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  • 茂木 健一郎さん(脳科学者)
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「私たちの脳としあわせについて しあわせはどこから来るのか?」



<第1部>

よく聞かれる、困る質問は
「なぜ脳科学だったのですか?」

私、聞かれると困る質問がいくつかあります。ひとつが「茂木さんはどこが本拠地なんですか?」という質問。すごく困るんです。あと「本業は何ですか?」と聞かれるのもすごく困って、人間っていうのは本業があって、副業があって、「人は必ず本業があるはずだ」みたいな思い込みみたいなことがあると思うんですけど、それも、困る質問のひとつなんです。「お酒は好きですか?」とかそういう質問は簡単に答えられます。それは「嗜む程度に」と答えます。あとは、意外とレストランで「苦手なものはありませんか?」って聞かれると、あれ、困るよね。なんかあの時、気の利いたこと言いたくなるじゃないですか。

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他に「なんで脳科学やったんですか?」って聞かれるのもいつも困るんです。聞く人は、人間というのは目的があって理由があって、それで人生決めているというような、そういうことを考えてらっしゃると思うんです。僕ね、正直そういうふうに言う人ってあんまり自由じゃない感じがする。俺、絶対聞かないもん。イチローさんに「なんで野球やってるんですか?」みたいなね、聞かないもん。ただ、そういうふうに聞きたい気持ちはわかる。というのは、この世の中、なんか目的があって、それを実行する、みたいな、そういうわかりやすい物語で人生を捉えようみたいな。例えば、女性で言うと、30歳ぐらいでひとりでいたら、「なんでひとりでいるんですか?」って、余計なお世話だよね?「なんで?○○やるんですか?」っていう質問をあまりしない方がいいですよ。

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そうは言いつつ、なぜ僕は
脳科学をやっているのかということをお話します。

最初は物理学をやろうとしたんです。その前はチョウチョの研究が好きで、虫博士になろうと思っていました。それから20歳を過ぎて、一時期2年間法律を勉強してたんです。司法試験でも受けて弁護士になろうかと思った時期でした。だから脳科学を子どものころからなろうと思っていたわけではなく、脳科学を始めたのは30歳の時です。そういう意味でいうと、偶然だっていう見方もできるんだけど、別の見方をすると子どもの時から、あることに興味があったということもあると思うんです。
では、なぜ脳科学をやっているのかというと、比較的子どものころからどう生きたらいいのかとか、生きることって苦しいなとか、うれしいなとかそういうことに関心があったということかもしれない。それが今日のテーマに繋がっていきます。みなさん自分の人生を振り返っていただきたいんですけど、幼稚園くらいの時から、いろいろなことが起こり始めますよね。友だちと自分はちょっと違うんじゃないかとか。脳科学的に言うと4歳くらいでだいたい他人に心があるんだということに気づき始めるんです。お母さんは、自分のために存在しているんじゃなくて、お母さんの都合があるんだと……。いつも僕が泣くと「よしよし」とやってくれるんじゃなくて、忙しかったり、お父さんとケンカして調子が悪かったり……。そういうことがあるんだということに気づき始めますよね。それが4歳くらいなんです。
僕も4歳くらいでそのことに気づき始めました。そうすると「なんで人間はひとりひとり心があるんだろう」と興味を持ち始めるんです。「なんで僕はここにいるんだろう?」って気づき始める。そこで、自分が苦手で苦しいことがあるんだってことに気づき始めるんです。

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幼稚園の時、字がへたくそだったんです。先生に、「お前へたくそだ」って言われて、居残りで「あ」ってずっと書いていた午後があるんです。僕の人生の中で何かが起こった時期で、「自分が苦手なことを乗り越えるんだ」ってことを、自分の中でつかんだ時期でもあるんですけど。苦手なことから逃げるんじゃなくて、むしろ向き合って乗り越えた方がいいんだなって。これがあとで、脳化学でいうドーパミンが関わっていることを知るんです。できないと思っていたことができるようになると、その時に働いていた回路が強められる、強化学習ということをずっとあとで知るんです。「あ」の練習をしている僕はそんなことは知らないから、ただ苦しいことって乗り越えると、その向こうに楽しいことが待っているんだって。自分が変わっていく喜び、汚い「あ」しか書けなかった僕が、なんか変わったなって、そういうことをつかんだ瞬間があったんですね。
小学校の時、僕は比較的最初から勉強ができたようなんです。でも、スポーツがダメだったんです。当時、アニメ「巨人の星」にあこがれていて、スポーツがうまくなりたいという気持ちが強かったの、でもどうも僕はスポーツの才能がなかったみたい。同じ学年のオオノ君は何をやっても早いしうまいし。どうやってもダメなの、かなり努力はしたの。子どもの時から根性だけはあって、ひとりで投球練習をしたり、リフティングしたり、徹底的にやったの。オオノなんて何の練習もしないのに。いちばん才能に差が出るのは短距離走だね。オオノはカモシカみたいに行くわけよ。そこで人生の大きな課題に気づき始めるんです。人間には得意なことと不得意なことがあるんです。みなさんも思い当たることがあるでしょう。その中で人生生きていかなければいけないんだ、と言うことに小学校1、2年生ごろに気づき始めるんです。
中学校の時、3年間成績はトップだし、偏差値は80しか見たことないんです。それでもすごく劣等感があったわけ。スポーツができないわけ。1年が軟式テニス部、2年が卓球部、3年が水泳部をやってたけど、200メートル平泳ぎに出たけど、疲れたね、あれは。いくら練習してもダメ。でも、できることもあったの。縄跳びとかは得意。小学校の時に2重飛びは200回ぐらいやったし、3重まわしやってことあります? 3回目の縄が足を通った瞬間の喜びというのはすごいものがあります。ドーパミンが出ていたの。できないことができるようになる。おおげさなことを言うと人生の初期のころから努力して何か自分ができないことを乗り越えるということは素晴らしいことだということがわかってくる。今でもそういう気持ちは持ってます。
「生きるって何なんだろう?」ということを意外と人生の最初のころから考えてたんです。それが30歳くらいになった時、博士号の学位を取った時に、何をやろうかって時に、じゃあ脳科学をやろうかってなったんです。人間っていうのは、いかに生きるべきかこれがぼくのテーマだったのかなあ。その流れで、僕いつのまにか50歳になって、脳科学生活20年です。

