神戸学校

神戸学校はフェリシモが主催する「神戸発 生活デザイン学校」です。

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「美とは何か ― 私の考え」



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<第1部>

フェリシモ:
本日は、会田さんに作品紹介をしていただきながらお話をうかがいます。私は学生時代、会田さんの作品を見るためによく美術館に足を運びましたので、お話をうかがえることがとてもうれしいです。
こちらは私のいちばん好きな作品、「檄」です。大きい布に「文部科学省に物申す 会田家」と書いてあります。これを作られた時のことなどおうかがいしたいと思います。

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「問い」としての作品

会田 誠さん:
本日はフェリシモさんからのリクエストで、「美」というテーマでしゃべることになっています。僕も漫然とした作品紹介よりは、テーマがあったほうがよいと思ってお引きうけしました。みなさんは、僕が美術家なので、「美」ということをいつも考えて作品を作っていると思っておられるかもしれませんが、実はあまりそうではなくて、全体的には、「美」ということをあまり考えずに活動している、そういうことを話しに来たような気がします。

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代表格がこの「檄」です。自由なテーマで個展をやることもありますが、展覧会は2回に1回の割合で、美術館やキュレーターにお題や枠組みを与えられて、それにこちらが反応することで作っています。
東京都現代美術館では毎年夏休みに、子どもの客をターゲットにした展覧会をしています。「檄」は2年前の夏に出展した作品ですが、企画した学芸員さんが野心的な方で、それまではトイザらスのような感じの、子どもを喜ばすための子ども展が続いていたのだけれど、それを少し変えたい、アートとしてハイレベルなものを狙いたいという意図を持っておられました。僕個人だけでなく、妻(美術家 岡田裕子さん)、そしてアーティストではありませんが当時中学2年の息子を含めて会田家3人で参加してほしいと言われて、学芸員さんとミーティングを重ねながら家族3人で作ったものです。
この作品は、ある意味で「美」の真逆のようなものです。うちの家族は美しい家族ではまったくなくて、ドタバタなわけですよ。家族なんてどこもうまくいくわけはないですよね、問題だらけなのですよ。それで、格好をつけずに、「格好悪い家族の姿を見せることにしよう」と家族で話しあいましてね。これは「文部科学省に物申す」と、上から目線で一見偉そうなのですが、絵でも文章でも、作品の読み方は一種類ではなくて、読み方によってはコロッとひっくり返ったりするのですね。
「確かに今の文部科学省はなっとらん、会田家の言うとおりだ」と言う方もいるだろうけれど、「この家庭、馬鹿だな」と見られてもよいわけです。「優れたファミリーである会田家が、劣った文部科学省に文句を言っている」という単純なことだったら、こんなことはやらないわけです。わざと3人で書いて文字もガタガタで、言葉もつぎはぎしているので、全体的に文意が通っていなくて、「何言ってんだか」ということでもあるわけです。

フェリシモ:
「もっと教師を増やせ!」「40人学級にもどすなんて、ふざけるな!」「組体操をやめろ!」とあります。東京オリンピックのことも書かれていたり、家族のありのままの姿、一家庭の生の声が聞こえてくるような気がします。
企画展のタイトルは、「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」でしたね。公立の美術館で文部科学省に物申すという作品が飾られるのは是か非かという騒動がネット上で巻き起こりました。騒動も込みの作品だったのかなと思いますが。

会田さん:
撤去しろと言われて僕が抵抗してというのを、計算していたわけではなくて。僕の提案のなかにはキュレーターさんに「それは出せません」と言われて出さなかったものもいくつかあって、僕としてはこれは通ったプランなので大丈夫と思っていたら、キュレーターさんの上司が出てきたという構図でした。
ただ、展覧会のタイトルも「ここはだれの場所?」と質問形でもあり、「檄」も含めて展示全体がそうなのですが、結論を提示しているというわけではない。文部科学省は自民党など政党にくっついているものではないから、厳密に言えば政治的主張ではないと思うけれど、この作品は少し社会的な言葉、意見であるわけです。
欧米ではアート作品が政治メッセージを帯びることはよくあって、むしろ政治性のないものは現代美術とは呼べないというノリですが、日本ではあいかわらず美術が花鳥風月的に捉えられていて、その点は確かに遅れている面があります。とは言っても、僕個人は政治的主張を込めた作品があまり好きではなくて、作りたくないと思っている。「檄」には、わかっている危うさがあると思っています。美術家などが政治的意見を美術展という場を借りて主張するのは、暴力というか、職権乱用だとも思っていてね。
この作品はギリギリで、こんな自己主張をみんながしていたらどうなるんだろう、やってみたらきっと反発も出るだろうという予想はあったし、「こうやってみたけど、みんな、どう思う?」という質問みたいなものですね。作品は質問状ですよ。ですから、最初から「美」とは関係なかったりするわけです。

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大きな作品に込められた迷いと主張

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フェリシモ:
会田さんの作品には大きなものがたくさんありますね。「モニュメント・フォー・ナッシング」という作品も大きいです。大きい作品を作られることについて、おうかがいできますか。

会田さん:
僕のしゃべり方や考え方は、基本的にウジウジ、ウダウダしていて、「結論は何だよ?」と言われるタイプですが、これもまた本格的にしゃべるとウダウダと30分ぐらいかかります。それはある意味必然性があって、アンビバレントというか、好きなような嫌いなような、モヤモヤした感情が自分自身に起きたときに、それをやりたくなる。たとえば、作品が大きいことを僕は好きだと思うのですが、嫌い、悪だとも思っているのです。
「モニュメント・フォー・ナッシング」は建ったばかりの森美術館の「六本木クロッシング」 で初めて展示した作品です。下見に行ったら天井高が7メートルでした。天井が高くて広くてうれしいのですが、その高さが個人に与えられることに、罪悪感のようなものが芽ばえて。
昔からパーマネント設置のモニュメントや野外彫刻に対するモヤモヤした感情があるのですよ。そういうものを作りたい気持ちも本当はあるのだけれども、あれは「悪」だとも思っている。レーニン像やフセイン銅像などが代表する大きな作品は、時の権力の栄光を未来永劫残すぞという思想と結びついていて、美術にもそういう誘惑があるのですよね。美術家には、自分のアトリエでひとりの人間の分相応の大きさで絵を描くというパーソナル活動があって、描いた絵はコレクターの部屋などパーソナルな空間にあるのだけれど、パブリックで、よりでかくて、動かしがたい場所に作りたいという誘惑もありまして、「それをやりたい」という野心と、「それはやっちゃいけない、悪だ」という心の葛藤があります。
そこからできたのがこの作品で、その後シリーズになっていくのですが、このシリーズの特徴はむやみにでかい。と言っても、現代美術館の天井高は通常6~7メートルです。ちなみに、近代美術館は、僕のイメージでは4メートルから4メートル半ですから、その差が現代美術館と近代美術館の差だと僕は勝手に思っています。そこに何か秘密があると思うのです。

