神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「念ずれば花開く」



<第1部>

はじめまして。今日初めて朝日ホールに来たんですけど、ホールのまわりに何の木が植わっているかご存知ですか?

会場:
プラタナス、ケヤキ……。

ふだん歩いていても、その木が、木陰をつくってくれていることとか意外に知らないですよね。毎日通る通学路、通勤路に植わっている木、「何の木やったかな?」という人、結構多いんです。ホールのまわりにプラタナス、ケヤキが植わっていたと聞きましたが、じゃあ「町にこの木を植えましょう、何メートルの木を植えましょう、どういう間隔で植えましょう」というのはどういう経緯で決まっていくか、みなさん知っていますか? 今日は、木って意外に人の生活に役立っているんだなとか、木が無意識の間にもたらしてくれていることとか、人が木を触ることは本質的にどういうことなのか、また、植物の仕事の裏側の話をしていこうかなと思います。

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香港に住んでいる親戚が「久々に日本に帰ってきたら、こんな大きな虫がいて、スプレーで殺したのよっ」っていうんです。その虫は多分カナブンだと思うんですけど、スプレーしたら死んだそうなんです。「よかったわー」って。その時に僕、「ゴキブリ殺すはいいけど、カナブン殺すのはかわいそうやな」って言うてしまったんですよ。なんか僕の中で、ゴキブリは殺すもの、カナブンは窓の外に逃がしてあげるものっていう、なんかそんな感覚があるのかな。
ゴキブリを殺すのもカナブンを殺すのも、花を切るのも、全部同じじゃないですが、でもかわいそうか、かわいそうでないか境目はどこにあるのかな。僕は、プラントハンターというあやしい肩書きで呼ばれていますが、木を取ってきたり、木を殺したり、いろいろするわけです。僕が木に対してやっていること、多分、植えたり育てたりすることの方が圧倒的に多いかもしれないけれど、でも、たくさん木を殺めているんです。それをなぜかわいそうと言われないのか。ゴキブリとカナブンの話も一緒。どうですか? カナブン死んだらかわいそうと思いませんか? 僕が大きなプロジェクトをやったあとに、ニュースになるじゃないですか?「感動しました」、「よかったです」とお客さんが喜んでくれたりするんですよ。今まで12年この仕事をしていますが、2、3回あるんです。「かわいそうだ」とか、「桜だってそこに咲いていたら切られることなかったのに、あなたが切ったから」と言われたことがあるんですよ。だけど、たとえば倦怠期になった夫婦の旦那さんが会社帰りに花束を買って帰ってきてくれた、すごくうれしかった。でもその花束、100本の花だったとすると、100本の命が刈り取られているものかもしれないじゃないですか。それをもらって人は喜ぶわけですよね。不思議なものだなと思って。僕はそういうことの境目で戦っている、そういうところで仕事をしているんです。

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まずプラントハンターについてお話します。プラントハンターって、実は、すごく伝統的な職業で、今から200~300年前に、ヨーロッパを中心に生まれ、活躍した職業です。その昔、貴族、王族など豊かな人たちがいました。彼らには富がありますから、自分の生活をより良くしたいと思っていました。経済的に豊かな人であれ、そうでない人であれ、みんな、豊かになりたいという気持ちを根源的に持っているんです。自分の生活を豊かにしていくためにどうしたかというと、まずいい家に住みたい、そう思ったら建築家に家を建ててもらう、いい家具に囲まれて暮らしたい、じゃあ、家具職人につくらせる、毎日おいしいものを食べたい、じゃあいい料理人を呼んで来る、そうやって自分の生活をどんどん豊かにしていくわけです。最後に、王族や貴族がほしくなったものは、誰も持っていない美しい花が咲く庭だったんです。美しい花やおいしい実のなる木を探してくるという職業の人がいて、それがプラントハンターです。

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(スライド)
この人は誰か分かりますか? シーボルトです。ただのハゲじゃないですよ。日本にいち早くいろんな植物を紹介した人です。シーボルトが持ち帰った植物が今でもヨーロッパにあるんですけどシーボルトも商売目的で植物をやるんですよ。プラントハンターは夢とロマンの世界で生きているなんてよく言われるんですけど、もちろんそうなんですけど、現在のプラントハンターは、例えば舞台にこんな植物がほしい、こんな舞台をつくりたいと言われたそれに合わせた素材を用意します。能舞台に大きな植物がほしいとなると、そういう材料は作品をイメージして、あの山に行ったら手に入るかなとか……。

