神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

  • 吉野 慶一さん(Dari K 株式会社代表・カカオマイスター)
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「カカオを通じて世界を変える! ~志が向かう未来~」




YouTube: 神戸学校2分半ダイジェスト見本(2016年11月)



<第1部>

バックパックにはまった学生時代

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吉野さん:
今から20年ぐらい前に、テレビの番組で猿岩石のおふたりがいろいろなところにヒッチハイクをするというのがありました。それを見て僕は「大学生になったらああいう旅をしたい」と思って、大学に入ってすぐバックパックの旅に出ました。多いときは、1年間に3~4ヵ月放浪する生活を続けていました。これは昔の写真ですが、金髪でモヒカンにしたような、とんでもない感じでした。

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人生を変えた経験

旅行する中で、自分の人生を変えた経験がありました。タイの北にラオスという国があります。ラオスのルアンパバーンという、日本の京都のような古都を旅行した時に、モン族という山岳民族の少女がマーケットにいて、お母さんが山で作ったお土産品や工芸品を旅行者に売っていました。今の時代なら格安航空があるので、ラオスも行きやすくなりましたが、15年から20年前は、飛行機も飛んでいなくてなかなか行けない時代でした。ルアンパバーンへ行くには、タイのバンコクから20時間ぐらいかけてチェンマイへ行って、そこから国境を越えて、ボートで渡ります。ほとんど秘境に近い場所でした。
そんな秘境の山奥で、私がたまたま道を歩いていると、「ねえ、ちょっと、お兄さん!」と声をかけられました。「お兄さん」というのが日本語だったので、私は少しびっくりして「なぜこの子は日本語を喋れるのだろう」と思ってその子に近づき、「どうして日本語を喋れるの? どこで習ったの?」と聞くと、その子は学校にも行っていませんでした。学校さえない地域だと言うのです。「では、どうやって日本語を学んだの?」と聞くと、日本人がたまに来るときに教えてもらったと言って、ポケットからわら半紙を出しました。そこには、「こんにちは、いらっしゃいませ、ありがとう」と練習した跡があって、私は大変衝撃を受けました。

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当時私は20歳でしたが、自分は「東京に生まれていれば予備校もあり、もっと遊びもできたのに」、大人は「今の世の中は景気が悪い、会社の上司は理解がないからやりたいことができない」と、自分の置かれている状況に不満を言っているのに、この子たちは学校もない状況で、お母さんが作ったものを売って生計をたてなければならない。難しくて厳しいことで、理不尽なことかもしれないけれども、それに対して文句を言ったり逃げ出したりせずに、しっかりやっている。しかも外国人との会話を通して楽しんでやっていることに、私は衝撃を受けました。3日間ぐらいの滞在中、私はこの少女の横にずっと座っていましたが、この子は日本語を喋れるだけではなくて、スペイン語で「オラ (Hola)!」と呼びかけてみたり、英語で「ハロー (Hello)!」と言って相手が振り向かなかったら「ボンジュール (Bonjour)!」とフランス語で言ってみたり、何か国語も喋れました。周りの環境をあげつらって自分がやらない言い訳をするのではなくて、この子たちは自分の置かれている状況を受け入れたうえで、何ができるか考えて行動していると学びました。それから、金髪にしている場合ではない、学校に行けるのに学校を休んで旅行に行っている場合ではないと思いました。
これは、ネパールに行ったときに心を改めようと思って頭を剃ってもらったのですが、なぜか前だけ残された時の写真です。

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外資系証券会社に就職

このような学生生活を送り、どこに就職したかというと、外資系の証券会社でした。働く時間がものすごく多い会社でした。研修が終わった初日、夜の6時ぐらいに上司が来て、僕の机の上に大量の文書をボンと置いて、「吉野くん、これは英文なので要約してくれ」と言われました。「いつまでですか?」と尋ねると、「明日の朝の8時まで」という返事でした。夜の7時や8時に文書が来て、明日の朝8時までにやってくれと。最初はびびって徹夜でやっていたのですが、初日だけではなくて毎日続きました。今となってはそれで大変鍛えられたと思いますが、「なんでこんなに働くのかな。リクルーティングのページを見たら、就業時間は9時から5時までと書いてあるじゃん」と同期の人に聞きましたら、「5時は朝の5時だよ」と言われました。「ああ、そうか」と思って働いていました。この頃があったので、いろいろな知識を得まして、順調に働いていました。
僕は旅行に行くのが好きだったので、就職してからも2~3日休みがあると、旅行に出かけていました。チョコレートが大好きで、ある時、韓国に行ったときにチョコレート屋さんに入ったら、世界地図が貼ってあって、カカオの産地に印がついていました。カカオというと、アフリカのガーナを想像しますが、日本の南に印がついていました。アジアがカカオの産地であることをそのとき初めて知ったのですが、頭が金融系なもので、すぐにカフェに入って調べました。この左の図が世界のカカオの生産量です。1位が西アフリカのコートジボワール、2位と3位がほぼ同じでインドネシアとガーナです。「チョコレートと言えばガーナ」というイメージがありますが、インドネシアでもこんなに採れるのだと初めて知りました。日本はカカオの8割をガーナから輸入しています。インドネシアは0.3%、コートジボワールは3.9%です。

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ここから言えることがいろいろあると思います。ガーナとインドネシアの生産量がほぼ同じなのに、なぜガーナから輸入するのか? ガーナとコートジボワールは隣の国なのに、なぜ生産量の多い国の方から輸入しないのだろう? と疑問だらけでした。普通に考えると、アジアのインドネシアから輸入した方が運賃は断然安いですし、ガーナよりコートジボワールで生産量が多いのなら、後者の方が値段は安いのではないかと思います。なぜかがわからないので、スーパーに行って板チョコを大量に買いました。板チョコの裏を見ると、「ご不明な点があればこちらにお電話ください」と、お客さま相談センターの番号が書いてあったので、そこに電話を掛けました。「すみません、ウィキペディアでカカオの生産量を見ました。お宅はガーナのカカオだと思うのですが、コートジボワールやインドネシアのカカオをなぜ使わないのですか?」と言うと、クレーマー扱いされて、「何ですか、お客さん? それを知ってどうするのですか?」と言われました。

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会社を辞めてカカオ農家探し

よくわからなかったので、現場に行くしかないと思って、インドネシアへ行きました。ジャカルタでもなくバリでもなく、スラウェシ島という、パプアニューギニアの隣の大きな島です。ここは(地図を指して)トラジャというところですが、そこに初めて行きました。トラジャはコーヒーで有名ですが、1週間の滞在期間にカカオの木は1本しか見つからなくて、悔しいのでもう一度行きました。その時にはカカオにはまっていて、「これしかない」と直感的に思い、会社も辞めて、カカオ農家に会いに行きました。カカオ農園の近くにはホテルがないのですが、最初から農家に泊まるつもりで行ったのではなくて、道すがら、いろいろな人に「カカオをやっている人はいますか?」と聞きながら行くと、カカオ農家に出会って、そのまま泊めてもらいました。
そこで衝撃の事実を知りました。なぜインドネシアでこれだけカカオが生産されているのに、日本はほとんどをガーナから輸入するのか、理由が分かったのです。これだったのです。世界一般に、カカオは実があって、実を割って発酵させて、それを乾燥させたものをカカオ豆とするのですが、インドネシアでは発酵させていなかったのです。発酵させていないとどうなるかというと、チョコレートにしたときに味が薄くて酸味が強くておいしくなりません。では発酵させたらよいではないかと思いますが、インドネシアでは発酵させてもさせなくても買い取り価格がほとんど同じだったのです。それなら、発酵させないで乾燥させてしまおうというのが農家の言い分で、発酵させていないからおいしくない、おいしくないからチョコにしないで豆の中の脂分だけを抜いて工業用に使われていました。カカオは座薬にも使われています。座薬は脂成分が体温で溶けるようにしてあって、お尻に入れると自然に溶けますが、それがカカオの脂だったりします。チョコが夏の暑い時には溶けて、冬の寒い時には固形になるのは、カカオの融点が30℃ぐらいで、体内、口の中に入れたりすると融点を超えるので溶けます。インドネシアの豆は、チョコレートに使う場合も、おいしいチョコではなくて安いスナック菓子の材料にされていました。
ガーナの豆を使ったチョコはおいしくて、インドネシアの豆を使ったチョコがおいしくないのは、カカオの品種の差ではないかもしれない。もし品種自体が同じなら、発酵さえうまくできればインドネシアのカカオもおいしくなる可能性があるのではないか。もしそうだとしたら、今は工業用に使われているインドネシアのカカオも、世界のチョコレート会社がこぞって買いたくなるようなものかもしれないと僕は思いました。それで、発酵をしてみようと考えたのですが、僕は金融しかやったことがなくて、大学も文系でしたから、やり方がわかりませんでした。そこで諦めるとしようがないので、パソコンでカカオの発酵について調べました。ひとつ分かったのは、今でこそ「ビーントゥバー (bean to bar)」といって、カカオ豆からチョコレートを作るお菓子屋さんが増えてきていますが、当時はまだ日本にはありませんでした。論文などを読んでいくうちに、バナナの葉っぱにくるんで、箱に入れておくと発酵できることがわかりました。

