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「大切にしたい『おもあい』の心~和の世界の魅力と、お作法から生まれる日本の美しさについて」



<第1部>

本日は「大切にしたい『おもあい』の心~和の世界の魅力と、お作法から生まれる日本の美しさについて」、和の美しさの魅力のそのまた奥にある由来、しきたり、そういったところを紐解いていきたいと思います。

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「日本の心」
日本には精神文化と言われる道の文化、求道精神と言われる文化があります。日本の心の現れ、そうした精神の現れはさまざまです。

「日本の心の現れ 様々」
まず食、和食、日本料理、そして衣服、着物、そして庭園、日本庭園、あとは建築、日本建築、絵画、日本画、そして絵画は着物の世界にも影響を与えていきます。そしてお節句、12ヶ月、四季の中、生活の中に現れる日本の心の現れのひとつです。そして茶道、華道、香道、武道、「道」とつく求道精神文化、こうしたものも日本の心の現れです。

「四季を愛で」「宇宙を現す」
四季を愛で、宇宙を現す。大きな話になっていきますが……。

「道の文化」
道の文化、そうしたもんを今日はみなさんと一緒にのぞいていけたらいいなと思います。

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みなさん、こういう窓、ご覧になったことありますか? よくお寺さんなんかに行くと、こうした丸窓の中に、四角い襖、そしてその奥に広がる日本庭園を見たことがおありになると思います。こうした枠、丸という枠で区切ることによって、終わりをつけてしまう。その中に永遠を表しています。宇宙の広がりを表現していく、そうした建築、日本の心の現れというのがございます。

(スライド)
このお写真は浅草、浅草寺でございます。

実は私、昨日東京から参りました。でも、実は関西人なんです。母は堺の人で、父が東京の人なのです。そんな私が、なぜか江戸は浅草で約10年ほど、舞妓というお仕事をさせていただきました。もう引退して何十年になります。そのきっかけなんかからお話させていただこうかなと思います。
父は神社仏閣の写真を撮る写真家で、そして母はその神社仏閣をつくっている家の人だったんですね。そんな2人が京都で出会って、うちが生まれました。祖母のそばで暮らすことも多かったものですから、祖母の影響と、両親の影響を多大に受けてきました。作法研究家という道に自分が進んでいく根底、根っこ、そういったものをつくってくれたのは、やはり家族の力であったと感謝しています。
父が写真家だったものですから、こどものころからまわりには、お坊さんとかお茶碗つくっているおっちゃんとか職人さんがいて、そんな方と囲まれて暮らしていました。お坊さんが、醤油でちょこちょこと龍の絵を墨絵みたいに描いてくれたり、清水焼きをつくっているおっちゃんのところに行って、お茶碗の裏の銘を、トランプの神経衰弱みたいに当てる遊びをしたり、そしてお茶の先生、お琴の先生がいはってお菓子をもらえるんです。だからがんばって行ってたんです。

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そんな和の文化の中で生きているという実感もなく、自分の身近にありました。両親はたしなみのひとつとしてお稽古をさせていただいていただけですから、まさかプロにさせようとは思ってはりませんでした。 そんな私がまずプロというものになってみたいなと思ったいちばん最初のきっかけとなったのが、15歳の時の海外公演やったと思います。ちょうどその時、ジャポンフェスティバルという毎年10年に1回、今でもしてるんですけれども、フランスで行なっていらっしゃるんですね、その時にイタリアのローマと、フランスのパリとカンヌ、そこで日本文化を見せるという舞台公演に行かせていただいたんです。私は15歳、早い時期に海外公演行ったなあと思うんですけど、その時はまわりみんな小学生とかばかりで、プロになるなんて15歳から考えてたら遅い、そんな環境だったんです。
なので、まさか自分がなれる、なろうなんて思ってもいなかったのですが、その時、日本 舞踊の公演をさせていただき、喜んでいただきました。まさか、そんなに喜んでもらえるとは思っていなかったんです。「きれいや。きれいや」と言われたら「そうかぁ、きれいかぁ」と思いまして、なんや自分はすごくきれいなことをさせていただいてるんやなあと漠然と感じながら、帰りの飛行機の中で「なんか和の文化をやっていけたらいいな」と思ったのが最初でした。
そしてその後、2回目の転機が訪れます。18歳の時、いよいよプロになりたい計画を実現したいと思ったのですが、何していいか、わからなかったんです。それで、とりあえず、どっか勉強できるところないやろかなと思い、東京へ行ってみました。それで浅草を歩いていたんです。うちの父がジャズ大好きなんですね。うちの家は、こどものころからずっとジャズのレコードが流れていたんです。浅草というお寺の街の裏にジャズのお店があったんです。ジャズのお店かあ、こんなところでアルバイトでもできたらええなと思って、中に入ってみたんです。そしたら、そこで、全然知らないおばちゃんに腕をいきなりつかまれて、「あんたちょっとこっちに来て」って言われて行くと、店の奥に女の人が13人くらい輪になって集まっていたんです。「ちょっと、みんな、この子どうだい?」って言われて……。「いやぁ東京怖いわ、売られるんちゃうかな、人さらいってほんまにおるんや」と思いました。私の腕をつかんだ人は、全国おかみさん会会長さんでした。

