神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「働くこと・生きること」



<第1部>

フェリシモスタッフとゼミ形式で進めます。
みんなで自由に話せる感じで行きましょう。

西村さん:
第1部は、フェリシモのスタッフの方5人にゼミ生になっていただいて、僕が5人と話しているのをみなさんは見ている形で進めていきます。まずは自己紹介をお願いします。

フェリシモ:
Mと申します。システム開発の仕事をしています。西村さんの著書の『自分の仕事をつくる』(晶文社/ちくま文庫)を持っていて、何度も見返したりするほどでしたので、今回立候補させていただきました。

フェリシモ:
法務を担当させていただいておりますOと申します。ゼミ形式でみなさんと討論をしながら、立体的な意思形成をしていくことにとても興味があったので応募させていただきました。

フェリシモ:
Kと申します。普段は『ano:ne』というこども服のブランドの調達業務に携わっています。自分の普段の働き方や、これからどんなふうに働いていきたいかを改めて考えて行きたいと思ったので参加させていただきました。

フェリシモ:
こんにちは。普段はフェリシモのお客さま窓口で、オペレーターのみなさんと一緒にお客さま対応を中心に仕事をしています。今回、学生時代にそういった勉強をしていたこともあり、立候補させていただきました。

フェリシモ:
Dと申します。普段は『haco.』でファッションの企画を担当しています。社会人2年目に入り、仕事と自分のことをうまく見渡せるようになりたいということに日々悶々としているのですが、そのきっかけとか道筋が何か見つけられたらいいなと思っています。

西村さん:
僕も自分がどんな人間なのを紹介しながら進めていこうと思います。「リビングワールド」という小さなデザイン事務所を東京で妻とふたりでやっています。例えば、神戸だと神戸空港にある「アースクロック」をつくりました。

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これは風を受けて短冊が揺れると、風が来てるんだなってことで夜になると点灯します。発電できなくなると、夜が来たって認識するんですよ。昼間のうちは発電して蓄電してってことをしているんですけど、夜になって風が吹いてると「フワッフワッ」って灯りがつくんですね。昼間は風鈴の形をしてるんだけど、全然音がしないのですごく意味不明(笑)。夜になると「なるほど」みたいな家内制手工業で500個くらいつくってウェブで販売しました。

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内田洋行という会社につくったコーポレートミュージアム。100年ぐらいの歴史がある会社なのですが、こちらの壁からザーッと歴史があっていろいろな事業の物があって。真ん中がちょうど(ミュージアムが)できたころ。向こう側半分は真っ白で「これからのことはまだ真っ白ですね」みたいな……。この壁の中に一般社会史があって、その中に彼らがつくってきたものがいろいろ入っているんだけれど。中にはたまに取り出せるフィギュアがあります。で、それを持ってきてテーブルの上にポンと置くと「ホワン」って音がして情報がフワって浮かび上がってきて、詳しくはページを繰ったりしながら見れます。

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自分たちの商品。砂時計のシリーズです。1分計とか3分計とか5分計とかじゃない、ある時間の砂時計のシリーズで。これは向こう側(向かって左)が、太陽の光が地球に届くまでの時間の砂時計。向こうは(右)月の光が地球に届くまでの時間の砂時計で、もう本当一瞬。そういういろいろな時間の砂時計をつくっています。

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国立天文台の3Dデータを貸していただいて、ガラスのキューブの中に、8万点の構成データを打ち込んで、立体で見れるものをつくって、冊子と箱をつけて販売しています。

フェリシモ:
宇宙とかやっぱり興味あるのですか?

西村さん:
興味あります。すごくおもしろいものを改めてつくらなくても、僕らが生きている世界そのものがもう十分おもしろい。それをちょっと新しい形で感じ直すきっかけみたいなものをつくれば十分なんじゃないかって思っているんです。例えば呼吸をしているっていうことだとか、ここで心臓が動いているっていうことだって十分おもしろい。もし机の上に僕の心臓がゴロンって出て来て「トックトック」ってなってたら、みんな「アーッ!」ですよね。普通に生きてるだけで、スペクタクルの中に僕らはいるんです。そこにちょっと窓をつくるというかそんな感じのデザインができたら、かっこいいなっていうか楽しいなって。特に自分たちのプロダクトとしてつくるものはそういうものですね。