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農家に発酵してもらったカカオ豆を買う羽目に

農園に行きながら、農家の人に「発酵しましょう。発酵すればよいチョコレートのもとになるから」と発酵を教え始めたのがいちばん初めです。まだ何も知らなかったのですが、とりあえず農家に発酵してもらって、匂いが変わるか、味が変わるかを知りたかったのです。内心ドキドキしながら、とにかくはったりで「私は発酵のプロだ。農家の皆さん聞いてくれ。私の言うとおりやったら、あなたの豆が見る見るよいものになりますよ」と言って発酵してもらいました。1週間ぐらいたって発酵し終わったら、自分でもびっくりしたのですが、少し香りが良かったのです。発酵している豆と発酵していない豆を比べると、全然香りが違う。農家も驚きまして、「こんなに変わるんだ! 発酵って聞いたことはあったけれど、自分ではやったことがなかった。こうすればいいんだね」と喜んでいました。3週間ぐらいの滞在期間が過ぎて、いよいよ帰るときが近づいてきて、「じゃあ、みなさん、今までお世話になりました。僕はもう帰りますので、みなさん、発酵を続けてください。インドネシアのカカオもきっと高く買ってくれるところがどこかあると思いますよ」と帰ろうとしたら、農家の人に引き留められました。「おい、ちょっと、ケーイチ、待てよ。お前、カカオのバイヤーじゃないのかよ。ここまで来て泊まり込みで『発酵しろ』と言いつつ、お前は買わないのかよ」と言うのです。僕は自己紹介をしていなかったので、彼らは僕がてっきりバイヤーだと思っていたのです。「いやいや、すみません」とは言えなかったので、「じゃあ、俺が買う。発酵した豆を持ってきてくれたら、2割増しで買うから持ってきてくれ」と言いました。すると、翌日からその村のみんなが豆の発酵を始めまして、600キロも集まりました。
僕は「よし、じゃあ、日本に送るよ」と言って、日本に送ることにしました。そこで少し人生が狂い始めたのですね。人生で初めてコンテナを予約しまして、日本に帰国しました。1ヵ月ぐらいして大阪の港から連絡が来まして、「吉野さん、明日カカオ豆が港に着きますが、どこの通関業者をお使いですか? 自分で通関されるのですか?」と聞かれたのです。僕は全然意味が分かりませんでした。自分の住所が書いてあるのでそこまで持ってきてくれるのかと思っていたのですが、どうやらそうでもないようでした。カカオは植物なので、植物検疫があったり、食品として後々チョコレートにするのでいろいろな届け出が必要だったりするのですが、それも僕は全く知りませんでした。「正直言って、知らないのです。勢いで輸入してしまったのです」と言うと、「個人でこういうものを輸入しちゃうんですか!?」と税関の人も大変驚いていました。
いろいろありましたが、その2週間ぐらい後に、自分のアパートにカカオ豆が届きました。600キロですね。ひと袋60キロの麻袋が10袋届きました。京都は建物に高さ制限があって、エレベーターがない建物が多いのですが、僕の4階建てのアパートもエレベーターがなくて、60キロと言うと男性ひとりの体重ぐらいなのですが、麻袋を引きずって階段を10往復しました。そのうちに袋が階段の角に引っ掛かって豆が散らばり、隣人に「これ何ですか?」と言われて、「カカオ豆なんです」と言うと変な目で見られたりして、ようやく600キロを部屋に入れました。

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チョコレート屋さんをはじめる

部屋がカカオ豆で埋まってしまったので、「よし、じゃあ、これからチョコレート屋さんにこの豆を使ってもらおう」と思いました。またスーパーに行ってチョコレートを買いこんで、またお客さまセンターに電話して、「すごくよいカカオ豆がインドネシアから入ったのです。使ってください」と言うと、今回は優しくて、「そうですか。ちょっと興味があります。あなたはどこの商社さんですか?」と言われました。「商社じゃなくて、無所属で個人です」と言うと、「それは無理です。個人からの照会は受けていません」ということでした。自分の部屋の3分の2がカカオ豆で埋まっているのに、売り先がないのです。これをまたひとつひとつ運んで捨てるのも大変だし、どうしようかと考えていたときに、「カカオ豆はそもそもチョコの原料だな。だったらこれをチョコレートにしてしまおう!」とチョコレート屋をやることをその時決心したのが、Dari K(ダリケー)の始まりです。雑誌や新聞でこういうことを言うといやらしいのであまり言いませんが、そういう葛藤がありました。
チョコレートといっても僕は作ったことがありませんし、本屋さんで調べても、みなチョコレートを溶かすところから始まっているのですね。カカオ豆から焙煎する話はどこにもなくて、困ってハローワークに行って「チョコレートを一緒に作りませんか。豆から作る日本で初めての店になりませんか」と登録すると、応募が殺到しました。みんな僕をシェフと勘違いして、「吉野シェフ、フランスからご帰国ですか? 私はぜひカカオ豆からチョコを作ってみたかったのです」と言われまして、「どこで修業されたのですか?」と聞かれたので、「(金融業界の)モルガン・スタンレー」と言ったら、「すみません、存じ上げないのですが、素敵なお菓子のお店に聞こえますね!」と言われました。最終的には正直に言いまして、「僕は金融をやっていたのですが、ひょんなことからカカオ豆が手に入ったので、チョコレート屋をやりたいのです」と言いました。すると結局みんな逃げてしまったのですが、ひとりだけ「私、何だかできそうな気がする」と言った子がいまして、「君ならできる、君しかいない」とそのパティシエとふたりで作ったのが始まりです。僕は2010年12月末まで会社員でした。2011年の1月4日ぐらいにインドネシアの農家に泊まり込みに行って、3週間ぐらい泊まり込んで、3月にはDari Kを登記してオープンしたという、超スピードの運営でした。

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カカオ農園にチョコ教室

農家のところに行って、豆を発酵していないということがわかったのですが、もうひとつ重要なことに気づきました。農家自体がチョコを食べたことがないのです。これはもちろんかわいそうでもあるのですが、単にかわいそうとかいう問題ではないと思いました。自分が食べることがないものを作っている。確かに、「あなた、これ作りなさい」と言われて無理やり奴隷として作っているのではなくて、農家は自分の意志でカカオを育てている。だけど、チョコを食べていないというのは、現代版の資本主義の歪みというか、強制されているわけではないけれど、生計を立てていくうえで、そのときカカオが高く売れるからカカオを作っている。だから作物に対して全然愛着がない。これは問題だと思ったと同時に、これを変えたら何かできるかも知れないと僕は思ったのです。
チョコレートの原料はカカオです。そのカカオを誰が育てているかというと、チョコレートの職人ではないのですね。なぜかというと、カカオは先ほどの地図にあったように、赤道を挟んで南北20度ぐらいのところにしか育たないので、カカオが育つ国は、実はチョコレートを食べられない国なのです。熱帯で気温が30℃以上になるので、カカオは育つけれどもチョコは固まらないでドロドロになってしまう。それでチョコは基本的に、寒い季節のある国で作られ、カカオは常夏の国で育てられているのです。
和食でもフレンチでも同じだと思いますが、どんなに腕のよい寿司職人がいても、魚が新鮮でなければおいしくないように、チョコも同じで、どんなに腕のよいパティシエやショコラティエがいても、原料のカカオがおいしくなかったら、おいしいチョコはできないのではないかな。逆に、ものすごくおいしい原料ができたら、そのままで食べてもおいしいぐらいになったら、もしかしたら、可能性があるかもしれない。本当においしいチョコレートを作れるのは農家かもしれないと思って、ある取り組みをしました。現地でチョコレートを作ることです。世界のパティシエさんたちがカカオ農園に行って、「あなたたちが生産したカカオ豆で作ったチョコレートです」と言って渡すことはよくあるのですが、自分たちがその場で作ることはないですね。作り方を教えて農家自身が自分たちでチョコを作れるようになれば、「あ、今回のカカオはこんな味だったな、次回のカカオはこんな味にしたいな」とか、自分たちでわかるようになったら、もっとよいものができるかもしれないと思って、チョコ教室をしました。