(スライド)
たとえば、こういうのを山で取ってきます。あと海外に出向いた時には、まだ日本に入っていないめずらしい植物、貴重な植物、日本中で需要があります。そういうのを届ける仕事をしています。

(スライド)
昔から「花宇」は寺院、生け花の学校に納める材料の調達も長いことやらせてもらっています。そのステージのために咲かせたり、舞台に合うための植物を提供したり、海外のまだ見ぬ植物を見つけて、こういうものだったら驚きを与えられるんじゃないかとか、そういう植物を常に探しています。だいたい日本の観葉植物はきちんと形が整えられているのですが、そういうのではなく、はみ出したような植物を採ってきたり、もちろん農園からかっこいい植木を見つけては、掘って都会に届けたりする仕事もしています。海外で仕入れる時もあれば、それこそ海外の広場に植わっている木を取ってきたり、逆に海外からのお客さんに頼まれたら日本の木を探してきて、海外に売る、そういうこともプラントハンターの仕事として、しています。植物をただ採ってくるだけじゃなく、生かしてなんぼというところがいちばんの醍醐味だと思います。つまり植物の輸送のプロです。小さなものから大きなものまで運ぶ、こういうのも貴重な仕事です。最近の需要で多くなってきているのが、こういう室内に飾る観葉植物です。

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(スライド)
これも、あこがれの植物だったんです。ようやく届けましたとメキシコに行って、許可を取って輸出業務をしてくれるところを探して……。海外の王族からも依頼があり、植物を運んだりしています。昔は、ハイスタンダードな人のために植物を運んだり、今は、日常のいろんなシーンのために植物を運ぶというのもしています。僕みたいな若い何の資格もない人間が言うのもあれなんですが、プラントハンターという仕事は、こういうちゃんとした仕事です。

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僕が、プラントハンターと言われ始めたのは、デザイナーの友達が「清順の仕事おもしろいからブログを書いたらいいのに」と、ブログのページをデザインしてくれて出来上がってきたブログの題名が「プラントハンター」だったからなんです。個人のブログだし、そんなにたくさんの人は見ないだろうと思っていたら、どんどんブログが1人歩きしていったんです。

(スライド)
「なぜプラントハンターになったんですか?」って言われるんですけど、たまたま僕の生まれた家が、明治から植物にまつわる仕事をしていた。そんな家に生まれた、それだけのことなんです。実はうちの会社は、明治の時代からすでに温室を建て、植物を育てたり、開花調整をして桜を春より先に咲かせたり、温度コントロールをしたりして、そういうような仕事をしていたんです。

(スライド)
「花宇」には僕が生まれたころから、何人も職人さんが住み込みで働いていました。

(スライド)
うちの会社の外観です。世界、日本中からおもしろい植物が集まっていて、気がついたら、常時3000種類くらいの植物があります。この数は個人の業社だとぶっちぎりです。どこの植物園にも負けないくらいの種類と量があります。

(スライド)
最近は、貴重な植物に加えて、家庭に普及しやすい植物も生産管理、育てたりもしています。

(スライド)
植物業界の常識的な話をします。うちの会社はさまざまな植物を扱っていますが、それはどういう流れになっているのか、この分かりやすいシートで説明します。(笑)。

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まずいちばん上が、お客さん。植物を使うような会社、ディベロッパーはマンション、商業施設を建てるとか、もしくは代理店がイベントを受けて植物を入れる、例えば行政機関が緑で町おこしをしたいから植物が必要だとか、いろいろなパターンがあります。こういう人たちが植物の素材がいるなと思ったら、それを問い合わせをしたり発注するのが、だいたい造園屋、グリーンショップ、ガーデナー、フラワーデザイナー。要はなんか植物が必要だなと思ったら、用途に合わせて花卉園芸業界の会社に依頼をします。花卉園芸業界の人たちは、こういう注文、依頼を受けたら、この人たちはどこから植物を調達すると思いますか? それは、大抵の場合は市場からです。日本の都市には、花市場、植木市場、問屋さんがいっぱいあるんです。花屋は、そこに週に数回、買いつけにいきます。問屋は日々市場から切り花、観葉植物を仕入れていますから、小分けにして売っています。99%このルーティンにのっとって行なわれているわけです。つまり、FAXか電話かクリックで買える植物なんです。