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その時、浅草の街全体で、舞妓のなり手を探していたそうなんです。その集まりは伝統芸能の継承者を育てる相談をしていたそうなんです。おばちゃんたちのパワーは偉大です。ダイエーさん、アサヒビールさん、、ホテルニューオータニさんら、企業の方たちを引っ張ってきて、「日本の伝統芸能を継承するために力貸して」と、そしたらみなさん「ああ、じゃあ、やろうか」っていう形になり、芸者大学をつくろうという話になったんだそうです。そのミーティングをしているところに私腕をつかまれていかれたんです。ふらっと入っていった時に「あんた、どこに住んでるの? 電話番号、そこに書いていきないさい。嘘書いてないでだろうね。嘘書いたら承知しないよ」と言われました。その後、ずっと毎日電話がかかってきました。熱いですよね。「伝統守らないといけないんだよ」という話を聞かせていただいて、なんとなく、やってみよかなと思って……。ほんとにちょっとのつもりでした。だってね、花の命は短いでしょ。何年舞妓できるかわからないじゃないですか。浅草という街に一歩足を踏み入れた途端、あっと言う間に10年経ってしまいました。

(スライド)
浅草の雷門の仲店通りを入ったいちばん奥、この奥に浅草寺があります。そして、左隣の写真が五重塔です。

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(スライド)
見ていただいているのが、浅草の地図になります。浅草の街というのは、もともと江戸をつくった時に一大遊園地みたいなつくりになっています。江戸時代の人たちが観音詣でというお遊びをしていました。このお遊びのいちばん奥、新吉原という場所があります。そしてその右隣に花柳界、そのまた右隣が歌舞伎小屋、そしてその左側に金龍山浅草寺、そしてそのずっと下に雷門があります。この雷門の右側、大川橋、いま東橋という名前になっていますが、この橋を渡ったところがいまスカイツリーが立っているところ。この川のところに下から矢印が書いてあるんですけど、この川をみなさん下って埼玉、群馬方面からお船でいらっしゃるんですね。そして大川橋で船を降りられて、この雷門周辺でみなさん待ち合わせされるんです。ですので、いまでも、この雷門の周辺に待ち合わせをするお茶屋(いまで言うところの喫茶店ですね)がいっぱい残っています。みなさん、この周辺で待ち合わせをして仁王門のとこへ歩いて行くんです。そして観音詣でというからには、この浅草寺にお参りするのかと思いきや、ここから歌舞伎見物に行き、そしてお昼くらいにお弁当を食べながら芝居見物をして、そして夕方になったら花柳界、いわゆる芸者さんたちとお座敷遊びをするところで夕飯を食べて芸者遊びをして、そして最後に吉原遊郭に行って、夜になると門が閉まりますから、そこえ一晩泊まって朝帰るという観音詣での順路の形に浅草の街ができています。そしてここがお笑いで有名な方たちを輩出したのが、このロック街。芝居小屋や映画館がたくさん立ち並んでいる場所になります。

ここでみなさんに質問です。花街という時、花柳界と遊郭の違いっておわかりになりますか?

