神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「美しいものを残したい ~撮る者、撮られる者として伝えたいこと~」



<第1部>

公開中の映画『ダンシング・チャップリン』の
撮影秘話を教えていただきました。

フェリシモ:
まず、先日公開されました映画『ダンシング・チャップリン』について伺っていきたいと思います。公開から2週間、手応えはいかがでしょうか?

周防さん:
実は単館ロードショーという形でやるのは初めてで、関東でも1館だけ、全国で7館でしか今はやってないんです。宣伝予算もないので夫婦でいろいろな形で宣伝しています。映画を見る前に飽きられちゃったらどうしようと思っていましたが、お陰さまでたくさんの方に映画館に来ていただくことができ、とても喜んでいます。少ない映画館ですが、長く上映してなるべく多くの方に見ていただければと思っています。

草刈さん:
なかなかないタイプの映画ができました。こういう映画を多くの方に見ていただけるのはいいことだと思います。

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(映像:予告編)

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「結婚してからずっと、バレエ映画を
撮りたいなって思っていたんですよ」
(周防 正行さん)

フェリシモ:
とてもいろいろな魅力が詰まった映画、特にバレエとチャップリンの世界が親しみを込めて受け入れられるような映画になっていると思います。舞台作品をフィルムで残そうと思われた意図をお聞かせいただけますか?

周防さん:
そもそも僕がたくさんバレエを見始めたのは、バレリーナと結婚したからです。結婚前にはモスクワのボリショイ劇場で「ジゼル」という作品を見たことがあっただけで、それも途中で寝てしまっていて……。劇場を後にするときには「もうバレエを見ることはないかもしれない」と思いました。でもその1年後に『Shall weダンス?』の企画がスタートしたんです。何も予期していませんでした。まったく自分の勘の悪さ……(苦笑)。それで、結婚して、バレエを見始めて、やっぱりいつかバレエ映画を撮ってみたいという気持ちはずっとありました。ただ、なかなかチャンスがなくて……。
3年前、1991年に『ダンシング・チャップリン』というバレエ作品をつくられた振付家ローラン プティの奥さまで、往年の大スター、バレリーナのジジ ジャンメールさんが、映画にも出演しているルイジ ボニーノさんに「あなたの代表作『ダンシング・チャップリン』は、とても映像に向いている作品だと思う。これを映像に残しておくことを考えたらどうか」と話したそうです。実は『ダンシング・チャップリン』は「民代にぴったりの作品だから、いつか踊れるといいね」と、プティさんもジジさんも前から話していたんです。
それで、ジジさんは『ダンシング・チャップリン』の映像化について「民代に相談したらいい」とおっしゃって、ルイジさんが東京に来たときに「『ダンシング・チャップリン』を映像化できないだろうか」と草刈に相談したんです。
僕は『ダンシング・チャップリン』を草刈と結婚した年に夫婦で東京で見てるんです。その作品のイメージも残っていたし、そもそもルイジさんと草刈はプティさんの作品を通じて15年一緒に仕事をしてきている仲でした。僕もルイジさんのことは大好き。実は『ダンシング・チャップリン』はルイジさんのために振りけられた作品で、彼が踊らなくなると見られなくなる作品です。後継者がいないのです。ルイジさんも、もう60歳を迎えようとしていて、この先『ダンシング・チャップリン』を舞台で踊ることはできないかもしれない……。そういうこともあり、僕はまずこの作品を記録として残したいと思いました。そのころ、草刈も引退することを決めていたので、妻のバレエを撮る最後のチャンスでもありましたので、やはり記録としては絶対やろうと思いました。プロデューサーに伝えたところ「単なる記録ではなくきちんとした商業映画で撮ってみませんか」と言われたのがそもそものスタートです。

フェリシモ:
草刈さんは、いままで舞台でご活躍されてきたなか、映像でバレエを踊ることに対して抵抗や思うところはありましたか?

草刈さん:
古典バレエを映像化するのは、とてもむずかしいことだと思います。私は、劇場で踊るものは、劇場で見る以上によく見えることはないと思っているので、基本的にはバレエ作品の映像化はむずかしいと思っています。ですから、積極的にやりたいと思ったことはありませんでした。でも、この作品の場合は古典とは違う作品です。
映画の偉大な才能の作品を素晴らしい振付家プティさんがバレエにし、それをまた映画に戻す……。映像作品としてはすごく筋が通っているんですけど、このお話を実際にルイジさんから聞いたときには「どうなるかわからないけど、一応夫には言っておく」というくらいのはじまりでした。「夫がなんと言うかわかりませんが、聞くだけ聞いてみるね」とルイジさんにはお話をして、私自身はあまり期待してなかったです。

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フェリシモ:
そういうプロローグから、実際撮影されてみていかがでしたでしょうか? バレエの新しい可能性、おもしろさに気づかれた?

