神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。
<第1部>
フェリシモ:
今日はよろしくお願いします。
石田さん:
こちらこそよろしくお願いします。
フェリシモ:
石田さんが出演されていた映画「ふたり」がとても好きです。あれから20年ほど経っていますが、今の生活は当時想像していたものでしょうか?
石田さん:
あれから21年経って今もう39歳です。あのころは高校生で18歳でしたし、20年後のことなんて考えてもいませんでした。まさか、こどもと一緒に夜9時に寝ているとは夢にも思っていませんでした。
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フェリシモ:
そんな石田さんのブログをご紹介させていただきたいと思います。
これは石田さんのある1日、2010年の4月19日ですが「今日からお弁当人生の幕開け」ということを宣言されています。実際に何時に起きてお弁当をつくっていますか?
石田さん:
毎朝5時に起きて、5時半まではぼーっとする時間です。なかなかエンジンがかからないので温かい飲み物を飲んだりして、5時半になってようやく「やるか! 」とお弁当作りを開始します。
これから先、10年以上毎日続きますから、ほどよくいい意味で手を抜いて、冷凍食品や前の日のおかずも入れつつ娘のことを考えてつくっていきたいなと思っています。
フェリシモ:
お嬢さんはお弁当を「おいしい」と言ってくれますか?
石田さん:
本当にいい子たちで毎日言ってくれますね。ほぼ完食して帰ってきてくれますから、母親としてはこんなにうれしいことはないですねー。
フェリシモ:
ご姉妹は仲よくされてますか?
石田さん:
けんかばかりです。すべてにおいて私の取り合いですね。私も3人兄弟でこどもの時はチャンネル争いとかくだらないことでよくけんかをしてましたねー。今は3人いてよかったなぁと思いますけど、こどもたちも女の子ふたり仲よくしてほしいですね。
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フェリシモ:
石田さんの長女のお姉ちゃんの誕生日、5月31日のブログでは6歳おめでとうということですが、娘さんのメッセージがかわいいですね。「ままだいすき、さっきのことはゆるしてください、おねがいです」
(会場:笑)
石田さん:
お誕生日にこんなこと書かせて悪い母親ですね。上の子は、まじめで怒ったことを引きずるんです。だからちょっと気をつけないといけないなあと思う んですね。それでもやっぱり「ママ、大好き」って書いてくれることを考えると、かわいそうなことしたなあと自己嫌悪の日々です。
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フェリシモ:
9月30日のブログでは虫のことを書かれていましすが。鎌倉には虫は多いのですか?
石田さん:
鎌倉は緑が多いので虫も多いですね。小学生の時は「ゾウリムシかわいい」とか言っていましたが、今は何がかわいかったんだろうなって……。でも親が苦手だと、こども苦手になっていくので、こどもの経験を狭めるようなことはいけないなと……。この虫は友だちにもらってもらいました。
フェリシモ:
このように毎日が楽しく充実していらっしゃる石田さんですが、生活は子育てが中心でしょうか?
石田さん:
実は“子育て”という言葉にはちょっと違和感があって……。むしろ育てられているのは私の方で、彼女たちの方がだめな私を小さな心と体で一所懸命ついてきて、支えてくれているのが正しいなと思っています。私も母親として、長女と同じ8歳なんです。まだまだ未熟な母親で怒ってしまうことやかわいそうなことをしてしまうことも多いので日々葛藤しています。けれど、今はこどもがかわいくてかわいくて、子離れなんて絶対できないなと思います。
フェリシモ:
石田さんは『しあわせのかたまりー赤ちゃんのちいさくて可愛いものたち』(ワニブックス)という著書の中で、神戸に住んでいらした時にお母さまと一緒に元町のファミリア本店でお買い物されたというエピソードがありましたが?