フェリシモ:
作品が大きくなっていっているとか。

会田さん:
ええ、でもね、あまりきちんとした結論はまだないのです。
次のスライドの作品は「モニュメント・フォー・ナッシングII」ですね。このシリーズは一般市民や学生と共同制作でまだ作り続けていて、最終的には、宗教性のない宗教施設のような内部空間のある、つまり中世の教会からキリスト教性を抜いたようなものを作るべく続いています。現実的に設置の場所がだいたい決まって、今プロジェクトが進行中です。8~9年越しでやっています。

フェリシモ:
これは段ボールでできているのですね。

会田さん:
そうですね。大きさも悪だけれど、僕は重さも悪だと思っていて、それから物質的な立派さも悪だと思っています。先ほどのモニュメント Ⅰは薄べニアを使っていて、壁に直接釘で止める薄っぺらいものです。大理石で作られているダビデ像の偽物の薄っぺらバージョンのようなものです。こちらは段ボール。中世の教会やガウディのサグラダファミリアなどは石を彫るわけですね。
僕は段ボールにこだわりがあって、張りぼて的に、中は空っぽで、外側を何とか立体にする作り方を強制しているわけです。ちなみに、段ボールだったら、本当はウエハースのように木工用ボンドで重ねて、それをグラインダーなどで削って、という作り方もあるのだけれど、「断じてそれは違う、中が空っぽでないと、空虚でないとつまらない、中身が詰まっていたら大理石と同じになっちゃう」という、強いこだわりが僕にはあります。あくまでも、見てくれだけの空虚さを目指すというこだわりがあるのです。

フェリシモ:
「悪」だと捉えているものに対して、大きいけれども空虚なもので立ち向かっていくということですね。

会田さん:
そうですね。ここらへんは確かに「美」というものと関係があるかな。「荘厳な美」、特に宗教や権力を立派なものだと民衆に思わせるために作られるものが、教会や神殿だったわけだけれど、これは人間に対して強力に作用するんですよね。大きなものや荘厳なものに、人々は「ははっ」とひれ伏してしまうわけですよ。
でもそれは、基本的にせいぜい18世紀ぐらいまでの美や権力の在り方で、フランス革命以降の近代からは過去のものということになったわけですが、それにしても、まだ亡霊のようにその美学は残っていると僕は思っていて、そんなことで、こんなことをやっています。

フェリシモ:
まだ残っている亡霊のような美学に立ち向かう会田さんの美学でしょうか。

会田さん:
立ち向かうというか、「なんちゃって」という態度でやってみて、その愚かさ、虚しさが見えてきたらよいなと思うわけです。昔は「本物」があって、「本物の巨匠」がいたけれども、僕は本物を作ってはいけない、僕は偽物だし、僕が作るものは偽物だし、偽物でなければならない、「本物の美」を作ってはいけないという考えがあります。後にお見せする作品で弁当箱を使った作品とかもありますが、中身が空っぽで空虚であること、物質として偽物であったりが僕にとっては…… 次に行きましょうか。

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敢えて自分に負荷をかける制作

フェリシモ:
これも大きな絵で「滝の絵」です。 女の子たちが滝のところにいます。

会田さん:
これはあなたのリコメンドですね。

フェリシモ:
はい、大きい作品つながりでおうかがいしたいと思っていたのですが、大変緻密に細かく描かれていて、素人目でもすごいなと思うのですが、実際に絵を描いていた美大出身者からも「技術が本当にすごい」と聞いています。

会田さん:
そうですかね。僕は新潟出身なこともあって、嫌味なぐらい謙遜癖があるのですが、この絵も大したことないですよ。『COMICエルオー』 の表紙を描いておられるイラストレーターのTAKAMICHIさんなんかに比べたら、僕なんか全然だめです。たいてい少女が日本の自然の中にいるシチュエーションなのですが、光の現象がうまい、うまい。それに比べたらこんなのね。
東京芸大に6年間通った結果かもしれません。写実画の絵は同級生の中でせいぜい真ん中かそれ以下で、学部在学中は絵を描かずにコンセプチュアルアートのようなことをやっていましたが、大学院へ行くあたりからある転換があって、向いていないけれどあえて具象画をやるようになりました。「向いていないけれどがんばってやるんだ」というのは、巨大な敵に立ち向かうような充実感があって、「滝の絵」などは、ペロッと描ける人がいるのですが、僕には大変でした。自分に負荷をかけたかったのですけどね。

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フェリシモ:
これは公開制作をされていたのですね。

会田さん:
完成が間に合わなかったから、罰としてここで描けということだったのです。ありがたいことに、大阪の国立国際美術館がこの絵を買う気があったのですが、未完成のものを買うわけにはいかなくて、春の予算会議のテーブルに上げるために作品を完成しなければらなかったのですが、一度東京に持って帰ってまた送り返すと運搬費が高いなどの理由で、公開制作をすることになりました。罰ゲームだったのですよ。
自己分析すると、この作品は僕にとっては負荷の高い超努力作ではあるのですが、絵画としては、コンセプト、構造、仕掛けにおいてかなり低い段階のものです。クリスチャン・ラッセンのイルカを女の子に、ハワイの海を日本の滝に変換すれば構造的に同じで、「自分が好きであって、それが好きなお客さんも一定量見込めるモチーフとシチュエーションを描きました」というタイプの絵画です。悪くはないけれども、芸術のあり方として、志としてそれほど高くない。ラッセン程度。でも、「『あえてラッセンをやるぜ!』という俺はちょっとラディカルだな、ふふふ」と思ったり。現代美術家はなまじ頭がよいから、こういうのは浮かんでもやらないだろうけど、俺はあえて浮かんじゃったから描くぜ、「ラッセンじゃねえか」と言われても俺は心臓に毛が生えていてびくともしない、そんな感じです。