周防さん:
バレエの持つ素晴らしさを壊さないでどう映画にできるかが、僕にとっては重要なことでした。この話が古典バレエ、例えば『白鳥の湖』だったら、どうしていいかわからなかったと思うんですね。僕が『ダンシング・チャップリン』と聞いて「これはなんとかなるかもしれない」と思った理由のひとつが、この作品がチャップリンの映画を素材に作られていることでした。プティさんはチャップリンの映画が大好きで、チャップリンに捧げるために、このバレエを作ったんですね。だとしたら映画監督の僕が、そのバレエ作品を撮るとき、チャップリンの映画も、どう撮ったらいいかを考える要素になりえるだろうと思ったんです。僕は、プティさんが、チャップリンの映画の何にどう感動したのか、どういう気持ちで作品をつくったのか……、その謎を解くような気持ちでチャップリンの映画をすべて見直しました。
逆に言うと、僕がバレエの新しい魅力に気がつくよりも何よりも、バレエってこんなに幅が広くて深い世界なんだ、これもまたバレエなんだということを多くの人に伝えたいと思いました。バレエと言えば『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』というイメージのしかない人も多いと思いますが、古典だとか新しいものだとかチャップリンに捧げたものだとかであっても、どれでもそこにあるバレエ美しさに変わりはないんです。バレエというものが持っている本質的な美しさ、それがあるものですから『ダンシング・チャップリン』を撮りながらでも、まさにバレエを撮っているという気持ちに変わりはありませんでした。
バレエの魅力を改めて感じたのは、編集のとき。撮影中は、目の前で展開される踊りをどうきちんと撮るか、それも、映画としておもしろいというよりは、バレエの流れをくずさないとか、振りつけの持っている魅力、人間の動きをきちんととらえようということが強かったんです。編集で『空中のバリエーション』という作品を繋いでいるとき初めて、草刈の踊りを見てただ単に一言「美しいな」って思いました。一言で表現せざるを得ないような、理屈があってすごいとかではなく、野に咲く花を見て「きれいだな」とふと思うように、そういう感じでいままでバレエを見たことがなかったかもしれないと思ったんです。特に自分の妻が踊ってるということもあって、見ているときっていうのは素朴にきれいだなっていう感情が湧きおこったことがなかった気がします。
家に帰って、彼女に「『空中のバリエーション』を撮れただけでも、今回の映画をやってよかった」と言いました。バレエの美しさの新しい発見というよりも、作品との自分の距離感とか、そういうものに気づかされました。長くバレエを見ていたのに、こんな感情は初めてでした。すごく不思議。最後に彼女の踊りを撮れて、そういうふうに感じられたことはすごくしあわせなことでした。

フェリシモ:
ローラン プティさんのお話の中から13演目を選ばれていますが、選ばれた基準は?

周防さん:
この作品の全幕は2時間を越えるんですね。僕はその2時間をそのまま映画にするつもりで、プティさんに話したら「そのままやったら飽きられる。もっと短くした方がいい」って言われました(笑)。小さな作品のピースでできているものなので、その中から「演目を選んで新しく構成を考えてください」とお願いしたら「それは君に任せる」と……。
実は生で演じられるバレエには、制約があります。例えば、衣装を着替える時間が必要なので、すぐ次の作品を同じ人が踊れないとか、いいダンサーだからと言って、2時間全部でずっぱりで踊るってことは、肉体的にも精神的にもできないとか……。だからよく見ると、明らかにつなぎだなと思える作品も入ってるんです。そのつなぎをつなぎに見せないで、どうつくるかも、振付家の大事な能力のひとつだと思うんですけど……。
それで『ダンシング・チャップリン』の全幕2時間の中で、舞台でやるためにはこうせざるを得なかったんだろうと思われる繋ぎのような作品をまずは抜きました。次に、映画館に見に来てくれたお客さまに「なるほど、これがチャップリンだ」とチャップリン映画のシーンそのものをイメージさせたり、チャップリンの世界観がダイレクトに伝わる作品は残そうと思いました。そうやっていったら、1時間になっちゃったんです(笑)。プロデューサーに「商業映画としてはつらいかも」と言われましたが、だからと言って捨てた作品を戻そうという気にはなれませんでした。そのあとどうしたかについては、結果として、バックステージとバレエ作品の二幕仕立てになったということなんですけど。

フェリシモ:
第1幕、第2幕の2部構成で映画『ダンシング・チャップリン』は構成され、第1幕ではアプローチということで、普段私たちが見ることのできない制作過程もおさめられています。草刈さんは、第1幕に登場する練習風景をご覧になられて、初めて気づいたことはありますか?