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(スライド)
この市場や問屋は、生産者から調達します。市場が生産者に問い合わせ、発注をします。例外はありますが、たいがいはこのルーティンです。僕がこの仕事をやりはじめて、その流通を知った時に、市場とか行っても、ぐっとくる木がないんですよ。全部規格を満たすために支柱を立てられたり、コンパクトにまとめられていたり、ワンケースに多く入るようにつくられていたり、輸送しやすいようにまっすぐだったり……。なんか植物ってかっこよくないなって思ったんです。それまで、僕は留学したり、海外をいろいろ放浪しとって、植物ってもっとなんか解き放たれたようなすごみとか、半端じゃないエネルギーを感じたのに、この仕事し始めたら、かっこいい植物に出会えないなって感じた時がありました。

(スライド)
では、植物の卸問屋「花宇」がこのカテゴリーのどこに入るかと言うと、また全然別なんです。たとえば、「1月28日に7部咲きの3mの桜が25本ほしい」とか「その1本を持って来ることによって、場の雰囲気を変えてしまうような、シンボルツリーがほしい」と言われた時、その植物が流通にのっていないわけなんです。そんな時に問い合わせてもらうのがうちなんです。僕らは生産者から仕入れることももちろんあるんですけれど、市場に買いに行くわけではなく、基本的には流通にのっていない植物をメインにやっているわけです。生産者は、植物を育てては市場に出荷するわけですけれど、「次の時代何が売れるかな?」とうちに探しにきたり、「何を育てたらいい?」と相談に来たりします。もちろん得意先のこういった人たちは、図面、スケッチを持ってきたり、「力貸してね」と言って来る、これがうちの会社のスタンスです。

(スライド)
満開の桜が最後に出て来る能舞台があったとするじゃないですか。その桜を仕込む時に生け花の先生が出て来るわけです。先生は「すごいですね,先生。まだ2月なのにどうやって咲かせたんですか?」と聞かれているんです。それを僕らは舞台裏で見ているんですけれど、先生は「えっと……」となるわけです。「産地はどこですか?」と聞かれても答えられないんです。自分が切ってきたわけじゃないし、自分が2月に咲かせるノウハウがあるわけではない。
で、生意気なんですが「こんなんでいいんかな?」と20代前半に思っていました。12年この仕事をして思ったことは、表舞台で植物に携わっている人で、植物に詳しい人はそんなにいないってことなんです。やばいなって思いました。例えばものすごいベテランの先生から、「コケのついた梅がいるのよ」って注文が来るんです。100年経ったような枝を渡すと、「ありがとう。すごいわね。よっぽど厳しい山の中にあったんでしょ」と言うんです。「えー?!」ってなってしまいました(苦笑)。梅は野生に生えるもんじゃないんです。里にしかないものだから……。また、ウメモドキを持って行ったら、「あれ?ウメモドキって葉っぱついてるの?」って先生がびっくりするわけですよ。いつも出荷する時に葉っぱをむしって、真っ赤な実だけにして出荷するんですね。それをむしり損ねて葉っぱが残っている場合があるんです。先生方は、花屋で植物の状態がきれいに整えられたピークの時にしか見れていない、けれど、それにいきつくまでに、梅が厳しい山に生えているわけがない、ウメモドキはジメジメしたところの方がよく育つとか、なぜこの植物が2月に咲かせることができたのか。表舞台で華やかに彩ってきた植物の仕事の、本当の部分、根っこの部分を知らない人が多かったんです。
この話を20代後半に、金沢の21世紀美術館でしたことがあるんです。そこで全国の生け花の家元が集まってする大展覧会が開催され、なぜか僕が講演者として呼ばれたんです。それで、全国の家元がいっぱいいてる中で、今と同じような話をしたんです。そうしたら、一部の人にむちゃくちゃ嫌われました(笑)。

(会場:笑)

年商がばちこーんと下がって……(苦笑)。生意気ですが、本当のことを伝えなきゃと思ったんです。でも、そんなある日大手の日比谷花壇さんが、「私たち、結婚式とか葬式、ホテルの装飾などに花を生けるんです。お客さんがすごいねってほめてくれるんですけど、この花の品種何? って聞かれた時に、私たち答えられないんです。私たちは人に植物を提供しているんだけれど、恥ずかしい」って言ってくれたんです。それで、講演してほしいと言われたんです。プロの人が本当のことを知りたいと言ってくれてすごくうれしかったんですよ。講演をして、みなさんにとても喜んでいただきました。みんな花のアレンジの仕方だけじゃなく、どういうふうに植物の仕事が成り立っているのかということに興味があったんだなって思って、すごくやりがいがありました。