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30歳のころまで「鹿島建設」の設計部で、インテリアの設計やったり、建築計画の仕事をしてたりしてました。で、思うところあって30歳で辞めたんです。31歳のころから『アクシス』というデザイン誌でカラー4ページの連載を始めさせてもらいました。文章書いてお金もらうの、生まれて初めてで……(笑)。そういう機会をくれた人がいて、その時に僕が彼らに話したのは「デザイン誌って、デザインされ終わった物がいっぱい載ってますね」ということ。日本が例えば欧米社会だとか海外をキャッチアップしたい、ああいうものが自分たちもつくれるようになりたいとか、そういう時代だったら、デザインされ終わった物をいっぱい見て「こういうものつくれるんだ」とか「こういうものをつくってみたいな」って、いいかもしれないけれども。いま、もうキャッチアップの段階は終わってしまってるんだとしたら、それをどういうふうにつくってるのか、そのプロセスだとか、まさに働き方の流れみたいなものが見えないと、何の参考にもならないと僕は思っていたんです。だからデザインされ終わったものの一覧ではなくて、どんな働き方をしてるのかに興味があるから「その取材シリーズをしてみたい」って言ったら「やんなよ」と。それで、いろいろなところへ行けました。 自分のモチベーションとしては、その大きな会社にいたわけですよ。デザインファームで2000人スタッフがいるみたいな。で、辞めたわけだけれども、僕がまた2000人のデザインファームなんかつくれるわけがないし、多分数人のプロジェクトチームで、何かやって、完成したらまた解散して、また新しいプロジェクトをやって、また解散してってその離合集散みたいな感じで仕事をしていくだろうし。もし会社をつくったとしても数名ぐらいの小さなデザインアトリエみたいな感じになるだろうなって思っていたから、そのこれからの働き方を全然知らないなって思ったんですよね。

フェリシモ:
その連載がきっかけで、いろいろな人のお話を聞くようになったんですか?

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西村さん:
そう。大きな会社の仕事の仕方があるじゃない。四角いメラミン化粧版長机を並べて、で、資料配って「お手元の資料をご覧ください」みたいな。ああいう会議の持ち方はもうしないだろうなって思ったんだけど。物事の決め方だとか、決済の取り方だとか、コミュニケーションのとり方、それを自分は知らない、大きな会社のやり方しか知らないんだなと思ったんです。だから自分の尊敬するデザイナーやつくり手だとか、これはちょっとほかと違うなってものをつくっているつくり手たちの元へ行って、どんなふうにやっているのかを聞いてまわろうと思ったんです。

フェリシモ:
30歳で大企業を辞められるっていうことはすごい勇気のいることだと思います。「絶対こんなふうになってやる」みたいなビジョンはあったんですか?

西村さん:
ない。
(会場:笑)
でもちょっと思いつくまま話すと、「鹿島建設」で働いている最中もいろいろ悩ましさもあって。よく頭の中でつぶやいていた言葉は「本当のことがしたい」。ずっと言ってた。なんだかよくわからないんだけど「本当のことがしたい」って。
「本当のことがしたい」っていうと「そうそう」って(自分の中の)誰かがしゃべってるの。でも、それがなんだか全然わかんないんだよね。そんな感じで煩悶していて……。辞めたきっかけは結構恥ずかしくて……。最後の4年間は、考えて考えて考えて、でも自分は何もできないみたいな。何も踏み出さない、そんなお前最低!みたいな、もうヨワヨワの状態だったのね。同じ部の3つ歳下の後輩に池くんって子がいたの。ある日、仕事してたら、池くんが来て「西村さん、僕来月辞めることにしました」って。「エエーッ」ってなって、立ち上がって「オレも!」って言っちゃった(笑)。

フェリシモ:
池くんがきっかけなんですか。

西村さん:
そうなんです。池くんは本当に恩人ですね。いくら悩んでても本当にわかんなくて。自分は一体何で悩んでいるんだとか、何がしたいのかとか。池くんのときは立ち上がったんだよね。腰が上がったっていうか。それまであんまり、腰が上がる感じとか、思わず手が伸びてつかみにいくような感じがなくて……。でもその時は、とりあえず動く方がいいって思って動いたの。それからしばらくは「捨てる神あれば拾う神あり」とか「角は曲がってみないと向こうは見えない」とか「カードはめくらないとゲームは始まらない」とかそういったことを自分で繰り返し言い返しながら、1、2ヵ月して辞めました。
雑誌の連載は、自分で持ち込みました。自分の働き方を自分でつくっていかなきゃいけないんだなって思って。でもそれの勉強を「鹿島建設」ではしなかったから。だから自分の先生見つけに行こうと思って雑誌の連載を始めました。

