神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「自然とともに自分らしく生きる~ブルゴーニュの村からのメッセージ」



<第1部>

最初に「私」のことをお話します。
私が仕事をする場所は、自然のあるプラネー。
自然は私にいろんなことをもたらしてくれるのです。

今日、私がお話するのは自然と共生するということです。私のメッセージをお聞きください。まずは鳥のさえずりなどをお聞きいただきましょうか。みなさんに聞いていただく鳥のさえずりは、春のさえずりです。私はみなさまを旅に誘おう(いざなおう)と思います。
私が住んでいるのはブルゴーニュのプラネーという小さな村なんですが、そこをみなさまに紹介できるというのは非常にうれしいことです。ここの村人の総数は50人です。自然のただなかにございます。
まず、最初に自分のことを話したいと思います。私の人生がどういうふうに展開してきたかをお話します。私はフランスの北部で、パッとしない学業を修め、そのあとリールにある美術学校に入学しました。
それから、南仏ヴァロリスにある陶芸工房での仕事に就きました。ここで私は研修をしました。この研修をした工房は「マドゥーハ工房」と言い、ピカソも陶芸を学んだ場所なんです。この工房で陶芸の研修をしたことで、私は、自分が装飾が好きなのだということを発見しました。と同時に、ろくろで成形することも覚えました。うわ薬のかけ方も学びとりました。ここで学んだことが、私のその後の職業への大きなきっかけとなりました。
私はこの時点で自宅を離れました。それで、クリユールというところに行き、そこで私は非常にたくさんの画家、陶芸家に出会いました。ここで、私はイヴァンに出会い、結婚しました。イヴァンは非常に才能のある人間でした。私は彼と、毎日のようにいろんなことを話し、世の中をさまざまな視点で見続けていました。彼は、私にデッサンの仕方だけではなく、世の中をどういうふうにして見るのか、ということも教えてくれたのです。そして光と影をどういうふうに表現するのかということも教えてくれました。
その後、私はパリに戻りました。それで、娘のアンヌが生まれました。私がパリで仕事をしたのは、テキスタイル工房です。7年間いました。ここで私が学んだことは、コンポジション・構成の仕方・色づかいなど。本当にたくさんのことを学びました。その当時、私が専門にしていたのは、庭と花でした。
その次に、私はアメリカの雑誌『ヴォーグ』の編集社を訪ねていきました。この当時、『ヴォーグ』はパリにいくつかオフィスを構えておりました。私は『ヴォーグ』との面会を取りつけるのに2ヵ月も待たされました。けれども私は、なかなか忍耐強く、執拗に待ちました。この当時の編集長というのは、膝の上に小犬たちを抱えて、シガレットをいつも口にくわえているような女性でした。だけど、彼女はニューヨークに電話をかけて、それで編集部からニューヨーク行きの切符を2枚取りつけてくれました。それで、私はただちに英語を勉強し、それで夫と一緒にアメリカに発ちました。アメリカに行ったということは、本当に大いなるアドベンチャーでした。私たちは、インタビューを受け、写真も撮られました。私の写真が『ヴォーグ』にも載りましたし、毎晩のように、そばにいるのが信じられないような人たち、いわゆるセレブな人たちと夕食に出かけるという、そういう日々を送りました。