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同時にブログもずっと書いていたんです。でも、実は「花宇」は世の中に出たらダメな会社やったんです。「花宇」がどんなに入手困難な植物を入手したとしても、それは最終的に世に出るときはデザイナーさんの手柄だったり、市場の手柄で、卸屋のうちの名前が出ることはなかった。それがすごいかっこいいなと思い、僕ん家の仕事イケてるなと思ったんですが、ただ僕も若かったから、だんだん我慢できなくなったんです。「俺らの方がすごいのに!」みたいな……。「あそこの桜はうちがやったんだよね」とか言いたくなったんです。例えば、神戸界隈でも結構いろんな仕事をさせていただいているんですけれど、「実は僕がこれをやっているんです」といい始めるとキリがないんです。うちの会社にいろいろなプロから寄せられる案件は、年間2000件を越えるんです。
ある時、そろそろうちもホームページをつくろうということになり、「こんな植物あります」、「こんな仕事していますと」いうことを書き始めたんです。いくら秘密の存在と言っても、ホームページくらいはほしいと思って、親父に言ってつくったんです、そしたら、得意先が「やめてくれ」と言うんです。「あんたがこれできるってばれたら、私の手柄がなくなる、『どうせ花宇さんでしょ』と言われたら、格好つかへん。頼むから、世の中に姿を見せないでほしい」と涙ながらに言われたんです。

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僕もお客さんに迷惑かけるわけにはいかない。その人たちのおかげで今があるわけですから。でも本当にその人たちが世の中を緑で豊かにしてくれるかという疑問はありました。じゃあ、ホームページがダメやったら、ブログ書いたろと思って、どこどこに納品するというのは書かないけれど、こんな気持ちでやっているとか、こういうふうにして松を仕立てるとか、桜を育てているというのを書き続けていたら、それが大きな変化をもたらして行きました。

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(スライド)
ある時に、このシートのいちばん上のところの人たち(末端のユーザー、つまりディベロッパーや代理店)が「花宇」に興味を持ち始めたんです。その原因は、ブログを書き始めたこともそうだし、メディアに出たというのもあります。いちばん上の人が、つまり大きなパイを持っている世間が「花宇」に興味を持ってくれて、いろいろな依頼が来るようになったんです。「こういうプロジェクトがあるから、それに見合う提案をしてください」、「植物を使ったこんなプロジェクトがあるから、清順さんも参加してほしい、とか。「○○を○本ください」という植物素材そのものの注文のではなく、もっと大きなプロジェクトの依頼が来るようになったんです。僕の中に2つの僕がいて、「140年やってきた中、でしゃばって、うちのお客さんが文句言わへんやろかという心配する僕」、もう1つは「おいしいな」と思った僕がいたんです。世間が僕のことを見つけたら、植物業界では多分誰にも負けないだろうという自信があって、今でも例えば、勝手に自分を1番とすると、2番と3番が20人ずついても、僕が勝つという気持ちだったんです。僕は、小さくても大きな影響力を持っている会社だと思って仕事をしています。職人として僕はこれまでの仕事の仕方も大切だ、経営者としての僕は食べていかないといけない、植物を扱う仕事ってなかなか儲からないんですよ。ある時、「借金2億あんねん」って親父に言われて「マジか?」みたいな……。

(会場:笑)

それからさらに6、7年後、「借金2億かと思ったら、4億だった」と言われて「えー!」ってなって。大変だなって思ったわけですよ。働いても働いてもなかなか裕福にならないな、大変だな、このままじゃヤバい。これが3つめの理由なんですけど。そしたら、このいちばん上のパイを獲得しないと僕は生きていけないし、僕の人生もおもしろくない。それに、植物の本当のことも伝えたい、そういうふうに思って、この分かりやすい「そら植物園」という活動をすることになったんです。これはどういうことかと言うと、これまでは、世間から仕事を受けても、プロの業者御用達の卸屋としての花宇は一見さんお断りでした。でもそら植物園という窓口をオープンし相談を受けたら、ネットワークを駆使して、コラボをやっていきます。そういうスタイルの仕事を始めました。

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「そら植物園」

つまり、コンサル業を始めたんです。ただ窓口を設置するだけじゃなく、根底には、さきほど言ったような、ちゃんと植物のことを伝えた方がいい、どこかから依頼を受けて、プロジェクト完成のために、「やっぱりすごいな植物はおもしろいな」と言ってもらって植物好きがどんどん増えていくように……。「人の心に植物を植える活動です」って言ってるんですけど、そういう志でやっていくわけです。