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しあわせの研究=
ダニエル・カーネマンの行動経済学&ミハイ・チクセントミハイのポジティブサイコロジー

最近興味を持っているテーマの「幸福」。人はいかに幸福になるか、なれるんだろうか。これがまた深いんです。幸福を研究している研究者っていっぱいいるんです。例えばプリンストン大学の教授のダニエル・カーネマンは、心理学者で初めてノーベル経済学賞をとった人です。2003年に行動経済学という研究分野の創始者としてとりました。行動経済学というのは、ひと言でいうと、「人は不確実の状況でどう意思決定するか」ということなんです。例えば今日ここに来たのだってそうでしょ。もしかしたらつまんない話が2時間続くかも。フタを明けてみないとわからないですよね。だから、ここに来るという意思決定自体が不確実な状況で、意思決定していらっしゃるということなんです。

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あるいは結婚。冷静に考えたらあぶなっかしくてできないでしょ。というのは、人が人に惹かれる、そもそも未知な部分がなければ惹かれないんです。よく、結婚紹介サービスとかで趣味を聞かれますよね。あのパラメーターが完全に一致する人っていうのは退屈なはずなんです、わかります? 昔あったんですよ。ある女性が言ってくる趣味と僕の趣味は合っていた、ところが退屈なんだよ。ひどいよね。しょうがないじゃん。人が好きか好きじゃないかというのは、自分でどうすることもできないことだからさ。でも、一切共通点がないっていうのも寂しいよね。だからある程度共通点があってちょっと未知な部分がある人が最高の人でも、問題なのは、その未知な部分というのは、そこにどんなものが隠れているかわからないということ。結婚してみたら、何かとんでもないものが隠れていたりするわけじゃないですか。100%保証がないんですよ。結婚って返品むずかしいですよ。契約の解除ってなかなかむずかしいです。それでもみなさんするんでしょ、よくやるよね(笑)。
考えてみたら、人生というのは、不確実な状況のもとでの選択の連続であるということなんです。それを研究したのがダニエル・カーネマンなんです。どうやって人間の脳は、そういう不確実な状況のもとで選択をしてるんだろうということを研究したのがダニエル・カーネマン。彼が最近研究しているのが、幸福の研究なんです。「人はいかに幸福になれるか」。
もうひとり、ミハイ・チクセントミハイという人がいます。この人も非常に興味深い方でして、フロー理論って聞いたことありませんか。フロー=流れる、このフローという概念を提唱して非常に有名になった方なんですけど、アメリカの教授ですが、そういう研究を始めるきっかけになった、最初の体験がおもしろいんです。彼は第2次世界大戦のころ、東ヨーロッパにいまして、ものすごいひどい状況になるんですよ。20年苦難の歴史だったんですけど、第2次大戦後のヨーロッパもなかなか大変だったんです。ミハイはそのころヨーロッパにいて、すごく不思議なことに気づいたんです。何人かの人はそういう状況でも楽しそうにやっている……と。そういう人がいるとまわりの人も明るくなるわけ。そういう苦しい状況の中でも明るい人っていうのは、地位とか職業、教育とかは関係ないんです。「なんで、大丈夫なんだろう」と思って、そこからミハイは、ポジティブサイコロジーという研究を始めるんです。心理学って、だいたいネガティブなことに焦点をあてるわけ。引きこもりとかリストカットとか……あるでしょ。心理学というのは、もともと、調子がおかしくなった人をなんとか治そうというところから始まったんです。これはこれですごく尊いことですよね。そういう心の病気だとかを研究してどうしたら治せるのかと考えるところから、心理学はスタートしたんです。

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だけど、ミハイは、「ネガティブな心理だけなく、ポジティブな方も興味を持とうよ」って言った人なんです。なんで明るい人たちは明るいのか、なんで創造的な人は創造的なのか、なんでアインシュタインは相対性理論をつくれたのか……。スティーブ・ジョブスはなぜiPhone、iPadをつくれたのか、こういうポジティブなところに焦点をあてて研究しようというポジティブサイコロジーをミハイは創始したんですけど、そこでの結論がまた興味深いんですよ。フロー状態というのは、最高のパフォーマンスをしているんだけれどリラックスしている状態がフロー状態なんです。例えばボルト選手が世界選手権で9秒58の世界新記録で走った、すごいですよね。あの時の走りを見ると、なんかリラックスして走っているんですよ。スピードスケートの500メートルで金メダルを獲った清水 宏保さんに聞いた時もそう言ってました。世界新記録が出る時っていうのは、流している感じなんですって。いちばん調子がいい時っていうのは、ちょうど今くらいの季節の日だまりの中にいるみたいな、ものすごいリラックスしていて、それで世界新記録出ちゃうんですって。勘違いしがちなんですけど、ミハイの研究によれば、パフォーマンスが上がるというのは、しゃかりきになって苦しいことをやっているというのとは違うんです。もう楽しくて楽しくてへらへら笑っちゃうみたいな状態でいちばんパフォーマンスが上がるということを発見したのがミハイ。その状態をフロー状態と言います。ミハイが発見したのは、つまりしあわせになるのはそういうことに近いということなんです。自分にアクティブに行動して学んで生み出すこと、そういう状態がしあわせなんです。
ダニエル・カーネマンが神経経済学、行動経済学から、人がどう選択するのかでしあわせということが導かれ、そしてミハイは創造性というところからしあわせということを見いだし、で、しあわせ研究ということが非常に注目されているところなのね。