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「遊女はどちら」
遊女はどちらでしょう? 芸者さんはどちらでしょう? 正解はBです。特徴は飾りがたくさんついている方が遊女です。いちばんの特徴は、芸者さんは左づまという裾の持ち方をしています。右づまって芸者にはないんです。ここちょっとおかしいと思いませんか? 着物の巻き終わりは右にあるのに、左で持つんです。わざわざ左で持つのはなんででしょう? では、遊女さんと芸者さんの役割の違いはわかりますか? 遊女は、春を売る仕事、芸者は芸を売る仕事。ですので、男性の方に、そばに寄っていただいた時も、手が入らないように、衣装の形がすべて帯の結び方も違う、解けないようになっているのが芸者さんなんです。逆に遊女は、帯結びが前になっていて、着物の巻き終わりが右まで行ってないんです、つまが前重ねなんです、そして裸足、べっ甲のかんざしがたくさんついています。これが、いわゆる遊郭の装いになります。

芸者、芸妓、舞妓、半玉……何が何やらわからないかもしれませんが、花柳界には、芸者さんと遊んでいただくところと、この吉原とはまったく違います。吉原というのは江戸時代が公認でつくった遊郭です。この壁、道路も隔てたところに花柳界はつくられています。浅草花柳界、この中に芸者さんたちがいらっしゃいます。そして、舞妓さんは芸者にはなりません。舞妓さんは芸妓さんになります。東京に芸妓さんはいないです。いわゆる関西の呼び名です。関西ではまず半玉としてお弟子入りをします。それから成長して舞妓さんになって、成長して芸妓になります。関東周辺では、半玉から始まり、半玉が成長して、芸者になります。半玉って聞き慣れない言葉ですが、まだ半人前なので、半玉と言います。1本立ちして芸者になります。
そんな世界に私は入りました。芸者大学というのはできなかったんですが、いわゆる半玉の養成学校というのを企業の方たちと、浅草の街ぐるみで、伝統芸能の継承を行なっていこうということになり、そこの第1期生になりました。そして学校でおけいこを受けてそして伝統継承しながら、お仕事、お座敷、イベントですとかに踊りを踊りに行ってお仕事するんですけれども、そこでまた私の人生を変える出会いがありました。
本当に、もう出会いで人生が決まっていっているような気がします。また私を導いてくれた人に出会ったのが、アメリカでの出会いでした。アメリカにロッキー青木さんというレストランをチェーン展開されている日系の方がいらっしゃって、「アメリカ全米ツアーで日本の文化をみんなに伝えようというのをやるぞ」とお声をかけてくださったんです。

「やらせていただきます」と言って、アメリカ全土50ヵ所くらい行かせていただきました。その時、日本の方からは受けないような質問をたくさん受けました。 日本でもよく質問されるのが、「なあなあ、なんでそんな顔白いん?」です。なんでやと思います? あのね、日本の文化って、光の文化でもあるんですね。光と陰の文化とも言えるかも知れないんですけど、薄い闇の中、ロウソクがちらちらと、あるいは薪がちらちらと炊かれている中で、歌舞伎や演劇というものを行なっておりましたし、お座敷も薄暗かったんです。少しでもお顔をよく見ていただこう、きれいに見ていただこう……、それがこういったちょっとデフォルメチックになった、白い顔に表現されていたんです。
この時、アメリカで受けた質問は、「着物って、なんで長いのと短いのがあるの? そもそもなんで長いの? 邪魔じゃないの?」。男の子に聞かれました。私、考えたことなかったんです。「だって振り袖だもの。振り袖って長いんちゃうん?」と……。意味、由来とかを考えたことがなかったんです。そういうもんだと思っていたんです。でも、調べてみると、実は、ちゃんといわれがあるんです。

「振り袖のいわれ」
振り袖は単に装飾だけでなく、美しい、きれいなだけではありません。「魂呼ばい(たまよばい)」という言葉があります。この「魂呼ばい(たまよばい)」というのは、好きな男性の魂を自分の方に引き寄せるという意味があります。万葉の時代より、もう「呼ばう」という言葉が結婚の「婚」の字に重ねられていました。男性と女性が情を通ずることという意味なのだそうです。
約400年前の江戸初期、歌舞伎さん、お能さん、踊り子の風俗より生じたと考えられます。それを、女性たちがまねをしたことから大流行しました。やがて、振り袖は娘さんのことを意味するようになっていきます。当時は元服前の若衆や小姓たちも振り袖姿で、中性的な装いをするのが習慣となっていました。現在、七五三の時、男の子の衣装、袖が少し長くなっています。それも、当時の名残と言われてます。

