神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「サービスとは提供する側も楽しむこと」



<第1部>

日本のホテルに就職
渡仏して星付きレストランでの修業
順風満帆の料理人サクセス

フェリシモ:
山口さん、こんにちは。

山口さん:
こんにちは。いよいよ始まりましたね。ドキドキしますね。

フェリシモ:
楽しみにしておりました。

山口さん:
緊張しておりました。

(会場:笑)

山口さん:
みなさんの前に出るので、今日はちょっと痩せて来ようと思っていたんですけど、逆にプレッシャーでここ数日食べ過ぎまして……、太ってきました(苦笑)。

フェリシモ:
まず山口さんの人となりを教えていただきたいと思います。山口さんが小さいころ、おじさんが食堂を経営されていて、そのときの経験がかなり大きいものだったと?

山口さん:
おじとおばが、食堂を営んでいまして、で、僕の家族は近くに住んでいたので、調理場に行って勝手につまみ食いをしたりとか、うどんをつくって食べたりと、まあ、そういった経験がありました。その食堂の近くに工場があって、そこで働いていた方がお昼になると食堂に来られるんですね。午前中の仕事が終わって疲れて来られるんですが、食事を始められると笑顔になってね、食べ終えられるとイキイキと午後の仕事に戻られる姿を実際に見て、ちょっと意識をしていたところはあったと思います。

フェリシモ:
学校を出られて、最初は日本で修業を?

山口さん:
23歳でホテルに入りました。僕たちが修行を始めたころは、いまのようにたくさんのホテルがなかったんです。ホテルに就職できる人っていうのは、調理師学校を出た人。それが調理人のエリートコースだったんです。僕は、調理師学校は行かなかったんですが、新聞広告で見つけてまず働き始めたのが最初です。

フェリシモ:
日本で経験を積まれて、日本でそのままやっていくという手もあったと思うのですが、28歳のときにフランスへ渡られました。なぜフランスに渡られたのですか?

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山口さん:
まず最初は、ホテルに入ることを目標にしていて、先輩の紹介でホテルに入ることができました。そのときは、ホテルに入れればそれでいいって思っていたんです。ですが、ホテルのなかにフレンチレストランがあり、そこで働きたくなって……。数百人の仲間がいるんですが、ほとんどの人が調理師学校を出ていて、前職もホテル経験があって……、僕自身はそうじゃなかったので、エリートから外れていたんです。それで、氷彫刻などいろんなコンクールに出たりして、なるべく目立とうとして……。で、フレンチレストランに配属してもらったんです。そうすると、そこのシェフはヨーロッパ修業の経験のある方で……。僕自身は経験がないので、シェフが「これはフランス料理だ」と言っているからフランス料理であるとしか言えないんですね。だから自分でどうしても本場の料理を見たいと思いました。

フェリシモ:
フランスに渡られ、3ツ星レストランに行かれたお話をお聞かせください。

山口さん:
みなさんが東京のミシュランでご存じのように、ミシュランが、僕たちがフランスで修業するひとつの基準になっていました。ミシュランというのは、タイヤの会社で、1900年代、フォードが量産車をつくって、車がどんどん普及していったんです。車で旅行してもらうとタイヤが減りますよね。そうするとタイヤの販売促進につながります。当時、車の性能もあまりよくなかったので、車の整備工場とかが載っている本が1900年に初めて出たんです。1924年くらいからレストランの評価が始まって、1ツ星、2ツ星、3ツ星というようにランクを分けるようになり、1ツ星というのは旅行のとき近くにあれば行けばいいレストラン、2ツ星は遠回りしてでも行けばいいレストラン、3ツ星はそのレストランに行くことに旅の価値があるという感じでした。もう、100年ほどの歴史があります。
僕もそのガイドに信頼をおいて、星付きのレストランで働くことが目標でして、運良くパリで、1ツ星、2ツ星で働くことができました。僕が生涯の師匠と思っているベルナール・ロワゾーさんのいたレストランは、当時2ツ星。パリから250キロくらい離れた田舎にあったんですけど、訪ねて行って「働かせてください」とお願いして、働くことができました。