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Dari Kのしくみ

「Dari Kという会社は何をしている会社ですか」と聞かれれば、「チョコレートを製造して販売している会社です」と答えますが、他の会社と違うのは、この図のようなしくみです。MBAコースみたいになってしまいますが、一般的なサプライヤーつまり生産者がいて、その人たちが作ったカカオ豆を買い取る商社がいて、商社を通してカカオ豆はチョコレートメーカーにいって、それがまた商社を通してスーパーやコンビニに並んで、私たちは消費者としてチョコレートを食べています。こういう並びで考えたときに、それぞれの人たちが何を考えているかというと、カカオ豆を買う商社は、1円でも安く生産者から買って、1円でも高くメーカーに売りたい。要は安く買って高く売る、その差額が利益になる。じゃあ、チョコレートメーカーが何を考えているかというと全く同じで、原料を安く買って製品を高く売りたい。どのポジションにいる人たちも、隣り合っている人たちは競合しているというか、利益が相反しているというか、一方は安く仕入れたいけれども、他方は高く売りたいという関係です。こういうことが今の世の中で起こっている。
そこでいちばん強いのは、消費者ですね。消費者が買ってくれなければ何の意味もないし、消費者が買わないものをスーパーやコンビニは置いてもしようがないので、消費者がいちばん強い。次に強いのが小売りで、と考えていくと、いちばん弱いのが生産者になってしまいます。特にカカオは農家自身が自分で食べないから、自給作物ではなくて換金作物です。商社に買ってもらえなかったらカカオ豆は採れたけれども売れない、売れないから所得もない、という厳しい立場になります。どうすればいちばんよいのだろうと僕は少し考えました。もしかすると、本当は生産者がいちばん強くてもいいんじゃないか、いちばんおいしいものを知っているのは実は生産者だし、いちばんおいしいものを作れるのも、実は生産者じゃないのかと考えました。
僕はチョコレート屋さんを始めましたが、自分自身がチョコレートを作れないので、どうやって他の店と差別化していこうかと考えていました。普通の店はクーベルチュールと呼ばれる製菓用のチョコレートを買って、それを溶かしてお酒やクリームを加えてオリジナルのチョコとして販売しているのですが、Dari Kは豆からやるしかない。豆からやればおいしいのができるはずだと考え、クーベルチュールを使わずに自分たちが豆からやるという工程を作りました。豆からやるといっても単にカカオを輸入するのではなくて、実際にカカオ豆を作ることから始めないといけないというので、現地に子会社を建てて、現地で活動しています。

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フェアトレードについて

「Dari Kのチョコはフェアトレードですか?」とよく聞かれるのですが、自分たちで「フェアトレードです」と言うことはありません。今日集まっていらっしゃる参加者の方々は大変感度が高くて、フェアトレードに興味がおありの方も多いと思いますが、今、世界でフェアトレードといったときにイメージされる、あるいは定義されるのは、「農家や生産者たちが安く買いたたかれてしまっていてかわいそうだから、消費者である私たちがもっと生産者に敬意を払って、もっと高く買いましょう。消費者が高く買えば、生産者にその便益が移るでしょう」ということですね。私は少しアプローチが違って、「生産者自身が努力してよいものを作ったら、それはその分よいものの対価として高く買うべきでしょう」と思います。だから、生産者自らが自分たちでがんばった結果、所得を増やすというのが本来あるべき姿だと思うのです。インドネシアのケースで言えば、「仮に今まで発酵をしていたとしても、手間がかかるだけで買い取り価格が変わらないのでみんな止めてしまう。もしちゃんと発酵してよい質のものを作ったらその分高く買うという仕組みができたら、もっともっと発酵する農家も増えるし、やる気になるんじゃないかな」というのが私たちのフェアトレードの考え方です。
これを図示すると、従来のフェアトレードは、生産者がかわいそうだから消費者から少し施しという形でやる。Dari Kのアプローチだと、生産者にとってどうすれば付加価値をつけられるかというのを教えながら、生産者とともに取り組んでいく。その結果、よい質のものができたら、その分生産者から高く買って、おいしいものができたらその分消費者に高く買ってもらうという形で、矢印の向きを逆にすることを考えています。

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Dari Kのこだわり

Dari Kのこだわりについてお話しします。Dari Kには新しい自社基準を設けています。環境面、人道面、品質面にこだわっていて、たとえば環境面では、アグロフォレストリーを基準にしています。カカオだけを栽培するのではなくて、いろいろなものを育てていくと土壌の多様性や森自体の多様性も育まれるし、生物もそこで生きていけるようになります。それから、無農薬や減農薬を実践しているか、そちらへ移行している農家と付き合います。インドネシアではありませんが、アフリカなどで問題になっている児童労働をしているところとは、お付き合いしません。鉈など、農家にとって危険な道具は使いません。基本的にこれは、フェアトレードの認証や、コーヒーの世界でよくあるレインフォレスト・アライアンスの認証で規定されているものと同じですが、認証では味まで規定されていません。Dari Kはチョコレートメーカーとして、質のよいものを買いましょうということで、「きちんと発酵しています、トレーサビリティを完全に追えます」というところも基準にしています。

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少し複雑ですが、チョコレート屋でありながら、現地の農家で過ごす割合が大変多く、私自身今年でもう10回ぐらいインドネシアに渡航しています。農家は生産性が低く、何をすれば生産性が上がるかを知らない場合が多く、よくわからずに大量の農薬を使ってしまったりもします。パルプと呼ばれる果実を出しても発酵せずにそのまま干してしまう。干す時も道端に干したりするので、小石が混じってしまう。このようないろいろ良くないことがあります。Dari Kは、現地の農家に生産性を上げるような指導をしたり、有機肥料の作り方を教えて、農薬を使わないで一緒に栽培したり、発酵を自社でコントロールしたり、トレーサビリティも完全にやって、よい原料を確保しています。
僕は2日前にインドネシアから帰国したのですが、今日は実際のカカオを持ってきました。
まだまだ収穫したばかりでずっしりしています。この後、ご質問などいただいたみなさんに、これを生で割って召し上がっていただいたらと思います。基本、資本主義ですので、飴と鞭で行きます(笑)。

「がんばって手を挙げて質問した人には報います」ということでやります。生のカカオは日本でほとんど見ることはありませんし、植物園で見てもこんなに大きくはなりません。この実を食べられる日本人は百人いるかいないかですので、ぜひがんばってチャレンジしてみてください。