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八木 保さんっていう、アンリシャルパンティエの最初のロゴマークとか、東急ハンズのロゴマークとかつくった人のサンフランシスコの事務所です。今ロサンゼルスなんだけど。そういうのも持ち込みの企画だからもう自分で行って……。でもとにかく聞きたいからそういう機会をもらえるだけうれしかったです。

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八木さんのところになぜ行ったかというと、八木 保さんはグラフィックデザイナーなんだけど、カラーチップを使わないんだっていう話を聞いて。
グラフィックデザイナーがカラーチップ使わないってどういうことだろう?って思って会いに行きました。

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そうしたら使ってるんだよ。
(会場:笑)
でもこれは、最後の段階。工場に指示する時はカラーチップ使うけども、普段はもちろん使わないよ、って。見せてくれたのがこれだったのね。

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この人たちはこういうカラーパレットつくってました。

フェリシモ:
自然の色ってことですか?

西村さん:
「Beautiful Things a in the nature」とか言ったかな。デザインの仕事が始まるとみんな外に行っちゃうんだよね。サンフランシスコの市場とか、海辺とか、山の中とかに行っていろいろなものを集めてきて、それでカラーパレットをつくる。びっくりしたんだよね。本当に目からウロコが落ちたっていうか。「あ、そうか」って思って。八木さんが言ってくれた言葉で言うと「デザインをするっていうのは、結局色指定をするわけではなくて、色味を与えるにしてもそれを通じてどんな感じなのかっていうことを再生していくっていうか。そういうものをつくっていくわけで。青であることが大事なのではなくて「こんな感じの青」ってところがすごく大事なわけ。だったら、記号的な青に置き換えないで、こんな感じっていうところでダイレクトにやって行く方がいいじゃん」って。実際その方が情報量多いし、プレゼンテーションでもインパクトがあるしみたいな話でした。

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これは建築設計事務所「象設計集団」。東京にあったんだけど、帯広に移っちゃって……。校舎と体育館と校庭がついていて月5000円なの(笑)。そこを借りてデザインワークしてて。「不便ないですか?」と聞くと「全然ない」と。「建築の仕事ってそんな毎週会ったりはしないから」って。現場が始まればもう常駐になるし、ここで全然いいと……。(中略)彼らは建築を設計する時も好きだけど、建築設計を始める前にクライアントといろいろな話をしたり、いろいろなものを見に行ったり勉強したり、人に出会ったりっていうプリプロダクション、プロダクションに入る前のプリの段階、スタディって呼ぶんだけど、そのスタディの段階がすごく好きだと。その時間をたっぷり取りたいって。それが、帯広だとできる。固定費が東京より安くすむから。1軒の家をつくるときも、その1軒の家の両隣の家を見て調べてってっていうのは普通やるけれど、この人たちは徹底してて、住宅地図借りてきて、直径1キロくらいとかかな、結構くまなく見るんです。どんな家が建ってて、どんな植物が生えていて、どこの植え込みは何月ごろきれいでとか、時間をかけて行くんですよ、何回も行ってね。自然植生の中に植物をひとつ入れるとしたらこうだよねって、その植生の状態っていうのを一所懸命見ようとしているんだよね。

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これはそのころ彼らが設計していた老人ホームと幼稚園を一緒にした建築。この時も海外を含む40件ぐらいの先進事例というか老人ホームとか高齢者施設とか、介護施設とか幼稚園とか見て回ってて……。そのうちの何ヵ所では、設計スタッフが1週間住み込みで働かせてもらったりしてました。圧倒されながら聞いててさ、でもそういうふうにやっていくと、企画書を厚くしなくても、みんなが体感してる、経験を共有してるっていうか、言わなくてもわかってるところの厚みを増やしていけるのはすごくいいって話をしてくださいました。