石田さん:
母も私たち3人にファミリアの洋服を着せたかったらしいのですが、うちは普通の家庭でしたのでとても手が出なかったみたいなんです。それでもずーっとあこがれていたみたいなんです。私がこどもを生んで神戸に住んだ時に母と一緒にファミリアの本店でお買い物ができたことに母がすごく興奮して「よかったわー、やっと夢がかなった」って喜んでいました。
フェリシモ:
今月の神戸学校のテーマが「未来への贈りもの」ですが、石田さんは今着ているお洋服や気に入っている小物を段ボールに詰めて残しているそうですね。
石田さん:
私の母も何枚か大事に取っていたものがあって、それをもらってすごくうれしかったんですね。昔のものなのに逆にすごくおしゃれだったりもしますし。私自身もお買い物が好きで、いろいろ買っていたので娘がふたりできたことで散在ではなくなったなと……(笑)。なるべくきれいなうちに娘に残したいので段ボールに入れて主人の実家で保管してもらってます。
フェリシモ:
それはいつお渡しになると決めているのですか?
石田さん:
あの子たちが20歳くらいでしょうか。「大人になった時にふたりで仲よくわけてね」と段ボールに書いています。その時にアンティークになって、いい味が出て、こどもたちが喜んでくれるといいなあと思います。
フェリシモ:
現在お住まいの鎌倉での暮らしについて話が変わりますが、そちらでの生活はいかがでしょうか?
石田さん:
鎌倉に移るというのは20代くらいからの念願で、思い切って長女が小学校に入るのをきっかけに家族で移りました。江の電沿いで常に波の音が聞こえるんです。江の電というのは、みなさんウキウキして、楽しい気持ちで乗っている電車なんです。遠足気分で乗れますし、これだけ人をひきつける場所ですから いいエネルギーが集まっているような気がします。娘たちには四季の海の色の変化や、台風で荒れる海の姿など人間の力ではどうにもできないことがあるというのを実感してほしかったんです。生活していく中で、徐々に彼女たちも感じてくれていればいいなと思います。
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フェリシモ:
3月5日の記事ではわかめをベランダに干されているということを書かれていましたね。
石田さん:
これはいただきものです。まさかわかめを干すような生活をするとは夢にも思っていなかったのですが、一晩このように干しておけばパリパリになって、お味噌汁や酢の物にいれるとおいしいんですよ。拾いたてですから(笑)。
フェリシモ:
4月13日のブログにはトマトのことが書かれてありますね。これは鎌倉でつくられたトマトですか?
石田さん:
駅のそばに市場があるんです。そこで鎌倉野菜が朝7時くらいからたくさん並ぶんですね。みんな穫れたての野菜で。トマトは下の子がすごく好きなんですよ。
フェリシモ:
お子さまのごはんにも気をつけていらっしゃいますか?
石田さん:
やっぱり食べることで命をいただいて生きていくわけですし、こどもは体が小さいですから食べ物からの影響も受けやすいです。何より新鮮な野菜はおいしいし、安全です。体にいいものを買ってあげられているかなあと親としては思います。
フェリシモ:
石田さんはこれまでいろいろなところで暮らされていますが、お気に入りの場所はありますか?
石田さん:
それぞれに思い出はありますけれど、西宮には戻ってきたいです。3歳まで西宮北口に住んでいましたし、10年前に結婚して夙川に3年住んでいました。阪神間がこんなにいいところだと住んでみて実感しました。本当にうらやましいです。
フェリシモ:
今では映画やドラマに大活躍の女優さんですが、女優になるきっかけは何だったのでしょうか?
石田さん:
4歳から14歳まで水泳に通っていて競泳をやっていたんです。自分がライバルで記録との戦いで、もしかしたらジュニアオリンピックにも出ていたかもしれないというところだったんですね。9歳から12歳まで父親の仕事の関係で台湾に住んでいたんです。12歳に日本に帰ってきた時に私くらいのこどもがたくさんテレビに出ていたのに驚いたんです。そこで私も「出てみたいなー、いいなーすごいなー」と思っていたある日、スイミングに向かっている時にずーっとついてくる女の人にスカウトされたのがきっかけです。
フェリシモ:
出産と前と後で、演技が変わったということはありますか?