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「京町筋」

そら植物園に入ってきた仕事で、三宮のセンタープラザの京町筋にあるホールをを変えてほしいという依頼がありました。それで、ここを植物園にしたらいいんじゃないかって思ったんです。海外に行ったら、植物が真ん中にあった、その植物を中心に人々が憩っている。日本って逆なんですよ。日本では植物は端っこに寄せられるんですよ。それがすごい悔しくて……。でもプレゼンで勝ったので、センター街にマゼラン植物園ができるんですよ。ただ、決まったと思ったら、耐震構造がなっていない、お化粧直しする前に構造を直さないといけないので今、ストップになっています。でも、GOが出たら、ここが立体的な植物園になる予定です。町の中にこんなんあったらおもろいやないですか。ここに、マゼラン海峡と名の付いたシンボルツリーを南米から取って来ようと思っています。

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植物を触る仕事っていいイメージがありますが、環境に良くないんです。重油を使って船で運んだり。だから植物の仕事がなくなると環境が良くなると思います。切り花もなくしたらもっと地球にとって優しいはずなんです。温室の温度管理のために重油を使う、植物を日夜トラックで流通させている、そう考えると植物は石油製品なんです、本当はない方がいいんです。でもとんでもない量の植物が生産されて消費されている、これは変わらないんです、人がほしがるから。やっぱり結婚式の時に一輪も花がなかったらさみしいじゃないですか、だから、僕がやっていることも大事。やっぱり、人が生きていく上で、何かしら命をいただいて暮らしている。僕はたまたま植物だったけれど。結局人間は世の中は何かをいただいてしか生きていけない。これだけの木をわざわざ何千万のお金払ってまで、危険な思いをして、ダニに噛まれながらも運ぶ、なんの意味があるんだろう、やっぱり、植物を運ぶことは、僕はメッセージだと思うんです。人が花を渡したり、木を植えたりすることも、全部エネルギーが必要です。僕はリスクは背負うけれど、その分届けられるメッセージは大きくて、そら植物園がプロジェクトをやった、それを見て感動した、というような思いが大切だと思うんです。茶室の1輪の椿を届けるのも、地球の反対側から巨木を運ぶのも同じ気持ちで、ただやっぱりそこに待っていてくれる人がいたり、それを運ぶことによって、植物の魅力を伝えたり。植物好きを増やしたいんですよね。だから1人くらい、こんなことをやるやつがいてもいいかなと思ってやるわけです。ただ植物を飾ればいいというコンセプトじゃなく、こうやって受けた仕事をすることによって、メッセージを届けられるか、こういうことを1つのテーマにしてやっています。

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そら植物園がやってきた、事例をお話させてください。いろいろな会社から企画をいただいて、いろいろなところとコラボレーションをしています。

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トヨタが新しい車をリリースします。で、この車が常識はずれの車だから、ということで、常識はずれの植物とリリースしたいと言われ、半年間水がなくてもいい植物と一緒にリリースしました。かなり反響がありました。アートのイベントの1つやったんですけど前日まで車の姿を見れないんですよ。「変わった車やから変わった植物がいいんです」と言われたけど、オープン当日、車見たら全然普通やんって思いました。

(会場:笑)

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これはJR。桜を咲かせたキャンペーンをしてほしいといので、ただ咲かせるだけではなく、被災地へのメッセージにしようと思いました。震災一年後で、本当の花見ができる年やなということで、桜を見上げようということで、全国47都道府県、日本全国の桜を集めて、それを3月のイベントの日に咲かせました。ただ植物を飾るんじゃなくて、ストーリーをひもづけて行く、それもそら植物園の特徴です。

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(巨大なタペストリーが登場)
1個の百貨店を全部植物ジャックしたことがあるんですよ。全フロア植物でジャックしました。僕は、フラワーデザイナーでもガーデナーでもありませんが、ただの卸屋でもありません。植物を運ぶことに関しては誰にも負けない! という心意気でやっています。

要は、木を運ぶというのも命がけと言うことです。どれくらいの覚悟でやっているかということ、また第2部で質問してください。

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<第2部>

フェリシモ:
質問の前に、清順さんからみなさまにサプライズプレゼントがあります。実は第1部講演中に清順さん率いる「花宇」さんにアクションをおこしていただきました。清順さんご説明をお願いします。