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期せずして選んだ現代美術

フェリシモ:
本流から外れ続けるというか、ひねくれたと言うと失礼かもしれませんが、常にいろいろなものから逃れるというか、立ち向かうというか、本当にさまざまな手法を通して作品を作られているのかなと思うのですが……。
先ほど、大学のお話がありましたが、会田さんがなぜ現代美術の道を進まれたのかをおうかがいしたいと思います。会田さんの小説、『青春と変態』を読みまして、会田さんのセンスや文才が発揮されている作品だと思いました。

会田さん:
あれは20代の最後のころに書いた小説です。僕はその前の年に、レントゲン藝術研究所というギャラリーで実質的にデビューしました。デビューして、ある程度注目はされたのだけれど、作品が売れるわけでもなく、美術館からオファーが来るわけでもなかったのです。レントゲン藝術研究所で企画展をすると次のオファーが来て、とんとん拍子でよいことが起きる人がまわりにはいたのだけれど、僕は「巨大フジ隊員VSキングギドラ」を出展していたので、「会田という、ひどい気持ち悪い奴がいる」と美術界に認識されて、「うちのところでやらないか」と手を挙げる勇気ある学芸員が当時は誰もいなくて、僕はひまだったのです。
「ああ、美術ではやっぱりだめか。じゃあ、印税生活だ。めざせ芥川賞!」という気持ちで、恥ずかしくも本を書いたのです。芥川賞はかすりもしませんでしたが、奇跡のように運よく出版したいと言ってくれる出版社がいました。
高校生のころの僕は、文科系不良で、たとえて言えば、筋肉少女帯の大槻ケンヂさん、リリー・フランキーさん、みうらじゅんさんのようなタイプの高校生でした。そこそこの進学校には行ったけれども、高校入学と同時にまじめに勉強する気がなくなって、バンドでエレキギターを弾きだしたりする人も結構いましたけれど、僕は小説を読んだり絵を描いたりしていて。高校3年ぐらいになって、高卒でも高校中退でもよいのだけれど、いろいろ考えると美大なら行けそうだから行くかと思ったのです。
美術家になりたいとか、画家になりたいとか思って美大に行くわけではなくて。リリーさんもみうらさんも美大ですよね。美大にはそういう受け皿のようなところがあって、僕らのころから目に見えてそういう人たちが美大に来るようになったんですよね。田舎者が東京などの大都会に行く口実として、大学生という肩書で親から仕送りを受けて行った方がいろいろと円満に事が進むし、美大に行けばコネなどできて、おもしろくてやってて楽しいことができるのではないかと思うわけで。
1980年代でしたが、そのころはまだそういう人にとって美術は選択肢ではなかった時代だと思う。なぜなら、世界でもそうだけれど、日本限定で言うと、80年代は『美術手帖』が先端の美術を紹介していて、高校生もそれで偵察するわけですが、まあ、まじめなわけですよ。絵は抽象画か、もの派 から発展したようなタイプの禁欲的な作品で、そこによくわからない思想用語がびっしりと入った評論家の解説があるというのが80年代の『美術手帖』のスタイルでした。「ああ、美術という方向に行くと、こうなんだ」と思うわけです。80年代には、地方に住んでいて活きがよくて、カルチャーなどの仕事をしたいと思う若者に、美術という畑はとうてい魅力的には映らなかった。まだしもイラストや漫画の方がキラキラしていた。糸井重里さんなど80年代の東京のカルチャーの方へ向くきっかけとして美大が使えそうだと思って行くわけです。私立だったら違っていたかもしれないけれど、僕は運悪く一浪で芸大に受かってしまったから、美術にマジになって泥沼から足が抜けなくなったという感覚です。18歳のころは東京でイケてるクリエイターになるつもりだったのが、地味な美術畑から抜けられなくて、「でも、いいか」みたいな心境で現在に至っている。本当はリリー・フランキーさんのようになりたかったのだけれどね。

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美術でデビューした1年後に小説を書いて、今でも書いています。美術だけでは満足できない、美術業界をちゃんと愛せないのですよ。美術にはいろいろな欠点がありますね。日本が遅れているという問題もあるけれど、海外も決してよいわけではないと思う。
現代美術は大体ふたつに分かれていて、ギャラリーが高い値段で作品を売る、商売っ気たっぷりのお金のにおいのするものと、○○ビエンナーレ、ドクメンタなど社会的、美術史的な発展の意義を重視して、キュレーターや評論家がイニシアチブを取る、えてしてまじめな美術。
これはふたつともいろいろな問題がありますよ。お金の方はうさんくさいことがたくさんありますし、キュレーターの方はインテリ臭が強すぎます。たとえば、現代美術はどちらもそうですが、トランプ大統領を支持するような人たちとは原理的に敵対する、トランプ支持者を上から目線で見下すようなものが現代美術の支持者であり、これはどうしても避けられないけれど、やはり問題ですよ。アメリカという大国の半分近くのあの人たちとまったくコミットできないカルチャーなわけですよ、美術は。問題がありますよ。
話が長くなりますね。シナリオを用意していたのだけれど、最初の1ページ目ぐらいで……すみません。

フェリシモ:
美大に行ったのがなりゆきで、芸大に行ってしまったから美術に足をつっこんでしまったとおっしゃっていましたが、それでも、美術についてここまで真剣に考えておられるのは、会田さんの性格からですか?