草刈さん:
1幕のアプローチで映し出されているのは、私の日常。踊っていたときの、私のけいこ場での日常です。なので、それ以上のものではなかったなという感じですね(笑)。
けいこ場には、教師の役割をするバレエマスター、またルイジさんも出演もしているけれど、振付指導という立場でもある、そんな先生がふたりいるという状況で、ダンサーはフランスからの若者が3人、そしてルイジさんと踊るルイジさんの初演からの仲間ジャン シャルルさん、それと私とキューバ人のダンサーのリエンツ チャンさんがいました。
作品は、舞台のためのけいこと同じように、きっちり仕上げて、あとどう撮るかというのは監督の仕事。ただ、チェックするときに、ステップがどの角度だったら美しく見えて、どの角度だとふさわしくないかとか……、実際に踊ってる人や、踊りをジャッジできる人でないと決められないことは、こちらで決めて、あと編集するのは監督。そんなふうに仕事の役割がはっきり分かれていました。

フェリシモ:
演技に関するだめだしが役者からあるということは、いつもの撮影とはまた違った空気だったと思いますが……。

周防さん:
いつもなら僕が書いたセリフを役者さんがきちんと言って、僕が思うような芝居をしてもらって「そのシーンを成立させてくれ」と思ってカメラの横に入るんですけど、今回は、ちゃんと踊っている踊りを「きちんと撮れよ」と出演者に言われているような……。

(会場:笑)

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草刈さん:
言ってませんけど(笑)。

周防さん:
僕は踊りの専門家ではないので、踊りそのものに対してのNGは出せない。撮影の都合でカメラは2台、あと1日1曲というのを撮影の基準にしていました。その1曲を気を入れて全力で踊れるのは、1日2回までだと言われていたんです。それでも無理を言って3回踊ってもらったこともあるんですが……。そうすると2回踊って、2台のカメラで撮ると4テイク、4種類の画しかない。狙いで真上から撮りたいとか、足元のアップを撮りたいという場合にはその部分だけもう一度踊ってもらいました。「NGだからもう1回」というのはなく、必要カットが足りない箇所だけ追加で撮ったんです。踊りそのもののNGは踊っている本人とバレエマスターやルイジさんが出すNGしかない、そういう現場でした。カメラマンは大変だったと思います。少ないテイクしか撮れないですから、動きを追い切れないとか、フレームからはずれちゃったりとかフォーカスが甘くなっちゃったりとか……。そういう撮影側のNGは絶対出せないですよ。「通して踊れるのは2回」って言われてるんですから。そういう意味では撮影のプレッシャーが強かった作品です。

フェリシモ:
いままでにない工夫もされた撮影だったと思いますが、女優草刈 民代から見た周防監督はどのような監督でしょうか?

草刈さん:
まだ女優としての経験も短く、私は彼の映画しか出たことがありませんが。彼はものすごく準備を入念にするので、撮影のときは、あまり迷わないんじゃないですかね。迷ったとしても、いまここで何を撮るべきかというのがはっきりしているところがあると思います。
基本的に時間をかけて納得するまで推敲(すいこう)を重ね「やれるぞ」と思わないと先に進まないところがあります。

フェリシモ:
これだけはしておかないと撮影に入れないなということはありますか?

草刈さん:
そういう性格がすごく物語っていたのは、前作の映画。『それでもボクはやってない』では、裁判を3年間取材し続けていました。裁判というもの、裁判を通じて人間関係がどうなっているかとか、何が問題かということを表現するために、どういうストーリーにするかということに推敲を重ねて……。映画で採用したものは、加瀬 亮さんが主役の若者バージョンでしたが、実は中年バージョンも書いていて……。2本書いて、それを5稿まで直しているんです。それをスタッフに見てもらって、やっぱり若者バージョンの方がいいんじゃないかという話になり、さらにそれをもう一度ポリッシュして、撮影に臨んだんです。彼はそういうことをいとわずやるタイプ。書くことで納得して、さらに理解を深めて、撮影に臨むみたいな、そこまでの安心感がないと先に進ませないみたいなところがあると思います。