「振袖火事 八百屋お七」
「八百屋お七」というお題目、聞いたことありますか。振袖火事は江戸で本当に起こった火事です。江戸八百八丁を焼き尽くしたと言われる火事なんですが、留袖というのは、結婚して、もうたまよばいする必要ないでしょうということで、振り袖を切って、袖を留めたことから留袖と言われます。振り袖の柄を続き柄にはしないで、上と下に柄をつけていたようです。井原西鶴の「西鶴俗つれづれ」の中に、結婚している女の子も結婚していない女の子も、19歳の秋にみんな袖を短く切るという風習が江戸にはあったそうです。切ないですよね。振り袖着てたらあの子未婚やってわかるんですが、19歳過ぎたら未婚でも既婚でも袖を切ってしまうんですね。そしたら、男の人から「好きや」と言ってもらえなくなるかもしれないですね。ですので、振り袖を着られない女性は、てぬぐいを袖の代用として告白に使いました。いまでもお正月のあいさつにてぬぐいを贈る習慣が一部に残っています。長いつきあいを願ってのものです。

「いとし藤」
いとし藤というてぬぐいが江戸には残っています。平仮名で、「い」を「いいいいいいいいいい」と10個書いて、真ん中に平仮名の「し」を書いて「いとし」。これで藤の花になるんです。「この人や」と思った人を見つけたら、「藤の花の手ぬぐいあげよ」って言われていたんです。現在のバレンタインデーのような女性からの告白の風習が江戸時代の街にもあったようです。

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「和のお作法とは
『調和を楽しむ』
ことからうまれます。」
アメリカで「なんで振り袖って長いの?」って聞かれて、「なんで長いんやろ?」と思い、そうした和のお作法というものを初めて考えるようになりました。それから、聞かれるたびに懐紙にメモをして、日本に帰ってから、いろいろな先生に聞いてお勉強をして、引き出しが増えていった中で、お作法というものの和の中の根っこ、これ違うかなと……思った自分がおりまして、そこから和のお作法をやっていこうと思いました。やろうと思って20年経ってるんですけど、毎日毎日「なんなんかな?」と思います。答えを見つけては、またこういう答えがあり、また答えを見つけてはこういう答えもあり、でもその中でもいちばん大切なことは、調和を楽しむこと、これじゃないかなと思います。

「そして『調和』とは
互いに異なることを
敬いあうことからうまれます。」
調和、それは、ハーモニーではないんです。みんなそれぞれ違う音、異なるものを出すけれど、その中で調和がとれているということは、「違うんだな、そしてこんな同じところもあるんだな」そうしたところを敬いあうことから生まれます。

「春夏秋冬」
日本人の和の文化というのは、まず季節から学ぼうとしました。春、夏、秋、冬、異なりますね。それぞれ「好き」な季節、あると思いますが、どっちが上、どっちが下というのはありません。異なるけれども、それぞれがすばらしい、この四季の美しさから日本人は異なることを敬うということを学んでいこうとしています。そして自然、自然の先には宇宙があります。

「様々な日本の心の中に生きる陰陽五行」

「二元(左・東←→右・西)」
二極です。太陽と月、昼と夜、男と女、内と外、そうした2つの対極にあるものから世界は成り立っているんじゃないかというのが陰陽説。古くは唐の時代に日本に入ってきたと言われています。まず、横の二元。左と右、東と西があります。今度横のニ元から上下の二元。上下、天地、上、下のことをかみ、しもとも言います。舞台の上手、下手と言い方もします。上手から登場って言う時の上手は左のこと、下手は右のことです。お能の舞台に行くと、橋が掛かっているんですけど、その能楽といいのは、幽玄の世界、踊ってはるのが違う世界から現世に着て踊っていることを表現するために、左と右で舞台のつくり方、上手、下手を使い分けます。あの世からの登場ということを表しています。

「三元」
これが今度、3つに別れてきます。天、地、中心、この三元が別れて、この三元の広がりが、東西南北という形に広がっていきます。この三元のことを天地人とも言います。そして、東のことを日足りの方角と言います、太陽は、東から昇って西に沈みます。日が足りると書いて左の方向、北を背にして東側、南に向いて立ったとき、左側が東です。西があの世とこの世を繋ぐ道、陽が沈んでいくところ。いわゆる浄土思想です。あの世ってあっちにあるんちゃかなあって。西方浄土という言い方もします。ということは、東側は左、西側が右。