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私たちはいたるところで招待を受け、それだけでなく、私たちはカンザスシティにも行きました。カンザスシティというのは、ホールマーク社の本社のあるところ。私はそこで、15年間続く契約をホールマーク社と結びました。私は紙のものなら何でも、例えば包装紙、ハガキとか……、何にでもデッサンを描いていました。カンザスシティは毎年のように訪れ、数日間滞在していました。このカンザスシティにある本社で、だいたい700人くらいのデッサン画家が働いていました。そこには電動ゴムとかデッザンドライヤーというアイデア商品と言えるようなおもしろい道具がいっぱいあって、私はそれに魅了されましたけれど、それでもカンザスシティに自分が働く場所があるというふうには感じられませんでした。私は、自分に適した働く環境が必要だと感じていました。
いまでもよく覚えています。ホールマークの社長、設立者ホール氏は、私をオフィスに招いてくれました。そこで、ホール氏は、自分がどうして今日のような地位にまでのぼりつめたかを話してくれました。ホール氏は、若いときには車道際に傘を広げて、その下で絵ハガキを売っていたんです。ところが、その絵ハガキが傘の下になってよく見えなかったわけで、全然売れなかったんですね。そこで彼は新しいプレゼンテーションの仕方、絵ハガキの見せ方を発明して、それで初めて絵ハガキ売りのブティックを開きました。で、現在では、3万人以上の人がホールマーク社で仕事をしています。ホールマーク社というのは300万の絵ハガキを日々出しています。アメリカという国は、まさしくそういう国でした。アメリカにおいて不可能だというようなことは何もない、アイデアさえあれば、自分の夢を実現できる、それがアメリカでした。
1年後、私はニューヨークから、「フランス」という名前の豪華客船に乗り、それでル・アーブルの港に着きます。それは、ホールマーク社が、私が娘のアンヌを連れて旅行できるようにと私にプレゼントしてくれた旅でした。そのときに、そのフランス号の船倉には3トンの商品が詰まっていました。それらの商品は、ホールマーク社が初めてぺーパー、カートンだけを扱うブティックを開くためのものでした。その店の名前は「パズル」でした。店はパリのヴィクトワール広場に開店し、あらゆる新聞がこの店のことを記事にしました。
私は次に、日本に来ました。で、フェリシモ社と出合いました。これは30年以上も昔になります。
(中略)
カタログを通じて、日本のみなさんに幾分かフランスの香りをお届けできたわけです。
こういうふうにして私は過ごし、ここから、私は自分の家に戻ることになります。
(中略)
プラネーというのは農村部のど真ん中にあるたいへんな田舎です。でもプラネーからパリに行くのは、全然むずかしくなくTJV(高速列車)で1時間。私にとって、パリで目のなかをいっぱいにして帰ってくる(たくさんの刺激を受けて帰ってくる)ということは、とても大事なことです。私がさまざまなアイデアを見つけ、いろんなトレンドを知るのはパリ。パリは私にとって絶対避けては通れない場所なんです。けれども、私が仕事をする場所は、自然のあるプラネー。自然は私にいろんなことをもたらしてくれるところ、いちばん本物のインスピレーションをもたらしてくれるところです。
私が住んでいる家は1790年に建てられた昔の農家なんです。そこにはすばらしい石の階段があり、この美しい石の階段を花で飾っています。プラネーの家は、私にとって文字どおり、私の巣です。私はさまざまなステンシル法(型染め法)を使いインテリアを飾ります。色は陽気で清々しいものを好んでいます。クロスも暖色系。さらに家のあちらこちらには、クッションを置いています。それによって、非常に快適な印象を出してくれるし、またマイホームとしての特色もつけてくれます。ときどき、娘のアンヌがインテリアコーディネーターとして、プロの目で私に助言をしてくれます。そして、私の庭に咲く花を使って、大きな大きな花束をつくります。
私の家は、フランス・アメリカ・スペイン・ドイツ・日本のさまざまな雑誌に掲載されました。

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これは私の孫たちと一緒に私が台所でお菓子をつくっている写真です。これで、我が家が温かい雰囲気であることをわかってもらえると思います。
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これは一家全員の写真です。

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「ガーデン」の話をします。
庭を耕すことができるのは、大きな喜びです。

毎年、冬が終わるとちょうど自分の目の前に真っ白なキャンバスがあるような、そういう状態をつくってくれる、それがガーデンの魅力です。真っ白なキャンバスを目の前にしているということは、すべてのことが可能ということなんです。
私のガーデンはとても美しく快適なところです。そこでは食べ物がいっぱい育てられています。ラディッシュ、サラダ菜、ポロネギ、トマト、それ以外に花もいっぱい育てられていて、その花を使って私は花束をつくります。新鮮な野菜を収穫してそれを味わうということ、さらに菜園から直接やってくる野菜を使ってサラダをつくるということ、その楽しみがあります。庭の耕し方というのはいろいろありますが、私の場合は、化学肥料、殺虫剤は一切使いません。天然の産物である堆肥だけで、ガーデニングをしています。
ここで、私は、最初の花が芽を出し、咲くのをいまかいまかと待ちます。
庭を持っていて、それを耕すことができるのは本当に大きな喜びです。種を蒔き、芽が出て、花が咲き、種をつけるのを目にするというのは、本当に目の覚めるような喜びです。とくに、そういうものを見る目を持っている人にとっては、本当に驚きの連続になります。

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ここにお見せしている私の作品によって、私が庭からどれほどのインスピレーションを受けているかをおわかりいただけるかなと思います。これは窓越しに見た風景です。
(略)