周防さん:
自分の思っていることを他人に伝えるって大変なんですね。例えば、みなさんが何か体験されたおもしろいできごとを家の方や友だちに話すとき、どうやったら相手にそのおもしろさを伝えることができるか考えますよね。時系列で話すんじゃなく、何か前振りをして、話す順番を入れ替え、ここで落とせば「受けるな」とか、そんなふうに構成を考え、おひれもつけたりすると思うんです。
僕の場合は家族や友人のレベルではなく「全世界の人に伝えるにはどうしたらいいだろう」って考えるんです。全世界の人に伝えるとしたら、多分日本の社会とか国民性から始まってしまう。だけどそんなことを映画の中でやってたら、本題になかなか入れない。知識のない人にでも、ある程度僕が思ったことを伝えるにはどうしたらいいんだろうとなると、構成を入念に考え、セリフを練り、シチュエーションを変えたり、あらゆる手を尽くすわけです。
今回の『ダンシング・チャップリン』は、実はいちばん長く取材をした映画でした。というのも、結婚してからずっと取材してたようなものだったというのに気づいて(笑)。15年の蓄積の中で生まれているんですね。だからチャップリンのDVDを全部見たとか研究もしたんですけど、実はその前に、奥さんの踊るものも含めて、奥さんと一緒に見たいろいろなバレエ、そういうものが僕の中にあったんです。
バレエって舞台芸術なんです。客席にいるお客さんに向かって、見せているわけです。要するにお客さんから見る角度で美しいように振付師も考えるし、ダンサーも前にいるお客さんを基準に体の角度を考えるんです。すべて正面のお客さんに向かってつくられているものなんです。映画のカメラはどこにでも自由自在に入れるし、クレーンを使って低い位置から高い所へ行ったり、真上から真横から撮ったり何でもできるんです。何でもできるんだけど、そこで踊られているバレエは、正面から見られることを基準につくっているので、どこへ行ってもいいわけではない、これを当たり前の前提として考えていたので、映画のカメラを自由に動かして撮ることは頭になく、撮影それ自体は不自由にしか考えられなかった。
映画だから何でもありだ。舞台の真後ろからでも撮れる。だけど、バレエはそこから見られるようには振付けられていない。だからそこから撮るのは「どうだ、こんな画見たことないだろう」っていうただのカメラの主張になる。カメラの主張はやめて、踊りの主張を撮ろうと思いました。
映画館で観た人にも、劇場でこのバレエを観て感動するような同じ種類の感動を持ってもらうには、映画館で観てもらうための撮り方がきっとあるはず。ご覧になった人は 「そう言われればなるほど」と思われるかもしれませんが、あんまりカメラが動いていないんです。いまの映画のように細かいカット割りやカメラがダイナミックに動くということがなかった。そういうことを普通に考えられたのは、バレエを客席から観た15年の積み重ねだったんだろうと思います。

フェリシモ:
バレエやチャップリンになじみのない方に伝えようと思ったことは?