石田さん:
どうでしょう? それはみなさまにお聞きしたいですね。でも、やっぱり母親の気持ちは、実感を持ってできるようになりました。これまでは元気な役が多かったので愛人の役をやってみたいです。
フェリシモ:
役を引き受けるポイントはあるんでしょうか?
石田さん:
いえいえ。選ばせていただける立場ではありません。全てのどんな役でもその人の人生のいちばん濃い部分ですから、上辺ではなく、心と魂を込めてひとつひとつ台詞を言っていくことを心がけていますね。
フェリシモ:
石田さんご自身が女優になる時、ご両親に反対されましたが、娘さんがなりたいって言ったらどうしますか?
石田さん:
聞こえないふりをしますね(笑)。女優だけは選んでほしくないですね。通っている小学校の校長先生のお言葉ですが、主体的な人生、それぞれの人がそれぞれの人生を歩むのが大切。仮に芸能界に入ると、一生私と比べられるわけですよね、この子たちはこの子たちの人生を歩んでほしいと思います。好きなことを見つけて、一所懸命楽しく生きる人生を歩んでいってほしいなと思います。
フェリシモ:
ここからは家族感や子育て観についてお伺いしたいのですが、石田さんはご両親からたくさんの愛情を受けて育ったと思いますが、どんなご両親でしたか?
石田さん:
きびしい両親で、ばしばし叩かれて育てられました。「ごはんよ」って呼ばれて30秒後に行ったら、もうないんだーって(笑)。つくってくれた人の気持ちや食べ物に対して「とにかく感謝の気持ちを大切にしなさい」とこどものころから言われ続けました。こどもを産んでから気づきましたが、やっぱり感謝の一言でしかないですね。
フェリシモ:
ご両親から教わったものをこどもに伝えていきたいことはありますか?
石田さん:
今となっては、やっぱり感謝の気持ちですかね。怒り方も最近は母に似ているなあと思いますし、それがうれしくもあります。こういうおばあちゃんになろうと思いますね。
フェリシモ:
今年の5月にベストマザー賞を受賞されましたが、どんなお気持ちでしたか?
石田さん:
「私がですか?」って思いました。日々の私を知らないからだなと(苦笑)。この時は5月の連休明けでしたが、3月に東日本大震災が起こってまだ混乱している時にいいのかなと思いました。でも、これが何かの励みになればいいな、私にできる小さなことなのかなと……。その時のスピーチでも言いましたが、この賞は東北地方のお母さま方に差し上げたいと今も思っています。実際、お母さんって地味なんですよね。誰かがほめてくれるわけでもなく……、毎日同じことの繰り返しで私も愕然とした時期がありました。でも主人が「ただいま」って帰ってきてくれる、娘たちが「ママ」って寄ってきてくれる、自分がつくった家族は大切にしたいですね。
フェリシモ:
最近、思い出に残っている記念日はありますか?
石田さん:
うれしかったことは日々ありますけど。ふたりそろって運動会のリレーの選手に選ばれたことかな。でも東日本大震災から、昨日で8ヵ月になりましたけれど、やっぱり日々無事に帰ってきてくれることがいちばんうれしいですね。
フェリシモ:
こちらは、当社で販売しているチャリティプレートです。売り上げの一部を基金とし、ユネスコを通じて世界中のこどもたちの夢をかなえてもらおうという目的で販売しているものです。このプレートは上の娘さんが描いたそうですね。
石田さん:
私は絵がとっても下手でこれでお金をいただいてはいけないと思いまして……。「試しに描いてみる?」って上の娘に言ったら「お日さまがいいよね」って言ってくれて「ゴッホみたいに描いてみる」って言い出して画集を持ち出して一所懸命、点で描いてくれました。思いのほかよく描けていたのでそのまま提出させていただきました(笑)。
フェリシモ:
販売しているのでみなさまもよかったら見てください。さきほど、ゴッホの画集の話が出ましたが、本物を見ながら育ってほしいという思いがありますか?