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「パタゴニア」はすごかったよ。アウトドアのウェア会社っていっぱいあるよね。でもパタゴニアのものだけ質感が違うなって思ったの。「それは何なのかな」ってずーっと思ってたんだよね。その正体をもっと知りたいなと。で、行ってみたわけ。で、行ったらさ、まず机が木なわけ。もうそこで萌えですよね(笑)。こういうところから違うんだよなってホクホクしながら、パタゴニアの会社の中をウォークスルーしました。で、階段にはサーフボードがあって、触ると濡れているわけですよ。いちばん驚いたのは会社の中にこどもたちがいっぱいいたことなんですよ。

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「GREATPACIFIC CHILD DEVELOPMENT CENTER」って。女性スタッフはやっぱりこどもが生まれると辞めちゃうっていうのがすごい残念。「じゃあ、保育園始めましょうか?」って奥さんが言ったのがきっかけで始まったらしいです。いまは生後10週目から10歳までのこどもを預かったり教育したりしています。パタゴニアの本社だけだと思うけど、そこのプログラムがすごくよくて「そこにこどもを入れたいからパタゴニアで働かせてください」っていう地元の女性が多いらしい(笑)。お母さんは働きながら、窓の外を見下ろすと中庭に(こどもが)いるみたいな……。すごいなと思いました。

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この子は、お母さんの会議が終わるのをお母さんの机で宿題をしながら待ってるんです。(中略)パタゴニアは本当によすぎて疲れた。これでもか、これでもかっていうぐらい、いろいろなワークオプションが設計されていて、圧倒されました。例えばパタゴニアって仮縫い部門の女性が、もしマーケティングの部門で働きたいと思ったら、マーケティングの部門のマネージャーに話をしに行って、で「移りたい」と。でもスキルはない。仮縫いだったので、仮縫いのみみたいな。でも交渉してマネージャーが「いいよ。おいで」って言ってくれたら、もう誰も止めることはできない。社員が自分で動いていけるような仕組みを持っているらしいんだよね。そうするとパタゴニアのショップって全世界にあるじゃん。それで世界旅行をしながらまわってるスタッフもいるんだって。3ヵ月ずついろいろな街で働いているとか。 その時対応してくれていた総務の女性に「みんなが勝手に動いていっちゃったりするのってどうなの」って聞いてみたのね。スキル、技術がそこに留まらないっていうことだから、そういう秩序とかどうなんだろうってちょっと日本人的なことを聞いてみたわけです。そうすると彼女は「デメリットもあるかもしれないけれど、メリットの方が大きい」って。「何よりもいちばん大きなメリットは、うちの会社がどんな会社なのかっていうことを知っている人間が増えることだ」って言ったんだよ。

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自分がどんなふうに働いていこうかっていう30歳以降の仕事の仕方を学びたいと思って、自分で先生を選んで、話を聞いてきてすごく勉強になった。そして強く確認したのは、やり方が違うんだろうなっていうこと。ある結果が出るっていうことは、結果だけ見せてもらってもちょっとつまらなくて、もっと知りたいのはやり方。やり方に秘密があると思うから。高校生の時、クラスで勉強できるヤツってそいつの自分なりの勉強の仕方っていうのを持っていた気がするんだよね。聞いてみると「こんなふうにやってるよ」みたいな工夫どころを持ってる。大きな会社にいた時にすごく思っていたことなんだけど、同じメンツで、同じ素材で、同じやり方で結果だけを変えるなんて絶対できないって思ったの。やり方から変えていかないと絶対無理だって思って。で、あのそれを聞きに言ってみたら本当にみんなやり方が本当に違ってて。だからこの人たち、ものつくる前に、自分たちの働き方とかデザインプロセス、そういう部分からつくってるんだってわかって、勉強になりました。

フェリシモ:
「働き方研究家」というのは、インタビューをされる前につけた肩書きですか?