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『ダンシング・チャップリン』

周防さん:
普段バレエを見慣れていない人でも楽しんでもらえる映画にしたい、そのためにどうしたらいいんだろうとずっと考えていました。
さきほどの話に戻るのですが、バレエそのものが1時間になってしまった時点で、プロデューサーからの提案は、バレエをつくっていく過程をビデオで撮って、それを編集して周防 正行なりのバレエの見方を示し、それからバレエを観てもらったらいいんじゃないかって。でも、僕は「いやだ」と言いました。そもそも「僕なりのバレエの見方なんてわからないし、バレエの作品を観てもらう前に、余計な解説やらつまらない予備知識を与えるようなことはしたくない。そんな教養番組的な映画をつくりたいとは思わない」と拒否したんです。
今回、草刈はこれが最後の踊りだったにも関わらず、初めて踊る作品だったんですね。なおかつ、それが映画として残るっていう、冷静に考えれば無謀、気の毒なことをしたと思うんですけど、そういうものだったわけです。本当にまったく踊ったことのないものを「振りうつし」と言って、ルイジさんと1対1でひとつひとつの振りつけを始めから覚えていくんです。そこからつくり始めて、映画の撮影のときまでには、ひとつひとつのバレエが完成されているわけですけど、そこまでをビデオで撮っておいては……と。
僕は、バレエづくりの過程だけでなくて、撮影そのものの舞台裏を撮っておけば、せめてDVD特典にはなるはずだと思いました。なので、とりあえず、映画の舞台裏も全部ビデオで撮っておいたんです。で、そうやって撮った85時間分のビデオを全部見て、まずDVDの特典映像づくりだと思って、メイキングビデオをつくりました。まずバレエを観てもらって、それがどうつくられたかをあとで見せようと……、そのつもりでいたんですけど。
それをプレビューしたら、みんなが「バレエをつくっていく過程がおもしろい」と。それで「バレエをつくっていく過程に絞って編集してみよう」と思ったときに、いろいろな伏線がはれるということに気づきました。「警官の踊りを公園のようなところで撮りたい」とプティさんに言ったら「だったら映画は中止だ」と言われた場面があります。その演目は果たして実際の映画ではどうなったとか、あと『空中のバリエーション』という演目のけいこで、相手のダンサーがなかなか上手に草刈をリフトができなかったから「相手を替えなきゃだめだ」と、そのダンサーを降ろすかどうかという問題が起きてしまって、その演目は一体どうなったかとか。また、チャップリンすら知らない人も多い中、やっぱりチャップリンの映画がわかると楽しめる部分もあるんですね。だとすると、チャップリンの映画について少しふれておくことでもっともっと楽しくバレエを観てもらえる。そこで、実際のチャップリンの映像を見せておくとか、この『ダンシング・チャップリン』のバレエそのものを楽しめる入口というか、ヒント、伏線、それを1幕で張り巡らせておく。1幕は単独のバレエのドキュメンタリーではなく、実は2幕のバレエ作品を楽しんでもらうためのアプローチ……、それをやっておこうと考えたんです。
最初は伏線を張り巡らせたバレエづくりとバレエ作品そのものを、休憩を挟まずに繋げていたんです。それを草刈に見せたら「繋げてもらっちゃ困る」と言われて……。つまり1幕というのは、セリフがあるドラマ。言葉を聞いて考えながら画を見てるんです。2幕は、バレエですから音楽と動きだけなんです。「セリフのある芝居を見るのとバレエを見るのとは、使う頭の回路が違う。このまま繋がっていると、セリフを聞いて考えながら画を見るっていう回路のまま音楽と動きだけのセリフのないものに進んでしまい、どう見ていいかとまどう。劇場にバレエを見に行くときには『今日はバレエを見るぞ』という気持ちで足を運ぶから、セリフのない「踊り」の世界を楽しめる。間を空けないとこの映画はバレエをきちんと見ることはできない」と草刈に言われちゃって……。それで、間を空けたんです。そしたら「こうやってバレエをつくったんだ、じゃあできたものを見せてもらおう」って気分になるんですよ。そこで僕は、休憩ではなく「幕間」ってことにして、1幕、2幕で『ダンシング・チャップリン』という全幕の映画なんだっていうふうに後づけしました。

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「『ダンシング・チャップリン』の見どころは
どんなところですか?」

草刈さん:
この映画はバレエを見ていただくための映画だと思います。私も踊りは専門でしたので、いままで踊りのさまざまな映像は見てきましたけれども、これだけ踊りを見せることだけに徹底した映画はちょっとめずらしいかもしれないと思います。昔、カンヌの映画祭である受賞したソヴィエト映画があって、それはバレエ版「ロミオとジュリエット」を屋外で撮るっていう劇映画のような形の作品。それも踊りを映像でどう撮るかということの試みで評価されたものなんです。今回の作品は、踊りをどう撮るかの試みでもありますが、映像を通して、バレエの作品自体をどう表現していくか、もっと限定されたものを表現していると思います。そこまで徹底的に、映像的にストイックな方法で撮ったものって珍しいと思うので、だからこそ、ご覧になった方は劇場で踊りを見たときと同じ臨場感を感じられるというのが特徴だと思います。

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踊りを映像化するというのは、ただ撮っていたのでは舞台中継よりすぐれたものにはなりません。素晴らしい踊りでも据え置きのカメラでずっと追って、人物が動いているだけだとそのよさがわからないと思うんです。寄ったり、引いたり、顔のアップがあったり、それ自体が映像的に踊りをどう表現しているかということに繋がるので、そういう意味で、ひとつひとつの作品がいちばん表現すべきものをちゃんと押さえ、ポイントを外さずに編集されています。だからこそ作品ひとつひとつの違いがわかる。映像でそういうものが得られるのは、珍しかったんじゃないでしょうか。

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「周防 正行さん、草刈 民代さん、
おふたりについて教えてください」

フェリシモ:
おふたりについて伺います。3枚の写真をご覧ください。

(写真:1枚目)

周防さん:
『Shall weダンス?』のオリジナル版の全米公開のときに映画館の前で撮った写真です。

(写真:2枚目)

周防さん:
あはは。思わず笑ってしまいました。自分の衣装ではないですけど……。

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草刈さん:
シースルー着てますね。『Shall weダンス?』がアメリカでヒットしたこともあり、ハリウッドで行われたエイズ撲滅のチャリティーイベントに出席したときの写真です。

(会場:笑)

周防さん:
用意してくださった黒のシャツがシースルーだったんです。その上にタキシードを着たんですけど。

草刈さん:
外国だし誰も見ていないから、いいんじゃないかと。

周防さん:
恥ずかしがってるとみっともないと思ったので、開きなおったんですけど。日本の雑誌とか、テレビに出てしまって笑われてました。およそ、僕の性格にまったく合わない、恐ろしい服でした(苦笑)。

(写真:3枚目)

草刈さん:
結婚式の写真ですね。

周防さん:
僕の紋付き姿は、新米の落語家のようですね。

(会場:笑)

フェリシモ:
出会われたときの印象を教えていただけますか? 草刈さんはすごく近寄り難い印象だったと……?