清順さん:
まずは映像をごらんください。これ、1時間前くらいの朝日ホールの前です。トラックで何か運ばれて来ていますね。木が運ばれてくるということを体感してもらえたらいいなと思って、こういう仕掛けをしました。この壷も木と関連しています。さきほど映った木、分かりますか? この壷は200年くらい前までオイルをためていた壷です。実際に200年前に使われていたものです。次に出て来る木と密接な関係があります。分かりますか?これは、僕が大好きなオリーブの木です。樹齢は推定500年くらいです。帰りに見てもらえたらいいなと思います。

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でも、この朝日ホールに入るまでの暑い道を歩いてくる時に、木陰をつくってくれていた木たちだって同じ木じゃないですか?今日ここにたった1本のオリーブの木を運び入れるだけ。それ以上でもなければ、それ以下でもない、でもこれを見て「おお!」と言ってくれる。この差は何なんやろう?この木は、2008年か2009年にスペインのアンダルシアから掘り上げて、船に乗せて、18000キロ旅をして日本に到着し、4、5年農場で養生しています。みなさんに見てもらえたらいいなと思って、持ってきました。無意識に木を感じることはいいことなんですけど、有意識に、意識的に木が運ばれてくるのを見たり、あそこに木があるなと意識することはすごくすごくおもしろいんですよ。その無意識と意識を行ったり来たりするっていうのが、結構おもしろくって、逆に人に木のすばらしさを伝えたりする時に、非常におもしろい点になってくるんですね。
なぜオリーブを選んだかというと、100年前、はじめてヨーロッパからオリーブの木が来たのは神戸港だったんです。オリーブは、どこの国のものか分かりますか? ギリシャとかヨーロッパに行く前は、西トルコ、シリアとかあっちの方の木やったんです。もう何千年も前のことです。雑草みたいに生えていたような、どこでも育つ強い木です。
もともとシリアにあった木が、ものすごく強くて、しかもすごいいいオイルが穫れる、実は食べられるし、有用植物だ、富を生むと分かったら、それが何千年という年月をかけて、トルコからギリシャ、ヨーロッパ全土に伝わったわけです、そこから北アフリカ、それからアメリカ、オーストラリアに渡り、いろんな国で育てられています。ヨーロッパが長かったから、ヨーロッパというイメージがあるんですけど、もともとはそういう小さい国から出た植物なんです。
人っておもしろくて、僕が海外から植物を輸入していたら、「生態系とか大丈夫なんですか?」とか「外来種ばかり扱っていて何か思うことはないんですか?」と言うんです。だけど、日本ほど街中を歩いていて外来種が植わっている国はなかなかないんですよ。むしろ外来種だらけ。花屋さんで並んでいる切り花で外来種じゃない花なんてなかなかないですからね。それ、分かってるのかなあって思います。要は人間は役に立つ植物は有用植物だと言って大事にするんですが、役に立たない植物は外来種と言うんです。都合良く、金を生むなとか、産業になるなという木はだんだん普及させていってる、日本にとってオリーブは外来種かというと、もちろん外来種なんですけど、今長い目で見て、時の感覚を5000年というスパンで見た時に、たまたまシリアから第1ブームでヨーロッパに来て定着した、第2ブームが来てアメリカ、オーストラリアに行った、第3ブームでようやく日本に来ている。そういう途中段階だと思えば、もしかしたらオリーブは寒さ、乾燥にも強く、500年後の日本にはオリーブがたくさんあって、「オリーブと言えば日本だな」って言ってるかもしれない。狭い定義での日本らしさもそれはそれでいいんですけど、もっと地球単位で、植物を愛する心って国境を越えるというか……。特に神戸は、いろんな国から、海外のことをいち早く取り入れてきた港だから、そこからたまたま小豆島に流れ、大成功したんです。小豆島は去年、オリーブを使った町おこしが認められて、内閣総理大臣賞をもらって、成功しているんですよ。でも、本当に本当の発祥は神戸なんです。こういうふうな話をすると、「オリーブって、なるほどな」って。次街角歩いた時、「あ、オリーブの木があるな」とか、ちょっと気にしてくれたら、それがまた人生を豊かにしてくれるんです。少しずつ、何かきっかけがあって、木の存在を感じるのは、すごく大事。ビルの間に住んでいるのが当たり前になってきている時代に、すごく大事なことだと思います。

