神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 赤星 憲広さん(元阪神タイガース選手・現野球解説者)
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「一歩踏み出す勇気〜自己を鍛えることの先にあるもの〜」



<第1部>

赤星さん:
よろしくお願いします。正直、今日は甲子園で阪神タイガースのデイゲームがあるので、お客さまはそちらに行かれるかなと思ったんですけど、たくさんの方にいらしていただき、うれしいですね。阪神タイガースに勝った気がしますね(笑)。

フェリシモ:
阪神ファンの方、手を挙げていただけますか?

(会場:挙手)

フェリシモ:
お! すごいですね。

赤星さん:
逆にほかのチームのファンの方、いらしたら手を挙げていただけますか?

(会場:挙手)

赤星さん:
全然いいですから。僕は、ただ阪神タイガースにいたというだけなんで、たくさんのお客さまが野球が好きという方が多いのはうれしいです。

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フェリシモ:
ちなみに、今日の講演を楽しみにしていらっしゃった方、拍手をお願いします。

(会場:拍手)

赤星さん:
ありがとうございます。うれしいですけど、プレッシャーですね。今日は、こどもさんの数も多いので、すごくうれしいですね。

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赤星 憲広さんのこども時代。
プロ野球選手になったきっかけは?

フェリシモ:
さっそくですが、赤星さんは小さいころはどういうお子さんでしたか?

赤星さん:
こういうのは親に聞いてもらった方が早いと思うんですが……。自分で言うのもなんなんですが、非常にいい子でした。僕はあまり反抗期とかがなかったので、そんなに親に迷惑をかけたという記憶はないです。迷惑をかけたと言えば……。僕、実は小学校のころサッカーをしていたんです。野球も一応小学校6年の時に無理くり入れられてやってたんですけど、サッカーを優先してやっていたんです。親は野球をしてほしかったと思うので、そのへんが唯一迷惑をかけたことでしょうか。中学校に入る時に、親に「野球をやらないのか?」と言われて……。

フェリシモ:
お父さんが野球を教えられていたそうですね?

赤星さん:
そうなんです。父親は僕が入った野球チームの指導者をしていたので、一緒にやりたくなかったんですよね。やはり、同級生が一緒にやるという環境の中で、父親に特別扱いされるのもすごく嫌だったんです。父親に「やるんだったら、僕は違うチームでやる、辞めてくれないなら僕はやらない」ってよく言ってましたね。

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フェリシモ:
では、野球は中学校から本格的にスタートされたんですか?

赤星さん:
父親と一緒にやりたくないから、野球ではなくサッカーを選んでいたんですが、非常にサッカーにはまってしまって、中学校では、サッカー部か野球部か、本当に迷っていて……。サッカーを選んでいてもおかしくなかったですよね。

フェリシモ:
赤星さんが足が速かったのは、サッカーのおかげですか?

赤星さん:
サッカーのおかげというよりも、これは親のおかげですかね。両親が運動をしていたんです。母親は陸上をやっていたので、そういう意味では感謝している部分もあります。小学校の時、水泳とサッカーをやっていたので、非常にいい筋肉をつけられたと思います。
下半身は、サッカーで鍛えられて、全体の筋肉は水泳で鍛えられたと思います。筋肉はやわらかいと言われていたんです。結局、僕は怪我で引退しましたが、筋肉系の怪我はしたことがないんです。首の脊髄を損傷という選手を続けられないような怪我をしてしまったのですが……。ただ、筋肉系の怪我はクセになると言われています。肉離れをするとクセになるので、一度すると何回も肉離れしてしまうんです。阪神タイガースの藤井選手が肉離れをしてしまいましたが、クセになるし、年齢も年齢なので気をつけないと……。

フェリシモ:
怪我の対策はありますか?