会田さん:
本当は今でも物語作者になりたいのだけれど、下手くそなのですよ。小説でなくてもシナリオでも何でもよいのだけど下手で……次に行きましょう。

フェリシモ:
はい、「滝の絵」の次に……。

会田さん:
今日は善良な市民の方が多いようなので、もうしわけないですね。パッパッと行きましょう。

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素材として描き続ける少女

フェリシモ:
会田さんの作品は少女がたくさん出てくるイメージがありますが、描きつづけている理由などお聞かせくださいますか。
スライドは「切腹女子高生」。

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次は「食用人造人間・美味ちゃん」シリーズ。
そして「大山椒魚」です。

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会田さん:
僕が何度もくりかえし描いている唯一のモチーフは確かに少女なのだけれども、一応皆さまにもそう見えていると思いたいけれども、作品ごとにコンセプトがあって、少女を使っても少女がテーマではない。素材あるいは便利な道具のようなもので、それぞれのコンセプトを組みたてるのに使い勝手がよいので少女を使っていると言った方が近いです。
僕は絵を描くのが本当は好きではなくて苦痛なのですよね。だけど、描かねばというときに、かわいい女の子がモチーフだとかったるい作業がまだしも続けられる。たとえば山口晃くんとは違って、僕はメカなど描くのは苦手なのですよ。幾何学的なちゃんとした正確なパーツや直角などが苦手なのです。それを避けて、柔らかい曲線でできた女の子の方が描いていて楽しいので描いているというのがひとつです。
「切腹女子高生」と「大山椒魚」は少女を素材にしているのは同じだけれど、自分としてはずいぶん違う作品のつもりです。
「切腹女子高生」のテーマは「現代日本社会の雰囲気」で、おっさんもおばあちゃんも登場させてもよいのだけれども、少女だけに統一した方がわかりやすい。1990年代の作品ですが、そのころ、渋谷あたりのギャルが現象として目立っていたし、女子高生などを使うと、それが描けた。
「大山椒魚」の方は、藤田嗣治のような細い輪郭線で繊細な絵を描きたかったのが理由ですが、使った世界観は、日本むかしばなしのように「池の主の龍神様と少女の魂の交歓」のような、よくあるイメージを使ったわけです。
「美しい旗」は太平洋戦争をテーマにした「戦争画RETURNS」のひとつです。戦争や歴史や近代史などは、ともすると堅苦しい話になるけれど、そこで女の子を登場させて対比させるとぐっととっつきやすくなるから女の子を使った。僕は少女が好きなのです。もちろん誘拐したり殺したりはしませんし、触りもしませんよ。よく街中をプラプラ歩きますが、歩く目的の半分ぐらいは、少女から妙齢の女性まで、女性ウォッチングです。

フェリシモ:
そうですか。

会田さん:
大丈夫です、安全な男です。見るだけです。

(会場:笑)

このころ僕は初めて韓国へ旅行したのだけど、旅行先でも女の子を見るのが好きなのです。韓流ブームの時代の前ですから、韓国の女優を日本で見る機会はまだなくて、韓国へ行ってみると美人が多いのでびっくりしました。日本と似ていて少し違うなという微妙な差がある。
「美とは何か」をあまり考えないとは言いつつ、考えないわけでもないのですね。みなさんもよく考えると思うけれど、平安時代の日本の美人はふっくらしもぶくれだけれども、それは今はブス扱いされるわけです。平安時代の美人が今だとブスだということは日本では常識だけれど、ミロのビーナスをはじめ古代ギリシャの女神像は今でも美人じゃないですか? くやしいと思いませんか? あいつらの美を基準にしやがって、俺たちのは曲げられたわけですよ。
それはそうとして、平安美人の一点を考えるだけでもわかるけれど、「美」というのは人間の勘違いですよね。うちにある岩波哲学大辞典で「美」という項目を開いてみたら、細かい字で5~6ページ書いてあったので、これは読めないと思って、今度はWikipediaで見たのですね。「美」は主観か客観かという議論が書いてあって、絶対的な美があると主張する人たちと、人間の勘違いだと言う人たちの間で意見が分かれている。たかが「美」という概念でも、厳密に考えると恐ろしくややこしい。それだけで美学という学問がなりたつわけですね。
女性の美人や美少女とか、僕のような人間が勝手に認識することって何なんだろうと自問自答するとき、美学的な疑問と近いことを考えていると思うのですね。たとえば、みたらし団子を見てそういうことは考えないですよね。僕は男で女の子が好きだから、感情をいちいち動かされる。このメカニズムは何なのだろうと、非常に不思議で。朝ドラの有村架純さんは、役作りであえてたくさん食べて太って何となくどんくさいブスのようなところがあるけれども、何とも言えない魅力がある。なぜ彼女が特別によいふうに見えるのか。似ているけれどももっと美形の女性はスルーするのに、なぜ有村さんにひっかかるのだろうと不思議なんですよね。
世界的にどれぐらい人気があるかわからないけれど、ゴヤの絵で、ナポレオン軍がスペインの民衆を撃ち殺している有名な絵があって、これは僕の人生で見た油絵の中でいちばん感動した作品なのだよね。でも、なぜ僕が特別にこの作品に感動してすごい作品だと思うかを説明するのはむずかしい。有村さんに不思議と惹かれるのと似ていて、なぜかわからないけど引っかかるんですよね。

フェリシモ:
なぜかわからないけれど惹かれるという、もしかすると移りかわっていく対象であり、美しさとして欲望される対象だった少女を描き続けて来られているのでしょうか。

会田さん:
これは「イデア」というタイトルです。プラトンなわけだけど、プラトンをちゃんと読んだ結果としてこれが出たわけではなくて、「イデア」というタイトルは最後に出たんですが。まずは「美少女」という文字でオナニーしている後ろ向きの腕を撮ろうと……。

フェリシモ:
後ろ向きで写っているのは、会田さんですね。

会田さん:
はい、僕ですけどね……これは後にしましょう。こういうのもあるということで。

フェリシモ:
はい。次は今回神戸学校のご縁にもなった作品で「CHOCONIP」(乳首の発育過程を8段階で表現したチョコレート)です。会田さんは乳房の美についてエッセイにも書かれていましたね。