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Dari Kの8つのチャレンジ

チャレンジその1 インドネシア産カカオ豆のイメージを高める
Dari Kは、8つのことにチャレンジしています。ひとつは、インドネシア産カカオ豆のイメージを高めることです。これまではよい品質のカカオの産地としてインドネシアの名前が挙がることはまずありませんでした。品種が悪いわけでも何が悪いわけでもなくて、がんばった農家にきちんと報いてこなかったからです。農家にしっかり指導して、よいカカオ豆ができれば、その分高く買いますという風にすれば、インドネシアのカカオ豆も、ベネズエラやコロンビアなどの中南米やガーナなどアフリカと同じようによいものになることを証明したかったのです。それにはどうすればよいかというと、世界の舞台で評価されるしかないのです。Dari Kはパリのサロン・デュ・ショコラというチョコレートの展示会に2年連続で出品しました。今年は10月28日から11月1日まででした。このチョコレートの祭典の審査では、「生産国でどんな活動をしていますか」とか、「農家に対してどんなよいことをしていますか」ということはいっさい見られないわけです。ただ単に、最終的に生まれたチョコレートの味や品質がよいということだけが評価されるので、もしこの祭典で評価されたら、インドネシアのカカオの価値が上がったことが証明されると思いました。日本人のパティシエは5~6人しか出られないところなので、Dari Kは普通のパティシエでもなく、カカオの素材だけで世界の舞台に出られたのがよいところかと思います。
何を出したかというと、これです。

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ローストしたカカオ豆を置いて、Dari Kと契約している農家のなまえと、いつ農家が収穫したか、いつ焙煎したかというトレーサビリティとともに、この農家が作ったカカオはこんな味になります、別の農家が作ったカカオはこんな味になります、とデモンストレーションしました。
この写真のように、ハーバーさんやトゥミングさんという焙煎者のなまえを付けた豆を試食できるようにして、好評でした。今、チョコレート業界ではビーン・ツー・バーがトレンドになっているので、どの国のカカオがどういう味、たとえば「インドネシア産のカカオはフルーティで少しスモーキー、ベトナム産はこういう味」、と言われるのですが、私から見れば、それはそのパティシエがたまたま使った豆がそうだっただけで、本来なら同じインドネシアで、同じスラウェシ島で、同じバンタエンという村で、同じ農家グループの中でも、それぞれの農家が作ったカカオ豆の味は全く違います。カカオ豆の味がチョコレートにも反映されるので、チョコレートの味も変わってきます。「国によってこういう味」というのはナンセンスと感じます。農家ひとりずつと付き合う意義はそこにありまして、隣同士の農家でも全然味が違うということは、ワインと同じです。フランス産のワインがすべてよいわけでもないし、すべて悪いわけでもなく、あるシャトー(ぶどう畑を所有し、ぶどうの栽培、醸造、熟成、瓶詰までを自分たちで行う生産者)のワインはそこのこだわりがあって、そこで作っているからよいわけですね。カカオも同じだと思います。
今日持ってきたのはトゥミングさんという農家が作ったものですが、同じトゥミングさんが作ったカカオでも、8月に収穫した豆と11月に収穫した豆は若干味が違います。チョコレートを突き詰めれば突き詰めるほど、農家という生産者サイドにいけばいくほど、まだまだわかっていないことがたくさんありますし、これからわかることや期待されることが多いです。

チャレンジその2 生産性の向上
チャレンジの2番目は、生産性を上げることです。農家の関心事は、みなさんもそうだと思いますが、やはり所得です。働くときに何を重視するかというと、働く環境や待遇などいろいろありますが、自分の家族を養うための所得が重要で、それが何で決まるかというと、カカオがどれだけ生産されたかです。Dari Kは、生産量を上げるために接ぎ木などを指導しています。写真を見るとわかりますが、もともと緑のカカオの品種を育てていた農家に対して、接ぎ木をして、赤い品種のカカオを育てるようにします。緑の品種は幹にしか実がならないのですが、赤い品種は枝にも実がなります。指導に入ると3年ぐらいで生産性が1.3倍になったりします。

チャレンジその3 収入の安定
根本的な問題ですが、カカオ豆価格はふたつの場所で決まっています。ロンドンとニューヨークです。カカオの産地では全くないところで、誰が決めるのかというと、チョコレートメーカーでも商社でもなくて、90%以上がファンドです。ファンドはお金を運用するところです。値が上がると思ったら賭けているだけなので、カカオを持ちたいとか、チョコレートを作りたい人ではありません。生産している農家はカカオ豆の価格を決められません。カカオ豆を実際に使うチョコレートメーカーも決められません。両者をつなぐ商社も決められません。
ファンドと言ってもひとつのファンドが決めるわけではなくて、世界のファンドがお金を出し合ったり買ったり売ったりするので、明日カカオ豆の価格がいくらになるかは誰にもわかりません。1年後いくらになるかもわかりません。もし皆さまが農家だったら、野菜やカカオなど今作っている作物が、半年後収穫するときにいくらになるかがわからなければ大変不安ですよね。どうなっちゃうんだろうと思いますよね。今100円でも、そのときには60円になっているかもしれない。いきなり収入の計画が狂ってしまうので、農家はそれをいちばん嫌がっています。現地に入ってそれがわかっているので、それをどうにかしたい。でも、自分たちがファンドになれるほど、何百億、何千億もお金を運用しているわけではない。
自分たちでコントロールできないものをどうかしようと考えたときに、ひとつ案が浮かびました。カカオ豆の価格が上がったときに誰が喜ぶかというと、農家ですね。でも逆に下がったときに農家は厳しい。カカオの価格が下がったときに喜ぶのは誰かと考えると、チョコレートの製造業者です。原料の価格が下がったら、ラッキーですよね。うれしいです。ということは、豆の価格が上がったり下がったりする中で、カカオ農家がもしチョコレートを自分で製造したらどうだろう。農家はカカオ豆の価格が高いときは豆を売ればよいし、豆の価格が下がったときは、自分でチョコを作ればよい。豆の価格はニューヨークで決まるけれども、自分でチョコを作ったら、チョコレートの価格は自分で決められますね。いちばんおいしいカカオ豆を作って、いちばんおいしいチョコを作れたら、カカオ豆の値段がいくらであろうと、チョコの価格決定権は農家にある。豆で売る限り価格はマーケットで決まるけれども、チョコレートで売る限り価格は自分で決められる。だから農家がチョコを作れるようにしようということで、機械を貸して作り方を教えて、今では彼らが自分たちで作ったチョコレートが、なんとスラウェシ島の空港で売られています。Dari Kは機械を貸したのと作り方を教えただけで、パッケージから製品作りから農家自身が自分たちでやっています。

チャレンジその4 カカオに転作して地球温暖化を防ぐ
次のチャレンジは、大きな問題ですが、今モロッコのマラケシュでCOP22という気候変動の会議をやっていますね。気候変動は、僕ら日本人にとって生活に直接関係ないように思えます。「地球全体で0.1℃気温が上がったからといって、だから何?」という話ですが、第一次産業の農業や林業をやっている人には、少し気温が上がったり少し降水量が増えたりするだけで大打撃なのです。僕らは日本にいると忘れてしまう、感じないのですが、世界では大変大きな問題になっています。
スラウェシ島の北の方では森林伐採が多く行われています。昔は森林伐採と言うとマレーシアやボルネオ島やフィリピンなど、日本が高度経済成長でどんどん家を建てるときに木材を輸入するのでこういう国から木を切っていて、森林破壊の原因は日本企業だった、日本人だったということも多いのですが、今は少しそのときとは様子が違って、木を切っているのは現地の人です。なぜ切るのかというと、山の斜面はずっと木が植わっていたので土壌が豊富で、木を切ってトウモロコシを植えて、また何年かしたら次の場所で木を切って、というか焼畑なので、どんどん森林破壊が進んでいく。はげ山がたくさんできてしまう。それに対して日本政府は実際何もできないですね。この人たちは好き勝手焼いているのではなくて、自分の生計を保つため、トウモロコシを育てるために山を焼いているのですから。「あなたたち、環境破壊はよくないです。地球温暖化に寄与してしまうのです」と言っても、先進国の自分たちのエゴになってしまいます。
じゃあ、何かできないかと考えました。JICAと一緒に考えたのがカカオの植林です。カカオは木だし、木だったら実だけ取れば木自体は残るので、森林が守れるのではないかと思いまして、トウモロコシを作っている農家に「カカオに転作しませんか」という活動をしています。農家の人に理解してもらわなければいけないので、なぜカカオなのかを説明するために、2000年から2016年までのトウモロコシとカカオの価格をグラフにまとめました。2000年から2008年ぐらいは、トウモロコシとカカオの価格は同じように上がってきました。2008年を機に、急にトウモロコシが下がって、カカオが上がりました。カカオが下がったら、今度はトウモロコシが上がるというふうに、全く逆の動きをし始めました。2008年までならカカオを植えてもトウモロコシを植えても、どちらの価格も上がるからどちらでもよかったのですが、2008年以降は、どちらかだけを育てていると、上がるときもあるけれども下がるときもあって、かなり上下に振れてしまいます。でも両方栽培すれば真ん中の線になって安定的に収入があるのではないか、ということで、トウモロコシを植えている農家に対して「カカオも一緒に植えてください」というアプローチをとっています。
これは余談ですが、なぜ2008年からトウモロコシの価格がこのようになったかと言うと、2008年はリーマンショックのときですね。リーマンショックはアメリカの経済を崩壊させて日本も大打撃を受けました。これは原油の値段とトウモロコシの値段のグラフで、1980年からほぼずっと同じような形をしています。トウモロコシは食用や飼料用だけではなくて、エタノールとして石油の代わりに使われているので、2008年のリーマンショックで景気が悪くなったときには一気にトウモロコシの価格が下がりました。
話をもとに戻しますと、今トウモロコシだけを育てている農家も、カカオを一緒に育てるようになると、10年ぐらいのスパンでどんどん収入が増えてきます。カカオが増えれば増えるほど、その分森が保たれることになるので、森林伐採もなくなります。