赤星さん:
怪我でやめた人間に、聞かないでください(笑)。今気になっているのが、最近、準備運動、ストレッチをしないチームが、実は多いんですね。ストレッチやウォーミングアップが大事なんです。それをしっかりやらないで、すぐ実践練習に入る人が多いんです。いい選手というのは、準備を怠らない人が多いんですよ。例えば、2時から練習開始だとするじゃないですか、そうすると早い時間に入って自分で身体つくって、練習に入って行くんです。うちの選手で言ったら、鳥谷選手。例えばデイゲームが2時から始まるとすると10時から練習が始まるんですが、彼はだいたいその2時間前に来てるんです。今日で言うと、彼は8時に球場に入って、ウエイトトレーニングをしています。全体練習の10時には、身体ができた状態。それを毎日彼はしているんです。彼は「筋トレは歯磨き代わりだ」って言っていました。1日3回やらないと気がすまないらしいんです(笑)。その辺の部分はしっかりやってほしいなと思いますし、いい選手になるためには、怪我をしない、準備も必要になってくるので、しっかりストレッチ、ウォーミングアップした状態で、練習に入ってほしいなと思います。

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基本はキャッチボール。
相手のことを考えて思いやって投げること。

フェリシモ:
赤星さんは、中学生チームのオーナーをされているということですが、こどもたちに指導するに当たって、大切にされているポイントはありますか?

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赤星さん:
基本ですよね。基本のこと。技術的なことで言うと、キャッチボール。プレイの中で絶対キャッチボールしなければならないんです。キャッチボールができない人間はダメなんです。キャッチボールって何が大事かというと、投げ方がどうのこうのではなく……。やっぱり、相手のことを考えて投げてあげられるか、相手が取りやすいボールをいかに投げられるかが大事なんですね。キャッチボールをしているこどもたちを見たら、彼らの性格がわかるんですよ。この子はどういうタイプだなっていうのがわかるので、この子にはどういうふうに言ったらいいのかなっていうのがなんとなくわかるんです。なおかつそこから、キャッチボールというのはこういうもんなんだよっていうのを教えてあげるのが重要です。だから僕はキャッチボールができない子は嫌ですね。そういう選手をいっぱい集めた方が強いですね。送球ミスって、非常にポイントが高いんです。取ってからただ投げるんじゃなくて、例えば僕だったらカットマン、鳥谷選手とか平野選手に投げる時に、次に彼がいかに投げやすいボールを投げられるかっていうことなんです。例えばホームに投げる時も、キャッチャーがタッチしやすいボールを投げているので……。その次のプレイ、そういうことを考えながら、やる方が伸びるかなと思いますし、相手のことを思いながら人間的にも成長できると思います。

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高校時代から縁のあった甲子園
でも、それには少し苦い思い出も……

フェリシモ:
高校時代、選抜甲子園に2度出場されていたそうですが、当時のチームは強かったのですか?

赤星さん:
僕、愛知県出身なのですが、私学の野球チームがとても強いんです。イチローさんがいた愛工大名電とか、私学4強という、プロ野球選手が何人もいた学校があるんです。この4校に勝とうと思ったら、たいがい無理なんです。僕も実は私学からお誘いを受けたのですが、お断りしたんです。それには、いろいろな理由があって……。強いチームを倒したいという気持ちもあったし、私学へ行くと野球ばっかりで勉強する時間があまりないというイメージがあって……。文武両道というか、一応勉強もしたいなという思いもあったので、県立の大府高校へ行きました。
僕は正直運がよかったです。僕が入った時に、野球部の先輩たちのレベルがすごく高かったんです。僕は足が速かったんですが、リレーの練習をして3人に抜かれたんです。今まで抜かれたことがなかったのにごぼう抜きされたんです。すごい衝撃で、これはすごいところに来てしまったなと思いました。1番から9番までの選手で、100メートルを11秒代で走る選手が7人くらいいたんです。選抜で出させてもらった時に、チーム盗塁数がダントツ一番でした。そういう意味では、本当に先輩方に甲子園に連れてってもらったという感じがありましたし、その中で、僕もメンバーに入れてうれしかったんですが、何より強いチームを倒して、甲子園に行けたっていうその快感を知ってしまったので、強いチームに今後行けないですよね。その快感が気持ちよくて……。

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フェリシモ:
ちなみに選抜甲子園で苦い思いをしてしまった……、そのお話を聞かせていただけますか?