西村さん:
最初は、肩書きをつくらずに「自分もデザインをしている人間なんですけれど、教えてもらえませんか」みたいな感じ。インタビューをしていた時に肩書きはむしろ言ってなかった。名刺にも書いてなかったし。暫定的につけてる感じ。

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働き方研究を始めたきっかけは
会社でやっていたことにルーツがあります。

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そのころ同時に働き方研究みたいなものを始めたのは、ひとつには自分がどういうふうにやっていきたいか勉強したいっていうのもあったけど、同時に働き方って重要っていうのがあったわけ。それは会社でやってたことにルーツがあるんです。その話をさせてください。
僕が会社員だったころってバブルのちょうど終わりのころ。リゾートとか日本の中にたくさん漂っている時代。「リゾート○○」っていうのの中に「リゾートオフィス」っていうのがあったのね。通信技術はいまほどじゃなかったけれど、仕事は何も都心部のオフィスに行ってやらなくてもいいじゃないか、と。コストもかかるし。自宅で仕事ができるとしたら、在宅でやってもらう方が、コストが安かったりするわけ。外資系の会社は、在宅勤務制度が非常に充実していて、その人がホームオフィスで使うための机とかデスクランプとか機材も、全部供給されるんです。在宅で勤務してくれると、結局その都心部のオフィスってテーブル自体がそのままコストだから、通勤せずに、快適な環境で生活の近くでやって。例えば週に2回だけ打ち合わせだとか会社に来るのを、ある部門の中でローテーションで回したら、必要なオフィスの面積が下がる。そんなこともあって本社に通わないで仕事をする方法の模索を日本が始めてたんです。でも日本ではなかなかむずかしくて……。

フェリシモ:
それはなぜですか?

西村さん:
日本のオフィスで働いている人たちって、他人を意識しているんです。「○○さんが、○○部長と話してる」みたいな(笑)。それが見えないところには行けない、みたいな。いろいろな細かいサインっていうのかな、お互いを図りながらやっている。よい意味でも悪い意味でも。自分がもしついていけなくなっちゃったらどうしよう、とか。ある流れだとか、ある輪の中から外れてしまったら怖いなみたいなこと。

フェリシモ:
日本独特の集団意識?

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西村さん:
そういういう集団とか輪とかから出てしまうと、それがその人の生存を脅かすというか。そういう歴史の中で僕らの先祖は累々と生きてきたんじゃないかなぁと想像するし、実際そうだと思う。

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これ「鹿島建設」の設計部が入っていたオフィス。自社ビルの低層の5階建て。そのオフィス、フロアと突き抜ける形でアトリウムがあるの。で、アトリウムに植物もあって、水がちょろちょろ流れてて音が気持ちいいとかあるんだけど。そういうなんか空間として快適だとかね、太陽の光が真ん中にも入ってくるし、いろいろな意味でいいんだけどさ。それ以上に、このときに気づかされたのは、お互いに見えるってすごい大事なことなんだなってこと。 例えばちょっとトイレに行くとか、ちょっと資料室に行くとか、ちょっと食堂に行くとか、打ち合わせで誰かのところに移動するときに、渡り廊下を通るとほかのフロアの様子が見えるわけ。「あ、○○さんと○○さんが広げてるな」とか「あそこを歩いていく○○さんの背中が重いな」とか(笑)。そういうのお互いに見てるわけ。それからあと目が合う、これも大きい、動物的な感覚だと思う。
実際、鎌倉にある「野村総研」は、社員食堂がある時期までは、四角いテーブルで4人掛けだったの。それがキャパシティが足りないから、改装して学食みたいな長いテーブルにしたんだって。社員の人はそれで1年ぐらい仕事をしたんだけど、生産性が下がってしまった。彼らは原因解析して食堂問題にたどり着いて、食堂のレイアウトを4人掛けに戻したんだって。4人掛けだと例えば1人で来て座る、そしたら「いいですか」って2人が来て、その2人が話してるのに参加しなくても、なんとなく聞いてたり、インフォーマルなコミュニケーションが増えるわけです。でも学食式になると、もう食べたらGOみたいな感じでコミュニケーションが発生しない。生産性も大切だけれど、もっとコミュニケーションを取って働いていきたいっていう欲求をみんな持ってるんだなって思いました。

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お互いが見える環境をつくる歴史って結構あって、これはドイツの古いオフィス。空間の中に細かく吹き抜けがあって、他の部署とか、人の机の周りだとかがなんとなく見える。そういう情報量が多い方が関わりあえるチャンスだとか、お互い気配を感じ合ってる。

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これはレンゾ ピアノがつくったもの。斜面を利用することでお互いが見合える関係をつくっています。