フェリシモ:
そのときの写真を入手しております。

山口さん:
中央の方がロワゾーさん。21世紀のフランス料理の扉を開けたと言われる料理人です。

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(略)

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3ツ星レストランで覚えたのは、
「キュイジーヌ・ア・ロー」(=水のフレンチ)

フェリシモ:
私、実はまったくフレンチを知らないのですが、山口さんの『フランス料理軽さのテクニック』(柴田書店)という本でとても衝撃を受けました。フランス料理というのは、結婚式のフルコースというイメージで、食べると満足感はあるけれど重たいイメージしかないのですが、山口さんの本には軽さのテクニックと書かれていました。その軽さというのはどのように考えたらいいのでしょうか?

山口さん:
いま言われたように、フランス料理というのは重いというイメージをお持ちだと思うんですね。それは、濃度をつけるのに小麦粉を使ったり、味をのせるのにバターをつかったり、生クリームを大量に使ったりという昔ながらの手法がありまして、でも、いまはどんどん料理が軽くなってきているんですね。

フェリシモ:
それはフランス時代修行をしたところで学ばれたのですか?

山口さん:
それがベルナール・ロワゾー氏の手法で、当時「キュイジーヌ・ア・ロー」と言われていました。「水の料理」と訳すのですが。フランスのなかでも話題になっていました。ロワゾーさんは、フランス料理からバターと生クリームを排除するという新しいこの手法を、1970年後半からつくり始めて、1980年くらいに完成させました。
(略)
店「ラ・コート・ドール」は、昔の国道6号線沿いにありまして、館自体は100年以上の歴史があります。

フェリシモ:
ロワゾーさんが軽さを求めた水の料理は、従来のフランス料理とは対照的なものなのですか?

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山口さん:
フランス料理のテクニックをずっと継承していって、いまの時代の要望を取り入れてつくり上げた手法なので、ひとつの大きな流れのなかに沿った料理というふうに考えているんです。当時「ラ・コート・ドール」は、3ツ星を取った世界的にも有名なレストランで、アラブの王様やチャーリー・チャップリンとか各国の著名人が訪れるレストランだったんです。当時のシェフが引退され、忘れ去られた館になっていたところ、ロワゾーさんが70年代後半にそこに働きにいくわけです。彼は「デュメーヌ(アレキサンドル・デュメーヌ)の夢 ふたたび」ということで、自分が3ツ星を取り返すと! これまで、ミシュランの歴史のなかで3ツ星を落としたところがもう一度3ツ星を取るということがなかったんですね。ジャーナリストの人たちも「『デュメーヌの夢 ふたたび』なんてお笑いぐさだ」と。「たかだか場末のドラブイン程度にしかならないよ」といいうのが下馬評だったんです。実際にお客さまもほとんど来られない、たまに来ると新聞片手に食事をするような……。でも、サービスの人たちの話では「昨日はパリで美食をしてきた、明日は南フランスで美食をする。今日は軽いものがいい」と話すお客さまがいたと。「バターを使い過ぎていないですか?」「重たくないですか?」そういう質問がお客さまから頻繁にあったということなんです。普通の料理人だと、自分の料理とお客さまの要望が違う、自分の料理はこうだというふうな主張する場合もあると思うんですが、ロワゾーさんはお客さまの言葉を聞いて「フランス人がフランス料理を怖がっている」と言ったそうです。だから、自分たちが違う手法を見つけないといけないんだということに気がつき、それから、軽さというものを追求し始めました。100年ほど前にエスコフィエという偉大な料理人がいたんですけど、彼が「フランス料理はもっと軽く、もっとシンプルに」ということを提唱されていたんですけど、いまの時代にそれが表現できると考え、お客さまが求めているものと自分たちのテクニックでそれをしたのが、もともとのきっかけなんです。

フェリシモ:
時代の要請がそうさせた。で、そのもとは、100年前にあった。でも実現するのに100年かかってしまったということですか。何ゆえにそこまでたどりつけたのですか?