赤星さん:
さっきキャッチボールが大事だって言っておきながら、僕は2年連続でエラーをしてしまって……。そのひとつが送球のエラーでした。相手を思いやることができず、カメラマン席に投げてしまったという……(苦笑)。先輩に連れてってもらった時というのは、実はAランクで優勝候補にまで挙がっていたんです、でも、僕のエラーで逆転されてしまって……。一度追いついたんですが、結局負けてしまったんです。あのエラーがあったからこそ、翌年のバネにもなりました。それで今度は、自分たちの代でも行けたんですけど……。その時の相手が横浜高校だったんです。ソフトバンク田村選手が5番バッターで、ほかにもプロ野球に進んだ選手が4人いるようなチームでした。2アウト3塁で、ショートゴロが僕のところに飛んで来て、それを僕がカメラマン席に投げてしまったんです。終わってみたら10対3。悲しい結果になってしまいました。いろいろな意味で、僕は甲子園でいろいろな経験をさせてもらいました。

フェリシモ:
大学でも野球を続けられますが、野球を辞めたいなと思ったことはなかったですか?

赤星さん:
高校時代に悔しい思いをしたので、もっと自分でレベルアップして自分を高めたいという思いがありました。だから大学に行っても、がんばりたいなと……。

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思い出の甲子園をホームに持つ
阪神タイガースに指名されて。

フェリシモ:
そして、大学卒業してJR東日本を経てプロに入られるわけですが、阪神タイガースに指名された時のことを教えていただけますか?

赤星さん:
プロに指名される年に、シドニーオリンピックの日本代表のメンバーに選ばれて行ったんですけど、その年のタイガースのキャンプにアマチュアの派遣で運よく行くことになったんです。その時に野村監督が目をつけてくださったんですが、おもしろかったのがオリンピックに出た時に、タイガースのスカウトから「頼むからオリンピックで活躍しないでくれ」と言われたんですよ。活躍するとほかのチームも僕に目をつけるからって。

(会場:笑)

ただ、僕も実際阪神タイガースからしかお話をいただいてなかったので、「そうなんだ、そういうものなんだ。いろいろあるんだな」と思って。でも日の丸背負って活躍しないなんて、そんな無理でしょ。ドラフトの当日会社に「4位で指名する」って連絡があって……。でも、電話がないんですよ。「これはやられたな。違うチームに取られたかな」とか思っていたら、社内放送で、「赤星選手が阪神タイガースで指名されました」って。そこで知ったんですよ。あれは、ちょっと参りましたね。

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フェリシモ:
プロに入る時、どんなことを考えられましたか?

赤星さん:
阪神タイガースに指名された時、正直行くかどうか迷ったんです。甲子園にいいイメージがまったくなかったですし……。「甲子園に行ったらエラーをする」という……。だから、阪神タイガースに指名された時も、それがよぎったんです。でも、ポジションが違うからいいかって(苦笑)。
それに大学から社会人に行く時に、気持ち的にプロは無理かなってどこかで諦めていた部分があったので、自信もあまりなかったですし。僕が自信があったのは、足と守備だけだったので……。キャンプに参加した時も、プロのバッティング練習を初めてみた時に、レベルが違うなと思いました。この世界に入るのは怖いなって思いました。せっかくいい企業に就職できたってのもあったので、どうしようかなって非常に悩んだんです。ただ小さいころからの夢でもあったので、ある意味勝負してみてもいいかなと思いました。

フェリシモ:
キャンプに参加した時はいかがでしたか?

赤星さん:
僕は中日ファンだったので、失礼ながらタイガースの選手のことが全然わからなかったんです。名古屋って阪神戦の中継ってあまりなかったんですよ。僕、阪神タイガースに入った時、野球名鑑を持って、全員の選手の名前を覚えようと思って……。

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ファン待望の
赤星さんによる盗塁デモンストレーション!

フェリシモ:
入団1年目から、盗塁王、新人王を取られて活躍されているんですけれど、ここで赤星さんから盗塁の極意を教えていただきたいと思います。

(会場:拍手)

赤星さん:
基本的に盗塁っていうのは、普通にピッチャーが投げてキャッチャーが取って、投げたら、アウトになるんですよ。それをかいくぐるためにいろいろあるんです。

(デモンストレーション)

赤星さん:
基本的に、左ピッチャーの方が走りやすいんですよ。リードが左ピッチャーの方が大きく取れるんですよ。左ピッチャーの方が牽制が遅いので、1歩か2歩余分に出られるんですね。もうひとつ、左ピッチャーは、こっち向いてるじゃないですか? 顔が見えると、表情でどこに投げようって考えているかわかるんです。表情にクセが出るんです。右ピッチャーだと背中しか見えない。背中の動き、クセとかでわかることもあるんですが、背中だとやっぱり何考えているかわからないじゃないですか。なおかつ右ピッチャーだと球のスピードが速いんです。ターンが速いんでリードが取れないんです。そうなると、まずリードの大きさが違うんです。左ピッチャーの方がリードを大きく取れるんです。