石田さん:
いろいろな経験はなるべく多くしてほしいと思います。きれいなものに触れて育ってほしいなと思います。お洋服を着ていたら娘が「大きくなったら、ちょうだい」って言うんです。日々私が生きている姿が、すりこみや、しつけ、教育になるんだなと思います。
フェリシモ:
さきほどのプレートを送ってもらった時の石田さんのメッセージをご紹介したいと思います。
「3月の信じられない揺れからもう4ヵ月が経ちました。
まだまだ不自由な暮らしを強いられている東北のみなさんを思うと本当に胸が痛みます。
毎日私にできることはないだろうかと考えています。
ひとつ出た答えは自力で生活できる直接的な被害を受けていない私たちは元気でいなければならない。
東北のみなさんを思いながら淡々と日常を送ること。
それが東北のみなさんのお役に立てることだと思っています。
心はいつもみなさんの側にあります。
いつもいつも思っています。
どうかほんの少しでも心が安らぐ時間がありますように。
安心して毎日を過ごすことができますように。
こどもたちの未来は必ず安全で明るくなければいけません、しあわせでなくてはいけません。
数えきれないほどの尊い命と引き換えに、私たちはそれ以上のことを教えていただきました。
思い出すのもつらいできごとですが、少しずつ前を向いて一緒に歩いていきましょう」
石田さん:
神戸が復興していく状況も3年間見ていましたし、今回も……。私がいたところも揺れて、いまだに心の整理ができていないんです。前に進んでいかなくてはいけなくて、地震が起きたことは事実ですから、それ以上のしあわせをこれからつかまないといけない。直接被害には遭いませんでしたが、いただいた命なんだなと思います。あとは心のケアですね。実際に被害に遭っていない私でさえまだ整理がついていませんし……。私自身が実際に瓦礫を撤去できないですし、募金箱を見つけては少しずつでも募金して、支援は長く続ける、継続することが大切なんだと思います。
フェリシモ:
このようにいろいろある社会ですが、お母さんとしてお子さんにどういう大人に育ってほしいですか?
石田さん:
自分の人生をしっかりと自分の足で、頭で判断してたくましく生きていってほしいです。私自身は子離れできない自信があるんですけど、なるべく早く精神的な親離れをしつつ、よく帰ってきてくれる人がいいです。
フェリシモ:
今回の神戸学校のテーマは「未来への贈りもの」ですが、石田さんが娘さんへ残してあげたいものは何ですか?
石田さん:
健康な体と精神、感謝、人を思いやる、人のために体と心を動かせる、人の喜びを自分のように喜べる、これがいちばん教えることがむずかしいですね。私がそれを実践して、困った人にきちんと手をさしのばせていれるか、その結果ですよね。まだまだ未熟な母親で矛盾することがたくさんあって、だめなものはだめって、ずるい切り札を出すこともあるし。溺愛は必要だと思っていて、愛情を彼女たちの体に貯めてお嫁に行ってほしいです。
フェリシモ:
石田さんご自身の人生は? 女優としてはいかがですか?
石田さん:
どんな形であれ、人の役に立ちたいです。映画などの作品に出ることや、ボランティアをすることや、しっかりこどもを育てるとか、わからないですけど、何らかの形で社会とつながって1日1日を大事に人として生きて行くことが大切だと思っています。そういうようなことばかりを東日本大震災後は考えてしまいますね。私たちから立ち直っていかないと復興は進んでいかないと思いますし、まだまだ苦労している人のことは一瞬たりとも忘れられないですね。
フェリシモ:
これからも女優さんとしてお母さんとして、キラキラと輝いていてください。
<第2部>
お客さま:
育児と仕事との間で気持ちの整理のつけ方、気分転換の方法はありますか?