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なぜ「結婚しないとしあわせになれない」と思うのか
フォーカシングイリュージョンの不思議

みなさんしあわせですか。ちょっと聞いてみましょう。アメリカにカルフォルニア州というところがあります。気候が温暖で太陽が輝いているんです。さてここで問題です。カリフォルニア州の人は、全米平均よりしあわせだって思う方は手を挙げてください。

(会場:挙手)

別の質問を女性の方にします。20歳くらいの時に、自分に40歳になった時に結婚して子どもがいるのと独身でいるのとでは、結婚して子どもがある方がしあわせだろうと考えていたという方どれくらいいらっしゃいますか?

(会場:挙手)

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ありがとうございます。今カリフォルニアは気候が温暖だからしあわせだと思われたわけですね。それから、結婚して子どもがいたらしあわせだと思われたんですよね。これをダニエル・カーネマンが研究したテーマで言うと「フォーカシングイリュージョン」と言うんです。フォーカシングというのは何かひとつのことに注目するということ「イリュージョン」というのは幻想。つまり「フォーカシングイリュージョン」というのは「ある特定の条件が満たされるとしあわせになる、その特定の条件が満たされないとしあわせになれない」という幻想を抱いてしまうこと。
研究によるとカリフォルニア州の住民は全米平均から比べて決してしあわせではありません。実はアメリカの各州のしあわせ度を比較すると、いちばんしあわせな州は寒い州なんです。カルフォルニアの人は「気候が温暖だからハッピー」ではないんです。
結婚して子どもがいたらしあわせだっていうのは、これはもうみなさん「そんなことない」って知ってるよね。旦那はぐうたらで稼ぎ悪いし、ガキは逆らってろくに勉強しないし……。独身の方がボーイフレンドがいたりしてね、自由にいろいろなことを楽しめて……。寂しいってこともあるかも知れないけれど、でも家族で食卓囲んでいても寂しいってこともあるわけですよ。要するに「一概には言えない」ってことはみなさん知ってますよね。
だから「なんとかじゃないとしあわせになれない」というのは嘘だっていうことなんです。自分の子どもが志望校に合格した場合と、合格しなかった場合、志望校に合格した方がしあわせだって思うじゃない。これも「フォーカシングイリュージョン」なんです。もちろん、それがしあわせに影響を与えないわけではないんです。科学的な研究によると、しあわせってのは合わせ技なんです。いろいろな要素が総合的に合わさって初めてしあわせってなって、むしろある特定の要件が満たされないとしあわせになれないと思うことがふしあわせへの道なんです。

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脳がしあわせになるための大きな条件のひとつが、
自分の持って生まれたものを受け入れるということ。

あと、世の中の美人は平均的だって言われていまして、すべての女性の顔をコンピューターに取り込んで、平均値を計算するとすごい美人になるんですよ。目の間の距離が顔の幅の46%、目と口の距離が顔の長さの36%、これが理想的な美人の値で、全女性の平均値でもあるんです。ということは、美人というのは平均的な顔ってことなんです。ということは、化粧をする時は、自分の顔の特徴のうち、ずれているところを平均に戻すという、あるいは見ている人が「平均に戻っているな」っていう錯覚を与えるようなそういう化粧をすればいいってことなんです。だけど、「自分がもっと美人になれなかったらしあわせになれない」というのは、「こんな不幸なことないじゃん」ですよね。「なんで私は容姿に恵まれなかったんだろう」みたいなことを1日30分くらい考えてたら、そういう人って不幸になるよね。それについては、すごくいい経験をしていて、大学院生の時に、予備校でバイトしてたんです。その予備校の近くに、はやっていない寿司屋があったの。そこのおかみさんがすごい顔をしていたの。牛乳瓶の底のメガネをしてて、髪の毛の手入れをしていなくって……。決して世間的に美人じゃないんですけど、寿司屋の旦那はすっごいいい男なんです。そのおかみさんがすごいしあわせ力があったわけ。店がはやっていないことを気にしてないんです。いつもニコニコ笑って「いらっしゃい」みたいな感じ。ある時、ランチタイム入ったら案の定誰もいないの。で、奥の四畳半のお座敷で営業時間なのにジクゾーパズルやってるんだよ。で僕が入って行ったら、牛乳ビンの底のメガネで、ニコッて笑ったんだよ。それを見た瞬間にドキッとしちゃって……。しあわせって、つまりそのおかみさんが「うちの店ははやってない」とか「はやってさえいればしあわせになれるのに」とか、「私がもっと美人だったらしあわせになれるのに」みたいな物欲しそうな人だったら、それって伝わるんですよ。自分の置かれた状況に不平不満を持ってる人っていうのは伝わっちゃうんだよ。
「そもそも人は美人が好きなのか……」。ケインズの「美人コンテストの理論」というのがあって、株式を買う時に自分がどの株を買うかじゃなくて、みんながいいと思う株はどれかということを頭の中でシミュレーションして株を買うという、これがケインズの「美人コンテスト」の理論、自分が美人だと思う人じゃなくて、みんなが美人だろうと思う人に自分の注意を向けるという……。男って基本的に競争する生き物なんです。男って社会的地位とか気にしちゃう、そういうふうに長い年月の間で、できているの。ということは、なんで男は美人を好むのかというと、「競争率が高いな」って思うと、ファイトがわくわけ。「もし俺がこの彼女をゲットしたら、俺は男社会でのステイタスが上がる」って思っちゃう。差別とかそういうんじゃなくて生き物ってそういうふうになってて、オスは社会的に競争してるから、競争で自分が勝ったという証として、競争率の高い女を取りたいっていうふうにできちゃってるわけ。「本当は俺はこういう子が好きなんだろうな」っていうのがあるんですね。でもそういう自分に正直になれないんです。だから、脳がしあわせになるためのいちばん大きな条件のひとつが、自分の持って生まれたものを受け入れるっていうこと。これがむずかしい。