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まず、左ピッチャーは盗塁しやすいんだよ、というイメージを持つことが大事だと思います。
こないだ解説中に「なんで、タイガースの選手はこんなにリードが小さいんだ」と言って、去年のパリーグの盗塁王・本田選手とタイガースのチームの選手の画像を並べて出してほしいとお願いしたんですよ。1歩半違うんです。リードが大きいことでキャッチャーの小宮山選手が意識してるんですよ。そうなるとキャッチャーはいい球が投げられないんです。リードの小さい阪神の選手は、ピッチャーもキャッチャーも余裕があるんです。だから普通に投げたらアウトにできるんですよ。リードをすることは相手にとって脅威なんですよ。
僕は出たら走ると思われてますから、観客も「走れ、走れ」って言ってますし。そうするとピッチャーは、アウトコースのまっすぐを投げたくなるんですよね。それを関本に「初級から打ってくれ」と言っておいて、関本がライト前ヒットを打って、1&3塁みたいな……。決まると最高に気持ちよかったですよ。
盗塁で大事なのはリードを取れるかどうかがポイント。こどもさんたちには、どこまで出たらアウトになるのか、自分の限界を知ってもらわないといけない。それは、普段の練習でできることだと思います。足が速くても速くなくても、リードは取れるんです。それだけで相手にプレッシャーをかけられるんです。そういう圧力をかけないといけないということです。

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盗塁の数だけ車椅子を寄贈。
「Ring of Red~赤星憲広の輪を広げる基金」のきっかけは?

フェリシモ:
赤星さんは盗塁の数だけ、車椅子を寄贈する活動を現役のころから続けられています。この活動をはじめたきっかけはありますか?

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赤星さん:
小さいころから車椅子が不足していることを頭の中で認識していたんです。というのも、姉が看護師をやっていたのと、僕が小さいころ母親が体調が悪く入退院を繰り返していたんです。入院している母親が点滴を持ちながら歩く姿を見て、「なんで車椅子を使わないの?」と聞いたら、「そんなに数がないから」と言うんです。僕のイメージでは、病院のベットに1台車椅子があると思っていたんです。でも、そんなに数がないことを知りました。それから、ずっと、頭の片隅に、車椅子のことがあって……。
いつか、車椅子の活動がしたいと思っていた時に、1年目のルーキーの年から「勇気づけられます、応援しています」という手紙やメールをいただいていた、家族ぐるみで応援してくれる女性がいたんです。その方が2003年に骨肉腫という病気になってしまい、手術をして足を切らなければ転移してしまうという状況になってしまったんです。「赤星さんだと言うことを聞くと思うので手術するように言ってもらえませんか」とご両親に言われて、責任は重かったんですけど、1日でも長く生きてほしくて、その気持ちを本人に伝えたら「手術を受ける」と言ってくれて……。「そのかわりにあなたの足となる車椅子を僕がつくるから、がんばって手術をして」と……。それがきっかけで、車椅子をつくろうと思ったんです。それで、その年のオフシーズンから車椅子を贈り始めました。

フェリシモ:
現役のころから、301台。現在も活動されていらっしゃいます。そちらについてもお聞かせいただけますか?

赤星さん:
「Ring of Red〜赤星憲広の輪を広げる基金」と言うんですが、本当にいろいろな方にやるきっかけをいただきました。いろいろなことをやりたいと思っている方は、きっかけがなかったり、行動を起こすのになかなか進めないことが多いと思うんですよ。だから、僕がみなさんにきっかけを与える立場になりたいなということで、いろいろなところに募金箱を設置させていただいています。例えばこどもさんが、ごはんを食べに行って、そこで募金をしてくれるとするじゃないですか? 10年後、20年後、彼らが大きくなった時に、そう言えば、募金したなあって思い出してもらえたら、それが次の何かのきっかけになるんじゃないかな。そういう活動を続けていきたいなと思っています。今年3月には交野市でチャリティマラソン開催したんですけど、あれもその一環でした。チャリティイベントは、これからもやって行こうと思っていますので、ご興味のある方はご参加いただけるとうれしいです。

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フェリシモ:
野球界で社会貢献活動をされていらっしゃる選手も増えてきているように感じます。例えば、ロッテの今井選手はペットボトルのフタを回収されていたり、元ソフトバンクの和田選手はワクチンを1球ごとに送る活動をされています。そういった野球選手が活動される広がりについてどう思われますか?