山口さん:
はい。1970年代の後半、高度経済成長期。いろんな技術が発達します。ブルーカラーの方もあまり労力を使わない。ホワイトカラーの方はより一層使わない。だから、体がそんなにカロリーを消費することを必要としない。もともと人は、自分の体にいいものはおいしいと感じて、そうでないものはおいしくないと感じるようになっていく。お客さま自体もそういうことを受け入れられるようになったんです。そして、ロワゾーさんも言っていたのですが「パリのランジス市場に今朝出た魚が、お昼には250キロ離れたレストランに新鮮なまま入ってくる、そういう時代になった」と。新鮮なものを新鮮なまま表現する。素材そのものもおいしさを表現できるし、またお客さまも求めている。つくる側とお客さまが合致した時代、だからいまこそ100年前に提唱されたことが現実化できるという考えのもとでつくっています。

フェリシモ:
流通も発達したし、つくる側の調理も追い付いてきたし、お客さまもそれを求めていると?

山口さん:
はい。

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阪神淡路大震災のため
3ツ星レストランのシェフはわずか3年
でも「神戸北野ホテル」との新たな出会いが
山口シェフを待っていた。

フェリシモ:
フランスに行かれてロワゾーさんに出会うわけですが……。ロワゾーさんが持っている「ラ・コート・ドール」というお店を日本の神戸ベイシェラトンのメインダイニングに持ってくるというとき、山口さんをシェフに……、という話になったときは、どんなお気持ちでしたか?

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山口さん:
それは天にも昇るような気持ちでした。「ラ・コート・ドール」は3ツ星の最高のレストランですし、そこの料理長として抜擢されて帰国するなんて……、言葉に表せなかったです。

フェリシモ:
1992年に凱旋帰国され、そして3年後、1995年の阪神淡路大震災で、お店をなくされるという経験をされました。どんなお気持ちでしたか?

山口さん:
まずはフランスから持って帰ってきたものを、日本の皆さまにもそのまま提供する、それが自分が課せられた使命だと思ってずっとやっていました。3年目、お客さまも随分定着してきていました。当時関西で客単価がいちばん高いレストランに成長していまして、これからは神戸という地方色も出しながら、神戸の「ラ・コート・ドール」をつくっていこうと思った矢先でした。フランス人シェフもフランスに帰り、僕がその店をひとりで進化させていくということで、(1994年)12月にロワゾーさんが来て経営者たちと話をして合意が取れて新年を迎えたんですね。また新しい仕事が始まるという、17日ですね……。すべてがなくなってしまいました。
もう理解できなかったです。自分自身受け入れることができませんでした。半日ほどかけて大阪の自宅から職場まで行ったんですが、もう悲惨な状態で……。ビル自体は大丈夫でしたが、最上階の21階のレストランは、相当揺れたらしく、調理場はシャッフルされたような状態でした。いろんなモノが逆さ向いていたり、通常あり得ない状態でした。それでも現実を受け入れることができなくて「ひょっとすると夢かもわからん。夢だったら早く覚めてほしい」みたいなこともうろうとしたなかで考えていました。

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フェリシモ:
そして、1995年に店を閉めるという決定がなされ、2000年に「神戸北野ホテル」を任されることになったんですが、2000年はどういった社会情勢だったのですか? そのときのお気持ちは?