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僕がもしオオノ君に対抗して、オリンピックに出て金メダルを獲りたいんだっていうと、僕の人生ものすごく不幸だったと思うんですよ。だって、無理だもん。
例えば、絵画史に残る素晴らしい画家のフランシス・ベーコン。キリストの貼付けの絵とか書いて、最近ベーコンの絵が70億で売れたそうです。そのベーコンが、悩んでいる。絵のうまいへたは手を描かせるとわかると言います。ベーコンは手がうまく描けない。レオナルド・ダ・ヴィンチはもううますぎる。ダントツ。昔、マリアカラスがデビューした時、マリアカラスが歌い始めたら指揮者がびっくりしてタクトを落としちゃったっていうくらい、圧倒的な差があるんです。一方フランシス・ベーコンみたいにそこまでの技巧はなくても、確かにうまい絵を描いている人もいるから、俺も描けるかもしれない。ただ、ちょっときついなって思ったね。そういう時に「俺絵が下手なんだ。うまく書けないんだ」っていうそういう自分を受け入れにくかったら、苦しくなるの。
例えば、家柄なんかもそうで、名家の方は、逆のコンプレックスがあるんですよ。何やっても親の七光りだって言われちゃうんです。
人間、そんなにいいことばかりじゃないんだと。どんな境遇でも。脳科学でいうと、それを偶有性って言うんです。どういう状況にいることもできたんだけど、たまたまこの状況で生まれてる、その状況を偶有性って言うんです。
神様のついて考えたスピノザは「神は絶対的な無限である」って言ったの。僕の尊敬する物理学者のアインシュタインは、スピノザの神様を信じていたんです。絶対的な無限だから、体はないんです、人格も持ってないんです。例えばね、神様はみなさんが悪いことをしたら罰するってよく思いがちだけど、スピノザはそういうふうに考えなかった。なぜかというと、神様がみなさんが悪いことをして罰している時っていうのは、怒っているんですよ、怒っているっていうことは、怒っている状態にあるということで、ほかの状態はとれていないということなんです。喜んでいるとか……ということはそういう神様はスピノザはいないって考えたんです。
一方人間は有限なんですよ。人間は神様と違って、我々がこうでなければいけないっていうのが何もない。例えば、スタイルやルックスがいいのもひとつの才能ですよね。そういうルックスで生まれてた可能性もあるわけじゃん。たまたまみなさんはそう生まれたわけですよね。これを偶有性って言うんです。偶然が必然になることが偶有性。
例えばみなさんが両親に対してどういう思いを持っていらっしゃるかわからないんですけど、子どものころって、親って完全で何でも知っていて、何でも願いをかなえてくれるような存在に見えるけど、思春期のころから親は完全ではないってことがわかってくるわけでしょ。そうやって親離れしていくと同時に、親に対する感謝の気持ちが出てくるわけだよね。一所懸命子育てしてくれたんだなって、ありがたいと思うんです。でも、親って選べないじゃないですか。偶然じゃないですか。思春期は特に、いろいろな切ない思いを抱くみたいね。「もっと素敵なパパだったらよかったのに」とか、「お母さんなんでフランス人と結婚しなかったの?」とか。「お母さんがフランス人と結婚してたら私ハーフだったのに」とか言うわけ。でもこのロジックにはまったく重大な欠陥があること、賢明なみなさんだったら気づくと思うんですけど、「お母さんがフランス人と結婚していたら、君はいないでしょ?」ってことでしょ! 全然別の人がいたわけでしょ。君は、あのお父さんとあのお母さんが愛し合って、君が生まれたんだよ。もしお母さんがピエールと結婚してたら、君はいないよってことでしょ。つまり、隣の芝生は青く見えるって言いますけれど、偶然たまたま自分が背負ってきた人生、両親もそうですけど、どこの学校に行ったかとか、どういう友だちに会ったかとか……。バーバラ・ハリスっていう人の研究によると、我々の人格というのは、生涯に出会ったさまざまな方から、少しずつ影響をもらって、小さな流れが集まって大河になるようにできるんですって。脳の前頭葉にミラーニューロンっていうのがあって、鏡に映したように、自分と他人を映し合うんですよ。他人という鏡を見て、自分というものがわかってくるんです。