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僕は今33カ国、世界をまわって植物を仕入れているんですが、僕が知っている当たり前の世界というのは、世界の目で見たら、当たり前じゃないというか、圧倒的に少数派なんです。自分が当たり前と思っているように、いろんな当たり前が、世界に億万とおりあるんです。それがおもしろいんです。植物を扱っていて、そこの国に行ったら、そこの文化と歴史がある、その背景にはつくり出す風土があり、植物がある、それがこの時代に、この国とこの国が普及したから、この国に渡ってきたんだなと。そういう意味で、じゃあ、オリーブと神戸って、帰ったあと、調べてみたらこんなことがあったんだ、あんなことがあったんだと調べていくと、どんどん植物との距離が近くなっていく。僕の仕事は人の心に植物を植えていく仕事なんです。もしこの中に、今日の帰りにオリーブを見て、オリーブが1つ心の中に残ったらそれはそれですばらしいことだし、さっきのタペストリーに印刷されていたへんてこな木はボトルツリーと言うんですが、初めて聞いた人も、心の中にボトルツリーという言葉が入ったらコレクションになるじゃないですか。そういうふうにどんどん増えていって、植物園みたいに人の頭の中に花畑ができていったらステキかなと思います。今日オリーブをわざわざ持ってきたのはプレゼンテーションであり、メッセージなんです。

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お客さまとのQ&A

お客さま:
プラントハンターという職業は海外の方がポピュラーなのでしょうか?海外の方ですごいなあと思われる方はいますか?それとも清順さんが世界一ですか?

清順さん:
海外の特殊な方とおつきあいをしているんですが、お金持ちの方はみんなお抱えのプラントハンターを持っているんです。その中でタイの王族の方がお抱えをしていたマイケル・フェロウというオーストラリア人のプラントハンターがいて、その人は僕の人生を変えるくらい影響を与えたくれた人です。今回の「みどりの定期便」の「リトルサムライ」という植物があるのですが、それはソマリアにあります。ソマリアは内戦中で大変でみんな行かないんですが、彼はいち早く行き、取ってきたんです。マイケルがいたからこそ、この仕事に魅力を感じたなというのはあります。

お客さま:
世界中の人とおつきあいをしていかないといけませんが、現地の人のハートをぐっとつかむ秘訣はありますか?

清順さん:
これはものすごく簡単です。僕、人の心をつかむの得意なんですよ。なぜかと言うと、どこの国にも植物好きの人がいるんです。僕は、昔は旅好きだったんですが、今は植物が好きだから旅をしているんです。そうすると植物好きと出会うわけじゃないですか。そしたら、言葉が通じなくても簡単に分かりあえるんです。植物好き同士ってこんなに簡単に仲良くなれるんだっていうのがあります。

お客さま:
植物のことはなんでも分かるのですか?

清順さん:
植物って地球上に原種だけでも27万種類あると言われていて、園芸品種を入れると60万とかになるんです。原種に絞っても、世界最高峰の植物学者でも、知っているのはだいたい1万~1万5000種類です。つまりどういうことかと言うと、この人は植物の権威だとか、大先生でも26分の1しか知らないんです。植物の種類のこともそうだし、ジャンルもたくさんあります、分類のジャンルもあるし、園芸のジャンルもあります。いろいろあって、全部知るのはまず無理です。だから、自分が植物のこと詳しいというのは、二流なんです。僕も確かに日本では誰にも負けないくらい植物の種類をたくさん持っています。年間200トンの植物を自社で仕入れていて、それだけの責任を動かしています。これは、プレゼンテーションとは違う、リアルに植物をやっているという自負はあっても、もう何でも分かるけれど、何にも分からないのと一緒です。それくらい植物のことって、大きいんですよ。
かっこつけてでも「分かります」とは言えないです。そういう世界です。

お客さま:
植物と共存が上手な国はありますか?日本は都会でも植物と共存はできますか?

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清順さん:
最近行った国で、アメリカのオレゴン州のポートランドという町があるんですが、ここは上手だなと思いました。町を歩いていると、木がのびのびと植わっているんですが、誰もが町にある木のことを自分のもんやと思っているんですよ。自分のものやと思っているし、町のみんなのものだとも思っているんです。まず、自分の家の敷地にあるから、とか、自分の家の目の前にあるからと言って、枝が邪魔と言って切ることを許されていないんです。つまりみんなのものだから、1枝切るだけでも許可がいるんですよ。そんな一面もあれば、朝普通に散歩していると、ボランティアが集まって待って、有志で枯れ葉を掃除しているんです。日本とは違うんです。ものすごく、刺激を受けました。パリはパリで良くて、シャンゼリゼ通りとか完璧に管理されていて、意図的に美しい。あれはあれですばらしいと思います。日本も、誰かが変えないとできないと思います。造園街路樹リストの中からしか、木を選べない業者を使っている限り、日本は共存できないと思います。
町単位でもできていかないと日本は厳しいのかなと思います。

お客さま:
例えば幼稚園、小学校、中学校、高校の校庭、清順さんならどんな樹木を植えますか? また樹木葬におすすめの木はありますか?