チャレンジその5 農業廃棄物の有効利用
もうひとつのチャレンジは、捨てられているカカオの殻を有効利用したいということです。
カカオ豆を収穫して割ると、実(み)はチョコになりますが殻もたくさん出てきます。今はそのまま捨てられて、乾燥して真っ黒になっています。これをガスとして利用したり、有機肥料として使えるようにしたりすることに2年前から取り組んでいます。カカオの殻を集めて、自然界のメタン菌を加えて反応させてガスを出して、光が灯るところまではいったのですが、まだまだ工夫が必要で、今も続いているチャレンジです。インドネシアのスラウェシ島の人口の4割は電気がないといわれています。カカオを育てて収入が得られても電気がないことが大変多いので、カカオのごみから電気が作れれば、きっと彼らの生活が変わるし、インドネシアだけでなくて、アフリカや中南米のカカオを栽培している場所でもし同じことができれば、何百万人や何千万人の生活が改善されるので、難しいのは分かっていますがずっと追い続けていきたいと思います。

チャレンジその6  気候変動に対する脆弱性緩和のため混植
6番目のチャレンジは、先ほども触れた気候変動に対する脆弱性の緩和です。興味深いデータがあります。バリ島のデータですが、赤いところがカカオの作付面積です。カカオの作付面積はずっと上がっているのに、生産量はガクッと下がったり、ガクッと上がったりしています。下がっているところはエル・ニーニョなどの気候変動で水が不足した時です。水がないと植物は育ちませんが、灌漑施設がない農家には気候変動の影響が大きく、生産量が激減するときがあります。でも天気は誰も変えられないので、誰かが取り組まなければいけない。カカオの実をあけると中に白い実がたくさん入っているのですが、雨が降らなかった去年の12月のカカオは全部黒い実になっていました。水が少なかったので、体力がなくなって、カカオの中に虫が侵入して食べつくされてしまいました。去年は7割ぐらいがこの虫にやられていました。
害虫に対して僕が提案したのは、混植です。カカオは他の植物と違って混植ができます。環境破壊でやり玉に挙げられるパームヤシは、他のものを一緒に植えると収益率が大幅に下がってしまうので単一栽培しかできません。カカオはその点、混植ができて、むしろ直射日光に弱いので他のものを一緒に植えた方がよい。僕らは高さごとに分けてレイヤーにしました。いちばん背の高いココナツやドリアンを植えて、バナナとかランブータンなどいろいろな木をこちらに植えます。カカオがあって、その下にパイナップルやココナツや唐辛子を植えます。それぞれのレイヤーごとに、こういうのを植えたらいいのではないかという組み合わせを農家に提案して、そのとおりやってもらえれば、たとえば雨が少なくても収穫できたりします。いろいろな植物を混植することで天候のリスクを緩和しようという考えです。これが具体的な写真です。この農園ではココナツも植えているし、バナナも植えているし、カカオも植えています。もちろん収穫したカカオは販売できるし、バナナは自分で食べても販売してもよいし、ココナツも同じです。ココナツの皮やバナナの幹もいろいろな使い道があります。バナナの木は肥料のリンが豊富で、ココナツの皮はカリが多く含まれます。ガマルという植物は窒素が多く含まれています。作物を収穫した後の残り物を使って、自分でオーガニックの肥料を作ることができれば、農家は肥料を買わなくてよいので、お金も使わずに済みます。農薬を使っていない自然で安心なものができるので、僕たちにもよいと思います。

チャレンジその7 カカオで平和を育てよう
まだ公開していない来年のテーマが、「カカオで平和を育てよう」です。スラウェシ島の近くにフィリピンのミンダナオ島というところがあって、イスラム教徒の住民とキリスト教徒の住民の対立があって、つい最近まで戦争をしていました。フィリピンのドゥテルテ現大統領は、ミンダナオ島のダバオの出身です。そのこともあって、ミンダナオ島の和平交渉が進んでいます。それは喜ばしいのですが、今まで住民が戦争に駆り立てられて、それぞれの陣営が食物などの配給をしていたのですが、和平になると急にそれがなくなってしまいます。戦争に従事させられていた住民はこれまで仕事をしてこなかったので、平和になると膨大な土地があるだけで、何もできない。何もできなくてそのままにしていると、戦争に行っていた住民は、戦争をしていたときの方がいろいろな配給があってよかったと思い、またもしかすると戦争が始まるかもしれないし、戦争が始まらないとしても、民衆がそのまま貧困になってしまう可能性があります。
スラウェシ島とミンダナオ島は近いですから、何かできないかと思っていたところ、JICAのプロジェクトで現地に派遣されました。フィリピンはココナツの生産が世界一で、ミンダナオ島でもココナツが多く植えられていました。ココナツは背が高くて20メートルぐらいになるのですが、ココナツとココナツの樹間が約10メートルあります。この空間がもったいないので、ここにカカオを植えたらどうだろうか。ココナツが日光を遮ってくれれば都合がよいので、土地を広げなくても、間にカカオを植えるだけでカカオもココナツも収穫できる。カカオを植えたことのないミンダナオ島で、戦闘で疲れている人たちに教えられるのは自分たちしかいないのではないかと、今、Dari Kはカカオを植えるプロジェクトを考えています。これのよい点は、収穫したカカオ豆はよい豆と悪い豆をグレイディングして分けなければならないのですが、そのときに女性をたくさん雇えることです。なぜ女性かというと、戦争をしているときに旦那さんを戦争で亡くして、残された妻には仕事がありません。その人たちに仕事をあげられれば大変よいと思って、来年の春からプロジェクトを実施しようと思っています。

チャレンジその8 カカオ農園ツアー
最後のチャレンジはこれです。個人的に私がいちばん好きなチャレンジで、生産者と消費者を繋ぎたいと思って、カカオ農園ツアーをやっています。日本人をインドネシアのカカオ農園に連れて行くのですが、言葉で説明するのは難しいので動画を5分ぐらい見ていただきたいと思います。

(動画:「Dari K と行くカカオ農園ツアー2016」)

カカオ農園は、最寄りの空港から車で7時間もかかります。

(動画:カカオの苗木植樹、収穫体験、食べ比べ、ココナツウォーターで一息)

カカオは発酵させると40℃以上まで温度が上がるのですが、この画像の場面では50℃ぐらいですね。みんなに手を入れてもらっています。

(動画:インドネシア料理に舌鼓、市場を散策、カカオ豆が出荷されるまで、カカオ栽培事情をレクチャー、苗場を見学、カカオ豆からチョコレート作り、地域のお母さんたちも参戦!、カカオの殻を使った発電プロジェクト、伝統芸能見学&体験、マングローブビーチでリラックスタイム、マングローブを植林、県知事主催の歓迎パーティ)