山口さん:
神戸だけが急に震災になってしまって、地方のひとつのできごととして少し忘れ去られたような傾向もあったように思うのですが、日本の経済はどんどん下向きに……、2000年くらいはどん底だったんじゃないでしょうか。
当時、料理人ができない状態にあったので、ある大手企業の食品開発をしていました。そこでは研究室で料理をつくっていくんですが、お客さまと対峙しながら料理をつくることがないものですから、自分のモチベーションを高めることができなくて、やはり自分は料理人なんだなあ、お客さまの前で料理することが好きなんだなあということを実感して、そういうことができればどこでもいいから行きたいと思っていました。(その後、神戸のホテルの総料理長に戻りそのホテルの業績を伸ばしたところ)ちょうどそのとき「神戸北野ホテル」からお誘いがあり、「ただ料理人として働ければ……」という気持ちで行きました。ここで一からやり直すしかないということで、一所懸命やっていきました。

(中略)

フェリシモ:
「神戸北野ホテル」では、調理場にかなりこだわったそうですが……。どういったところを工夫されたのでしょうか?

山口さん:
ヨーロッパで修業して感じたのは、働く人間のことを思ってつくられた調理場が多かったんですね。日本の場合は、経営サイドの初期投資を考えた調理場が多かったんですけど、自分も職人として働き、経営者として見たときにイニシャルコストより、ランニングコストも考えないといけない、この投資は企業にとってもいい投資だと思いました。それで、ストーブ(厚さ6ミリのステンレスの特注)も最新の機械を置き、ストーブのまわりはベースマウントといってだいたい10センチくらい床をあげていて、その上に調理場の機械を置いているんです。そうすることによってゴミとかが機械の下に入らないんです。そうすると清潔だということと掃除がラク、掃除のときに使用する水の量も減って、エコにもなるんです。天井もドイツの膳(全)天井換気システムという最新機器を入れました。いい料理をつくるには職場環境を整えないといけない、調理場はどうしても動きだすと止めることができないところなので、いちばん最初に資本投下しました。

(略)

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一皿のなかでさまざまな食感や味覚を表現
五感に語りかける山口シェフの料理

フェリシモ:
日本人シェフとして、フレンチをつくることへの思いはありますか? 特に、今回本を読ませていただいて、びっくりしたことは、フレンチのイメージがちょっと違っていて、例えば、日本では熱いものは熱く、冷たいものは冷たくというのが基本だと思っていたのですが……、山口さんの料理を見ていると温度差があるものも同じお皿に並べたりしているということですが……。

山口さん:
基本的には料理は「熱いものは熱く、冷たいものは冷たく」なんですが、僕たちはプロの料理人としてお客さまに驚きとか感動を与えないといけないということ、それがプロの料理と考えているので、一皿にいろんな要素を入れたりとか、期待どおりの味を表現したり、逆にお客さまが経験したことのないものを入れていくんです。例えば温度差ですが、いま温かいゼリーというのをつくることができるんです。お客さまはゼリーっていうと冷たいというイメージを持たれるんです。例えば、スープスプーンにゼリーを盛り付けて、柄の部分はお客さまの想像どおり冷たくするんです。だから手に持つと「ああ、予想どおり冷たい料理やなあ」と思われるんですが口に入れた瞬間は生温かいゼリー……、そこに驚きがある、そういった温度差を入れるんです。あと対比によって出したい味を強調し相乗効果を表現したり……。あと味覚によって伝わってくる時間が違うんですね。例えばお酢はいろんな種類があるんですが、種類によって舌先で感じるモノ、舌奥で感じるモノがあるので、その2種のお酢を使うとドレッシングでも最初に食べたときの味と食べ進めていくと出てくる味を時間差で感じたりとか……。そういう意味ではいろんな複合があります。

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フェリシモ:
あと、本のなかによく「クロッカン」というものが登場しますね。

山口さん:
「クロッカン」というのは、フランス語で歯ごたえ、カリカリとしたという意味なんです。そういう歯ごたえも必ず一皿のなかの構成要素として入れるんですね。そうすると一皿のなかにリズムが生まれて、甘さとか辛さとか苦さなどいろんなものが複合することによってハーモニーができて、食べ進んでいっても飽きない構成というのを考えながらつくっています。そのなかの要素のひとつが「クロッカン」ですね。

フェリシモ:
味覚だけではなく食感、いろんな感覚を感じてほしいということでしょうか?