「衣食住」
お作法の中には「格」があります。「格」というのは目に見えるもの、手で触れるもの、色、形、素材に「格」をつけています。いわゆるハードにカクをつけているんですね。それは方向も一緒なんです。この二元もそう。天地、どちらが「格」が上だと思いますか? 天は地より格上なんです。それは陰陽だと、陽のものを格上とします。陽は外に向かっているパワーです。ですので、男性が陽、女性が陰、受け止める形になっているというのは陰です。そうするとむずかしいのが、左と右、東と西、どっちがが格上かなとなった時、上になったのが左です。陽が足りている方向です。この法則でつくるのが。神社仏閣の建築、神棚飾らはる時に、北を背にして、真ん中に神様を置いて、次の神様は左側から置いていきます。
日本料理屋さんの席次。どこの席が上手、貴賓席なんかなと……。まず床の間は必ず、北を背にしていちばん貴人の方たちが座っていただく方角に設えてあります。その床の間を背にした席がいちばん高いんですけど、その次の席がみなさん迷わはります。床の間の前に座ってもらった後、まずドアに近いところです。でも人がいっぱいいて右なのかな? 左なのかな? どっちに自分はいたらいいのかな? と迷われた時、あるいはお父さんとお母さんとご一緒に行かれる時、どっちに自分はいたらいいのかなと……迷われた時、床の間を北を背にして左側が上です。一回そうやって立ってみてください。こうしていただくと、日本料理屋さんに行った時の席、すごくわかりやすいです。あの、これ反対から見ないでくださいね。だから右左で覚えるよりも東西で東は左で覚えていただくとわかりやすいです。

「暦・神仏・和算」
そうした日本の心の現れ、しきたり、決まりごとは食に現れています。建築にも現れています。そして衣服、有職故実というしきたりがございます。そして神仏、お祈りするときの作法、暦、空を見て星から暦をつくって四季を読み解きます。そしてこの和算。聞いたことあるでしょうか。日本の数学というのが江戸時代にとても発展していて、この下、算学、こうした形で読み解いた数学を神様に奉納するという儀式が行なわれていました。神様の前でみんなで数学大会をするんですね。そしてそのあとに数学がもっと上手になりますように……ということで神様に算学を奉納しています。こうした数字なども、ひとつのしきたりの「カタ」です。

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「しきたり の カタ」

「お抹茶のいただき『カタ』」
まず作法を勉強にいらっしゃると、「お抹茶をどうやって飲むのかな」という「カタ」と言います。この「カタ」をすごく気にされます。お抹茶のいただき方、みなさん回すのはわかっているんですが、「先生、これ右ですか? 左ですか? 二回ですが3回ですか?」まず、そういうことを勉強したいと言われます。

「三つの口」
この「カタ」、飲み方。三口で飲むと言われています。三つの口。一口でもダメ、五口でもダメ、なんで「三」なんだろう? 「三」というのは調和のいちばん取れている数字と言われているんですけど、口を三つ並べた時、何か字に似ていませんか? そうです「品」です。三口がちょうど品がいいんです。三がいちばんバランスの取れている、調和の数字と言われています。建築でもやはりバランスがいいようで、スカイツリーの土台も実は三角形になっているそうです。その方が高い建物を建てるときに安定感があるそうです。

「御祝儀袋 水引の結び『カタ』」
御祝儀袋、この水引の結び方にもしきたりがあります。これは結婚式などに使っていただく淡路結びという結び方のひとつです。結婚式の時は特に水引の数も決まっています。白5本、赤5本です。そしてちょっと気にしていただきたいんですけど、左側。自分がお札になった気分になっていただいて、左側が赤ですよね。太陽の登る色、陽の色です。この結び方のことを十本結び。二重陽結と言います。二重に陽を結んでいるんですね。「陽」というのは「陰陽」の「陽」です。この「陽」ですが、数字にも陰と陽があると考えたんですね。奇数が陽数、割り切れる偶数は陰数です。ですので、おめでたい時には、着物の重ね方、懐紙の重ねる枚数、お菓子を出す数とか、すべて陽の数字を使います。生ける花の本数、お茶室の竹の節の数とか、割り切れる数になっていないんです。

「二重陽結 水引五+五=十本結び」
特におめでたい結婚のお祝いは、二重に陽を淡路結びです。リボン結びは絶対だめですよと教えているんですけれど、淡路結びは引っ張っても解けないんですね。陰と陽、男性と女性、赤と白が5本ずつ手を伸ばし合って結び合っている形になります。

「手と手を取り
おもいやりあう互いの心」
手と手を取り、おもいやりあうお互いの心を結び方で表現しているんですね。絶対その手離すなよ」という意味で結ばれているのが二重陽結になります。そして、この手と手を取り合っている真ん中にハートマークが書いてありますけれど、この袋の中、お心を入れていただかないと、空っぽではダメですよね。