会田さん:
『美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか』という、タイトルから決まったようなエッセイです。典型的なグニャグニャ、モニャモニャのエッセイでした。ある種の結論として、雌の乳首という、赤ちゃんに補給する栄養素の出口にすぎないものに、雄が反応するのは本来まちがっているのだけれど、有村さんやゴヤの話とつながって、なぜこれに引っ掛かるのかわからないというものには、何かありそうなのですよね。
筋肉隆々の腕を見て「こいつは強そうだな」と思うことには何も不思議や謎もないですね。でも乳首がピンクであることが善である理由は何もない。医学的にはわからないし男の勘違いかもしれないけれど、大きい乳房は乳がよく出て子どもがよく育ちそうだから美であり善であるというのにはまだ理由はあるけれども、ペチャパイ愛好は自分でも謎ですね。秘められたる同性愛や少年愛があって、男色にはガードがあるので、それがペチャパイやロリコンに振りわけられているのではないかというのが僕の仮の結論ですが、もやっとした謎です。僕は恥ずかしげもなく「自分がペチャパイが好きだ」と公言しているけれど、ペチャパイ好きは謎だからであって、巨乳が好きだったらあたりまえだから特に言う必要もないなと、そんな感じですかね。
次に行きましょう。

フェリシモ:
はい。これは可愛いですね。乳首が富士山になっていますが、どうしてですか。

会田さん:
日本の誇り。

フェリシモ:
それを乳首と重ねて。ありがとうございます。

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栄光と無縁なものに美を見る

会田さん:
スライドの作品ふたつは森美術館で展示した当時の新作の大作で、対比的に作ったものです。室町から桃山の狩野派などの日本の装飾的な美術を使ったり、リスペクトして作るのはよいのではないかと僕は若い時から考えていたので、古美術はよく使います。あまり伝わっていないとも思うけれど、同じ作者が絢爛豪華な作品と、墨一色などで侘寂を表現する作品の両方を制作する場合がありますね。「美といってもいろいろありますね」という感じで出展しました。
「美」の話で関係あるかなと思うのを適当に持ってきたのですが、評価されようと頑張って絵を描き始めたのは美術予備校へ通ってからなのですね。競争があって、1位から並べられたりするので、よい成績を取りたいから、よい絵を描きたいと思うわけです。僕は美しい絵を描こうという目標で描きはじめると失敗することが多くて、そのころから体験的に「美」や「美しさ」はNGワードだと思っていて、今でもそう思っています。美という言葉は、できあがった作品を後で分析する人の道具で、作者自身はその言葉を意識してはいけない、意識するとロクなことは起きないという実感があります。
Wikipediaには、プラトン、カントから現代にいたるまで、美学・哲学の歴史の変化がざらっと書いてあります。昔は「美」がシンプルに捉えられていて、「醜」は美学的に無価値なものとされていたけれど、最近になるにしたがって「醜さの価値」があるという意見が出てきていますね。美術界では「キッチュ」や「低俗な美」「低俗性」を押しだすことで評価されているアーティストもたくさんいます。僕も低俗性をあえて打ちだす作品がいくつかあるタイプだと思います。18世紀ごろの美の基準では、立派な山だったらマッターホルンや富士山のような堂々とした特別な場所、人間の美しさでいえば美人やものすごい人格者などを崇め褒めたたえていたけれども、最近は特別ではないこと、平凡なこと、普通なことというのも価値がある。

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ほとんど発表はしなかったのですが、僕は大学1年ぐらいのころに風景写真を撮るのが好きで、平凡な風景を見るとシャッターを押したくなる病気でした。これも僕の美学的な実験だったと思います。国立自然公園や世界遺産に選ばれた京都の街などが特別な栄光のある場所だとして、誰からも選ばれない、栄光がまったくない東京都小岩の住宅地の一角など、人が注目する理由がひとつもない所を切りとって、フレーミングして提示できなければいけないのだという思いで、無意味に平凡写真を撮り続けていました。特別なるものを特別扱いして贔屓するという古い美学に対する、世界同時多発的な反乱だったと思います。現代美術の一部には、特に写真の世界で、平凡写真シリーズのようなものがありますが、1986年ごろにはあまりありませんでした。当時、アラーキーが歌舞伎町で風俗嬢の裸の写真をパチパチ撮りながら、その間に、どうでもいい街角、選ばれていない、栄光なき場所のフレーミングを挿入していて、僕はそういうカットが好きだと思っていました。このあたりで誰かが僕を評価してくれていたら、写真の世界に行っていたかもしれないけれど、人に見せることもなく何も起きませんでした。