山口さん:
そうですね。

フェリシモ:
本のなかには「五感に語りかける」という表現になっていますが……。

山口さん:
そうですね。五感とか六感とか七感とか、クロッカンとか(笑)!

(会場:笑)

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ロワゾーさんの「水の料理」は
お客さまとの会話から生まれた「対話の料理」

フェリシモ:
料理というのは時代の先を読まないといけないものなんでしょうか?

山口さん:
いつも僕が考えているのは時間軸とお客さまの嗜好軸が変化していっているので、その変化は目には見えなくて、お客さまの言葉、雑誌などの情報などを聞きながらそれに絡みつくように仕事をしていこうと……。時間と嗜好の軸に僕たちはプロのテクニックを使いながら絡みつくように仕事をしています。
(略)
ロワゾーさんから教えてもらったのは、お客さまのご意見が自分たちのあるべき料理を表すいちばん確かなインフォメーションだと……。

フェリシモ:
お客さまの意見を直接聞くのがシェフの仕事ではないですよね?

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山口さん:
もちろん、サービスの人間がいますので、サービスの人間がお客さまの意見を聞くと……。最高のサービスとか最高の料理を味わいたいというふうにお思いになるならば、初めて行く店では多分味わうことができないんですね。初めてのお客さまは、僕たちにもどんな方かわからないので、メニューはある意味提案なんです。そのなかで、例えば召し上がっていただく前、後、お客さまの意向を聞くことができるならば、僕たちの持っているテクニックで、お客さまに合ったものをつくれる。だから僕は、お客さまは現代の貴族であってほしい。サービスする人間は執事で、僕たちはお抱えコック、ひとりひとりの情報をちゃんと明確に伝えてもらうことができれば、その人の趣向がわかります。例えば、会話のなかでいつも薄目の味が好きという方がいらっしゃった。ある暑い夏の日に「今日はテニスをしてきた」というひとことをサービスの人間に伝えていただくだけで、いつも塩分控えめだけれど、今日は汗をかかれただろうからほんの少し味をきつくしていこう、という形でパーソナルな料理ができていきますよね。本当はそういったサービスが最上のサービス。初めて行った店で自分が「最高だ!」と思えたとするとそれは針に糸をすっと通すみたいにマレなことだと思うんですね。お客さまの楽しみも、我々つくっていく側と一緒につくっていくんだという、サービスを超えたホスピタリティのあるべき姿だと考えています。

フェリシモ:
お客さまもどんどん感想などを伝えた方がよいのでしょうか?

山口さん:
それをしていただいた方が、本当の意味での楽しさを自分のものにしていただけると思います。

(中略)

山口さん:
僕はロワゾーさんの「キュイジーヌ・ア・ロー(水の料理)」を「対話の料理」というふうにとらえています。このスタイルは、お客さまとの対話のなかで生まれた料理だったと思います。30年前の僕たちの料理業界は、料理人とサービスがあまり仲がよくなかったんですよね。料理人がつくった料理を持って行け! ってな感じなんですよ。サービスはただ運ぶだけみたいな、それが飲食業のスタイル。でも本当はそうじゃないんです。サービスの人たちがお客さまといちばん近く、僕たちコックの目・耳・口であるので、僕たちはサービスの意見を聞きながら、お客さまの情報をもらい、僕たちの持っているテクニックで料理をつくりあげる、そしてお客さまにリピーターになっていただく。だから、本当においしいものを食べたい、いいサービスを受けたいと思うならばリピーターになられることですね。それがホスピタリティ。もともと日本の料亭などは、そういう感じだったのではないでしょうか?

