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  • 西水 美恵子さん(前世界銀行副総裁)
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「私たちの国づくりへ・雷龍の国ブータンに学ぶ」



西水美恵子さんは、1980年に訪れたエジプト・カイロの貧民街で、ナディアという少女の死に立ち会います。きらびやかな都会のすぐそばで、安全な飲み水と衛生教育さえしっかりしていれば救えるはずの幼い命を下痢からくる脱水症状で失った憤りが、西水さんを「貧困のない世界をつくる」という夢に向かわせました。米国プリンストン大学経済学部での助教授を辞し、世界銀行で23年間、まずは現地の民の暮らしを知るということからはじめ、時には、国家元首と喧嘩までして、悪統治による貧困と戦ってこられました。
今回は当日のご講演の様子をダイジェストにてご紹介いたします。

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貧困とは

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世界銀行のお客さまは発展途上国の貧しい人々。その生活を自分のからだで知るにはホームステイが一番です。私にとって生まれて初めてのホームステイは、パキスタン側のヒマラヤ山中カシミールの寒村でした。貧しい村では一日に何度も、何時間もかけて水を汲みに山を登らなくてはならない。疲れきったからだで小さな畑を手入れし、わずかな食事を摂る。それは人間が営む生活ではなく、動物のようにからだを生かすだけの繰り返しです。生きがいや働きがいを与えてくれる希望や心身の健康は人間として生きる最低条件で、それが保障されないことは恐怖です。そして、恐ろしいことにその貧困を生み出しているのは賄賂などの汚職、つまり人なのです。そして、人間として生きる安全保障を否定され続ける人々の鬱憤はテロや犯罪組織にはけ口を見出します。貧困は平和をも脅かすのです。

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世界中でいちばん学ぶことが多かった国

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ブータンという国を知るまでは、発展途上国はみな同じだと思い込んでいました。悪統治と闘いながら、絶望感を抱いてもいました。
ブータンは人口70万人足らずの、九州と同じくらいの小さな国。大国である中国とインドに囲まれています。雷龍王4世は国民総幸福量という公益哲学の発案者として有名ですが、その細やかな信念の原点は国家持続への危機感です。即位直後から数年間かけて険しい道を全国くまなくお歩きになり、為政者と国民との間に信頼という名の絆をつくることを始められました。生活がどんなに苦しくても、これが国民に大きな希望や安心感を与え、しあわせ度を高め、迅速な政策効果に繋げていくということを、あの国のリーダーたち、そして草の根の農民たちから学びました。

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国づくりは人づくり

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ブータンでも日本でも、最も大切なのは世のため人のためにつくり続ける、そういう国づくりだと思います。そして、それは私たち国民ひとりひとりの仕事なのです。リーダーシップの良し悪しが、国づくりに決定的な差を生むということを世界銀行の現場で学びました。だから、国づくりの要は、人間が誰でも持って生まれるリーダーシップ精神をいろいろな形で開花することに尽きると思います。どんな仕事にも、育児や家事にも、素晴らしいリーダーの仕事には夢と情熱と信念があり、まわりの人々にやる気をもたらします。だから、いい国づくりというものは誰かがやってくれることでなくて、今日いま私が、今日いまあなたたちが、本当に身近なところから始める、それだけです。自分の家族、職場、地域社会、そこで自分が何をすべきかを問うのではなく、自分がすべきことをどう捉えたらいいのかと問うことが大切です。それが、私たちの家族、職場、会社、地域社会、果ては国や世界をしあわせに変えていく力を持つのだと、そう信じます。

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Profile

西水 美恵子(にしみず みえこ)さん<前世界銀行副総裁>

西水 美恵子(にしみず みえこ)さん
<前世界銀行副総裁>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
大阪府豊中市生まれ、北海道美唄市で育つ。中学3年から上京。東京都立西高校在学中、姉妹都市高校生親善大使としてニューヨーク訪問。その後間もなくロータリークラブ交換留学生として再渡米。そのまま帰国せず、ガルチャー大学へ入学。経済学を学ぶ。1970年卒業後、トーマス・J・ワトソン財団フェローとして帰国。千代田化工建設の特許課に借席し、環境汚染問題の研究をする。1971年再度渡米し、1975年、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院、博士課程(経済学)を卒業、同年、プリンストン大学経済学部、兼ウッドロー・ウィルソン・スクール助教授に就任。1980年世界銀行入行。1997年世界銀行副総裁就任。2003年世界銀行を退職後は、ワシントンと英国領バージン諸島に在留。世界を舞台に、執筆や、講演、さまざまなアドバイザー活動を続けている。2007年よりシンクタンク・ソフィアバンクのパートナーを務めている。

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