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例えば気が合う人だったら、「自分はやっぱりこういうものが好きなんだ」って思うし、気が合わない人だったら「この人には私の思いは通じなかった」、そういうことを通して逆に自分が「そういう思いが大事な人なんだ」ってわかるんですよ。そういう形で、他人と出会うことで人間の性格ってできてくるんですけど、みなさんが今まで出会ったすべての方々、これがみなさんをつくっているんだとすると、それも偶然でしょ。ほかの人と出会っていたら違うみなさんになっていたわけだから。でもほかの人と出会ったらどうだろうって考えても意味がないですよね。もし、ほかの人と出会っていたら、今のみなさんはいないんですから。ということは根本的に、「隣の芝生が青い」っていうのは無理なんです。だから、もう諦めるしかないということです。わかります? これがわかったら、しあわせは99%実現しているといってもいいんだよ。今日のみなさんは大丈夫ですか? 自分の状況に不満を持っている人はふしあわせです。みなさんは、大丈夫ですか?「なんでこんな亭主と結婚しちゃったんだ」とか、「30年前はかわいかった」とか、そういうことを思っている限り、絶対しあわせになれない。これがむずかしいんですよ。だから僕は諦めてます。この体型とか髪型とか……。僕の髪の毛の話はとても小さな話なんですけど、なんか自分の持っているものと和解するというのかな。みなさん、コンプレックス持ってないですか。劣等感ってね、いちばんしあわせの敵なんですよ。劣等感はよくないよ。向上心はいいんです。できないことができるようになるってのはすごくうれしいことなんです。
話が流れて言い忘れそうになりましたが、自分の最大の欠点のすぐそばに最大の長所があるんですよ。例えば、僕は落ち着きがない。落ち着きがないという僕の欠点は、最大の長所っていうかいいところはマルチっていうか、いろいろな仕事がこなせる。これは脳の前頭葉の眼窩前頭皮質というところ目の後ろにOFSというところがあって、ここが切り替えるんです。僕、パッと集中して次のことができるんですけど、それと落ち着きがないっていうのは、切り替えが得意ということ。
例えば北野 武さん。武さん落ち着きないんですけど、あの方、テレビを1週間収録して、その次の1週間ずっと映画を撮影して……という感じでマルチ。国内の仕事をやってお金を稼いで、映画監督として国際的にされています。だからヨーロッパの人はびっくりされるらしいですよ。あの映画監督の北野が、「コマネチ」とかしている人とビートたけしと同一人物なのか?一卵性双生児なのかってね。同一人物だって言うと、日本人は恐ろしいってことになるらしいんですけど。落ち着きがない人っていうのは、わりとマルチ。逆に落ち着きがある方は、ぱっと切り替えて何かをする器用さはないかもしれないけれど、ひとつのことをコツコツコツコツ取り組むことはできたりするんですよ。

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作家の林 真理子さんは、文章はおもしろいですよ。ところがパーティーで話していると、人づきあいがすごく苦手なんです。ところが、その現場のことを林さんのエッセイで読むと、誰が何を言ったとか、全部聞いてるんだよね。作家って、社交的な人、あまりいないんです。どっちかというと内気で、「あれ、あの人いた?」っていうそういう方が人間を見てるんです。
つまり、今日のテーマであった、恐らく自分を受け入れるってことが今日のテーマだと思うんですけど、それができると、何がいいかって言うと、自分の欠点と長所が見えてきます。そういう欠点と長所を持って生まれてきたってことは、まさに偶有性なんですよ。「そうでなければいけなかった」ということはないんです。ほかの自分でもあり得たんです。でも、そういう自分でいるっていうことが自分なんです。そういう欠点も長所も含めた自分のことを、ありのままを受け入れるということがしあわせの一歩。それがいちばん、むずかしいんだけど大事なことだと思うんですよね。人間ってそれだけの力を持っていると思います。家に帰ったら、鏡を見て……。そういう自分がいちばんいいと。そういう自分が自分なんですから、そこからすべてがスタートするということです。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
画一的なものさしを押しつける社会を変えるためにはどうしたらよいでしょうか?

茂木さん:
日本の方はあまりにもまわりの目を気にし過ぎるっていうじゃないですか僕の友人に、MITのメディアラボの所長をやっている人がいます。彼はNHKの番組のMCをやっているんですが、大学を出ていないんです。大学を出ていないんですがMITのメディアラボの所長をやっています。幼稚園は日本の幼稚園に行ってたんだけど、よく逃亡してたんですって。何かが嫌だったと思うんですけど、大学も行かなくて……。彼が所長になったら、日本の学術会議のえらい先生方が、「先生、これはどういうことでしょう。マサチューセッツ工科大学と言えば、世界の理系の名門大学、そこのメディアラボと言えば花形研究所の総所長にこの大学も出ていない人物を起用するってことは、どういうことなんでしょうか?」みたいな、話し合いをしたらしいんですよ。学術会議にはいろんな先生方がいらっしゃるとは思うんですが、ものさしがあって、それで人の価値が決まると思ってらっしゃると思うんですけど、彼は全然関係なく、例えばクリエティブカモンズというインターネット上で著作権をあまり要求しないでみんなが情報を共有するみたいなのをつくったりとか、いろんなことをやってきた人で、そういう生き方をやっちゃうことですかね。気にしないで、それ以外にはないのかなと思います。

フェリシモ:
彼女にフラれてしまいました。寂しいです。主婦でも何かを目指さないといけないんでしょうかなど、自分を受け入れることと、他者との関係性についてのご質問をいろいろいただきました。

茂木さん:
自分を受け入れられる人は他人も受け入れられるんだと思います。なぜかというと、まず脳は、自分が努力すればなんとかできることと、努力してもどうしようもないことをまず分けることがとても大事なんです。自分に関しても、努力してなんとか変えられる部分と、どう努力しようが変えられない部分があるわけです。僕が日本という国に生まれたことは、どう努力しても変えられない訳です。ただ、英語をがんばれるというところは変えられるんです。いくら英語をがんばっても、僕は日本で生まれたってことは変えられないじゃないですか。要するに、ストレスが溜まってしまう人っていうのは、自分が変えられないところも何とか変えようがんばるところがストレスになるんです。
自分の姿形とかは変えられないから、そこは仕方がないと諦めることも大事なんですけど、それができた人は他人に対してもそれができるんです。さっき、彼女にフラれちゃった彼は、その時に、彼女の気持ちを彼にはどうすることもできなかった、彼が悪いんじゃないんです。たまたま人生の流れでなぜか、彼から離れてしまう状態になってしまったわけ。自分の変えられないところを受け入れるってことと、他人をどうすることもできない、例えばデートの時に彼女、彼が自分とは違う価値観を持ってたりする時、「いいよ、君はそうなんだ」って言えるか「なんでお前は俺と同じものを好きになれないんだ」って言っちゃうかは、分かれ道なんですよね。

お客さま:
最近、暖かくなり、布団がすごく気持ちいいです。朝に予定が入っていない時、どうしても布団から出ることができないのですが、脳科学的に解決方法はありますか?