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オーベルジュ「神戸北野ホテル」は
オンリーワンの存在
「世界一の朝食」またここだけの……

フェリシモ:
今日、ご紹介したとき、山口さんは総支配人(兼)総料理長と二束のワラジを履いているようであり、また、「二兎追うものは一兎も得ず」とか……。あまりいい言葉で使わないのですが、あえてふたつの肩書きがあるのは、何か意味がありますか?

山口さん:
総支配人……、・(テン)なんです。

(会場:笑)

山口さん:
なんでかというと、兼務しているわけではないんです。それがオーベルジュというひとつの形態の施設ではいちばんベスト。要するにオーナーが思うことですべてのことが動くと、そのなかにいろんな意見が入らないのでいいんです。ヨーロッパではごく普通のことなんですよ。僕のなかでは違和感はないんです。
(略)
フランスで修業して凱旋帰国して、日本でトップクラスと言われるレストランができあがって、で、それが震災で撤退を余儀なくされ、自分が文化的なことを守っていきたい、続けていきたいと思ったときに、自分が経営者にならないと自分の思いを達成できないっていう危うさを感じたんです。それで、5年後「神戸北野ホテル」に出会って……。少しコンパクトではあったんですが、料理を食べるためのオーベルジュとしての理想形でした。「ここしかない!」と運命的な出会いを感じて、ここで仕事を始めました。

フェリシモ:
「神戸北野ホテル」を引き受けるとき、いままで培われてきた料理とホテル経営を一緒にスタートされました。1泊2食30,000円というターゲットプライスを持ってから、スタートされたという話をうかがいましたが……。

山口さん:
2000年のときに「神戸北野ホテル」の料理人がやり直すというとき、結構取材に来ていただきました。みんな「なぜいまですか?」という質問ばかりでした。不景気な時代でしたので……。でも、僕はもう建物を見たときと、自分が積み上げてきたスキルの部分が一致したので、自分のなかでは間違いないと思ったんですね。震災後5年たったとき、当時のホテル業界は二極化するであろうと言われていました。都市を代表するような大きなホテルか、値段に特化したホテル、例えば1泊4,000~5,000円で朝食まで付いているところなど二極化されると。僕が請け負った「神戸北野ホテル」は客室数が30室で、都市を代表するホテルと格安ホテル、どちらにも属さないホテルなんです。だから、そこにしかないオンリーワン、オリジナリティを出すしかないという考えになりました。僕たちの業界のなかで喫食率というのがあるのですが、だいたい朝食の喫食率は30%あればいい方、夕食は10%いかないくらいが普通なんです。でも宿泊されるお客さまはどこかで食事をされるわけですから、自分の施設でしていただこう…… と。そのためには、宿泊で利益を上げて、料飲で利益を上げて、となるとお客さまの支払う金額はほかと同じになってしまいますよね。だから自分たちの施設では、両方で使っていただいた金額で自分たちのビジネスが成り立てばいい、そうすることによってお客さまにバリューが出ますし、そこでお客さまに利用もしていただける。いまは、朝食の喫食率が120%なんですね。朝食だけ食べにいらしてくれる方もいるんです。夕食の喫食率は70%の状態ですので、それで逆算した価格なんです。

フェリシモ:
喫食率120%の朝食をご覧ください。

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フェリシモ:
「神戸北野ホテル」では、「世界一の朝食」という名があり、コンフィチュールや焼きたてのパンなどが味わえます。これを出されたきっかけは?