周防さん:
そうですよ。キャスティングのときの決め手は、この人の半径5メートル以内には入れないっていう感じがあって、一体どんなふうに声をかけていいのかもわからない、その戸惑いはまさに『Shall we ダンス?』の主人公のサラリーマンが感じるものだと。あの窓を見上げたときの距離感、高さ、ただ遠いだけじゃなく、立っている位置も違う、そういうことをまさに体現している人だったので、会ってすぐ決めました。

フェリシモ:
すぐに出演されることに?

草刈さん:
筋書きを読んで「この役ならできるかもしれない」と思いました。フィクションなのに嘘くさいところがないなと思いました。踊りの世界のリアリティがあるっていう意味では、筋書きだけでもダントツ。かなり取材をしないとわからないことを、まったく別世界の人が文章から滲みだせるのは大したものだと思いました。すごく勉強して書く人なんだな、こういうものをおつくりになる人の作品ならぜひ出たいというふうに思いました。監督は会ってすぐ決めちゃったという話だったんですけれど……。でも、決定的な返事はいただいていなくて、台本が届いたとき「やっぱり、やるんだ」という感じでした。

フェリシモ:
草刈さんが映画の現場に入られることを周防さんが不安になられたとか?

周防さん:
そうですね、現場にはバレリーナ草刈 民代をお客さまとして迎え入れるような感じでした。だから、とにかく現場になじんでほしいなと思いました。なじめないと、窮屈なものになってしまうと思ったんです。でも、あるときセットの角で、田口 浩正くんと徳井 優さんと笑ってる姿を見て「あ、大丈夫なんだ」と思ったのを覚えています。

フェリシモ:
草刈さんは、周防さんと結婚して受けた影響はありますか?

草刈さん:
私は、踊っているときは、体の維持とか技術の向上とか、自分に向かっていないと維持できないというようなことをやっていたので、自分に対して掘り下げることを求められる、そういうことをせざるを得ない日々を送っていました。目の前のことを広く、いろいろな視点から見ることまでは及びませんでした。旦那さんの場合は、自分で材料を見つけて自分で脚本を書いて、自分で撮って、映画をつくっているので、やはりたくさんのことを知っています。彼はいつもいろいろな方向から考えています。そんな彼と会話することで、自分の幅が広がったと思います。

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「美しいと思う、それって一体何だろう。
なかなか説明ができない、そういうものに身を委ねる、
それが僕はしあわせに感じたんです」
(周防 正行さん)

フェリシモ:
今作で「美しいものが見たかった」というキャッチコピーを付けられていますが、周防さんが考えられる美しいものとはどういったものでしょうか?

周防さん:
さっき少し話しましたけど、編集しているときに「あ、きれいだ」と思ったんです。「美しいものが見たかった」というコピーにしたのは、みなさんに理屈でも何でもなく、見た瞬間に、ただ「きれいだ」っていう感動を味わっていただきたいなと思ったからです。例えば花を見て「きれいだな」と思うそのとき、理屈はいろいろつけられるんですけど、そんなものじゃなく、見た瞬間に理屈なく飛び込んでくるもの、そういうものに出会えるしあわせ……。「何が美しい?」って考えることはちょっと違う、美しいって理屈じゃないんだと思います。例えば音楽を聞いて「美しい」と思う、それって一体何だろう。なかなか説明ができない、そういうものに身を委ねる、それが僕はしあわせに感じたんです。逆に「ね、美しいでしょ? こうこうこうだから美しいんですよ」って、映画をつくったとしたら、それって全然美しい映画じゃないと思うんです。

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理屈で考えて、組み立てて、脚本を書いていって、ある瞬間「これ理屈だけでは通せない」という瞬間があるんです。そのときは目をつぶって「えいや!」って飛んじゃうことにしています。理屈を無視して直感に賭ける、今回の映画は、その感覚の部分でみなさんに訴えたい。僕が「あ、きれいだな」と思ったその気持ちがこの映画でみなさんに伝わるかどうか。「美しさって何だろ」といくら考えても答えられない、そのことが、いちばんのいいところ、真実だと思います。僕らがしあわせに感じるのは、その説明できないものに対する心の震え、それが本当の美しさだと思います。その瞬間がこの映画の中にあったら、しあわせだなと思います。