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茂木さん:
こういう質問、すごくおもしろくて、お客さまの人柄を表していると思うんです。この質問だけだとわからないんだけど、真面目な性格、だけど一方でだらしないところもあって、そのせめぎ合いの間で生きてるんだなって思うんですけど。あのね、脳はリラックスして自分を甘やかす時には思い切り甘やかした方がいいのよ。メリハリだから。布団の中で、それはもう十分楽しんだらいいの。一方、仕事のある時にはびしばしやる方だと思うんです。よくライフワークバランスって言いますが、脳は違う濃度で活動することがすごくうれしい存在なんです。例えば、俺、今こういうみなさんとお話するモードでしゃべってるじゃないですか。俺ね、30歳くらいまでは、普通の学者のキャリアを歩んできたの。大学院に行って、理化学研究所に行って、でね、学者の真面目な先生って、こういうモードになっちゃいけないって思ってるの。わかる? 俺も学生と研究する時とかは、もちろん普通に真面目モードになっているわけよ。人間って振り幅が、あってもいいんだということをなかなか受け入れられない、いつも同じじゃないといけないみたいなさ、だからお客さまも真面目な自分もいていいんだけど、一方で不真面目な自分もいていいんだということをどこかで受け入れる必要があるのかな。脳科学的にはどっちもOKだってこと。朝起きられないという方がいらしたとすると、起きた後に、何かうれしいことを用意しておくといいです。これは、プラクティカルな話で、朝どうしたらいいかって、いくつかポイントがあるんだけど、まず朝の光を浴びるのはすごく大事なことです。朝の光が網膜から入ってそれが視床ってとこに行くと、それがスイッチとなって、覚醒し始めるんです。意外と朝目覚めをよくしたい方は一瞬でもいいから外に出て太陽を浴びるのがすごくいいんです。あと、起きたあとに、何かうれしいことがあるといいんです。例えば、僕は、コーヒー飲みながらチョコを食べるというのがあるわけです。これはうれしいですよ。あのテーブルにコーヒーとチョコが待ってると思うと「じゃあ、起きようか」ってなるんです。例えば、彼氏とデートっていうと、うれしいと起きるじゃん。今ぬくぬくしている布団の状態よりもうれしいことが待ってると思うと人間って自然と起きれるんです。もし本当に起きたいんだったら、テクニックを使っていただけるとよいと思います。

お客さま:
茂木先生はかなえたい夢はありますか? 夢のかなえ方を教えてほしいです。

茂木さん:
ある意味では夢がかなった部分があります。例えば、外国に留学したいということ。ケンブリッジって僕のあこがれの場所だったのんです。ニュートンもケンブリッジの人だし……。学者になりたいというのも夢だったから。まさに、いいご質問だと思うんですけど。人間って夢を忘れがちなんです。僕、24歳くらい、バリ島に行ったんです。うちの家は質素な家で子どもの時に外国に行くとかってなかったんで、全部自分でやったんですよ。そこは自分でえらいなって思うんですけど。高校のときに『高1コース』っていう雑誌があって、それで懸賞論文で500倍くらいの倍率で一等になって、1ヵ月カナダ・バンクーバーに行ったんです。高校3年の時は、そのパターンでハワイに行って……。で、24歳の時に、またそのパターンでバリ島に行ったんです。その時に、バリ島の地中海クラブに行って、ずっとプールサイドでごろごろしていたんです。バカンスってなんのためにあるのか理解してなかったんです。こんなせっかちな性格ですから。バカンスとって2、3日も寝っころがってる人はばかなんじゃないのって思ってたんだけど、やったら、自分の大事な夢を思い出したの。俺ってこういうことやりたかったんだって、体の奥底からかっかかっか石炭が燃えてくるようなそういう何かがあって……。あ~!って。残念なことに、それが何だったのか覚えてないんだけど(苦笑)。思い出したってことは覚えてるわけ。大抵の人は自分の本当のもともとあった夢って、忙しい日常の中で。忘れがちなんですよ。俺もそれなりに生きてるわけじゃん。大学で学生に授業やったり、テレビに出たり、本を書いたり……。「ご活躍ですね」って言われるわけ。でも、それって俺の夢だったのかなって思うわけですよね。一部は僕の夢かも知れない、でも、最も深い夢っていうのは、「脳とクオリア」という意識の謎を解く心がどうやって脳から生まれるかを解くっていうことがまずひとつなんだけど、もう1個実はあったんです。それは、僕は20歳くらいからずっと言っているんです。