「心の『チ』を通わせる」
この心、お気持ちというのを「カタ」に通わせていただく……、

「おもあい」
これを「おもあい」と言います。「おもあい」というのは「おもいやりあう」という言葉から来ています。生徒さんたちに「マナーってなんですか?」、「お作法って何ですか?」と聞きますと、「おもいやりです」って答えてくれます。おもいやりって、一方的になってしまうこともあるかもしれない。こちらにとってはおもいやりかも知れないけれど、相手にとってはどないかわからない。向こうは思ってしてくれはったんやろなと思っても、わからない。このおもいやりというのは、「おもいやりあう」。キャッチボールになって初めて、「おもあい」になると言われています。まず投げたボールに気づいてキャッチする、またそのボールを投げ返す、このやりとりができて初めて、「おもあい」になります。

「『カタ』に『おもあい』をこめると……」
例えば、お抹茶の飲み「カタ」を例にとりますと、あの飲み方、お茶碗、回しますよね。なんで回すんでしょう? ちゃんと理由があるんです。出してくれはる人が、あなたにいちばんいいお茶碗の見てもらいたい方向で出してくれるんです。「ここ、いちばんええとこやからここ見て」と。そしたら、「ええとこ見せてくれておおきにありがとう。でもここに直接口をつけるのん申し訳ないよな。ちょっと見させていただいたけど、よけさせていただきます」と謙遜するんです。そして、三口でお茶をいただいたら、また正面に戻して「ああ、いいところ見せてくれはるなあというのを持ったままでは危ないので、このモノに対しての敬意を払うために、一度ちゃんと畳の上に置いて、そしてしっかり身を屈めて、これを壊さないように、そういった気持ちでていねいに扱うんです。そして、「見せていただきました。この柄楽しませていただきました。でも、この柄、あなたも見てね」と、正面を向けてお返しするんです。お抹茶を淹れてくれた人はその一連の所作を見ることによって、「あ、気づいてくれはったわ。いちばんええとこ見てくれてはる。また、ええとこ私に向けてくれはったんや」この会話、お茶室で、声に出して言わないで、所作で会話する、これがきめごとのしきたりなんですね。なんで言うたらあかんのでしょう。せっかくね、お茶のお湯がぽこぽこぽこぽこ、風の音がカタカタ……、そんな自然の音をのんびりするなあという中、しゃべると聴こえなくなってしまいますから、お所作でその思いを伝え合うという決まりごと、これが「カタ」になります。そして「ありがとう」という気持ちを込めると言葉だけではないコミュニケーションが成り立ってくるんです。

「所作がぐっと美しくなります。」
それだけではないんです。「チ」を込める、思いを込めることによって、「カタ」のお所作がグッと美しくなります。感じるようになるんですね。

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「相手のボールに
気づくことができるようになります。
ボールいこめられた「チ」を実感として
共感できるよう感受性が育ちます。
情緒力あふれるたしなみが
香りたつようになります。」
まず、相手のしてくれた好意に気づくようになります。自分もするから。それまで自分がしなかったら気づけなかったことにも気づけるようになります。もしかしたらあれ用意してくれたのかな、と気づける自分になったら、今度そのボールにこめられた「チ」を実感として、共感する感受性が育ってきます。そうすることによって、また一段と情緒あふれるたしなみが香りたつようになります。この「香り」大事です。

「めざすは
美しい『カタチ』もあらわすこと」
この「カタ」に「チ」を込める、「カタチ」になります。「カタ」だけに重きを置いていると「カタ」落ち。「チ」「心」を軽んじてしまうと「おもあい」を軽んじてしまうと「カタ」落ちしていまい、また「思いだけあったら分かるやないの」って言って「カタ」を軽んじてしまうと今度は「チ」が落ちてしまいます。ちゃんと「カタ」と「チ」のバランスがとれて初めて「カタチ」になります。この「カタチ」を美しく表せるようになること。カタチ」を美しく表せるようになると、自分の出しているものがにおいではなく香りになっていきます。

「カタチであらわすおもあいの心
・ありがとうの『カタチ』
・よろしくの『カタチ』
・いつくしみの『カタチ』
・「いのりの『カタチ』」
衣食住、神仏和算、暦などに現れていきます。祈りの「カタチ」、豊作豊漁になりますように……と人は神社仏閣での祈る時の作法が生まれてきます。