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このように、日本人の方を今年だけで延べ100人ぐらいスラウェシ島に連れて行きました。Dari Kのチャレンジを言葉で伝えようと思ってもなかなか伝わらないので、「百聞は一見にしかず」と思ったのがきっかけです。そして、チョコレートはバレンタインとホワイトデーは売り上げがものすごく上がるのですが、特に夏はチョコ自体が溶けやすいので、売り上げも上がりません。自分たちはカカオ農園に行っていろいろな経験をして、対外的には農家を指導していますが、僕らも非常に多くのことを農家から教えられています。より多くの人たちに同じような経験をしてもらいたいということもあって、夏にツアーをやっています。去年は3歳から69歳、前年は70歳代の方までご参加いただきました。生産者であるインドネシア人と消費者の日本人をツアーで物理的につないだわけです。それまではチョコを通してつないでいたけれども、直に会ってもらうことで直接つなぐことができました。
これには予想しなかった効果がありました。日本人を連れて行って、「農家はカカオをこうやって育てて、こうやって工夫しておいしいものを作ろうとしている」と理解してもらえればよいと僕らは思っていました。実際、日本人の参加者は非常に感激して喜んでくれましたが、農家から意外な反応がありました。農家の人が、「なぜおれたちの村に日本人が来るんだ?」と聞くのです。インドネシアに行く日本人は9割がバリ島を訪れますが、バリ島でもジャカルタでもない、スラウェシ島という、旅行者が普通行かない島の、さらに空港から7時間かけていく山奥になぜ日本人が来るのだろうと聞くわけです。農家自身はカカオを育てている場面を外国人が興味を持って見に来ることが理解できないのです。自分たちがしていることはすごいことでも何でもないことだと思っているのです。「いやいや、農家の皆さん、僕らはあなたたちのやっていることを大変評価しているし、どのようにやっているかを見たいのです」と言っても、「外国人と会うのは初めてだ」とドギマギしています。僕も外国人なのですが……。スラウェシ島に来る外国人は年間数十人のところに、Dari Kが100人の観光客を連れて行くわけですから、日本人の観光客がいきなりダントツ1位になるので、現地の県知事や観光局が歓迎会を開いてくれたりします。
僕はDari Kを始めてから今まで5年間、農家に対して、化学薬品や殺虫剤、防虫剤を撒くのをやめてくれと言い続けてきました。オーガニックの方がよいというのもあるのですが、それ以前に、日本にカカオが輸入されてきたときに抜き打ちで残留農薬のテストがあるのです。もしそれで残留農薬が検出されてしまったら、日本の中には入れられなくて、その場で廃棄するか、他の国へ持っていくしかありません。それを繰り返すと輸入禁止になるリスクがあるのです。しかし農家は、「農薬や化学薬品を使わないことはできない」と言います。「もし自分が化学薬品を使わずに、虫がたくさん来てしまってカカオがやられたら、お前はそれを補償できるのか? 生産量が半分になったら、Dari Kはその分を補償してくれるのか?」と言われたので、「それはできない。Dari K自体も小さな会社だし、そこまでリスクはとれない」と言うと、「それは俺たちも同じだよ。リスクは取れないというけれども、俺たちにとっても生計がかかっているから、そんなリスクは取れない」と言っていました。
でもそんな農家が、ツアーをやり始めて少ししたら、急にある日の夜、僕のところに来て、「もう農薬は使いたくない」と言うのです。「今まで俺たちが作った豆をDari Kが買ってチョコにして、日本の消費者が食べているというのは聞いていてわかっていたけれども、日本の消費者に会ったら、彼らは消費者とかお客さんとかではなくて家族だ。家族に対して、自分はこの暑い熱帯で、手袋をして、サングラスをして、農薬が自分の体にかからないようにしないといけないような薬品を扱っている。家族にそういう危険なものは届けたくない。化学薬品は使わないから、自分たちで虫を防ぐようなやり方を教えてくれ」と農家の方から言ってきました。僕は初めて農家に行ったときから5年間、農家と信頼関係を築いてきましたが、その信頼関係は、基本的に、農家から高く買い取る、一所懸命やってよい質のものを作ってくれたらその分高く買い取るという、金銭的な結びつきにもとづくものでした。ツアーで消費者と農家が会うことによって、お金ではなくて、お客さん=家族によいものを届けたいという気持ちが生産者側に芽生えて、その精神的なつながりが化学薬品を使わない農業への転換のキーになったということを感じます。ですから、このツアーはこれからもやりたいし、他のチョコレート屋さんとは少し違う取り組みばかりなのですが、取り組みを通して少しでも現地に、日本の皆さんに、おいしいチョコレートを届けたいと思っています。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

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お客さま:
Dari Kの会社名に込められた意味について教えてください。

吉野さん:
「Dari」 というのは、インドネシア語で「~から」とう意味です。「K」はスラウェシ島の形が「K」の形をしているからです。「スラウェシ島から」という意味と、お店が京都にあるので「京都から」という意味と、カカオはインドネシア語で「KAKAO」と書くので、「カカオから世界を変えたい、世界に発信していきたい」ということで「Dari K」にしています。

お客さま:
一般的なチョコレートはブレンドなので、ある程度味が安定していると思いますが、農家や収穫時期によってカカオの味が全く変わるということでしたら、Dari Kさんのチョコレートは買うごとに味が変わるのでしょうか。

吉野さん:
そのとおりです。Dari Kのチョコは毎回若干味が変わります。私がそもそもお菓子業界で製菓学校を出た人間でなかったので、そういうことになったのかもしれません。この実のようにカカオは果物で、発酵した後の種なので、極端に言えばチョコはひとつひとつ味が違ってきます。僕は味が違うのを良しとしています。味を一定にさせるためにアルカリ剤を使ってしまうと、苦みも酸味もなくなります。最初のころは、年間5~6件ぐらい、「前と味が違う」と電話をいただいたことがありますが、今は逆に「毎回味が違います」という説明をこちらからさせていただいて、その時々のフレッシュな味をお楽しみいただいています。カカオ本来の味です。
カカオ豆は発酵して乾燥したものを輸入して、それを焙煎するのですが、発酵の過程でカカオの白い実の部分の成分が豆の中に染み込みます。すると香りの成分が調整されるのですが、香りの成分を花開かせてやるのは焙煎なので、焙煎の温度や時間によっても全く味が違ってきます。酸味を出したかったら、少し浅炒りにして短時間にするとか、コーヒーと同じで、コクと深みのある味にしたかったら、カカオ豆も高温で長時間焙煎するなどの調整をしています。

お客さま:
農園ツアーにはどうしたら参加できますか。申し込み方法や費用を教えてください。

吉野さん:
ツアーは毎年8月と9月にやっています。今年で3年目でしたが、2017年もおそらく8月と9月にやると思います。期間は1週間から9日ぐらいで、費用は学生さんの割引や早く申し込んでくださった方の割引もあって、大体25万円から30万円ぐらいです。夏ということもありまして、そのうち15万円ぐらいは航空券になってしまって、高いけれども、ぼっているわけではないことをご理解いただきたいと思います。案内は5月から6月にかけてホームページに載せていますので、ぜひご検討ください。

お客さま:
吉野さんはこれまで困難が多かったと思いますが、エネルギッシュな活動を続けられている原動力についてお聞かせください。

吉野さん:
常に心がけているのは、「やるかやらないか迷ったらやる」ということです。「もしやったらどうなるか、もしやらなかったらどうなるか」と考えるのはよいと思いますが、人間は心理学的にも証明されているように、ネガティブなことには大変敏感です。「これをやって農家に裏切られたらどうしよう、カカオの豆が農薬だらけだったらどうしよう」など、ネガティブなリスクが頭に浮かんできて、リスクがいっぱい浮かべば浮かぶほど、「やる」という選択肢が薄くなります。そうすると安全パイを取って、やらない方に流れてしまうのが多くのパターンだと思いますが、実は、「もしやったらどうなっちゃうだろう」というリスクだけではなくて、「もしやったらこんなよいことがあるかもしれない」とも考えられます。よいことはまだ見ていないから想像しにくいですが、たとえば僕がDari Kを始めたとき、自分が5年後にパリのサロン・デュ・ショコラに出られるだろうとはいっさい予想していなかったですし、自分が生産性を上げる取り組みをできるとも思わなかったし、フィリピンのミンダナオ島で戦争に疲れている人たちに新たな生計の手段としてカカオを指導できるとは考えてもいなかったし、いろいろなことを考えていなかった。でも、やっているうちによいことも出てくるのです。それを、わからないのに止めてしまう、ネガティブなリスクばかりに気を取られて「やらない」という選択肢を選ぶ方が危ないので、僕は迷ったら敢えてわざと考えずにやる方を選ぶという性格です。