石田さん:
そうですね。私は働くお母さんだと割り切っているところがありますね。仕事がある時は仕事を優先させていただいて無理はしない。気分転換は海を見に行ったり、本を読むと心が落ち着きますね。いちばんいいのは歩くこと、モヤモヤしたものが消えていく。私はひとりじゃないんだなぁ、大丈夫だと思えます。
お客さま:
出産を2回されていますが、スタイルを保つ秘訣はありますか?
石田さん:
引力には逆らえないんですが……。ヨガとピラティスを週に1日にしています。いい気分転換にもなります。ピラティスはおすすめです。
お客さま:
至福の時はどんな時ですか?
石田さん:
夜こどもたちと一緒にお布団に入った時です。
お客さま:
お話の中にあまり出てきませんでしたが、旦那さまはどんな方ですか?
石田さん:
私にはもったいないようないい人です。仏のような、拝みたくなるような、穏やかな人です。けんかもしたことないです。本当に心がやさしくて、娘にとっても私にとっても家庭教師のような人です。本当にしあわせだと思っているので、長生きしてほしい。
お客さま:
お仕事で大切にされていることを教えてください。
石田さん:
しつこいようですが、心を込めて、ひとつひとつ大事にということ。みなさん大切なひとりですけれど、石田ひかりという人間も代わりがいないから、わざわざお声をかけてくれたということを忘れずに仕事に取り組んでいます。
お客さま:
女優と母親、自分自身の切り替えはどのようにしていますか?
石田さん:
母親から仕事モードに切り替える必要があります。幸い今鎌倉に住んでいて、東京に出るのに1時間かかります。この移動の1時間というのは、切り替えるのにいい時間です。仕事から母親には切り替える必要がないんです。
お客さま:
お子さんが大きくなって手を離れたら、してみたいことはありますか?
石田さん:
手が離れるのは寂しくて考えたくないですね。やりたいことは次のこと、やりたい役は次の役です。母がこどもを見てくれて10日間断食に行ってきたんです。その10日間も母が娘を見てくれてました。だから、こどもが手を離れたら、親孝行をしたいですね。母と一緒にどこかに行きたいですね、こども抜きで。
フェリシモ:
お母さまはまだ石田さんに対してきびしいですか?
石田さん:
最初は家に来た途端に「汚いわねー」とかいろいろいわれてつらかったので、「これでも私は精一杯やってるの。お願いだから汚いとか言わないで」って言ったらだいぶ減りましたね。それでも孫のためには面倒を見てくれているので、私も将来、こどもたちが大人になってどこか行きたいと言ったら、大丈夫だから心配しなくていいからいってらっしゃいと言えるおばあちゃんになりたいですね。こどもには大丈夫っていう言葉が特効薬なんです。根拠はないけれど、大丈夫という言葉が持つ力って大丈夫にしてくれるんですよ。不安になっている時に大丈夫って言ってあげて安心させてあげることが大事だと思うんです。そして怒ったあとは必ず謝ります。
フェリシモ:
最後に神戸学校を代表してふたつ質問します。ひとつは、石田さんが親サンタから贈ってもらえるとしたら何がほしいですか?
石田さん:
長生きしてほしい、元気でいるという念書、確約がほしいです。絶対長生きしてねって思います。ものなんて何もいらないです。できるだけ一緒に長くいたいです。
フェリシモ:
では最後の質問です、石田さんが将来世代へ贈りものをするとしたら、何を贈りますか?
石田さん:
やはり安心して暮らせる環境です。私たちの世代が生み出した負の遺産の様な物を何とか無くして、安心で、安全な何も心配なく手渡したいです。今回の東日本大震災のようなことがあって私は専門家ではないので何もできないのですが、節電することなど、できることは何でもやります。元の生活よりいい環境を整えていかないといけないと思います。