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北京に滞在したとき、プラプラ散歩しながら、可愛い女の子が多くて見ていたのですが、可愛いのに腋毛を生やしていたりしてクラクラしましたね。散歩のもうひとつの目的は平凡写真で、『いまさら北京』(2009)は北京で写真を撮って出版するという企画で作った写真集です。写真界に何のインパクトも与えていませんけれど。
これはジレンマでした。僕は旅行者なわけで、京都をふらふら歩きながらゲイシャガールが歩いていると好奇心でカメラを向けてしまう外国人のようなものなのですが、誰にも選ばれていない場所やものの写真を撮るには、こういう旅人的好奇心を使うとダメなのですね。北京の郊外をテレテレ歩きながらイメージトレーニングで、「俺は北京生まれの中国人で、ここらあたりのことは何でも知っていて、何も珍しくないぞ」と思って写真を撮りました。煉瓦の壁など、本当はあらゆるものが珍しいのだけれど。珍しいと思う自分の気持ちを抑えよう、抑えようという、マゾっぽいゲームだったのです。成功したかどうかはよくわからないですね。
次のスライドは山口晃くんとの二人展に出した若い時の作品で、「風景の工学的記録におけるイコン化の確率に関する研究」です。説明ははしょりますが、「美とは何か―私の考え」という今回の講演会のタイトルに関係があります。
こういう意識で作ると、皆さまに愛されるメジャーな作品にはならないものですね。何が言いたいかというと、たとえばこの作品、僕は好きなのです。よい作品だと思っています。私は謙虚な人間で自分の作品はあまり褒めないので、特にみんなに愛されている作品は「いや、大したことはない」と言うのですが、注目されていない作品こそ「これは傑作」と思うのですね。これは傑作ですよ。「平凡写真が発生するメカニズムはいかなることか」ということを言葉にした自由研究の発表のような形式の作品です。
次の作品(「火炎縁蜚蠊図」「火炎縁雑草図」1991)もそこそこ大きい2枚組の作品で、大学院を修了したときの修了制作です。今も実はそうなのですが、昔はまじめな美大生でした。まじめ過ぎたなあと思います。左の方は雑草が描いてあって、右の方は全部金箔で1匹だけゴキブリがいる。美について考える時に、美人さんや美少女や有村さんについて考えるのも有効だと思うのだけれど、動植物の美について考えるのもヒントになりますね。僕は、進化の過程で古いもの、生存競争上しぶとくて強いものを「美しい」と感じるタイプです。ゴキブリは若い時に何度か描いたモチーフだけれど、ゴキブリも「美」というテーマをあぶりだすときに、美少女とはまったく別のところで興味深い対象だから、ゴキブリを描くんですね。
僕は生活者として、ゴキブリがすごくこわい。新潟は寒いところなので、ゴキブリが小さいのだけれど、上京して小岩というヤクザや酔っ払いの多い街に、トイレ共同で日当たりの悪い四畳半に9千円の家賃で住んでいると、ゴキブリが出て。しかも四畳半だから逃げ場がなく、ゴキブリ1匹が出たぐらいで家に帰れなくて、夜中に外をうろつき回るほど、最初はゴキブリが嫌いだった。つぶして殺すこともできなくて。新潟時代のゴキブリは小さいのであまり形を見なかったのだけれど、東京のゴキブリは大きいから形が観察されてしまって、気持ち悪い。
でも「恐怖」という感覚と同時に、デザインが「美しい」と感じてしまって。こわいとかネガティブな対象があると、作品化することでやっつける、勝負をつける、というところが僕にはあって、ゴキブリはその典型だけれど、描くと決めたら昆虫図鑑を図書館から借りたり、牛乳瓶の内側にバターを塗ってゴキブリがはいあがってこれなくなるバタートラップを仕掛けて捕まえて、飼ったこともありますよ。見れば見るほどカッコいいんですよね。あいつらはフェラーリ。最新型のフェラーリが黒塗りでテカテカだったら、ゴキブリにしか見えないですよ。
それから雑草。雑草も見れば見るほど「カッコよくていいなあ」と思うのです。強いのはキク科とイネ科が多いですね。花が黄色いのは強いという説があります。
ゴキブリの逆は、たとえば見事なアゲハチョウ。ゴキブリはトンボとともに恐竜時代以前からいたと言われているけれど、チョウはわりと新しく出現したでしょう? 植物でいうと、昔はシダ植物で、花はなくて胞子で増えたし、花の出現もけっこう新しいでしょう? キク科の雑草も、タンポポはめだつけれど、花が小さかったりして花が勝負どころではないですね。花が出る前の葉っぱと茎だけを見ていると、つくづく「美しいなあ」と思うのです。
今日のテーマは、「美とは何か」ですよね。よし、がんばるぞ。動植物は神さまが作ったと、とりあえず言えますね。より正確に言えば、進化と淘汰の無限に近いくりかえしによって、神が作ったかのように人間には感じられるのだけれど……。
「美とは何か」の結論は無理だ。僕は古い生き物、たとえばカブトガニとかをすごくカッコいいと思うのだけれど、これも僕の思いこみに決まっていますよね。

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フェリシモ:
お話をうかがっていて、女の子に対して何だかわからないけれども惹かれてしまうとか、また意図的に平凡なものの美しさを何か提示しなければならないという姿勢、雑草とゴキブリのお話もありました。神さまが作った美しいものも、人間の少女の話も、進化を繰り返してきた私たちも動物ですから、モヤモヤとするけれども、会田さんはそのモヤモヤの正体をいろいろな角度から、一般的に美しいとされているものにも、そうではないものにも、常に視線を投げかけているような印象を受けたのですが……。

会田さん:
はい。時間ですね。第2部で質問を受けたいと思います。

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<第2部>

お客さまとのQ&A

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会田さん:
先ほど煙草休憩の時に榎忠さんに会いまして、「ウンコの話をしてや」と言われたので、少しその話をします。
いろいろ言えることはあるのですが、偉そうにウンコを語るとこうなるなというのがあります。三木成夫先生というユニークな発生学者がいて、東京藝大で一般教養の生物学を教えておられました。アインシュタインというよりは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のエメット・ブラウン博士のような感じで、見た目も学説もユニークで、美大生に人気がありました。人間とは何かという哲学的問いに対して、口と消化器官と肛門があるのが人間型タイプの生き物の基本条件で、目や脳や手足は、その基本にオプションでくっついたものであると彼は言うのです。今日のニュースにも、入り口があって体全体が管という、5億年前の化石が発見されて、人間の先祖はこれなんじゃないかというのがありました。目や脳がオプションというのは目から鱗だけれども、先生のすごいところは、さらに「人が心と呼んでいるものは、太古からベースとしてある消化器官の感覚なのではないか」とおっしゃったことです。科学的な証明方法がなくて、言語学とくっつくみたいな話だけれど、僕はここにしびれて。
僕もそうなんですよ。子どものころ最初に描いた絵は、粘土板の裏にマジックペンで描いた落書きなのだけれど、ふにっ、ふにっ、ふにっ、という柔らかい曲線で、結果的に小腸のようなオーガニックなチューブ状のようなものを描きました。メカ的なものは昔から嫌いで。以来、僕は落書きでも小腸のようなものをよく描いて、うっとりするんですが。ウンコというのはチューブ状の消化器官の成果物で、ウンコは結果で、原因はチューブだから、本当はチューブが主役なんです。チューブは外から見てもよいけれど、チューブの本質は内部で、内部は胃カメラもあるけれども視覚化しにくい。というわけで、ウンコなのですよ。心なのですよ。ウンコは心。

フェリシモ:
私はこの絵(「スペース・ウンコ」、写真なし)がとっても好きなのです。SFなどで一般的に描かれているのは無機物ですが、大きいウンコという有機物が描かれていることが大変おもしろいなと思いました。人間が宇宙船を上げてスペースデブリが増えるわけですが、それはもしかしてウンコであり成果物であり、というところまで妄想が膨らむなと今納得しました。