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「アトリエ」のお話をします。
「アトリエ」に行くためには
ガーデンを通らなければなりません

私の工房、「アトリエ」に行くためにはガーデンを通らなければなりません。通常私は、午前中に仕事をします。そして午後はいろんなことを考え、研究したり、またガーデニング、買い物をして過ごします。それから旅行もたくさんします。
また、学童たちが、私の絵を見に来てくれます。こどもたちはまた、デッサンのコンクールみたいなこともして、終わったら、草の上で昼食を食べて終わります。私は、使命を果たしたいと思っています。
私はプラネーで鶏を育てています。鴨も育てています。鳩も育てています。それだけじゃなく、馬も育てています。この馬はポミーと言います。ポミーは屠殺場に連れていかれるところだったんですが、アンヌがしつこくせがんだので、この馬を助けてやりました。
このポミーには、ポミーだけの牧草地があります、ポミーの小屋もあります。放し飼いにしていました。

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このポミーは、プラネー近郊に散歩に行くときは、私を連れていってくれました。ただし、このポミーはいろいろ悪いこともやってくれまして、例えばひとりでどこかへ出かけてしまうこともありました。

これは私の愛犬です。ジュニアと言います。
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これは猫のフェリックスです。こういうふうに犬とも仲良くしています。
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これは、私の犬のビルです。この子には手を焼かされました。この白黒のビルは、捨て犬でした。飼いならすのにものすごく手がかかりました。この犬は14歳で死にました。とっても賢い犬でした。
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田舎ではもちろん植物に囲まれて生活しているわけです。野鳥もまた身辺にたくさんいます。けれども、それ以外の野生の動物たちもときどきやってきてくれます。思いがけない訪問を受けます。例えば、キツネは毎晩のようにうちの敷地にやって来ます。それからハリネズミもときどき、ふと顔を現わします。それからイノシシの群れが敷地を通り抜けたりもします。それで、私のネコがびっくりしています。
イノシシについては、こういうエピソードもありました。あるとき、うちの犬が大急ぎでうちの奥に逃げていったんですね。銃声が聞こえたので、おそらくこれは、狩猟だろうと思いました。そのあと、イノシシのこどもが犬を追いかけるようにして、家の敷地に入ってきました。そのあと、ハンターがやって来て「何か見ませんでしたか?」と言われたので「いや、何も見てませんよ」とごまかして、それでイノシシのこどもは無事助かったというようなことがありました。
それから、春のことですが、カエルが突然鳴き出したりします。それは、飛行機が通り過ぎたり、車が通り過ぎたあとに、突然鳴き出します。と言うのは、飛行機や車は彼らにとってたいへんな敵なのです。

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「野生の花」のお話をします。
野生の花は自由の象徴なのです。

散策をしている途中、たくさんの野生の花に出合います。そしてチョウチョやミツバチなどが花から花へ飛びまわっています。彼らは受粉に不可欠な働きをする昆虫たちです。
(略)

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それから、森の空き地、森の中の小路では、何種類かのラン科の花を見ることができます。この花は、雑草の中から立ち上がっています。それから木の下には、運が良ければパフィオペディラムも見ることができます。
野生の花というのは自由の象徴だと思います。だから、守らねばならないと思っています。こういう野草を持ち帰るということは、写真機の中だけに留めるべきだと思っています。

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これは野生のランですが、非常にまれな品種です。

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私は森に囲まれて生活しています。ということは、キノコがいっぱい生えます。ごく小さいカゴにキノコを摘みます。これはヤマドリタケです。これをオムレツに使います。

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私たちは2000年に“田舎でよく生きる、田舎で楽しく生きる”という非営利団体を立ち上げました。この協会の目的は、自然環境保護と田舎における生活のクオリティを守ろうというのを目的としています。毎年、私たちは、農産物市、地産地消祭りを催します。これによって私たちの田舎に市の雰囲気を盛り上げようと考えています。ここを訪れるビジターはどなたも地元の非常に質の高い産物をカゴいっぱいに満たして帰られます。

私たちは、また“巣箱祭り”というイベントも開催しました。このイベントでは、350の巣箱とえさ場が大自然のなかにつくられました。このイベントが非常にたくさんの人たちを惹きつけました。この巣箱は大人からこどもまで年齢を問わず自然が好きな人たちがつくったものばかりです。材料は廃材であったり、あるいは天然の素材だったりします。また非常に想像力豊かなものもあれば、即席でつくったようなものもありました。これらの巣箱は鳥に対する心やさしさ、愛情の証です。私は、これらを全部集めて、博物館をつくりたいと思うほどです。