お客さま:
チョコの次に何か考えている商品はありますか。カカオのチョコレート以外の可能性がありましたら、お聞かせください。

吉野さん:
今はインドネシアのカカオという切り口でやっていますが、来年からはフィリピンもやりたいと思っています。来週からアフリカのコートジボワールにも出張に行きます。今年はフィリピンに行ったりガーナにも行ったりで、カカオという切り口でまだまだできることがあると思っていますし、インドネシアで学んだ知見を他の生産国、たとえばコートジボワールやフィリピンで水平展開することはできると思うので、当分はカカオでやっていきたいと思います。

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チョコレート以外の可能性ですが、リップクリームや味噌があります。カカオイコールチョコレートとしてしまったらもったいないな、というのが正直なところです。カカオを素材として見たときに、こんなに油分があって、座薬にも使われている。「通常は固形で、太陽にあたると溶けるということは、リップクリームにも応用できるかな」とか、フェリシモさんで手づくり味噌が大変好評だと聞いて、「味噌って手づくりできるんだ、材料は米麹と大豆とお塩だけなら、だったら、同じ豆だし、カカオでもできるのかな」とか、思いついて試作しました。思いつきといっても、麹は何と相性がよいか、米なのか、何由来なのか、リップであったらどの硬さがよいのか、カカオでお酒も造っているのですが、ジンがよいのかウォッカがよいのか、日本酒だったら純米がよいのか大吟醸がよいのか、本当に何十種類も何百種類も作って、商品の作りこみはどのシェフにも負けないぐらい科学的な数字もとっています。でもきっかけは、思いつきです。

お客さま:
アメリカ大統領にトランプ氏が決定しましたが、カカオ事業にどのような影響が予測されるでしょうか。

吉野さん:
素晴らしいご質問ですね。実は影響が大有りなんです。去年の12月にカカオ価格は1トン当たり3,300ドルでしたが、今年の10月ぐらいに3,000ドルに落ちました。カカオが豊作だったとか、需要よりも供給が多かったとかではなくて、理由はイギリスのEU離脱だったのです。トランプ氏が大統領に決まってから、2,500ドルに急落しました。カカオの価格はニューヨークとロンドンで決まっているとお話ししましたが、市場で売ったり買ったりしているのは、ヘッジファンドです。トランプ氏は、アメリカの景気をよくしないといけないので、公共投資をしましょうと言います。インフラ投資をたくさんして、それによって仕事を作ってどんどん景気をよくすると政策で言っています。すると、公共投資を増やすのならお金を調達しなければならないので、国債を発行します。国債を発行すると、市場に流通している国債がいっぱいになるので、国債の価値が下がって価格が下がります。価値が下がると利率が上がるのですね。それで新聞などで報道されているように、金利が上がってきます。金利が上がると経済効果もあるのではないか、アメリカは景気がよくなるのではないかということで、株式市場も投資が増えるから儲かるんじゃないか、株にお金を預けた方がよいのではないか、ということになります。今までだと、「アメリカの景気も日本の景気もどうなるかわからない」となっていましたが、トランプ氏になって、「アメリカは景気がよくなるな」となって、今までコーヒーやカカオなどコモディティと呼ばれるものに投資していたお金が、一気に引き上げられて株式市場に向かいます。だから、今アメリカでは株高、金利が安いのでドル高、かつ、カカオは20%も下がったということになります。カカオの価格が急落しているのは、実はトランプ氏の影響です。

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カカオやコーヒーは食べ物で生産量が急に2倍や3倍になったりせず、供給量は安定していますが、世界の経済が伸びているので需要は多いのです。お金を儲けることにしか興味がない人も、カカオの需要が伸びて供給が増えないと思うと、これに賭けるのですが、今は株式の方に賭けているということです。

フェリシモ:
Dari Kを起業される以前、イギリスの大学やモルガン・スタンレーで過ごされていましたが、アジアに興味を持たれたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

吉野さん:
単純ですがもともとアジアがいちばん好きだったということと、バックパックで50~60か国を回ったのですが、アジアは落ち着くというか、いちばん好きで、アジアに目を向けました。

フェリシモ:
「株式を動かしているような裕福な人のためではなく、もっと多くの人をしあわせにするために」とブログで拝読して、それでアジアに目を向けられたのかなと思いましたが……。

吉野さん:
そうですね、誰かをしあわせにするというとおこがましいですが、「Dari Kがもしなかったら、この農家の人たちはいまごろチョコを作っていないな」、「Dari Kがチョコ作り教室をしていなかったら、農家の人たちが子どもの誕生日にケーキを作っていないよな」、「自分たちがいなかったら、ここの人たちも農薬漬けのカカオを栽培していただろうな」、と自分たちが何かの活動することで、誰かが少しでもよくなればいいな、と思うことはあります。金融をやっていると、何億円、何十億円、時には何千億円と運用して、お金を増やすことにもやりがいはあるのですが、お金でお金を増やす、投資をするというよりは、自分で何か実際に行動したいと思いました。冒頭でお話ししたモン族の少女に出会った影響もあるのかもしれません。

フェリシモ:
チャレンジのお話の中で、インドネシアのカカオの価値を上げたいというお話がありましたが、コートジボワールに行かれる予定もあるとお聞きしました。インドネシア以外のカカオをめぐる状況について、現地の農家や輸出入についてお聞かせください。

吉野さん:
世界で第1位のカカオ生産国はコートジボワールで、2位がガーナかインドネシアですが、アフリカのこのふたつの国では、GDPに占めるチョコの割合が大きく、外貨獲得の産業として国の経済に大きな影響力を持っています。たとえば自動車産業や電化製品は、日本国内だけでなく世界で売って、それが日本経済に貢献していると思いますが、それと同じで、ガーナやコートジボワールは国のGDPの2割ぐらいをカカオの輸出が占めています。政府もカカオ産業の保護や規制が厳しいです。インドネシアはカカオ産業にあまり政府が介入しませんが、ガーナに行くとカカオ省庁があって、そこがすべて農家から買い受けて、品質管理もすべて政府の役人がして、最終的に輸出します。そのあたりが大きく違うと思います。

お客さま:
吉野さんにとって、お仕事とは何でしょうか。

吉野さん:
仕事は、人生の中で従事する時間が睡眠よりも食事よりも長いと思います。そういう意味では、自分の人生を賭けてやりたいことをする時間だと思います。Dari Kの仕事は、「やりたいのかどうかわからないけれども、とりあえずお金のためにやっている」という仕事ではないと思います。今やっているのは、やっていて楽しいし、つらいことも多いですが、これは人生を賭けてやる価値があると思います。

お客さま:
私はカフェで働いています。コーヒーが好きなので、自分のやりたいことができていて幸いなのですが、10代後半や20代前半の学生のスタッフなどから学生の就職活動の話をよく耳にします。自分のやりたいことがわからないとか、何をすればよいのかわからないとよく言っています。私も29歳ですが自分の経験を話すこともあります。今日、自分の野心や情熱をもって仕事に打ち込んでおられる吉野さんから一言をいただければ、学生たちとシェアしたいと思います。