「感謝」
そして「豊作豊漁でした」と感謝することにより「いただきます」という食の作法が生まれていきます。

「三の調和
格あわせ」
格は大きく分けると3つあります。真、行、草という言い方をします。真がいちばん高い格になります。そして草がいちばんカジュアル、そしてその間が行。みなさん聞き慣れている書体に行書体、草書体、そして真のことを楷書体と言います。これがすべての格の中で調和されて、初めて格あわせになっていきます。真の格は、例えば結婚式とか、しきたりからずれてはいけない格、草はカジュアルだから一緒にいる人たちに合わせたらいいと思います。

例えば、ごはんとお味噌汁。これも格があります。ごはんとお味噌汁は、ごはんの方が格が上だとされています。ですので、ごはん必ず左の方角に置きます。尾頭つきのお魚を置く時も、魚の頭、必ず左の方向に置きます。その方が右利きいは食べやすいというのもあります。

「カタチの調和
色あわせ
柄あわせ
地風あわせ」
色、さきほどもありましたね。白と赤とか。

「天地人の調和
ときあわせ
ひとあわせ
ばしょあわせ」
この、時、人、場所、いわゆるTPOです。しきたりをTPOに合わせていくことで、格式が調和されるんです。正しい格好をしていても、TPOが合わなければ、格合わせができていないので、それは、ふさわしくないということになってしまうんです。こうした、素材の格、柄の格、こうしたものを調和させていただくことによって、お作法の格というものが決まっていきます。

少し、のぞいていただけましたでしょうか? 「カタ」と「チ」そして「カタチ」というものがお作法の中にはあります。手と手を取り合って、おもいやりあう互いの心、「チ」の部分と「カタ」というしきたり、例えば、5本と5本、赤と白、そうした水引を結ぶことによって、おめでとうという気持ちを祈りのカタチに表していく、こうした作法の由来というものも楽しみにしていただけたらいいなと思います。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

お客さま:
これからどんどん国際化が進んでいくと思います。外国の方にいちばんにお伝えしたい日本の良さは何だと思われますか?

林さん:
例えばこちらに華道があれば向こうにもフラワーアレンジメントがあります。こちらに香道があれば、向こうにはパフュームがあります。それも文化じゃないですか。でも、その文化の中に精神性、哲学性、生き方、そういったものを見いだして行った日本文化の深さ、由来をお伝えしたいな、自慢したいなと思います。

お客さま:
今年の9月からアメリカに留学します。身につけて作法や「カタチ」があれば教えてください。

林さん:
おしつけるのではなく、美しいなと思っていただける機会があるかもしれない、お箸の所作、美しく食事をいただく、これをできるといいですね。日本料理の食べ方の特徴というのが、まず器を持ち上げるということ。これは西洋、東アジアとも異なります。ドリンクやスープだけじゃなく、固形物、ごはんなども日本食は持ち上げます。これは、生活様式の違いで、私たちは低いテーブルで食事をいただいていたんですね。西洋はハイテーブルで正式なお食事をいただく文化です。テーブルと口までの距離が違うんですよ。ですので、お茶碗をちゃんと両手で持ち上げて、お箸でいただく、このことから、日本料理は、五感すべてで楽しむ文化なんですけれども、日本料理の場合は特に、舌だけなく、手の触感で楽しむ文化でもあるんです。そのために食器のバリエーションが広いんです。木、漆、鉄、竹、土ものがあり、石ものがあります。そして、柄と素材のバリエーションがあります。持った時のぬくもり、触った時のごつごつ、ツルツル感、それも楽しむ文化なんです。そういったものをちょっとできるといいですね。 あとおすすめはホットケーキミックスとあんこを持って行くといいですよ。これでどら焼き、簡単につくれるでしょ。留学先でちょっとそんなん紹介してみたらどうでしょうか。

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お客さま:
舞妓さんのお化粧はどれくらいの時間がかかりますか?

林さん:
お化粧はするの10分、落とすの3分。慣れです、慣れ。毎日のことなのでね、どんどん早くなるんです。早くしないとダメなんです。着物も全部合わせると、どんなに急いでも1時間くらいはかかってしまいます。

お客さま:
日常の暮らしの中で和の心が減ってきていると思われますが、何か提言はございますか?

