、そんなことはみんなに内緒にしながら、ひそかに貸出カードに名前が並ぶことに喜びを感じていました。
(会場:笑)
(中略)
だからかよこちゃんがいなければ本屋をやっていなかったかもしれない。
(中略)
石井 桃子さんが、「大人たちよ、自分が子どもだった時を愛しなさい。あなたが大人になったり老人になったりして、あなたを本当に支えてくれるのは、子どもの頃のあなたですよ」って言葉を残していました。彼女が99歳の時に言った言葉ですから、ものすごく信憑性があると思います。ということは、人間というものは、10歳にして、だいたいの原形はできあがってるということなんです。『千と千尋の神隠し』もそうだし、素晴らしい本の主人公は、ほとんど10歳前後なんです。少年少女小説の主人公は、まあよくいってても15歳でしょう。そのころに、あるものを見たり、体験したり、感じたりしているはずなんですね。
そして僕が、フェリシモの“おはなしのたからばこ”に持っていきたかったのは、絵本じゃないんです。もういま絵本の読み聞かせとか、絵本、絵本、絵本ってみんなが言って、僕の店もときどき絵本専門店と言われるけど、違います。うちは、子どもの本専門店です。そこに、店を見ていただいたらわかると思うんですが、そこにあるのは、物語なんです、お話なんです。人間は物語がなかったら生きていけないですよ。昨日までみなさんが生きてきたことは、ひとつの物語じゃないですか? 今日あった、この出会いも明日にはもうないんです。何かに書くか日記につけるか、みなさんの中でひとつのお話にしない限り。僕たちの人生は、日々物語を生きているんです。そうやって考えると、僕たちは、人の人生や素晴らしい居場所や、本の中の友だちなくては、実は生きていけないんです。そういうもので、僕たちの中身はできあがっていたんです。それが、物語の力であるし、扉を開ける瞬間の喜びなんです。もちろん、自分の手で扉を開けないといけない。
(中略)

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そして、河合 隼雄という人は、それを学ぶことによって得たと僕は思っていたのですが、『心の扉を開く』(岩波書店)という彼の最後の著書を見ると、小学校時代から彼が読んだ感動した本を各項目別に紹介しているではありませんか。僕は全部読みました。恩師のすすめる本を読まないわけにはいかないんです。中に感動したものがありました。河合 隼雄が9歳の時、兄にすすめられてオイゲン・ヘリゲルというドイツ人の『日本の弓術』(岩波書店)という本を読むわけです。昔の子どもはこんな難しい本を9歳で読めたんです。読むと、ドイツから日本文化を勉強にきたこのヘリゲルさんは、何か武術をやりたいと思って、友だちのすすめで、宮城県の有名な弓術家を訪ねるわけです。そして、彼は日本を出る時、弓道5段。そしてドイツで弓道の道場を開くくらい、達人になって帰っていったわけです。
ところが、まだ達人になる前に、
「先生、なかなか的に当たらないんですけど、どうしたらいいですか?」
「的に当てようと思ってはいかん」
「は?」
「弓を引こうとか、当ててやる、とかいう思いを捨てなさい。心で討つのじゃ」
なんか、日本人、そういうのが好きですからね。武士道って。心っていわれても……科学の人ですからね。そのドイツの人は「このAをBに当てるには、A地点からB地点まで、こう引いてこうしなきゃダメでしょ」みたいなことを言うと、「ついてきなさい」と言って、真っ暗い夜中の弓道場に連れていかれるんです。そして蝋燭の明かり1個で、矢を射るんです。的はまったく見えないんですよ。パーッと弦を放すと的のど真ん中にパーンといくわけです。そうするとオイゲン・ヘリゲルさんは「まぐれでしょ、うっそー」みたいに言うと、「見てなさい」と2本目の矢もパーッとやると、1本目の矢のお尻のところにバーンと当たったんです。
その時、河合 隼雄少年は、生まれて初めて「心」という文字に出会うわけです。わかりますか? 日本であれほど、「心」という本のタイトルにして、本を出した人はいないでしょう。それぐらい「心」というものが見えていた人の、その最初の出会いはオイゲン・ヘリゲルの『日本の弓術』だった。そういうことを僕はどんどん調べていくうちに「やっぱりな」と思いました。学者たちがたくさん研究したことの本当のエッセンスが、実は童話の中に込められていたんです。