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「シャイアット・デイ」のオフィス。大きな倉庫の中にインフィルという組み上げた建築形式。オフィスっていうのはお客さまに対するインパクトを与えるっていうのも必要だけれど、同時にお互いに様子がわかってるっていうのも大きい。

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オーディオメーカー「バンガ&オルセン」のオフィス。この机は油圧のレバーがついていて、それを持つと(デスクが)グイーッと上がるわけ。立ったまま仕事もできるし、座ってもできる机。立ち仕事ってすごいいいんですよ。

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クイック&ボナっていうオフィスランドスケープっていう設計。蟻の巣みたいなオフィス。各ワンフロアのいろいろな人々の関係性みたいなものをチャートで解析して、導線の強いところをちゃんと太くしたり近くしていった結果こうなったようです。座る席も角度も微妙に違ったりするけれど、コミュニケーションは非常に円滑に行われ、かつ偶発的なコミュニケーションがなるべくたくさん起こる設計になっています。

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これある会社のパントリー。ちょっとお茶をしたいって来た時に、ちょっとここで対流されるようにわざとしてる。クッキーとか置いておいて、偶然のコミュニケーションが起こって「最近何やってるんですか」みたいな感じの話も起こる。日本の企業で働いている人たちは、インフォーマルコミュニケーションが大事だってことはみんなわかっているの。でもそのためのワークセッティングがない。こういう空間の工夫からコミュニケーションを変えることができるのは、おもしろいなって思って。そういうことを考えていると、やり方から違うって、いろいろな形があるんだなと。仕事の進め方もそうだし、それから空間の用意の仕方みたいなことも。

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パタゴニアの玄関。ここのホワイトボードには「波の高さ」が書いてある(笑)。こういう玄関先とか、昔の家で言えば土間っぽいとことか、昔の日本家屋でいうと縁側みたいな場所? 中でもないし、外でもないみたいなどっちでもあるような場所。昔の日本の農家の縁側は、仕事場にもなるし、あそこが玄関にもなる時もある。腰を下ろして一緒にお話をしたりとか。どちらともいえない第3空間。そこを厚くする会社が増えるだろうなってすごく思いました。

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ミーティングプレイスとしてのオフィスっていうのかな。ミーティングっていうのは会議ということではなく、人と人が会う空間としてのオフィス。それがすごく大事になってくるんだろうな。ホテルって上の方は客室。でも下にはレセプションがあって、ラウンジがある。宿泊客も降りて来れて、外から来た人も入れて一緒に話ができる、そういう空間がセッティングとしてありますよね。会社のオフィスもこういうふうになってくるんだろなって思ってました。コミュニケーションってものを軸にオフィス空間も変わりつつあって、いまもなお変わってるんじゃないかな。

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神戸のヤマノウさんが教えてくれたこと。
10の仕事を15がんばること。

フェリシモ:
「働き方研究家」を仕事を辞められてからずっとされてきたということですが、いま西村さんは「こういう働き方が理想かな」っていう考えはありますか。

西村さん:
あなたはどんなふうに考えている?

フェリシモ:
私は、パソコンに向かって契約書とか作成していることがほとんどなんです。西村さんがおっしゃるようにコミュニケーションが多い空間が、働きやすいいちばんの源泉かなと思います。日本の社会だとコミュニケーションが取りにくかったりとか、それはオフィスのロケーションにも原因があるとは思います。○○部だったら○○部とだけコミュニケーションを取って、ほかの部は何やってるかわからないっていうのがよくあるので、もう少し垣根が低くなってきたり、人の仕事が見えたりするともう少し働きやすくなるのかとは思います。