お客さま:
いつも楽しく会田さんのTwitterを拝読しています。Twitterを使われて感想などをお聞かせください。

会田さん:
Twitterは好きか嫌いかと言うと、好きですね。触ったことはないけれども噂で聞くFacebookは嫌いですね。僕の作品はFacebook的でなくてTwitter的なのだと思うのです。Twitterは往々にして炎上したりして地獄化しますよね。人間の醜い面が赤裸々にあぶりだされたりしますよね、だから好きですよ。災害の時などは善にもなるし。
僕は基本的に森羅万象を作品にしたい。誇大妄想的に言えば、人間世界のあらゆるものを全部作品にしてみたいのですが、それは無理なわけです。僕も含めた人間が僕の題材だと思います。善や美は古代ギリシャ語やラテン語では同じだったり、かぶっていたりする概念のようだけど、人間は「善きもの」ではないわけですよ。戦争もしますし、変態もいます。
僕の表現がフェミニストの団体から批判されていて、それに関する質問もありましたので、かぶせてお答えすると、芸術活動や芸術は「立派で偉い」というのではなくて、エンターテインメントと同じだと僕は思うのです。人間を表現するということは、人間が持っているものを意図的に選択せず、全体を表現することだと思っています。人間は明らかにダークサイドも持っていて、それを避けてFacebook的によいところだけチョイスするのは気持ちが悪い、いごこちが悪い、耐えられない。Twitterの炎上は、客観的に見ても当事者になっても、決してよいものではないけれども、しょうがない。戦争もしょうがない。
僕はあまりよくないアーティスト、表現者かもしれないと思っています。たとえばサルトルさんや大江健三郎さんのように、社会に対して善をなすために作品を作り、平和運動に参加する人もいますが、僕はしないわけですよ。最初に見せた「檄」や「戦争画RETURNS」など、戦争や社会をテーマにした作品でも、作品によって人類や日本社会がよき方に曲がることを願ったり、計算してやったりはしないんですね。僕の作品は、作って見せたところで社会に何の影響も与えないのです。じゃあ、何で作っているのかよくわからないのですが、基本的に僕は現状追認型の表現者だと思います。人間は動かしがたい事実として、悪人も変態もいて、悪人を根絶やしにせよとか、そういうふうにしないです。しない理由はよくわかりません。

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お客さま:
自分の作品は批評家や評論家に理解されていると思いますか。

会田さん:
批評家と僕は、僕自身の性格上の問題もあって、よい関係にはならないのです。最近は椹木野衣さんとお仕事を一緒にすることもありまして、仲が悪いわけではないのですが、僕のほうで距離を作ってしまうのです。誰であれ、評論家と友達になってはいけないという感覚があって。裏口入学みたいじゃないですか。首相がメディアの社長と会食するようなもので、フェアではない感じがあるし、基本的に評論家と作家はやろうとしていることのベクトルが逆で、それぞれがやるべきで、ツルまない方がよいと思うのです。
でも歴史的にはそうではなくて、評論家的なる人とアーティストが二人三脚でうまくいくことはたくさんあります。抽象表現のクレメント・グリーンバーグとジャクソン・ポロック(Jackson Pollock)や、岡倉天心と横山大観などですね。絵描き、美術家は基本的に馬鹿でして、よき絵描きであればあるほど出力の大きなエンジンそのもののようなもので、舵を取る人がいた方がよいということはわかっているのですが、僕は評論家なしでやる作家人生にしたいと思っていて、「俺はエンジンもやるし舵も受け持つぞ」と、ある意味生意気で、作品解説も人に指摘される前に、時には多すぎるぐらい自分でやります。これは生きる下手さのようなもので、評論家と仲よくするのはアーティストとして生き上手な条件だと思いますが、僕は生き上手ではないと決めているので、これでよいのです。

お客さま:
質問が3つあります。
1.ものでも何でも、最近汚いと感じたことはありますか。
2.会田さんが常に捕らわれていることは何ですか。
3.会田さんの作品の中でいちばん安い値がついているものはどんな作品でいくらですか?

会田さん:
今までの僕の話の流れから言うと、汚いと思うものはない、戦争やTwitter炎上も人間としてしかたがない、人間だからそうだという意味において汚いものはない、お花はきれいでウンコは汚いというような分けかたはしてはいけないという考えはありますね。しかし、僕はある種の作品で、背広を着ている人間たちを、シリアスに死体が一杯あるというようなレクイエム的雰囲気で描くこともあります。 PHOTO

これは酷いですね。

フェリシモ:
可哀想ですね。

会田さん:
可哀想だ。もちろん、本気ではないのですよ。
父親が左翼の社会学の先生だったこともあって、お金は汚いというような刷りこみが僕にはあるのですよね。資本主義というだけでも苛酷な競争なのに、今はさらにグローバル化によって世界中がリラックスすることもできず、他に負けないように人類全体がガンバリズムに覆われてしまった。昔は「蟻のようによく働く日本人」と言われたけれども、今は中国人に比べて怠け者だと言われるようになった。みながお互いに負けないように競争するありさまは、汚いというか、嫌な気分になるし、このまま人類がこのノリでいくのかな、と思うのです。僕は社会主義にもよいところがあったのではないか、ソビエトが崩壊して左はダメだったという結論になっているけれども、心のどこかで「本当にそうかな、またひっくり返ることもあるのではないか」と、経済には詳しくないのでぼんやり思っていたりします。
2番目の質問については、捕らわれていることはないぞ、ということにしておきます。
3番目の値段については、売れない作品はありますよ。インスタレーション系は場所ばかり取るのでギャラリーの倉庫にあったりします。インスタレーションは作る前から、「ああ、誰もしあわせにしないな」と思いながらやったりします。絵は具象的で、細かければ細かいほど高く売れる傾向にあって、ギャラリーも喜び、家計も潤い、妻も喜ぶとわかっているのだけれど、どうしてもインスタレーションや、むやみに大きくて売れないようなものを作ってしまうのですね。
日本のコレクターはいろいろ問題がございましてね。僕はミヅマアートギャラリーというところにいて、そこからの定点観測かもしれませんが、絵画があまりにもちょろく売れ過ぎで、絵画以外があまりにも売れなさすぎでしょう。日本のコレクターは絵画好きですね。僕は学部から大学院へ行くと決めた23歳の時に、それまでやっていなかった絵画を描いてみようと思ったけれども、それはアイロニカルで、「よりによってこの俺が絵画なんて描いちゃうなんて、皮肉効いててよくない?」という感じで、昨今の絵画をマジで愛して描こうとしているのとは少し違う。俺のモティベーションと違うなと思うことはありますね。