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「踊りというのは、言葉に代えられないから
踊りという表現方法があると思うんです」
(草刈 民代さん)

草刈さん:
いま主人が言ったように「美しい」「きれい」というのは、説明がつかないものと思うんですね。芝居を見て心を動かされるところは、その言葉によって刺激され感情を主人公と共有したときに何かが掘り出されてしまうことはあります。「あ、きれい」だと思う瞬間というのは、もしかしたら、役者さんがただすっと立っているときだったりするかもしれないですね。それと同じように、自然の風景を見たときに「わあ!」って感じるのは、壮大っていう言葉に噛み合っているという程度、本当は具体的にはわからないはずだと思うのです。
踊りというのは、言葉に代えられないから踊りという表現方法なわけです。

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さきほど、主人が言ったように美しいというのは何が美しいのかもわからないし、人によって美しさの基準も違います。だから、美しさを追うっていうのも、ないものを追っているみたいなところがあると思います。大事なのは、追うための芯をどこに持っているかということ。好きだからとか「きれい」と言われたいという欲だけではだめで「美しい」と感じてもらえるものを自分から発するために何をすべきかみたいな、私自身はそういう考え方でずっとやってきました。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
草刈さんは休みの日は何をされていますか? だらだらすることはありますか?

草刈さん:
あります(笑)。たいがいは、うちのことをやりながら、あっというまに休日が終わるというパターンです。

フェリシモ:
最近、お料理もはじめられたと伺っていますが、上達ぶりはいかがですか?

(会場:笑)

草刈さん:
上達してますよね?

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周防さん:
野菜の煮物をよくつくってくれます。昨日は大根の煮物がおいしかったです。

草刈さん:
私はお肉をいただかなくなってもう13年くらい経つんです。油もオリーブオイルとかゴマ油とか、菜種油とか、それ以外は使いません。お料理もたんぱくなものが多くて、毎日食べ始めたら、うちの旦那さんは2週間くらいでどんどん体重が落ちてきちゃって(笑)。でも、調子よさそうですね!

周防さん:
だらだらぶりをひとつ話すと、放っておけば、12~3時間は寝てますね。

草刈さん:
疲れているときは……ですけど。まだまだ長く寝てられます!

お客さま:
草刈さんは、私が思う大人の女性だと思います。草刈さんが人生で充実しているときは何歳だと思われますか? また、何をしているときにそう思いますか?

草刈さん:
私は、いつも同じテンションで生きていけたらいいなって思います。そして歳を重ねた分、広がっているところがあると思うので、それをどんどん生かしていけるような生き方を求めていきたい。歳を重ねるごとに自分の方向性を見出して、自分を最大限に生かせるという生き方ができるといいなと思っています。

お客さま:
今回の作品のように外国人の方と仕事をされたとき、自分の中の日本人性を感じられたことはありますか?

周防さん:
日本的なるものは、僕の中に意識しなくとも常にあると思います。日本人で、ずっと日本で生活しているので、誰とつきあうときでも日本人でしかありえない。だから僕は日本にいて、日本で感じていることを日本語を使ってつくってきたんだと思うんです。それが、僕にできるベストなこと。
ルイジさんやプティさんと一緒にものをつくれるっていうのは、作品とかその人に対する尊敬の念だと思います。コミュニケーションをとるとき、相手を尊重することは基本だと思います。一緒に何かをやっていくわけですから。尊敬できる相手だからできているわけです。チャップリンに関しても、チャップリンに対する尊敬があるから、できる。そういうものがないとできなかったと思います。
冗談のように言ったんですけど、チャップリンの作品のヒロインを草刈が全部演じるわけです。で、まわりはほとんど白人ですよね。「チャップリンの映画で日本人の女性が主役ってありかよ」っていうのは、ちょっと思いました。そのことの違和感が、ルイジさんやプティさんにないのかと思ったら、ないみたいで……(笑)。そしたら自分まで撮影現場でまったく違和感を感じなかったというのがちょっと驚き。(草刈さんに向かって)「あなた何人?」って感じでした(笑)

お客さま:
結婚15周年を経ても、仲よしでいられる秘訣はありますか?