山口さん:
当初は、ホテル業界二極化のなかでオリジナリティをつくらないといけないと思い、(前職のホテルでは)朝食は1,500円でやっていたんですね。泊まりに来るお客さまが「昨日泊まったところは良かった、フルーツは目の前で切ってくれるし……。今日のホテルはひどい」ってアンケートに書かれるわけです。お客さまは朝食としての価値で比べられるんです。どうしようかと思ったときにロワゾーさんのところの朝食を思い出したんです。コンチネンタルブレックファーストなんです。これは、タマゴ料理はゆで卵。で、ジャムは手間暇かけてつくってたくさんの種類がありますが、朝に料理人が出て来なくていいんですよ。「これだ!」と思いました。これじゃないと、経営がやっていけないと思いました。で、フランスに渡って、ロワゾーさんに許可をしてもらい「よし、これで比べられることはない。だから、ほかのところに力を入れられる」と思ったんですよ。ちょうど朝食ブームになって、「世界一の朝食」は話題になり、年間500媒体の取材を受けました。

フェリシモ:
「神戸北野ホテル」山口さんにとって競合する職種とか、業種はありますか?

山口さん:
あのー、競争したくない(笑)。

(会場:笑)

山口さん:
競争のところから、なるべく外れたいという思いでビジネスをつくっていきました。ニッチ(隙間)というのは、いつも考えています。僕たちの生き方というのも自然と同じ生き方をするべきと違うのかなと……。例えば、自分たちが日に当たりたいが、横にある大木が邪魔になると……。切って倒して自分に日を当てるようにして大きくなると、いつか自分も同じことをされる可能性がある。そうじゃなくて、自然のなかでどうなるんだと……。やはりいろんな状況があって朽ちてしまうところがありますよね。そこでは競争ですよね。ある日突然大木に雷が落ちて倒れる、そういうことってありますよね。そうすると突然光が差し込んでくる。その光を自分のものにして、ほかのところよりも先に大きくなっていって、その恩恵に預かるというのは自然の摂理のなかで間違いじゃないと思うんですね。そういう隙間を常に探したいと……。だからなるべく、悪いことしてないから、ちょっと邪魔せんといてね、みたいな(笑)。

フェリシモ:
独自性を出すということは一般的に素晴らしいことだと思いますが、まねしないということは、産みの苦しみがあると思いますが……。

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山口さん:
いやいや、まねはしますよ! 世の中にいいものがたくさんあって、それも67億分の1だと思うんです。それが、価値のあるものと感じるか感じないかなんです。自分がいいと思ったものをまねするんです。僕が初めてフランスに食事に行ったときに3ツ星レストラン数件行ったうちの2件が、同じ料理が出てきたんですよ。20代前半のころのことです。「なんやねん、これ! 3ツ星のくせに……」って、腹が立って仕方がなかったんです。で、サービスの人に「昨日行ったレストランの料理と一緒や。なんで?」と聞いたんです。そしたら、シェフのところにそれをサービスが伝えに行って……、で、「いいものはまねしていいんです」と言うんです。

(会場:笑)

山口さん:
それから20数年間は理解できなかったです(笑)。いまは、そうなんやろうなとも思います。いいと感じたものは素直にいいと思う。その方が自然やなと思いました。

フェリシモ:
逆にまねされてもいいですか?

山口さん:
そうですね。だから、僕がマヨネーズソースをつくるというのは先輩のまねなんですよね。料理をつくるときに独自性があったり、ひらめきがあったりとかは、年に数回僕にもそういうひらめきがあるかもしれません。でも、それが本当にいままでなかったものなのか、ひらめきなのか、自分がひらめいたと思うだけで、もう大昔に先輩がやっていたかもしれない。すべての料理を継承していって、ほんの少しいまの時代のエッセンスを入れる、ただそれだけですよね。先輩たちから「ちゃんとした基本的な料理もできないのに、まずはまねしろよ。それで、そこからオリジナリティを出せ」というふうなことだったんじゃないからなあと思います。だから、いいものはいい、吸収できるものは吸収する、でも自分のなかでそしゃくをして自分の肉にする、ということだと思います。

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<第2部>

山口浩シェフの料理実演
(「サーモンのチーズパン粉焼き ポテトのドレッシングソース」の作り方をご披露くださいました。)
お客さまご試食

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(写真右下)4種のピンチョスを受講者おひとりおひとりに提供してくださいました。

お客さまとのQ&A

お客さま:
この春、小学校卒業を機に子どもをフランス料理のフルコースに連れていきたいと思っています。これから大人になっていく子どもが、学ばなければならないことはどういうことでしょうか?