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英語で論文、本をたくさん書く人になりたいんです。リチャード・ドーキンスとかスティーブン・ピンカーとか、世界に影響を与えることを書く学者がいるんですよ。それは各世代に、せいぜい10人ずつくらいしかいないんです。そういう人に僕はなりたかった。まったく今の現状に満足していないんです。
すごくむずかしい話ですが、簡単に言うと、日本の知識人、文化人というのはみんな国内向けなのよ。みなさんがメディアで見る大学の教授とかにはそういう人はひとりもいなんです。それが日本の運命なんだね。みんな悪い人じゃないんだけど、できてない日本で立派に見えている文化人は、日本の中でだけなんですよ。これは、すごいシリアスな問題。サッカー選手ならマンチェスターユナイテッドで、香川選手がハットトリックみたいなさ、野球だったらイチローがバーンみたいなさ、ところが学者はいないんだよね。ノーベル賞は取れるんだけど、本を書いて総合的な世界感を示すってハードル高いんですよ。まず英語力がいるし、TOEIC満点とかそういう話じゃないんだよ、自分の文体を持っているということが必要なんです。日本は明治以降、100数十年間、こういうタイプの学者を生み出せなかったってのが、今ツケとしてまわってきてる気がするんですよ。そういうタイプの本を書くためには理系、文系という垣根を越えなくちゃいけないの。ところが日本の文系の先生ってのはひと言で言うと輸入業者なんです。アメリカとかヨーロッパの最先端の学説を日本に持ってきて、紹介する、みたいなのが明治以降の役割だったわけ。日本はずっとそれでやってきたの。本当はインターネットとか、新しい文明の在り方を見たら、日本から発信しなくちゃいけないんですよ。発信することいっぱいあるんですよ。例えば、伊勢神宮の遷宮とか、あんな素晴らしいものはないんだから。ヨーロッパなんてケルン大聖堂とかいって、まだずっとあるから。でも、日本は20年に1回建て替えるんだよ。どっちが我々の命に近いですか。この中で私は500歳ですという人はいないでしょ。世代って交替していくわけじゃない? 日本人の永続性の概念は伊勢神宮にあって、20年ごとに世代が交替していくことにあるんです。日本人が伊勢神宮が世界に英語でインパクトのある形で伝えることができてないって、どういうことなんでしょうね。全部内向きなんだ日本の話って、俺、20歳くらいから悔しいと思ってて、でも、みんな満足してるんだよね。英語でどんどん日本のことを書いて世界に影響を与える人がもっといてもいいと思うんですよ。
自分の本来の夢って、社会で割り当てられている役割と違うことの方が多い。だから忘れちゃうんです。
でも、俺やります。

お客さま:
自分を受け入れることが大切で、それが第一歩だということはわかりました。そこから先、向上心にどうやって繋げていくかということと、自分自身努力することができて、達成したいことが達成できて、ドーパミンが出るのでしょうか? 要は自己満足に陥りがちなんじゃないかと……。自分を受け入れることは、自己満足。そこの部分をどうリンクさせたら効率的なのでしょうか?

茂木さん:
本当におっしゃるとおりなんです。尊敬する小林 秀雄さんが、『ゴッホの手紙』をずっと解析していているのですが、ゴッホの生涯は、自分の個性との飽くなき格闘だったって書いているんですよ。つまり個性を受け入れるんですよ。だけど、個性のままだと今おっしゃったように、独占的になっちゃうわけですよ。だからいかに個性を乗り越えるか、という格闘がそこから始めるんだよね。ややこしい話になるんですけど、いかに自分から離れるかって、そこから課題になってくるんです。小林 秀雄さんの『ゴッホの手紙』を読んでいただいたらいいと思うんですけど……。
23、4歳くらいの人には「自分のためって言ったら、自分ってひとりしかいないじゃん」って言うんですよ。「そしたらひとり分のエネルギーしか出ないじゃん。俺が何をしたら社会の役に立つんだろう、みんながうれしいと思ってくれるんだろう、生きる助けになったって思ってくれるんだろう」って思ったら、「みんなって、世の中にすごいいるからみんな『ありがとう』って言ってくれる。例えばJ・K・ローリングはシングルマザーで、すごい苦労をしていて、『自分がしあわせになりたい』って……。でも『ハリーポッター』書いたら、世界中の子どもたちが喜んでくれた。そういうことなんだよ。だから、自分がしあわせになりたいってところから離れて、どういうものをつくったら、何をしたらみんながうれしいと思ってくれるか、感動してくれるだろうかって考えて、そういうふうにしたらいいよ」って言うんですよ。
それが今小林さんがゴッホについて書いていることに絡むんですけど、自分からスタートしていいんだけど、他人を一所懸命見るってことかな。「今の社会ってみんな何に悩んでいるんだろう」、「どんな気持ちなんだろう?」って。どんなお仕事をされてます?

お客さま:
電子情報関係の仕事です。

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茂木さん:
なるほど。
それを一所懸命やった人が社会から「ありがとう」って言ってもらえて、結局自分もしあわせになれるってこと。やっぱり「他人のために」って考えることじゃないですかね。そうすると自然にいろいろなことを学ぶし、人間って成長していくんじゃないかな。仕事上で悩んでるんですか?

お客さま:
悩んでるから来たんです。自分に乗り越えられない壁があり、そのとき……。

茂木さん:
例えば何ですか?

お客さま:
例えば英語ですね。

茂木さん:
33歳のころ、初めて日本語の本を書いたんです。本を出すことはルーティンになっちゃってるんですが、最初の1冊は……。本を1冊も出したことのない自分と、本を出してる自分がどう繋がるのか全然わからなかったんです。それとちょっと似たようなことで、それをどう乗り越えるかというと、やるしかないんです。現場にしか答えはないんです。
「1万時間の法則」ってご存知ですか?

お客さま:
知ってます。

茂木さん:
さすがじゃないですか。どういうことでしたっけ?