草刈さん:
私たちは、自分はいつも新鮮でいようというような気持ちが強いんだと思います。踊ってるときは、次から次へといろいろな作品のけいこをし、舞台に立ち……ということの繰り返しだったので、いろいろな人と出会ったり、踊ったりということで、いつも新鮮な気持ちでいられました。相手との関係性において、いつまで新鮮さを求めるのは無理のような気がするのですが、自分自身が新鮮でいられるように生きていこうっていう気持ちが、夫婦間の関係性にも影響している気がします。

周防さん:
この質問、よく受けるんです。「そう言われてもなあ」って(苦笑)。いわゆる、僕が映画やドラマで見る夫婦、自分の両親のような夫婦に当てはめると、すごくふざけたふたりだと思います。「夫婦って言っていいの?」みたいな夫婦なので参考にもならないと思うのですが、ある日草刈がすぱっと、とても気持ちのいい答えを言ってくれました。「夫婦円満の秘訣は、個の確立」。僕は、えらく気に入ってしまいました(笑)。すぱっと言った草刈を見て「ああ、こういうところを僕はおもしろがってるんだ」と思いました。

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フェリシモ:
最後に神戸学校からのご質問です。美しいものに触れ、人生というステージで輝くためのメッセージをお願いします。

周防さん:
よく本当の自分を探すとか、自分のやりたいこととかを見つけられたらしあわせだと言います。本当にやりたいことは何だろう? やりたいことを探して、この仕事は私のやりたいこととは違う、これが本当にやりたいことじゃないかもしれないと思うことって多々あると思うんですが、実は生きることのしあわせを感じるって、人に必要とされることっていうのもあると思うんですね。自分にその仕事が向いているか向いていないかという以前に、その仕事をやっているときにそれをやっている自分を必要としてくれる人がいる、それを感じる喜びっていうのをなんだか50歳を過ぎてくると思い始めて……。僕のつくった映画を振り返ってみると『シコふんじゃった』は、学生相撲を単位と引き換えに、いやでいやでしょうがないのにやっていたら結構おもしろかったとか、『Shall weダンス?』にしても、窓辺にたたずむ美女が気になって「あの人と一緒に踊ってみたい」と思ったら社交ダンスにのめり込んでしまったとか……。自分がそれまで思ってもいなかった世界に一歩足を踏み出す話ですね。『それでもボクはやってない』なんて、とんでもない一歩。痴漢に間違われたことでとんでもない人生に突入していくんですが、その中で生きることを探すというか発見する、そういう映画でした。つまり僕は、自分が本当にやりたいと思っていたこととは違う世界に足を踏み入れてしまった人たちの話をずっと撮ってきたんですね。
そういうわけで「本当に自分がやりたいことは何だろう?」と思って、何かをやって意にそぐわないからすぐやめちゃったではなくて、出会ったのならば、そこの世界でとりあえず一所懸命やってみる、で人に必要とされることで初めてもしかしたらそれが本当に自分に向いてた仕事かもしれないって思うこともあるかもしれない。
高校生くらいの方にふさわしい考え方なのかも知れないですが「自分が本当にやりたいこと、相応しいことなんてそうそうわかるものではないから、何でも一所懸命とりあえずやってみて、違うかなと思ってもひと踏ん張りしてみたら、意外に道は開けたりするよ」と言いたいと思います。大人は知りません(笑)。

草刈さん:
やっぱり、逃げないことでしょうか。私は、どっちか選ばないといけないとき、「いまは大変でも、いま苦労しといた方があとあといいかな」という方を選ぶことが多いです。というのは、そのときスルーしてしまうと、あとあと問題が生じるんですね。何かつきつけられたとき、逃げない方が近道だったりすると思います。どんな小さなことでも逃さないでやっていった方が、逆に自分を生かすところに早くたどりつける気がしています。

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Profile

周防 正行(すお まさゆき)さん<映画監督>・草刈 民代(くさかり たみよ)さん<女優>

周防 正行(すお まさゆき)さん
<映画監督>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1956年、東京都生まれ。映画監督、脚本家。立教大学在学中に高橋伴明監督の助監督になり、89年、本木雅弘主演『ファンシイダンス』で一般映画監督デビュー。92年の『シコふんじゃった。』で、日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞。そして96年の『Shall we ダンス?』では、社交ダンスブームを巻き起こし、日本アカデミー賞13部門独占受賞の快挙を達成。07年には、『それでもボクはやってない』では、痴漢裁判という題材で話題を呼んだ。『Shall we ダンス?』以来、15年ぶりに夫婦タッグとなった最新作『ダンシング・チャップリン』が、4月16日から全国で公開される。


草刈 民代(くさかり たみよ)さん
<女優>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1965年東京生まれ。8歳でバレエを始め、16歳から牧阿佐美バレヱ団に参加。18歳で主役デビュー後、同バレエ団の主役を数多く務め、日本を代表するプリマ・バレリーナとして、国内外の舞台で活躍。96年、『Shall we ダンス?』で映画初出演し、この作品をきっかけに、周防監督と結婚。09年にバレエの引退公演後に撮影した周防監督4年ぶりの映画『ダンシング・チャップリン』でラストダンスを披露している。

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