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西村さん:
そうですね。コミュニケーションも大事だけれど、いちばん大事なのは何のための仕事なんだろうってこと。何人かの人に会って、いろいろな話を聞いて、確認したことがふたつありました。ひとつは、やり方から違ったんだなってこと。もうひとつは、この人たちは他人に言われたことをやってるわけじゃないんだってこと。もちろんデザイナーだから、クライアントからリクエストをもらい、その仕事をするわけ。でも頼まれた仕事って感覚では絶対やってなかったんだよね。請負いの仕事でもみんなすごい仕事に対するオーナーシップがあって、めちゃくちゃ働くわけ。何でこんなに働くんだろうって思ってたんだけど、神戸のヤマノウさんっていう方が、僕に教えてくれたんです。「会社辞めなきゃ自分の仕事ができないとか思っている人がたまにいるみたいだけど、それ違うと思う」って。「何でそう思うの?」って聞いたら「例えば仕事で10頼まれたら、多くの人はその10をどうやって満たすかっていうことを考えたり、あるいは8ぐらいやっておけばいいだろうとか、人によっては仕事ってのは6割ぐらいであとは余力を残しておく方がいいんだってもっともらしいこと言う人もいる。でもそういうの僕は違うと思います。僕は10の仕事を頼まれたら15やりゃいいと思ってるんだ」って言ったんです。 例えば、あるところのパレードの仕事を企画書をつくってくれって頼まれた。企画書をつくって、プレゼンテーションで話せるように体裁整えてそこまでで10だけど、残り5やる、頼まれてもいないのに。「パレードとは何か」って、パレードの起源を調べ、その仕事と自分の興味のある、プラス5になるところを探すんだって。世界のパレードとかそういうのを調べて、パレードのプレゼン資料つくりの時に、添付資料として出すって。頼まれもしないことだから「え?」みたいなこともあるけど(笑)。でも、まず注目を引く。好き勝手なことをやってるわけでは別になく、よりいい形でサポートしようとやってるから、そこで認められて……。
言われたことをどうやってやっていくかって、こなしのモードに入っている人が多いから、こなしじゃなくて乗せてく感じでやっていくと目立つ。「こういうことが興味あるんだな」とか「できるんだな」みたいな感じでふくらみ始める。こういう案件があったときに「だったらヤマノウさんがいいじゃない」みたいなね。さらにそこから育っていくんだって。究極の請負業であると言われるサラリーマンでも、自分の仕事はつくれるんです。
さっき見てもらった柳 宗理さんなども、もうそういうことやってるなって思いました。結局本当やりすぎて非常に過剰な状態になっていくんだけど……。自分にとってその仕事は何なのかっていうところ、どういうふうに乗せていくかっていうところがより大事だなって思っています。

では、ゼミ生の諸君、第1部の感想を教えてください。

フェリシモ:
働き方といっても違う捉え方もあるなあと思いました。

フェリシモ:
15乗せるという話で、いまの契約書に15載せるとどうなるんだろうと不安に思いながら、自分でも工夫して仕事をやっていけたら楽しくなるだろうなと感じました。

フェリシモ:
西村さんの本を読ませていただいたときにも感じていたんですけど、おもしろい仕事をされている人って、クライアントがこういうふうに思ってるからつくるとかじゃなくって、自分の生活をより豊かにしたいからみたいな部分が結構強いなって……。だからこそこんなに仕事にのめりこんで楽しめるんだろうなって思いました。そのスタンスで私も仕事をしていきたいなと強く思いました。

フェリシモ:
何かを成し遂げたり、実行するタイミングというのは、考えてるより先に動いているもので、それが働き方であったり普段の生活であったりしても同じなのかなと。いい働き方をするかどうかっていうところを考える前に、自分でつくっていくとか、つくり出していく人っていうのは往々にしてそういうところはあるのかなっていうところは感じた次第です。

フェリシモ:
楽しい仕事をしているのか、仕事をしているうちに楽しくなるっていうのか、自分を洗脳しているのか、ちょっと疑問に思っていたんですけど、でも自分と仕事に何か関わりを持って、それが自分が楽しいことだったら確かにのめりこめるし。それに関わっている仕事だったら、ここが目的でも、本当はここが目的だけれど、また違う目的も生まれて、どっちにもいい結果が生まれるとか、思っていたことと違ったことができたりするっていうのがいい関わり方だなあと思いました。自分の工夫次第でいろいろな働き方ができるなと思った次第です。

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西村さん:
まだまだ話し交わしたいことがいっぱいあるね。ありがとうございました。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
「鹿島建設」で働いていたことがいまの働き方に与えているいい影響はありますか?