お客さま:
どんな苦手なことでも1万時間やればものになるっていう。

茂木さん:
わかってるじゃないですか。 どんな苦手なことも1万時間やればものになるっていうことなんですが、やってみたらどうですか? 英語だったら1日3時間やれば年間1000時間ですから10年やったら……。どうですか?やってみたら。お客さまは99%やるべきことはわかっていらっしゃるってことですから、あとは飛び込むしかないんじゃないかな。それだけだと思います。だからさっきのチクセントミハイのフローってのが大事なんです。フローってのは我を忘れているんです。やらなくちゃいけないと思っている自分とやっている自分の区別がなくて、やったらやっているんです。それがフロー状態。ぜひ1日10分でもいいから英語が課題だとすると、英語についてのフロー状態をやってみたらどうですか? がんばってみてください。

お客さま:
がんばります。(茂木さんと握手)

お客さま:
物事をこだわらないような性格になりたいと思っています。でも、何かあったらいつもうじうじと引きずってしまう性格なのです。この性格をどうやったら、断ち切ることができるでしょうか?

茂木さん:
断ち切る必要ないんですよ。うじうじ考えることが欠点だとすると、何か長所と表裏一体なんです。例えば、太宰 治とかどうなっちゃうんですか。うじうじしかしてないですよ。いかにうじうじしているか、それを小説に書いて、みんな喜んで読んで感動しているわけじゃないですか。そういう自分が嫌なんですか? そういう自分を好きになってほしいです。割れ鍋にとじぶたってよく言いますが、相手はうじうじしている人よりもパッパラーとしている人がうじうじを補ってくれて、そういうところがステキだって言ってくれる人がいたら……。他人から肯定されるってこと、自分を肯定するってことに繋がるんです。だから、大丈夫ですよ。今のままでなんの問題もないと思いますよ。人間って「北風と太陽」じゃないけど、「変わらなくちゃ変わらなくちゃ」と思ってる時は変われないんです。太陽が照ってきたら自然にコート脱ぐじゃん。変わる時は自然に変わるんです。ということは、もし今うじうじしている自分が少し変わりたいと思ってるとしても、今変われないんだとすると、その時期じゃないってことです。自然に変われる時には変わるんだよ。おそらく人間関係っていうか他人との出会いがそのきっかけになる可能性が高いと思います。

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お客さま:
私は芸術がわからないんです。美術館で「この作品はいい」と言われてもどこがいいのかわからなくて……。でもある作品を見た時、「すごい」と思ったことがあるんです。芸術は頭なのか感性なのか質問させていただきました。

茂木さん:
美術館に行ってらっしゃるんですね。どんな作品がいいと思ったんですか?

お客さま:
モネの作品で『日傘をさした女性』です。その時は知らなかったんです。

茂木さん:
実物が来てたんだ。

お客さま:
京都に来てたんです。モネの作品とわからなかったんです。

茂木さん:
あなたはわかってらっしゃると思います。あの作品は素晴らしいです。モネはプレネールといって、その場で描く人だから。
今、東北にプライスさんという人が持っている伊藤 若冲という人の絵が来ていて、宮内庁に『動植綵絵』というのがあるんです。いちばん有名なのはニワトリがいっぱい描いてある絵かな? 人気の江戸時代の画家がいるんです。その中で想像上の動物を描いている絵があるんです。釈迦が死ぬときは動物が集まって来たんです。それを描いたんだろうと言われているファンタジーな素晴らしい絵があるんです。それを東京の森美術館で展覧会をしたんです。『鳥獣花木図屏風』かな? その絵の前でパッパラパの若者が座り込んで涙をボロボロ流して立ち去れなくなったんです。その若者は伊藤 若冲を知らないんですよ。芸術ってそういうものなんです。
宗教的体験というのは直接入ってくるんです。その時の脳の活動は前頭葉、頂頭葉の理屈をつける回路が働いているんだけど、でもいきなり来るんです。宗教と同じなの、一目惚れと同じなの。理屈じゃないじゃん。
それをやった人が白州 正子さんですね。『日月山水屏風』というのがあるんです。これは名品なんです。それを見つけたのが白州 正子さん、日本文化のカリスマなんです。白州 正子さんは自分の感覚を信じて『日月山水屏風』を見つけたんです。今や日本の美術通で知らない人はいないというくらい有名な屏風になってるんです。
同じ時期に青山 次郎という人が、李朝の白い壷を2万点ぐらい見て、その中のものが骨董の世界の美の基準になってるんです。それまでは誰もが見向きもしなかった生活雑貨、それが今ではものによって何億もするようになっている。
逆に世間ですごいって言われている先生の絵でもロクでもないものはたくさんあるんです。
白州 信也、正子さんの孫が細川総理大臣の秘書になった時に、首相官邸で最初にしたことは飾ってある絵を全部変えたんですって。首相官邸には有名な先生の絵を飾るんです。でも本当にいい絵というのは違うでしょう? 白州 信也は自分の感覚で変えてしまったんです。自分の感覚を信じて選んだものしか残らないでしょ?
さっきの質問は感覚を信じていいのかってことだったとすると、それでいいんです。それを信じていいのさ。

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Profile

茂木 健一郎(もぎ けんいちろう)さん<脳科学者>

茂木 健一郎(もぎ けんいちろう)さん
<脳科学者>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶応大学大学院システムデザインマネジメント研究科特別研究教授。1962年東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。
「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。2005年、『脳と仮想』で、第四回小林秀雄賞、2009年には『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。主な著書に『脳とクオリア』(日経サイエンス社)、『幸福になる「脳の使い方」』 (PHP新書)、『挑戦する脳』(集英社新書)、『『モナ・リザ』に並んだ少年』(小学館101ビジュアル新書)、『茂木健一郎の科学の興奮』(日経サイエンス編集部)など多数。

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