山口さん:
ほかの人に迷惑をかけないということは大前提ですが、レストランというのはみなさんで楽しい雰囲気で食事するところなので、大いに楽しく話していただいて、笑ってもらって、そういう楽しい雰囲気をつくっていただきたいです。最低限お客さま同士、迷惑をかけないということを守っていただければ……。お子さまにはまずは好きなように召し上がってほしいです。

お客さま:
サービスに対して山口さんのお考えを教えてください。

山口さん:
従業員が、自分たちの思いを持っていたり、お客さまに接することが好きであったりしないと逆にサービスというのは成り立たないと思うんです。だから、先ほどもお話しましたが、僕は経営者としてやるべきことは、従業員の人たちが明るくお客さまのことを考えて接することができる状況をつくることだと思います。お客さまはわがままになっていただきたい。そしてお店にいろんな意見を言っていただきたいと思います。人と人とのコミュニケーションのなかで、いろんなものができあがっていくと思います。

お客さま:
料理で味以外に、そして、雰囲気、場所などサービスをするうえで、心掛けていることはありますか?

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山口さん:
料理の修業をしているときは、おいしければそれでいいと考えていましたし、料理のことだけを考えて必死に勉強していました。でも、いまは、料理は単なるツール。お客さまは、大切な方と食事をされるわけですよね。恋人同士だったり、兄弟、家族だったり……。そういうところのツールのひとつにサービスもあり、お客さまが醸し出す雰囲気を大切にしたいなと考えています。そのため、カトラリーや器、テーブル、しつらえなども改善していきたいなと思っています。ホテルも今年の6月で10年目。先日リニューアルし、新しい気持ちでいどんでますので、ぜひまた来てください。

フェリシモ:
「しあわせ社会づくりの主人公」として、山口さんの考える主人公の役割とは、どのようにお考えでしょうか?

山口さん:
従業員の満足が顧客満足につながるということで、本来のホスピタリティというのは、そういうことであると確信を持っていますし、そういう考えのもと仕事を進めて行っているんですが、その生産者を守るということも大切なことで、本当にいいものをつくっている人たちを守るシステムが日本にはないと思います。フランスではAOCシステム(フランスの農業製品・ワイン・チーズなどに与えられる認証)があって、いいものをつくっていると認められたところの名前というのは、ほかの人たちが無断で使えないような仕組みがあります。世の中というのは、そういう認め合うというところに活路があると思うので、僕たちは同じ人としてサービスをしているにも関わらず、お金をいただいているからプロとしてもっと勉強しなくてはいけないと思います。お客さまも楽しむためにはいろんな要求をしていただく、そのなかで人と人のコミュニケーションができれば、いろんな可能性が広がっていくのかなと考えています。

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Profile

山口 浩(やまぐちひろし)さん<神戸北野ホテル 総支配人・総料理長>

山口 浩(やまぐちひろし)さん
<神戸北野ホテル 総支配人・総料理長>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1960年兵庫県生まれ。‘78年料理界に入る。国内での修業を経て渡仏。ソーリューの三ツ星レストラン「ラ・コート・ドール」(現「ルレ・ベルナール・ロワゾー」)のベルナール・ロワゾー氏に師事。‘92年同店の日本開業のため、日本人料理長として招聘され、帰国。‘95年阪神淡路大震災で同店が撤退、神戸市内のホテルの総料理長に招かれる。2000年新装オープンの「神戸北野ホテル」総支配人・総料理長に就任し、現在に至る。その後も、有限会社イグレック・プリュスを設立し、企画運営全般の統括を行うなどの仕事に加えて、レストランのコンサルティング事業にも携わっている。

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