清順さん:
先生、僕の場合は、植えてほしいと言ってくれる人の話をずっと聞くんですよ、僕が好きな木を植えるんじゃなくて、なんか植物じゃない話とか、気楽に話していく中に、ここの土地ってそういう背景があるからこういう木がいいんじゃないかなとか、そういうの、ぽろっと出てくるんです。住宅でもレストランでも、公園でも、校庭でも、ぽろりと出て来る話ですよね。幼稚園だからこれ、小学校だからこれっていうのはなかなか難しいです。たとえば、「校庭をつくりましょう」ってなった時、「じゃあ外周は何の木にする?」、「入り口は何の木にする?」という話からスタートするのではなく、そもそも当たり前のように外周の木を1種類にする必要もないのかもしれない。そういうのも考えていったりとか。例えば「商業施設では子どもが触れたらあかんからサボテンとか棘のついた植物は飾らないでください」と言われるけれど、幼稚園の時に園庭に植えてあって、1回でもサボテンの棘を触って「痛っ」て思ったら、子どもたちは次からもう触らないですよ。「痛っ」て思わせて学ばせるのもいいかもしれない。そういうの考えてみたいですね。
1つ、思いつきました。宮崎駿さんが平たい校庭じゃなくてもでこぼこでもいいじゃないかとおっしゃっているのを聞いたことがあるんですよ。でも、僕はそうは思っていなくて、校庭では、ドッジボールとかスポーツもするから実力がちゃんと競えるようにフラットな方がいいと思うけれど、ただ、木は確かに同じじゃなくてもいいし、まっすぐじゃなくてもいいし、子どもがつい登りたくなる木が校庭に植わっていたらいいかなと思います。遊び道具がたまたま木やったみたいなのがいいと思います。木の形にもこだわって植えたらいいと思います。また公園なら、でこぼこでもいいじゃないかとは思いますね。
樹木葬は今実際京都に墓地を一からつくる事業をしています。「これからは樹木葬の時代」って言ってくれるお墓のプロデューサーがいます、本当にみなさん最後の最後に死ぬ時に、墓石の下で眠りたいか木の下で眠りたいか、いろいろあると思うんですが、僕はオリーブの木を実際に使ったんです。オリーブは長生きだし、平和と反映の象徴だから。

フェリシモ:
清順さんが現在思い描いている植物と人の未来について教えてください。

清順さん:
こういうみなさんの前でお話しさせていただく機会を得たときに、言わないようにしていることがあります。それは「植物を守りましょう」とか「環境を大切にしましょう」。これだけは言わないようにしています。なぜかというと、植物の1つも意図的に殺したことがないやつが、「環境を守りましょう」って何を言うてんねんって思うんです。正義感で植物のことを大切にしたり、そういう意識を置きましょうというのではなくて、もっと楽しんだり、おもろいな、刺激的やなとか、そういう植物そのものの魅力から気づいてもらって、心の距離を近づけて愛情を増やすっていうかな、それがいちばんの形だと思います。
どんだけ有機的に思考を変えられるか、それがこれからの未来の植物の向き合い方かなと思います。人でも「この人を守ってください」と言われて正義感で守るのと、「この人を愛しているから守りたい」というのだったら、愛しているから守りたいという気持ちの方が圧倒的に強いわけじゃないですか。それと同じで植物のことを本当に好きになったら最終的には守ろうと思います。そういう意識を持ちたいし、持ってほしい。今日の講演が1つのきっかけになって、植物の見方が変わればいいなと思っています。

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Profile

西畠 清順(にしはた せいじゅん)さん<プラントハンター>

西畠 清順(にしはた せいじゅん)さん
<プラントハンター>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1980年生まれ。明治元年より150年続く、花と植木の卸問屋「株式会社 花宇」の5代目。日本全国・世界数十カ国を旅し、収集・生産している植物は数千種類。日々集める植物素材で、国内はもとより海外からのプロジェクトも含め年間2,000件を超える案件に応えている。2012年1月、ひとの心に植物を植える活動“そら植物園”をスタート。コンサルティング事務所を構え、様々な企業・団体・個人と植物を使ったプロジェクトを多数進行中。著書に『プラントハンター 命を懸けて花を追う』(徳間書店)、『そらみみ植物園』(東京書籍)がある。
*「そら植物園」http://from-sora.com/

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