赤星さん:
実際、表に名前が出ていない人も多くされていると思います。野球選手だけでなく、スポーツ選手、プロのアスリートの方がたくさんされています。それに続いて、みなさん、ご協力いただけたらと思います。誰もが知っている選手がどんどん声を出していけば、みんな集まってくれると思います。

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赤星さんの今後は?
阪神タイガースのコーチ、監督には?

フェリシモ:
2009年に現役を退かれてから解説者をされていますが、今後、コーチ、監督になりたいという気持ちはありますか?

赤星さん:
9年間と短かったですが、タイガースにお世話になったのは間違いないですし、タイガースに入ってなかったら、こんないい成績も残せなかったと思いますから、将来的には指導者側に立って、技術的なことを若い子たちと汗を流しながら教えていきたいです。でも、これは球団から呼ばれなければできないですから。僕が「やりたいです!」と言ってるだけではダメですから。

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フェリシモ:
タイガースに限らず、もし監督やコーチになった時に、自分だったらこういうふうに指導していきたい、というポリシー、思いはありますか?

赤星さん:
どういうふうに指導したいかというと……。選手は1年1年が勝負なわけですよ、だから僕も1年でチームがダメだったら責任取る、くらいの気持ちでやりたいですね。同じメンバーでやれるのは絶対1年ですから。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
100メートルを何秒で走りますか?

赤星さん:
こういう質問いいですね。いちばん速かったのは大学生の時、10秒7とか。普通の靴だったから、ちゃんとした靴だったら、もう少し速かったかも。
当時の日本記録が10秒1だったんですよ。

お客さま:
もうすぐオリンピックが始まりますが、野球以外で興味のあるスポーツはありますか?

赤星さん:
水泳の北島 康祐選手も楽しみですし、今年はすごい結果を出すんじゃないかな。
最近、槍投げのディーン 元気選手とかも気になります。

お客さま:
選手時代の印象に残っている場面を教えてください。また、人間関係を築く上で心がけていることは何でしょうか?

赤星さん:
印象に残っている場面、うーんむずかしいんですけど、優勝をした2003年は、僕がさよならヒットを打ったので印象深いんですが……。最近雨の日が多いじゃないですか。僕が最後に怪我したあの日、9月12日が雨だったので、雨の日の試合を見ると、自分が怪我した時のことを思い出すので嫌ですね。
人間関係で大切にしていたのは、先輩を敬いつつ、年齢を気にしない言動でしょうか。スポーツっていうのは、年齢層の幅が広い世界なので、年齢によって気を使う関係というのはよくないと思っていました。自分が選手会長をやっている時は、いかに金本さん、桧山さん、矢野さん、下柳さんなど先輩のみなさんに言いにくいことを僕が言うか……。金本さんたちも「赤星に任せた」と常に言ってくれていましたから、やりやすかったです。
でも、先輩に「おつかれさまでした」が言えない後輩もいましたから、その時は先輩がキレる前に僕がキレていました。そういうふうに、思ったことを言うことがコミュニケーションだと思ってましたから、まあ、「嫌われてなんぼ」だと僕は思っていたので、後輩からは怖がられていたと思います。

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お客さま:
僕は赤星選手が好きで、野球を始めました。このボールは赤星選手にもらった宝物です。赤星選手の宝物は何ですか?

赤星さん:
そうですね。僕も、記念のボールを大事に持っています。300盗塁を決めた時のボールとか、プロ初ホームランのボールとか……。やっぱり、宝物って言ったら、一緒に戦ってきたり、仕事をさせてもらっている仲間かな。仲間っていうのは、大事です。友だちとか、一緒に野球をしている仲間は、将来的にずっといろいろな相談にのってくれたりすると思うので、大事にしてほしいと思います。

お客さま:
あとでサインください。

(会場:笑)

お客さま:
甲子園の近くに実家があります。ずっと暗黒時代から応援しているタイガースファンです。最近、どうも見てておもしろくないんです。その理由が統一球にあると思うんですが、赤星さんはどう思われますか?