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“巣箱祭り”の風景

これはぶどう畑です。プラネー村の周辺の光景です。
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これはフォントネー修道院です。これはユネスコの世界遺産に登録されています。
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これも、やはり花が私のインスピレーションの元になっているということを表している作品のひとつです。

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嵐の前の空です。自然というのは、しばしば歯をむき出してきます。すさまじい雨、嵐も来ます。寒気も来ます。けれども、人は自然との往き来の仕方を知っていると、自然は人を豊かにしてくれる源泉なのです。

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これは、19世紀から20世紀初頭まで使われていた洗濯場です。ここで、女性たちはおしゃべりをしながら洗濯をして、村のうわさ話をして過ごしていました。

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ヴィクトル・ユーゴーの言葉ですが、「一輪のバラを見ると心が和む」と言っていましたね。

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この卵、大きなオムレツをつくれそうですね!
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これは庭のナンキンです。
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これはうちの周囲で見られる牧歌的な光景です。

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これは、私の村の農夫のひとりです。
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プラネー村です。
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これは秋の光景です。

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秋というのは、こういう感じ。すばらしいさまざまな色に彩られています。ぶどうの木は、これまでになかったような美しい色に変わってきます。これは収穫の季節です。チベットのことわざにこういうのがあります。私は好きです。「忍耐強く待てば果樹園はジャムになる」という言葉です。
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冬の訪れが近いことを告げています。

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霜が下り出しています。

初霜です。

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雪です。冬は長いです。ものすごく寒いです。

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ありがたいことに、冬じゅう使える薪を取り込んでおいてくれています。
リビングの暖炉でこういうふうにして火をたくことができます。

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最近の私の仕事をご紹介します。
私の絵は、私の感動、感銘の表現です。

私のデッサンの方が、私の生活、仕事についてより雄弁に物語ってくれると思います。私にとってクリエーションというのは、本質的なものです。絵を描くときは、パステル・あるいはインク・アクリル絵の具を使います。私の絵は、私の感動、感銘の表現です。私が好むのは、自然、生活、生きるということ、そして調和を作品の中に表すのが好きです。

これは、きちんと手入れされたガーデンです。

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私の作品のなかには鳥が頻出します。鳥は私が冬の間中命をつないでやるのに手を貸していますから、鳥は私への感謝の心を絶対忘れていないと思います。

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この作品でおわかりのように、底辺部に和紙を使っています。いくつか和紙を使ったものもあります。

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これも鳥たちです。いつものように、しっかりと私を訪ねてきてくれます。

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これは『私の窓辺から』という作品です。

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私はラウル・デュッフィーの展覧会を催したいなと思いますね。ラウル・デュッフィーからは非常に大きなインスピレーションを受けています。

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これも庭から受けたインスピレーションが作品に出ているものです。

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ぶどうの木も非常に身近な植物なので、これも題材としてよく取り上げます。

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この絵は“世界における平和を願って”というテーマです。私にとって、基本的な価値というのがあります。それは三つに要約できます。まず、私が調和を見出すのは自然です。私がいつでも感動するのは、ツバメです。ツバメのような、季節ごとに渡ってくる渡り鳥がふたたび姿を見せてくれるということ、そして、私が冬の間命をつないでやったシジュウカラやその他の野鳥がふたたび餌を食べにくるという自然、これがまず私にとっての重要な価値のひとつです。それから、真の友情というのも、かけがえのないものです。友情は庭と同様に耕していくものです。すべて、心を込めて育て、発展させ、実現させていくということ。私が願っていることは、私が長い年月をかけて織り上げてきた友情の絆がすべて、時間の中で潰えることなく続いていくことです。
この絵を持ちまして、私の作品および写真の紹介を終わります。
いままでお話したことで、しばし夢を見ていただけたかなと思います。そうです、私たちは、自然と共存することが可能なのです。
ありがとうございました。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
日本で春を象徴する花はサクラですが、フランスには季節を象徴するお花はありますか?