吉野さん:
大学での講演は慣れているのですが、大人の方から同じ質問をされると難しいですね。自分も若い学生の頃何をしたいかわかっていたわけではありませんが、もしそのころに戻れるのであれば、外に出ると思います。自分自身の視野が広がったのも、いろいろなところに旅をして、いろいろな人と出会って刺激を受けたからで、ずっと大学にこもって勉強していたら、今役に立っていることの何を学べただろうと思います。「学生の本分は勉強」など、いろいろな考え方があると思いますが、情報を見たときに、その情景が思い浮かぶかどうかが決定的に重要だと思います。
たとえば、「韓国のカフェでチョコレートの世界地図をみると、インドネシアに丸がついている。アジアでもカカオが取れるのだ」と同じ体験をしても、それで終わるのが1万人中9,999人でしょう。僕のように、「あ、そうなんだ、日本とインドネシアは近いのに、なぜ遠いガーナからわざわざ輸入しているのだろう」と調べる人は少ないと思います。ネットやスマホが普及しているので、そこに答えも書いてあるし、書いていなければそのまま「もういいや」となってしまいがちです。同じ経験をしても、「何かおかしい」と思って調べるとか、仮説を持って自分で調べることが少なくなっているような気がします。
疑問を持って探っていけば、もっともっと可能性が広がるし、自分自身も楽しいと思うので、外に出ることと、少しでもわからなかったら、とことんわかるまで探すことですね。おもしろいこと、やりたいことは、その過程で見つかっていくと思います。

お客さま:
生産者と消費者の顔が見える関係をつくることによって、生産者側が農薬を使うのを止めたという事例がありました。けれども、規模が大きくなると難しく、たとえば中国では、顔が見えるからといって何か変わるかというと、何も変わらないという事例が多いと聞いています。食品関係で、農薬を使わない栽培方法について事細かに指導してうまくいっているように見えても、目を離すと元に戻ってしまうという状況もあります。インドネシアの場合は、元に戻ってしまうということは今のところ考えられないのでしょうか。

吉野さん:
今日は失敗談というよりは、「こんな形でやってきました」という話をしましたが、最初はやはり難しかったです。僕が付き合った農家でも、2回目の輸入は、自分で直接行かずにオーダーだけでしたのですが、石や枝がたくさん入っていました。キロいくらという単位で買うので、不純物が混じってしまう例がありました。一度信頼関係を築けばそれが確保されるということはありませんし、規模が大きくなってくれば、たとえば百人、千人となってきた場合に、全員と会えるかといえば会えないと思うので、難しくなってくるのは事実だと思います。
ただ、日本人の自分の尺度で、「しっかり教えたからこうしてくれるだろう」と期待してしまうことがありますが、向こうの目線で行くと、「じゃあ、その約束を守ったときに何が得なのだろう」と、向こうも人間ですから考えるわけです。彼らの立場に立つと、「自分はお金だけでなく、やるだけのモティベーションをあげられていたかな」と思います。「やっぱり国が違うから、途上国の人だから、しっかりやらないんだ」と、環境や相手のせいにしてしまうとそこで終わりだと思うので、「では、自分はそれに対してどうできるのだろう」と考えられたら、よい関係がつくれるかもしれません。最後は相手ではなくて自分のような気がしています。よいご指摘をありがとうございました。

お客さま:
チョコレートは発酵品ですね。菌がたくさんいると思います。カカオを栽培して、学生たちとともに、チョコレートってこうなるんだよ、とささやかなことをしていますが、いちばん気になるのは、手で皮を剝いて、砕いて、砂糖を入れて、衛生的にどうかなということです。家庭で作る場合、どういうことに注意すればよいでしょうか。

吉野さん:
菌については、うちも生のカカオ豆、焙煎したカカオ豆、焙煎して皮を剝いたカカオニブすべてに菌検査をしています。家庭であれ、業務用であれ、菌は高温で死ぬ菌と死なない菌があります。生のカカオ豆だと何十万という単位の菌がいますが、焙煎することによって、何万や何千ぐらいに減ります。菌は発酵するときに、パルプという白い実が中に染み込みます。外側の薄い皮は、直接道路やテーブルの上に干されて空気や麻袋にあたるので、皮に菌がいることが多いです。でも皮を取ったニブでは、1万以下や3百以下など検知できない状態にまで減ります。ご家庭で焙煎して皮を剝いてチョコレートを作る分には全く問題ないですし、カカオ豆の皮を生で食べない限りは、菌が体内に入って危ないということはないと思います。

お客さま:
今でも多くのバックパックの学生さんがアジアの貧困地域に行って、思うところをたくさん持って帰ってくると思いますが、実際そのあと行動に起こせる人と起こせない人がいます。経験を積んで何か思うところがあっても行動を起こせない人と吉野さんの違いは何だと思いますか。

吉野さん:
僕自身もバックパックで何十か国もまわっていましたが、その当時何かをしていたかというと何もしていません。将来的に何かしたいとは思っていましたが、結局入った会社は金融ですし、週末に何かをしていたかというと、仕事ばかりで何もしませんでした。すぐに行動に移すことができればそれはベストですが、少なくとも学んだり、これはこうあるべきだと思ったりしていれば、いつかできるような気がします。いつになるかというタイミングですが、僕の場合は、自分に自信がついたときでした。金融をやっていろいろ学んで、これはこうだと分かったときです。Dari Kを始めたときは素人だし、発酵も焙煎もチョコレートもわからないので、普通は99%うまくいかないと思いますが、何か自分だったらできると思いました。自分でできなければ他の人もできないだろうという、半分自惚れのようなものがありました。
ひとつだけエピソードを言うと、僕は転んでもただで起きないのがモットーです。Dari Kを始めた年、百貨店の催事で出店することになりました。ごまんとチョコレート屋さんがある中で、出店できるのはごくわずかです。どうやって出られるようになったかというと、いきなり電話して「すごいチョコレート屋ですから、バイヤーに伝えてください」ととりあえず会ってもらいました。バイヤーが「すみません、吉野さん、私はバイヤーでありながら、御社のことを存じ上げませんでした」と言うので、僕は「Dari Kを始めて2週間で電話したのだから、知らなくて当然だな」と思いましたが、「そうですか、全然ドンマイです」と言いながら食べるわけですね。バイヤーも「あなた、全然チョコレートの経験もないしダメじゃないか」という感じでしたが、僕はそこで「味がダメなのか、価格がダメなのか、それとも味も価格もよいけれども、御社の購買層の好みに合わないのか、断ってくれてもいいけれども、何がダメなのか教えてほしい。価格が300円で高いのなら、100円にすれば出してくれるのか」と詰めました。営業に行って、「いやあ、断られちゃいました、ダメでした」とよく言いますが、それだとそこからの学びがゼロじゃないですか。ダメだったら次にどうすればよいのかを聞かなければいけなくて、それを常に心がけています。ですから、自分にとって失敗というのはないのです。仮に案件が取れなくても、ダメと言われても、誰かに振られても、どこがダメだったのか聞いたら次の改善にプラスになるので、失敗というものはないと思います。それで、時期が来てDari Kを始められたと思います。

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フェリシモ:
最後に吉野さんが生涯をかけてやり遂げたい夢についてお聞かせいただけませんか。

吉野さん:
考えているのですが、出ないのです。目標が明確にあるのではなくて、やっているうちに「こんなことができるのではないかな」とか、「こんな展開をしてみたいな」と思うことが出てくると思うので、その余地を残すためにも、今は無で進もうと思います。

フェリシモ:
これからずっと続けていける態勢を持ったまま、心は自由にどんどん進めるように、とうことですね。

吉野さん:
そうですね。でも、自分ひとりでできるわけではないし、社員がいて、支えてくださるみなさんがいてできることなので、そういう人たちと一緒に何かできればいいですし、自分ひとりでこうしたいというのではなくて、大きな力で、人を巻き込んで何かやりたいと思っています。その何かがわからなくてすみません。今日はありがとうございました。

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Profile

吉野 慶一(よしの けいいち)さん<Dari K 株式会社代表・カカオマイスター>

吉野 慶一(よしの けいいち)さん
<Dari K 株式会社代表・カカオマイスター>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
慶応大学・京都大学大学院・オックスフォード大学院でアジア経済学を専攻。卒業後、外資系投資銀行や投資ファンドで金融アナリストとして活躍中、偶然訪れた海外のカフェでカカオ豆の産地に興味を持つ。退職後、単身インドネシアのスラウェシ島に渡り、農家とともに高品質なカカオ豆の生産に携わり、カカオ工房「Dari K(ダリケー)」を設立。2015年、フランス、パリの「サロン・デュ・ショコラ」に出展しブロンズアワードを受賞。

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