お客さま:
作家として自信を持ったのはいつですか。

会田さん:
いちばん自信満々だったのは、16歳から大学2年ぐらいまで、いわゆる青春の時期です。この時代は作品などまったく作っていないわけですよ。予備校などに行けば毎日デッサンをさせられているけれど、そのデッサンで自信満々だったわけではなくて。未来に俺が作るであろうすごいもの、漠然と「俺ならすげえものを作る」と思っていましたね。友人たちと歴史上の作品やプロの作品をこき下ろしていたと思う。
大学3年ぐらいから5年間ぐらいはいちばん自信喪失の時代でした。さてリアルに作品を作って人に見せてみようとしたとき、「こんなはずではない」と思い。今回お見せしなかったけれど、今でも愛している作品に「河口湖曼荼羅」という大学3年の学園祭で描いたマイ哲学作品がありまして。そのあたりが自信家の俺と非自信家の俺の分水嶺なのだけど、この作品は自信満々作りました。今でもある意味で自信満々なのだけれど、作品がリアルに形になって、ぶら下がって、人が見て、おもしろいと言ってもくれたけれど、僕の考えでは、「おもしろいね」などと言うものではなくて、吉本隆明的な妄想で言うと、発表したら世界が凍りつく、これで世界が変わる、という意気込みで作ったんです。
でも、そんなことはなくて、一美大の学園祭で、酔っぱらった客が「は~」と見て通り過ぎていくだけの布切れに過ぎず、「俺は無力だ」とも思いました。「河口湖曼荼羅」の成功と挫折は、個人的には大きな分水嶺で、その2年後には絵をやろうということになるのだけれど、作戦変更して今に至っている。簡単に言うと、俺は天才じゃないということを自分で認め、凡人として作戦を立てて、効果が上がることをやろうという感じですかね。

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お客さま:
会田さんが「この人には敵わない」という人物はどなたですか。

会田さん:
「大勢いる」と申してよいわけですが、分類しますと、まず歴史に残っている絵描き、巨匠と呼ばれている人全員に、僕は敵いません。エッセイにも書きましたが、いちばん好みでないルノワールでも敵わないのだから、他は推して知るべしですよ。
山口晃くんなど、同時代で描いているペインターに限っても、技術やセンスで敵わない人だらけですよ。最初に言ったとおり、芸大のなかで中の中だったのは事実だし、ペインターとしての資質は高くないのです。講評会で美大に行ってもうまい作品はたくさんあるし、基本的には全員僕よりも技術が高いと思ったりします。
僕の「みんなといっしょ」シリーズなんかは、「下書きなし、資料見ない、なるはや」で描くという縛りで作っていて、状況が伝わればよいというので、3人のサラリーマンがドリンク飲んで死んだということがわかればよい。わざと下手に描いていると思ってくださる方もいるかもしれないけれど、精密に描いたのはわざと精密に描いているわけで、こちらが素です。山口晃くんだったら、サラリーマンをモデルなしでもう少しうまく描くでしょう。僕の実力はこんなものです。だけど、自分の勝負はそこではなくて、コンセプトというか企みというか、そちらでやらなければと思っています。すでに予備校の段階でリリー・フランキー的なサブカル気分で東京の芸大を目指したので、最初からそうです。予備校でライバルと絵を描いている時から、俺は別に絵で勝負ではないなと思っていましたね。
コンセプトや企みで敵わないのもいろいろありますよ。でも結果オーライで、ダミアン・ハーストなど、明らかに僕よりも大成功している人のコンセプト、企みをよくよく見てくると、ある意味でそれほど大したことはなかったりするのです。一定以上のレベルの高さはあるけれども、ものすごく尊敬してしまうというほどではない。でも、出した結果は僕が足元にも及ばない雲の上まで成功してしまって、僕は敵いませんね。コンセプトというのは、それほどの高みまでは出ないものですね。成功の方程式から何かをひとつ出したら、何度も、飽きられない程度のレパートリーをまじえて繰り返しているのが成功者で、「ふん」と思っていますけれどね。

フェリシモ:
最後に、神戸学校よりひとつおうかがいしたいことがございます。2017年度の神戸学校のテーマに通じていることですが、会田さんが「一生をかけて成し遂げたい夢」について、もしあればお聞かせください。

会田さん:
ないですね。このままですね。明らかに僕は人生を失敗していて、現代美術家としての作戦は完全に失敗しています。自分の売りをひとつ決めて、本当だったら「少女」だったのでしょうが、もっと変態やロリコン一本を売りにして繰り返して、「水玉だったら草間(彌生)」、「○〇だったら会田」という割りきりかたでやったほうが現代美術家として知名度も国際的に上がったのでしょう。
でも最初からその気もなかったし、今やもうその部門は諦めて、せいぜい「片隅にこんな奴もいた」と、死後に国際的に発掘されて、「極東の片隅にいろいろと試して失敗したり成功したりしていたユニークなアーティストがいた」というポジションですよ。だから、「それでいいや、今後もアイデアが出たら何かをやりますけれど」という感じです。
ありがとうございました。

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Profile

会田 誠(あいだ まこと)さん<美術家>

会田 誠(あいだ まこと)さん
<美術家>
*プロフィールは、ご講演当時のものです。
1965年新潟県生まれ。91年東京藝術大学大学院美術研究科修了。
絵画、写真、映像、立体、パフォーマンス、インスタレーション、小説、漫画など表現領域は国内外多岐にわたる。近年の主な個展に「天才でごめんなさい」(森美術館、2012-13年)、「ま、Still Aliveってこーゆーこと」(新潟県立近代美術館、15年)、「はかないことを夢もうではないか、そうして、事物のうつくしい愚かしさについて思いめぐらそうではないか。」(ミヅマアートギャラリー、16年)など。小説『青春と変態』(ABC出版、1996年)、漫画『ミュータント花子』(ABC出版、1999年)、エッセイ集『カリコリせんとや生まれけむ』(幻冬舎、2010年)、『美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか』(幻冬舎、2012年)など著作も多数。また、自身の制作を追ったドキュメンタリー映画に「≒会田誠~無気力大陸」(B.B.B. Inc.、2003年公開)、「駄作の中にだけ俺がいる」(Z-factory、2012年公開)がある。2013年、挑戦し続けることにより、日本人に喝を与えた個人または団体を表彰する「安吾賞」を受賞。

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