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アニーさん:
サクラが、日本の春を代表する花というのは、私にとってかなり驚きで、発見です。フランスには、ある固有の季節の花というのはありません。クリスマスのときによく使う花というのはあります。それからパック(復活祭)のときにもありますけど、パックのときに使うのは花じゃなくてタマゴですね(笑)。例えば、春にチューリップ、なんていうのがありますが、でも日本のサクラのように集約的に、みんながそれに集中するような意味合いを持っていないです。

お客さま:
私は野菜を育てるのは好きなのですが、虫がすごく苦手です。いまもブルーベリーを育てていますが、毛虫がつき始めて、さてこれはどうしようかと思っているところなのですが……。殺虫剤を使わずに、毛虫を退治する方法があれば教えてください。

アニーさん:
まず、すごく増えた害虫とよーく話し合いをして、去っていただきましょう(笑)。それができなければ天敵のてんとう虫をそこに入れたら、毛虫を食べてくれると思います。ものすごくよく効きます。フェリシモさんの商品に入っているかどうかはわかりませんが、私は、てんとう虫のタマゴを買うんですよ。通信販売で売ってるんですよ。それを飼って、かえしてやって、働いてもらっています。エコロジーを大切に考えているガーデン愛好家は、みんなてんとう虫を使って害虫退治をしていますよ。

お客さま:
さきほど見せていただいたアニーさんの絵の色彩をとてもすばらしいと思いました。どのような画材を使っていらっしゃいますか? あと、好きな色があれば教えていただきたいです。

アニーさん:
画材はいろいろ使っています。とくにインクは透明感が出るので好きです。それからアクリル絵の具やクレヨンもよく使います。クレヨンの場合は色の濃淡をつけるのにとってもいい色が出ます。
好きな色は青です。青色は端から端まで好きです。空の青から海の青に至るまで。それから紺青も好き。すべての青が好きです。

お客さま:
好きなデザイナーさんがいたら教えてください。

アニーさん:
デザイナーではないのですが、日本のさまざまなデザイン、モチーフがすごく好きです。例えば着物に使われている模様から、私はよくインスピレーションをうけます。また、私が日本に来たときに手に入れた和紙も、よく使う大事な画材です。日本で見つけた小さな着せ替え人形も着想の源泉です。帯や着物からイメージ、アイデアをもらい、クッションやシーツに反映させることはよくあります。

フェリシモ:
しあわせ社会づくりの主人公であるここにいらっしゃるみなさまにメッセージをお願いします。

アニーさん:
みなさまにお残しするメッセージとしては、例えば、みなさま何度も何度も聞いたし、お使いになっていると思いますが「YES,WE CAN」という言葉をお残しすることもできます(笑)。それとはまた別にみなさまは大きなことをなさることもできますし、ささやかなことをなさることもできます。そういうことをする際に、みなさまがご自身の生活の中でなされることとして、フレンドリーなこと、あるいは心やさしいこと、そういうものを生活の中に生かしていかれるということをおすすめします。
それから、私と娘のアンヌの結びつきについてもみなさまにわかっていただきたいです。私は娘のアンヌから非常に多くのことを学びました。アンヌは私とは違う文化、違う世代に属しております。まったく違う世代の彼女のいろんな行動の仕方などについて、私は彼女から非常にたくさんのことを学んでおります。アンヌをみなさまにご紹介します。

(アンヌさんご登場 会場:拍手)

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私はブルゴーニュのプラネー村という田舎に住んでいるデッサン画家にすぎないのです。
みなさま、今日は集まってくださってありがとうございました。

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Profile

アニー・シャゾットさん<芸術家・画家>

Annie CHAZOTTES(アニー・シャゾット)さん
<芸術家・画家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
フランス北部、リールの生まれ。芸術大学で美術を学んだ後、地中海の街ヴァロリスで陶芸に取り組みピカソやプレヴェールと出会う。その後7年間パリのアトリエでテキスタイル・デザイナーを務める。そして1966年「ヴォーグ」誌から米国に招待され、グリーティングカード、包装紙などで有名なホールマーク(Hall mark)の創始者と衝撃的な出会いをしてからは、フランス、ドイツ、スペイン、米国向けの紙製品のイラストレーションも担当。その他フランスの伝統工芸リモージュ焼のデザインやオーストリアのガラスメーカー、スワロフスキーの商品デザインも行った。
フェリシモとのコラボレーションは30年に渡る。〈ア・プラネー〉という生活雑貨コレクションのディレクションを行った。
画家でもあり、これまで世界各地で個展を開催している。また早期から環境保全活動を精力的に行っており、1人娘のアンヌさんはエコロジーとインテリアを専門とするジャーナリスト。

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