赤星さん:
むずかしい質問ですね。野球の醍醐味ってホームランとか、だと思うんですよね。
見ていて楽しいのは打ち合いになること。ただ、統一球とかストライクゾーンが広いことをいろいろ言われていて、いかにプロ野球選手のレベルが落ちてしまうのかが、明確に出てしまっています。あのボールって、芯に当たれば、とてつもなく飛ぶんですよ。これだけ打率が落ちるってことは、今までどれだけ芯に当たってなかったかということにもなるんですよ。そういう意味では、統一球に変わってから2年目で、昔は反発力のあるボールを使っていたから……。
今バッター死活問題ですから、ピッチャーは有利ですから。ボールは変えた方がいいのかなと思います。何より、ファンの人のそういう意見って多いと思うんですよ。僕も正直みなさんと同じように思っています。点も入らないし、解説もしにくいな……って。

(会場:笑)

バッテリー中心の話になりますし。まったく点が入らないので、何を解説していいのかわからないんです。この辺は、NBBがどうするか……。問題になってきていると思います。
でもね、ボールよりもストライクゾーンが広すぎですよ。野球にならないですよ。メジャーリーグのように、アウトコースは広い、インコースは取らないって、明確に決めてくれればいいんですけど、外も内も取りまくるんで、これじゃバッターがかわいそうですよね。プロはおもしろい状況になるには、そういうところもしっかり決めていかないといけないかなと思います。

お客さま:
今、肩を傷めているんですが、プロの方はどういうふうにしてケアをされていますか? 病院では使い痛みと言われました。

赤星さん:
基本的には、肩が痛くなる人は、収縮ができなくなって動きが鈍くなるんです。だから可動域を広げないとダメです。痛いからと言って動かさないと、だんだん固まっていくので、常に動かすことが大切だと思います。だから、まず動く範囲を広げてあげること。身体がやわらかい人っていうのは、痛くならないんですね。間節系は常に動かしてあげることがいいんじゃないかと思います。うしろにいかないことが多くなっていくと思うので、なるべくうしろにいくようなストレッチをしてあげることが重要だなと思います。

お客さま:
スポーツキャスターをされていますが、今のプロ野球界で「こいつは来たな!」という一押しの選手を教えてください。

赤星さん:
結構たくさんいますよね。さっきも言いましたが楽天の釜田投手は投げっぷりもすごいですし、広島に入った野村 祐輔投手とか。そういう意味では、若い活気のある選手が出てきてほしいなと思います。

お客さま:
打席に立った時、いちばん打ちにくいピッチャーは誰ですか?

赤星さん:
ジャイアンツの山口投手、メジャーに行った元広島の黒田投手は嫌でしたね。

お客さま:
僕は将来プロ野球選手になりたいと思っているんですけど、どういう練習をしたらいいですか?

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赤星さん:
ざっくり来ましたね(笑)。とにかく「プロ野球選手になるんだ」という気持ちをずっと思い続けてください。それは野球に限らず、夢を持ち続けることは大事だと思います。年齢を重ねていきながら、この人に負けたくない、この人より練習しよう、とかそういう気持ちを持っていけると思うんですよね。僕も身体が小さかったので、彼らより練習しようって思っていたので、そういう気持ちを持ち続けることが大事なんじゃないかなって思います。

フェリシモ:
赤星さんがプロ野球を目指そうと思った年はいつですか?

赤星さん:
小学校高学年のころには思ってましたよ。僕中日ドラゴンズが大好きで、立浪選手のファンだったんです。名古屋球場によく通ってたんです。6回までは球場の外でラジオ聴いてるおじさんたちと一緒に応援していて、「坊主、7回になったぞ。入ってこい」って言われて外野席に入っていったら、応援団の人がジュースくれたりとかしてたんです。そのころの名古屋球場は、7回になると外野席がタダで入れたんですよ。球場でプロの選手が活躍しているのを見て、野球選手になりたいなと思っていました。

お客さま:
僕のあこがれの選手は元ホークスの川崎 宗則選手なんですが、赤星さんの、プロに入る前や現役時代のあこがれの選手は誰でしたか?