林さん:
減ってきているということではなくて、和の心の「カタチ」が変わって来ているんじゃないかなと思います。お作法を研究していますと、奈良時代、平安時代、鎌倉時代、江戸時代、それぞれ「カタ」というものが変化してきているんです。流派によっても違いますし。その変化は時代の変化なんです。生活様式の変化であり,文化の変化であり……。そうすると、現代の日本に合った作法のカタチというものが必ず存在してくるはずだと思うんです。そういうことを考えると和の心は失われていないと信じたいですね。こないだ、うちの生徒さんが、隣から流れてきた三味線の音を聞いて、生まれて初めて三味線の音を聞いたのに「先生、懐かしい」って言ったんですよ。それを聞いた時に、希望の光を感じました。私たちの体の中にはDNAが流れているんじゃないのかなと思いました。そういうことを感じることも多々ありますので、これからまた永遠に変わらない神髄、といったもの、そして変わり続けて行く「カタチ」があり続けてくれればいいなと思います。

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お客さま:
これだけは気をつけたらいいよというポイントがあれば教えてください。

林さん:
指先。指先をそろえる。これだけで所作、すごくよくなります。小指は離さない、親指は中。どら焼きのように(笑)少し丸みを帯びさせて、指先は4本必ずそろえて、親指立てない、中に入れる。そうやって大事にモノを扱うということです。ドアを開ける時、電話を取る時、ほかのことを考えないで、少しの意識を指先に持っていただくと所作がすごく美しくなると思います。所作を美しくするというのは、きれいに装うというのではなくて、ものを大事にするということです。毎日、ちょっと気をつけてみてください。

お客さま:
例えば電車の中などで感じるのですが、最近「我先に!」という方が多くなった気がします。自分はマナーを守って暮らしたいと思っていますが、正直バカらしく思うこともあります。まわりが守っていないのに、自分がほかの人々に席を譲ることをどう思いますか。

林さん:
気持ちわかりますよね。自分もあほらしいからせんとこかな、という気持ちもよくわかります。そやけど、どうです? そういう人見て美しいですか? 気持ち悪いですよね。「カタチ」は香りになっていくものなんです。自分が誰かに与えている影響力って、意識していなくても絶対持っているんですね。人っていい影響ばかり与えているわけではなく、悪い影響も与えてるかもしれません。必ず影響力って持っているんです。でも、その時に「くさい!」っていう「におい」を発しているのかよいい「香り」を発しているのか……。どっちになりたいですか。それは自分自身の選択なんです。そういう人がいても、「そういう人もいるな、でも私はこうしよう」と思う、「そういう人もいるから、ほんならせんでえーわ」って思う、それはご自身の選択、生き方になると思います。日本の作法の求めている「カタチ」というのは、やはり「香り」を自分から立たせて行くこと。そのためには、理想かもしれないけれど、そういったものを追い求めていって、それができる自分になっていけるように、生きていきませんか? というのが求道精神であり、自己を磨き続けていくことなのかなと思います。

フェリシモ:
本日の公演のしめくくりとしてメッセージをお願いします。小春先生にとって「おもあい」とはなんでしょうか?

林さん:
「おもあい」とはひと言で言うと「根っこ」。自分自身の根っこなんじゃないかなと思います。自分自身の国の文化に対する知識、誇り、愛情とか。人生しんどいこともたくさんありますでしょ。人にバカにされたり、落ち込んだり、そうした時に自分を踏ん張らせてくれる、必ず戻ってこれる、そういった文化は根っこなんじゃないかと思っています。ですので、根っこを育てていただければいいなと思っております。



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林 小春(はやし こはる)さん<作法研究家>

林 小春(はやし こはる)さん
<作法研究家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1993年「こはる」としてお披露目。江戸情緒残る東京浅草を中心に国内外で、伝統文化普及の仕事に従事。「舞踊」「茶道」のほか「礼法」「作法」「伝統芸能」「着物」「国際マナー」などを学び、国内海外伝統文化普及公演活動を行う。2001年N.Y.のテロ後帰国、活動拠点を日本に戻し、その後ホテルニューオータニ日本料理店紀尾井町十和田にてマネージャー兼スタッフ接遇指導を務める。海外生活から、和のマナーを上手に取り入れることで生活が豊かになること、自国の文化をきちんと知る・伝えることの大切さを痛感し、2006年日本人が失いつつある伝統的な作法を学び、また国際的な教養を育む教室、和のお作法学校「ジャパンビューティマナー」を設立。現在、和のお作法学校「ジャパンビューティマナー」代表として、若い世代や海外の方へ日本の伝統の良さを広める活動を行う。文部科学省・経済産業省認可着物インストラクター、プロトコール(国際マナー)インストラクター、日本舞踊花柳流名取などの資格を持つ。輪のお作法学校「ジャパンビューティーマナー」代表。

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