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そして、そういう流れをくんでいる小林 秀雄であったり、日本のすばらしい人たち、特にフランス文学の桑原 武夫という人を僕は大尊敬しています。その教え子が京都で童話を書いている今江 祥智さんなんです。繋がっていくわけです。そして今回、僕がフェリシモに5冊今江 祥智さんの童話を入れました。なぜ入れたかというとお話の名手だからです。
宮沢 賢治や新美 南吉の次に、僕は今江 祥智が残っていくと思います。読んでみてください『トトンぎつね』という素晴らしいお話があります。そういうものが、いつのまにか日本の本屋の売り場から消えているんです。そして、そうじゃないものばかりが、売れていることに、ちょっと僕は悔しい思いをしました。
(中略)
いったい日本の素晴らしいお話や物語はどこへ消えてしまったんだ。それ、そういうものを復活させるために僕はこのタイトルを“おはなしのたからばこ”ってしたんです。それは絵本じゃないんです。お話の持っている力をもう一度、この本を「わあ、かわいい」と思って手に取ったり、「絵本の文庫本ね」とポケットに入れていただいた人に「お話っていいわね」と思っていただきたいんです。その最後の1冊が『ポケットに砂と雪』です。まさにふさわしいと思いませんか。1冊目は江國 香織の『カエルの王さま』。怖い、むずかしいお話です。カエルがばーんと壁にぶつけられるんです。そして、壁にぶつかった途端王子さまになるんです。で、召使いのハインリヒの王子さまをなんとか守りたいという思いが、鉄の輪っかになって、胸をしめつけるんです。それがバチーンとはじける、なんと恐ろしい。でもこれを子どもの時に読んだら、人に対する思いが鉄の輪っかを壊すほどであるということのイメージは、まだそれを上回る作品に出会ってないほど、素晴らしいものをグリムは書いたわけです。そしてもちろんそのグリムがお話を書く前に長いこと読み継がれてきた民話があるんです。日本にもあります。
では、最後に一言だけ。
そういうふうに物語を生きてほしい、みなさんに。物語の魅力を知ってほしい。もうひとつは、目に見えない夢、そういうものにもう一度ちゃんと向かい合う時間のゆとり、
寄り道する心のやすらぎこそが、僕は人生の喜びだと思っています。

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<第2部>

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スペシャルゲスト・イラストレーター飯野 和好さんによる絵本読み語り。拍子木の音に合わせて登場した、三度笠姿の飯野さんが、手づくりのかんから三線(さんしん)を演奏しながら、浪曲を歌ったり、講談ふうに絵本読み語り。ゲストの笑いも絶えないひとときでした。
読んでいただいた本
『ねぎぼうずの あさたろう その7 さんぞくまつぼっくりのもんえもんのなみだ』(福音館書店)
『くろずみ小太郎旅日記 その6 怪僧 わっくさ坊暴れる!の巻』(クレヨンハウス)
『児雷也 がまにのって』(フェリシモ)

フェリシモ:
最後にフェリシモからの質問です。おふたりが考えられる“日本のたからもの”とはなんですか?

増田 喜昭さん:
“魂”っていう言葉かな。この言葉にはまだまだむずかしいことがあるけれど、どうも日本独特のものだと思います。僕たちは先輩からもらった“魂”をまた、次来る人にバトンタッチしていくことが、仕事のような気がしています。察する気持ちとか、日本人独特のものだと思います。

飯野 和好さん:
わたしは、田舎の山育ちなんでね。やっぱり風景っていうか、山河、日本の里山でしょうか。

フェリシモ:
本日はありがとうございました。

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神戸学校の舞台裏 2008年12月

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メリーゴーランド京都店内の様子

神戸学校12月には、メリーゴーランド京都のスタッフの方にもおこしいただき、夢あふれる書籍の数々を販売していただきました。こちらの京都店の-窓からは、美しい京の山をのぞむことができます。
メリーゴーランド京都店出店の際のエピソードを増田さんがお話してくださいました。
ある日、増田さんが尊敬してやまない河合 隼雄さんが夢に出てこられ「メリーゴーランド京都店出店おめでとう!」とおっしゃったそうです。それは河合さんがご病気で倒れ、眠るように毎日を過ごされていた時でした。
その後、ご逝去された河合さんのお別れ会で挨拶をされた宗教学者の中沢 新一さんがひとこと。「河合先生 夢でのご指導ありがとうございました」と。そのとき、会場がざわざわとしたそうです。増田さんいわく、
「河合さんは、病床におられる間、親しい方の夢の中に出て、たくさんの応援をしてくださっていたのかもしれない」と。
夢にまつわる神秘的なお話でした。



Profile

増田 喜昭(ますだ よしあき)さん<子どもの本の専門店メリーゴーランド店主>・飯野 和好(いいの かずよし)さん<イラストレーター>

増田 喜昭(ますだ よしあき)さん
<子どもの本の専門店メリーゴーランド店主>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
三重県四日市市松本町にたたずむ一軒の本屋さん。それが「子どもの本専門店メリーゴーランド」です。増田喜昭さんが32年前に実家のビルの一階にオープン。開店当初は経営も苦しかったそうですが、「その人となりができあがってしまう10歳までに、子どもに大きな影響を与える本というものにかかわりたい」という思いから、地元の人たちを相手に地道に努力を続けた結果、全国にファンができるほどの本屋さんに成長しました。今では、喫茶店や多目的ホールでの紙芝居・ライブ・作家を招いての講演会など、町の本屋さんという枠組みを軽く飛び越えたユニークな本屋さんとして注目を集めています。店主の増田さんは学校や幼稚園から「本を読みにきてほしい」と電話が入ると、いそいそと出かけてしまう、そんなひょうきんなおっさんなんだそう。近著は『子どもの本屋はメリー・メリーゴーランド』(晶文社)。メリーゴーランドや子どもたちに対する思いや愛に溢れた文章が綴られています。
http://www.merry-go-round.co.jp


飯野 和好(いいの かずよし)さん
<イラストレーター>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1947年埼玉県秩父生まれ。『小さなスズナ姫』シリーズで第11回 赤い鳥さし絵賞、『ねぎぼうずのあさたろう その1』で第49回小学館児童出版文化賞受賞。『ハのハの小天狗』『くろずみ小太郎旅日記』シリーズ、『桃子』『草之丞の話』(江國香織・文)『おならうた』(谷川俊太郎・原詩)他多数。

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