赤星さん:
立浪さんは、同じ右投げ、左打ち。で、僕小さいころはポジションがショートだったので、立浪さんもショート、そして身体が大きくないというところが似ていましたので、目標にしていた選手として、あこがれていました。
プロに入ってからは、誰が目標、誰にあこがれているっていうよりも、自分との戦いでした。プロに入ると同じように身体の小さい人がなかなかいなくて……。でも、身体が小さくてもプロでやれるんだっていうところを見せたかったので、ヤクルトにいる石川投手、彼とは一緒にシドニーオリンピックに行ってるんですけど、彼もそんなに身体が大きくないんですよ。彼と2人でいつも「身体が小さくてもできるってところを見せような」って常に言ってて、僕は外野手、彼はピッチャーということで、だから、いちばんやりにくかったのは、彼と対戦する時でした。でも、唯一目線が合うピッチャーだったんですよ。

お客さま:
打席に立って、いちばん嫌いなコースは? 嫌いな変化球は?

赤星さん:
マニア的な質問するね。嫌いなコースはインハイ。身体が小さくて、リーチがないので、インハイって得意そうなんですけど、どうも苦手で、でも、ファウルは打ちやすいんです。いちばん苦手だったのは左ピッチャーのアウトロー。ファウルにしようとすると、ヘッドが返ってしまうので、フェアグラウンドに転がってしまったりするんですよ。その辺がむずかしかったですね。あと、比較的縦の変化は好きだったんですよ。フォークとかは好きでした。嫌だったのは球種で言うと、左ピッチャーのシュートが苦手でした。あと、右ピッチャーのカットボールが苦手でした。川上 憲伸投手、三浦投手がカットボール得意でしたので、そのボールをどう打つかが大変でした。

フェリシモ:
今回のテーマである「一歩踏み出す勇気」勇気を出す大切さについてぜひメッセージをお願いします。

赤星さん:
盗塁が、僕の人生に似ているなっていうところがあるんですね。盗塁って、普通にやればアウトになることが多い分野なんですけど、スタートする時に迷いがあると、決められるものも決められないんです。 僕がなぜ盗塁できたかと言うと、ほかの選手よりも思い切ってスタートを切れる、一歩目を踏み出す勇気があったからだと思います。
そのためには準備、配球を読んだり、クセを見抜いたりいろいろ準備、研究をしなければなりません。そういう意味では一歩踏み出す勇気は簡単なことでありません。盗塁は思い切ってスタートを切ってみて、アウトになって初めてわかることもすごくたくさんあったんです。成功すれば、もちろん気持ちもいいですが、アウトになった時に、なんで自信を持ってスタートしたのになんでアウトになったんだろう?と。でも、ちょっと迷ってスタートを切ってアウトになった時は、反省も何もないというか……。一歩踏み出すことで、気付くこともたくさんあると思います。失敗することも多々あると思うのですが、その中で初めて見えてくるものがあると思います。
例えばゴロを取るのでも、迷ったら前に出る、前に出てエラーしたことっていうのは、絶対に練習すればうまくなるはずです。だけど待ってエラーしたことっていうのは、何にもプラスにならないので……。打つことでも、迷ったら振る、そういう気持ちを持ってやってほしいなって思います。
仕事でも何でもそうだと思います。迷ったらやってみる、失敗して初めてわかることもあると思いますから、ぜひそういう勇気を持ってチャレンジしてほしいと思います。みなさんには一回踏み込んでみて、その先にあるものを見てもらいたいです。

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Profile

赤星 憲広(あかほし のりひろ)さん
<元阪神タイガース選手・現野球解説者>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1976年4月10日生まれ。愛知県刈谷市出身。大府高校、亜細亜大学、JR東日本を経て、2000年秋のドラフト4位で阪神タイガースに入団。1年目の01年に盗塁王と新人王を獲得。以後、セ・リーグ新記録となる5年連続盗塁王を獲得し、プロ通算381盗塁を記録した(阪神の球団最多記録)。また、現役9年間でゴールデングラブ賞を6回受賞、ベストナインに2回選出され、07年には球団最速となる1000本安打も記録した。09年限りで現役を引退し、現在は野球解説者として活動する一方で、中学生野球チーム「レッドスター・ベースボールクラブ」のオーナーも務めている。03~09年まで盗塁した数の車椅子を病院や施設に寄贈しており(計301台)、この活動は「Ring of Red ~赤星憲広の輪を広げる基金~」として形を変え、今後も続けられる。
★ホームページ http://www.redstar53.com

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