西村さん:
いっぱいありますよ。あるんだけど、そういうのって全部事後的にわかる。最初は全部1個1個、小さなロールプレイングゲームの中で、手に入れても何に使えるんだかわかんないようなアイテム。それがある局面になった時、パッパッて組み合わさって「これできる」とか「これできた」とか、事後的にこういうことやっていいんだとかそういう感じなんですよね。
(アップルコンピュータの)スティーブ ジョブスさんも、スタンフォード大学の卒業生たちを送り出すスピーチを3、4年前にしています。その中で彼も自分がアップルコンピュータをつくって、そこに至るまでの自分の過去の高校生時代、大学生時代、流浪していた時などがあるんだけど、全部その時は点でしかなく、あとで全部が繋がって線になって仕事になるんだっておっしゃっていました。

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お客さま:
西村さんの本を全部読ませていただいているので、今日すごく感動しています。『みんなどんなふうに働いていくの?』をいちばん最初に読んだんですけど……。「『どんなふうに働いて生きてゆくの?』って聞いてみたい」って言葉を結構いろいろな本で書かれていたと思うんですが、西村さんご自身が「どんなふうに働いて生きてゆくんですか?」って聞かれたらどういうお話をされますか。

西村さん:
そうだよね(笑)どう答えるんだろう。……いきなりしゃべれないよね。いきなり答えられないのは、大事にしたいことがいろいろあるからですよね。あなたはどう?

お客さま:
自分の中にいつも17歳の自分がいるんです。で、自分のことをじーっと見ているんですね。その17歳の自分に恥ずかしくない「どや!」って言えるようなのがいいのかなって思ったりしています。

西村さん:
そうですね。僕がいまこうやってしゃべってますよね。こののどを使ってしゃべっているわけだけど、こののどからは2種類の言葉が出てくると思っています。ひとつは頭、思考の言葉。そして、ときどき顔をのぞかせる別の種類の言葉があります。こののどの奥には胸があって、胸の内って言われるとこがあって、胸の奥って呼ばれる場所があって、さらに腹って呼ばれる場所があって、腹の底って言われるところがあって……。結構奥行きの深い世界があるんです。それで腹の底まで来ると、言葉っていうのはもう言葉の形をしてなくて、もやもやするとか、ざわざわするとか、う?んって感じだったり。それを汲み上げてきてのどに出す前に何か言葉にしようとするんだけど、いい言葉じゃなかったら「やっぱり違うな」ともう1回中に入っていって……。普通にしゃべってても、できるだけ正確に喋りたいって思うときには「ちょっと待って」って言ったり、黙ったりしますよね。沈黙の間、一所懸命検証作業をしているわけです。自分の実感に対してこれでいいかっていうことを問い合わせをしている。そういう意味では「17歳の自分」という話と同じように自分の中に実感っていうものがあって。その実感は、僕がこのあとに何をしていくべきかってことを先駆的に知ってるんですよ。だって知ってなかったら、自分の描く絵に対して「まだでしょ」って言わないもん。なので、この声を聞きながら生きていますね。思考はちょっと古いんですよね。ここ(頭)には自分が昔考えたこととか、自分はこういうふうに生きるべきだろう、とか自分はこういうの好きだろうとか、こういうふうにあるべきとか、ちょっと前に考えた情報が入っていて、で、こっち(腹)は最新なんですよね、いつも。いまこの瞬間のことなので。その両方を大事にして生きていきたいなって思います。

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Profile

西村 佳哲(にしむら よしあき)さん<プランニング・ディレクター>

西村 佳哲(にしむら よしあき)さん
<プランニング・ディレクター>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1964年東京生まれ。武蔵野美術大学卒。建築設計分野を経て、つくること・書くこと・教えることなど、大きく3種類の仕事に携わる。コミュニケーション・デザインの会社リビングワールド代表。多摩美術大学、京都工芸繊維大学非常勤講師。「センソリウム」「サウンドバム」「イン神山」「愛知万博・日本政府館」などのウェブサイト、大阪・関電ビルの頂部照明「リブリット」、神戸空港のシンボル時計「アースクロック」など各種デザインプロジェクトの企画とディレクションを手がける。著書に、『自分の仕事をつくる』(晶文社/ちくま文庫)、『自分をいかして生きる』(バジリコ)、『自分の仕事を考える3日間 Ⅰ』『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』(弘文堂)、『かかわり方のまなび方』(筑摩書房)など。
http://www.livingworld.net/

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その他のゲスト

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